IS~codename blade nine~   作:きりみや

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32.賭け

 花月荘より少し離れた海沿いの道路を一台のトラックが走っていた。コンテナ外装には何も記載されていない白のトラックではあるが、別段珍しい事では無い。特にこういった行楽地に近い場合は尚更だ。しかしそのトラックの中身は別だった。

 揺れるコンテナの中は様々な情報機器が所狭しと並び、絶えず通信を行っている。機器の周りでは複数の人間がコンソールを叩き、通信を行い、そして指示をだしていた。

 EXISTcoverチーム。そのメンバー達は何処かに潜んでいるであろう篠ノ之束を探し出すべく必死の捜索を行っていた。このトラックの他にも、複数の車と人員が散らばり任務に当たっている。彼らの顔はどれも必死だ。何故なら自分たちの行動が仲間の生き死に関わりかねないからだ。

 そんなトラックの中、C5は苛立ちを隠せずにモニターを眺めている。そこに映るのは今戦闘が行われている海上のデータと黒翼のステータスだ。戦闘空域では3つの光点が先ほどから激しく絡み合う様に飛び交っている。黒翼と白式、そして銀の福音だ。そしてその隣に表示されている黒翼のステータス。リアルタイムで送られてくるそれはC5の顔を歪ませるのに十分だった。

 

「無茶し過ぎよ、静司」

 

 思わずコードネームで無く名前で呼んでしまう。しかしそれだけ心配なのだ。画面上の黒翼はとてもではないがまともに戦闘が出来るとは思えない有様だ。本来なら今すぐにでも機体を技術課に投げつけて、搭乗者である静司も病院に叩きこむところだ。しかしそれが出来ない。それが歯がゆい。

 もう一つ、彼女が苛立っている理由。それは自分がここに居る事そのものだ。本当なら自分も外に出て、自らの足で捜索に加わりたい。しかしそれは出来ない。自分はアレ(・・)の到着を待たなければならないのだ。必要な事とはいえ、何も出来ないと言う事程辛いものは無い。

 そんな事を考えていた矢先、不意に通信が入る。間髪入れず繋げると慣れ親しんだ上司の声が聞こえた。

 

『私だ』

「課長。連絡が来たと言う事は――」

『ああそうだ。パイロットは無理だったが、機体だけは先に無理やり寄越させた。社のヘリでそちらに向かっている。お前も準備しろ』

「了解」

 

 通信を続けながらC5はコンテナの奥、そこだけカーテンで仕切られた区間へ入る。そこに準備されていたのはISスーツ。彼女は即座に着替え始めた。

 

『フィッティング含め、機体の設定はお前に合わせて置いた。装備も輸送中に換装済みだ。エネルギーも補充したが、お蔭で虎の子のEパックは品切れだ。留意しろ』

「問題ないわ。エネルギーが尽きる前に片を付ける。というかそんな高価な物積んで戦ってたら気が散ってしょうがないわ。IS開発費の何機分よ、アレ」

『聞くなよ。黒翼には状況故にああいう装備を持たせたが、盛大に使い捨てているからな。しばらくは節約が社内標語になりそうだ』

「あー、それ標語にするの1週間待って頂戴。その間に今回の任務の経費水増しして落とすから」

『……お前は鬼か』

「いいえ、女神よ。ま、B9に会ったら言っておくわよ『あれはアンタの給料の何年分だと思う?』ってね」

『アイツの真っ青な顔が目に浮かぶよ』

 

 お互い笑う。勿論これは冗談だ。互いに硬かった気配を解すためのちょっとした掛け合い。そしてその心地よさが、自分の帰ってくる場所の大切さを際立たせる。

 

『よし。ならば現時刻を持ってcover5のコードを変更。blade2とする。任務はblade9の援護、及び救出だ。EXIST二番手の力、見せつけてやれ』

「了解よ」

 

 カーテンを開きその姿を現す。それは漆黒のISスーツ。通常のそれとは違い、全身を覆うそれは各所にプロテクターの様な物が追加されていた。

 今回の任務。他のbladeナンバーだが、B3とB4は海外での任務。B5は花月荘で影武者役。そしてB6、B7、B8は社に居るが今回の戦闘では役不足とされ自分に回ってきた。それはつまり自分の実力なら可能だと判断された証。ならばそれを証明する。そして大切な仲間を救って見せる。

