IS~codename blade nine~   作:きりみや

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13.優しさと悪意

「失礼しました」

 

 一夜明けたIS学園。昨日の事情聴取を終えて退出したシャルロットはどこか漠然とした思いで居た。それはたった今まで受けていた事情聴取の内容にある。

 自分は学園のシステムに干渉した。これは敵対行為とも取れる。最初に部屋に連れていかれた時、シャルロットは尋問が始まると思っていたのだ。

 だが、始まったのは尋問で無く唯の事情聴取と、地下で見た事は秘密にするように、という誓約書を書いただけ。何も咎められることが無かった。むしろ攫われた自分を心配し、学園の警備については謝罪までされてしまった。

 

 自分の立場が、『情報を得るために学園を混乱させた加害者』から『危険な人物に攫われた被害者』にすり替わっているのだ。これにはシャルロットも唖然とした。自分の秘密も全て話す事だろうと覚悟していたシャルロットにとって、その展開はあまりに予想外で、言うタイミングも逃してしまった。

 事情聴取を行ったのは日本政府役人。おそらくIS委員会のメンバーでもあるだろう桐生と名乗った男と、当時の学園現場責任者として織斑千冬が同席していた。そして二人ともシャルロットの行為に関しては何も言わなかった。いや、知らないような素振りすらあった。

 

「どういうことだろう……?」

 

 だがそのおかげで自分は今もここに居る。それは罪深い事の様にも思えたが、昨日言われた事を思い出す。

 

「楽に、か。けどやっぱりわからないよ……」

 

 全てを明かして楽になる。それがあのISの搭乗者が言ったことか。それとも他に何かあるのか。答えは出ない。

 1人悩みながら寮に戻ったシャルロットは別の問題に気づいた。

 

(どうしよう……。静司になんて言い訳しよう?)

 

 地下で起きた事は秘密。だがそうなると昨日一晩不在だった理由が必要だ。しかも最後に分かれた時、自分は体調不良という事で寝込んでおり、かなり心配されていた。

 

(病院に行っていた? 駄目だ、それじゃあ連絡してない理由が無いよ……。どうしよう)

 

 何かいい手は無いか。思考の海に溺れつつ部屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 眼が覚めると全身に走る鈍い痛みに目を顰めた。その痛みを我慢しつつ首を動かす。

 そこは清潔感ある白い壁に囲まれた病室だった。患者は自分一人で、寝ているベッドの傍には椅子が一つ。後は心電図や点滴と言った機材が並んでいる。

 

「よう、起きたか」

「課長ですか」

 

 不意に扉が開き入ってきた課長に静司も痛む体を無理やり動かし起きあがった」。

 

「無理するな。まだ痛むんだろう」

「なんとか大丈夫ですよ。ここは?」

「学園に一番近いK・アドヴァンス社の営業所。そこの医務室だ。昨日の事は覚えているな?」

 

 当然だ。忘れる訳は無い。だがあの後、失血と傷が祟って意識を失った後からの記憶は無い。

 課長もそれは承知なのだろう。椅子に座り説明を始める。

 

「あの後意識を失ったお前をここに運び込み治療をした。右腕の骨折とわき腹の裂傷。それにあちこちに穴まで開いていたが、ほとんどはそいつが直してくれたよ。最低限だけどな」

 

 課長は意味深に静司の左腕を見やる。静司も成程、と頷いた。

 

「搭乗者の傷を癒す生体再生能力か。本当に機械なのか疑いたくなるな」

「俺に言わないで下さいよ。言うなら作った奴にです」

 

 左腕をコンコン、と叩く。今は人工皮膚は剥がれ、鋼鉄の左腕がむき出しになっている。そこには『LC001』と刻印が打たれている。

 

「かつて篠ノ之束が作成し、しかし『失敗作』として廃棄されたコアか。あの白騎士の原型ともなったいわばプロトタイプ。だがシールドが使えないのはどうにかならないのか? お蔭でお前はこの様だ」

「それこそ俺が訊きたいくらいです。コアそのものがシールドを拒否するんですよ? 俺にどうしろうと」

 

 そう。それこそが黒翼の欠陥。本来備わっている筈のシールドバリアの展開不可。縦者を守るためにISの周囲に張り巡らされている不可視のシールド。通常、ISは攻撃を受けるたびにシールドエネルギーを消耗し、エネルギー残量が無くなれば機能を停止する。勿論これは模擬戦や実験用の仕様で、軍事用では異なるが。そして、シールドバリアーを突破するほどの攻撃力があれば操縦者本人にダメージを与えることができる。

