◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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牛魔王

 収穫祭再開が幾ら早かったとはいえ、その賑やかさは魔王襲撃以前とは打って変わって閑散としたものだった。魔王による襲撃を受けて、非戦闘コミュニティや商業コミュニティなどの弱小コミュニティはすぐさま逃げた。本拠地のある場所へと非難し、その場の収拾が付くまで身を潜めていた。

 故に、実際本格的に収穫祭が始まった……つまり様々なギフトゲームやイベントが始まったのは珱嗄達が巨龍を倒してからおおよそ半月後である。それまでの半月は、本格的に再開される日まで資材に影響がない程度での前夜祭の様な日々だった。

 

 そして、その半月で様々なことがお偉いさん方の方で決定された。まず巨龍を倒した功績として『龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)』連盟が南側の『階層支配者(フロアマスター)』に着任。多くのコミュニティに歓迎された。また、それにあたって巨龍討伐に大きく貢献した『ウィル・オ・ウィスプ』と『ノーネーム』の功績も、『龍角を持つ鷲獅子』による気遣いと敬意によって社会的に認められる様になった。

 具体的には、収穫祭再開に当たって再度配布された招待状に二つのコミュニティの功績をちゃんと表記したのだ。それを多くのコミュニティが読めば、ノーネームの功績は大きく広がって認知されることだろう。

 

 でだ、現在その収穫祭で開催されているギフトゲーム、狩猟祭。巨龍と共に襲撃してきた巨人、ひいては多くの幻獣の中にいた、殺人種の幻獣達を狩猟しその数を競うゲームに、耀と飛鳥は参加していた。といっても、それは問題では無い。耀と飛鳥が参加している中に―――安心院なじみも参加しているということだ。

 珱嗄との会話の中で選択した二つのスキルの内、一つを惜しみなく使って、最早一秒ごとに二、三体の殺人種を狩猟しているのだ。いざ狩猟しようと殺人種に対峙した瞬間、その殺人種が死んでいるというこの状況、どうすればいいんだと思うくらいに理不尽だった。

 

「ふー、ちょっとはしゃぎすぎちゃった。珱嗄見てるかな?」

「あ、あの……」

「ん? 君は確か……春日部耀とかいうぼっちだね?」

「えー……それ何処情報?」

「巨龍を消し飛ばした人」

「おうかさんかー」

 

 なじみに話し掛けて来たのは、春日部耀。彼女もなじみの狩猟無双の中でなんとか殺人種を数多く狩猟している上位者だ。だが、なじみとの差はかなり大きい。故に、少し話をしに来たのだ。一応顔合わせは半月の間で住んでいるので、知り合いではあるものの、基本なじみは珱嗄と行動を共にしていたので、話をしたのはこれが初めてだ。

 

「で、何の用かな?」

「うん……さっきから……えーと…」

「ああ、僕の名前は安心院なじみ。親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

「う、うん。私は春日部耀。よろしくお願いします」

 

 顔見知りではあるが、一応自己紹介をした。なじみの貫録と大人な雰囲気と圧倒的実力から、耀は自然と下手に出た。なんというか、敬語を使わなければならない相手と自然と思ったようだ。

 

「それで……さっきから安心院さんの動きが全く見えないんですけど……というか、瞬間移動みたいで……」

「ああ……まぁ君達でいう所のギフトを僕も保有しているからね。それを使っているんだよ」

「どういうものか、教えて貰っても良いですか……?」

「ふむ……まぁ良いけれど……ただで教えるのは面白くないよね。だからゲームをしよう、箱庭の世界はそういう場所なんだろう?」

 

 耀の質問に、なじみはそう返す。欲しいモノは、物であろうが、質問の答えであろうが、ゲームをして奪い取れと。その為に、強くなろうとしているのだろうと。

 

「ゲーム……?」

「そう、この狩猟祭はどっちにせよ僕のぶっちぎりだし。その後で」

「……うん、分かった」

「それじゃ、今はこのゲームを楽しもうか」

 

 そう言うと、なじみはふっと姿を消した。まさしく瞬間移動、移動による空気の揺らぎも、余波も無いことから、多分瞬間移動で合っているだろうと耀は当たりを付ける。

 だが、彼女の力はそんなチャチなものではない。もっと何か恐ろしいものの片鱗であることに、耀はまだ気が付いていない。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 さて、そんな狩猟祭が行なわれている最中。珱嗄は別の所にいた。勿論なじみの狩猟祭での活躍を応援している訳ではない。なじみが勝つと分かっているゲームを応援しても意味が無いからだ。

 ではどこにいるのかと言われれば、珱嗄は白夜叉と黒ウサギと女性店員と共にとある場所へと連れられて来ていた。

 

