IS~codename blade nine~   作:きりみや

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35.想い

「本来なら、責任を取るところなのだろうな」

「さあどうだか」

 

 ハワイ。ヒッカム空軍基地の一室で大佐が呟いた言葉に、イーリスは投げやりに答えた。そんな部下の態度に大佐は眉を顰めたが、目の前の部下に何を言っても無駄だというのは知っているので小さくため息を付く。

 

「レイヴンを逃し、篠ノ之束も拘束できず。逆にこちらは福音とイーグル型の暴走。それに追撃部隊の機体も小破。正直私が今この椅子に座ってるのが奇跡に思えるよ」

「奇跡ねえ。大佐がそんなセンチメンタルな言葉を吐くとは思わなかったぜ?」

「そうか。もし本当に首が飛んだら詩人を目指すことにしよう」

「その厳つい顔でか?」

 

 カカカッ、と笑うイーリス。大佐も本気で言ったわけでは無いので肩を竦めるだけだ。少しの間、緩い雰囲気となったが大佐は直ぐに顔を引き締めた。

 

「実際、本来ならそうなっていてもおかしくなかった。だがあの篠ノ之博士相手だ。あの天災相手にスムーズに事が運べるなんて誰も思っていない。そしてレイブンだ。あれを逃したのは確かに失態だが、代わりに中尉が拾って来た物のお蔭で私の首が繋がった」

 

 コンソールを叩くと部屋が暗くなり、投影型ディスプレイが大佐と中尉の間に浮かぶ。そこに映し出されたのは大破したISだ。ただし普通のISでは無い。

 

「回収できたのは2機。今調べているが、この福音と共に現れ、そして篠ノ之博士と共に居たISに酷似した機体。これにはコクピットらしきものが無い様だ」

「……」

 

 イーリスも普段の軽々しい様子は消え、睨みつけるようにそれを見つめている。

 

「女にしか乗れない筈のIS。なのに動く無人のIS。そして博士の近くにも似た機体が有り、その博士にしかISは造れない。子供でも分かる方程式だな」

「あの画像の真偽は?」

「何とも言えん。出所も不明だからな。だが博士という要素を考えると全てがしっくりくる。そしてそれが事実ならこの機体の存在は博士の価値を更に高める事になる」

 

 無人で動くIS。その有用性は考えるまでも無い。

 

「あの戦いは各国が注視していた。当然疑惑はあるだろう。だが実際に回収した我が国が一歩リードしている。無人機だと気づいているのもこちらと――」

「IS学園だろ。実際に戦ってんだ、気づかない訳がねえ。日本も中々やりやがるな」

「唯でさえ色々不利な条件を課せられた国だ。対抗手段が欲しいのだろう。だが我々も出遅れる訳にはいかない」

 

 ディスプレイが消え再び部屋が明るくなる。眩しそうに眼を細めるイーリスに大佐は書類を差し出した。

 

「これは?」

「新しい指令書だ。ファイルス少尉と銀の福音が回復次第、君と共に篠ノ之束を追ってもらう」

 

 大佐の命令にイーリスは驚いた様に目を見開いた。

 

「私とナタルがか? つーか福音は凍結するって聞いたぞ?」

「表向きはな。確かに暴走したが博士が関わったのなら我々にはどうしようも無い。それこそ君のファング・クェィクとてその可能性があると言う事だ。どちらにしろ危険なら放って置くには惜しい機体だ。無論、対処法は現在模索中だ。そうでもなければ博士を追っても無駄だろうからな」

 

 大佐の言葉はつまりは今回の事件の犯人を篠ノ之束と確信していると言っている様な物だ。そしてそれはイーリスも同感である。

 

「だろうなー。しかしナタルの奴喜ぶぜ?」

「ふむ? そういえば先ほど目覚めたと聞いたが、やはりまた福音に乗れるからか?」

 

 その大佐の言葉にニヤリ、とイーリスが笑う。

 

「それもあるがよ、アイツ相当お冠だからな。―――『私の為にあの子は自分の世界を捨てた。その原因を作った奴を絶対に許さない』ってな。あの顔見た瞬間私は思ったね。ああ、どこかの馬鹿博士よ、ご愁傷様ってな」