 だが黒翼にはそのシールドが無い。後付でいくら準備をしてもコアがそれを拒否してしまうのだ。お蔭で静司は物理シールドで防ぐか攻撃を躱すしか無い。

 

「そのシールドの分のエネルギーを全部攻撃に回しているんです。黒翼のコアは相当攻撃的ですよ」

「お前が言うか……。まあ絶対防御があるだけマシか。その分のエネルギーも攻撃に回しそうだが」

「ISには独自の意識があると言いますからね。それがコイツの性格なんでしょう」

 

 かつて失敗作とされた黒翼のコアは博士の手で破壊され廃棄された。何を失敗したのかはわからない。シールドが使えない事か、他の何かか。だが、研究段階で生まれただけあって黒翼のコアは異常なまでにスペックが高い。所謂『全部乗せ』であるからだ。

 そのコアは破壊され、廃棄された筈だが束に気づかれることなく自己修復を行った。そして束が失踪後、ある組織によって回収されたのだ。

 

「ま、その謎はおいおいだ。黒翼の生体再生も完璧じゃないんだろう? 痛む体がその証拠だ」

「致命傷だけは直してくれましたが残りは自分でやれって事でしょう。けどまあ、助かりまし、たっ」

 

 痛む体に鞭を打ち立ち上がるべく体を動かす。生体再生と言っても死ぬレベルの傷が重症一歩手前になったようなものだ。痛むのは当然と言えた。そんな静司に課長もため息を付く。

 

「学園に戻るつもりか」

「はい。それが任務ですし、行かなきゃならないところがあります」

「はぁ、わかった。だがその前に現状だけ教えてやる」

「自分で言っておいてですけど良いんですか?」

 

 てっきり止められると思ったので、言い訳を考えていたのだが。

 

「言っても聞かんだろう。命令することも出来るが、まあそこは自己責任だな」

「感謝します」

「感謝するなら早く傷を治せ」

 

 もう一度、ため息を付くと現状を話しだす。それは概ね静司の予想通りとも言えた。

 あの崩壊は敵の増援によるもので、学園の教師たちが応戦したが全員返り討ちにあったらしい。そのまま敵は逃亡。教師達は負傷した。

 地下は第5グラウンドごと完全崩壊。一夜にしてそんなことがあったので生徒達も現在大騒ぎらしい。雨と雷が酷かったとは言え、音は隠せても揺れは隠せなかったのだ。昨日の不自然な揺れと関連付けて様々な憶測が飛び交っている。当然だろう。

 

「シャルル・デュノアは無事保護。目立った怪我も無しだ」

 

 シャルロットではなく、シャルルと呼んだ課長の意図を察し、静司は驚いた。

 

「課長、もしかして」

「ああ。今の所彼女は今回は唯の被害者という位置になっている。彼女の行為や、状況からしても自業自得でもあるし、同情する部分もある。なのでてっとり早くお前に任せることにした」

「は?」

「前も言っただろ。『この件はお前に任せる』と。お前がバラして彼女を国に送り返すもよし。そのまま放って置くもよし。お前が決めろ。今回の事件、植村加奈子の侵入は俺達全員のミスだが、彼女の暴走はお前にも非がある。彼女の様子がおかしいのにも関わらず、部屋で休ませただけでそれ以上踏み込まなかった」

「……」

「結果、追い詰められた彼女は行動を起こし捕まり、お前はお前で頭に血が上ってその様だ」

 

 厳しい言葉が静司を貫く。だがその通りだった。言いがかりとは思わない。思い詰めていた彼女にもう一歩、踏み込んでいたら。何かが変わったかもしれないのだ。たらればの話は所詮仮定だ。しかし対策が出来たかもしれないのにそれを逃したのは静司の責任なのだ。

 

「だからこそ、お前に任せる。別に今すぐとは言わんが、時間をかけても仕方ない。学年別トーナメントがあるだろ。それが終わるまでに結論を出せ」

「わかりました。しかし、更識家はなんと?」

「無理やり従わせた。なーに、学園地下に教師のスパイにその他もろもろ。痛いところはいくらでもある。だから脅しちゃった♪ テヘ♪」

「何がテヘ、だ。真面目な話してるのにいきなり台無しにしやがったなアンタ」

「はっはっは、パパだって辛いぞ? だが可愛い息子に試練を与えねば!」

「やかましい気持ち悪い何がパパだヒゲ親父!」

「照れるな照れるな可愛い奴め。仕事放って可愛い息子の様子をわざわざ見に来たんだ。これくらいいいだろう? ほ~らパパのヒゲだよー」

「ひぃぃぃぃぃ!? 髭を擦り付けるな!? っ痛! 傷が、傷がぁ!?」

 

