◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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ペルセウス消失事件

「くっ……!?」

「わはは、ガンガン行こうぜ」

 

 現在、レティシアと珱嗄は力比べをしていた。その勝負方法はレティシアの用意したランスを投げ合い、取り損ねた方の負け、という物だった。無論ギフトだって使って良い。

 だが、珱嗄が他人の用意したランスで、他人の用意したルールに則り、他人の考案したゲームをする筈が無い。

 

 よって、その勝負は珱嗄の気まぐれにより却下。ではどのような勝負にするのかとレティシアが問うた所、珱嗄の選出した勝負方法は余りにもありきたりで、余りにも庶民的な、シンプルかつ簡単な物だった。

 

 所謂―――腕相撲。

 

 どこからか現れたテーブルに対峙する様に向かい合う珱嗄とレティシア。そして肩肘を着いて手をしっかりと握る。スタートの合図は珱嗄のフリーの手から放たれるコインが地面に落ちたら。

 そしてつい先ほどその勝負は開始された。

 

 レティシアはぷるぷると肩を震わせながら珱嗄の腕を倒そうと力を込めているが、珱嗄の腕は一切動く気配が無い。対して、珱嗄はレティシアの腕を倒そうとはせずにただ珱嗄の腕を倒そうとするレティシアの力を軽く受け止めている。その上余裕の笑みを浮かべていると来た。

 傍から見れば、金髪幼女が大の大人相手に微笑ましくも腕相撲をしているが、大人げなくも相手の大人は少女に勝ちを譲らず、ただひたすらに意地悪く笑っているばかり。最悪の絵面である。

 

「ふぅうう……!!!」

「頑張れ頑張れー」

「こ、この!」

 

 レティシアは顔を真っ赤にしながら更に力を込めて必死に珱嗄の手を押す。だが、ピクリとも動かない。吸血鬼のギフトを持っている故に、その筋力や胆力は人間よりは数倍はある筈だ。だがそれでも珱嗄の腕を倒すには至らないのだ。

 

「貴様……私を馬鹿にしているのか?」

「してないよ」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ」

「くっ……唯の人間が何故こんな力を……!」

 

 レティシアは珱嗄に言いくるめられながらも力一杯頑張る。珱嗄はそんな彼女を見てにやにやと嗜虐心4割、悪意6割の笑みをゆらゆらと浮かべる。本当に大人げない人外である。

 

「珱嗄さん!? レティシア様まで……一体コレはどういう状況でございますか!?」

「おーウサギちゃん。随分と遅かったね」

「部屋に戻ったら珱嗄様の御姿が無かったので探してたのでございます!」

「なるほど。まぁ今はちょっとした力比べしてるところだから少し待っててね」

「あ、はい」

 

 やってきた黒ウサギはレティシアに同情の視線を送りながら遠い目をし始めた。そんな黒ウサギを尻目にレティシアはまた頑張る。当然のことながら、珱嗄の腕は少しも動かない。

 

「くっ……はぁ…はぁ……も、もう―――」

 

 レティシアはそんな珱嗄の力に対し、自分では適わないと考えて降参を宣言しようと口を開く。

 だが、珱嗄はそんなレティシアに対し、ゆらりと口元を吊り上げて先手を切った。

 

 

「あれ? 諦めちゃうの? うわー、格好悪いなぁ。それでも元魔王かよ(笑)」

 

 

 何かが切れた音がした。そして何かが一気に刺激され、レティシアの中で燃え上がった。珱嗄へその赤い瞳を向け、ギリッと歯を食いしばった。

 珱嗄はそんなレティシアに、見下ろす様に視線を送りながら笑う。狙い通り、思い通りとばかりに。

 

「面白い……此処までコケにされて引き下がるわけにはいかないな……!」

 

 切れたのはレティシアの逆鱗。刺激されたのはレティシアのプライド。元魔王とはいえ、現在は他の誰かの所有物。彼女自身もそれを自覚し、受け入れていたし、それが自身の力不足による結果だとも思っていた。

 だが、それでも彼女は元魔王にして純血の吸血鬼。箱庭の騎士とまで言われた誇り高き吸血鬼なのだ。勿論のことプライドや誇りといった物を持っているし、自身がそれを磨いてきたのだ。ここまで馬鹿にされては所有物だとしても、力不足だとしても、見逃せない。

 

 それが例え、珱嗄の思い通りだとしても。

 

「はあああああ!!!!」

「頑張れ頑張れ」

「このおおおお!!!!」

「わははははっ」

「ふむうううう!!!!」

「……レティシア様……」

 

 身体の力を全て出し切って、珱嗄の腕に当たる。

 

 だがそれでも、珱嗄の腕は動かない。

 

「まぁこんなもんか」

 

 珱嗄はそんな彼女の姿を見て、心底楽しそうに笑った後、一手間といったばかりにひょいっと彼女の細く小さな腕を倒したのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「………」

「悪かったよ」

「………」

 

 勝負が終わった後、なにやら先程の自分の醜態に恥ずかしくなった挙句、そんな醜態を晒す原因になった珱嗄に対して睨みを効かせていた。つまりは拗ねているのだ。

 

「子供ってすぐに拗ねるよね」

「さぁてそれじゃあ本題に入ろうか」

(チョロいな)

 

 珱嗄の言葉にレティシアはすぐに手の平を返した。余程子供と見られたくなかったと見える。

 そして、そこからは珱嗄の出番は無い。元より妙な話し合いは黒ウサギや問題児達の領分だ。珱嗄が関わったらどうなるか分かった物では無い。

 

「え、ギフトゲームが中止!?」

「ああ……」

 

