◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
「安心院なじみ?」
「そうだ」
巨龍を倒し、アンダーウッドの危機を見事救った珱嗄達ノーネームは現在、『龍角を持つ鷲獅子』の用意した客室にて集合していた。無論、レティシアはその後意識を失ったのでまだ寝室に寝かせているのだが。
そういうわけで、彼女以外の面々が眼の前にしているのは、珱嗄が連れて来た存在。下手すれば、全力を振り絞って倒した巨龍よりも圧倒的、最強と思っていた珱嗄よりも強大な気配を持った少女、安心院なじみだ。平等な人外である彼女を前にノーネームの面々が取った反応は、ただただ絶句するのみだった。
戦闘員であろうとなかろうと、安心院なじみという人外の凄まじさは十分に伝わっている。何故なら、彼女が何もかも平等に見ているからだ。その視線は十六夜であろうと、ジンであろうと、リリであろうと、黒ウサギであろうと、ペストであろうと、なにもかも平等。すべからく同じ価値で見ていた。だからこそ、敵わないと思えた。
何もかもを平等に見る、という芸当が出来るのは、何もかもを圧倒出来る力を持っているからに他ならないからだ。
「よろしくね。あ、ちなみに僕珱嗄の妻だからよろしく。手ぇ出したらぶっ殺すよ」
「まぁ事実婚だけどな」
「妻は妻だ。どういう形式であれ、結婚してようがしてなかろうが愛し合っていれば関係ないよ。かのアダムとイヴだって、ぶっちゃけ結婚式も挙げてないし、入籍だってしてない。ほらね?」
「わはは、随分と妙な理屈を持ってきたもんだ。アダムとイヴがいたのかどうかもお前でもなければ知らないだろう」
珱嗄となじみが、きゃっきゃうふふと話している光景は、十六夜達にとってどうしようもない災害と災害が楽しく歓談しているようにしか見えなかった。此処まで仲が良いと、二人同時に相手した場合を考えざるを得ない。死、以外の結末が見えなかった。
「あー……珱嗄、水を指すようで悪いんだが」
「ん?」
「そいつはなんだ?」
「安心院なじみ、俺の恋人で奥さん。6兆年を生きたクソババアで、2京のギフトを持つ人外。昔の俺ならまだしも、今の俺じゃあ8割負ける。ぶっちゃけ神話の時代よりもずーっと昔から生きてるよ。世界最初の生き物って言っても良いな」
「……それなんて存在?」
神話よりも前、神よりも前に生まれた原初の生物。そして、無敵の珱嗄を唯一超える存在。とはいえ、誰よりも平等であり、全知全能ながら自分自身で弱点になり得る生き方をしているので、絶対に勝てない相手かと問われればそうではない。
「珱嗄、後で話がある」
「クソババアって言ったの怒ってる?」
「分かってるみたいで良かったよ」
「じゃ許してくれ」
「そいつは出来ない相談だ」
「ケチ」
「馬鹿」
「アホ」
「間抜け」
「毛虫」
「シマウマ」
「マントヒヒ」
「膝小僧」
「兎」
「ギンヤンマ」
「マイク」
「久遠飛鳥は」
「カス」
「ちょっと待ちなさい、喧嘩からしりとりになって最終的に私の悪口になってるわよ?」
飛鳥が突っ込むと、珱嗄となじみはこそこそと話し合いを始めた。飛鳥に隠れる様に、聞こえないようにぼそぼそと話す。そして、話がついたのか妙に改まって飛鳥に向き直る。飛鳥は少しだけ身構えたが、珱嗄達は気にせずにマイペースで進める。
こほん、と咳払いをすると、
「えー今のツッコミを採点した結果」
「23点」
「という結果が打倒だと判断されました」
「点数が妙にリアルだから止めてくれないかしら!?」
黒ウサギはその光景にこう思った。
―――最大級に面倒臭い問題児がまた増えた。泣きたい。
珱嗄とのコンビネーションがこれ以上なく上手くいっている上に、実力も一級品、そしてなにより珱嗄の恋人というノーネームの中でも濃い個性を持っている人物だ。しかも、珱嗄に似て好き勝手やることに躊躇が無い様だ。
溜め息を吐く黒ウサギの背後から、部屋の扉を開く音が聞こえた。全員の視線がそちらへ向く。
「ああ、此処に全員居たのか。先程レティシア殿が目覚められたぞ」
「サラ様、どうもありがとうございます! 皆様! レティシア様がお目覚めになったようでございます! 早速見に行きましょう!」
黒ウサギの言葉に、全員が気の抜けた返事を返した。
◇ ◇ ◇
「皆、心配を掛けた……ありがとう」
ノーネームの面々と対面して、レティシアが最初に言ったのはそれだった。ごめんなさいとは言わず、ありがとうと言った。ノーネームの問題児達や、黒ウサギ達の気持ちをちゃんと理解しているからこその台詞。十全員が、気にするなとばかりに口端を吊り上げた。
「空気を壊してしまうようで申し訳ありませんが、ノーネームの皆様……少しよろしいでしょうか?」
そこへやって来たのは、サウザンドアイズの女性店員。白夜叉の所にいたあの女性店員だ。いつもの割烹着では無く、綺麗な着物を着ている。
「今回の成果に対する―――報酬の件についてのお話があります」
その言葉に、ジンと十六夜、そして黒ウサギが反応する。十六夜が珱嗄に目線を送ると、珱嗄は苦笑して手をしっしっと振った。
それを見て、ジンと十六夜、黒ウサギは女性店員と共に部屋を出ていった。真面目な話なので、ちゃんと話し合うべきだと場所を移動したのだ。
「ふむ……まぁ任せておけばいいだろう。でだ、調子はどうだいレティシアちゃん」
「ああ、支障無い。なんなら今からでもレッスンを受けても良いくらいだよ。マスター」
「そうかい、ならいいんだ」
アイドルたるもの、健康状態には気を掛けなければならない。そういうものだ。安心院なじみがちょっとむっとしたが、そこまで嫉妬に狂った女ではない。それに、珱嗄と話しているのは見た目は年端もいかない少女、気に掛けるべきでもない。
「ところで……マスター、そちらの方は誰だ?」
「ああ……俺の恋人だ」
「……なるほど。マスターの恋人ならこれほどの威圧感を持っていてしかるべきか……」
「お前本当俺の行動に驚かなくなったな」
「ああ、今の私ならマスターが箱庭をぶっ壊したと聞いても驚かずに居られる自信がある」
「育て方間違えたかな?」
「慣れだよ」
「慣れかー……」
レティシアは遠くを見て、珱嗄は苦笑する。恋人であるなじみまでとは行かないが、この二人もなんだかんだで相性がいいようだ。