IS~codename blade nine~   作:きりみや

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2.喧騒と決闘

「よう、川村だよな? これからよろしく頼む」

「ああ、こちらこそよろしく織斑」

 

 休み時間。妙な緊張感の溢れる教室で二人は握手した。お互いの顔には疲労の顔が見える。

 

「一夏でいいぜ。たった二人の男なんだ。仲良くしようぜ」

「それもそうか。俺は好きに読んでくれて構わない」

「なら静司でいいよな。しかし助かったよ。俺一人だったら耐えられなかったかも」

「それはお互い様だ。珍しいのは分かるが流石にこれはな」

 

 苦笑しつつ見渡すとこちらを見ていた女子たちが慌てて目を逸らす。授業中からこんな状態が続けば気疲れもする。

 

「静司は今まで北海道に居たんだよな。どんな所だったんだ?」

「ド田舎の漁村だよ。今時ネット環境すら満足に無いところで、同年代も数える程しかいなかったな」

「それはすごいな……」

 

 完全に嘘なのだが一夏は信じたようで感心していた。因みに学園にも同様のデータを伝えている。無論、虚偽がばれない様に色々細工しているが。

 

「……ちょっといいか」

「え?」

 

 突然話しかけられ一夏は呆けた様な声を出す。声をかけたのはポニーテールの少女、篠ノ之箒だった。少し不機嫌そうな彼女は静司をチラチラと気にしつつ何かを言いたそうだった。

 

「箒……?」

(篠ノ之束の妹で、一夏の幼馴染か)

 

 おそらく一夏と話したいのだろう。静司は手を挙げ、

 

「俺は構わないから二人で話してこいよ」

「すまん。一夏、廊下でいいか?」

 

 箒は済まなそうに静司に頭を下げるが、

 

「なんで? ここじゃ駄目なのか?」

 

 一夏は不思議そうに首をかしげる。その様子に箒は少しムッとした。

 

「いいから行ってこい」

 

 ひらひらと静司が追い払うように手を振ると渋々廊下に出ていった。

 

「あの二人って知り合いなの?」

「そうじゃない? 織斑君も名前で呼んでたし」

「まさか恋人だったり!?」

「責められる織斑君……責めるあの子……。校内でのイケナイ関係……ふふふふふふ……」

「それにしては様子が変だったよね」

 

 二人が出て行った後、教室内は少女たちの好奇心で溢れる。IS学園に入学したエリートといってもまだ子供。恋愛沙汰には敏感である。

 

「ねーねー、かわむーはどう思う?」

「……それは俺の事か? というか君は?」

 

 どこかのんびりとした雰囲気を持つ少女が静司に問う。静司はそれが布仏本音だと知っていたが、それを明かす訳にもいかないのであえて聞いた。

 

「布仏本音だよ。よろしく~。それでね、川村だからかわむーだよ。因みにあっちは織斑だからおりむー」

 

 独特の雰囲気の子だな、と静司は考えるが顔には出さない。

 

「まあ呼び方は何でもいいけどよろしく。それとあの二人だけど恋人って感じでは無かったかな。ただの知り合いじゃない?」

「そっか~」

 

 そのまま他愛のない話をしていると、織斑千冬に頭を叩かれた一夏が頭を押さえながら戻ってきた。

 

「おかえり。彼女は?」

「ん? ああ箒か。幼馴染なんだ。まさかこんなところで会えるとは思ってなかったよ」

「ふうん。仲良かったんだな」

「……どうだろ? なんか向こうは怒ってるみたいなんだけどなんで――」

 

 パァンッパァッン!

