IS~codename blade nine~ 作:きりみや
それは小さな偶然。天才ですら予想出来なかった、『人の感情』から起きた全くの偶然の出来事だった。
花月荘から少し離れた小さな町。そこに住む子供たちにとって海は昔からの遊び場だった。それは海そのものや砂浜だけでなく、岩場や、入り組み小さな洞窟が多い海岸線全てが勝手知ったる遊び場なのだ。しかしIS学園の合宿期間は毎年入る事を禁じられる場所がある。それは花月荘よりの岩場だ。崖の近くにあるその岩場には洞窟も多く、その洞窟は色々な場所へ繋がっている。その一部が花月荘付近の岩場へと繋がっているからだ。
しかしそこは地元の人間でもあまり入る事の無いエリアな為、禁じられようがられまいが関係が無かった。しかしそれは大人たちの事情だ。
好奇心旺盛な子供達。中でも人一倍強気のその少年は数人の友人を引き攣れてそこに向かった。理由は単純。禁じられたからこそ好奇心が湧いたのだ。そして大人たちが目を離したその一瞬の隙にその岩場へ足を踏み入れた。
いけない事をしているという背徳感が少年たちを怖がらせ、しかし同時に楽しませる。少年たちは岩場の中の洞窟に足を踏み入れ探検を開始した。明かりも何もなしに、ただ思いつくがままに洞窟を進んでいく。少年たちの顔に迷いは無く、冒険家になったような高揚があった。
やがて洞窟を抜けると、目の前は海が広がっていた。洞窟の出口から下は足場が無く、高さは数メートルはある。眼下では波が打ち寄せていた。そしてその海の先には切り立った崖とその先に立つ灯台が見えた。距離はそれほど遠くなく、首を真上に上げなければ灯台の頂上が見えない程に近い。そしてその灯台、その頂上に妙な物が見えた。
それは光。ぼんやりとしか見えないが、確かに宙に光が浮いている。そしてその近くには頭に二本の何かを生やした何かが見えた。そしてその後ろには鉛色で目を光らせる人の姿。
少年たちは恐怖した。その灯台はこの辺りでは有名で、通称は『オンボロ灯台』と言われている。その名の通りかなり老朽化が進んでおり、所々塗装が剥げ蔦も生え放題。灯台としての機能もとっくに壊れており、ただの廃墟の筈なのだ。
そこに舞う光と耳に何かを付けた影。少年たちは悲鳴を上げ逃げ出した。我武者羅に来た道を戻り、元の入口までたどり着くと大人たちに見つかり怒られることになる。少年達が謝罪しつつも自分たちが見た事を興奮気味に伝えた。しかし大人たちが遠くからその灯台を確認したが何も見えない。双眼鏡で確認してもだ。故に大人たちは少年たちの言い分を見間違いや勘違いとして処理した。そして説教を続けるべく、少年たちを連れて歩いていたと事で、coverチームの一人と出会ったのだった。
そしてこの小さな偶然が、天才の思惑を思わぬ方向へ持っていく。
「ふむ……」
『念の為、自分達もここから確認しましたが灯台に何の問題も見受けられません。一応、これからその灯台にも向かってみようとは思うのですが……』
その報告を聞きながらC1は思案する。もしその子供たちが見たのが自分たちの目的の人物だった場合、これを逃す手は無い。
「わかった。俺もそちらに向かう。もし標的だった場合は即座に報告しろ。見つかるなよ」
『了解』
指示を飛ばすとC1も現場へと急ぐ。しかし再び通信機が鳴った。その相手を見てC1は眉を顰めた。相手はC12。しかし彼女は今花月荘で静司の影武者をやっている筈だが――
「こちらC1。一体どうした?」
『あーそのっすね……、相談というか要望というか……』
「何だそれは?」
何の事だと首を傾げる。通信越しのC12の声はどこか苦笑いと諦めを含んだ様な声色で続ける。
『えーとっすね……怒らないで聞いてほしいんっすけど……』
そして続いた言葉にC1はまずは驚き、そして呆れた。なんでも布仏本音が目を覚まし、一瞬で変装を見破られたというのだ。
「何やってんだお前は……」
『私だって驚いたっすよ。これでも自信あったのに……』
「はぁ、もういい。それで嬢ちゃんが何か言ってるのか?」
『まあそういう事っす。どうもそちらと合流したいとの事で』
「なんだって?」
驚いたC1だが直ぐに合点がいった。静司の事が心配なのだろう。そして花月荘では情報が入らないのでこちらに来て直接知りたいといった所か。
しかし今は時間が惜しい。戦力にならない人員をわざわざ迎えに行く理由は無いのだ。時間がかかれば仲間の危機がます。それを説明すれば、見かけによらす聡い彼女の事だ。理解してくれるだろう。
その旨をC12に説明してもらおうかと考えていた矢先、不意に通信越しの声が変わった。
『しーわんさん?』
「って、嬢ちゃん!?」
通信に出ているのは布仏本音だ。しかしいきなり何を?