 静司の生き地獄はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

「ねえ、本音大丈夫?」

「顔色悪いよ?」

「……大丈夫だよ~、ナギー。それにゆーこ」

 

 1年1組の教室。そこで友人である鏡ナギと谷本癒子に心配された本音は、どこか疲れた笑顔を浮かべた。当然、そんなものを見せられても友人2人は納得できない。

 

「そうは見えないよ。体調悪いなら救護室行こう?」

「それがいいね。よし連れてこう」

「え~、大丈夫だってば~」

「駄目、行くよ。癒子」

「おっけー」

 

 2人は本音のだぼだぼの制服の裾を掴むと強制的に救護室へ連行する。

 

「だいじょーぶなのに~」

「はいはい。良いから寝てなさい」

「今日は川村君が居ないから私たちが本音の事見なくちゃね」

「馬鹿、ナギ!」

「あ……」

 

 しまった、とナギが気づき本音の顔をちらりと伺う。当の本音は目に見えて沈んでいた。

入学当初から本音と仲が良い2人にとって、今日の本音は様子が朝からおかしい。端的に言うなら暗い。あの本音が、あの本音がだ!

 この異常事態に2人は戦慄し、原因を考えた。その結果一つの可能性を導き出した。ずばり、川村静司が居ないせいではないか、と。

 本音と静司が仲が良い(少なくとも周りからはそう見えている)のは知っていたが、まさか彼が病気で休んでいるだけでここまで気にするのか。親友としてはちょっと悔しい気もするけど、あの本音にも、とうとうそういう相手が出来たのか。よりにもよって倍率高そうな男性操縦者にか! あ、けど彼の場合織斑君程じゃないのかな。そんな事を考えていた。

 

「ほ、ほら! 先生も唯の風邪だって言ってたし大丈夫だよ」

「そうそう! だから本音も沈んでないで元気にね?」

「……うん」

 

 いかん。調子が狂う。いつもののほほんとした笑顔はどこに。けどなんか儚げなこの

姿もかわいいわ~胸もあるし世界ってなんでこんなに不公平……って私たちは何を!?

 

「とにかく! 本音は寝てること!」

「後で見に来るから大人しくしてなさい!」

 

 何故か救護室には担当の丸川も誰も居なかったので強引に本音をベッドに押し込むと2人は「ゆっくりしてなさい!」と言い残し戻っていった。

 

 

 

 

 1人救護室に残された本音が考えるのは静司の事。学園には風邪で休んでいる事になっていたが、実際は怪我の為と聞いている。そして第5グラウンドの惨状を見れば、その戦いがとても激しかったことも予想がつく。そして負った怪我。かなりの重症だと聞いていた為、気が気ではなかった。

 なんでこんなに気になるのだろうか? 友達だから? それとも、やはりそうなのか(・・・・・・・・)

 本音は決して鈍い人間ではない。なので自分がこんなに彼を気にする理由に思い当たる事はあった。しかしそれが本当にそうなのかは分からない。

 

「かわむーに会えばわかるのかな?」

 

 ベットの上、膝を抱えて目を閉じる。このままではいけない。今のままではまた何かが起きた時、昨日の様に自分に出来ることすらできない。それにナギーやゆーこにも迷惑心配された。だから戻ろう。いつもの自分に。少し休んだら何時もの自分になるように。

 本音はゆっくりと眠りに落ちて行った。

 

 それからどれくらい経っただろうか? 不意に温かさを感じ、ゆっくりと意識が覚醒する。寝る前には無かった毛布がかけられている事に気づいた。

 

「んん……」

 

 丸川先生が帰ってきたのだろうか。どこかぼんやりとした頭で顔を上げると、いつの間にかベッドの横に座っていた人物が口を開いた。

 

「起きたか。大丈夫か?」

「……っ、かわむー!?」

 

 一気に眼が覚め、大声を上げる。そこに居たのは心配していた人物、川村静司だった。

 

「どうしてここに……」

「丸川先生に聞いてな。悪いな、心配かけて」

 

 丸川は救護室に戻った時に寝ている本音を発見していた。そして学園に遅れて登校途中の静司にそれを伝えたのだ。

 

「前は報告が遅れて怒られたからな。今度は直ぐに来れたかな?」

「うん……うん!」

 

 前回。それはクラス対抗戦の時の事だ。あの時の事を覚えていてくれて、そして学園に来るなりまず自分に会いに来てくれた。それがとても嬉しかった。

 

