IS~codename blade nine~ 作:きりみや
「なんだよ、あれ」
一夏は訳も分からず呟いた。
学年別トーナメントの初戦。相手は因縁のあるラウラと友達である静司。当初は速攻で静司を落としてラウラと二対一で戦う作戦だったが、静司がシャルロットの猛攻に耐えた事。逆に一夏が追い詰められたことから仕方なく作戦を変更した。
静司を警戒しつつも、二人がかりでラウラと戦う。幸い静司もダメージが高かったのか、中距離からラウラを援護射撃する事に徹した為、連携を阻まれながらも少しずつラウラを追い詰める事に成功した、その筈だった。
突如ラウラが苦しみだし、光と衝撃をまき散らした。そしてその後に起きたのはラウラのISの『変身』。本来、ISがその形状を変えるのは
「っ!?」
変身を終えた黒いISがこちらを向く。ぞわり、と身の毛のよだつ感覚を感じ、一夏は慌てて雪片弐型を構えた。刹那、
ガキィィィィッ!
一瞬で間合いを詰めた黒いISの斬撃が雪片弐型に阻まれる。もし気づいていなかったら、今頃完全に斬られていた。その事実に冷や汗を流す。だが敵の動きは止まらない。敵は弾かれた刀を居合の様に中腰に引いて構え、一閃。
「ぐっ……!」
その一撃は紛れも無く自らの姉の太刀筋。その事に混乱しつつも雪片弐型で受けるが、威力の高いその居合に雪片弐型が弾かれた。
(しまっ――)
隙だらけになった胴体。そこに刀を横に構えた黒いISの斬撃が迫る。避けられない。このままでは死――。
一夏が顔を強張らせる。だが斬撃の当たる直前、黒いISが突然その斬撃が軌道を変えた。それとほぼ同時に、一夏の視界の端を長細い何かが猛スピードで横切った。
ギンッ、と今度は短い金属音。黒いISは自らへ飛んできた影を刀で弾き飛ばしていた。
(打鉄の近接ブレード……? 静司か!?)
すっ、と一瞬自らに影がかかる。見上げると弾き飛ばされた近接ブレード。そしてそれを上空でキャッチし、一直線に黒いISへ落ちる静司の姿。いつの間にあそこに居たのか、まったく気づかなかった。
上空からの静司と打鉄の一閃。それを黒いISは難なく受けとめる。三度甲高い金属音と衝撃が二機を中心としてまき散らされる。だが二機は止まらない。
地面に着地した静司が間髪いれずに片手のマシンガンを撃つ。それを身を低くし躱した黒いISがマシンガンを切り裂いた。小さな爆発。黒いISは切り裂いた動きをそのままに体を回転させ回し蹴りを繰り出す。だがそれを静司は紙一重で避けると近接ブレードを横に一閃。黒いISは刀でそれを防ぐが、衝撃で背後に飛ばされた。
「本当に何なんだ……あれは」
ほんの一瞬。おそらく自分自身が斬られかけてから数秒も経っていない間の攻防に一夏は呆然としていた。それは敵のISの強さもさることながら、それを打ち払った静司の実力に対してもだ。そしてもう一つ。あの黒いISの動き。あれは、あれは――
『非常事態発生! トーナメントの全試合は中止! 鎮圧部隊を送り込む! 生徒、来賓は即座に避難しろ! 繰り返す!』
アリーナは混乱に包まれている。それは以前、クラス対抗戦の時を思い出される光景だ。唯一違ったのは、今回はアリーナはロックされることなく、次々と避難している事だ。
「一夏、大丈夫!? それに静司も!」
不安げに叫びつつシャルロットも二人に近づく。だが一夏も静司も反応しない。
「せい――」
再び問いかけようとした瞬間、静司が動く。近接ブレードを構え、一直線に黒いISへ向かう。
「なっ!?」
まるで何も見えていないかのような静司の様子にシャルロットが驚きの声を上げる。しかしそれに構わず静司は再び黒いISと激突した。
先手は静司。振り下ろした斬撃は黒いISに止められた。そこから二合三合と両機は高速で移動しながら斬撃を繰り出し、避け、受け止め、時には受け流していく。だがそこに変化が起きた。
「っ!?」
静司の打鉄が突然火花を上げ、動きが鈍る。その隙を黒いISは見逃さなかった。刀を一閃。その一撃は打鉄のシールドを破り、装甲すらも突破し静司のわき腹に直接ダメージを与えた。静司の顔が苦痛に歪む。そこに更に振り落された斬撃が静司に直撃し、静司はアリーナの壁へと叩きつけられた。
「静司!? このっ!」
更に追撃を試みる黒いISにシャルロットが迫る。アサルトライフル、ショットガン、グレネード。高速切替(ラビット・スイッチ)で様々な武器を呼び出しては連続で攻撃をしかけ静司から注意を逸らした。
黒いISがこちらを向く。そこから発せられる無機質な殺意に一瞬体が強張る。そしてその一瞬で黒いISは距離を詰めてきた。
「このっ!」
至近距離。シャルロットは咄嗟にショットガンを放つが、それは刀の腹で防がれた。だが、ぞくり、と己の警戒心が最大限の警鐘を鳴らす。その感覚に従って体を前に投げ出した。ほぼ同時にビュンッ、と空気を斬る音が背後から聞こえた。
スラスターを最大限に吹かし、距離を取りつつ振り返る。そこには小さな刀を振り下ろした黒いISが居た。
(危なかった……。けどどうして?)