 

 明るく笑いながら告げるイーリスだが、その眼は深い怒りと、その怒りの元凶を自ら追える事に対する歓喜の光があった。

 

 

 

 

 臨海学校三日目。本来なら今日も一日かけてISの実習がある筈だったが、度重なったトラブルで予定は大きく変わっていた。教師達は福音事件の対応に忙しく、生徒達もとてもではないが訓練する様な心境では無かったのだ。

 ならば学園に戻るべきかと言う事で一度教師たちは話し合った。折角普段の学園から離れて海に来たというのに初日以外はまともに訓練も遊ぶことも出来ずにとんぼ返りでは、生徒達も納得しないだろうと言う事。それに花月荘襲撃のショックもあるので、いっそ一日自由時間として少しでも気分を晴らした方が、生徒達の精神的にも健全だろうという意見が上がった。幸い花月荘は会議室こそ壊れているが、宿泊施設としては無事で、建物も問題ない。更には逞しい事に、旅館の女将も過ぎた事だと笑っていた。

 勿論、反対意見もあった。早く普段の生活に戻した方が効果があるのでは無いか。一応、無事とは言え一部が壊れた旅館に泊まるなんて嫌がるのではないか、と。

 結局は生徒達に意見を募る事になり、その結果8割以上の生徒が残留を希望した。訓練から解放されて遊べると聞いて彼女達の眼が光った瞬間、流石に千冬の顔も引き攣っていたのを一夏は確かに見た。残りの2割は学園へ帰る事を希望し、結局残留する者と帰る者に分かれる事になった。学園としても、花月荘襲撃の失態から生徒達の精神が回復することを優先した為の特例処置だ。

 そういったやり取りの結果、一夏の眼前の浜辺ではIS学園の生徒達が思い思いの過ごし方をしている。海で泳ぐ者もいれば、ビーチバレーをする者。格闘の訓練をしている者が居たかと思えば、わざわざパラソルの下で勉強している者たちも居る。結局は雰囲気を楽しみたいのだろう。

 一方一夏と言えばとてもそんな気分になれなかった。一応水着に着替えパーカーを羽織りビーチに出てきているが、これも半ば無理やり鈴やセシリア、ラウラ達に連れてこられたからだ。

 

「千冬姉大丈夫かな……」

 

 照りつける太陽に熱せられた砂浜も、打ち寄せる波も、一夏の頭には入らない。思うのは自分の姉の事。そしてその姉の友人と妹の事。

 昨日の福音との戦いの後。未だ納得しない一夏達だったが、千冬の有無を言わさぬ命令によって花月荘に引き上げる他無かった。勝利したのにも関わらず、その勝利の最大の立役者を見捨てるという結果に喜ぶことも出来ず、意気消沈していた一夏達だがそこに全く予想外の情報がもたらされたのだ。

 それは無人機と篠ノ之束を繋げるようなデータ。そのデータはIS学園やその他の組織だけでなく、一夏達の基へも直接送られてきた。

無人機と共に居る篠ノ之束。その姿を見れば誰だって思いつくその方程式に一夏は愕然とした。それに見てしまったのだ。その情報に誰もが驚き声を失う中、千冬の顔が浮かべた表情に。

 それはどこか呆れが混じったため息。まるで最初から予想していたかのように。他の人達とは違った、わずかな表情の変化。恐らくそれに気づいたのは弟である自分だけであろう。そしてその様子が一夏を混乱させる。

 

(千冬姉は最初から予想していたのか……?)

