IS~codename blade nine~   作:きりみや

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福音を強化しすぎた気がしないでもない。故にgdgdな気が
けど一応軍用ISなのに学生にあっさり負けるのはなんか納得いかなかったので


31.黒き長女

 これは完全に自分のミスだ。

 投影型スクリーンに浮かぶ光点を見つめながら織斑千冬は己の間抜けさを呪った。そんな千冬を真耶が心配そうに見つめている。

 花月道の臨時司令室。そこには今教師たちが集まり、つい先程起きた問題について話し合われていた。

 

「やはり連れ戻すべきです! 私が行きます!」

 

 教師の一人が意見を述べる。彼女は先の戦いの際は、学園の量産機で空域を封鎖していた一人だ。真面目で生徒思いでもあるが、若干短絡的な所があるのが欠点だった。

 千冬はゆっくりと首を振ると、口を開く。

 

「出撃してしまった生徒達ですが、既に戦闘中です。あの空域に量産機で向かうのはかなり危険です。それに生徒達が素直に言う事を訊くとは限らない。何せこちらからの通信をシャットアウトしているのだから」

 

 出撃した生徒。つまりはラウラ達の事だ。彼女達は千冬達が目を離した隙に無断で出撃してしまった。そして今ここでは彼女達の事をどうするかが議題であった。

 

「なら放って置くと言うのですか!? 一度敗北した相手ですよ!?」

「分かっています。しかし生半可な戦力では意味が無いと言う事です」

 

 鋭く、千冬が睨むことでその教師は一歩後ずさった。そんな相手を見つめる千冬の想いは後悔と反省。自分に対する怒り、不甲斐なさと様々なものが渦巻いている。

 結局、教師としての自分を過信していたのだろう。自分の生徒達の事を理解したつもりで、その内の激情までは掴めず、結果彼女達の無断出撃を許してしまった。ならばそのツケは自分が払うべきだ。

 

「私が出ます」

 

 ざわ、と空気が変わる。誰もが認める世界最強のIS操縦者。織斑千冬が実戦に出ると言うのだ。つまりは普段の訓練とは違う、本気の織斑千冬が見れると言う事だ。

 

「し、しかしそうしたら花月荘は……」

「それにいくら織斑先生でも、量産機では……」

「指揮は山田先生に預けます。他の先生方も協力して防衛にあたって下さい。ISも今突貫で装備の変更を行っています」

 

 スクリーンにISのデータが映る。通常のラファール・リヴァイヴに強引に別機体のスラスターを増設。余分な武装を取り払い機体のバランスを可能な限り取りやすく。最後に打鉄のブレードを装備している。一撃離脱。本来の用途からかけ離れた調整である。

 

「な……無茶ですよ!? こんな機体で出撃しても制御できる訳ありません!」

 

 そう。これは余りにも無茶な設定だ。今スクリーンに映る機体はISにそれほど詳しくない人間が見ても、どう見ても強引すぎる調整がされている。これでは制御は勿論、機体そのものが途中で瓦解しかねない。だが千冬は首を振る。

 

「通常の機体では生徒を止める前に撃ち落とされるのが目に見えています。その為の措置です」

 

 今戦闘が行われている場所では、福音の他にも複数の無人機や謎の黒いISが居る。無人機はともかくとして、千冬は黒いISも警戒していた。どちらかと言えばその為の措置だ。無論、通常の状態の量産機でもそれなりに戦えると自負している。しかし、黒いISと福音の2機が敵対した場合はその限りでは無いのだ。実際は黒いISこと黒翼は千冬を襲う事はありえないのだが、千冬がそれを知る由は無い故に仕方ないと言えた。

 

「そうじゃなくて! こんな機体ではそもそも辿り着く事さえ――」

「できます。私なら」

 

 そう、やらなくてならない。それに自分が行くべきだ。それがこの事態を引き起こした責任のある自分の役割。

 先に話を通していた山田は勿論、他の教師達も千冬の譲る気の無い眼差しに気づいたのだろう。それ以上の反論は無かった。それに千冬は頷くと、ISの調整に戻る為に部屋を出ようとした。

 だが、千冬が扉を開けるより早く、勝手に扉が開いた。思わずきょとんとした千冬の前には怪我人の手当てを行っていた丸川が若干顔を引き攣らせながら肩で息をしていた。

 

「丸川先生? 何を――」

「織斑君が居なくなりました。恐らくは――」

 

 丸川の言葉に千冬は慌てて室内の投影スクリーンに視線を移す。そこには新たに花月荘から飛びだった光点が表示されていた。

 

 

 

 

 無人機。

 この異様な存在の恐ろしさは、その名の通り機械である事だ。機械であるが故に、多少の傷がつこうとも動揺無く動き続け、そしてお互いの経験を即座に共有化し最も効率的な戦闘行動をし続ける。