 

「だから、無事でいなさいよ」

 

 トラックは既に進路を変え、ヘリとの合流地点に急いでいる。再びモニターを眺めながらB2は静かに呟いた。

 

 

 

 

 織斑一夏と第二移行を果たした白式。それを静司は苦い顔で見つめていた。

 一夏が来たことはもはや何も言わない。いや、本当は色々と言いたいことはあるが、止めようとしても無駄なのはもう確実だろう。そして戦闘に参加する事も。

 静司が懸念するのは白式そのものだ。追加された大型スラスターに左腕の装備。白式の特性から考えてもあれは使い装備では無く、第二移行だと知れた。だが、

 

(早すぎるっ……!)

 

 元の白式でさえ一夏は使いこなせていたとは言い難い。それは彼が素人であるから当然とも言える。だからこそ少しずつ経験を積んで使いこなしていかなければならない。だがそうなる前に手に入れてしまった、更なる強化をされた機体。見る限りより燃費が悪くなり、エネルギー効率に気を取らなければならない様に見える。だが、そもそも元の白式でそれをこなせていなかったのだ。それをより悪化した機体で制御できる筈が無い。

 

「喰らえええええええ!」

 

 一夏が福音に《零落白夜》で斬りかかる。福音はそれを容易く躱すと全身の翼から光弾を一夏に放つ。しかし一夏は避けることなく、左腕を構えた。途端、キンッと甲高い音が響き左腕の《雪羅》の装甲が変化する。光の膜が広がっていき、その膜に触れると福音の放った光弾が消えていく。《零落白夜》と同じエネルギー無効化をシールドに転用した物だろう。装備としては異常とも言える性能だが、その分エネルギー消費も相当な物の筈だ。それはつまり一夏もそう長く戦えない事を意味する。そしてこの場で戦えなくなれば唯の的になるだけだ。

 故に静司は黒翼を全力で動かす。体中の激痛や疲労感。誤魔化しきれないそれに追われる様に、一定時間同じ場所に留まる事はせず歯を食いしばりながら福音へ迫る。

 迫る黒翼に反応した福音が光弾を放つが機体を半回転させギリギリで躱す。勢いをそのままに突きこまれた黒翼の蹴りを福音が両腕を交差して防ぐが、衝撃で若干後退してしまう。そこにR/Lブラストを撃ちこむが光の翼で防がれた。

 舌打ちをする静司に再び福音の全身から光弾が放たれた。静司は黒翼の機体を翻し、高速移動でその破壊の嵐から逃れようとするがもはやボロボロの黒翼では、以前の様な高機動は出来ず直ぐに追いつかれてしまった。ギリギリで腕を交差し防御態勢を取ったが、着弾の衝撃は激しく黒翼の装甲砕かれていく。

 

(……?)

 

 一瞬、違和感を感じた。それが何なのか、正体を見極めようと福音を睨むが、その福音に一夏の放った荷電粒子砲が当たり攻撃がやむ。

 

(なんだ……?)

 

 またしても違和感。試すようにふら付き一夏の方に顔を向けた福音にR/Lブラストを放つがそれは容易く光の翼で打ち消されてしまう。その隙に一夏が《零落白夜》を振りかぶり瞬時加速で勝負を仕掛けた。反応した福音が放つ光弾を《雪羅》のエネルギー無効化シールドで防ぎながら接近した一夏と白式のその刃が福音の翼の片翼を切り落とす事に成功する。

 

「もう一撃!」

 

 返す刀で福音に刃を向ける一夏。しかし焦ってしまったのか隙だらけのその一撃を福音は容易く躱し白式を蹴り飛ばした。悲鳴を上げつつ態勢を立て直した一夏は、復活した福音の翼を見て歯噛みしていた。それは自分の攻撃が失敗したこともあるだろうが、おそらくはエネルギーの事もあるのだろう。恐らく白式の稼働時間はそう長くない。

そして福音の周囲を弧を描く様に移動しつつその流れを見ていた静司は違和感の正体に気づく。

 

「こちらが仕掛けた時と一夏が仕掛けた時で福音の対応が違う……?」

 