 

 だとしたらどこまで? そしていつから? 犯人が友人だと言う事? 無人機を作った人物だと言う事? 花月荘を襲撃した犯人かもしれないと言う事? 境界線が見え無い。どこまで予想していたのか。本当に篠ノ之束が関わっていたのか。

 そもそもこの情報だって出所不明の怪しい物だ。これを信じ切る必要は無い。だが現在最も確立が高いのも篠ノ之束である事も事実。彼女はこのIS学園の臨海学校に現れている。それに無人機なんて代物を誰もが造れるとは思えない。そんな事は千冬だって分かっている筈だ。だがそれならば何故何も言ってくれないのか。自分は力になれないのか。結局何も知らずに守られるだけの自分なのか。

 

「はあ……」

「アンタいつまでそうしてんのよ」

 

 思考のループに陥りため息を付く一夏に声がかかる。振り返ると水着を着た鈴が腰に手を当て、呆れた様にこちらを見つめていた。

 

「折角外に連れ出してもその調子。見てるこっちも暗くなるわよ」

「無理やり連れだしておいてそれは無いだろ……」

「だからって部屋の中でウジウジ悩んでたって変わんないでしょ」

 

 確かに鈴の言う通りだ。しかし一夏はそう簡単には考えられない。自分の大切な姉の事が関わっているのだ。だから何かを言い返そうと口を開きかけるが、それを止めたのは鈴の言葉だった。

 

「私は全ての犯人は篠ノ之博士だと思う」

「!?」

 

 突然の言葉に一夏は硬直する。それを見据えながら鈴は続ける。

 

「だっておかしいじゃない。ISは一夏や川村を除いて女にしか動かせない。なのに機械が動かせるなんて」

「だ、だけど、もしかしたらそういう技術があるかもしれないだろ。それに俺達が動かせる理由だって分かってないんだ。もしかしたら――」

「そうね、もしかしたらあるかもしれない。だけど少なくとも公には存在しないわ。だけど何で女しか動かせないか、博士以外誰も知らないのに無人で動く機体が現れて、その近くに博士が居た。確かに辻褄はあうのよ」

「けどもしかしたら束さんを犯人にする為にそういう情報を作ったのかもしれないだろ。それに千冬姉だって何も」

「もちろんその可能性はあるわよ。だから私は『思う』って言ったの。私の中ではそれが一番自然だから」

「だけど箒の家族なんだぞ。それが――」

「ねえ、一夏。アンタ一体誰を庇ってるの?」

「……え?」

 

 鈴の質問の意味が分からず一夏が固まる。それを見た鈴が苛立ち気に一夏を睨んだ。

 

「昨日からずっとそう。あの情報を見てから話しかけても似たような答えばかり。アンタが庇ってるのは篠ノ之博士? 箒? それとも千冬さん?」

「……何を言ってんだよ。家族や、友人やその家族だぞ。なら俺が信じてやらないと――」

「ふっっざけんじゃないわよ!」

 

 パシンッ、と鈴が一夏の頬を叩いた。乾いた音は思いのほか響き、遠巻きに何事かと生徒達が視線を向ける。

 そんな中、一夏は一瞬呆然とし、しかし直ぐに怒りがこみ上げ鈴を睨んだ。

 

「何すんだよいきなり!」

「アンタが馬鹿すぎるからよ! 何よさっきから!『俺が信じてやらなきゃ』? 偉っそうに!」

 

 お互い対峙し睨み合う。一夏も昨日からの悩みで余裕が無く、つい乱暴な口調で返してしまう。

 

「何が悪いんだよ! 大切な人たちの事を信じてるだけだろ!」

「ええそうね、その考えは立派よ。だけどそれを理由に逃げるな!」

「俺は逃げてなんて!」

 

 ぐっ、と鈴が一夏のパーカーを掴み、力一杯引き寄せた。思わず前のめりになりつつ鈴と至近距離で睨み合う事になってしまう。

 

「守るのは立派よ! 信じるのも良いわ! そんなアンタの事は好きよ! だけどね、アンタ自身はどう思ってんのよ!?」

「だから――っ」

「千冬さんがどうのとか、箒がどうのじゃなくて、アンタ自身の意見は無いの!? ただ信じるだけ? 信じて守るだけ!? ちょっとは自分で考えなさいよ!」

「だから俺は自分で考えた! けど結局あの情報が本当か分からないんだ! だったら疑うだけじゃなくて信じる事も――っ!」

「違う! アンタは結局その信じる理由がおかしいって言ってんのよ! 『篠ノ之博士』を信じてるんじゃなくって、『篠ノ之博士の友人である千冬さん』を信じてるだけよ!」

「何をっ!」

 