「っ! そうだかわむー、怪我は!?」

 

 重症と聞いていた筈だ。それなのに学園に来ても大丈夫なのだろうか? しかし本音は見る限り、確かに顔色は悪いが目立った外傷は見られない。

 

「ま、なんとか大丈夫だ。激しい運動はあまりしたくないけどすぐ直るさ」

「…………」

「な、なんだ?」

 

 じっ、と静司を見つめる。それに静司は冷や汗をかく。

 

「ねえかわむー。私は本当の事を聞きたいよ?」

 

 ばれている。完全に無理をしているのがばれている。静司の冷や汗は脂汗に変わり、ジト目で見つめる本音に遂に観念した。

 

「右腕と左わき腹。そこがかなり傷んでうまく動けない。けど他は本当に大丈夫だ」

 

 嘘は付いていない。確かに痛むが動けない程では無いのだ。本音はそれを聞いて不安と安心が混ざったような顔をしたが静司はどうってことない。と笑うと、くしゃ、と本音の頭を撫でた。

 

「ふえ~? かわむー?」

「ありがとうな心配してくれて。それに昨日は一夏達の近くにもいてくれたんだろ? 感謝している」

「うん。だって私はできる子~」

 

 静司が暗い顔をした自分を気遣っていたのは分かるため、本音も笑顔を浮かべた。それはまだ少しぎこちないが、朝に比べれば自然な笑みだった。

 

「へい、かわむー。こっちこっち~」

「ん?」

 

 本音に引き寄せられ静司が椅子から立ち上がる。2人の距離が近づき、

 

「ほ、本音?」

「ん」

 

 ぎゅ、と静司は抱きしめられた。突然の事に静司は慌てるが本音は離そうとしない。それどころか震えている事に気づく。

 心配させた不安にさせた。課長も、社の仲間も、そして彼女も。こんな自分にもそういう風に想ってくれる人が居る。それが嬉しい。だからこそ、自分も答えを見つけるべきだろう。自分自身が何なのか。その問いの答えを。

 

 そのままゆっくりと時間が過ぎる中、本音が笑う。今度はとても自然な笑みで。

 

「おかえり、かわむー」

「ああ、ただいま」

 

 とても魅力的だった。

 

 

 

 

 

 救護室での一件の後、しばらく抱き合っていたせいかどこか顔が紅い2人だったか、静司が授業に出ようとすると本音が怒りだした。曰く、今日はゆっくりしていろ、との事だったのだ。学園には既に楯無が戻ってきており、警戒態勢も最高レベル。こんな状況で仕掛けてくる敵は居ないだろう、という話だ。それでも静司は休もうとしなかったが課長からも

 

『社の皆がパパを怒るんだ。お前の今の状態で学園に戻すなんてアホだとかバカだとか虐待だとかミジンコだとか好き勝手に……。C1達も居るし今日一日でも休め。早く治してもらわないと、本当に危険な時どうにもならんし、パパの命がヤバい』

 

という連絡が来たため、観念した。これ以上無理に残ると自分まで社の仲間に説教を受けかねない。ここは課長にすべてを受け持ってもらおう。それにいい機会だ。敵の事。自分の事。考えることは大量にある。ゆっくり休みつつ一つ一つ解決していこう。

そういう訳で静司は今寮の廊下を歩いている。授業中の為、人気が無く、また怪我の痛みもあって静司の注意力も落ちていた。その為、静司は自分の部屋の前にたどり着くと鍵を開け、そのまま扉を開けてしまった。

 

「え?」

「あ」

 

 部屋の中。シャワールーム近くの扉の前に少女が立っていた。何も身に着けずに。

 

「せ、せ、せい……じ……?」

「……やあ」

 

 金髪碧眼。僅かに濡れたウェーブのかかったブロンドの髪。柔らかさとしなやかさを兼ね備えたと分かるすらりとした肢体。そして胸。そう胸だ。

 シュルル・デュノアでなく、全裸のシャルロット・デュノアが目の前にいた。そう、つまりはやらかした。一番避けていた事を。

 きゃあ!? と悲鳴を上げシャワールームに逃げ込んだシャルロットを見送りつつ、静司は新たな悩み事に頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 授業中の為、人気のない学生寮。その一室。そこは何とも言えない居心地の悪さが漂っていた。と、いうのも、

 

「大変申し訳なかった」

「せ、静司、とりあえず頭上げようよ。ね?」

 

 額を床にこすり付け全力で土下座する静司と、それに戸惑うシャルロット。何とも珍妙な光景であった。

 