 先ほどまでの戦闘。福音は容赦のない動きと圧倒的な殲滅力で襲い掛かってきていた。だが一夏が現れてからその動きの変化がみられる。静司の攻撃は防がれ、反撃を喰らった。その反撃も容赦のない威力と精度をもっていた。R/Lブラストも容易く防がれた。

 しかし一夏が仕掛けた時、福音が荷電粒子砲は直撃し反撃の射撃もただ真っ直ぐ撃つだけ。いくら白式の新装備の性能が異常だからと言って、いくらなんでも単純すぎる。そして容易く一夏の接近を許したかと思えば、あっさり翼を切り落とされた。

 明らかに違う対応。その理由を考え、そして思い当たった理由に静司はきつく拳を握りしめた。

 

「そうか……最初からそうだったな……篠ノ之束ぇっ!」

 

 大事な妹のデビュー戦。当初から紅椿と白式での作戦に拘っていた篠ノ之束。そして一夏が来た事で揃った役者。そして彼女にとってのイレギュラー。

 つまりは演出。妹とその想い人で親友の弟でもある少年。その二人が力を合わせて強力な敵に打ち勝つ。ただ、その為だけに暴走させられた福音。状況からして答えは出ていたのだ。しかしここまであからさまにその最低の演出を、それも特等席で見せられた静司は吐き捨てるように叫ぶ。

恐らくは福音には命令が下っているのだろう。紅椿と白式によって撃墜されろと言う命令が。そうなると、初戦の一夏の撃墜は篠ノ之束としても予想外だったのだろう。そしてだからこそ、今回はここまであからさまになったと考えるべき。そして今、舞台の上には本来の登場人物達に紛れて自分と言うイレギュラーが存在している。故に福音は黒翼に対しては容赦が無く、一夏に対しては甘い。それでも一夏に撃墜されていないのは、最後の役者の準備が終わっていないから。そして自分の予想が正しければ恐らくこの後に――

 

「一夏、来い!」

 

 眼下、エネルギー切れの筈の紅椿が空を飛んでいるのが見えた。展開装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が巻き上がっている。そしてその周囲に溢れるエネルギー反応。

 何が起きているのかは分からない。しかし確信する。紅椿、そして白式は復活する。福音を倒す為に。そう言った脚本(・・・・・・・)なのだから。

 

「ふざけるな……」

 

 ならば、今まで戦ってきたのは無意味だったのか。専用機持ち達が奮闘し傷ついたのも。自分が今まで戦ってきたのも。全てが無駄だったというのか。

 

(違う)

 

 もし、最初の戦いで篠ノ之束の目論見通り白式と紅椿で出撃していれば福音はその時に落とされていたのだろう。だが実際はそうはならず、一夏は撃墜され作戦は失敗した。

 そして再戦。ここでもおそらく福音と無人機が箒以外を即座に沈黙させ、後は一夏の復活を待つか、もしくは箒単体で倒させたか。しかし実際は自分と専用機持ち達によって無人機は複数破壊され、福音も傷を負った。

 少しずつ、当初の目的からズレて来ている。それは紛れも無く、あの忌々しい天災の予想外の出来事の筈だ。誰の手でも無く、自分たちの力で選んだ結果。それこそが、世界最高と言われる天災に対するダメージ。余裕ぶった兎が、亀だと思っていた者たちによって反撃を受けたという結果。

 天災の言う通りにしていれば、一夏は撃墜されなかったのかもしれない。花月荘への襲撃も、もっと対抗できたかもしれない。今ここで、専用機持ち達がやられる事も無かったかもしれない。しかしそれでは駄目なのだ。何時までも天災の掌で踊り続けていては、いずれ人は腐っていく。自分たちは人形では無い。意思あるものだと。思い知らせなければならない。

 黒翼の奥底でドクン、と脈動が響く。そうだ。コアにも意思はある。彼女達もまた、唯の操り人形では無く、己の意思を持っている。そしてそれをもたらしたのは他でもない篠ノ之束。

 

「見せつけて、やる」

 

 何もかも自分の思い通りにいく。そんなものは幻想だと。反抗する者が居るのだと。お前の敵対者はここに居るのだと。

 福音に鉤爪で斬りかかり、福音も新たな作成したエネルギーの刃で対抗する。ぶつかり、弾かれ、しかし互いに再度ぶつかり合う。その合間にも福音の射撃は静司を襲い、静司もまた翼の砲撃で対抗する。両者の応酬には一切の容赦が無い。紅椿と白式による福音撃破というシナリオに置いて黒翼は不要。ならば下で二人が何かをこの間に、自分を撃墜しなければならないのだ。福音の動きがより苛烈に、攻撃的になっていく。

 それを捌き、防ぎ、避け、時に被弾しながら必死に考える。時間は残り少ない。この時間内に自分を倒そうと思うならどうするか。自分ならどうするか。考えろ、考えろ考えろ考えろ!