 

「このっ……! また早くなった!?」

「私が牽制する! 鈴と箒で斬りこめ! セシリア!」

「分かっていますわ!」

 

 空を駆けるのは10機のIS。福音、無人機、IS学園専用機、そして黒翼。その内のIS学園の専用機持ちであるラウラ達は無人機に翻弄されていた。

 

「くっ、さっきは上手くいったのに!」

「あれは奇襲だから上手くいったんだ。本番はこれからだよ!」

「くるぞ!」

 

 もとより機体ダメージの大きかったラウラのIS。そこに放たれた攻撃をシャルロットが防御パッケージによる追加装備《ガーデン・カーテン》で防ぐ。その合間から放たれるラウラの砲戦パッケージの装備《パンツァー・カノニーア》が無人機達を狙い撃つ。更にはセシリアが中距離から敵機を狙いつつ、近距離戦を挑む鈴と箒の援護として付いていた。IS5機による連携。しかしそれですら中々有効打を入れられていない。それは先に黒翼との戦闘で無人機達の戦闘システムがより最適化している事もある。しかし最大の問題は別にあった。

 

「っ、来るぞ!」

 

 ラウラの警告に鈴達は一斉に距離を取り防御態勢となる。その刹那、上空からまるで嵐の様に破壊の雨――銀の福音の光弾が降り注ぐ。

 鈴、セシリア、ラウラ、シャルロットはそれぞれ複雑な機動を取りつつ、避けきれないものは防御で対処していく。しかし箒は一歩出遅れた。

 紅椿は箒の思い通りに動いている。そう、想像以上に。しかし戦闘経験が他に比べて劣る箒は『避けれる』と思った機動でも実際は甘いのだ。それでも異常なまでに優秀なシステムがその動きをサポートし回避を可能としていたが、それにも限界があった。避けきれず、防御も間に合わず自分に迫る光弾に箒の顔が引き攣る。

 

「ちぃっ!」

 

 しかしそんな箒に聞こえたのは機械によって変えられた声。続いで放たれた光が自分に迫る光弾を焼く光景だった。

 光弾を焼いたのは黒翼。その翼から排気をしつつ、箒の前に陣取る。

 

「す、済まない。助かった」

「助かった、では無い。お前達は直ぐに撤退しろ」

 

 敵機から距離を取り警戒しつつ、どこか焦る様な声色で告げられた言葉に箒は首を振った。

 

「それは出来ない」

「出来ない、じゃない。相手は普通じゃない」

「それでも……出来ないのだ」

「そうだよ」

 

 新たな声がそこに入りこむ。これはシャルロットの声だ。

 

「別に僕たちは仲間がやられたからというだけでここに居るんじゃないよ。あのISを放って置いたら市街に被害が出るかもしれない。今度は花月荘も本当に無事じゃないかもしれない。その為に来てるんだ」

「だがお前の言う事もわかる」

 

 続く声はラウラだ。

 

「確かに私たちは一度負けた。それにあの無人機とやらは初見だが生半可な相手では無い。そんな機体と福音。それら全てをお前一人で相手をするのは無理だろう。だが一人で無ければ、違う」

 

 そうよ、と鈴が続く。

 

「悔しいけど、私達だけじゃ勝てないかもしれない。だけどアンタが居る。アンタが何者かなんてこの際訊かないわ。だけどアンタは私と一夏を助けてくれた。そして今もここで戦ってる。ならば私はアンタへの貸しを返さないといけない。そうでなければ自分自身が納得しないわ」

「どのみち、今更撤退するやしないの話をし続ける程、余裕もありませんわ。私たちが引かないならば協力するしかないでしょう?」

 

 と最後にセシリアは締めくくる。確かにそうだろう。彼女達が引く気が無いのは良くわかる。戦力が増えたのも頼もしい。だが、それでも心に過ってしまうのだ。血に染まる本音と潰されていくシャルロットの姿。自分の大切な人が、仲間が、友人が倒れるその光景が過るたびに静司の中で、彼女達の参戦を否定する声が大きくなる。

 また、傷ついたら。そしてまた――失ったら。自分は今度こそ壊れてしまう。そんな予感がするのだ。それが静司を躊躇わせる。

 だから俺は――

 

「貴方は、前もそうだったね」

「……何?」

「以前も僕に言ったよね。『先に逃げろ』って。その時僕はどう言ったか、覚えてる?」

 

 シャルロットの声。彼女が言うのはIS学園地下でのシェーリとの死闘の後の事だろう。あの時も、傷ついていた静司はシャルロットに自分を置いて逃げるように言った。そしてその時にシャルロットの叱られたのだ。