『あのね、おりむーの話を丸川先生から聞いて、もしかしたらって』
そうして本音が語りだした提案にC1は今度こそ唖然とするのだった。
シャルロットの腕から飛び出し逃亡した黒翼。それを追うアメリカ軍。一夏はそれを見るや否や、それを追うべく白式を飛ばそうとした。そしてそれをイーリスの駆るファング・クェィクが止めるべく動き始める。しかし唐突に響いた声とブレードが二人の戦いを遮った。
「そこまでだ」
「ちふ――っうわあ!?」
空より現れた千冬が声でイーリスを制し、ブレードで白式の突進そのものを受け止めた。勢いのままにブレードにぶつかった一夏が呻きを漏らすが、千冬はそちらには目もくれずイーリスを見やる。
「ブリュンヒルデか。ガキのお守りか?」
「そういった所だ。コイツらは私が連れて帰る。それで構わないな?」
「千冬姉!?」
一夏が信じられない、と叫ぶ。しかし千冬は一夏を一睨みするとイーリスに視線を戻す。
「良いも悪いも。こちらとしても男性操縦者やら各国の候補生やらを潰したとなっては色々面倒だしな。ありがたい話だ」
「そうか。ならばこれで」
「ああ――悪いな」
最早ここには様が無いと、イーリスが機体を翻し彼方へと消えていく。恐らく自らも追撃に出るのだろう。だが納得のいかない一夏が千冬に迫る。
「何でだよ千冬姉!? このままじゃ――」
「で、お前はアメリカ軍と事を構えてどうするつもりだ? お前や篠ノ之はまだいいだろう。『一応』無所属だからな。だが他の連中は違う。その責任をお前が取れるのか?」
「なっ、だけどIS学園は――」
「いかなる組織にも縛られない? 確かにそうだ。だがそんなものは所詮建前だ。国の代表候補生たるアイツらが、それにドイツ軍の兵士であるラウラがアメリカ軍と戦って起きる問題をお前が解決できるのか」
「じゃ、じゃあ俺だけでも!」
「自惚れるな。お前一人が行った所で何も変わらん。怪我人が増えるだけだ。篠ノ之、お前が一緒に居てもそれは変わらん」
「くっ……」
声を発しようとした箒だが千冬に先手を打たれて押し黙る。
「でも、それじゃあ何もするなって事ですか!?」
シャルロットが悲痛な声で叫ぶが、千冬はそれに頷くだけだった。鈴もセシリアも、そしてラウラも悔しそうに顔を歪ませる。彼女達とて分かっているのだ。戦ってはいけないと。
「それでも、それでも俺は!」
「もう一度言うぞ、行くことは許さん。それと自惚れるなよ一夏。お前は守る守ると言うが、お前のその行動が逆に周囲に被害を生むことがあるんだ。それを自覚しろ。出来ないのなら軽々しく言うな」
「……っ!」
その言葉は一夏に効いた。それは何よりも大切で、そして今まで自分を守り続けてきた姉からの言葉だったから。その姉に憧れ、自分も守りたいと思っていたのに、その姉に否定された一夏は顔を俯かせる。それを気遣わしげに箒が見ている。千冬はそんな二人と、昏い顔をする候補生達を見やる。
千冬とて悔しいのだ。あのISの搭乗者には訊きたいことは山ほどあるが、同時に弟や生徒達の為を思って逃亡したのも何となくだが理解できた。そんな恩人たる人物が狩られる様を見ている事しか出来ない。
「俺が、俺がもっと強ければ……」
悔しげに漏れる一夏の言葉に少しの不安を感じつつ、千冬自身も己の無力さに唇をかみしめていた。
海面スレスレを駆ける黒翼とそれを追うアメリカ軍IS部隊。その追撃劇は終わりを告げようとしていた。度重なる戦闘に疲弊した静司と黒翼にとって、その追走劇はもはや限界を超えていたのだ。
機体が火が噴き、やがて最後の翼も砕けていった。バランスを崩した黒翼が海面を転がる様に跳ね、やがて静止する。そして3機のISが黒翼を囲む様に展開する。
だがそれでも静司は諦めていない。無事な左腕。そこに装備されたライフルの銃口を向ける。アメリカ軍IS操縦者達は警戒し自らも武器を向ける。そこにもう1機のISが現れた。ファング・クェィクだ。