 不意に、視界の端に海面に浮かぶセシリアとシャルロットの姿が見えた。そしてセシリアの持つ武器を見た瞬間、静司の中で答えが出た。そしてそれを踏まえた作戦を組み立てる。だがその内容に我ながら呆れてしまう。これは酷い賭けだ。下手をすれば自分は、死ぬ。

 いいのか? 本当に。死ぬわけにはいかないと決めたのに。もっと安全策があるのではないのか。いや、それ以前に一夏達に任せれば勝手に解決するのではないのか。ならば自分はもうこれ以上やらなくてもいいのではないか?

 しかし首を振る。ここに来る前、怒りと復讐心だけに飲まれない様にと誓った。仲間を思い、友を思い、そして彼女達の事を想い、また暴走しない様にと。だけどやはりそれだけじゃあないのだ。どんなに怒りに飲まれない様にしても、やはりその心の中の黒い炎も自分を構成する一部。どちらかに天秤を傾ける事は出来ない。だが生き残ると誓った事も事実。ならば意地でもそうするしかない。運の要素を実力と経験で補え。死を考えるな。生き残る事を考えつつ、目的を果たせ。

 覚悟は決まった。後は一夏達が参戦する前にケリを付ける。

 静司は黒翼を駆る。何度目かの福音との激突。飛び散る装甲と血。福音にもダメージは少しずつ蓄積されている。そしてそれが福音のその更に向こう側に居る黒幕の焦りを呼び、福音の攻撃がより攻撃一辺倒に変わっていく。

 

「《クェイク・アンカー》set」

 

 いったん距離を取りつつ左腕を変形させていく。黒翼の切り札の一つ。本来は対人武器では無いそれにエネルギーを回す。爪同士が合わさり、まるで槍の様な形となった左腕の周囲に光と紫電が舞う。

 

『キィィィィィィィエエエエエエエエエアアアアアア!!』

 

 こちらの変化に気づいた福音が絶叫を上げながら広範囲に光弾を放った。撒き散らされた破壊の嵐を福音の更に上に飛ぶことでギリギリ回避した静司は、福音の直上で左腕を構え、そして止まった(・・・・・・・)。それはこの戦闘が始まって以来、初めて黒翼が一定時間停止した瞬間。そしてその行動に遥か彼方の悪意が反応する。

 ぞわり、と悪寒が奔る。機器は反応せずとも体中の感覚が危機を知らせる。そして一瞬遅れてハイパーセンサーが警告を発する。

 

――警告。エネルギー反――

 

 その警告は衝撃とそれに伴う痛みと激痛の叫びで聞こえる事は無かった。

 

 

 

 

黒翼の腹部に血の花が咲く。遥か彼方よりの狙撃。その弾丸は黒翼を貫き、その力を奪った。黒翼がぐらり、と傾き、やがて力なく墜落していく。

その光景を見ていたシャルロットは悲鳴を上げた。セシリアも目を見開き唖然としている。鈴もラウラも、そして箒と一夏も同様だった。

黒翼は力なく真っ逆さまに落下していく。その先では福音が両腕にエネルギーの刃を展開し待ち構えている。光弾では無く、確実に止めを刺す。その意思に気づいた一夏が叫ぶ。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 紅椿の単一使用能力。絢爛舞踏。その特性はエネルギーの増幅と供与。その助けを得てエネルギーを回復させた白式。そのスラスターを吹かせ福音に迫るが遠すぎた。黒翼は既に福音の間近まで落下しており、福音は斬撃のモーションに入っている。もう、間に合わない。それでも必死に距離を詰める一夏は不意に気づいた。