 

『うるさい! あなたは勝手だ。助けてくれて、傷ついて、それで今度は1人で逃げろ?  楽に生きろ? 僕はここまで恥知らずなことしてきたのに楽になんてなれるわけないよ!』

 

「思い出した? 僕はあなたの事を知らないけど、何か大切な事の為に戦っているのは分かるよ? けど、もしあなたが一人で無理して、帰ってこなかったらきっとあなたが大切に想っていて、そしてあなたの帰りを待っている人が悲しむ」

「……」

 

 そうなのだろうか、と自問する。そしてそうなのだろう、と答えが出る。大切な人。想う人。真っ先に思い浮かべたのはどこか呑気な顔で、しかし自分の事をよく見てくれている少女の姿。人懐っこい笑みを浮かべて、いつも自分を諭してくれる金髪の少女。もし自分が帰ってこなければ彼女達は悲しむだろう。これは自惚れなんかじゃない。彼女達はそういう人たちだ。

 右腕。ハンカチと髪飾りを意識する。己の戒めと、そして彼女達の事を忘れない様にと借りたその二つ。持ち主の片方はすぐそこに居る。しかしこれは戦場で返すものでは無い。日常に戻った時に返すべきものだ。

 だが戻っても良いのだろうかと考えてしまう。今回、自分のせいで傷つけた。ならば自分は近づかない方が良いいんじゃないか。

 分からない。答えは出ない。だけどそう、今ここで戦う専用機持ち達が撤退しないのはもう確実。ならば彼女達と協力して敵を倒すのが最も効率的だ。ならばそうするしか無い。出ない答えを『理屈』で包み、誤魔化す。しかし今はそうするしか無いのだ。

 

「……分かった」

 

 覚悟を決める。こうなったら全員無事で花月荘へ返す。それだけを考える。自分の事は――結論は出ない。しかし命だけは必ず繋ぎとめる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「私の名を知っているか。それでなんだ?」

「無人機を任せたい……行けるか?」

「いいだろう、心得た」

 

 福音と無人機は警戒する様にこちらを見つめている。それに対する様に静司達も相対する。

 

「行け!」

 

 合図と共にラウラが2門のレールカノンを無人機に放つ。無人機がそれを回避するたびに動くと同時、静司は黒翼を羽ばたかせ福音に一気に迫った。

 

『La!』

 

 福音の翼に光が灯り、放つ。今までの広範囲攻撃とは違い、収束し黒翼にだけ狙いを定めたその攻撃を強引な機動で回避しつつ、今日何度目かの突撃を敢行する。

 激突。黒翼の鉤爪を福音はブレードで撃ち払い、再び射撃。それを瞬時加速で回避しつつ、福音の背後に回る。福音の翼がくるりと回り、その背後に向けて再度発射。静司は舌打ちしつつも、もう一度瞬時加速を発動。福音の上に移動するとそのまま踵下ろしの様にその足を福音に叩きこむ。

 

――第二Eパック、廃棄します。

 

 ガコン、と黒翼の肩部分。装甲が肥大していた部分から予備動力が切り離される。これで残りはあと2つ。だが無人機をラウラ達に預けた以上、出し惜しみはしない。

 黒翼の踵下ろしの直撃を受けた福音は姿勢を崩しながら落下していく。今までならここで無人機の邪魔が入っていたが今は違う。

 黒翼の残る三枚の翼を背後に伸ばすように立てる。翼のスラスターと増設されたスラスターをフルパワーで吹かす。更には両腕両足の鉤爪へエネルギーを回し、その爪に光が灯る。ラウラの近接武器をプラズマ手刀と言うならば、これはプラズマクローだろう。それを構え、福音に迫る。

 対し、福音もまたこちらに気づいたのだろう。回避行動に移りつつその両腕にブレードを展開。更には《銀の鐘》の発射準備をしている。そんな福音を黒翼は黒い影となって追尾していく。瞬時加速では一瞬しか加速できない。故にスラスター出力を全開にし、翼の方向を変える事で強引な方向転換を行う。更には両腕では出力全開のプラズマクローを展開している為、エネルギーがみるみる減っていく。もとより燃費が良いとは言えない黒翼で有る為、普段はめったに使わない武装だが今はそうは言ってられないのだ。

 一瞬、ラウラ達の様子を見る。5人は連携して無人機を福音から引き離そうと戦っているのがわかった。今が好機だ。福音との決着をつけるべく更に速度を上げる。

 次第に距離が近づいていく。後少し。あと少しでこの爪が届くといった所で福音がくるり、とその体の向きを変えた。迎え撃つ気だ。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 初撃は福音。その翼から《銀の鐘》を撃つ。もはや回避不能のそれを無視して静司は突っ込んで行った。爆発と衝撃に視界が歪む。しかし敵の姿だけは捕らえ続け、右腕を振るった。その右腕は福音の片翼を捕らえ、そして切り裂く。切り裂かれた翼と、至近距離で《銀の鐘》を受けた黒翼の右腕が同時に爆発した。だが互いに止まらない。

