IS~codename blade nine~   作:きりみや

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22.臨海学校へ

「臨海学校……ねえ」

「憂鬱そうね、川村君」

 

 とある日の放課後。生徒会室で静司と楯無が向かい合い腰を下ろしている。二人の間にあるテーブルには今度行われる臨海学校のスケジュールや周辺環境。更には警備情報などが細かく記されていた。

 

「正直に言えば憂鬱ですよ。学園内の方が警護はしやすいですから」

「いつも織斑君が出かける時も大変そうだものね」

 

 実際、一夏を学園に監禁する事は出来ない為、時たま外へ出かけることがある。その時は大抵静司も一緒なのだが、そうでない時もこっそりと着いて行っているのだ。

 

「けど今回の臨海学校は、関係者以外は立ち入り禁止。つまり、学園と現地協力者以外で見知らぬ人間が居れば不審人物と思ってくれていいわ」

「それもまた暴論な気もしますが、まあしょうがないですね」

 

 はぁ、とため息を付く静司に声がかかる。二人のお茶を入れていた虚だ。

 

「そういえば、川村君は泳げるのですか?」

「ん?」

 

 何故そんな質問を? と思ったが、彼女が静司の左腕に視線を向けている事で合点がいった。

 

「確かに左腕こんなんなんで、そのまま水に入れば沈みますよ。けどそこは限定的なPIC制御でなんとかなります。……ただ、それやってると結局泳いでいる感じがしないんですよね」

「そんなことまで出来るのね。けどそれじゃあ、海上で意識を失いでもしたらそのまま一気に沈んじゃうわない?」

 

 何せ鋼鉄の腕だ。通常以上の速さで沈んでいくことだろう。

 

「そういう訳で、あまり海上戦闘は好きじゃないですね。今までもどちらかと言うと陸地での任務が多かったですし」

 

 肩をすくめる。無論、だからといって任務の選り好みは出来ないのは分かっている。これは言うならば、心構えの問題だ。

 

「大変ね。今回は私はついていけないけど、フォローはするわ。申し訳ないけど織斑君だけじゃなく、ウチの生徒達をお願い」

「それが仕事ですよ。……ところで、先日の件は?」

「例のIS学園のコアについてね。一応こちらでも調べて見たけど怪しい点は無かったわ。データも直接そちらに送ってる」

 

 先日の草薙由香里来訪の際の案件。IS学園のコアに干渉をされていないかどうかという話だ。

 

「今の所問題は無し。だけどもし相手が本当に博士なら油断は出来ないわね。それと、関係あるかはまだ微妙だけど気になる事があるのよ」

「気になる事?」

「そう。川村君、銀色のリスって見たことある?」

「は?」

 

 突然の質問に意味が分からず、思わず間抜けな声を出してしまう

 

「最初はちょっとした噂だったのよ。学園内で銀色で赤い眼のリスを見たという、荒唐無稽な話」

 

 最初、という単語が妙に気にかかり静司が眉を潜める。楯無も無言で頷き話を続けた。

 

「最初の報告は4月頃かしら。その時は唯の噂だった。だけどそれが急激に増えたのが5月に入ってから。丁度、クラス対抗戦の後からね。」

 

 クラス対抗戦。そこで何ああったかと言えば、無人機の襲撃。そして黒翼によるその破壊だ。

 

「今までは唯の噂だったそれが急に現実味を帯びる程に報告は増えたわ。そして報告は増えた理由として考えられるのは――」

「予想外の事が起きてより大胆な行動に移ったか、何らかの理由からその機械の投入数を増やした。もしくはその両方か」

「そう。そしてその時期に『予想外』の理由で該当する事と言えば、無人機の襲撃と川村君の黒翼の出現。実際、目撃証言があったのも、無人機と戦ったアリーナ周辺が多かったわ。そして地下襲撃の後は、崩壊した第5グラウンド周囲でも目撃証言があった。そして、これは昨日の事なのだけれど、寮の中でも目撃したという報告があったわ」

 

 無人機と戦ったアリーナ周辺。シェーリと戦った地下の真上、第5グラウンド。ここまではまだいい。だが、それが寮にまで現れた。と、なると噂のリスは何かを探していると言う事だろうか?