 福音の刃が黒翼に突き刺さる。まさにその瞬間、黒翼の眼が光ったのだ。

 そして黒翼が動き出す。両足の鉤爪をまるで固定するかの様に福音に叩き付け食い込ませる。壊れた右腕で斬撃を繰りだす福音の腕を殴る事で弾き、もう片方の腕は左腕で弾く。両膝のワイヤーブレードを射出し、そのまま己と福音へと巻きつけた。

 

「……やっと……取り付けたな……」

 

 聞こえた声は苦痛と疲労が滲んだかすれた声であったが、どこか笑っている気がした。

 

「言いたいことは山ほどある。だが今はこれだけを言わせてもらう」

『キイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエ!』

 

 福音が絶叫を上げ両腕の刃を。翼からの光弾を全て黒翼に向ける。しかしそれよりも早く、黒翼の左腕が福音を撃ち抜く。

 

「俺の―――勝ちだ」

 

 次の瞬間、黒翼と銀の福音を中心に爆発的な光が撒き散らされた。

 

 

 

 

 目の前で福音の装甲に波紋が広がる。そしてその波紋と共に福音のエネルギーの翼と装甲が砕かれていく。やがて見えるのは福音の搭乗者。意識を失った金髪の女性だ。静司は彼女に思う事はそれほどない。彼女とて被害者なのだから。

 破壊の波紋は福音の全身に広がりその装甲を全て砕いていく。だがその過程で搭乗者のISスーツもダメージが行きわたり、破れてしまい更にはその下の彼女にも傷を負わせてしまった。

 

(威力調整……誤ったかな……)

 

 ダメージを負わせたこと。そしてスーツの下の滑らかな肢体に一瞬焦ったが、若干傷がついただけで命に別状はないだろう。彼女には悪いが我慢してもらうしかない。そもそも《クェィク・アンカー》は対人用では無い。今回は威力と範囲を絞りぶっつけ本番での対人使用だ。静司としても流石に中の人間を殺すのは忍びなかった故の措置。無論、もしもの時は覚悟していたが。

 今回の作戦。あえて狙撃を受ける事で油断した福音に取りつくという無茶を通り越して賭けとしかいえなかったそれに静司は勝った。狙撃のダメージも、来るのが予想出来ていたからこそ、悪寒を感じた瞬間に体をずらすことで致命傷は避けられた。それは我ながら超人的とも言える回避だった。今までの経験と、生きる意志がそうさせたのだと静司は思う。だが致命傷は避けられたが、傷は傷だ。今も心臓より下、わき腹の貫かれた部分から血が流れている。血と一緒に力も流れ出している様で、もはや体の態勢を保てない。もとより限界間近だった身への攻撃だ。こうなるのも必然とも言える。

 装甲が砕かれた事で黒翼により拘束が解け、福音の搭乗者が落下していく。慌てて一夏と箒が回収に向かうのを尻目に、静司と黒翼もまた、力を失い今度こそ本当に墜落していった。

 いけない。まだ全てが終わっていない。狙撃者――おそらくは無人機はまだ残っている。何も倒す必要は無い。後はここから離脱すればいいのだ。だが体に力が入らない。想像以上に腹の傷は静司の体力を奪っていた。駄目だ、このままでは今度こそ――

 視界の端に光が走る。先ほど狙撃が来た方向だ。スローモーションに映る視界の中、己に迫る死の弾丸を前に静司は必死に足掻こうとするが、体はやはり動かない。ここまでなのか。

 

(違う……終わらせられない)

 

意思は生きる事へと向いている。どうしようもなく動かない体に何とか命令を送ろうとする。不意に、そんな静司に影がかかった。

ギィィィィィィィッン! と金属音が響く。続いて聞こえたのはスラスターの音と聞き覚えのある女性の声。

 

「少し遅かったか……だが言わせてもらう。私の生徒達を守ってくれた事、感謝する」

「ねえ……さん……」

 

次第に閉じていく視界の中、静司は目の前に浮かぶ長髪の女性に、過去の思い出を重ねつつ、静司は力なく落ちていった。

 

 

 

 

 突然現れた女性。その正体にいち早く気付いたのは一夏だった。

 

「千冬姉!? どうしてここに!? それにそのラファールは」

「それはこちらのセリフだ馬鹿者。だが説教は後だ」

 