「ルールを提示したのは俺だ。その俺がルールを破り、あまつさえ……見てしまった」

「うぅ……」

 

 指摘されシャルロットは赤くなる。そう静司は全て見てしまった。シャルロットが女である具体的な証拠を。そしてその心は反省と自己嫌悪。彼女が女だとは最初から知っていた。だからあんなルールまで作った。だというのに当の自分がそのルールを破り、女性の裸体を拝んでしまった。これは完全に自分のミス。そして女性が好きでも無い相手にそういう姿を見られるのがどれほどショックな事か。ああ、俺の馬鹿……。

 一方シャルロットも複雑な心境だ。確かに裸を見られたのは恥ずかしい。しかし授業中だからと油断して、何も身に着けないままシャワールームから出てしまったのは自分だ。それにそもそも自分は男として入学した身。今まで騙してきたことへの罪悪感もあり、怒れる立場では無いと考えているからだ。

 そのまま暫く時間が過ぎたがこのままでは埒が明かないと思ったのだろう。シャルロットが口を開く。

 

「静司、訊きたいこともあるだろうし僕も話したいことがあるんだ。だから顔を上げて?」

「……わかった」

 

 静司がようやく顔を上げる。しかしシャルロットも中々言い出すことが出来ず、再び沈黙。

 

「茶でも入れよう」

「う、うん。貰おうかな……」

 

 シャルロットは知ら無い事だが静司はシャルロットの事情を知っている。ならばここは自分が気を使ってやるべきだろう。それに飲み物があった方が話しやすい。

 湯呑に茶を入れ再び向かい合う。一息入れて腹を括ったのか。シャルロットはゆっくりと話始めた。

 

「その……驚いたよね」

「まあ、な」

 

 ここでは驚かなければ不自然。なので静司も話を合わせる。

 

「まさか女だったとはな」

「うん。僕の実家……デュノア社の社長からの命令なんだ」

 

 シャルロットの顔が曇る。それを見て静司も止めるべきか悩む。これから話される内容は彼女にとっては辛い内容だろう。それを人に語るのもまた、辛いに決まっている。自分は既に知っているのだ。だからあえて聞く必要はない。だがここで何も聞かないのは不自然だ。故に黙って聞き続ける。

 

「僕はね、愛人の子なんだ。引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時に、父の部下がやって来たの。その後、検査しているうちにIS適性が高い事が分かって非公式のテストパイロットになったの」

 

 それは静司も情報として知っている。元々いたテストパイロットたちより高い適性があった為、それからの彼女はまさに道具。社の発展の為に、唯の少女だった彼女が過酷な訓練を受ける事になった事も。

 

「父に会ったのは二回くらい。話したのも数回かな。普段は別邸で生活してるんだけど一度だけ本邸に呼ばれたけど、そこでもトラブルがあってね。あの時も結構キツかぅたなぁ。お母さんもちょっと位教えてくれれば、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

 あはは、と愛想笑いを浮かべるシャルロットだが、当然静司は笑う気にはなれない。ただ、黙って聞いているしかない。

その先の話も静司の知る物と同じだった。IS開発の遅れによる政府からの支援の大幅カット。それに伴う経営危機。そして欧州連合統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次のトライアルで選ばれなかった場合、援助を全面カットされ、IS開発許可すらも剥奪される。

 

「僕がここに男装していたのはね、注目を浴びるために広告塔となる事。それに――」

 

 シャルロットが視線を逸らし、どこか苛立ち気に。そして悲しみも含んだ声で続けた。

 

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースとも接触しやすい。可能であれば使用機体や男性操縦者のデータを取れるだろう……ってね」

 

「一夏と俺。それに白式か」

「そう、白式や静司達のデータを盗んで来いって言われるんだよ。僕は、あの人に」

 

 それはどこか他人行儀で、しかしどこか悲しみを含んだ言葉だった。

 

「昨日、僕居なかったでしょ? それもこの為だったんだ。けどそれは失敗して、それに静司にもバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にはいかないだろうね。だけどもう、どうでもいいかな。これ以上、言いなりになっていろんな人に迷惑をかけるぐらいなら……」

 

 迷惑とは昨日の事を言っているのだろう。正体こそ明かしていないが、自分を助けたISの事を彼女が気に病んでいるのは分かった。

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと今まで、嘘ついてて、ごめん」

 

 深々と頭を下げるシャルロットを見つめ、静司は考える。

 課長は答えを学年別トーナメントまでに出せと言った。しかし今、ここで彼女がここまで話したという事は彼女の中では答えは出たのだろう。

 

(いいのか、それで?)