 

「休み時間は終わっているぞ、貴様ら」

『すいませんでした』

 

 

 

 その後、山田先生の授業が始まったが。ここに来て頭の静司の頭痛の種が増えた。それは他でもない織斑一夏だ。なんでもISの参考書を読まずに捨ててしまったらしい。

 

(勘弁してくれ……)

 

 どうも織斑一夏はISと自分の重要性を理解してないらしい。確かに男性操縦者と発覚してからはあれよあれよのうちにIS学園に放り込まれた彼だが、それでも自分が扱う物に関しての知識は最低限持っていて欲しかった。何故なら護衛対象がその仕組みも危険性も理解していた方が、いざというとき少しでも対処できる確率が上がるからなのだが。

 

(こりゃ思っていたより大変そうだ)

 

 気合いを入れ直す静司だがその次の休み時間、さらなる頭痛の種が増える事になる。

 

「ちょっとよろしくて?」

「へ?」

「ん?」

 

 先ほどの授業の件で、少しでもISの重要性を分かってもらおうと静司は一夏と話そうとしたのだが、それは金髪の鮮やかな生徒に遮られた。一夏はそれが誰だか分からない様だが当然の如く静司は知っている。イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだ。

 

「聞いてます? お返事は?」

「あ、ああ聞いてるけど」

「何か用か?」

「聞こえているのなら直ぐに返事をなさいないな。それともそれすらできないほど愚鈍なのですか?」

 

 そんなセシリアの態度に一夏はむっ、とした様だ。静司も気持ちは分かる。ISが登場以降女尊男卑な考えが広がり、女=偉いという構図が出来上がっている。そしてこういう高慢な女性が増えたのだ。だが、それを気に食わなかったり、力を振りかざすその態度に反発を持つ男も居なくなったわけではないのだ。

 

「なんなんだよいきなり。というか俺、君が誰か知らないし」

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを知らないと!? あなたはどうなんです!」

 

 今にも噛みつきそう顔でセシリアが静司を見る。

 

「知ってるよ。イギリスの代表候補生だろ」

「え? 何で静司は知っているんだ?」

「一夏、お前がISに詳しくないのはさっきの授業でよくわかったけど、最低限自分の周りの事くらいは知っておこうぜ? 一週間前にこっちに来た俺でさえ、ネットカフェで調べたら色々わかったんだから」

「う……気を付ける。ところで静司。今言った代表候補生ってなんだ?」

 

 その瞬間、クラス全員がその場でずっこけた。

 

「お前……ここまで深刻なのか」

「え? え?」

「あなた、今までどうやって生きていましたの!? 本気でおっしゃってますの!?」

「おう。知らん」

 

 あまりの事にセシリアはこめかみを人差し指で押さえながらぶつぶつ何かを言い出した。そんな彼女に静司は同情しつつ説明してやる。

「字面の通りだよ。国の代表となる操縦者の候補者。つまりエリートだ」

「そう! エリートなのですわ! そちらの地味男は少しは教養があるようですわね」

 

 エリートという単語に反応したのかセシリアが復活した。忙しいやつだなあと静司は内心呆れたが。それと地味男と言われちょっと凹んだ。

 

「そう、私は選ばれた人間。碌に知識もなければ常識も知らないあなたとは天と地の差がありますの。そんな人物に話しかけられるのはとても名誉な事でなくて?」

「そうか。それはラッキーだ」

「一夏、それは多分皮肉しかならない」

 

 案の上、セシリアのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「……馬鹿にしていますの? 大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると、散々騒がれてましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れもいいところ。そっちの男は少しは覚えがあるようですが冴えない事。そんなだらしのない格好で勉学の場に来るとは程度がしれますわ」

「俺に何かを期待されても困るんだが。それと静司に謝れ。人の容姿をどうこう言うのは最低だぞ」

 

 だんだん一夏のボルテージも上がってきたのか、言葉に険が籠る。静司としては冴えない男を演じるためのこの容姿なので、作戦通りで嬉しいやら男として悲しいやらと微妙な心境だった。

 

「ふん。まあいいですわ。わたくしは優秀ですから、あなた方のその無礼も見逃して差し上げます。それと、ISの事で分からないことがあれば泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せ私は唯一入試で教官を倒したエリートですから!」

 

 一夏の話をまるで聞いていないセシリアは、唯一という部分を強調して誇らしげに胸をはる。しかし一夏がそこに爆弾を落とした。

 