 

『La!!』

 

 福音は残る片翼で射撃を続けつつ、両手のブレードを振るう。対し静司は左足を振り上げそれを蹴り払った。接続部分を砕かれ福音のブレードが宙を舞う。その間にも黒翼に直撃した光弾が装甲と、そして静司の意識を確実に減らしていく。

 左足の蹴り払いにより出来た隙に、もう片方のブレードが黒翼の、静司のわき腹を掠る。わき腹からの燃えるような痛みに歯を食いしばりつつ、立てていた翼を全て福音に向け、R/Lブラストを発射。福音の左腕のブレードも破壊に成功した。だが同時に黒翼の翼も光弾により打ち砕かれる。これで翼は1対2枚のみ。

 

「っが、ああああああああああああああ!」

 

 もはや意味の無い絶叫。許容限界を超えたスラスターが火を噴き爆発した。その衝撃すら利用して黒翼の左腕を振り上げ福音に迫る。

 

「いい加減、く、た、ば、れええええええええええええええええ!」

 

 絶叫と共に振り落とされた左腕の鉤爪が福音の残る翼を切り裂き、装甲を切り裂いた。

 

『……La』

 

それは断末魔か。福音はぐらり、とその機体をぐらつかせたかと思うと海面に落下していった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、後は……」

 

 これで福音は倒した。搭乗者は救助しなければならないが、まずは無人機だ。見れば彼女達も見事な連携で無人機を着実に追い詰めているのが見えた。そちらに機体を向け、体をふら付かせながら移動しようとした、その時。

 

『キアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 突時、獣の様な方向が響き渡る。そして続くのは海面の白い爆発。

 

「何っ!?」

 

 福音が落下した地点。そこに光が渦巻いている。その中心ではまるで赤子の様に蹲る福音の姿。まるで脈動するかのように光と青い雷が福音の周囲を渦巻いている。そして福音の形状が刺々しく変化していく。

 

「まさか……あれは……」

 

――第二移行(セカンド・シフト)

 

 ぞわり、と最大級の悪寒が戦場を包む。ラウラ達もまた、福音の異常に目を見開いている。そんな視線の中、福音はゆっくりとその表を上げ、無機質なバイザーを静司に向けた。

 

(まずい――)

 

 刹那、福音が一瞬で静司の目の前に現れる。そしてその頭部から、腕から、腹から、背中から、足から、まるで棘の様に光の翼が現れた。そして静司が何かを言うよりも早く、その光――エネルギーの翼が黒翼に放たれた。

 

 

 

 

「まずいよ……あれは……!」

「何なのよ、一体!?」

「おそらく第二移行だ! しかしどこにあんなエネルギーが!?」

 

 銀の福音の異変はラウラ達にも衝撃的だった。無人機との戦いは5人の連携と、福音の邪魔も消えた事により、次第に追い詰め始めていた。その矢先、福音が撃墜されたかと思った途端にこれだ。

 体中からエネルギーの翼を生やし、もはや異形の機体となった福音は黒翼を撃ち落とすとこちらに顔を向けた。

 

「っ、散れ!」

 

 ラウラの合図でその場を離れる。一瞬遅れて先ほどまで居た地点にエネルギー弾が放たれる。

 

「あの人を助けないと!」

「けどこれでは近づけませんわ!」

 

 海に落ちた黒翼を助けるべくシャルロットが動こうとするが、それよりも早く福音がその目の前に現れた。そして勢いをそのままに放たれた蹴りでシャルロットは吹き飛ばされた。

 

「貴様、よくも!」

「こんのっ!」

 

 箒と鈴が斬りかかる。しかし《空裂》は左腕、《双天牙月》は右腕で受け止められた。驚く二人に構うことなく福音は両腕をクロスさせるように動かし、箒と鈴が互いに衝突させられた。そして二人が怯んだその隙に、福音の頭部から、まるで蛹から羽化するかの様に広がったエネルギーの翼が二人を包む。

 刹那、福音の零距離射撃を受けた二人はボロボロになりつつ落下していった。

 

「箒さん、鈴さん!?」

 

 焦ったセシリアが福音に《スターダスト・シューター》を放つ。しかし福音は避ける事もせず、巨大なエネルギーの翼で己が身を包みそれを防いだ。

 

「ならば直接いくまでだよ!」

 