一瞬でも逃げ遅れていたら背後から斬られていた。あの黒いISは、刀でショットガンを防ぎつつ、注意がそこに向いた一瞬で体を回転させるように動かしシャルロットの背後に回ったのだ。そして隠し持っていたもう一振りの刀での奇襲。一瞬のその攻撃を回避できた理由は一つ。
(静司と、同じ動き)
黒いISの眼が赤く光る。その不気味なISにシャルロットの混乱は強まる一方だった。
「かわむー!」
避難が進む中、未だアリーナに残っていた本音が悲鳴を上げる。その近くでは谷本癒子と鏡ナギ、そして箒、セシリア、鈴も顔を蒼白にして壁に激突した静司を見ていた。
「ちょっと、川村君不味いよあれ……」
「血が出てる!」
癒子とナギの言葉にセシリアも頷く。
「ええ、危険ですわ。絶対防御を抜けて直接ダメージが」
「それに今のでシールドエネルギーも一気に減った筈よ。ISが解けたらそれこそ危ないじゃない!」
「しかし川村はどうしたのだ? いつもと様子が違うが……」
その言葉に本音がぎゅっ、と拳を握る。今すぐにでも助けに行きたい。だけど自分にはその力が無い。あそこに居ても足手まといだ。だから自分はやる事をやらなければならない。
「―――ゆーこ、ナギー。避難しよ。りんりん達も」
「けどまだ一夏が。それに川村だってアンタ心配じゃ――」
異を唱えようとした鈴が押し黙る。それは本音の顔を見たから。悔しそうに。不安げに。しかし己の成すべき事――生徒会の役員として生徒の避難を優先した。その姿はどこか痛々しいが、強い。
「―――そうね。分かったわ。セシリア」
「わかりました。私たちもお手伝い致します」
同じく本音を見たセシリアが頷く。彼女達は代表候補生。普通の学生とは違って緊急時の心構えがある。何より、生徒会役員とはいえ一般生徒である学生が感情を抑えて周りの安全を優先しているのに、国の代表たる自分たちが喚いていてどうする。そんな想いだ。
「しかし一夏が!」
「箒、ISが動かせない私たちや、そもそもISが無いアンタに出来る事は無いわ」
「そうです。それよりも少しでも他の生徒の皆さんを安全な場所へ誘導するのが先ですわ」
「くっ……」
まだ諦めきれていない箒を鈴が腕を引っ張り連れて行く。しかし、ふと立ち止まり本音に向かって笑う。
「アンタ、強いね」
「ええ、本当に」
「ほえ?」
意味が分からない、といった本音に再び笑いつつ鈴は叫ぶ。
「行くわよ、
「
走り出しつつ叫ぶ二人の言葉に一瞬きょとん、とした本音だが、
「うん!」
力強く頷くと自身も走り出した。
ダンッ!
「お、織斑先生?」
観測室。そこでは机に両手を叩き付け、食い入るようにモニターを見つめる千冬と、突然の千冬の様子に驚いた真耶が居た。
「そうだ……なぜ気づかなかった。あれは……あの動きは、私だ」
あの黒いIS。あれはおそらくだがVTシステムを積んでいる。過去のモンド・グロッソの部門受賞者動きをトレースするシステム。IS条約により禁止されている筈のシステムだ。だが問題はそこでは無い。
至近距離でわざと敵の攻撃を受け、粉塵や衝撃などに相手の注意がいくその隙に、死角から体を回転させるように背後に回り、その遠心力を込めた斬撃を繰り出す。一瞬で行われるそれはまさしく自分の得意とした動きだ。そしてそれを静司は行った。
唯の模倣ならここまで気にはしない。似たような動きは他の操縦者もできるし、自分の戦う姿は記録で残っている。だが静司の動きはそのテンポ、足さばき、太刀筋、なにをとっても自分と同じだった。
千冬は学園に入学するまで静司との面識はない。つまり自分が教えた訳でもない。それなのに、映像や資料だけであそこまで完璧に模倣出来るのか?