 黒翼に向かう狙撃を打鉄のブレードで弾いた女性、織斑千冬はその鋭い眼を空に向ける。彼女が搭乗するラファール・リヴァイヴは回線やパイプをむき出しにして強引に取り付けられた複数のスラスターが印象的だ。本来は四枚のその多方向加速推進翼はその倍あり、その全てはまるで尾の様に背後に伸びている。安定性を無視し、速度だけを重視した強引な機体となっていた。

 

「私は空を片付ける。織斑と篠ノ之はアイツらを……いや、あの黒いISを守れ。白式のシールドなら可能な筈だ」

「あ、ああ」

 

 剣幕に押され頷く一夏を確認すると千冬は機体を空に向け、一気に加速した。

 グンッ、と本来のラファールの性能以上の速度を引き出し空を昇る。無理な出力に機体が警告を飛ばすがそれらを無視してひたすらに目指す。やがて雲を突き抜けた所で一端機体を停止、周囲を見渡す。

 周囲には何もない。少なくともハイパーセンサーは反応していない。だが千冬からすれば、それは違った。

 

「そこか」

 

 再び加速。いよいよ機体が悲鳴を上げ始めスラスターが火を噴く。しかしその間に千冬は目的の場所へとたどり着いていた。

 そこは何も無い空間。しかし千冬はそこ目掛けてブレードを振り抜いた。

 ブレード越しに伝わる確かな手ごたえ。そしてガキッ、という音と共に、目の前の空間が歪む。まるで蜃気楼の様に揺らぐその空間から真っ二つに断たれたISが現れた。スナイパーライフルを手に持っていたそのISは一瞬、目をチカチカと点灯させたかと思うとそのまま爆散した。

 火を上げながら散っていくそのISだった物を冷たく見つめていた千冬だが、やがて眼を逸らす。

 

「こちらも限界か」

 

 火を噴くスラスターを切り離す。落下していくそれらはやがて火に包まれ爆発していった。これで先程までの様な速度はもう出ない。だがもう必要ない事だ。戦場の状況を考え、速度重視の機体で駆け付けた千冬だが一歩、遅かった。千冬が駆けつけた時見たのは、落下していく二機のIS。そしてそれを狙う遥か彼方からの殺意だった。咄嗟に庇ったがあのISにはやはり話を聞かなくてはならないだろう。

 千冬は踵を返すと、一夏達の下へ戻るべくゆっくりと機体を下降させはじめた。

 

 

 

 

 シャルロットはもはや飛ぶことしかできない機体を動かし海面を飛ぶ。そして空から落下してきた漆黒のISを受け止めた。衝撃に一瞬海中に沈むが直ぐに浮き上がる。腕の中のIS、そしてその搭乗者は微動だにしない。まさか死んでしまったのか、全身装甲故に中身が分からずシャルロットは焦る様に叫ぶ。

 

「しっかりして! 直ぐに、直ぐに助けを呼ぶから!」

 

 ラウラ達もシャルロットの下に集まり、そして黒いISの状態を見て息を詰まらせた。

 全身の装甲はあちこちが砕け、血に染まり今も流れている。右腕はぐしゃぐしゃに潰れ、印象的な翼も一枚のみでそれももうズタボロだ。そして何よりも、わき腹に空いた穴からの出血が酷い。

 

「ど、どうすれば!」

「とにかく治療よ! 今緊急キットを出すわ!」

「けどISの装甲が邪魔で上手くできませんわ! 何とか解除できませんの!?」

「……無理だ。通常の機体なら緊急解除は可能だが、この機体のデータはどこにも無い」

 

 一体どうすれば。焦るシャルロット達だがそこに不意に通信が入った。

 

『IS学園の生徒に告げる』

「な、なんだ!?」

「これは……!?」

 

 一夏と箒の焦った声にシャルロットも顔を上げ、そして目に映った物に息を飲む。

 いつの間にそこに展開していたのか。一夏達を囲む様に4機のISが宙に浮かんでいた。そのISをみたラウラが呻く。

 

「アメリカ軍の……IS部隊だと?」

 

 その呻きに全員の背に緊張が走る。何故ここに……いや、何故今更アメリカ軍が出てくるのか。その答えは隊長と思しき黄色と黒のタイガーストライプの機体が答えた。

 

「アメリカ軍、イーリス・コーリング中尉だ。この機体は【ファング・クェィク】。私たちの目的は二つ。そこの銀の福音の搭乗者及び黒いISを引き渡してもらう」

「なっ!?」

 

