◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
さて、結局の所。その後珱嗄が何かしてくる事も無く、収穫祭出発日になった。十六夜は未だ出発時間にやってきていない。怪訝な表情で十六夜を待つ黒ウサギ達だが、まもなくして十六夜は姿を現した。違うのはヘッドホンでは無くヘアバンドを頭に付けている事くらいか。三毛猫の行なった意趣返しは十六夜の行動からして中々の影響を与えた様だ。
また、この事に関して珱嗄が何かしらの干渉、例えば犯人を十六夜に告げる、と言った事をすればどうにでもなったのだろうが、珱嗄は動かなかった。実際の所、面倒だったのだ。いくら娯楽主義とは言っても面白いと感じるのは珱嗄自身、面白くないと感じればとことん興味が無いのだ。
「十六夜さん、そのヘアバンドは……?」
「ああ、頭に何か無いと落ちつかねぇんだよ。ヘッドホンの代わりだ……っと、珱嗄」
「なんだ」
「俺はゲームに勝って祭を最初っから最後まで遊べる筈だったが……ヘッドホン探すから残るわ」
十六夜は珱嗄にそう言う。
これでこれから行く収穫祭のメンバーが変更になる。十六夜は珱嗄に祭を最初から最後まで楽しめる権利を譲ったのだ。故に、前夜祭は珱嗄と耀と飛鳥が、オープニングセレモニーからの一週間は珱嗄と耀と飛鳥と十六夜が、そこから最後までを珱嗄と耀と十六夜が楽しむ事になる。珱嗄と耀が全日参加になるのだ。十六夜はレティシアと後から参加することになった。
「ふーん……まぁいいけど。君のヘッドホンが何処にあるのかは知らないけど、君が此処に残って探すのなら口出しはしないよ。精々頑張ってくれ」
「………ああ」
珱嗄はヘッドホンの場所を知っている。知っていて、言わない。ここで色々といざこざが起こっても面倒なのだ。ならば、追々十六夜に渡るのを待つ方が楽だろう。
「さて、それじゃ行こうか」
珱嗄の言葉を皮切りに、十六夜の事が少し気になりつつ全員出発した。黒ウサギ、ジン、耀、飛鳥、珱嗄、ペストと三毛猫の五人と一匹がノーネーム本拠から姿を消す。残ったのは十六夜とレティシア、リリ達子供陣のだ。見送る十六夜は、珱嗄の薄ら笑いを見て舌打ちする。
「どうした、十六夜」
「……いや、珱嗄が……な」
「マスターがヘッドホンを盗ったと?」
「いや、違う。アイツは俺のヘッドホンの居所を知ってるんだと思う」
「何?」
「知ってて尚、俺に教えなかった……となると、ノーネームの本拠にはヘッドホンは無いかもな。状況的に見ればお嬢様か珱嗄辺りがやりそうなもんだが……プライドの高いお嬢様は論外だし、珱嗄は最初に残ると挙手したからな……多分違うだろ」
十六夜はレティシアに自分の推察をつらつらと述べる。レティシアとしてもその推察はなんとなく的を得ていると思った。何故なら主である珱嗄は疑うまでも無く、飛鳥もあの性格故にそんな行動をとるとは思えないからだ。となると、残るは春日部耀なのだが、彼女はそんな行動をとる理由が無い。もう全日参加は決まっているのだから。
「まぁ珱嗄の奴が何のヒントも残さなかったのなら、多分盗んだ犯人は大した理由も無く盗んだんだと思う。んで、いずれ戻ってくんだろ」
「……ふふ」
「んだよ」
レティシアは十六夜の言葉に微笑を洩らす。十六夜はそんなレティシアの様子に仏頂面でその理由を問いただす。
「いやなに……随分とマスターを信用しているのだなと思ってな」
「……別に。珱嗄は自由奔放で俺以上に唯我独尊な娯楽主義者だが……ノーネームだけに留まらず大人だ」
「……なるほど、確かにな」
十六夜も耀も、そしておそらく飛鳥も理解している。珱嗄という人物の自由気ままな性格と規格外な実力の裏に隠れた成熟した精神を。自分達の様な十代そこそこの子供とは違う経験豊かな大人という事を。
レティシアは十六夜の言葉にふと笑い、自分のマスターがそんな人物である事に少しだけ誇らしくなった。
「マスターの尤も最たる部分は、その人外性よりも先に自身の内側を魅せる所にあるのかもしれないな」
「ま、俺は別に魅せられてねぇけどな」
十六夜はそう言って踵を返し、拠点内に戻っていく。レティシアはそんな十六夜の言葉にクスリと笑った。
「やはり、子供だな。十六夜も、私も」
そう呟いて、レティシアは十六夜の跡を付いていったのだった。