◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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飛鳥の修行、第二段階

 さて、翌日の昼。といっても、昨日の昼前からずっと修行尽くしだったから、実質睡眠時間は皆無といっていい。飛鳥を気絶させてからまだ一時間程度しか経っていないのだから。

 

 目覚めた、というか珱嗄に叩き起こされた飛鳥は、昨日と同様に珱嗄といた。十字剣は既に装備済み、アップも済んでおり、いつでも身体は動かせる状態だ。疲労は反転によって消されている。

 と、そこで珱嗄はまず、事前に手に取っておいた小石を飛鳥に投げ付けてみた。速度的には、十六夜がペルセウスの一件でやったのをならって、第三宇宙速度程度。ピシッと弾かれた小石は、飛鳥の下へ正確に飛んで行き、

 

 十字剣によって弾かれた。

 

「何するのよ」

「いや、昨日の経験を試しただけさ。忘れていないようでなにより」

 

 どうやら、死に掛けた―――否、死んで尚その先にあった限界を乗り越えた成果は、十分出ているようだ。飛鳥は確実に強くなっている。その証拠に、まず反応出来ないであろう速度に対応してみせたし、たかが小石であろうと飛鳥の十字剣程度、粉砕出来る威力を持っていたものを完璧に受け流し、弾いて見せた。

 今の飛鳥ならば、『受け流す』ことにおいて右に出る者はそういないだろう。まぁ珱嗄が飛鳥に求めているのは、その先の『返し技(カウンター)』なので、此処で満足してもらっては困るが。

 

「当たり前よ。私だって、あんな目に合って成果無しじゃ困るわ」

「ま、今日は昨日以上に頑張ってもらうけど」

「ちょっとトイレ」

「待て」

「離して! 漏れちゃうわ!!!」

「漏らしたら漏らしたで反転してやるから大丈夫」

「そのギフトの便利さが憎い!!」

 

 飛鳥は昨日以上の辛さが待っていると知って普通に逃げようとした。やはりあの修行は一種のトラウマになったようだ。

 踵を返して去ろうとした飛鳥の頭を、珱嗄はがしっと掴んで逃がさない。ちなみに此処にペストはいない。昨日は夜だったからいたのだが、やはり攻略会議は行なわれるので、珱嗄に情報を伝える役目は必要だろう。

 

「さて、それじゃあまずは今日何をやるのかを説明しようか」

「むぅ……お願いします」

「うむ。まず、昨日の事だけど……飛鳥ちゃんは昨日自分がどんな領域に足を踏み入れたか、正しく認識しているか?」

「……なんとなく。無意識に近い状態だったから、はっきりと覚えてはいないけど……」

 

 飛鳥はなんとなく、覚えている限りで語った。

 序盤では全く目視出来なかった珱嗄の動きが、終盤……完全に捉えられた。そして、最後の一撃の時、なんだか珱嗄の攻撃がスローモーションになったような感覚になって、その攻撃に対して身体が勝手に動いたのだ、と。

 

 実際、飛鳥はその通りに戦って見せた。最後の最後で、12時間もの長い時間の中で、珱嗄が飛鳥に放った攻撃の回数は、43万3189回。擦れ違い様に一撃、振り返り様に一撃、倒れ様に一撃、全ての動作の節々で攻撃を入れ続けた。

 結果、飛鳥はどんな体勢でも、攻撃された経験がある。おそらく、攻撃された事のない体勢は一度もないだろう。だからこそ、どんな体勢であっても反撃出来る様に身体が覚えてしまっている。

 

 例えば、死角からの攻撃だけとっても数千回行なわれている訳だが、故にこそ彼女は死角からの攻撃にどう対応すればいいのかを、昨日の修行の中で掴んでいる。それと同じことを、全ての体勢で掴んでいるのだ。

 まぁ手っ取り早く言うのなら、彼女は今、あの地獄を乗り越えて―――全方向、どのような姿勢であっても迅速に反撃出来るのだ。それはまさしく、縦横無尽、変幻自在に戦う珱嗄と同じ戦い方(スタイル)である。彼女は、これを『返し技(カウンター)』限定で習得したのだ。