「唯一……あれ? 俺も倒した筈だぞ、教官」

「は……?」

 

 ぴしり、とセシリアが固まる。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

「俺は後から試験受けたからその時間差じゃないか?」

「つ、つまりわたくしだけじゃないと?」

「いや知らないけど」

「あ、あなたはどうなんです!?」

 

 なんか色々アイデンティティを崩されてそうなセシリアがだんだん哀れに思えてきた静司は首を振った。

 

「いや、俺は倒してないよ」

「そ、そうですわよね。そんなのが何人も居て……ではなくて――」

 

 まだ何かを言いたそうなセシリアだったが三限目の開始のチャイムが鳴ると、

 

「っ! また後で来ますわ! 逃げ無い事ね! よくって!」

 

 何かをぶつぶつ言いながらも席に戻っていった。

 そして始まった授業。それは千冬の言葉がきっかけで始まった。

 

「ああ、そうえいば再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 そこまではまだよかった。しかしある女子生徒が一夏を推薦したことで再びセシリアが激昂した。理由としては男が代表など認められない。屈辱だ。実力から考えて自分がなるべきだ、というものだ。最初は自分が代表となる事に抗議しているセシリアに感謝しているようだった一夏だが、日本と男を侮辱する言葉の数々にだんだん苛ついてきているのが静司にはわかった。そして、

 

「偉そうなこと言ってるけど、イギリスだって大概だろ。うなぎをゼリーにして食べるとかトチ狂ってるだろ。プライドは高くても味覚は最下層じゃねえか」

 

 ついに言ってしまった。

 

「なっ……!」

 

 案の上セシリアの怒りのボルテージは急上昇。一方静司としては、

 

(食えるだけマシだろうに。本当に不味い料理というのは味が不味いんじゃない。食べる事そのものがマズイ(・・・)んだ)

 

 過去のトラウマがよみがえり一人震えていた。

 

「あ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しましたわね!?」

「先に侮辱したのはお前だろ。それにさっきは静司の事も馬鹿にしてまだ謝罪してないだろ! 静司! お前もなんか言ってやれ!」

「へ?」

 

 何故か喧嘩に巻き込まれた静司は思わず間抜けな声を上げた。できれば関わりたくなかったが、二人の様子から何かを言わなければならない空気は読めた。

 

「えーと、まあ食えるだけマシじゃね?」

 

 ぷっ、と誰かが笑う。しまった、と気づいた時にはセシリアの怒りは頂点に達した様だった。

 

「決闘ですわ!」

「おう、いいぜそれならわかりやすい」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらあなたち私の小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」

「はん、たいした趣味だな。だが侮るなよ。真剣勝負で手を抜くもんか。なあ、静司?」

「いや、何でおれが参加することに――」

 

 静司は辞退しようとするが二人は全く聞かずに言い合っている。

 

「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、それと川村は用意をしておくように。それでは授業を開始する」

 

 気が付けば静司の参加は確定事項となり、がっくりと肩を落とした。そんな静司をどんまいだよ~と本音が肩を叩いていた。

 

 

 

 

 昼休み。男子に興味深々な女子を振り切って、静司は人気のない学園の端っこに居た。

 

『ははは、なかなか面白い経験をしてるじゃないか』

「笑わないで下さい。まだ半日ですがもう頭が痛い……」

『何事も経験だよB9。こちらとしては任務に支障が無ければ基本的に行動を一任しているからな。初めての学生生活を満喫すればいいさ』

 

 暗号化された通信機で話すのは課長だ。

 

『それで織斑一夏はどうだったんだ?』

「完全に素人ですね。まあ境遇からそれは仕方ないのですし、正直同情します。それとISに関する意識が薄いように見えます」

『ふむ。それは後々面倒だな。それとなく色々教えてやれ。無論、違和感がない程度にな』

「了解です。それとセシリア・オルコットですが」

『イギリスの代表候補生か。イギリスの試作機を持つ彼女もある意味狙われやすい。織斑一夏とはこれから色々ありそうだし、注意しておけ』

「色々ってなんです?」

『色々だよ。あくまで俺の勘だ』

「課長の勘はよく当たるので怖いんですよ」

『ま、任務は始まったばかりだ。これからの活躍に期待するよblade9?』

「ったく……了解しました。通信終わります」

 