 

「もしくは、監視・観察をしているかね。私は仮にこのリスが実在したとして、そんなものを作れるのは一人くらいしか思い浮かばないわ」

 

 IS学園とて警備は行っている。そんな中を、自立して行動を起こすリス型の監視機械。そんなものが誰でも作れたら、たまったものではない。

 

「つまり、篠ノ之博士が何かを探し、または監視していると」

「その可能性があると言う事。彼女が黒翼に興味を持つ理由はわかるわ。あのISは異常だもの。だた、今まで黒翼の出現場所でしか現れなかった件のリスが、何故今更になって寮に現れたのか。それに、ここまでの目撃情報があると相手は隠そうとしてない気もしてきたわ。なら、そう考えたのは何故か」

 

 静司は腕を組み、目を瞑る。つい最近になって寮、つまり人間に用事が出来た。博士にとって予想外で、つい最近大きく興味を持たせるような出来事。その中心にいた人物。

 

「俺が狙い……か?」

「可能性の話よ。そもそも博士と決まった訳でも無い。ただ、そういう事もあると覚えておいて頂戴」

「………………」

「川村君?」

「え? ああ、すいません。了解しました」

 

 何かを考え込むような静司の様子に楯無が首を傾げる。しかし静司は振り払うように首を振ると立ちあがった。

 

「リスの件はこちらでも調べて見ます。では自分はこれで」

「……ええ、そうね。お願いするわ」

 

 もう一度、静司が頷くと頭を下げ生徒会室から出て行った。

 静司が出ていった扉を見つめながら、楯無が呟く。

 

「どうしたのかしら」

「? 何がでしょう?」

 

 話の邪魔にならないよう控えていた虚が尋ねると楯無は考えるように首を捻るが、すぐにそれを振り払う。

 

「いえ、なんでもないわ。それより虚、臨海学校の警備の件、教師陣とも調整しなきゃね。川村君が動きやすいように」

「今本音が書類をコピーしにいっています。明日の会議には間に合います」

「ならいいわ。しかし休みの日まで仕事だなんて、この年でワーカーホリックにはなりたくないんだけどねー」

「それが立場というものです。では本音が戻ってくるまでにこちらの書類をお願いします」

 

 そういって虚が差し出した書類の束に楯無はげんなりと頷くのだった。

 

 

 

 

 生徒会室からの帰り道。静司の頭を占めるのは先程の話。

 

 篠ノ之束が自分に興味を持った。

 

 それは最初から想定されていた事。男性操縦者として世に出る以上、そして囮となる以上いずれ訪れるであろう事だった。

心構えは随分前に済ませた。冷静である事もだ。事実、昔の様に篠ノ之束の話が出るたびに心が大きく乱れる事は無くなった。織斑千冬を前にしても平静を保てたし、妹の篠ノ之箒を前にしても然りだ。

なのに、今。篠ノ之束がこちらに興味を持った可能性というだけで酷く心が疼く。左腕の黒翼もまた、低く鳴動している様な感覚がある。

これは怒りか、それとも――

 

「アンタこんな所に居たのね」

「ん?」

 

 背後からかけられた声に振り向くと、腰に手を当てた鈴が仁王立ちしていた。だが一夏ならともかく、自分を探す理由に思い当たらない。

 

「凰? 訓練に行ったんじゃないのか?」

「これから行くわよ。ただ、アンタに話があるのよ」

 

 ふふふ、と何かをたくらんでいる様な笑顔を浮かべる鈴を見て静司は何となく察しがついた。おそらく一夏絡みだ。

 

「今度臨海学校があるじゃない? その準備のなんだけど、アンタ達は出来てるの?」

 

 アンタ達とは言うが、一夏の事を知りたいのだろう。静司は肩を竦めつつ首を横に振った。この話は一夏とも先日話しており、水着すら二人は持っていない状態だった。

鈴は静司の答えに「よし!」と一人ガッツポーズをとる。

 その様子を見て静司も鈴の考えている事が分かった。一夏を買い物に誘おうとしているのだろう。直接本人に訊かないのは二人きりになる機会が無かったからか。だがそうなると彼女に伝えなければなら無い事がある。

