◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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飛鳥の修行、最終段階

 その日の午後、珱嗄と飛鳥が修行を開始した早朝から半日が経った。アンダーウッドの巨大な水樹が生み出した水で出来た、浅くも広い水路に飛鳥は倒れていた。最早指先一本も動かせないようだった。だが、それでも十字剣を手放していない所を見ると、昨晩と違って心は折れていないらしい。

 そして、そんな状態の飛鳥なわけだが、倒れていられているということは、珱嗄の出した条件を達成したということに他ならない。つまり、今の飛鳥は―――

 

「50回連続、達成……!」

 

 ごろん、と仰向けになる様に身体を転がし、彼女は晴々とした笑みを浮かべて拳を天に掲げた。彼女は達成したのだ、習得したのだ、身に付けたのだ、足を踏み入れたのだ、そこに立ったのだ。自身の限界の向こう側―――『化け物の領域』に。

 

 

 

「ようこそ―――化け物(俺達)の世界へ」

 

 

 

 珱嗄はそんな彼女に、両手を広げてそう言った。ゆらりと口端を吊り上げて、自分の家に友人が来たのを歓迎する様に、心の底から彼女を祝福する。彼女はようやく、彼らと同じ舞台に立ったのだ。まだまだその舞台の脇役でしかないが、まだまだ入り口に立っただけでしかないが、確かに彼女は強くなれた。

 

「あまり嬉しくは無い世界だけど……ありがとう、珱嗄さん」

「何言ってんだ、まだ修行は終わってないぞ」

「え」

 

 珱嗄の言葉に、寝転がったままの飛鳥は表情をぴしっと固めた。

 そう、この修行はまだ終わっていない。飛鳥はその領域を体感する第一段階を経て、その領域をものにする第二段階を終えただけに過ぎない。まだ、最後の第三段階が残っているのだ。最後の仕上げと言っても良い。

 

「まぁ最後はただの実践だ。最初に言っただろ? 最終的には十六夜ちゃんと5分は戦えるようになって貰うって」

「………実際にやれと?」

「やれ、寧ろ十六夜ちゃんを叩き潰してしまえ」

「……分かったわよ」

 

 飛鳥はいつもみたいに逃げなかった。というより、逃げても無駄だと悟っているようだ。寧ろ、十六夜と戦うことはそんなに辛くないな、と思う位に第一、第二段階の修行が辛かったから、逃げる程でも無いと思ったのかもしれない。

 

「ということで、十六夜ちゃんにはスタンバイして貰ってました」

「おう」

「…………いつから?」

「修行を開始した頃から」

「早朝じゃない! ってことは半日近くもずっと待機させてたの!?」

 

 十六夜は少しやつれたような表情で登場した。一応待機はしていたらしいが、修行風景は秘密ということで見ていないとのこと。だが、ようやくの出番ということで、やる気は十分みたいだ。拳をぱしっと合わせて、ヤハハと笑う。

 修行を終えて、戦う者として成長した今の飛鳥なら分かる。立ち上がり、剣を握り締めて見据えた。ド素人だった頃には分からなかったし、感じ取ることすら出来なかった、十六夜の強者としての威圧感と雰囲気を。

 

 

 これが、これが逆廻十六夜か――――!

 

 

 そして、十六夜もまた、目の前に立っている久遠飛鳥がまるで、別人のように見えていた。今から約24時間程前に『弱いから足手まといだ』と吐き捨てた猫が、百獣の王―――獅子となって目の前に現れた気分だった。佇まいにブレは無く、隙だらけに見えて下手に攻撃出来ない危険な匂い。

 間違いない。今目の前に立っている久遠飛鳥は、一日という時間を跨ぐ前の弱かった久遠飛鳥とは違ってしまっている。圧倒的な強者の領域の入り口に立っていた。

 

「随分とイイ感じにレベルアップしたみてーじゃねぇか、お嬢様―――いや、久遠飛鳥」

「あら、それはどうも。今なら貴方だって華麗に返り討ちにしてあげてよ? 逆廻十六夜」

 

 一触即発。珱嗄の指示など必要ないとばかりに、十六夜と飛鳥は距離を取った。そんな二人を交互に見て、珱嗄はゆらりと笑いながらその場を離れる。最早戦いを始める合図など必要ない、もう戦いは始まっているのだから。

 飛鳥は構えない、ただ十字剣を下に向けて弄んでいる様にも見える位、自然体で立っていた。対して十六夜は、両の拳を握って若干腰を落とした。所謂ファイティングポーズだが、十六夜としてはこれが最も動きだしやすい体勢だった。