 言ってるんだ、と言おうとして、ふと記憶が蘇る。それは真白の空間で出会った騎士。そしてその言葉。

 

『貴方は何故守りたいと思うの?』

『その想いが間違っているとは言わない。だけどその『大切』という言葉にもきっと重さの違いがある。それら全てを背負う事は出来ないわ』

 

 大切だから守りたい。信じているから守りたい。守りたいから信じる。だけどその大切な姉の友人が、大切なものを傷つけたかもしれない。それなのにただひたすら信じるとしか言わない自分。想いの矛盾。何を優先すべきか。起こった事実のみか。事実から予想される真実か。何もかも全てか。自分だって悩みはした。考えもしたが。しかし結局分からず、結局は―――姉や幼馴染の名を使い信じ込ませようとした? わからない。わからないわからないわからない!

 

「何とか言いなさいよ!」

「……っさい……」

「何よ!?」

「うるさいっ!」

 

 それは普段の一夏からは想像もつかない行動。パーカーを掴む鈴の腕を、乱暴に振り払った。

 

「きゃ!?」

 

 と短い悲鳴を上げて鈴が後ずさりその腕を押さえる。そこは少し赤く腫れていた。

 

「あ……っ」

 

 一夏も自分がやってしまったことに気づき呆然と、自分の腕を見ている。

 気まずい沈黙。

 

「鈴、わ、悪い――」

「この馬鹿! もう知らない!」

 

 言い終わるより先に、鈴が顔に砂を投げつけた。砂が目に入り思わず顔を押さえる。何度か手で拭い、やっと視界が晴れた時には既に鈴の姿は無かった。

 

「……」

 

 そのまま鈴が去っていたであろう方向を見つめていた一夏だが不意に大の字に砂浜に倒れた。そしてその眼を覆う。

 

「最悪だな……俺……」

 

 最後の一瞬、砂を投げつけた時の鈴は泣いていた。他でも無い、自分がそうさせた。

 

「ほんと……最悪だ」

 

 呻くように漏れる一夏の言葉。それを聞く者は居ない。

 

 

 

 

 

 走って走って走り続けて。

 誰も居ない岩肌までたどり着いた鈴は一人蹲る。その肩は震え、時節嗚咽が漏れていた。

 その内にあるのは怒りや後悔。そして悔しさ。それを抑えきれず。しかし人に見られたくないという思いに任せて闇雲に走ってきた結果がここだ。

 そのまま暫くそうしていただろうか。不意に鈴の肩に手が置かれた。驚き、鈴が見上げるとシャルロットが優しげに微笑んでいた。

 その顔を見た瞬間、鈴が我慢できずそのまま抱き着いてしまう。だがシャルロットも何も言わず優しく鈴の背中を叩いていた。

 

「私、ね……」

「うん」

 

 嗚咽で言葉を途切れさせながら、鈴が呻く。シャルロットはそれに静かに頷くことで答えた。

 

「本当は、元気に、させよう、と、話し、かけたのにっ。気がついたら、喧嘩に、なってて、酷い事、言って。一夏にとって、千冬さんも、その友達も、箒だって、大切だってこと、わかってたのに!」

「……うん」

「なんか、悔しくてっ、唯の嫉妬よ、あんなの、それなのに酷い事、言った」

 

 ひっく、と涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で鈴がシャルロットを見上げる。

 

「ねえ、シャルロットっ、私、一夏に嫌われ、ちゃったかな?」

「大丈夫」

 

 ぎゅ、とシャルロットが鈴を優しく抱きしめた。

 

「だけ、どっ」

「うん。確かに鈴も酷い事言ったのかもしれない。一夏にとって大切な人を守るって言うのは目標だから」

 

 その言葉に鈴は絶望的な顔になる。しかしシャルロットは首を振る。

 