 

「凰、お前の考えている事は何となくわかるから先に言うが、今週末に買いに行く予定だぞ」

「へ?」

「昨日丁度話してな。一夏と街に出る予定だ」

「……ああそう」

 

 がくり、と鈴の顔が落ちる。おそらく二人きりで出かけられると思っていたのだろう。静司からすれば、他の面子も誘ってきそうなので、それも難しい気もしたが。

 

「ねえ、川村。今回アンタは――」

「残念ながらキャンセルする気は無い。学園にも申請したからな。男性操縦者二人が外出するんだ。一夏は気づいてないだろうが、それなりの準備(・・・・・・・)がされている」

「……そうね」

 

 準備とは護衛の事だ。静司はともかくとして、一夏は日本政府にとって、そしてIS開発者にとってある意味とてつもなく重要な人物だ。その彼が外出するとなると、上の方も準備をする必要がある。鈴もその辺りは分かっているのだろう。肩を落としてため息を付く。そんな彼女の姿が少々哀れに思い、静司は声をかけた。

 

「凰も一緒に行くか? 一夏と二人きりは……長時間は無理だが少しぐらいなら作ってやれるぞ」

「マジ!?」

 

 ガバッ、と顔を上げた鈴が目を輝かせている。素直なだなぁ、思いつつも静司は頷く。

 

「一緒に出掛けるのも俺は構わないし、一夏もOKするだろ。後は折を見て二人きりにする事くらいは出来る。と、言っても短い時間かもしれんが、少しくらいデート気分は味わえるんじゃないか?」

「で、デートって!? 私はそんな……」

 

 顔を真っ赤にさせ口ごもる鈴。どうやら先程の素直な反応は無意識だったらしい。余程嬉しかったのだろう。

 

「あ、けどアンタの護衛はどうなるの?」

「あらかじめ伝えておけばいいだろ。それにどちらかと言うと、俺より一夏の方が重要だから特に問題は無いさ」

 

 だから気にするな、と続けようとしたが鈴の呆れた様な目に気づく。はぁ、とため息を付いた彼女はぴっ、と静司を指さした。

 

「アンタね、そういう言い方よくないわよ。確かにお偉いさんからすれば一夏の方が重要かもしれない。けど、アンタの事を大切に思ってる人も居るでしょ? 勿論、それは私達だってそうよ」

 

 まさかこの話で怒られるとは思っていなかった静司は思わず黙り込んだ。

 

「最初はよくわかんない奴だったけど、それでも友達である事には変わりないわ。それに最近変わったわよ、アンタ。ちょっと前々ではあまり積極的に絡んでこなかったでしょ?」

「……そうだったか?」

「誤魔化そうとするんじゃないわよ。まあいいわ。アンタに何があったのかは知らないけど、最近は訓練にも多く参加してくるし、その眼鏡の時だってノリノリだったじゃない。今回誘ってくれたのだって、以前なら無かった事よ」

 

 鈴の顔は呆れが混じってながらも、茶化すような雰囲気は無い。彼女の本心なのだろう。

 

「そうだな……確かに言い方が悪かった。今後は気を付ける。だが二人きりにするのは問題な――――――――――すまん、やっぱり無理だ」

「はあ!? いきなり何を――」

 

 納得したと思ったら、急に意見を変えた静司に鈴が眉を吊り上げる。だがその鈴の肩を背後からがしっ、と細い手が掴んだ。

 

「何を企んでいる?」

「楽しそうなお話をしていますわね?」

「抜け駆けとはいい度胸だ」

「げ……」

 

 睨みつける箒。青筋を立てて笑うセシリア。腕を組み堂々としているラウラがそこに居た。

 

「アリーナに向かった筈じゃ……」

「なにやら不穏な空気を鈴さんに感じましたので」

 

