◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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珱嗄の負傷

「……珱嗄、やっぱり君は最強だよ……あんなデカブツ身体能力だけで捻子伏せるなんて、僕も出来やしないぜ……!」

 

 安心院なじみがそう言って見た先、そこには巨大な龍の頭があった。但し、青黒い着物をはためかせ、腕力のみで龍を地面に縫いつけている男の姿もあった。その光景は、なじみにとっては初の光景だったが、他の者からすれば、二度目。幻獣の最強種である純血の龍を、こうも簡単に捻子伏せてしまう存在など、だれが予想しただろうか?

 

「全く持って、非現実的だ。僕が言うのもなんだけど」

 

 安心院なじみは、隣から飛び出し消えた温もりを確かめる様に、隣の芝生を撫でた。そして、久方ぶりに楽しそうに笑う。思えば、退屈ばかりの日々だった。珱嗄さえいればそれでいいと思っていたが、やはりそれでも退屈なことは退屈なのだった。

 この世界は、面白いか? かつて十六夜が黒ウサギに訪ねた問いだが―――それは果たして、安心院なじみも実体験で答えを得たのだった。

 

「応援してるよ、珱嗄。僕達は頑張る奴を応援してきたんだから」

 

 安心院なじみは、楽しそうな珱嗄を久々に見ることが出来て、なんともいえない幸福感を得ることが出来たのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 対して、珱嗄は龍との二度目の対面にゆらりと笑みを浮かべていた。吊り上がる口端は、見る者全てにゾッと感じさせる威圧感を持っており、目の前でその威圧を向けられている龍は、一度目とは違って声すら上げられなかった。まるで喉に大きな石でも詰まったかのような圧迫感、ともすれば吐いてしまいそうな程の気持ち悪さが龍の身体を襲っていた。

 

「やっぱりデカイな……美味かったら―――食事に困らなそうだ」

 

 ぺろっと舌を出してそう言う珱嗄の眼は、本気(マジ)だった。

 

 一応言うと、吸血鬼の歴史の中で、巨龍は『吸血鬼の世界を背負う龍』とされている。これは吸血鬼達が誇張して比喩・暗喩した宇宙論だが、とどのつまり巨龍が背負っていたのは吸血鬼達がいるこの吸血鬼の古城(じんこうえいせい)という訳だ。よって、巨龍の背中から吸血鬼達は系統樹が乱れない様に監視をしていたということになる。

 

 そこで、第四の勝利条件である『玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命指導者の心臓を撃て』を読み解く。まぁ簡単なことだが、『革命指導者』の『革命』を英語表記にすると『revolution』になり、これには『革命』の他に『公転』という意味も含まれている。

 

 まとめると、人工衛星から監視活動をしていた吸血鬼達をまとめて背負っていた巨龍は、様々な惑星や星座を中心に公転していた指導者ということになるのだ。つまり、第四の勝利条件は『革命』を『公転』書き換えて、『公転の指導者である巨龍の心臓を撃て』ということになるのだ。

 つまり何が言いたいかというと、珱嗄がこの巨龍を殺して食べたとすると、勝利条件達成となってしまうのだ。というか、この巨龍はレティシアの分身でもあるのだから、食べるなと言いたい。

 

「――――ん? 待てよ……?」

 

 そこまで来て、珱嗄は気が付いた。第四の勝利条件の謎が、解けてしまった。今目の前で自分に怯えて大人しくしている巨龍の心臓を打ち抜けば、このゲームがクリア出来ると。なんで解けたのか、ぶっちゃけると珱嗄は第三の勝利条件自体は既に解いていたのだ。解けたのは実際に『黄金の竪琴』を返しに古城へ行った時、古城の構造を見たからだ。

 

 忘れられてはいないだろうが、良く考えてみて欲しい。

 

 

 珱嗄は三兆年もの年月を、『何処で』過ごしていたのか?

 

 

 

 

 

 ―――――宇宙だ

 

 

 

 

 

 如何に星と星が遠かろうと、珱嗄はスキルで瞬間移動出来たし、暇潰しで宇宙の端から端まで網羅する事など、全知全能だった珱嗄にとっては容易だった。

 星座は友達、惑星は仲間、宇宙は家の庭みたいな感覚だったのだ。珱嗄やなじみ以上に、宇宙に詳しい存在はいない。故に、契約書類(ギアスロール)を見た瞬間、珱嗄は第三の勝利条件を読み解いていたのだ。

第四の勝利条件は宇宙の知識というより、英語の知識だった上に、読み解こうともしてなかったので今まで分からなかったのだが、ちょっと考えてみたら普通に解けた。

 

「宇宙で暮らして良かったな、三兆年も宇宙で暮らすとか退屈だったけど……役に立つもんだね」

 

 珱嗄はそう呟いて、苦笑する。だが、敢えて珱嗄はその勝利条件を達成せずにおいておく。こんなことで十六夜達の邪魔をするのも気が引けたのだ。

 

「――――ん?」

 

 次の瞬間、というか……一瞬だった。珱嗄は龍を抑えていて、さらに感慨に浸っていたことから、結構油断していた。それが『彼女』の攻撃を珱嗄に『届かせた』。

 

 

「さっきぶりだね、お兄さん」

 

 

 黒髪を靡かせて、珱嗄の背中から腹を『貫いた』無骨なナイフを握った少女―――リンと呼ばれたあの少女が、少女らしい声でそう言った。

 

「……あれ? お嬢ちゃん、今どうやって近づいた?」

 

 珱嗄は彼女が近づいてくる気配を一切感じられなかった。その場に一瞬で現れて、何の気配も無く珱嗄の背中にナイフを突き立てたのだ。今の珱嗄には物理攻撃を無抵抗で防ぐような便利な力はない。故に、彼女のナイフは珱嗄の肉体を普通に穿ったのだ。

 リンは珱嗄の身体からナイフを引き抜き、付いた血を払う様にナイフを振った。地面に珱嗄の血がピピッと落ちる。それと同時、珱嗄の背中と腹から、勢いよく血が流れ出た。

 

「…………」

「あれ? なんか思ってた反応と違う」

「――――『空間操作』」

「え?」

「『時間操作』『距離操作』『気配遮断』『感覚操作』……等々考えてみたけれど、うん……『空間操作』が一番しっくりくるな」

 

 珱嗄は口から零れ出た血を気にせずに、口端を更に吊り上げた。久々だったのだ、自分自身に傷を付けることが出来た相手は。だからこそ、面白い。

 

「良いな、お嬢ちゃん……面白い。久々に戦闘意欲が湧いてきたぞ」

「!?」

「感謝を込めて、この傷は残しておいてやろう。ハンデとしては、些か不十分かもしれないけどな」

 

 珱嗄の言葉が紡がれる度に、リンはその肌を突き刺す様な迫力を感じていた。片手で抑えている巨龍等足元にも及ばないほどの圧倒的強者の威圧感。

 

 

 

「―――俺に傷を負わせた相手はそういない。だから誇って良いぜ?」

 

 

 

 珱嗄はそう言って、少女―――リンを敵として認識した。

 

 

 

 

 

 


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