「だけどね、鈴が言ったことも正しいと思うよ? 一夏は大切過ぎて、考え方がちょっと極端になっちゃうときがあるから。そういう所を指摘してあげた鈴は偉いと思う」

「だけ、ど!」

「大丈夫。一夏だってあれ位で鈴の事嫌いになんてならないよ。そんな人じゃないって言うのは付き合いが長い鈴の方が詳しいでしょ?」

「だけど、あんな、にっ」

「うん。ちょっとびっくりしたかな。一夏って乱暴な行動するイメージはあまりなかったから。だけどさ、それでも大丈夫だよ。一夏だってきっと後悔してる。もう一度鈴と話したいと思うはずだよ?」

 

 実際シャルロットは一夏がその場に倒れ、後悔している様を見ていた。それを見た上で鈴を追ってきたのだ。

 

「ほんとう、に?」

「うん、本当。それに鈴覚えてない? 一夏の事を好きって叫んでたの」

「え……?」

 

 鈴の嗚咽が止まり、きょとんと涙にぬれた顔を一瞬静止させたかと思うと一気にその顔が一瞬で赤くなった。

 

「いやー大胆だね鈴。あんな告白初めて見たよ。ひゅーひゅー」

「ちょ、ちょっと待ち、なさい、シャルロット! あの事は!」

「皆見てたよ?」

「…………」

 

 更に顔を赤くさせた鈴が、頭を抱えて再び蹲る。

 

「なんというか凄いドラマチックだったね? 流石にあれは一夏にも通じたんじゃないかなー? ほらほらワクワクしてきたね!」

「あ、アンタね……他人事だと思って……!」

 

 涙で顔を濡らし、羞恥に顔を赤くさせた鈴がジト目で睨むがシャルロットはどこ吹く風。ニコニコと笑っている。

 

「だからさ、後でもう一回一夏と話してみよう? ……きっと大丈夫だから」

「……アンタね、最近静司とか本音の変なノリが移ってきたんじゃないの?」

「え……? そうかな。静司と一緒……嬉しいなぁ」

 

 顔を赤くさせ、わざとらしくクネクネするシャルロットに鈴は苦笑しつつ、涙を拭う。シャルロットが自分を元気づける為にわざとふざけているのが分かっていたからだ。

 

「はは、何よ、それ。本当に……能天気……」

 

 自分はいい友達を持った。

 改めてその事実を噛みしめつつ、もう一度顔を拭う。

 

(後で、一夏に謝る。だけど、言ったことは否定しない)

 

 そうでないと、自分の好きな人が重みに潰されてしまう気がしたから。

ぱしん、と自らの頬を叩くと、鈴は未だにクネクネしているシャルロットにもう一度笑いかけた。

 

 

 

 

「せ、青春っす……」

 

 一人その光景を眺めていたC12は思わず呻いてしまった。彼女は二人がギリギリ見える位置で眩しそうに見つめている。その顔は静司の仮面を被り、左腕は布で吊っている。これは静司の左腕が待機状態になった事を聞いたため、後の入れ替わりの時の為の偽装だ。周りには痛みがあるので念の為、と説明している。

 先ほどまでシャルロットと居たのだが、そのシャルロットは現在向こうの岩肌で青春している。その姿は中々に美しく、輝いて見えてなんだか無性に空しくなった。

 

「おかしいすっね? 自分にもあんな時代はあった筈なのに、ここ数年が濃すぎて思い出せないっす……」

 

 高校時代何してたかなー? と思いだすとセーラー服を着たC2がなんかハイテンションだった記憶が呼び起され、部活はどうだっけと考えると何故か剣道着を来たむさ苦しいC1のシゴキを思い出す。いやいや、じゃあアルバイトはと考えてみると何故か爆音と硝煙の香りが再生される。何故だ。何かがおかしい。

 

「こ、こうなったらこのままB9に成りすまして私も甘酸っぱい青春を!?」

 

 しかしそれも考え直す。何せやりづらい。何がってB9の周りがだ。世界最強の女が居たり、一発で自分の変装を見抜く小動物系が居たり。そしてシャルロットだ。

 一応、いつまでも寝ているわけにもいかないのでなるべく体形が分かりにくい緩い服を着て、静司に変装したC12も行動している。そしてその静司(C12)を心配してシャルロットが先ほどまで一緒に居たのだが、これがなかなかきつかった。