 

 正体や、目的を明かしたシャルロット。その理由は様子を見れば一目瞭然。彼女は国へ戻るつもりだろう。その後に残っているのは父親から、そして世界からの批判。彼女の境遇から同情する話もあるかもしれない。しかし、今まで聞いてきたデュノア社長なら自分の娘を捨て駒に、責任転嫁をしかねない。無論、騙されたフランス政府やIS委員会も黙っていないだろうが、碌な事が起きないのは分かる。

 そう、結局は静司次第。彼女が自分から話した以上、静司がそれを公表すると言えば、想像通りの事になる。しかし黙っている事もできる。

 だが、何の為に?

 つい、昨日。問題を先送りにして後悔したばかりなのにそれを繰り返すのか。不確定要素は排除すべきではないか?

 俺は――

 

「昨日もその為に出てたと言ったが、今ここに居るってことは学園にはバレなかったんだよな」

「え……? う、うん。多分」

 

 勿論知っている。これはあくまでシャルロットに自覚させる為の言葉だ。そして、

 

「なら、ここにいればいい」

「え?」

「ここに居たいのならいればいい。戻りたいと思うならそれでもいい。少なくとも俺は誰にも言う気は無いよ」

 

 結局は現状維持。少なくとも今の彼女はデータを盗む為に昨日の様な無茶をするとは思えない。ならばここに居てもなんら問題ない。そう、その筈だ。それに昨日の脱出の際、自分は彼女に助けられた。その借りを返すべきだろう。

 これが言い訳だという事は分かっている。結局自分で結論を出せずに問題を先送りにしただけ。

 

「だけど僕は……」

「親だから――上位に立っているから好き勝手にできる。道具として扱える。そういう考えははっきり言って嫌いだ。他人の意思にただ従うだけでは、いずれ後悔する。その束縛から抜け出そうとする考えは認める。けど今のお前は自暴自棄になっている」

 

 それは経験からくる言葉。EXISTに入る前。意思なき道具として生きてきた己の人生の経験からだ。

 

「だって、結局時間の問題だよ? 僕だって分かってる。このままここに居続けてもいずれバレる。そうしたら政府も黙っていないしきっと牢屋行き。それが早いか遅いかの違いだよ」

「それでいいのか? 父親の束縛から解放されて、今度は社会の束縛を受けても」

「良いも悪いも無いよ、僕には選ぶ権利は無いから、仕方がないよ」

 

 痛々しい、絶望を通り越した諦観の微笑み。そんな顔を見せられては静司も黙っていられない。

 

「IS学園はあらゆる法の影響を受けない。国、組織、団体も本人が同意しない限り原則介入できない。つまり卒業までの3年間は少なくともここに居られる」

 

 それがこの学園の特殊性。突然言い始めた静司に目を丸くするシャルロットを気にせず、畳み掛けるように静司は続ける。

 

「それを踏まえてもう一度いうぞ。好きにすればいい、と。シャルルの選択を俺は尊重する。どうだ、選ぶ権利がここにある。どうする?」

 

 言いながら、我ながら偉そうな事だと自嘲してしまう。自分自身が駄目駄目な人間なのに、偉そうに人の人生を選択させている。しかしいいだろう。この場は道化でも何でもなってやろう。彼女の人生を、親でも、国でも、そして自分でも無く、彼女本人に決めさせる。それはかつて自分も歩んだ道なのだから。

 

「せ、静司は意外と無茶苦茶言うね……」

 

 だけど、とシャルロットが笑う。そして考えるように目を瞑る。きっと彼女の中では様々な葛藤が渦巻いていることだろう。そして数分後、答えを出すべく目を開く。

 

「ここまで言ってくれるとは思ってなかった。うん、やっぱり静司は優しいね。こんなに気にしてくれている」

「……気のせいだ。単にクラスメイトが減るのが寂しいだけだよ」

「ふふ、そうだね。僕も静司達と離れるのは寂しいな。だから少しだけ時間を頂戴? 僕も確かに自棄になってたかも。だからもう一度、良く考えてみるよ」

 

 やっと、自然な笑みを浮かべるシャルロットに静司も息をつく。結局はお互いに先延ばしにしただけだが、幸いまだ時間はある。だからこそ考えるべきなのだろう。それに自分が、川村静司が彼女の不幸な未来を望んでいない。

 

(ん……?)

 

 川村静司として(・・・・・・・)? ではblade9としては(・・・・・・・・・)どうだろうか。そもそも自分はblade9は任務でここに居る。川村静司という仮面を被って潜入している。では彼女の不幸を望まない川村静司とは、一体なんだ?

