◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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喧嘩の仲裁

 しばらく歩いていくと、幸いにもまだ全面戦闘には至っていない耀達とヒッポグリフ達の対峙している光景が、珱嗄達の前に姿を現した。だが、これはまだなじみによる時間停止が行なわれている結果であり、なじみが一度時間の流れを再開させればすぐにでも耀が拳を握って殴りかかることだろう。

 だが、こうして全員が全員同じ様に止まっているのを見ると、なんだが異様な面白さがある。状況的には一触即発、誰しもが敵意を持って相手を睨みつけているシーンではあるのだが、動かなければ怖くもなんともないのだ。時間を制する者の特権である。

 

「うーん、こうしてみると色々悪戯出来そうだよなぁ……蛟劉、そこのフランクフルトの屋台からマスタード取って」

「なんや、りゅいりゅい☆言うんは止めたんか―――はいよ」

 

 珱嗄の言葉に蛟劉は色々突っ込みたくなったが、放置して素直にマスタードを投げ渡す。

 珱嗄は投げ渡されたマスタードをキャッチすると、耀の鼻の穴に大量にマスタードをぶちこんだ。そして、ついでとばかりに耀と対峙しているヒッポグリフの大きく開いた口に、マスタードを大量にぶち込む。結果的にマスタードが空になってしまったが、まぁ仕方のないことだろうと珱嗄は元の屋台へ戻した。

 

「さて」

「さてやないよ、なにしてんねん」

「喧嘩を仲裁するんだよ」

「仲裁やないよ、寧ろ裁きを下してるやん」

 

 そう言いながらも、蛟劉は蛟劉で楽しんでいるようだ。苦笑の表情の中に爛々と楽しげな雰囲気が紛れていた。

 と、そこになじみから言葉が掛かる。

 

「そろそろ解除してもいいかな?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 なじみの言葉に、珱嗄は蛟劉と共に邪魔にならない場所へと移動する。場所は、騒動を起こしている両陣営が見える位置だ。そして珱嗄がなじみに対して頷き、それを見たなじみがクスッと笑いながら再度指を鳴らす。すると、止まっていた時間が動きだす。

 今にも殴り掛かりそうだった耀も、それに対して反撃をしようとしていたヒッポグリフも、力強く前へ踏み込んで―――

 

 

 

「「ぶぎゅるああああ!?!!?」」

 

 

 

 マスタードの刺激に叫びながら倒れた。

 

 辺りが騒然とする。それもそうだ、いきなり騒動の中心の二人が顔を真っ黄色に染めて倒れたのだ、驚愕の表情を浮かべるのは仕方のないことだろう。一緒にいた飛鳥と部下のヒッポグリフがそれぞれの味方に駆けよっていく。

 

「だ、大丈夫!? 春日部さん!?」

「うぐぐぐぐぐぐっぐぅぅぅう!!!?」

「無事ですか!? グリフィス様!!」

「うぉぉぉぉぉうぅぅぅぐぐう!?」

 

 悶え苦しむ両陣営の二人。珱嗄はそれを見て、爆笑する。

 

「あっはっはっはっは!! 見た? 傑作……くくく……耀ちゃんなんか、鼻からマスタード噴き出したぜ………ぶふっ……っははははははっ!!」

「そんなに笑ったら……ぶふっ……あかんで……くくく」

「君も笑ってるじゃないk………っっ!」

「「お前もな」」

 

 そして、つられるように蛟劉もなじみも笑いを隠せずにいた。

 そんな風にただでさえ目立つ三人が大爆笑していたら、嫌でもこの状況の犯人が誰かなんて子供でも分かる。その場にいた全員の視線が珱嗄達に向けられ、またその被害を受けた当事者である耀とヒッポグリフのグリフィスが恨みがましい視線を向けて来た。

 

「何者だ! 貴様らッ!!」

 