 その答えに全員が唖然とした。福音は分かる。元々はアメリカ・イスラエルの共同開発だからだ。しかし黒いISは違う。

 

「どうして……この人もなんですか?」

「お前達に知る権利は無い。と、言いたいが理由はわかるだろ? 特にそのドイツ軍の隊長は」

 

 ぐっ、とラウラが唇をかみしめる。そう、ラウラには分かっている。このISは何所にも所属していない。少なくとも表向きは。それだけでも捕まる対象になりかねないのに、それに加えて異常なまでの戦闘能力。それらを考えればアメリカはもとより各国が狙うのは当然と言えた。そして今回はアメリカが先手を打った。

 他の者たちもその理由に気づいたのだろう。一様に怒りを浮かべた。

 

「ふざけんな! この人は暴走した福音を止めてくれたんだぞ!」

「そうよ! 元はと言えばアンタらが片付ける事でしょうが! それを今になって出てきて寄越せだ? 恥ずかしくないの!?」

 

 セシリアとシャルロットもイーリスを睨みつける。当のイーリスは苦い顔だ。

 

「恥ずかしいだ? 恥ずかしいに決まってんだろうが! こんなハイエナみたいな真似して涙が出てきてくるわ! 情けなくてしょうがない」

「だったら……!」

「だが私たちは軍人だ。国の為に、国の益となるのならそれを実行しなければならないんだよ。いいか覚えて置けガキども。誰もが自分勝手に、自分の思い通りに力を振れるとは限らない。力を持ったのなら相応の責任が付いて回る。それを忘れんな」

 

 苛立ち気に吐き捨てるとイーリスが指示を飛ばす。3機のISがゆっくりと一夏達に近寄るが、その動きを止めた。何故なら一夏が《零落白夜》を。箒が《雨月》と《空裂》を構えたからだ。シャルロット達も渡すまいと前に出る。

 

「分かってんのか? 私たちと戦うって事はアメリカ軍と戦うって事だぜ?」

「それでも……引けるかよ!」

 

 一夏が吠え、箒も頷く。その瞳には揺らぎはない。そんな二人を見てイーリスは笑った。

 

「嫌いじゃないよ、お前らみたいな奴は」

 

 そしてゆっくりとファング・クェィクを構える。

 

「ならば力づくだ」

 

 

 

 

 うっすらと、まるで薄氷の様な意識の中、シャルロットの腕の中で静司はその会話を聞いていた。そして武器を構える一夏とアメリカ軍ISの姿を認識した時意識が覚醒する。

 

『B9。応答しろB9!』

 

 自分を呼ぶ通信の声に静かに応える。

 

「こちら……B9……」

 

 通信の相手はこちらが反応した事に安堵の息を漏らしたが、直ぐにその声が悲痛な物に変わる。

 

『会話は聞いていたな?』

「はい……」

『ならば……するべきことも分かっているな。出来るか?』

「やるしか……ないでしょう」

 

 ぐぐ、と体を起こし始める。動き始めた黒翼にシャルロットが驚きの声を上げ、続いて静止した。動かないで、とこれ以上は駄目だと。しかし静司は首を振る。

 

『済まない。B2が今そちらに向かっている。それまでの辛抱だ』

「……了解」

 

 黒翼はガス欠寸前。しかし《クェィク・アンカー》の威力を絞っていた事もあり、まだ若干ながら残っている。ならばする事は一つ。

 

 一夏や、シャルロット達をアメリカ軍と戦わせるわけにはいかない。

 

 なけなしのエネルギーを絞り出し、点火。スラスターを吹かせシャルロットの腕の中から飛び出す。碌に姿勢制御も出来ず、海面を二度、三度と跳ねるように飛びつつ更に加速していく。背後では呼びとめるシャルロットや一夏達の声。そして指示を飛ばし自分の追跡を始めたアメリカ軍のIS。それらを振り切るかのように、静司は海面を走る様にして全速力でその場から離脱していく。

 追いかけるアメリカ軍のISが放つ射撃が霞め、海面を穿ちながら迫る。それから逃げるように。そして必ず帰還する為に。静司とアメリカ軍の追跡劇が始まった。

 




福音の舐めプ
そして出番があまりなかった絢爛舞踏。チートすぎるのも問題ですね

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