 勿論、『返し技』限定な故に自分から攻撃する術は持ち得ていないのだが。

 

「だが、飛鳥ちゃんはまだそこまでしか来ていない」

「どういうこと?」

「『出来た』と『出来る様になった』は違うってことさ」

 

 そう、飛鳥はまだ『その領域に立ったことがある』というだけで、『その領域に立ち続けている』わけではない。あの一撃を、何時でも繰り出せなければ意味は無いのだ。

 

「だから、飛鳥ちゃんには今日中にあの一撃をぽんぽん出せるようになって貰う」

「………どうやって?」

「だからほら、昨日と同じことをずっとやる。出来るまでやる。出来なかったらずっとそのままだ。終わらせない。終わらせる条件は、あの最後の一撃を連続で50回打ち出すこと」

「無理」

「じゃ、始めよう」

「いやあああああああああああああ!!!!」

 

 珱嗄は問答無用で、攻撃を始めた。逃げ道は無い、飛鳥は十字剣を構え、悲鳴を上げながらそれに立ち向かっていく。最早、ヤケクソ気味な気分だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 一方その頃、春日部耀はというと、吸血鬼の古城の中で『六本傷』の頭領、ガロロ・ガンタックらと共に、事態の解決に務めていた。

 彼女はこのゲームが中断された際、多くの仲間達と一緒に吸血鬼の古城に攫われてしまったのだ。故に、どうすればいいのかを話し合い、最終的にゲームクリアを目指すことにしていた。

 

 このゲームが審議決議(ジャッジマスター権限)によって中断されている今ならば、敵と戦うことはない。故に、今ならば敵の本拠地を安全に散策出来るのだ。そこで、この吸血鬼の古城を散策し、ゲームの謎を解くことにしたのだ。ゲームクリアを目指さなくても、ゲーム再開時になんらかのアドバンテージが得られるかもしれない。

 状況確認として、ここにいるのは春日部耀、六本傷のガロロ・ガンタックや子供達、そして手助けでやってきたジャック・オー・ランタン、そしてアーシャ・イグニファトゥスだ。謎解きをするのであれば、十分切れる人材が揃っているだろう。

 

「……まず、私が知りたいのは……十六夜のヘッドホンが何処に行ったのかです……」

「いやいや、ゲームクリアの為の情報だろ?」

「そうでした……」

 

 さて、忘れられているかも分からないが、最初に巨人族が襲撃を仕掛けて来た時、珱嗄にやられた巨人の死体が耀の部屋を破壊し、ピンポイントで十六夜のヘッドホンを破壊した。何故耀がヘッドホンを持っていたかと言えば、三毛猫が盗んで入れたからである。巨人の死体が部屋を破壊した時、彼女はヘッドホンの存在に気が付いた。

 最初はそれを見て青褪めたのだが、悲惨だったのはその後。巨人の拳が第二波として突っ込んで来て、ヘッドホンを壊した。最早絶望しかない事態。耀は泣きたくなった。しかも、修理すれば直るかもしれないと探したにも拘らず、珱嗄が持っていってしまったから見つからなかったのだ。結果、耀は誰にも見られない壊れた部屋の中で、静かに泣いた。

 

「いやね、ヘッドホンが壊れちゃったわけですよ……しかもそのまま失くなったんです……どうすればいいんでしょうか……」

 

 虚ろな眼で虚空を見ながらうふふ、と笑う耀は、どう見ても手遅れだ。アーシャもジャックもそんな耀に対して困った様に頭を掻いた。

 

「なぁジャックさん、どうすればいいかな?」

「ヤホホ……どうしようもないでしょう。どうやらあの少年のヘッドホンを紛失してしまったことによる罪悪感でこうなっているようですが……そうなると当人同士の問題ですからね」

「そっか……」

「私達は私達で今出来ることに、最善を尽くしましょう」

「うん」

 

 ジャックとアーシャはそう言って、耀をとりあえず放っておく。どうしようもないのだ。

 

 そんな二人には、ゲームクリアの為に、最善を尽くすしか出来ることは無かった。

 

 


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