「織斑先生?」
「っ! 山田君か。すまない」
難しい顔で考え込む千冬を心配そうに真耶が声をかける。千冬も頭を振り、この事を一時的に頭から無くす。今はアリーナの安全が先だ。
「避難の状況は?」
「来賓は完了しました。生徒の避難も進んでいます。一部、残ろうとする生徒は申し訳ありませんが強制的に」
「それでいい。鎮圧部隊の編成はもう少しで完了する。後は」
「織斑君たちです。先ほどから何度も呼びかけているのですが、逃げようとしてくれません!」
今にも泣きだしそうに真耶が叫ぶ。おそらく心配なのだろう。彼女が生徒の事をとても大切に思っている事は知っている。本当なら今すぐにでも自分が助けに行きたいが、他の生徒達の事もある。
「あの馬鹿どもめ……」
苦々しく千冬が呟く先、一夏が叫び声を上げ雪片弐型を構えていた。
なんて様だ。
全身の痛みと血の匂い。壁に叩き付けられた静司はゆっくりと体を起こすが、わき腹の激痛に眉を顰めた。ここは前回も負傷した場所。同じ場所に攻撃を受けた事で傷が開いたらしい。絶対防御は働いていたが、それも完璧では無い。今も少なくない血が流れ出している。
「くそっ、たれっ!」
先ほどの戦闘。突然打鉄が不調を来たし、その隙に攻撃を受けた。おそらく原因は前半の戦闘による損傷。そしてそんな状態で打鉄の性能限界以上の動きで酷使した事によりガタが来たのだろう。そもそもこの打鉄は訓練用量産型仕様。通常の機体よりリミッターも多い。普段の静司なら、そういった事を考慮した動きで戦う。しかし先ほどの静司は怒りに任せて動き、その結果がこれだ。それでも――
(あのシステムは……潰す)
あれはあってはならない。存在を許してはならない。ふつふつと湧きあがる黒い怒りが静司の思考を阻めていく。人目が多い事も関わらず黒翼を起動してしまおうかと考えが過る。そして傷も激痛も無視して再び敵に向かおうとした静司の視界にとんでもない光景が映った。
「うおおおおおおおっ!!」
一夏が雪片弐型を振りかぶり黒いISへ突進している。無茶だ、無謀すぎる。あの黒いISは一夏の手におえるものでは無い。
案の上、黒いISは一夏の攻撃を難なく弾くとその刀を一夏に向けた。
「馬鹿がっ!」
護衛対象の危機に少しだけ冷静さを取り戻す。幸い打鉄もまだ動く。だが助けに行くには距離があり過ぎた。一夏に刀が迫る。しかしその横から橙色のISが一夏を掴みその場から逃げだした。
「離せシャルル! アイツ、ふざけやがって!!」
「落ち着いて一夏!」
一夏を救ったのはシャルロットだ。瞬時加速で一気に距離を離し一夏を降ろすが、当の一夏が直ぐにまた特攻しようとするので慌てて止めている。
「どけシャルル! 邪魔するなお前も――」
「どうするっていうんだ馬鹿がっ」
「静司!?」
二人の横に移動した静司が苛立ち気に吐き捨てる。それは自信の不甲斐なさ。無謀にも関わらず挑み、あまつさえ味方すらも敵に回すような発言をしかけた一夏への苛立ちがあった。
だが一夏はそれに気づかず興奮した様子で睨む。
「あいつのあれは……、千冬姉のデータだ。千冬姉の動きだ。あれはな、千冬姉だけの物なんだよ!」
「……」
「だから俺はアイツを許さねえ! それに――」
「黙れ、一夏」
底冷えするような静司の声。普段とはかけ離れたその雰囲気にシャルロットの肩が震える。しかし興奮状態の一夏には逆効果だった。
「何がだ! 俺はアイツを許せねえんだよ!」
「だからと言ってお前が行ってどうする! 直ぐに学園の鎮圧部隊が来る。そいつらに任せればいい。第一、お前じゃアイツに勝てない。無駄死にするだけだ」
「だから安全圏で見守ってろだと?」
「そう言っている。お前が居ても足手まといだ。お前がやる必要はどこにも無い!」
「だが、それでも譲れないんだよ、これは!」
一夏は気づいていないようだがシャルロットは気づいていた。静司の言葉は正しい。理路整然としている。だが、静司の言葉の中に苛立ちが、それも一夏に対する苛立ちが強くなってきている事に。
その静司の内も色々な感情が渦巻いている。それはここ最近の悩み、周りの言葉、出来事の積み重なりからくる苛立ち。言う事を聞こうとしない一夏。そしてVTシステム。
(違うんだよ一夏。あれはもう、織斑千冬だけのものじゃないんだよ……っ!)