 通信を切りため息を付く。ふと時計を見れば昼休みも残り僅かだ。そろそろ教室に戻ろなければいけない。

 

「やるしかないか……」

 

 ばしっ、と頬を叩くと静司は教室に帰って行った。

 

 

 

 

放課後。IS学園生徒会室で更識楯無は不機嫌そうに書類を眺めていた。その書類はある生徒の調査書だ。

 

「川村静司。北海道出身。履歴書の町にも記録はあるし、データだけ見れば本当に一般人ね」

「彼の出身地も調べましたが、怪しい点はありませんでした」

 

 彼女の隣に立つ布仏虚が報告する。更識家に代々使える家系であり、幼馴染でもある彼女は楯無の秘書の様な役割も兼ねている。

 

「ふーん。現地の人間も彼を知っている様だけど……ぶっちゃけあれだけ小さい町だと買収も楽よね?」

「それは否定来ません。無論、彼が実際にそこに住んでいたという可能性もありますが」

「難しいところね」

 

 今二人が話しているのは二人目の男性操縦者、川村静司が信用できるのかという点だ。

それもこれも、昨日突然連絡してきたある人物のせいだ。その連絡内容とは、二人目の男性操縦者を一人目の護衛兼学園の防衛戦力として派遣したという内容だった。

 

「桐生さんか……。勝手なことしてくれちゃってまあ」

 

 流石に最初は耳を疑った。二人目が発見され、一人目に続きIS学園に来ることは勿論知っていた。しかしまさかその男性操縦者が戦力としてやってくるなど誰が予想できたか。

 

「更識としてもカチンとくるわね」

 

 対暗部用暗部である更識家当主であり、IS学園生徒会長である彼女は学園の生徒を守る立場に居る。それなのに外部から勝手に派遣されたのだ。良い気はしない。

 

「正式に抗議しますか? 彼の独断の様ですし政府に知らせれば状況もかわるかと」

「そうしたいのも山々だけど桐生さんにはISのコアの件で借りもあるのがね。結構無理したし」

「訓練用のISの確保には苦労しましたからね。アラスカ条約もありますし」

 

 何せ当初はISの数が絶対的に足りなかった。ISを学ぶ学園のはずなのにだ。そしてコアの取引はアラスカ条約で禁止されている。それを何とかしたのが楯無と桐生だった。

 

「いやー色々裏工作もしたけどね。それでも借りは借りよ」

「では川村静司に関してはどうします?」

「保留かしらね。何せ情報が足り無すぎるわ。桐生さんも何も教えてくれないし」

 

 最も彼女には桐生の意図は分かっている。『更識家』なら自分で調べてみろという事だろう。彼女としても望むところだ。

 

「引き続き彼の調査を続けて。情報は随時私に。連携を取るかどうかは相手次第ね。」

「かしこまりました」

「それと例の件は?」

 

 楯無の問いに虚は少し困ったような顔をしつつも頷いた。

 

「例の部屋割りについてですよね。一応手配はしましたが良いんでしょうか?」

「まあこちらのメンツを潰されたちょっとした仕返しね。織斑君には悪いけどこちらの影響力ってやつを見せつけてみたいじゃない?」

「寮の部屋割りで見せつけられるのが何の影響力なのか疑問ではありますが。それに結局被害を被るのは織斑君なのでは? ……本当は面白そうだからという訳ではありませんよね?」

 

 虚の疑わしげな問いに楯無は顔をそらした。そんな主の様子に虚はため息をついてしまう。

 