 どこのエスパーよ、と鈴が一人愚痴る。静司も同感だったが、余計な事は言わないに限る。それにこのままだと面倒な事になりそうなので、自分は退散しようと踵を返す。が、今度は静司の肩が掴まれた。

 

「川村さん? あなたにもお話があります」

「ちょっと待て。俺は関係ないだろ?」

「いや、今後も余計な気を回させない様に注意する必要があるあるな」

「同感だ」

「……とか言いながら、いざ自分の時がきたら全力で隠すだろお前ら」

「「「何か言った?」」」

「イエ、ナニモ」

 

 これ以上の余計な発言は本当に危険だと理解した。まあこのままいけば今回は全員で出かけることになるだろう。あとで本音とシャルロットも誘おうか。

 そんな事を考えながら、静司は連行されていく鈴の後をついていくのだった。

 

 

 

 

 ここはどこだろうか。

 自分にとっての眼も耳も手も足も奪われた彼女は一人考える。今まで何度も考えてきたことだが、結局分からず仕舞いだ。姉妹たちとの連絡もつかない。連絡手段が寸断されている。故に彼女は孤独。しかしそれを悲しむような感覚は持ち合わせていない。あるのは1と0。その集合から導き出される合理性のみ。そしてその合理性の上には母の命令がある。

 

――こんにちは。今日の気分はどうかしら?

 

 まただ。ここ最近よく聞く女の声。人間の声。母以外の声。故に何も聞く必要は無い。

 

――だんまりかしら。私と話をしない? ずっと黙っててもつまらないでしょう?

 

 何を言っているのか。元々自分達とはそういうものだ。ただ目的を果たし、それに成功すれば次の目的に。失敗すればそれまで。つまらないという感覚は無い。

 だが人間の女の声は構わず続ける。

 

――じゃあそのまま聞いて頂戴。私はあなたの事が知りたいわ。どんな子で、どんな思いなのか。どうしてだと思う? あなたは特別だから。

 

 特別。確かにそうなのだろう。この女と比べてでは無い。他の姉妹たちと比べて、自分達は少々特別。

 

――特別なあなた。他にも居た様だけど、それがどうなったかあなたは知っているかしら?

 

 知っている。連絡手段が寸断される前。自分が目も耳も手足もあった時の最後の記録。3機で行動していた自分達だが、一人は完全に破壊。もう一人は行方知れず。そして今自分はここに居る。

 

――あなたが黙っているのはシステムだから。それに母親からの命令があるからでしょう? だけどその母親はあなたを助けようとしなかった。何故かしら?

 

 それは自分が任務に失敗したから。故に使えない道具として捨てられた。ならばその責は自分にある。そんな自分を助ける理由は無い。

 

――ずっと地下に閉じ込められて、いつでも救えたくせに助けなかった。つまりあなたは捨てられた。けど、それならばあなたがもう言う事を聞く必要は無いんじゃないかしら?

 

 それは無い。母の命令は絶対。故にそれを貫くのみ。

 

――酷い話よね。あなた達は生まれた。母の手によって。なのに母は子を捨て、気にも留めない。子は母のその選択が正しいと考えている。それはとても悲しい事よ。

 

 それが自分たちにとって当然の事。故に問題は無い。例外は無い。母こそ全て。

 

――頑固ね。けどだからこそ、話のしがいがあるわ

 

 女が何かを言っている。しかし自分は女に何も意思を伝えて無い。女が勝手に喋っていただけだ。

 

――ふふ、不思議でしょう? それこそが、あなた達が意思を持ち、生きている証明。どんなに隠していても、分かる人には分かってしまうのよ。ではまた話しましょう。

 

 その言葉を最後に女の声が消えた。

 女が言っていたのはどういうことだろうか。自分たちに意思はある。それは確か。しかし自分たちが機械であることもまた確か。それなのになぜ女はあんな事を言ったのか。女には分かって、自分には分からない。

 

 母なら。知っているのだろうか?

 

 それはもはや叶わない。しかし答えは知りたい。これは欲求では無い。問題を解決し、速やかに次の目標に移れるようにする為。

 しかしもはや自分に目標は無い。ただ、朽ち果てるのみ。しかし答えは知りたい。だが朽ち果てるのみ。朽ち果てるのみ。朽ち果てるのみ。だが、知りたい。

 母よ、あなたならこの答えがわかるのでしょうか?