「なあ、諦めてくれねえか?」
イーリスが黒翼に投げかける。その顔には苦悩が浮かんでいた。
「アンタには感謝してるんだ。ウチのケツを拭ってくれただけでなく、ナタルを救ってくれた。そんなアンタには申し訳ないと思っているが命令なんだ。だからこそ、これ以上アンタを痛め付けるのは気分が悪い」
それはイーリスの本音だ。一夏達にはああ言ったものも、彼女とて望んでは居ないのだ。それにこれ以上の戦闘は目の前のIS搭乗者の命にも関わる。それが分かっているからこその投げかけ。
しかしそれに黒翼は首を振った。それを見てイーリスは「そうか」と呟き、自らも銃口を向ける。それでも戦意を失う様子が見えない相手に問う。
「そこまでか……。なあ、アンタには戻る場所があるのか?」
それは何となく浮かんだ疑問。この正体不明のISがここまでして逃れようとするのは何故かという思いから生まれた問い。
返答は期待していなかった。だが意外にも相手は答えた。機械越しでもわかる掠れた声で。
「戻って、いいのか……まだ、わから、ない。―――――だが」
全身装甲の仮面越し、イーリスは目の前のISの激情を確かに見た。
「戻り、たいと、思う場所は、あるっ!」
ああ、こいつは欠片も諦めてはいない。
イーリスは理解する。この相手には説得は無意味だ。聞くような相手じゃない。だから言葉はもう不要。
ならば、相手に敬意を表し全力で無力化すると決めた。
「そうかい。私はアンタみたいな奴も好きだぜ。だから――行くぜ」
「……」
二人が睨み合う。だがその相対は予想外の出来事に遮られた。
「中尉!」
「っ!? なんだこれは!?」
不意に海面から彼女達を囲む様に何かが飛び出した。飛び出したそれは一定の高度まで行くと破裂し、周囲に煙を撒き散らせる。
「煙幕か!」
「レーダーに異常! 妨害されています!」
彼女達が慌てる間にも再び海中から煙幕が発射されていく。更にはどこかにECM発生器があるのだろう。通常のレーダーも使い物にならなくなっていく。だが自分たち乗っているのはISだ。ハイパーセンサーはこれしきでは問題が無い。だが、海中から更に打ち出された物がそれを阻害する。
それは閃光手榴弾。それもIS用に調整された極めて強力な物。
「おいおいおいおいっ!?」
気づいた時にはもう遅い。大きな音と共にそれは効果を発揮する。目を潰さんとばかりの光が周囲を包み込み思わず目を逸らす。ハイパーセンサーが余分な情報をカットしているが、それでも捌ききれなかった音と光が彼女達を惑わす。だが彼女達とて訓練は積んでいる。これしきで戦闘不能などになりはしない。即座に態勢を立て直すべく動き始める。しかし襲撃者からすればその一瞬で良かった。
「えっ……!?」
「きゃあ!?」
突然、隊員の一人が悲鳴を上げ海へ落ちていく。それに気を取られた途端、もう一人も何かに斬られて落下していった。
「クソっ、煙幕の中だ! 離れるな!」
一瞬煙の中を過った黒い影に銃口を向ける。しかし影が直ぐに煙幕の中にその姿を消した。
「どこのどいつだこの野郎!」
上下左右全方向を煙幕で遮られた中、残った部下と背中合わせになりながら敵の姿を探す。だがこちらが捉えるよりも襲撃者の方が早かった。
「っ! 下か!」
気づいた時には下方、海の中から放たれた銃弾が部下のISに直撃していた。正確にスラスターを貫いたその攻撃で部下が姿勢を崩し、煙幕の中へと消える。その手を取ろうとイーリスは機体を向けるが、掴むよりも早く部下の悲鳴が通信越しに響く。
これで一人。
正体不明の襲撃者を不気味に感じながらもイーリスは身構える。敵はかなりの実力者だ。どこから襲ってくるのか。全身を集中させ襲撃に備える。だが襲撃者は予想外の現れ方をした。
「なんだと……?」