「戯れも程々にしてくださいね。何故か織斑先生も了承しましたし」

「部屋割りは結構重要よ? 安全な人物と危険な人物。それらが住む部屋をこちらがある程度操作できるって事は伝わるでしょうしね。やろうと思えば織斑一夏から遠ざけることも可能ってことさえ示せればいいわ。あちらが危険な真似をするなら、こちらにも手段はあるぞ、と言えるしね。それに織斑先生もなんだかんだで弟が心配なんでしょう。篠ノ之箒なら織斑君も昔話に華を咲かしてリラックスするとでも思ったんじゃないかしら」

「それ以前の問題があると思うですが……」

 

 虚の懸念は正しかった。

 

 

 

 

 

 放課後。一夏は机の上でぐったりしていた。

 

「相当堪えたみたいだな」

「ああ、やっぱりキツイ。なんで静司は平気なんだ?」

「ISに関しては事前に勉強したからな。あとアレに関しては平気じゃない。我慢しているだけだ」

 

 アレとは他学年・他のクラスから押しかけた女子たちによる好奇の視線だ。

 

「俺たちはパンダか」

「似たようなもんだろ」

 

 二人してため息を吐く。

 

「ああ、まだ教室にいたんですね。よかった」

「はい?」

「ん?」

 

 声の主は副担任の山田真耶だ。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

「あれ? 前に聞いた話だと一週間は自宅から通学してもらうって話だったけど」

「俺は元々寮は確定だったけど、そういや部屋はまだ聞いてなかったな」

 

 因みに静司の荷物は朝の段階で学園の事務所に預けられていた。元々大した量も無かったので置かせてもらったのだ。

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な措置として無理やり部屋割りを変更したらしいです。その辺り政府から何か訊いてますか?」

 

 一夏は知らないと首を振る。静司も日本政府そのものとは関わりが無いので話は聞いていなかった。どうも真耶の説明によると政府特命で寮に入ることを最優先にしたらしい。これも男性操縦者を保護し監視する為だろう。そんな二人の反応に真耶も「なるほど」と頷きつつ、少し言いづらそうに一夏に目を向けた。

 

「すいません。それで織斑君の部屋なんですけど一つ問題が……」

 

 キーを渡しつつどこか口ごもる真耶。そんな様子を不審に感じつつ二人はキーにつけられた部屋番号を確認する。

 

「1025室か。静司は?」

「1030室だな……って1025!?」

「そうだけど何をそんなに驚いてるんだ?」

 

 驚きもする。学園入学前に寮の構図、入居者は調べてある。そして静司の記憶が正しければ1025には既に彼女が住んでいたはずだが……。

 

(何考えてるんだこの学園は……。いや、流石に部屋替えしたのか? だとしたら情報が来てないが……)

 

 因みに1030室には人が居ないのは前述の理由から知っている。だとするとその部屋に二人を放り込めばいい話なのにわざわざ別々にした理由が分からない。

 

(後で調べてみるか)

 

 静司がそんな事を考えているとは知らず、真耶は困った様な顔をしつつ二人を促していく。

 

「え、えっとですね。とりあえず織斑君には色々と説明しなきゃならないことがあるのでこちらへ。…………しかし楯無さんも何を考えているでしょうか。織斑先生もあまり気にしてない様ですし幼馴染ってそういうものなんですかね……?」

 

 ぶつぶつと何かを呟きつつ一夏は真耶に連れられ去っていく。

 それを見送った静司だが、自分も部屋にいかなくてはならないので少し遅れて向かう事にした。因みに一夏の荷物は千冬によって既に手配されているらしい。

 その後、部屋を確認し荷物を放り込んでから一夏の部屋に向かったが、なぜか一夏がドアに向かって平謝りしていた。そのドアからは木刀が生えている。

 

「……何やってんだお前」

「静司か……。同室が箒だったんだけど、ちょっとその……色々あって怒らせちまって」

 

 まあ突然男が入ってくれば問題の一つや二つおきるだろう、と静司は思う。しかし本当に男と女を同じ部屋に放り込むとは一体何を考えているのやら。しかし木刀で制裁はさすがに危険な気がした。護衛対象の一人が痴話喧嘩で死んだ、なんて事が起きたらどう報告すればいいのやら。

 