 その福音の上。巨大なドリルを持ったシャルロットがそのまま急降下する。一見、ふざけた様な装備だが、その防御力と威力は極めて実戦的である事をシャルロットは知っていた。事実、ドリルはエネルギーの翼に突き刺さり、それを削り取っていく。

 だがここに居る敵は福音だけでは無い。そのシャルロットの背後から無人機が腕のビームを放ち、シャルロットへ直撃。吹き飛ばされてしまう。

 

「くぅっ……!?」

 

 手を離れたドリルが力を失い海面に落下していく。そしてエネルギーの翼の間から、福音の顔がこちらに向いているのを見て、シャルロットの背中に悪寒が走った。

 

『キィィィィィィィィィェエエエエエエエエエエエエアアアアアアア!』

 

 甲高いマシンボイスの絶叫と同時、360度すべてに向けて福音がエネルギー弾を放つ。もはや避けきれず被弾したシャルロット、セシリア、ラウラが海面へ落ちていく。更には無人機もまた、避けきれずに破壊されフラフラと落ちていった。

 放たれたエネルギー弾が海面にも落ちた事で発生した水蒸気。それが晴れたころには空に浮かぶのは福音だけとなっていた。

 

 

 

 

 風の音も虫の鳴き声も聞こえない夜の草原。月は雲に隠されている為に光源も無く、薄暗く数メートル先すらまともに見えないそこに静司は立っていた。静寂と闇に包まれているそこは、いつまでも居たら気が狂ってしまう程に何もない。分かるのは地面がぬかるんでおり、そのせいで草が滑りやすい。ただそれだけ。

 

「……」

 

 何も言えずに、ただ空を見上げる。月を隠した雲が厚く、その光を完全に隠していた。

 自分は負けた。倒したと思い油断したその直後、もはや狂ったとしか思えない福音の攻撃を間近で受け、海に墜落したのだ。もとより深手を負っていたこの身に、シールドなしでのあの直撃。もはや助かる道理は無い。自分はきっと死んだのだろう。

 ふと己の右腕を見る。そこには血に染まった髪飾りとハンカチ。結局返しに行くことは出来なかったか。それどころか色々な人に迷惑をかけ、そして仲間達を悲しませることになってしまった。それが酷く――辛い。

 

「酷い顔だ」

 

 不意に、背後から声がかかる。振り向くとそこには闇に溶け込む様に黒いナイトドレスを着た女が立っていた。腰まで伸ばした漆黒の髪。ナイトドレスの胸元は大きく開き、そこには翼をあしらったペンダントがかけられている。唯一白くきめ細やかな肌も、両腕は肘まで伸びる黒の手袋で覆われている。黒い帽子を被り、そこから垂れた薄布によりその表情はうっすらとしか見えない。

 

「酷くやられたじぁあないか。ここ最近のお前は見事なまでに無様な醜態をさらしているなあ?」

「黙れ」

 

 くっ、くっ、くっ、と女のからかう様な声に苛立つ。しかし女は気にした様子は無い。

 

「つれないじゃないか。これでも私はお前の命の恩人だろう? それに今まで何度救った? 一度や二度じゃあない。まさか忘れた訳じゃああるまい?」

「当然だ。忘れる訳が無い」

 

 そう忘れる筈が無い。何故ならこいつに初めて救われた時は――

 

「お前の姉達が死んだ時だったな?」

「……」

「泣きながら、自分自身も生きたかっただろうに必死になって叫んでいたな」

「……黙れ」

「お前は役立たずで、そんなお前を愛したが故にお前の姉達は泣きながら頼んできたんだったな。『どうかこの子を――』」

「黙れ!」

 

 女が口を止める。そこにはからかう様な雰囲気と、そして僅かな苛立ちがあった。そのまま数秒間、何も音が無い空間が続いたが、先に声を発したのはやはり女だった。

 

「で、お前はここでなにをしている?」

 

 冷たく鋭利な刃物となって女の声が静司に突き刺さる。

 

「姉達が命をかけて守ったお前が、何をこんな所で愚図愚図している? 忘れたのか? お前の目的を。放棄するのか? 私との約束を」

「違う……」

「いいか? 私がお前と共にあるのは一つはあの聡く、心地よかったお前の姉達の願いの為。そしてもう一つは私とお前の目的が同じだったからだ。この恨みを晴らすという目的が」

 

 女が近寄りまるで覗き込むかのように、薄布越しに静司を見つめる。

 

「ならばお前に敗北は許されない。脱落は許されない。目的を果たす、その時までお前は生き延びなければならない。その道の過程で、お前が別の光を見つけることは構わない。幸福を願おうとも構わない。その為に力が必要な私を使うのも構わない。だがしかし、死ぬことは許されない。私たちの願いを果たすまで、逃げだすことは許されないのだよ」

