◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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苦労獣

 翌日、ヒッポカンプの騎手が開催される会場は、大勢のギャラリーで溢れていた。このヒッポカンプの騎手というゲームは、水上を駆ける事の出来る騎獣に騎者が乗り、アンダーウッドの激流を含む水上コースを走る。そして、川岸にサポート役を置く事も出来る。

 勝利条件は二つ、一つは高い標高の山の山頂に出来ている海から流れ落ちる運河を登り、山頂の海に聳え立つ海樹に生る果実を回収すること。もう一つは果実を回収した上でトップでゴールすること。この二つだ。ルールは至極簡単、だが簡単だからこそ難関だ。

 勝利条件は以上の二つだけ、そしてルールもそれだけ。つまり、反則行為が無いということだ。最低条件として殺人は失格、落水も失格、騎獣への攻撃は禁止となっているが、それ以外ならば『如何なる妨害もあり』ということに他ならない。

 

 まぁそれはさておき。十六夜達を含めて先程参加者達がスタートした訳だ。先日の件で険悪なムードになっているグリフィス達がノーネームを牽制したりしながら着々と進んでいる。また、クイーン・ハロウィンの寵愛者であり、巨龍騒動の時にウィル・オ・ウィスプからの協力で活躍した仮面の騎士……フェイス・レスがその剣の猛威を振るい、白夜叉の悪ふざけで水着着用を義務化された女性達の水着を切り裂いたりと、開始早々はっちゃけているようだった。

 

 そんな中、珱嗄と蛟劉はというと

 

「なぁ、僕ら参加者やん?」

「そうだよ」

「なんでスタートすらしてへんの? ていうかなんでこんなことしてんねん」

 

 何やら懸命にステージの様なものを作っていた。ギャラリーが囲んでいるメイン会場のど真ん中に作られているステージ、もうすぐ完成というレベルまで作りあげられている。珱嗄と蛟劉はサウザンドアイズから寄越された人員達と共に汗水流しているのだ。

 

「もう皆スタートしたで?」

「そうだなー……どうしよっかね?」

「まぁあの仮面の騎士さんが大量の参加者をなんやエロいやり方で失格にしとるけど……」

「ああ……白夜叉ちゃんが呼んだラプラスの精霊だっけ? 中継映像みたいなこと出来るんだな」

「まぁそれがメインの能力やないけど、情報収集的な能力を保有してんねんて」

 

 ほのぼのとした様子で作業をしながら会話する二人。また二人が白夜叉から借りた騎獣がずっとこちらを見ているのだが、その視線は『え? スタートしないの? どうすんの?』といった困惑したものだった。

 そして、珱嗄が最後の作業を終わらせる。ステージが完成した。

 

「うん、こんなもんか」

「というかこれホンマにやるん?」

「やるやる。そろそろあの子達も……あ、来た」

 

 珱嗄がきょろきょろと周囲を見渡すと、ステージの裏からおずおずと二人が出て来た。水着を基にフリフリのファンシーな衣装に作り変え、それを纏ったリリとペストだ。

 そう、つまり珱嗄が白夜叉に頼んだことはアイドル活動の一貫。ライブである。

 

「なんでいきなり……」

「わ、私……だだ、大丈夫でしょうか?」

「昨日死ぬほど練習したから大丈夫だよ」

 

 ペストは呆れたように溜め息を吐き、リリは緊張でプルプルと震えていた。といっても、ダンスの練習はなじみが時を止めた状態でおおよそ二週間ほどやったので、動きに問題はないのだが。精神と時の部屋みたいな修行法だった。

 

「まぁ音響云々は全部なじみに任せてるから頑張って」

「は、はい!」

「これが成功すればノーネームの名前は別の意味で大きく広がるから」

「本当に別の意味ね……」

 

 珱嗄の言葉にペストは頭を抱えた。他のメンバーは一生懸命魔王打倒で名を大きく広めようとしているというのに、この男はノーネームをどうしたいのだろうか。

 

「さて……それじゃあ俺らはスタートしますか……」

「お、やっとかいな」

 

 珱嗄と蛟劉は気だるげに肩を回し、コキッと首を鳴らしながら自分の騎獣へと歩み寄り、乗った。

 