 

 発する雰囲気は、両者とも強者のソレ。いつ動きだしてもおかしくはない張り詰めた緊張感が、二人の間を交差していた。視線は相手の一挙手一投足を見据え、隙を探り合う。

 

(全く……珱嗄の奴何をしたんだ? あのお嬢様が―――こうも化けるとはな……)

 

 十六夜は頭の中でそう考え、苦笑した。隙だらけな佇まいなのに、全く隙が見当たらない。どこをどう打ってもあの十字剣で両断されるイメージしか湧かなかった。頬を一筋、冷や汗が流れおちた。

 

 対して飛鳥は、とてもリラックスしていた。視界がクリアに広がっており、十六夜は勿論その周囲の空間の一つ一つですらはっきりと把握出来る位だ。空気の流れが、身体に絡みついて、するりと抜けていく。水の音や、そこから発せられた冷気が肌を刺激した。

 珱嗄との第二段階で、飛鳥が習得した『無意識の領域』。それを自分のものにした飛鳥は、意図的にその領域に入ることが出来る。集中力を極限まで高め、無駄な思考を切り捨てる。頭にあるのは、近づいてきた敵を、この刃で切り裂くことのみ。

 

 

 飛鳥の青い瞳が、すっと光った気がした。

 

 

「――――うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 それが合図だった。十六夜は飛鳥に向かって一直線に飛び出した。どんな修行をしたのか、予想は付かない。まして珱嗄が行ったことなのだから、人外の思考など分かる筈もない。

 

 

 ならば

 

 

 余計な小細工は無駄だ。まっすぐいつも通り、近づいて―――殴るだけ。如何なギフトも、この拳で打ち砕こう。星を砕く一撃は、自分を支える最強の拳だ。

 

「いくぜお嬢様ァ!!」

 

 十六夜の拳が、飛鳥の顔面に向かって放たれた。第三宇宙速度で接近したのだ、地を蹴って肉薄するまでは一瞬。そして、その拳も空気の壁を食い破って迫ってきた。

 

 

 これまでの敵も、この拳一つで粉砕した。

 

 

 だが、珱嗄以外では初めてだった。この拳が、届かないかもしれないと思える相手は。

 

 

 

 

「―――遅い」

 

 

 

 

 刹那、鈴の鳴る様な声が、短くそう紡がれた。銀の刃が、十字の剣が、水の表面に光を反射させ、煌めいた。そして、十六夜の脅威的な動体視力を超えて―――その刃を消した。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 気が付けば、十六夜の拳は空を切っていた。先程まで飛鳥がいた場所に、十六夜は拳を振り抜いた状態で立っており、その後ろに飛鳥はいた。

 十六夜と背中合わせにその深紅のドレスを揺らして、その背後に位置する十六夜の首に、十字剣を添えていた。

 

 一瞬の事過ぎて、十六夜は何が起きたのかを起こった後に理解した。

 飛鳥は十六夜の拳を必要最低限の動き、紙一重で躱し、背後へ抜けた。そして、背後に抜ける最中に十字剣を逆手に持ち直し、十六夜の首にその冷たい刃を突き付けたのだ。その気になれば、十六夜の喉を背後から貫く事も出来ただろう。

 

 

 華麗に、流麗に、美麗に、無駄なく放たれる『返し技(カウンター)

 

 

 初見であれば、ほぼ確実に後の先を取る技術。そして、それを察知させない殺気を隠す強かさは、明らかに常人の域を大きく逸脱していた。

 

「―――私の勝ちね、十六夜君」

「……ヤハハッ、やるじゃねーかお嬢様」

 

 飛鳥の勝ち。それを認めない訳にはいかなかった。プライドの高い俺様主義な十六夜も、素直に敗北を認めてしまう程に完全な敗北だった。首筋から刃が離れ、戦いは終わった。

 

「これなら文句ないでしょう?」

「ああ、頼れるお嬢様になったじゃねーか。ディーンもいる事だし……お嬢様には巨人掃討の最前線を任せても良いか?」

「勿論よ、なんならあのバカでかい『トカゲ』だって切り刻んでやるわ」

 

 二人はそう言って、にっと笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それはそうと、もう一回やろうぜお嬢様。今度は俺が勝つ」

「返り討ちよ、掛かって来なさい」

 

 その後、飛鳥と十六夜は勝ったり負けたりの勝負を、飛鳥が疲れて倒れるまでやり続けたのだった。

 

 


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