 

 すっ、と女が静司から離れ数歩後ろへ下がる。そんな女の様子に静司は笑った。笑うしかない。目の前の女はこんな辛辣で。酷い言葉でこう言っているのだ。『生きろ』と。

 

「わかってる……わかってるよそんな事」

 

 沈んでいる余裕なんてない。つい先程、何としてでも生き残ると決めたばかりじゃないか。ならば考えろ。本当に自分が死んだのか? 否。死んだのなら何故こうやって思考できている。まだ、死んでいない。ちょっと重傷なだけだ。そう思い込ませろ。無理やりでも肉体を動かせ。まだ術はある筈だと。生きるのだと。

 不意に光が落ちる。厚い雲が晴れ、空に浮かぶ月の光に二人が照らされる。

 

「再生はどこまでいける?」

「突貫だが動くことは可能だろうよ。だがあまり私に頼りすぎるな。アレは単純に治してる訳じゃあない。お前の体に命令して強引に治療スピードを高めているだけだ。欠損部分を一時的にナノマシンで補ってはいるが完全では無い。多用すればいずれツケが来る」

「だが今は必要だ」

「そうだろうよ。だから飛べよ、小僧。貴様がどんなに弱気になろうとも、死にかけようとも私は私の為にケツを叩き続ける。だがあんまり私の手を煩わせるな……どうやら出来の悪い妹も来た様だ。急げ」

「ああ」

 

 やがて雲は完全に晴れ、草原は月に照らされた。びゅう、と風が吹きその風が静司の意識を押し上げるかのように吹き荒れる。次第に曖昧になっていく意識の中、風に吹かれ女の帽子が飛んだのが見えた。

 帽子の下の顔は、鋭さを持った日本人の顔。忘れる筈が無く、今でも普段見ている女性の顔だ。その顔が皮肉気に、しかしどこか面白そうに笑う。静司もそれに笑い返すとゆっくりと目を閉じた。

 ぐるん、と何かが変わる感覚。それに起こされるように再び目を開く。そこは先程と同じ暗闇の中だ。しかし遠くに光が――空が見える。ごぽっ、と気泡が舞い目の前を魚が通り過ぎていくのを見てここは海中だと思い出す。

 手を伸ばす。途端に激痛が走るが、今はその激痛が生きている証拠だ。ゆっくりと手を伸ばしそして海中で立ち上がる。

 黒翼の状態を確認するが酷い有様だ。もはや翼は一枚のみ。右腕は完全に破壊され、ボディもまたボロボロ。もはや追加装甲も砕け、元の状態に戻っている。予備動力も破壊されたのか残り一つだけだ。だが、まだ動く。

 

『――っ! お――ろ! B9! おいっ!』

 

 ふと、通信機からやかましい程に男の声が響く。そういえば落ちる前から色々と通信は来ていたが、途中からもはや聞いていなかった。これは後で怒られるな、と思いつつ答えた。

 

「こちら、B9」

『っ! 生きてたかこの馬鹿野郎。あんまり心配させんな!』

「悪い、C1。それでそちらの状況は?」

 

 荒く、息を整える。通信機の向こうで相手が心配しているのがよくわかるが、あえてそれを無視して聞いた。

 

『まだ見つかっていない。それと悪い知らせだ。織斑一夏もついさっきそちらに向かった』

「一夏か……。まあそうなる気はしてた。アイツも言ってたしな」

『あいつ? 何の事だ』

「いや、いい。それよりも福音だ。次で決める。だから後は任せた」

『……変な事は考えるなよ。お前になんかあったら俺らは当然の事、嬢ちゃん達も――』

「わかってる。さっき叱られたばかりだしな。……じゃあ、行ってくる」

 

 通信を切りもう一度上を見上げる。おそらくこれが最後になるだろう。次に落ちたらもはや再起は不能だ。だからこそ、決める。

 覚悟を決めると静司は再び戦場に戻るべく、空を目指した。

 

 

 

 

 福音が全ての敵を撃墜した為に、空には静けさが戻っていた。そしてその空では福音が自らを抱く様に蹲りエネルギーの翼でその身を包んでいる。それはまるで何かを待っている様であった。

 しばらくはそのまま動かなかった福音だが、不意に表を上げると海面に視線を移す。その福音が見つめる先、海上に白い泡が立つ。続いてそこからゆっくりと浮き上がってくるものがあった。

 

「げほっ、ごふっ……」

「はぁ……はぁ……」

 

 それは箒と鈴だ。二人はむせながらもなんとか息を整え、上空の福音を睨む。

 

「……無事か?」

「当然、と言いたいけど、正直きついわね」

 