姉達の顔が浮かぶ。自分と姉達を繋いだのがあの力なら、奪ったのもその力のせい。故に静司もあのシステムの存在を許すわけにはいかない。だが、任務も忘れた訳では無い。VTシステムを見た当初は我を忘れかけたが、今は多少冷静になれている。一人で戦った地下の時とは訳が違うのだ。自分の直ぐ近くには最重要護衛対象と、クラスメイトが居る。故にここは撤退するのがベスト。その事実もまた、苛立ちの原因でもあるのだが。
「違うぜ、静司。全然違う」
当の一夏は興奮状態にありながらも力強く断言する。
「俺が『やらなきゃいけない』んじゃない。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」
「な……」
そんな一夏に静司は呆然とした。今の言葉に感動したわけじゃない。呆れたのだ。
「そんな理由で……」
そんな理由でわざわざ死にいく真似をするだと? いや、目の前の男は自分が負けるだなんて思っていない。それは実力が伴っていれば頼もしい事だろう。しかし一夏にはそれが無い。それなのに行くと?
「ふざけるなよ……」
「何?」
「ふざけるなと言ったんだよ馬鹿が!」
何故だろう。何故こんなにも苛々するのだ。それが分からないままに一夏をシャルロットへ押し付ける。
「シャルル、時間を稼ぐからこの馬鹿を連れて撤退しろ」
「なっ!? 何言ってる静司!」
「そうだよ静司! それに静司も怪我してるんだよ? むしろ僕が時間を――」
静司は今もわき腹から血を流し続けている。痛みの感覚はもはや麻痺してきているが、失った血はそうはいかない。しかし静司は首を横に振る。
「駄目だ。早く行け」
「お前こそふざけるな静司! アレは俺はやらなきゃいけないんだよ!」
相変わらずいう事を聞かない一夏。それに静司の苛立ちが増していく。
「同じことを何度も言わせるな一夏、お前じゃ何もできない」
「やれるやれないの話じゃないんだよ!」
噛みつくように吠える一夏の声が頭に響く。それを鬱陶しく感じる。
「あれは千冬姉のデータなんだ。だから俺がやるんだよ!」
学園への潜入。川村静司と言う仮面。blade9としての自分。本当の自分。嘘の自分。敵の存在。シャルロットの問題。一夏の問題。課長の問いかけ。C1の問いかけ。桐生の依頼。VTシステム。どうしてこうも問題が続くのか。どうして悩みの種が増えるのか。どうして護衛対象はいう事を聞かないのか。どうして――どうして――どうして――。 頭の中が疑問と疑念と後悔と悩みと苛立ちで埋め尽くされていく。
「俺が行くんだ! うおおおおおおおおおおおおおお!!」
だからもう、いい加減に――
「言う事を――――――聞けえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
それは川村静司を知る人間なら誰もが驚く様な叫び声。そして感情のままに放たれた言葉と共に、静司は打鉄の近接ブレードを全力で叩き付けた。
一夏に。
バゴンッ、とどこか間抜けな音が響き渡り、峰打ちとは言えブレードの直撃を受けた一夏がコマの様に回転し、崩れ落ちた。
「へ……?」
「何……?」
『は……?』
すぐ隣でシャルロットが。
観測室で千冬が。
まだアリーナに残っていた生徒達が。
その光景にぽかん、と口を開ける中。
「……あ」
静司もまた、間抜けな声を上げた。
気まずい沈黙。そんな中、
「は……」
静司が震えた。
「はは、ははははは……」
肩を震わせ、何かを堪えるように。しかしその努力も空しく、
「はははははははははは!!! ひ、ひ、ははははははははははは!」
豪快に笑い始めた。肩を震わせ、腹を抱え、耐えきれない、と言った風に。ブレードでガンガン、と地面を叩きながら狂ったように笑い始めたのだ。
「か、かわむーが」
「壊れた……」
その光景を見ていた本音が、シャルロットが、千冬が、アリーナにいる全員が唖然とする中、静司の笑い声だけが響く。
本当に笑えたのだ。
今の今まで、任務の為、任務の為と言いながら抑えてきた事。見失っていた物。分からなかったものが大量にあった。だけど、今、自分はその任務の最重要人物である一夏を殴り飛ばしてしまった。緊急時に割と本気で、守る筈の自分がだ。そしてその瞬間、確かに自分は、そう、