「おい白夜叉ちゃん。お前何勝手にイメチェンしてんだよアイドルの癖にプロデューサーの許可なく大幅イメチェンしてんじゃねぇよ」

「いだだだだだだ!!? すまんすまん! でもこうしないと対処し難い相手じゃったし! てかちょっと不味いってこれ、結構本気で外そうとしてるのに外れない!?」

 

 白夜叉にアイアンクローを極めて不満気にそう言う珱嗄だが、その理由は白夜叉の姿が大きく変化していることにある。これまで珱嗄が見て来た彼女の姿は、幼い少女の姿だったのにも関わらず、彼女の姿は今成人女性まで成長しており、絢爛豪華な紫色の着物と長く伸びた銀色の髪が妖艶に靡いている。

 成長を通り越して別人な印象しかない。

 

「ホント止めてくださいよそういうのー……最近サンドラちゃんも魔王襲撃の後始末でもうアイドル活動出来ない状況なんですよー? 解散の危機ですよこれはもう。デビューする前に解散とかマジどういうことっすかー?」

「いや、それはホント、悪いとは思ってるんじゃが……上に立つ者としてはやっぱり優先しなければならない仕事があっての……」

「はいはい、分かりましたよ。解散だ解散。やってられっかこの野郎」

 

 珱嗄は白夜叉の頭から手を放し、ふてくされたようにそう言った。どうやら、アイドルグループは解散崖っぷちの様だ。

 とはいえ、彼らがいるのはそんな話をする為ではない。

 

 ここは箱庭四桁―――六二四三外門。『平天大聖』の旗印の靡く上層階。その本拠地である大楼閣だ。四桁と言えば、白夜叉がまだ少女の姿だった頃に座していた階層。つまり、実力者揃いの紛れも無く強者の領域。無論、三桁以上になればその領域はガラッと一転し、四桁で上位の実力者であろうが全く太刀打ちできない化け物しかいなくなるのだが。

 そして、この大楼閣に住まうのは、牛魔王と呼ばれた『平天大聖』の力を持つ上層の実力者である。かの有名な孫悟空とは義兄弟であり、その身一つで強大な魔王を六人も纏め上げた功績を持つ存在。

 

 七天妖王という、西遊記にも記された七人の絶大な力を持った魔王の一人。しかも、内牛魔王を含む四人の魔王は未だに箱庭に存命しているのだ。伝説に劣らぬ実力を持ちながら。

 

 『平天大聖』である牛魔王

 

 『斉天大聖』である美猴王・孫悟空

 

 『覆海大聖』である蛟魔王

 

 『混天大聖』である鵬魔王

 

 以上四名だ。まぁ孫悟空や牛魔王以外の面々はその伝説も名前もあまり知る人はいないかもしれないが、西遊記の史実に確実に名前を残した伝説の妖怪たちだ。

 

 ではそんな実力者である牛魔王に会いに来たのはなぜか? それは白夜叉が此度の魔王襲撃の際に仏門に神格を返上し、元の力を取り戻したことによる。白夜の精である彼女は、太陽の運行に関わる絶大な霊格を持つ、太陽神に並び称される最高位の精霊なのだ。

 そんな彼女が『階層支配者』として外門に干渉出来たのは、その力を仏門に下ることで抑えていたから。その力を解放した今、彼女は自身の意思でその地位から退くつもりなのだ。

 

 故に、その後釜―――後継者が必要となった。そしてその白羽の矢が立ったのが牛魔王という訳だ。

 

 珱嗄がそこに連れられて来たのは、黒ウサギの守護の為。詳しくは省くが、牛魔王は大層な仏門嫌い。白夜叉は仏門に神格を返上し、現在仏門に何のかかわりも持たない。だが、黒ウサギは違う。彼女は紛れも無く仏門に属する帝釈天の眷族、月の兎だ。牛魔王に攻撃されない理由は無いのだ。

 ちなみに、帝釈天とは仏門の守護神である。まぁ仏教の中でも幹部的なそこそこ凄い人とでも思ってくれればそれで良い。

 

「行くならさっさと行こう。なんだっけ此処? 焼き肉屋だっけ? 俺牛肉結構好きなんだよねー」

「牛魔王食べるってか? 食べるってか!?」

「馬鹿、食べる訳無いだろう」

「おんしならやりかねん……」

「クソ不味そうだし」

「待て、美味そうなら食べるのか?」

「当然だろうが! 美味いものなら食うだろうが!」

「おんし何言ってるか分かっておるのか!?」

 

 大丈夫なのだろうか? と黒ウサギと女性店員は化け物染みた二人のやり取りを眺めながら溜め息を吐く。

 だが、まぁこんな二人だからこそ大丈夫だろう。なんやかんやで、黒ウサギは信じているのだ。いや、信じさせられているのだ。珱嗄がいれば、どうとでもなるのだ、と。

 

 四人は騒がしくも、大楼閣の扉を開いた。

 

 


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