 上空の福音は何故か攻撃を仕掛け二人を見つめているだけだった。それに鈴が苛立つ。

 

「けど、妙ね……。今までのデータからすると、さっきの攻撃でやられてもおかしくなかったわ」

「ああ、だが実際はまだシールドエネルギーも残っている」

 

 確かに妙だ。少なくとも先ほど黒いISと戦っていた時の威力であるならば、あんなものを零距離で直撃すれば一撃で沈む筈だ。しかし実際はこうして機体もまだ動いている。これではまるで手加減をされている(・・・・・・・・・・・・)様だ。

 

「確かにな……」

 

 通信越しにラウラの声が聞こえた。彼女も海面へと浮き上がってきており、忌々しげに福音を見つめている。また、彼女だけでなくセシリアとシャルロットも海面に浮かび上がってきていた。

 

「ラウラ! 無事だったのね」

「無事……と言えるかは微妙だ。機体はもうまともに動かん。しかしだからこそおかしい」

 

 いくらもとより機体ダメージが蓄積されていたとはいえ、零距離射撃を喰らった二人が無事で、拡散射撃を喰らったラウラの方がダメージが大きい。これは確かに妙だった。

 

「なんらかの理由があって二人の時は威力を押さえざるを得なかったと見るべきか?」

 

 だが今更それが分かったところで、もはや全員満身創痍。エネルギーも微々たるものだ。全員の中に焦燥感が増す中、福音がその眼を赤く光らせ、全身の翼に光を灯し始めた。

 

「不味い!?」

 

 それを確認するや否や箒は海面から飛び出した。そのまま自らの刀を福音に振るうがそれは容易く回避されてしまう。そのまま回し蹴りを叩きこまれ、吹き飛ばされた箒だが空中で何とか体制を立て直す。

 

「箒さん、無茶ですわ!」

「下がって!」

 

 セシリアとシャルロットの悲鳴の様な叫び。しかし駄目だ。今まともに動ける者は少ない。ならば動けるものが守らなければ!

 

「私の仲間を、これ以上やらせるかあああああ!」

 

 気合いと共に斬りかかる。しかし福音は容易くそれを躱すと箒へ光弾を放つ。箒も強引な機動で回避を試みるが、広範囲かつ高密度で放たれた光弾を避けきる事は出来ず被弾してしまう。よろけた所を狙い、福音がもう一度光弾を放とうとするが、それは同じく海面から飛びあがった鈴の甲龍に阻まれた。

 

「こちとらまだ動けんのよ!」

 

 鈴が衝撃砲を放つが福音は光の翼で防ぎ、態勢を立て直した箒の放つ斬撃のエネルギー破を光弾で相殺する。全く歯が立たない。それでも二人は攻撃を繰り返すがやがて限界が訪れる。福音の放った光弾が甲龍の装甲を捕らえた。装甲を吹き飛ばされた甲龍はその衝撃も相まって再び海へ墜落していく。

 

「鈴!?」

「っ……! 馬鹿、上を見なさい!?」

 

 しまった、と思った時には遅かった。落下していく鈴に気を取られた一瞬。その隙に福音はその翼にエネルギーを蓄え破壊の嵐を撒き散らそうとしている。

 

(回避を――!?)

 

 不意に警告音。続いで視界に赤い警告文が浮かぶ。紅椿から力が抜けていく。

 

「なっ!? エネルギー切れだと!?」

 

 福音と無人機との戦闘における、強引な戦闘機動。武器の多様。そして大ダメージ。当然の結果だ。しかしこのタイミングでそれが起きた事を呪わざるを得ない。青ざめる箒の視界に遂に福音から放たれた破壊の嵐が目に映る。

 

(終わった……)

 

 結局何も出来なかった。何もなしえなかった。力を手に入れた所で何の意味も無かった。後悔と絶望に染まる箒に福音の光弾が嵐の様に迫る。

 光に染まっていく視界の中、縋る様に愛しい人の名を呟いた。

 

「一夏……」

 

 ゆっくりと目を瞑り、やがて来る衝撃を待つ。最後に会いたかったと、と心の中で泣きながら。だが、

 

「な、に、を、勝手に諦めてんのよっ!」

「え?」

 

 不意に足を掴まれぐるん、と視界が回る。慌てて足元を見ると落下した筈の鈴の甲龍が箒の足を掴んで飛んでいた。彼女は墜落しつつもギリギリで態勢を立て直し、瞬時加速で箒を掻っ攫ったのだ。だがそれも完全では無く、甲龍は幾つか被弾している。あちこちから煙を吐きつつ、今度こそ甲龍は箒とと共に海へ墜落していた。

 