 

「静司? どうしたの?」

「あ、ああ。なんでもなっ……い」

 

 思わず考え込んだ静司を覗き込んでくるシャルロットと至近距離で眼が合う。今の彼女はいつもは隠していたコルセットを付けておらず、ジャージ越しにも胸の膨らみが伺える。加えて、シャワーを浴びていたので良い匂いがする。これはマズイ。

 

「と、とりあえずだ。時間はあるんだ。ゆっくり考えてみると良い」

「う、うん? わかったよ。ありがとう静司」

 

 屈託のない笑顔を浮かべるシャルロットを見て、思う。自分もこのままではいけない、と。そして提案した以上、何かしらの答えを出さなければならないと。

 

 

 

 

 

「大変申し訳ありませんでした」

「もう、いいから顔を上げなさいな」

 

 機材が整然と並ぶ研究室。そこの主は、自責の念に捕らわれている部下に笑って返した。

 

「言ったでしょう? 私は過程を楽しむって。貴女を責めるならその前に、態々手間を増やした私が責められる筈だわ」

「そんなことは!」

「はいはい。貴女は真面目ねえ。今回は気にしてないからいい加減、顔を上げなさい」

「はい……」

 

 言われ顔を上げたのは先日学園地下で静司と戦った女。今は植村加奈子の変装と解いたシェーリと呼ばれた女性だ。

 

「元々シャルロット・デュノアがあそこにいたのが予定外だったのよねえ。まあある意味収穫もあったけど」

 

 本来ならカメラに映らないシェーリは誰にも気づかれることなく地下に侵入し、無人機を奪い、そのまま人知れず姿を消す筈だった。しかしそこにシャルロットの行方不明。そしてそれがアリーナに現れた所を学園側に察知されたが為に、アリーナに学園の注意が集中してしまい予定を変更したのだ。

 

「植村加奈子の家は?」

「処理済みです。証拠は何一つ残っておりません」

「ま、そこは予定通りね」

 

 わざわざ学園の教師の一人に成り代わり侵入したのは、地下への潜入をよりスムーズにする為。そして全ての罪を植村加奈子に擦り付け、自分たちにたどり着けなくする為だ。その為に家の中、PCの仲まで完全に偽装した上で、念入りにシェーリは部屋を爆破したのだ。

 

「これで植村加奈子を追う者は手がかりを失ったわね。おそらく地下で戦ったのが、本物か、それとも成りすました工作員か怪しんでいるでしょうけど、探す手段が無い」

「はい。そもそも植村加奈子は交友関係も狭く、親類とも疎遠であった為、彼女が今までどんな人生を歩んできたかは、データでしか分かりません。無論、だからこそ選んだのですが」

「エリート故に孤高ねえ。悲しい事。その分あなたが居て私は幸せね、シェーリ?」

「もったいないお言葉」

 

 ふふ、と笑った女はモニターに目を向ける。そこには学園から奪った無人機のデータが映されている。

 

「さて、ではこの子の解析と再生を始めましょうか」

「無人機ですか……」

「そう、無人機。この存在は随分と妙だとは思わない? だってISは女にしか使えない。男には使えない。それが大前提。なのに機械には使えた」

「女と機械にはあって、男には無い物が関係していると?」

「少し違うわね。これはまだ推論だけど、おそらく誰でも動かせるのよねえ、これは」

「まさか」

「まだ可能性の話だわ。だけどおそらく正しいわねえ。そして動かせる理由は博士の一存で決まっている。無人機の存在がその可能性をあげてるわ」

「しかし……たとえばDNAや染色体。脳などのデータを読み取っているという説もありますが」

「確かにそれらのデータを機械に埋め込む、という考えもあるけどそれはもう試されてるわ。結果は失敗。どんなに女に近い何かを造っても、ISは反応しなかったのよねえ」

 

 女がコンソールを叩くとモニターに新たなウインドウが開く。そこには今述べた実験の詳細と結果が残されていた。

 

「脳。心臓。子宮。様々な部分だけでISの反応を確かめた様だけどどれも失敗。あ、脳に関しては少し反応したけど直ぐに駄目になったらしいわねえ」

「つまりあくまで人でなくては駄目と?」

「人の定義によるわねえ。それにあの無人機はその人ですらないのに動いている。だとすれば可能性は二つ。まだ見つかっていない『何かしらの特徴』さえあればISは動く。もしくは『博士の命令によって取捨選択を行っている』そして私は後者を推しているわ。何故なら、織斑一夏がISを動かしているからよ。篠ノ之博士と親交を持ち、おそらく白騎士でもある織斑千冬。そしてその弟がISを扱える。いくらなんでも出来過ぎでしょう?」