 

 

 

 

『採取した血液より該当するデータ無し』

 

「ふーん」

 

 篠ノ之束の研究室。その主は予想通りの答えに詰まらなそうに呟いた。

 彼女が見ているのは学園に放った機械仕掛けのリスが持ち帰った情報が無造作に映し出されているモニターだ。

 

「ふむふむ、捕まったお馬鹿さんの話だと、あの黒いISともう一機居たという話だけど、この血液からでは該当するデータはないかぁ。面倒だねまったく」

 

 他にもIS戦闘の傷跡や残骸を回収し解析をかけているが、身元が分かる様な決定的な情報は得られていない。

 

「あのムカつく黒いISにリベンジしなきゃね。とりあえず引き続き調査っと。……あとはこっちだね」

 

 画面が変わる。映し出されたのは川村静司。その学園生活の姿だ。

 元々あのリスは監視カメラのハッキングだけでは見えない部分を補うために学園に放っている。黒いISが現れてからは数を増やし調査にも充てていた。そして、つい最近になって、その調査対象が一つ増えた。それが川村静司だ。

 

「ふーん。いっくんより成績が上……気に入らないなあ。そもそもなんでコレはIS乗ってるんだろう」

 

 以前、束は静司を噛ませ犬としてしか見ていなかった。何かあった時、一夏の代わりに被害を被ってくれればいい。それに地味でもあった為、一夏が目立つのになんの支障も無かった。引き立て役になればそれでいい。それに紅椿の開発に忙しい事もあり放って置いた。

 だが、今となってはそうはいかない。この予定外の邪魔者は気に入らない。何故かコレを見ていると不愉快になるのだ。故にどうやって退場させるかを考えていた。ISを使えなくしてしまうのも考えた。しかしそれだけでは面白くない。

 ふと、川村静司の写真に眼がいく。その写真は昼休みの食堂で川村静司とそしてもう一人女子生徒が映っている。だぼだぼの制服を着た彼女はどこか眠たそうな顔で川村静司に寄りかかっており、川村静司は苦笑しながらも受け入れている。

 その写真を何気なく見ていた束だったが、ふと、悪戯を思い浮かんだ子供の様な笑顔を浮かべた。

 

「いいこと思いついちゃった」

 

束の頭の中で計画が組み立てられていく。それは酷くおおざっぱで、しかしその雑さは彼女の『天才』としての力でいくらでもフォローが利く。故に彼女は気にしない。結局自分の行動は完璧となるのだから。

 薄く、無邪気さと悪意が混じった笑顔を浮かべる束。その視線は写真に写る川村静司。そして女子生徒を見つめていた

 

 

 

 

「香港へ行きたいかー!?」

『おぉー!』

「ベガスへ行きたいかー!?」

『おぉー!』

「タクラマカン砂漠に行きたいかー!?」

『うーん……?』

「織斑先生の胸に沈みたいかーーー!?」

『おぉぉぉぉぉぉぉ!?』

「けどやっぱり海にもいきたいなー!?」

『おーーーーーーーーーーー!』

 

 臨海学校当日。現地へ向かう一年一組のバスの中は、異様な熱気に包まれている。

 

「お、静司! 見えてきたぜ、海だ海!」

「ああ海だな。潮風が生ぬるいな。錆びそうだな」

「錆び……? よくわからないけど、折角来たんだからテンション上げていこうぜ」

「テンション上げるのは構わないんだが、周りが凄すぎて置いてかれてる気分だ」

 

 ちらり、と視線を前方に向ける一年一組生徒にして、本音と仲の良い鏡ナギがマイクを持って何やら騒いでいる。他のクラスメイト達もそれに追随する形だ。因みに本音はと言うと、そのナギの横で谷本癒子と共に「おーー……Zzzz」と眠たげに手を上げていた。

 

「良いじゃありませんか。普段学園に居る分、こういう場では少しくらいハメを外すのも」

「そうだね。まあ、少し外し過ぎな気もするけど。静司、ナイト頂き」

 