 最初はこちらを心配し気遣われまくり良心が痛み、しかし次第に何故かうさん臭そうな目でこちらを見ていたのだ。あれは明らかに何かを疑っていた。

 一応C12の変装は完璧であり、常人なら気づかれない自信がある。しかし昨日、今日と立て続けに己の特技が脅かされている気がしてC12は心休まる時が無かった。

 

「しかしこのままで自分の特技が……。そうだ! このままB9に成りすましつつ修行を積めば一石二鳥!? 私も青春ロードへ行けるっすか!?」

『何弾けてるんだ馬鹿』

 

 突然、通信機から聞こえた声にC12は文字通り飛び跳ねた。

 

「B9!? 聞いてたっすか!?」

『聞こえたんだよ。何やってんだか……」

「あのー、一応私年上っすよ? もうちょっと敬意ってものを」

『……それより俺もそっちに復帰するから入れ替わりの準備をするぞ」

「無視っすか!? 反抗期っすね!? 遊びだったっすね!?」

『いい加減そのテンションどうにかしろ。だがまあ、助かった」

「……はあ、それが聞ければ満足っすよ。それとよく戻ったっすね」

『ああ。込み入った話はまた後で。とりあえず入れ替わろう』

「了解っす」

 

 通信を切り、ふう、と一息つく。最大の心配事が解決したことによる安堵だ。それと自分も本来の仕事に戻れる故の安心もある。

 

「しかししばらくはこの周囲の警戒っすよねー。B9も絶対無理して来てるだろうし。まあいいっすけど」

 

 まったく強情な家族だ。呆れつつ空を見上げるがC12の顔に浮かぶのは笑み。自分自身もそれが分かっているから何となくおかしく思ってしまう。

 

「ま、らしいといえばらしいっすね。……しかしB9妙に焦ってた様な気が……?」

 

 うーむ、首を捻りつつ、C12も入替の準備に向かうのだった。

 

 

 

 

 気まずい。

 

 それが花月荘に戻った静司の正直な感想だった。

 あの病室で目覚めて少し経つと、本音も目を覚まし、いつもの様に抱き着かれそして怒られた。任務は分かるけどもっと体を大切にしてほしい。それが彼女の言葉だったが、静司はそれに気まずげに『悪い』としか答える事しか出来なかった。それは本音やシャルロット。そして花月荘の学園生に対する気まずさ故だ。

 福音が暴走したのは篠ノ之博士の暗躍でも、花月荘が襲撃された要因は自分にもあるのだ。そして本音とシャルロットが一番の被害を受けた。それは他でも無い、自分のせいだ。福音との再戦の前、C1にも怒られた事だが、戦いが終わり改めて考え直すと尚更申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 ここに戻りたいとは思った。しかし本当に戻っていいのか?

 その答えの出ぬまま、しかし戻ってきたが故に後ろめたい気分も増している。そしてそんな静司の異変に気付いたのか、本音もそれ以上は何も言わず、いつも通りに振る舞っている。気を使ってくれたのだろう。だがそれが更に静司の罪悪感を増加させる。

 そんな気まずさの中、花月荘へ戻ってみれば何やら一夏達の様子がおかしい。その原因は入れ替わりの際C12に聞いたが、今の自分に他人にどうこう言える様な資格は無い。それに原因を作ったのはEXISTだが、いずれ直面する問題なのだ。本人達に考えてもらうのが一番いいだろう、というのが話を聞いたC1の言だ。

 更にはシャルロット。入れ替わった直後の彼女も凄かった。

 

『せ、静司!? 起きてから様子がおかしい気はしてたけどいきなり顔面蒼白だよ!? 早く丸川先生の所へ!?』

 

 一応誤魔化す為に、簡単な化粧の様な物などで小細工はした筈なのだが一瞬で見抜かれ花月荘の布団へ強制的に戻されることになった。その際彼女はとても心配してくれていたのだが、そんな彼女も今回の事件の被害者であり、静司の罪悪感はいよいよ危険域に達しようとしていた。

 