「手加減はせぇへんで?」

「俺もだ、抜かりなく手を抜いてやるよ」

「何その言い回し」

 

 ギャラリーの視線が、蛟劉と珱嗄に向けられる。今からスタートするのかと若干馬鹿にした様な視線だ。既にスタートした参加者達とおおよそ10分程の差が付いている。騎獣の能力に差は殆ど無い故に、追い付くことはほぼ不可能だろう。それを覆すだけの―――ギフトが無い限りは。

 

「じゃあまぁ……」

 

 珱嗄がそう言いながら、そして蛟劉もにやりと好戦的な視線を送りながら、ぐっと力を込める。そして同時に言いながら、猛スピードでスタートを切った。

 

 

「「―――お先に」」

 

 

 水が大きく弾けた。水飛沫が数mの高さに昇り、そしてそれがパラパラと雨となった時……そこに珱嗄と蛟劉はいなかった。

 

 ギャラリーの視線がラプラスの精霊達の映し出す映像に向かう。そこには、蛟劉と珱嗄が猛スピードで水上を駆ける姿があった。差はほぼなく、お互いがお互いを牽制し合いながら進んでいる。

 覆海大聖たる蛟劉は、海を味方に付けた存在。故に、自分の周囲の水を操作し加速する。人外たる珱嗄は、水の抵抗や空気抵抗等を反転させて加速する。その速度は圧倒的で、見ただけで先行している参加者達にぐんぐん追い付いているのが分かった。

 

「さっさと落ちや!」

「やなこった!」

 

 隣を走る珱嗄に蛟劉が水流操作で攻撃する。だが、珱嗄はそれを反転させ、時に拳で叩き落す。また珱嗄も蛟劉の上下を反転させ水中へと落とそうとするも、水を味方に付けた蛟劉は即座に水流操作で体勢を立て直す。水が弾け、風が空気を切り裂き、視線が水を挟んで交差する。相手を落とそうとするそのモーションの一つ一つが、規格外。

 

「落ちねーな」

「負けるわけにはいかへんもんで」

「面白い」

 

 ゆらりと笑う珱嗄は、騎獣の背を掴み、跳び上がる。そしてそのまま騎獣をコースのずっと先へと投げた。悲鳴を上げてずっと先の水上へと着水し進む騎獣だが、珱嗄が背にいないことに困惑していた。だが、珱嗄は投げたその直後に空気を蹴り、脅威の速度で空中を駆けた。そして先を進んでいた自分の騎獣の背に着地する。

 蛟劉はそんな珱嗄の行動に引き攣った笑みを浮かべながら、自分と騎獣を一緒に水流操作による噴水に乗りながら珱嗄に追い付いた。そして着水と同時に珱嗄と蛟劉は騎獣の背から跳躍、空中で拳を振るった。

 

「わははっ!」

「このっ!」

 

 珱嗄の拳が蛟劉の肩を浅く叩いた。それだけでも大きなダメージになる重みがあったが、蛟劉はそれに耐えながら珱嗄の脇腹に蹴りを入れて見せた。珱嗄にとってあまりダメージにはならなかったが、それでも反撃してきたことに若干の驚きが隠せない。

 そして、お互いの騎獣を交換しながらまた前に進む。

 

「やるな」

「ホンマ勘弁してほしいなぁ」

 

 珱嗄の言葉に、蛟劉は肩を抑えながら苦笑する。だが、二人とも楽しげに笑みを浮かべていた。

 

 

 一部始終を見ていたギャラリーが湧く。歓声が大きく轟き、会場のボルテージはぐんぐん上昇していた。

 だが、珱嗄と蛟劉の乗っている騎獣は二匹とも視線を交わしながら同じことを思っていた。

 

『まじやばい! やばいってついていけないってこれ!! 天地逆転とか聞いたことないって!!』

『空気抵抗無さ過ぎて酔うんだけど気持ち悪いんだけど吐きそうなんだけど!? っていうかこの人めっちゃ重いんだけど!?』

 

 一番の苦労人は、この二匹だということは、誰も知り得ないことだった。

 

 


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