正面、煙の中からゆっくりと影が浮かびだす。それは黒いラファール・リヴァイブ。しかしその姿は元の形からかなりかけ離れている。何故なら両腕両足は勿論の事、その
「何の真似か知らねえが、随分な喧嘩の売り方じゃねえか。何者だ、アンタ」
「……」
返答はその腕の刃。その切っ先をイーリスに向ける。その相手の態度にイーリスは不敵に笑い、自らもナイフを構えた。ファング・クェィクの主武装、それはこのナイフと己の拳だ。
「そうかい、なら無理やりでも聞き出してやる!」
瞬時加速。超高速で一気に距離を詰めるべく発動したそれだが、襲撃者もまた同じ行動を取っていた。その結果、互いの相対速度が超高速の激突を引き起こす。
ハイパーセンサーにより拡張された意識でも早すぎるその展開の中、イーリスは機体の4つのスラスターを稼働。その瞬間、真っ直ぐに敵と激突するコースを移動していたファング・クェィクがあり得ない程の急角度で横に移動した。視界の端、相手の刃が空を斬るのを確認しつつ、再び稼働。またしても急角度で進路を変更し、相手の横っ腹に向けて拳を突きこんだ。
「んなっ!?」
更にはその動きのままに機体を回転させ、勢いの増したもう一方の腕の刃がイーリスを襲う。慌ててナイフで弾くが、今度は縦に回転し足の刃を。それが躱されれば再び腕を、足を。途切れることなく上下左右に回転しつつの斬撃で襲ってくる。
「こんっの、曲芸師がアンタは!?」
高速のその連撃を防ぎ、躱しきるイーリスも並大抵の戦士では無い。舌打ちをしつつ何とか距離を離すべく背後に飛びつつ、ガトリング砲を呼び出す。
「スカスカにしてやるよ!」
銃身が回転を始める。対する相手は再び腕の刃の切っ先をイーリスに向けると、その刃が縦に割れた。その断面には紫電が舞っている。それを見てイーリスは冷や汗を流した。
「おいおいおい、今度は手品か畜生めっ!」
半ばヤケクソ気味に銃弾を放つ。襲撃者も同意にその腕からレールガンらしき物を放った。光と銃弾が交差し、両者に直撃する。ファング・クェィクの肩の装甲が吹き飛び、襲撃者の機体の腕の装甲がひしゃげた。互いに直撃は避けたが、ダメージは免れなかったのだ。
互いに着弾の衝撃に後退し、睨み合う。こいつは長引きそうだ、とイーリスが覚悟を決めようとした所に通信が入った。相手は何と目の前の襲撃者だ。
『このままだと長引きそうね』
それは機械によって変換された声。答えるかどうか悩んだが結局は返事をする事にした。
「ああそうだな。だが良いぜ、やってやるよ」
『残念だけど私は遠慮願いたいわ。急いでるの』
「へっ、そっちから襲っておいてそれは――」
『あの子を、死なせるわけにはいかないから』
その言葉にイーリスははっ、となる。慌てて海面を見ると先ほどまで居た筈の黒いISが消えていた。それを見て合点がいく。
「アイツの仲間か」
『ええ、そうよ。本当は時間稼ぎしつつ追撃する貴女達を無力化したかったのだけど、ちょっと難しそうだから』
「ご丁寧に解説ありがとよ。だが逃がす訳にはいかないな。それにアンタは私の部下を痛めつけてくれたしな」
『失礼ね。ちょっと気絶してもらっただけよ。後遺症も何もないわ』
「それで納得すると思ってんのかコラ」
『しないでしょうね。流石にそれ位は分かるわよ。だから
「何だって……?」
突然データが送られてくる。送信者は目の前のISだ。ウイルスか何かの罠かとも考えたが、この期に及んでそんな真似をする様な相手では無いだろう、と決めつけファイルを開く。胡散臭げにその内容を眺めていたイーリスだが次第にその顔が驚きに変化していく。
「おい……これはマジか」
『マジよ。ついでに言うと貴女の上司や各国の皆さんにも同じデータを送ってるから早い者勝ちね』
「だが本物だと言う確証が無い」
