◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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騎獣の涙

 先行していた十六夜達の背後から襲いかかってきたのは、二つの災害だった。まるで小さな天変地異が同時に襲いかかってきたかのような感覚。珱嗄と蛟劉はお互いを攻撃し合いながら十六夜達へと合流したのだ。そしてその攻撃は、一つ一つが化け物じみた災害を生み出す規模———十六夜達がそれらに抵抗する術を持っている筈が無かった。大津波が迫り、天地が逆転し、水の流れが次々と切り替わり、追い風と向かい風が同時に襲ってくる。まるで台風、大嵐の最中にいるかのような気分だった。

 覆海大聖、蛟魔王という魔王だけでも脅威的な相手であるのに、それを上回る最強の人外が同時に現れた。十六夜達はこれがゲームである事を忘れて必死に逃げた。

 

 飛鳥や耀はもちろん、『あの』十六夜ですらもが一番最初に思ってしまったのだ。

 

 

 ———勝てない

 

 

 圧倒的すぎる猛威。蛟劉だけであったなら十六夜も真っ先に対峙したのだろうが、その蛟劉と対峙してテンションの上がった珱嗄の覇気は凄まじかった。目の前に立っただけで腰が抜けて失神してしまいそうなほどに重く、鋭い。

 

「お嬢様ァ! 全力で逃げろ!」

「今やってる!」

 

 騎獣を鞭打ち、水上を全力で進む。そして、後方に迫り来る大津波が先行するチーム達を押上げ———珱嗄たちを含めた全チームが海襦の麓へとたどり着いた。残ったチームは、珱嗄、蛟劉、十六夜達、そしてクイーンハロウィンの寵愛者である仮面の騎士の四チームだけだ。折り返し地点に上ってきた故に、後は海樹の実を手に入れてゴールを誰よりも早く駆け抜けるだけ。だが、その後少しがひどく、遠い。

 

 四チームは睨み合う。内三チームが最も警戒を置いているのが、珱嗄だ。騎獣は常時全快状態、そして乗っている騎手が強すぎる。次の瞬間水中に叩き落とされていてもおかしくないのだ。

 

「わはは、蛟劉に十六夜ちゃん達、それに……フェイス・レスちゃんだっけ? が、相手か……退屈しないねぇ」

「ハッ、よく言うぜ、この中で一番強い癖に」

「おいおい、俺が一番強いなんて誰が言ったんだ? やってみなきゃ分からないだろう? 案外簡単かもしれないぜ、この俺を倒す事くらい」

 

 両手を広げて、ゆらりと笑う珱嗄。どの口が言うんだと思いたくなるような威圧感と隙の無さ。不用意に近づけば、こちらがやられると確信出来る。

 

「というわけで、精々頑張ると良い」

 

 だが、珱嗄はいつの間にかその手に海樹の実を手にしていた。本当にいつ取ったのか分からない。そして、驚愕に目を見開いたその瞬間には、珱嗄は既に動き出していた。十六夜達を置いて、ゴールへと駆け出したのだ。しかも、十六夜達へ土産とばかりにとてもムカつくドヤ顔を残して。

 

「……」

「……」

「……」

 

 十六夜、蛟劉、フェイス・レスの視線が交錯する。そして、一瞬でその視線がお互いの意思を汲み取った。三チームは一斉に海樹の実を回収すると、蛟劉の水流操作と飛鳥の恩恵の極大化による加速で三チームは珱嗄を追いかける。そしてその速度はすぐに珱嗄に追いついて見せた。

 

「うおっ、3対1なんて卑怯だぞ!」

「うるせぇ! 卑怯もクソもあるかァ!」

「さっきのは流石の僕もちょおっと腹立ったで」

「それはさておき優勝は渡しません」

 

 珱嗄の糾弾に対して、徒党を組んだ三チームがおのおのそう返す。彼らは珱嗄を倒す為に一時組んだのだ。優勝をする為には、どうしても珱嗄が邪魔だと判断した結果だ。

 

「おおおおおおっらぁ!!」

 

 十六夜が飛び上がり、珱嗄に拳を叩き付ける。その威力は、星を砕く一撃と評される程重い。威力だけでいえば珱嗄にダメージを与えれる程のものだ。まだまだ力任せでその力を扱う技術に欠けてはいるが、それでもその威力は箱庭の中でも高い。

 珱嗄はその一撃を手のひらで受け止め、受け流す。騎獣へとその重みがのしかかる———が、

 

『いま……さ、ら……! この程度の重み、屁でもねぇえええ!!!』

 

