◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

82 / 107
男性にとって最悪な

 アンダーウッドの広場にて、二つの人影が対峙していた。

 

 片や長身の男性、その正体は幻獣ヒッポグリフであり、コミュニティ『二翼』の長であるグリフィス。その実力はこの階層であればそれ相応に高い。拳を握り、先程までは怒りに紅潮させていた顔を冷静に戻し、目の前の相手を叩きのめすことに集中している様だ。また、負けるわけがないという自信に充ち溢れた表情でもあった。

 

 対して、対峙してるのはグリフィスよりも頭二つは小さい少女。ノーネームの非戦闘員であり、年長組を纏める頼れるお姉ちゃん、リリだ。薄ピンクの水着を身に纏い、内股で身を縮めている。そのくりくりっとした丸い瞳からは若干涙が滲み、その華奢な身体はプルプルと震えている。申し訳程度に握り締めたおたまが、今の彼女の心の支えだ。

 

 

 ――――勝負になるわけがない。

 

 

 誰もがそう思う。正直、リリと同じノーネームの耀や飛鳥でさえ無茶な戦いだと思っていた。だが、リリの後ろに佇む、この状況を作り出した張本人……珱嗄は普段通りゆらゆら楽しそうに笑っている。

 

「おおおぅおぅ珱嗄さん……! わ、わた、私っ……!」

「大丈夫だ、リリちゃんは一瞬であのアホヅラをぶっ飛ばしてやればいいんだ」

「出来ませんよっ」

 

 珱嗄に向かって涙を隠さずにあわあわと身振り手振りで無理だと告げるリリ。だが、珱嗄はどこ吹く風でそれを受け流す。遂にはうわーん! と泣きながらぽかぽかとおたまで珱嗄の胸板を叩く始末。最早周囲の目線は、同情というよりは悲哀の視線だった。

 

「それでは……始めても良いか?」

「いいよ」

 

 ヒッポグリフの部下に問われ、珱嗄が答える。リリの背中を押してグリフィスの前に差し出すと、リリはビクッと身体を震わせて硬直する。グリフィスも流石に可哀想に思えたのか、少し溜め息を付いていた。

 

「それでは………始め!」

 

 

 

 

 

 ――――刹那だった。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 誰かが漏らしたそんな短い声。その一瞬後、轟音が轟く。その音は、グリフィスが立っていた場所の丁度背後にあった人混みから聞こえて来ていた。

 

 

 誰もが見逃した。何があったのかを。

 

 

 誰もが知りえない。何が起こったのかを。

 

 

 誰もが驚愕に目を見開いた。目の前の光景に。

 

 

 何故なら、目の前には人混みの中にぶっ飛ばされ、力なく倒れているグリフィスと――――拳を前に突き出して佇む、リリの姿があったから。

 誰がどう見ても、グリフィスが敗北し、リリが勝利した光景。

 

「何が………起こったんだ……!?」

 

 ヒッポグリフの部下が、勝負の結果を宣言するのも忘れて、そう呟いた。そして、全員の視線がリリに集められている中……珱嗄はゆらりと笑った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ここで、今何が起こったかを説明しよう。ちょっと速過ぎて何が起こったのかを読者も見逃してしまったことだろう。

 まず、部下のヒッポグリフが勝負を始めるべく宣言した訳だ。

 

「――――始め!」

 

 リリはこの時点で、ぎゅっと目を瞑ってグリフィスの攻撃に備えた。勿論防御の術があるわけじゃない。本能的に、意識的に、攻撃からくる衝撃に備えたのだ。

 

「………っ………?」

 

 だが、いつまで経っても衝撃どころか音すら聞こえない。おそるおそる目を開くと、そこには、

 

 

 静止した世界があった。

 

 

「え?」

「やぁやぁリリちゃん、どうよ?」

「! 珱嗄さん……こ、これは?」

「時間を止めるギフトだよ。なじみの力だ」

 

 リリがそれを聞いて、珱嗄の後ろの方に佇むなじみに視線を送る。すると、なじみはニコッと笑って手を振った。

 

「え、で、でも……なんで……」

「見てごらん」

 