『だけど偽物だという確証もない。求めるISは海の底から逃亡中。私はそれを援護する気満々。対する貴女のISは海中で私と渡り合えるかしら? ISは基本海中も大丈夫だけど、それ専用に調整した機体とそれ以外では中々差があるわよ』
「つーかその機体水中戦仕様なのかよ!? なんかセコイぞ!」
『何とでも。もうすぐ煙幕も晴れてしまうわ。そうしたら本当に戦い続けるしかなくなる。出来ればその前に私とあの子を逃がして欲しいのだけど?』
「その為の煙幕かよ。良い性格視点なアンタ……」
呆れた様に呻きつつイーリスは考える。任務は件のISの捕獲。その為に私情を押しとどめ、子供に説教までして追撃した。その自分が相手を見逃すのは筋が通っていない。
だが、
「アンタの情報が正しければ、筋も何もねえな。それ以上にこれは重要だ。それこそ、私も我慢できない位に」
ぎりっ、と歯を噛みしめる。それほどまでにこの情報が本当だった場合の価値は大きい。それは国にとっても。
「私は――」
ああ、自分は馬鹿だ。結局自分もあの子供達と同じだったかと思いつつ、答える。
「さっきのアンタの攻撃で一瞬意識が飛んだ。嗚呼、その間に敵を見失ってしまった馬鹿な隊長だ。だが意識を取り戻したらまた任務を続行するだろう。上官からの命令が来ない限り」
これが限界。これが妥協点。私情と立場を考えた中のギリギリの答え。
『ありがとう』
襲撃者の黒いラファールが頭を下げる。そしてそのまま海中へと沈んでいく。それを眺めながらイーリスは呟く。
「こちらこそ、だ。アンタは気に食わねえが、それでもアンタの仲間に感謝してるのはマジなんだからよ」
やがて黒いラファールは完全に沈み、姿が見え無くなる。煙幕も晴れてきた。後少しすれば再び追撃しなければならない。だがその前に確かめたいことがある。
彼女は電波妨害もいつのまにか解除されているのを確認すると通信を繋げる。相手は今回の作戦の責任者である上官だ。通信が繋がり、相手が何かを言うよりも早く、イーリスは口を開いた。
「なあ大佐、アンタにも同じ情報がいってるらしいから簡潔に聞くぜ? ―――――私はカラスとウサギ、どちらを狩りに行くべきだ?」
一瞬の沈黙の後、返ってきた答えにイーリスは笑みを浮かべるのだった。
がしゃん、と壁にぶつかったニンジン型のタンブラーがその中身をぶちまける。中身のジュースが飛び散り服にかかるがそんなものは気にもせず、篠ノ之束は肩で荒く息をしていた。その瞳には明確な怒りが宿っている。
風が吹き彼女の髪を揺らす。今は使われていない灯台の最上部、外に突き出すように造られた、メンテナンス用の足場だ。柵に囲まれたその場所で篠ノ之束は震える声で呻いた。
「いつも……」
ぎりっ、と歯を噛みしめる。
「いつもいつもいつもいつもいつもいつも邪魔をしてっ!」
再び近くにあったニンジン型の光線銃を。待機していた銀色の機械リスを。とにかく近くにあった物を感情のままに灯台の壁に投げる。それはまるで幼い子供が自分の我儘が通らずに地団駄を踏んでいる様で、しかしそれを行っているのが美しい女性である故にどこか奇妙な姿だった。更にはその女の背後には微動だにしない鉛色の無人機が居る事が異様さに拍車をかけている。
一通り物を投げ終えた束は荒く息を乱しながら投影スクリーンに視線を移す。薄く光りながら浮かぶそれこそが、彼女を目撃した少年たちが見た光の正体だったが、そんな事は束に関係ない。肝心なのはそこに映る例の黒いISとアメリカ軍のISの追撃劇だ。
黒いIS。自らの邪魔をする忌まわしいIS。自分を不快にさせる最低なIS。そして妹とその想い人の為に用意した舞台を壊した、意地汚いIS。
何なのだアレは。何でこうも上手くいかないのだ。自分は十全だ。失敗などする訳が無い。その筈だったのに! 自分は完璧じゃなければいけないのだ! 何故なら最強で完璧なちーちゃんの友達なのだから。なのになのになのになのに!