 彼は気合いでそれを受け止め、進む。歯を食いしばり、水を蹴る足に力を込める。ぶちぶちと筋肉の筋が切れていく音が身体の至る所から聞こえてきたが、切れた瞬間に反転によってそれは完治する。痛みは残るが、彼はそれを耐えて咆哮をあげる。

 

「!?」

 

 だが、十六夜達の目的はこの一撃ではない。この一撃は、珱嗄の進む速度を少しでも抑える為のもの。そしてその隙に珱嗄よりも前に出たフェイス・レスが自身の武器である剣を振るう。十六夜は拳をひいて高く振り上げた足を振り下ろした。

 

「———っ」

 

 珱嗄は十六夜の蹴りを腕で防御しながら、フェイス・レスの振るう高速の剣を屈む事で紙一重に躱した。

 

「———もろたで」

 

 だが、それすらもブラフ。本命は、蛟劉が握っていた。屈んだ珱嗄の目の前に、蛟劉は踏み込んでいた。辛く厳しい環境で、仙人としての過酷な修行を積んだ蛟劉の速度は、十六夜をも容易に上回る。そして、珱嗄が気がついた時にはもう遅い。蛟劉はその両の掌底を珱嗄の屈んだ事で空いた腹部へと叩きこんだ。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 そして、叩き込むだけでは終わらない。彼はそのまま両の掌底を打ち抜きながらも珱嗄の身体から離さない。その掌底は生み出した衝撃を全て、余すところなく珱嗄の身体の中へと浸透させる。それは珱嗄もよく使う、衝撃通しの技術に他ならなかった。

 

「ぐっ……ごふ……!」

 

 その衝撃に、珱嗄は肺から息を吐き出させられた。そして、その隙を見逃さず、体勢を整えた十六夜が珱嗄の背中を全力で、蹴った。

 

「落ちやがれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 その言葉と同時、珱嗄の身体が騎獣の上から大きく吹き飛ばされる。飛んだ先は、水上。

 

「————わはは、いいねぇ……面白いっ!」

 

 だが、吹き飛ぶ中で珱嗄はゆらりと笑った。十六夜達はその笑みにまだ何か来るかと身構えた、が、珱嗄はその予想に反してくるりと空中で体勢を整えると、水面を蹴って跳び、自身の騎獣の上に戻っただけだった。そして、そのまま両手をひらひらと掲げてニッと笑いながら言った。

 

「うん———降参しよう」

 

 降参宣言。十六夜達はその言葉にきょとんと滑稽な顔を浮かべる。

 もとより、珱嗄はこの競技に参加しようと思っていた訳ではない。白夜叉からの条件で出場していただけに過ぎないのだ。故に、優勝するつもりは毛頭なかった。まぁとはいっても、十六夜達が自分を楽しませてくれなければそのままぶっちぎっていたのだが。

 

 だが、珱嗄の期待通り十六夜達は曲がりなりにも珱嗄を多少追いつめた。まぁ珱嗄もあるていど十六夜達に合わせて力を制限してはいたが、それでもこの結果は十分に楽しめたと言える。だからこそ、珱嗄は降参する。あとは十六夜達が頑張れば良い。この収穫祭が始まってから珱嗄は言っている。祭は楽しむものだと、力のあるものがぶっちぎったところで意味は無いのだ。

 

「でもまぁ、最後にこれくらいはやらせてもらおうかな?」

「「「え?」」」

 

 そう言ったが否や、珱嗄はその足を振り上げ、水面を蹴り抜いた。そして、その蹴りは水を割り、上がった飛沫が波となって十六夜達を襲った。

 

「ほらほら、早く進まないと失格になるぜ?」

 

 その言葉に我に返った十六夜達は、一斉に駆け出す。覚えてやがれという視線で珱嗄を睨んだ後、彼らの背中はすぐに見えなくなった。

 

「……さて」

『ぜぇっ……ぜぇっ……!』

 

 残った珱嗄は、自分の乗っている騎獣に手をやり、二度三度と撫でる。

 

「よく頑張ったな。もう良い、休め」

『は、はは……! ちくしょう……もう少し、だったんだけどな………! すまねぇ……! 後は、頼んだ……』

 

 騎獣はもう限界だった。いくら反転で回復しても、痛みは残る。全身に残った激痛は彼の精神を痛めつけ、肉体を軋ませる。珱嗄には騎獣が具体的に何を言ったのか、分からなかったけれど……それでも気持ちは伝わった。悔しさ、不甲斐なさ、そしてゴール出来なかった後悔。珱嗄は思う、彼はこの先、もっともっと強くなるだろうと。そして、誰にも負けない最速のヒッポカンプとして、アンダーウッドに名を轟かせるのだ、と。

 

 


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