ちょっと、スッキリしてしまったのだ。
我ながら何を馬鹿なと思う。何も考えず本当に無意識の行動だったが、だからこそ今のは素の自分だった。知人を侮辱されたからでも、敵が襲撃したからでも無い。自分が苛つき、その感情のままに一夏を殴り飛ばしたのだ。
そう考えて、気づく。自分はもしかしたら羨ましかったのかもしれない。感情のまま動く一夏達が。純粋な本音やシャルロットが。任務の為と言い訳をし、川村静司という仮面を被った癖にだ。
つまりは嫉妬。しかしそれを認めたくないが故に、気づかず、溜め込み、しかし今、それを発散した。一夏に対する八つ当たりともいえる方法で。
ああ、本当に笑える。まるで子供だ。いや、課長――親父たちは自分を子供と言っていた。いつもは反論するが、今は認めるしかない。何がblade9だ。感情を押し殺そうとしてストレスを溜め、そして八つ当たり。まるっきり子供、それが自分だ。
『お前は誰だ? そしてどうなりたい?』
少なくとも今はblade9ですとは言えないな。
『かわむーはかわむーだよ。ただ、どうするときが楽で楽しいかな~って考えてみようよ。そうすればきっとすっきりするよ~』
ああ、本音が言っていたのはこういう事なのかもしれない。
『ふふ、了解。B9、これは仲間としての私からのアドバイスだけど、もっと正直になりなさい』
正直に言おう。爽快だった。
『ふふ、そうだね。僕も静司達と離れるのは寂しいな。だから少しだけ時間を頂戴? 僕も確かに自棄になってたかも。だからもう一度、良く考えてみるよ』
そうだな。俺もルームメイトが……いや、
『俺が『やらなきゃいけない』んじゃない。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない』
一夏、お前はもうちょっと現実を見ろ。――だけど、その言葉は。その生き方は正直羨ましいと思うよ。だから、そう。少しだけ真似してみるのも良いかもしれない。
もう、一度やらかしてしまったのだ。今更取り繕うと意味が無い。だから今は仮面を捨ててみよう。悩み事も忘れてしまおう。blade9という事すらも忘れてしまおう。そもそも自分はクールなキャラじゃあない。知的でもない。唯の馬鹿だ。だから思うがままにやってやろうではないか。何も考えずに。
そしてそれこそがきっと――
「く、くくっ……ああ、それでいい」
「せ、静司?」
眼鏡を投げ捨てる。髪をかきあげ不敵に笑う。打鉄の残りのエネルギーを絞り出す。
黒いISは先程から動いていない。その理由は予想がついている。あの機体はこちらが攻撃の意思――武器を向けると襲ってくる。だから今までの言い合いでは襲ってこなかった。そのISに武器を向けよう。blade9で無く、
(親父、C1、本音)
ゆっくりと、ブレードを持ち上げる。もはや怪我は気にならない。不思議と痛みも無い。その理由さえどうでもいい。
(C5、シャルロット、織斑姉弟)
学園に入学以来初めてと言っていい昂揚感。
(その他諸々のみんな―――――初めまして)
ブレードの切っ先が向き、黒いISが反応し動き出す。それを見据えながら宣言する。仮面を捨て、悩みすら忘れて、怒りにも捕われていない、思うがままの素の自分を。
「川村静司を、見せてやる」
ストレスゲージが天元突破し壊れた静司。それが+に働いた結果。
実はこの話で初めて静司は《友》という言葉を使っています。(その筈)今まではあくまでクラスメイト、ルームメイトといったどこか距離を置いた認識をしていまいした。
この展開はこの作品を書き始めた頃から考えてました。だけど伝えたいことがうまく文章にできず、試行錯誤する羽目に。うまくできたのか正直心配です。
原作の一夏の俺がやりたいからやるんだよゴラァ!といった一連のセリフ。自身が織斑一夏であることの証明はある意味静司に必要だった事でもあるので反応しました。
因みにこの作品のVTシステムはかなり強化されています。仮にも千冬のデータ使っているのに、まだ素人に毛が生えた程度の一夏にあっさり負けるのはどうかと思っていたので。
メンテも終わった様で不調は直ったのかな?
中途半端な所で止まっていたので様子見しつつ、キリのいいところまで投稿したいと思います。