 黒ウサギが話しあいの途中で悲鳴を上げた。なんでも、コミュニティ、ペルセウスの開催するギフトゲームにレティシア自身が景品になっていたらしい。元々の仲間という事で今度参加してこの機会に彼女を取り戻そうと考えていたらしいが、そのギフトゲームが中止になったようだ。

 

「そんな……折角のチャンスでしたのに……」

「何、その幼女がそんなに欲しいのか?」

「はい。彼女は元々私達の仲間でしたから……」

 

 黒ウサギがその耳をしゅんとさせながら肩を落とし、小さくそう言った。レティシアもそんな状況に陥った自分に悲観的になり、落ち込んでいるようだ。

 

「ふーん……じゃああれか。そのペルセウスとかいうコミュニティを潰せばいい訳だ」

「それはそうだが……そう簡単に行く物ではない」

「まぁまぁ。さてウサギちゃん。聞くけど、この星空ってのはコミュニティの旗印が掲げられてるんだよね?」

「え? ああ、そうですね」

 

 それを聞いた珱嗄は空に向かって指差した。その指の先にある星座は、ペルセウス。それを確認した黒ウサギは冷や汗を流しながら珱嗄に聞いた。

 

「あの、珱嗄さん? 貴方は一体これから何をしようとなさってますか?」

「んー、まぁちょっくらあの星座を吹き飛ばしてやろうと思って」

「このお馬鹿様! なんて鬼畜外道な事をなさろうとしていらっしゃいますか!」

 

 珱嗄は黒ウサギの糾弾にそんなの関係あるかと笑ってその指をペルセウスに再度向けながら、ギフトを発動させた。

 

 

「ばきゅん」

 

 

 その日、黒い空を飾る星空から、一つの星座が消滅した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……まさかだよ」

「……まさか本当にやるとは思わなかったわよ」

「本当じゃな……」

 

 その後、珱嗄達はレティシアを連れてサウザンドアイズの支店にやって来ていた。そこには白夜叉とペルセウスのリーダーであるルイオスがいた。

 そして、黒ウサギと十六夜、飛鳥と珱嗄、レティシアの五名は拠点に耀達を残して白夜叉とルイオスと顔を合わせ、先程の事を話しあっていた。

 

「やったったぜ」

「やったったぜじゃないんだよこの野郎! 僕のコミュニティの旗を消滅させるってどんだけだよ!?」

「やっちったぜ」

「黙れ!」

 

 勿論、そんな暴挙に出た珱嗄に怒りをぶつけているのはペルセウスリーダーのルイオスだ。ペルセウスの旗を満天の星空から消失させる。誰もそんな事が出来る奴がいるなんて誰が思っただろうか? 手を伸ばせば届きそうで届かない星空は、誰も犯す事の出来ない聖なる領域。

 だが珱嗄は手を伸ばし、指先を届かせた。聖域の中で輝く星に、その凶刃を届かせた。その結果、ペルセウスという星は消失した。それも、ただの吸血鬼を黒ウサギが欲しがったから、という気まぐれで。

 

「どうすんだよ……どうしてくれんだよ!」

 

 怒りの形相で珱嗄の胸ぐらを掴み、食って掛かるルイオス。流石の白夜叉もこの事態は予想外。レティシアを盗み出してノーネームに仕向けた物の、こうなるとは思わなかったのだ。

 これは単に、珱嗄の実力を測り間違えた白夜叉と珱嗄の気まぐれさを甘く見ていた黒ウサギと安易にノーネームにやって来てしまったレティシアという要素が絡み合い、起こってしまった事態だ。

 

「今回の件は、幼女をこっちに送り付けた白夜叉ちゃんと、俺にレティシアが欲しいと進言した黒ウサギが悪い。だから、俺は悪くない」

「ふざけんなよこのガキィ!」

「いかん! ルイオス!」

 

 ルイオスは珱嗄の言葉に怒り、その手に丸い刃の武器を顕現させ、それを珱嗄に向かって振り下ろしてきた。無論、珱嗄はそんな攻撃でやられるほど甘い存在じゃない。珱嗄はクイッと何かを引く。するとルイオスの身体がピタリと止まり、その手の刃は珱嗄の顔の直前で止まった。

 

「なっ……!」

「わはは、そんなに怒ったらだめだぜ坊っちゃん。旗が消滅した位でごちゃごちゃうるせーよ」

「テメェ……!」

「なんならその首に付けてる元魔王のギフトでも使うか? まぁそれでもいいけど、そしたらウチの十六夜メイドが黙ってないぜ」

「メイドじゃねーよ」

 

 珱嗄の言葉に十六夜が睨みつけながらそう言う。ルイオスはそれでも珱嗄を睨んで食って掛かろうとする。それでも珱嗄はゆらりと笑うばかり。

 

「まぁなんだ。人のモンに手を出すとこうなるんだよ。特に、俺の物にはね?」

「ぐ……くっ……!」

 

 珱嗄の言葉にルイオスは泣きそうになりながらガクッと沈黙した。

 

「さて、それじゃあここで提案だ。正式に俺とお前らでギフトゲームをしよう。お前らが勝ったら消失した旗印は元通りに戻してやるよ。でも俺が勝ったらそこの金髪幼女は俺の物だ」

「!? 戻せるのか!?」

「戻せるさ。それくらい、呼吸をするより簡単だぜ。さぁ、やるか?」

 

 珱嗄の甘い言葉。まだ取り返しがつくという希望が、ルイオスの心を首の皮一枚で繋ぐ。そしてルイオスは珱嗄の不気味な笑みを見て、息を呑み、その首を縦に振ったのだった。

 

 


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