◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

59 / 107
飛鳥の修行、第一段階

 それから数時間。珱嗄と飛鳥はただひたすらスパーリングを繰り広げていた。飛鳥が珱嗄と戦う際に使わせて貰えたのは、十字剣のみ。疲労すれば反転で全快にさせられ、怪我をすれば反転で治され、一撃死したら反転で蘇生させられ、休憩無しにひたすら戦い続けさせられている。

 現状、飛鳥は死に物狂いで珱嗄の攻撃を受け続けている。幾ら治して貰えても、幾ら蘇生して貰えても、その時の痛みや恐怖、死の感覚は精神に叩き込まれ、蓄積させられる。ガリガリと削られる心に、飛鳥の心は折れる寸前だった。

 

 止まない攻撃の嵐、その中心で十字剣をひたすら振るう。顔はぐしゃぐしゃに歪み、涙は止まらず溢れ、喉が枯れる程に叫び声を上げていた。

 逃げ出したい。もう嫌だ。この地獄から逃げ出せるのなら何をしたって構わない。誰か助けて。そんな思いが頭を飛び交い、それでも自分が望んで受けているという事実が逃がしてくれない。

 

「あああああああああああ!!!!」

 

 珱嗄の速度は、飛鳥にも見える。それほどまでに遅く、手加減をされているのだ。攻撃は全て拳や蹴りによるもの。故に、近づかれればカウンターのチャンスの筈なのだ。しかし、飛鳥の剣は珱嗄によって弾かれ、逆にカウンターを喰らう。それで怪我を負えば反転で治るが、残った痛みが身体を硬直させ、次の瞬間には次の攻撃がその細くか弱い身体に叩き込まれている。

 痛く、苦しい。

 

 

 だが、飛鳥は気が付いていない。

 

 

 手加減しているとはいえ、『十六夜の全力と同等の速度で』動く珱嗄に対して、『カウンターを合わせられている』事実に。

 

 

 珱嗄の反転によって飛鳥の運動神経は圧倒的に向上していた。それこそ、超一流のプレイヤーと同等と言えるほどに。更に、珱嗄の反転により飛鳥は『格闘術の才能』を手に入れている。それこそ、鍛えれば一流に達せる才能を。

 謂わば、飛鳥はこの時点で『全く使われて来なかった運動神経と格闘術の才能』を手に入れたことになる。10代女子の身体に生まれたばかりのそれが宿ったということだ。

 RPG風に分かりやすく言えば、現在の飛鳥の経験値を持ったレベル1の初期プレイヤーになるのだ。そしてそれは、そのレベルの低さから鍛えれば直ぐに自分の身体に見合ったレベルに成長させることが出来るということになる。

 そこに珱嗄の地獄のような修行が加われば――――

 

 

 

 ――――たった数時間でも飛鳥の近接格闘スキルは一気にレベルアップする。

 

 

 

 まぁ反転した結果ということは、飛鳥の運動神経や格闘術の才能がそれほどまでにカスで皆無であったということになるのだが。

 

 珱嗄は笑う。ぐんぐんと成長していく飛鳥は、十六夜の速度に付いてこれている。後は気が付けばいい。自分がこの速度に付いていけており、それに対応出来る反応速度を身に付けていることを。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 かくして、それは訪れた。

 叫び声を上げられていた頃は、まだ良かった方だと思う。飛鳥は心底それを思い知っていた。以前受けた稽古など、足元にも及ばないほど辛く、鬼畜な修行。修行を始めて既に12時間程が経っている。飛鳥は全身に走る痛みの残響と、死の感覚にかなり参っていた。

 

「くっ……ぁ……!」

 

 意識が薄れ、叫び声さえも上げられなくなった飛鳥は、それでも攻撃を止めない珱嗄の姿を視界に捉え、剣を振るう。身体自体は反転による回復で万全に動く。疲労もない、傷もない、ただ精神だけが折れていた。

 既に飛鳥は限界だった。もはや無意識で剣を振るっていた。だがしかし、それが決め手だった。

 

 

 無意識という人間でいう最速の演算領域での反応が

 

 

 意識的に戦っていた状態で反応出来ていた十六夜の全速力を

 

 

 ―――僅かに追い抜いた

 

 

「!」

 

 珱嗄の拳を飛鳥は無意識に躱した。そして、迫る珱嗄の胴体にその十字剣を振るう。

 それは、紛れもなくカウンター技。十六夜の全速力と同等で動いていた珱嗄の攻撃をいなし、己の攻撃だけを叩き込もうとする飛鳥の反応速度は、瞬間的に十六夜の速度を追い抜いたのだ。

 珱嗄はそれを見て少し驚いたものの、少し速度を上げて躱した。しかし、十字剣の先端が珱嗄の服を掠った。

 

 そこで、飛鳥の眼が見開かれる。

 

(―――掠った? 気のせいじゃない、少しだけど……当たった!)

 

 少しだけ、希望が湧いた。そして冷静になった頭は『十六夜の全速力』に自分が追いつけていることに気が付いた。眼で追えて、身体で反応する事が出来ているということは、今までに飛鳥が出来なかったことだ。

 自分は確実に今、強くなっている。砕かれた自信が立ちあがる。掲げたプライドが燃え上がる。そして、折れた心は闘志を胸に立ち直った。

 

(なら――――私なら出来る!)

 

 今度はしっかりと珱嗄の攻撃を見る。そして、近づいてきた珱嗄に即座に対峙し、迫りくる拳を最小限の動作で躱す。そして、カウンターで飛鳥の十字剣が珱嗄の胴体を狙った。だが、珱嗄はそれを跳んで躱し、今度は飛び蹴りに繋げてくる。今まではカウンターを避けられれば二撃目でやられていたが、

 

 

(今度は違う!!)

 

 

 飛鳥はその飛び蹴りを、十字剣の薙ぎの勢いを利用し、体勢を低くしながら身体を回転させ、躱す。

 

 

「―――っあああああああああああ!!!!」

 

 

 そして、一回転した飛鳥は十字剣を宙に浮いた珱嗄の身体に向かって、切り上げた。

 その刃は珱嗄の首に迫り―――

 

 

 ―――珱嗄の人差し指と親指に挟まれて止まった。

 

 

「わはは、合格だ」

 

 

 飛鳥は首筋に衝撃を感じて、意識を闇に落とした。そして、気を失う寸前に、珱嗄のそんな言葉が聞こえて来た。その意味を理解し、無意識か意識的か、笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。