 グリフィスと呼ばれたヒッポグリフの口元に飛び散ったマスタードを拭いながら、部下であろうヒッポグリフが怒声を浴びせてくる。耀は珱嗄の仕業と知って少しは落ち着いたようだが、その怒声には賛成の様で、未だに刺激によって滲む涙を隠せずに睨みつけて来ている。

 対して、珱嗄はその怒声に対してきょとんとしながら口を開いた。

 

「いやいや、いきなりなんだよ。俺達はここでちょっと笑ってただけじゃん。何もしてないよ」

「いやいやその良い分には無理があるでしょ」

「でもだよ飛鳥ちゃん、俺達がやった証拠がどこにある? 寧ろマスタードを所有しているそこのフランクフルトの屋台のねーちゃんの方が怪しいんじゃね?」

「え!?」

 

 飛鳥にじとっとした瞳を向けられたが、珱嗄の切り返しによって皆の疑いの視線がフランクフルトの屋台に立つ少女に向けられた。そして、その視線を受けた少女はいきなり矛先が向けられたことで身体を震わせる。

 そのままじーっと全員が少女を見ていたが、時間が経つに連れてぷるぷると震え始めた少女を見て、マスタードを気が付かれずに耀達にぶち込む事など出来そうにないと結論付ける。

 

 視線が珱嗄達に戻った。

 

「まぁあの子には無理だよねー」

「分かりきった結論をどうもありがとう」

 

 珱嗄がへらへら笑ってそう言うと、飛鳥はため息交じりにそう言った。やはりやったのは珱嗄達だろうと確信する飛鳥。そしてそれは耀もヒッポグリフ達も同じ様で、その怒りの矛先は珱嗄へと向かった。なじみと蛟劉がその矛先から逃れたのは、単に珱嗄が一番むかつく対応をしているからだろう。

 

「ゴメン……珱嗄さん、一回で良いから、本当に一回で良いから……殴らせて、くれない?」

 

 ぐしゅぐしゅとマスタードの刺激によって溢れ出る涙を拭いながら、それでもぷるぷると拳を震わせてそう言う耀。大人しく殴られてくれないとまともに直撃させることすら出来ない相手だ、やはりそう頼むしかないだろう。

 だが、耀達の予想とは相反して珱嗄の答えは、

 

「別に良いけど」

 

 そんなものだった。思わず「え?」と聞き返してしまう返答に、耀は呆然とする。

 

「やる? いいよー殴ってみなよ。対して痛くないし、全力で良いよ?」

 

 珱嗄がゆらりと立ちあがり、口端を吊り上げながらそう言う。何とも言えない威圧感が溢れ出ている。本当に殴っても良いのかと考えてしまう程だ。少し考えた結果、耀は

 

「………やめとく」

 

 素直に危険は冒さないことにした。

 

「あっさり引いたわね、春日部さん……」

「これは逃げじゃないよ、戦略的撤退……」

 

 自分に言い聞かせるように、耀はマスタードを拭いながら身を引いた。

 だが、ヒッポグリフ達はそうではなかったようで、怒り心頭、怒髪天を衝くとばかりに顔を真っ赤にしながら珱嗄に迫ってきた。元々は馬の身体に鷲の翼と頭を持つ幻獣であるが、現在は何かしらの術で人型に変身している様だ。故にヒッポグリフでありながらも今は持っている人間の拳を、珱嗄に向けてきていた。

 

「貴様ぁああああああ!!!」

「ん? ああ、なんだ……ただの鳥か」

「んなあああああ!!?」

 

 だが、その拳は珱嗄に届かない。珱嗄は片手でその拳を捉え、その力を利用してくるりと回す。ヒッポグリフの視界が一回転し、気が付けば地面と空が反転し、倒れていた。

 

「お前さんもマスタードが欲しいのか?」

「っ!?」

 

 上から見下ろしながらそう言う珱嗄、ヒッポグリフの部下はその聞けば拍子抜けな言葉の内容に反して、珱嗄の青黒い瞳から覗く威圧感が、二の句を出させない。

 結局、喧嘩をしていた両陣営共が珱嗄の悪戯によって止まったのだった。

 

 


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