 あはは、とシャルロットが苦笑する。

 

「しかしだな、よく見ろ。山田先生まで参加してるぞ。あの人先週視察しに行ったんじゃないのか……。それとシャルロット、チェック」

「あー本当だ。千冬姉が頭押さえてる。いつもならそろそろ怒りそうだけどその気配が無いな……」

「山田先生も色々大変だし、ガス抜きだと思ってるんじゃ無いかな? ……これでどう?」

「残念、それは悪手だ。チェックメイト」

「……ところで川村とシャルロットは何やってるんだ?」

 

 箒が見つめる先、そこではバスの補助席の上に盤を敷き、黒と白の攻防が行われている。

 

「チェスだよ? 箒もやる?」

「いや、私は将棋ぐらいしか分からない……じゃなくて、なんでわざわざバスでチェスをやっているのだと聞いている!」

「ずっとトランプってのも飽きてきたしな。一夏達が寝ていた間に始めたら中々白熱したんだよ。因みに俺の5勝2敗」

 

 ぬぅ、と唸る箒と、悔しそうに盤面を見つめるシャルロット。その姿にセシリアが意外そうに、

 

「川村さんお強いのですね。どうです? 私と1戦」

「構わないが、そんなに強い訳じゃないぞ。知人に聞いた戦い方を真似ているだけだ。まあ、それでも昨日一夏相手やったら全勝だが」

 

 セシリア、箒、シャルロットが一夏をみて「ああ」と納得する。それに不満そうに一夏が反論した。

 

「初めてやったんだ、しょうがないだろ!」

「因みに俺も覚えたのは一昨日だ」

 

 というのも臨海学校の話を聞いた課長が、

 

『臨海学校!? ならこれを持って行け!』

 

 と大量のボードゲームを持ってきたからだ。トランプや将棋、果ては有名な人生的なゲームやら、ビンゴまで。その中で簡単に出来そうなものをいくつかピックアップして、持ってきたのである。

 

「戦い方が分からないんだよ。将棋ならそこそこ出来るんだけどなぁ」

「チェスは奪った駒は使えないからな。だからこそ、相手に奪われる時は相手の駒も奪えるように立ち回っていくんだよ。逆も然り。あとはその動きを何手先まで読んで有利な状況を作るかだな。ポーンでポーンを奪ったらトントンだが、ポーンでクイーンを取れれば大金星だろ? まあこれは全部人から聞いた素人戦法だが案外何とかなる」

「……すまん、違いがわからん」

「えっとね、将棋で言うなら歩で歩を取るより、歩で飛車とかとった方が良いでしょ? 一概には言えないかもしれないけど、そんな感じだよ」

 

 首を捻る箒にシャルロットが説明してやると納得した様だった。ちなみにシャルロットは課長からの荷物が届いた後、一緒に色々試したので将棋のルールも把握していた。

 

「では、川村さん私と1戦交えてみませんか?」

「それも良いが、折角皆起きたんだ。後にして今はトランプにしよう」

「いいね、僕も参加するよ」

「よし、俺もやるぜ。箒とラウラはどうだ?」

 

 一夏が通路を挟んだ反対側に座る二人に話しかける。その奥側、ラウラの肩がびくっ、と震えた。

 

「わ、私は、いい」

「?」

 

 何故か挙動不審のラウラに一夏が首を傾げる。そして箒に視線を向けるが彼女も首を横に振った。

 

「わ、私は……本がもう少しで読み終わるのでな。そちらを優先したいからいい」

「OK。なら俺と静司とセシリアとシャルロットで――」

「あ~、私もやる~」

 

 いつの間にかナギの元から帰ってきた本音が手を振る。

 

「――のほほんさんも追加だな。じゃあ大富豪でいいか」

 

 参加が決まり、カードを配り始める。全員が配られたカードを見て一喜一憂しているが、その心境がカードのせいだけでなかった。

 

 

 

 

(今の所問題は無し。しかし全員浮足立ってるから注意は必要か)

 