「つまり博士が、女性以外に彼だけを特別視するようにISに命令していると? しかしそうなると……」

「そう、一つ大きな問題があるわねえ」

 

 再び画面が変わる。そこに移るのは髪が長く、眼鏡をかけた男子生徒。川村静司。

 

「川村静司。この子がISを使える理由が分からないのよねえ。簡単に調べてみたけど篠ノ之束との交友は無い。博士が特別視する理由が見当たらない。なのにISを使える」

「やはり別の要因でしょうか?」

「そうねえ、とりあえずこの無人機のコアを解析してみましょうか。そこに答えがあるわ」

 

 コアはブラックボックス。それが本来の常識。しかしその女は事も無げに解析を宣言した。

 

「かしこまりました。では私は川村静司の事をもう少し調査してみます。それと一つ、お願いがあるのですが」

「ええ、わかってるわ。ブラッディ・ブラッディの事でしょう」

 

 再び画面が変わる。そこに映るのは地下での戦い。そして黒いISだ。

 

「このISも中々興味深いわねえ。それにシールドを使っていない。それ故のあのパワーかしら? 以前はあまり気にしなかったけど」

「次こそは完全に叩き潰します。なのでブラッディ・ブラッディを――」

「わかってるわ。修理ついでに強化してあげる。けど叩き潰さないで生け捕ってもらえると嬉しいわねえ。あの機体も気になるし」

「かしこまりました。必ずや、主の前にお持ちします」

「ふふふ、ありがとう」

 

 

 

 

 

「ふんふんふふん♪ ふふんのふーん♪」

 

 暗く、雑多な研究室。そこで篠ノ之束は鼻歌を歌いながらコンソールを叩いていた。彼女は上機嫌で、頭に付けた機械のウサギの耳もぴょんぴょんと跳ねている。

 

「ふふふーん。待っててね箒ちゃん。もうすぐできるからねー」

 

 画面にはISのデータが映っている。それは未だどの組織も開発が進んでいない第四世代ISのデータだった。

 データを打ちこみながら、ふと思う。妹の機体ならばサービスをしてやるのが良いだろう。一夏の白式と並び立つような機体。そうだ、紅白とも言うし紅がいい。束さんは最高の姉だね!

 更に上機嫌になりデータを追加する。その過程で一夏の白式に似せるのも良いだろう、と考え白式のデータを呼び出す。呼び出されたデータは学園での写真だ。

 

「ふーむ。ここは紅で、ここは白! ふふふ~ん?」

 

 いくつか写真を見比べていく中で、ふと端に映った異物が目に入る。

 

「あーそういえば忘れてたね。不思議な不思議な噛ませ犬君(・・・・・・)

 

 その写真。箒と一夏が映るその端に、髪が長く眼鏡をかけた男子生徒の姿がある。もう一人の男性操縦者、川村静司だ。

 

「んーなんで使えるんだろうね? 男はいっくんだけの筈なんだけどな~」

 

 当初、彼の存在には束も驚いた。そして直ぐに使えなくしてやろうと思った。

 しかし少し様子を見ていると気が変わった。というのも、この川村静司はパッとしない。専用機も無い。地味な生徒だった。そして彼が地味であればあるほど、一夏が目立つ。一夏の凄さが際立つのだ。同じ男性操縦者として二人はは対比され、そして一夏の凄さが目立つ結果となっている。

 この存在は都合が良かった。何せ当初の狙い通り一夏は注目され大人気! もう一人が駄目な分尚更なのだ。ならばせいぜい一夏の引き立て役にしてやろう。いざとなれば囮にすればいい。それに大事な妹の専用機開発で忙しい。そう決めると束は静司に対する興味を無くしていた。

 しかしその専用機ももうじき完成する。そうしたら調べて見るのもいいかもしれない。川村静司がISを使える訳を。いや、ISの使用を許可し、シェアリングした悪い子(・・・)を。

 

「あ・と・はっと」

 

 学園の写真を呼び出したついでに、もう一つの懸案事項を映す。それは自分の無人機を破壊した黒いIS。なんでも先日も学園に現れ戦闘を行ったらしい。残念ながらその時のデータは入手できなかったが、まあいい。コイツは壊さないと気が済まない。その為の準備も並行して進めている。

 

「ふふふ。束さんに敵う者なんてちーちゃん以外に居ないんだよ。ぶいっ!」

 

 一人研究室で無邪気な悪意が牙を研ぐのだった

 


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