 そしてそんな罪悪感の嵐に悩む静司は何時までも布団で寝ている事さえ悪い気がしてきてしまい、一人夜の砂浜に佇んでいた。その左腕は布で吊ってある。一応腕はついているが、これは黒翼の部分展開で無く普通の義手だ。そして右腕だが流石に多少は動く様になっており、わき腹の傷の痛みも大分減っている。そうでもなければこんなに歩き回れない。

 一人あても無く砂浜を歩き、ふと見つけた流木に腰かける。

 

「……かっこ悪……」

 

 今頃生徒達は夕食の時間だ。何だかんだで逞しいIS学園の生徒達が大騒ぎをしている様で、時折その声が聞こえてくる。自分はずっと部屋で寝ていたので夕食も部屋に運ばれることになっていたのだが、それより先に部屋を出てしまった。

 あのままあそこに居れば、きっと何時ものメンバーが集まるだろう。だがそれにどんな顔で会えばいいのか分からない。だが何時までも逃げている訳にはいか無い。だから考えを纏めるためにここに来た。

 眼前に広がる夜の海。波の音と潮風。それらを感じながら思う。今回の自分の事を。

 篠ノ之束の姿に怒りを覚え、その言い分にまた、怒り反論した。その結果大切な人たちが傷つき、そして我を忘れた。自らの復讐心に呑まれて暴走し、下手をしたら大切な友人達を失う所だった。そして戦いで死にかけ、けれど生存したがまた心配された。ケチばかりが付く。

 そしてそれらの後悔は、一つの悩みに行きついてしまう。

 

 自分はこのままここに居ていいのか? また同じような事が起きた時、理性を保てるか?

 

 今回はC1に叱られ、本音やシャルロットの事を忘れぬように、そして大切な友人達を守るという使命も相まって何とかなった。だが今後、直接目の前に篠ノ之束が立ちふさがった時、自分はまた同じように抑えられるか? その自信が――無い。

 それが怖い。暴走するだけならまだいい。だがそれにより彼女達や一夏達を傷つけてしまったら。仲間が傷ついたら。自分は際限なく堕ちていく。そんな予感がする。シャルロットは大丈夫だと言ってくれた。あの言葉は素直に嬉しく思う。だがしかし、という気持ちは消えない。

 ポケットの中からハンカチと髪飾りを取り出す。血にぬれたそれは洗ってから返すべきだと思いまだ自分が持っている。今回はこれに助けられた。だが次は――?

 

「かわむー」

「え?」

 

 余程考え込んでいたらしい。すぐ背後から聞こえた声に静司の肩が思わず跳ね上がった。振り返るまでも無い。背後に居るのは本音だと分かる。だが、だからといって、それにいくら後ろめたいからといって、このまま背を向けたまま話すのはマナー違反だろう。静司は気合いを入れ直し、ゆっくりと振り替えり―――――――――静止した。

 

「部屋に居ないからびっくりしたよ~。あんま動いちゃだーめー」

 

 彼女はいつも通りののんびりとした口調でほんわかと笑っている。だがその姿が予想外だった。思わず静司は口をパクパクさせてしまう。

 

「ほ、本音……? それは一体……?」

「ん~? 水着だよ? かわむーがこっちに来たって聞いたから泳ぐのかな~って思って」

「いやこの怪我じゃ流石に泳ぐ気には……じゃなくてだな、その、一昨日のと少し違く……ないか?」

 

 そう。確かに本年は水着を着て来た。そして本音の水着と言えば、先日みた全身着ぐるみの謎水着。その筈だったのだが、今の本音は違った。

 それは白のビキニ。それも布の面積が狭く、首から吊り上げる様にしたタイプの水着だ。その布の面積は明らかに彼女の胸のサイズに対し小さく見え、その結果とても目立っている。普段のファンシーな格好とは違い、年相応かそれ以上の大人の女性としての魅力がそこにあった。

 

「ぬ? 一昨日も来てたよ~? 今も途中までは上着てたけど、風が気持ちいいから上だけぱーじ!」

「……そうか」

 

 と、言う事はあのファンシー全開の謎水着の下にこんな凶器を持っていたのか。そういえば自分が悔しがった時、やけに鏡ナギと谷本癒子が笑っていたが、これを知ってたが為に、悔しがってる何も知らない自分が面白かったのだろう。……してやられた。