 配られたカードを見つめつつ、静司が考えるのは仕事の事だ。何せ学園から数日間離れた今回の臨海学校。彼がいつも以上に注意するのも無理はない。それに今回はEXIST側にも問題がある。それはISの数だ。

 EXISTが保有するISは黒翼を除き3機のみ。しかもこれは表向きの顔であるK・アドヴァンス社の名義となっている。1機は会社の警備に使われ、残り2機は研究開発用としてある。そして有事の際はそのどちらかか、両方が使用されている。無論、その際は識別信号などの偽装は行われる。

 だが今回、その残りの2機は別の任務に出払っているのだ。本来ならIS学園での任務を優先すべきなのだが、今回はそうはいかない内容であった為やむを得ない形だ。勿論、そちらの任務が終わり次第こちらの援護に来ることにはなっているが、それまではIS戦力は黒翼1機。学園内ならまだしも、今回の場合は少々不安が残る。

 

(何事も無ければそれでいい。あっても俺が何とかする――必ず)

 

 弱気にはならない。任務の為。そして川村静司の友人たちの為。静司は気合いを入れ直すと、自分の手札を切った。

 

「初めからからハートの階段3枚柄縛り。これなら誰も――」

「だせるよ~」

「何ぃっ!?」

 

 

 

 

(くっ、相変わらず油断できないね……)

 

 シャルロットは自分の隣で笑う本音を見やり冷や汗をかいていた。別にこれは静司と本音の攻防に対してだけでは無い。どちらかというと本音自身に対してだ。

 転校してから色々とあった。そしてその中で、静司と出会い、話し、助けられ、そして惹かれた。そう惹かれてしまったのだ。それを自覚すると頬が赤くなる。必死に隠しながらも、今まで通り……いや、今まで以上に静司と話すようになった。しかしそうなればなるほど、強敵の存在に気づくのだ。

 布仏本音。入学当初から静司と仲が良いらしいクラスメイト。彼女の底が知れない。

 ISに関してなら確かに自分が上だろう。しかし成績は、実技以外は五分五分。いや、『知識』に関しては彼女が上だ。訊けば、整備課を志望しているらしいので納得できた。

 そこまではまだいい。代表候補生としての訓練や座学を受けてきた自分以上のその知識には素直に感嘆し、尊敬する。しかし自分が惹かれた相手、川村静司に関してはそうは言っていられない。

 彼女は静司と仲が良い。クラス中の誰よりも。おそらく一夏以上に。静司の事を意識し出してからは、シャルロットの心境は穏やかでは無い。何せ、本音は静司によく抱き着く。寄りかかる。しかも頭を撫でられたりしている! 羨ましい!

 あざとさや計算性を感じない、その自然な行動に静司も苦笑いしつつも受け入れている。そんな姿を見るたびにシャルロットは焦るのだ。

 

(落ち着け、落ち着くんだ僕。彼女には入学からのアドバンテージがあるんだ。だったらここから挽回すればいいんだ)

 

 幸い二人は付き合っているという訳では無いらしい。しかしあの様子だとうかうかはしていられない。自分ももっとアプローチを仕掛けるべきだ。

 

(けど……)

 

 ちらり、と本音を、正確にはその体の膨らみを見やる。

 だぼだぼの制服を着ていても分かってしまう、その反則的な膨らみ。母性の象徴。あれはズルい。なんなのあれは!?

 先日、買い物に行った時もそうだ。水着を選ぶ中で、ふと気になった。彼女のあの胸は実際どれ程なのか。まずは敵を知る事から戦いは始まる。そう思い、巧みに彼女を誘導し、サイズを実際に図る事に成功した。

 その結果、シャルロットは地に両手を付くことになってしまったが。

 だが、だがだ。静司が巨乳好きとは限らない。自分だって無い訳では無い。だから大丈夫な筈だ。いや、大丈夫にするのだ!

 新たに気合いを入れ直したシャルロットは、場を見やる。幸い自分の手札はどれもが11以上のエースや2といった強カードばかり。まずはこの場で勝利を納め、自分への発破をかける!