「まあ仲良くやれよ」

 

 その方が静司としても仕事が楽だ。

 

「酷いな。そういえば静司の所はどうだったんだ?」

「何故か俺は一人部屋だった。どういう采配したらこうなるのか正直疑問なんだが」

「はぁ!? じゃあなんで俺が箒と同じ部屋なんだよ! 普通に静司と一緒でいいじゃねえか!」

「正直俺もそう思うが……。なんなら先生たちに聞きに行ってみるか?」

「おう! 俺だって男と一緒が良いに決まってる! ……あれ、静司? なんで俺から離れるんだ」

「気のせいだよ。それより言うならやはり織斑先生か? とりあえず行くか」

「ああ! 早くあの部屋から出た――」

 

 そんな一夏の肩が突然背後から掴まれた。一夏が恐る恐る振り返るとそこには何やら怒気を孕んだ雰囲気の箒の姿。

 

「そんなに私と居るのが嫌か、一夏」

「ほ、箒? そういう意味じゃなくて男が良いって言って……」

「お、男が!? 一夏、貴様しばらく会わないうちにどこで道を踏み間違えた!?」

「なんなんだよいきなり!?」

「ええぃ、黙れ! お、幼馴染として道を外れたお前を矯正してやる! 来い!」

「待ってくれ!? 俺は静司と」

「男がそんなに良いのか!?」

「だから何なんだよ!?」

 

 何やら危険な会話をしつつ箒に引きずられていく一夏を静司は見送る事しかできなかった。周囲ではそんな様子を見ていた他の生徒たちが黄色い悲鳴を上げている。

 

「ねえ、聞いた!? 織斑君って男の方が良いんだって!」

「こ、これは予想外ね……」

「けど篠ノ之さんも矯正するって……大胆だよね。一体ナニをする気なのかな」

 

 あれよこれよと好き勝手に。しかも普段男の眼を気にしていなかったせいかかなり服装が大胆な子が多く、正直居づらい。

 そんな空間から逃げ出したくなり、静司は急いで部屋に戻っていった。

 

 

 

 

「さて、と」

 

 改めて部屋に戻り静司が真っ先に行ったのは部屋のチェックだ。水周りの確認。空調の確認。そして盗聴器等の確認だ。

 

「問題なしか……。とすると俺を一人にして泳がせているかまたは嫌がらせか。しかしその為にわざわざ一夏を女部屋に入れるとは……」

 

 静司とて生徒会が、つまり『更識』が良い顔をしないのは分かっていた。だからこそ何かしらアクションがあるかと思ったが、この部屋割り以外では今のところは特に無い。生徒会長の妹のメイドに、教室で話しかけられた位だ。おそらく様子見といったところだろう。

 

(わざわざ敵対する必要はないけどこっちが強引だったしな。お互い出方を見るとしますかね)

 

 そう結論付けると部屋の整理に戻っていた。

 因みに、一応部屋割りについて問い合わせてみたが、千冬の回答は『そのままだ』の一言だった。静司が問い合わせに行く少し前、箒が千冬に男と女と一夏について凄まじい勢いで千冬に語り、現在の部屋割りを維持したという事は静司も知る由は無かった。

 

 

 

 

 翌日、昨日と相変わらず一夏と静司は注目の的だった。とはいっても、女子の大半は一夏目当であったが。男性操縦者の女子たちの評価は『格好いい一人目と地味な二人目』という形で広まっており、自然と一夏に注目が行くのだ。今も静司の隣で質問の集中砲火を浴びていた。

 

「普段何してるの?」

「好みのタイプはズバリ?」

「責めるのと受けるのどっちがいい!?」

「一度に訊かれても……というか最後の質問はなんだ!?」

 

 休み時間の度にこの調子である。因みに一夏程ではないが静司も時折質問されている。すべて無難に答えたが。

 

「織斑君、千冬姉様って家ではどんな感じなの!?」

「え、案外だらしな――」

 

 パァッン!