 そんな風にうんうん、唸っている静司を見て本音は笑う。その顔に少し赤みがさしていたが、静司は気づいていなかった。

 そのまま本音はてくてく、と歩み寄ると静司の隣に腰かけた。その行動に静司はどぎまぎとし、それに先ほどまでの悩みも相まって何も言えない。

 ざざぁ、と波の音が響く。少しの間本音は何も言わず、にこにこと海を眺めていたが、不意に口を開いた。

 

「かわむー、遠慮してる?」

「……」

「言い辛い事があって、悩んでることがあって、それでちょっと何時もと違う感じだね?」

「バレバレか……」

「ふふふ~。かわむーは悩み事が一杯の思春期だからね~」

「いやいや、本音も同年代だから……多分」

 

 静司は自分の本来の年齢は知らないが、同じくらいだろうと思っている。本音も『そうだね~』と笑っていた。

 再び沈黙。その中で静司は思う。やはり自分から何かを言うべきだろう。妙な態度を取ったのは自分だ。まずはそれを謝罪しなければ。

 

「ほん――」

「かわむーが考えているのは、私達や、篠ノ之博士の事だよね?」

 

 言葉を遮る様に、本音が問う。静司は驚き、答えるかどうか悩んだが結局頷いた。そんな静司に本音も頷き返す。

 

「前にもっと気楽に、って言ってくれたよな。俺もそうあればいいと思ってた。だけど……やっぱり駄目なんだよ。篠ノ之束が関わると結局俺は抑えきれなかった」

 

 それほどまでの憎悪。静司の力の源泉。逆に言うならそれがあったからこそ今まで戦ってこれたとも言える、切っても切れない関係。

 

「私はかわむーの事を全然知らないね~」

「? 突然何を」

「かわむーが学園に来てから色々お話して、いっぱい遊んだりもしたけど、それでも知ら無い事がいっぱいあるなーって」

 

 それは当然だろう。他人の事を全て知るなんてことは出来る訳が無い。それに静司が学園に来てまだ数か月。それが普通だと言える。

 

「だけどね、篠ノ之博士を見てかわむーが怒って、抑えきれずにちょっと失敗しちゃって、それで後悔してる所をみたらね、私も我慢できないな~って」

 

 隣に座る本音が静司に顔を向ける。静司も海に向けていた視線を本音に向けた。月明かりに照らされた本音の顔には少しの悲しみと決意が見える。

 

「だからね、教えて欲しいよ。かわむーの事を。何があったのかを。それでね、わたしがかわむーの事を助けてあげられる事があるなら、凄い嬉しいな」

 

 それは決して興味本位などでは無い。今までの話や静司の様子からも、その内容は決して楽しい内容では無いと言う事は彼女も承知の事だろう。それでもなお、知りたいという。その眼に宿るのはどんな内容でも受け入れるという覚悟。

 

(ああ……)

 

 きっと彼女はその内容はどんなであれ、今までの態度を崩すことは無いだろう。その上で自分の事を知り、そして助けになりたいと言ってくれている。それは彼女に頼るという事。これまで以上に関わるかもしれないと言う事。だが静司は何故か、その言葉と瞳には抗えなかった。

 篠ノ之束の情報を一夏達に渡した。それは一夏達にはその権利があるからという思いからだ。ならば、自分のせいで巻き込まれた彼女にもその原因となった事を知る権利はあるだろう。それは勿論シャルロットとて同じだ。だが静司の正体を知らないが故に、今すぐは話せない。だがいずれは必ず話そう。その上で彼女の判断を受け入れる。それが自分の義務だ。

 

「……わかった」

 

 静司は頷き、静かに語り始めた。

 自分の原点。そして今この場に居る要因となる、その過去を。

 




一夏説教みたいになってしまった。反省
同時に何故か鈴の乙女ゲージが上がってた。
けど普段強気な幼馴染がそういう仕草見せるというベタ展開は好きなんです。

そして本音の水着。資料見た時はスペック高すぎてビビりました。
自分の表現では全然語れてないのでグーグル先生に聞くと幸せになれるかもしれません。

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