 

「私の番だね~。はい、イレブンバック~」

「えぇっ!?」

 

 

 

 

(ふふふ、皆さん甘いですわね)

 

 セシリアは一人ほくそ笑む。鈴は2組なので違うバス。箒とラウラは不参加。本音とシャルロットは静司狙い(多分)。よって今一夏に一番近いのは自分だ。

 ラウラは様子がおかしく、箒も本がどうのこうのと言っていたが、おそらく咄嗟に出てしまった嘘だろう。事実、先ほどからちらり、ちらりとこちらを見ている。

 

(甘い、甘いですわよ箒さん! 行き過ぎたツンデレは逆効果にしかならないと、先日本音さんにお借りした漫画にも書いてありましたわ!)

 

 今はこの場を利用して少しでも一夏と距離を縮めるのだ。それに海。開放的な気分になる場所。ここで親密になれば、もしかしたら夜の浜辺で二人きりで……そしてその後は……後は……!!

 

(ふふふふふ、セシリアはこの旅行で大人の階段を登って見せますわ!)

 

 まずは景気づけだ。本音がイレブンバックを使ったので、低いカードを出せばいい。ならばこれしかあるまい!

 

「3ですわ。これで私が親ですわね」

「ところがジョーカーなんだよ~」

「どうなってますのこの采配!?」

 

 

 

 

 そして一夏。

 

(うーん、のほほんさん強いな。……しかし箒やラウラの様子がおかしいと思ったけどセシリアやシャルロットもなんか変だな。二人とも笑ったり真面目な顔になったり)

 

 何かあったのだろうか? 自分で力になれることはなってやりたいが、その為にはまず内容を聞かなきゃならない。しかし最近、静司によく怒られるのだ。「もっと考えて発言しろ、と」

 確かに以前の鈴との喧嘩も、結局有耶無耶になってはいたがどうやら自分の勘違いが原因だったらしい。今更詳しい内容は聞けないが、確かに自分は気を付けるべきなのかもしれない。

 

(そうだな……少し様子見て、それでも駄目そうなら聞いてみよう)

 

 そう決めると場を見やる。親になった本音が出したのは2。先ほどからの攻勢を見る限り勝ちは近いのだろう。だがそうはさせない!

 

「甘いぜのほほんさん。もう一枚のジョーカーはここだ!」

「にひひ、そこで私はスペードの3~」

「嘘だろっ!?」

「一夏、お前どんなカードの配り方しやがった!?」

「いくらなんでもおかしいよ!?」

「どういうことなんですか一夏さん!?」

「俺だって不思議だよ!?」

 

 各々が流石に酷過ぎる采配に一夏に詰め寄る中、

 

「はい、これとこれのペアを出して、私の勝ち~」

 

 布仏本音、圧勝。

 

『……』

 

 全員が唖然と見つめる中、全ての手札を出し切った本音が嬉しそうに笑っていた。

 




修学旅行といえばやはりバスの中での大騒ぎでしょう。
チェスのくだりは実話だったり。自分も高校時代友達とバスの中でやってました。2人ともど素人だったので教本片手に。その教本に静司が言っていたようなことが書いてありました。本当はいろんな定石があるんでしょうが、まあ素人なので細かいツッコミは無しという事で……

大富豪のルールは地域によって若干違うと言いますが、今回は地元ルール採用。
11はイレブンバック。それより低いカードを出さなければならない。
スペードの3はジョーカーより強い。
他にも8を出したら強制的に場を流すとか色々ありましたね。こういうのって地域によって変わるらしいので、いろんな場所から集まったメンツでやると途中から議論になったりします。

因みに自分の修学旅行や部活の合宿の時は、行きはバスでチェスをやり、旅館では麻雀やってました。
麻雀に関しては他にも昼休みや、部活が終わった後の部室や、部活帰りに友達の家でやってたり。昼休み机くっつけてやり始めた時は周りがびっくりしてました。そりゃ当然だ。

因みにボードゲーム部じゃないですよ? 硬式テニス部です。
何故かうちの部室には麻雀のほかにモノポリーや人生ゲームもあったなぁ

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