 珱嗄が指差す先、そこには停止したまま動かないグリフィスの姿があった。リリは、それを見て動かないと知っていても小さな悲鳴を上げる。

 

「さ、やれ」

「え?」

 

 ここで、なじみの能力について少し説明しておこう。時間を止めるギフト、というのは前々話で話したようになじみとなじみが選択した対象のみを停止した空間で動かすことが出来る。だが、なじみが協力しない限り静止した対象に干渉する事は出来ない。

 

 だがここで、細かい部分に目を向けてみる。ここでいうなじみが停止した世界で動ける対象に選んだ存在が、例えば髪の毛を抜いて放り投げたとしよう。その場合、髪の毛が対象の身体から離れた時点で空中で静止することになる。

 あくまで、動けるのはその対象と止めた時点でその対象に触れているものだけということだ。

 

 つまり、対象が動けばそこにあった空気も動くが、対象が離れれば空気はそこで停止する。対象が何かを叩けば、静止したものにダメージは無いが、衝撃はそこに残る。例え時間を停止していたとしても、叩いた『事実』は消えない―――時間を解除した瞬間に、叩かれた物はそのダメージを受けるという訳だ。

 ならば、ここでいう珱嗄の「やれ」という言葉の真意は、今ならグリフィスを袋叩きにし放題ということだ。

 

「リリちゃん、とりあえずグリフィスのここら辺をおたまで叩き続けろ」

 

 珱嗄がリリを連れてグリフィスに歩み寄り、そう言って指差したのは………所謂股間の部分。

 

「え、でも……」

「大丈夫、静止したものに俺らは干渉出来ないから。ダメージは無いよ」

「わ、わかりました………え、えいっ! えいっ!」

 

 リリは珱嗄の言葉に取り敢えず納得し、珱嗄にも何か意図があるのだろうと考えながらおたまで股間を叩き続ける。

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――――何度も、叩き続ける。

 

 そして、叩き続けて約二時間、リリが荒い呼吸になって叩く間隔も長くなって来た頃だった。

 

「んー、そろそろ良いかな?」

 

 静止した時間で二時間、とはおかしな話だ……。まぁいいとして、リリは珱嗄のその言葉におたまを落として座り込んだ。疲れて汗だくになっている。水着だからか全身を汗が伝い、紅潮した肌と荒い呼吸、そして鎖骨や内股を伝う汗が幼いながらも妖艶さを醸し出していた。

 

「じゃちょっと休憩しようか」

「は、はひ……はぁ……っはぁ……す、すみません……」

 

 そしてそれから10分ほど休んで、タオルでリリの汗を拭い、リリの呼吸も整った頃。珱嗄はリリを最初の立ち位置に立たせる。

 

「で、こう……こんな感じで拳を前に突き出して……そうそう、その体勢のまま立っててね」

「は、はい」

 

 珱嗄はリリの拳を前に突き出させ、肩幅に足を開かせ、まるで拳を撃ち抜いた様な体勢で待機させる。そしてそのままなじみの隣まで戻った。

 

「じゃ、なじみお待たせ」

「うん、それじゃ解除するよー」

「ああ」

 

 ほいっ、という府抜けた声と同時になじみが時間を元に戻す。静止した時間が動きだした。

 すると、グリフィスの何度も何度もおたまで殴られた部分に溜まりに溜まった衝撃が―――爆発した。

 

 

 結果、グリフィスは股間に物凄い衝撃を喰らい、その衝撃に後方へ吹き飛んだ。

 

 

 時間を停止していた2時間と少し……止まっていた側からすれば一瞬の間に起こった出来事。リリは吹き飛ぶグリフィスを見て、顔を真っ青にする。とても不味いことをやってしまったと罪悪感が生まれ、俯く。

 だが俯いたことでリリの表情が隠れ、さらに周囲の畏怖の念を買ってしまうことに彼女は気が付いていない。ただただ、グリフィスをぶっとばしてしまったという思いが胸中に渦巻いていた。

 

「な? 本当に一瞬で負けただろう?」

 

 そんなリリを差し置いて、リリの後方に佇む珱嗄は宣言通りと胸を張ってそう言った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。