また地団太を踏む。怒りのままに物を投げ飛ばす。もはや子供の癇癪としか言いようが無い光景だが止める者は居ない。
一通り暴れ、そしてまた荒くなった息を整えていると、スクリーンの中に変化が起きていた。例の黒いISとアメリカ軍のISが煙の中に隠れてしまっている。これでは中の様子が見え無い。
まあいいだろう。どうせ逃げ切れる訳が無い。無人機は自分の守護の為の一機だけを残して全て落とされたが、アレはアメリカ軍が確保するだろう。そうしたら後から奪いに行けばいい。そしてその搭乗者も後悔させてやる。そう考えていた矢先だった。
不意にスクリーンに浮かぶ警告の文字。だがそれはおかしい。この場所は見つかる筈が無い。何故なら外から見れば何の変哲もない唯の古びた灯台にしか見えないのだ。間近まで近づかなければその偽装の中は分からない。そしてこの灯台に訪れる人など居ないと言う事は、データを見て確認していた。
だが実際にそれはやってきていた。スクリーンにレーダーと情報が映るがそれを見て束は眉を顰めた。
「ドイツに中国……ロシアに日本まで? どういう事?」
見つかる筈が無い。だがしかしそれらの国のエージェントらしき者たちが近づいてきている。更には遥か先の海上でISが発進したというデータまである。
おかしい、何かが起きている。
直ぐにハッキングを開始する。彼女にとって造作も無い事だ。そして結果は直ぐに出た。その結果は彼女の予想外の物。
各国関係者に突然送られたデータ。発信元も不明のそれには多少荒い写真が添付されていた。写るのは自分の姿とこの灯台。そして自分の後ろに控える無人機の姿と、福音と行動を共にしていた無人機の姿。酷似するそれを見れば誰もが考え付くであろう事に気づき、束は唖然とした。そしてこちらにやってくる連中の目的も確定する。
古びた灯台に、女の怒りの絶叫が響き渡った。
遥か遠く、灯台が飛び上がった無人機とそれを攻撃するどこかの国のISを眺めつつC1は笑った。これであの天災はあちらの対応に追われるだろう。海中に逃れた静司達の追跡をする暇などあるまい。その隙にこちらは静司達を回収する。
それに篠ノ之束と一緒に居た無人機と黒翼から送られてきた福音と共に居た無人機の写真。その関係を繋ぎ合わせれば、今回の黒幕が誰か、誰もがあの女を候補に挙げるだろう。それは彼女の大切な友人や妹も然り。
「行くぞ」
もうここには用は無い。いや、本当なら自分達もあそこに行ってあの女の眉間を撃ち抜きに行きたい。だが今は駄目だ。まずは仲間の事を考えろ。
自らにそう言い聞かせるとB2との合流地点に向かうべく車に乗り込む。最後にちらり、ともう一度その灯台に視線を向け、呟く。
「ざまあみろ、糞ウサギ」
車が走り出す。もはや灯台には目もくれないC1。その運転する車の後部座席には不安げな顔をしている布仏本音の姿があった。
主人公サイドの反撃。
束のキャラが違うと思われるかもしれませんが、自分の中で束は大人になれない子供だと考えています。
なので思い通りにいかなくてストレスマッハになればやっぱり子供の様に怒るんじゃないかなーと。
それと前半の束発見が都合よすぎるかもしれませんが、そういう予測もできない偶然こそが束の敵だと思うのでこんな形にしました。
C1と本音が一緒にいる理由は次回