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 出席簿を叩きながら現れた千冬に恐怖した女子たちが慌てて席に戻る。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

「予備機が無い。だから少し待て。学園が専用機を用意する」

 

 なんの事か分かっていない一夏に千冬が説明する。要約するなら、本来なら国家や企業に属する人間にしか与えられないが、事情が特殊すぎるのでデータ収集の為にも専用機が用意されたという事だ。

 

「それと川村。お前の方はまだ検討段階だ。何せ一度に二人だからな。先に発見された織斑が優先された」

「了解です」

 

 何せISは公式では世界で467機という限定された数だ。そう簡単に用意出来るものでは無い。

 

(まあ黒翼があるしな)

 

 むしろ下手に専用機を用意されてデータ収集される方が面倒だ。そんな訳なので静司としては今回の件は助かったともいえたのだった。

 

 

 

「うーむ」

 

 放課後。今日は篠ノ之箒が篠ノ之束と姉妹であることが知れ、騒ぎになったり、セシリア・オルコットがまたつっかかってきたりと濃い一日だった。そして現在静司と一夏。そして篠ノ箒は剣道場に居た。なんでも箒が一夏の今の実力を見ているらしい。

 

(まずはISに慣れた方がいい気もするんだがな)

 

 剣道を馬鹿にする気は無いが、一夏はISに関して素人だ。少しでも事前に慣れた方が良い。だが視線の先では箒が一夏を説教していた。どうやら腕が相当訛っているらしい。

 

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間私が稽古を付けてやる!」

「というかISの事をだな」

「だからそれ以前の問題だと言っている!」

 

 二人は大勢のギャラリーの前でなんやかんやと言い合っている。

 静司の知っているデータだと篠ノ之箒のIS適性はCと高くない。そもそも彼女も新入生なのだからISの訓練自体したこと無いだろう。それでも一夏に稽古を付けるという事は。

 

「青春だねえ」

「かわむーおじいちゃんみたいだよ~」

 

 隣に居た本音にのんびりと突っ込まれた。

 

 

 

 

 そしてクラス代表決定戦当日。

 驚いた事にあの二人は本当に剣道ばかりしていたらしい。それを一夏に突っ込まれた箒が目を逸らしている。

 

「ち、知識は川村に教わったのだろう!? 私は戦う物の心得というものをだな……」

 

 苦しい言い訳だ。

 因みにこの一週間、静司は多忙だった。ISに関して一夏に知識を叩きこみつつそれとなく人間関係を聞き出す。データでは持っているが、本人からも聞いた方が確実だからだ。放課後は学園を歩き回って頭の中の地図と実際の景色を照合させる。少しでも怪しい生徒は即座に社に報告し、分析を待つ。何せ警護するのは一夏だけでないのだ。今後彼の動向次第でどんどん増えていくのだから用心に越したことはない。その結果は対外が白。もしくは灰色。元々様々な国から生徒が入学しているのだ。本国の意向が絡んでくるので完全な白が少ないのも理解できる。

「来ました! 織斑君の専用IS!」

 

 二人が言い合うピットに駆け込んできた真耶が嬉しそうに告げる。一夏のISは到着が遅れていたために今まで待機していたのだ。

 そしてピット搬入口から現れたのは真っ白のISだった。

 

(あれが篠ノ之博士が絡んだというISか)

 

 一瞬心に過る影。それを振り払い、複雑な思いでそのISを見つめる。データは桐生経由で事前に貰っている。しかし実物で見るとどこか異質な印象を感じる。それが何かは分からないが、自分と共にある黒翼も何かに反応した気がした。

 

(まあいい。せっかくの機会だし博士のISの力、見せてもらうかね)

 

 打算的に考えつつ、三人にせかされピットを出撃していく一夏を見送った。

 




2013/6

一部加筆修正。
セシリアの台詞を少し変えましたが、結局やってることは同じなので微妙か
うーん

部屋割りの際に真耶と一夏のセリフを追加。
裏工作は更識の十八番という事で。千冬も弟の鈍感ぶりを知っているので特に気にせず。
身体測定もやらせてましたし。

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