「鈴!? なんて無茶を――」

「うっさいわね! 今回の件でハッキリ分かったけどね、アンタメンタル弱すぎ! 武士道は何所行ったのよ、武士道は!?」

「なっ、それは今関係ないだろう!?」

「大有りよ! ってこんな事言ってる場合じゃないわね」

「しまった!?」

 

 慌てて箒は鈴が見ている方向――福音を見やる。福音は再度その翼に光を溜めている。甲龍は今度こそもう動けないのかゆっくりと落下している。避ける事は不可能だろう。

 

「このままではっ!」

「どうにもなんないわね。だから――――任せたわよ、一夏」

 

 え? とその言葉を箒が理解する前に、福音が突然光に撃たれ、吹き飛んだ。

 

『キイイイイイイイエエエエエエエエアアアア!』

 

 福音が叫び、睨む。その視線の先。空から箒と鈴の直ぐ近くに白い影が舞い降りた。

 強化され、4機の大型スラスターを備え、右腕には《雪片弐型》を。そして左腕には獣の爪の様なクロー型の新装備《雪羅》を装備したIS。第二移行を果たした織斑一夏の機体【白式・雪羅】。その搭乗者たる一夏が叫ぶ。

 

「俺の仲間をこれ以上好きにはさせねえ!」

 

 その姿、その声に箒の顔が歪む。自然と涙が零れていく。ずっと会いたかった人が、すぐ近くに居る。その事に感情を抑えきれない。

 一方福音は新たに出現した敵をみやると、まるで不愉快だと言わんばかりの絶叫上げ、その翼を白式に向けた。だがその翼に別方向から放たれた光が直撃し、福音は再度吹き飛ばされた。驚き、箒が光の来た方向――海面を見るとそこから黒いISがゆっくりと空に上がってきている。そのISはもはや戦闘が可能なのかと疑う程に傷ついており、その象徴たる翼も一枚だけとなっていた。しかし全身装甲の仮面越し、目に当たる部分からは全く衰えることの無い闘志が感じ取れた。

 

「……これで最後だ」

 

 機械によって変換された電子音声で宣言し、無事な左腕を構える。それに呼応する様に白式も武器を構えた。そして白と黒に挟まれた銀のISがゆっくりと浮かびる。長かった戦いに決着をつけるべく、三機のISが今最後の戦いを始めようとしていた。

 

 

 

 

 

『報告。レイブンの健在を確認』

『了解。回収班は一度戻り待機。あの傷だ、どちらにしろ長くは無い』

『了解。しかし奴は不死身か……?』

『知るか。唯でさえ胸糞悪い任務なんだ。余計な事を考えたくはない』

『全くだ。世界最強の軍隊って肩書きはなんなんだろうな』

『お前らそれ以上はやめておけ。気持ちはわかるがな』

『申し訳ありません、中尉』

『別にいい。それよりいつでも動ける様準備しておけ』

『了解』

 

 盗聴した通信を適当に聞き流しつつ、束は不愉快そうに目の前の投影スクリーンを見ていた。折角いい所だったのに。上手く調整して(・・・・・・・)、紅椿を追い詰めた。後は一夏が来ればきっとうまくいく。その筈だったのに、

 

「またアイツ……」

 

 いい加減不愉快だ。あのもう一人の男もそうだが、この黒いISはある意味それ以上だ。だから今度こそ退場してもらおう。

 束はコンソールの一つを叩く。そこには無人機のデータが映されている。今回持ってきた機体は殆ど破壊されてしまったが、まだ残っている。その内の一機に命令を送る。その無人機は誰にも知られることも無く福音との戦闘空域の近くの空高く、雲よりも更に上で、ステルス状態で待機していた機体だ。その機体は他とは違いドーム状の円盤を両肩に備えており、戦場の情報収取を行っていた機体だ。

 命令を送り終えると束は再びスクリーンを見やる。これで問題は解決する筈だ。ならば当初の目的通り、紅椿の真の力を確認しよう。

 

 

 

 

 遥か上空。そこに浮かんでいた無人機は新たな命令を受けその機体を動かした。量子変換を行い取り出したのは巨大な長筒。IS用のスナイパーライフルであるそれをその手に握ると眼下に向ける。厚い雲に覆われているが、大した問題では無い。標的の位置は福音から随時送られている。それにあの戦闘空域にはそれ以外の情報収集用の装置が複数ある。故に問題は無い。

 無人機はその来るべくその瞬間を逃すまいと、じっと眼下の標的――黒翼を見つめ続けていた。

 




白騎士が真面目そうな女性なら、黒翼はドSです。
前書きや以前も触れましたが、この作品で福音は鬼強化されてます。
理由は前述の通り。しかしやり過ぎた感が否めない。

そして主人公のハードモードは続く。

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