◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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龍の純血種

 それはずっと昔の話。それこそ、神話上の神々が時に争い、時に酒を酌み交わし、時に恋をし、時に悲しみ、時に死にゆき、幾星霜の時を己の逸話と神の力を持って生き抜いていた、神々しい神話の時代。

 強靭な牙と、鋭い爪、そして三つの頭を持ち、その巨大な身体を人々の前に現し、恐怖と絶望を振りまいた魔獣がいた。現代では冥界の番犬とも呼ばれる地獄の門番。

 

 

 その名を、ケルベロスといった

 

 

 その災厄とも呼べる最強の魔獣に対して、一人の少年が対峙した。目的は、冥界へと旅立ってしまった、己の想い人を連れ戻す為。彼の名前は、オルフェウス。華麗な歌声を持ち、太陽神アポロから黄金の竪琴を授かった美しい青年である。

 彼を見たケルベロスは、門番として彼を噛み殺そうとする。だが、オルフェウスはその竪琴を鳴らし、その自慢の歌声でケルベロスを魅了した。故に、彼は誰も罷り通れなかった地獄の門を潜って見せたのだ。

 そして、その先で待っていた冥界の神―――ハデスと出会う。

 

 私の想い人を蘇らせたい。オルフェウスはそう言った。だが、無情にもハデスの答えは否だった。死んだ者は蘇らせられない。それが掟だからだ。

 

 だが、オルフェウスの黄金の竪琴での演奏を献上することで、彼は想い人を蘇らせられるチャンスを獲得した。ハデスは言う。冥界から陽の光が当たる場所まで出るまで、決して後ろを振り向いてはいけない。振り向けば、想い人は戻って来ないだろう、と。

 彼は嬉々としてそれを受け入れ、冥界から出るまでの間満面の笑みで歩いた。勿論、後ろは振り向かなかった。だが、彼は疑ってしまった。最後の最後、陽の光が当たる場所まで目前にして、後ろを歩いている筈の想い人が、返事を返してくれないことで、疑ってしまった。そしてその疑惑は彼の顔を後ろへと誘う。

 

 

 そうして、彼は想い人を取り返すことが出来なかった。悲しみにくれた彼は、彼が見向きもしなかった彼を慕うバッコスの信女達の怒りによって八つ裂きにされ、死んだ。

 そしてそれを哀れに思ったアポロンの神々によって、オルフェウスは黄金の竪琴と共に空に輝く星座になった。

 

「まぁなんの関係も無いんだけどね!」

 

 現在、珱嗄の手の中にある黄金の竪琴だが、別にこれはオルフェウスの持っていたケルベロスを無力化した逸話を持つ伝説の楽器では無い。

 これはケルト神話に出てくるトゥアハ・デ・ダナンの神格武器だ。トゥアハ・デ・ダナンとは、ダーナ神族の事で、オルフェウスとは違う全く別の黄金の竪琴を持っていたと言われているのは、そのダーナ神族の一人、オェングス。彼もまた、オルフェウスと同様想い人の為に人としての人生を捨てた少年だ。ちなみに、彼は本当の父、ダグザではなく、養父のミディールに育てられたらしい。

 

 その際の養子に当たるのが、皆様ご存知イケメンランサーこと『ディルムット・オディナ』だったりする。

 

 

 ―――閑話休題(それはそれとして)

 

 

「どうしたものかなぁ……」

 

 珱嗄は少しだけ、困っていた。何せ、その黄金の竪琴が独りでに演奏を始めたのだ。珱嗄はその音色で五感が少しだけ鈍っている。なにせ間近での演奏だ、その効果は人一倍影響を齎しているだろう。

 

「まぁ反転しちゃえば意味ないんだけどさぁ……」

 

 珱嗄はその『効果がある』を『効果が無い』に反転する事で、自分に対する黄金の竪琴の影響力を無力化した。もう二度目なのだから、さして面白くは無い。

 

 

 ―――目覚めよ、林檎の如き黄金の輝きよ

 

 

 と、そこへそんな歌―――否、詩が聞こえた。珱嗄はその詩の意味を知らないが、何かが起こっている事だけは分かった。その証拠に、三度現れた巨人の大軍が姿を見せる。これまでの二度の襲撃とは桁違いに強力な規模の大軍。珱嗄はその巨人をため息をつきながら見る、そしてまた対処しようと立ち上がった―――ところで、

 

 

 ―――目覚めよ、四つの角のある予定の調和の枠よ

 

 

 更なる詩が紡がれる。

 

 

 ―――竪琴よりは夏も冬も聞こえ来たる

 

 

 そして、その詩が呼び覚ますのは、巨人族など陳腐なものだと思わせてしまう最大最強の種族の一角。

 

 

 ―――笛の音色よ疾く目覚めよ、黄金の竪琴よ――――!

 

 

 神話上においても、箱庭の世界においても、最強を誇る種の頂点。最強種――『龍』

 

 

 

『GYaaaaaaAAAAAAaaaaaEEEEEeeeeeeyaaaaAAAAA!!!』

 

 

 

 叫び声が上がる。空を覆い尽くす程巨大な、龍の純血種。珱嗄はそれを見上げて、目を見開いて驚いた。これまで様々な体験をしてきた珱嗄だが、こんなでかい生物は、見たことが無い。興奮と湧き上がる好奇心が、身体を震わせた。久々に胸中に渦巻く楽しい感情が、珱嗄の身体を満たした。

 ゆらり、と口端が吊り上がる。拳に力が漲る。なんと楽しく、面白いイベントだろうか。

 

「いいじゃないか、面白い面白い―――――面白い!」

 

 珱嗄はそう言って、歯を剥いて笑みを浮かべる。その湧き上がる感情が地面を揺らし、珱嗄の戦闘意欲が重圧となって大気を震わせた。ただ立っているだけなのに、足元から地面が割れ、空気と空気が摩擦を起こし、バチバチと火花を生んだ。

 

 

「だが―――俺のモノに手を出したのは、頂けないぜ?」

 

 

 珱嗄は見つけた、この状況の黒幕を。

 

 

 自身のモノである、レティシア=ドラクレアを連れ去っていく―――フードの人物を。

 

 

 


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