◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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春日部耀。空気脱却

 さて、そんなやり取りの後、十六夜の戦果を受け取る話になった。そして今回十六夜が上げてきた戦果は、外門の利権書である。

 外門の利権書。それは、その地域で尤も力のあるコミュニティが持つ権利である。箱庭に存在する外門の一つを管理し、外門同士を繋げる境界門の管理などを任される一種の契約書であり、ノーネームが以前失った物の一つでもある。十六夜はそれを白夜叉との契約を果たすことで取り戻したのだ。元々はフォレス・ガロの持ってた物だったのだが、これもノーネームによって解体済み。白夜叉の管理下に置いてあった物だ。

 そこで、十六夜はその地域のコミュニティが外門の利権書をノーネームが持っても文句を言わないだけの戦果を立てつつ、実力を認められる行動を取ることでそれを手に入れた。その行動とは、水源の確保。十六夜がこの世界に来てから初めて戦ったあの蛇神ともう一度対峙し、蛇神の出すギフトゲームをクリアすることで十六夜は蛇神を隷属させてきたのだ。

 湖を自分の領地にしていた蛇神を隷属させた事で、彼女の持つ水源を確保できるギフトを地域の全コミュニティに提供するのだ。そうすることで実力を認められつつ、利権書を持つ事を認めさせる事が出来る。

 

 とまぁ長々と説明した物の、とどのつまり一番戦果をあげたという事で、ノーネーム内の私的な勝負は十六夜の勝利である。珱嗄が何もしてこなかったので、なんとなく勝利を譲られた感も否めないが、これで祭を全て楽しめる二人は十六夜と次点の耀になった。珱嗄と飛鳥はそれで納得している。

 

「……ふむ」

 

 そんな珱嗄は十六夜中心に喜ぶ黒ウサギ達から少し離れた所で、なにか会話をしている飛鳥と耀を見ながらなんとなく合点がいったかのように頷く。

 

「わはは、若いねぇ……」

 

 珱嗄は呟き、ゆらゆらと笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから時間が経って、夜。外門の利権書を手に入れたノーネームでは宴が開催され、十六夜が空気を読まなかったりペスト達アイドルユニットがミニライブを行なって全員を魅了したりした。その際、流石は珱嗄プロデュースのアイドルと言うべきか、あの十六夜すらも魅了し自分達のファンにしてしまった。恐るべき実力だ。

 だが、楽しい宴の裏で、悩んでいる者が居るのも事実。それは、問題児三人の内の一人……春日部耀である。

 

「……はぁ、ねぇ三毛猫。私は全日参加になったよ」

『そら良かったなお嬢!』

「でもね……珱嗄さんが本気を出して勝負してきてたら私はやっぱり勝てなかっただろうし、飛鳥に協力してもらったからあまりいい気はしないんだ」

『お嬢……』

 

 耀は膝の上に乗っている三毛猫に向かって話している。彼女は今まで取り立ててノーネーム復興に手柄を立てて来た訳ではない。寧ろ、まだ小さな事しか手伝えてないのだ。

「十六夜達は本当に凄いよね。飛鳥はディーンやメルンを連れて来たし、十六夜は今回みたいにいつも規格外な方法で良い結果を持ってくるし、珱嗄さんは……自由だよね。私と一緒でこれといってノーネームに何か得を持ってきた訳でもないけど、私みたいに悩んでない。本気でこの箱庭を楽しんでる。最近なんかグッズ販売の売り上げで好き勝手やってるんだって」

 

 勝ったのに腑に落ちない表情で俯きがちに呟く耀は、三毛猫から見てとても悲しそうだった。

 

「あのね、三毛猫。あの土地は飛鳥が土壌を整えて、十六夜が水源を確保してきたんだよ。だから私が最後に苗を植えればこの農園は皆で作ったんだって胸を張れると思ったんだ。だからこの収穫祭に出来るだけ長く参加したかったの……結果的に参加出来る様になったけど……卑怯な手で勝っても嬉しくないや」

『お嬢、元気出してや』

 

 現在、このノーネームの中でただ一人耀だけが取り残されている。魔王打倒を掲げても、ペスト戦では戦う前にダウンしたし、フォレス・ガロとの勝負も結局怪我を負って帰って来たし、ルイオス戦では珱嗄の一人勝ちだ。全く何も出来てない。この小説の中でもはや空気と化し始めていたし。

 

「……珱嗄さん達は凄いよね」

『……せやな』

「でも、私はあんまり凄くないね」

『―――……』

 

 三毛猫はその言葉に返答を出せない。慰めも、励ましも送れない事に、悔しさが込み上げてくる。否定したいが、その言葉を否定出来るだけの要素がない。その無言の状況が、耀の言葉を言外に肯定していた。

 

「……やっぱり、流される感じでコミュニティに入ったのが駄目だったんだよ。偶然素敵な友達が出来ただけで、私にはその関係を維持するだけの力が……無い」

『お嬢……』

 

 言葉にすればするほどネガティブになる思考に、嫌気がさす。俯きがちな表情は、三毛猫からはよく見えた。辛そうで泣きそうで悔しそうで、どうにもならない事に逃げ出したい表情。眼も当てられない。だがそこに一つの声が掛かった。

 

 

「わはは、随分とネガティブ思考だね。どうしたよ、耀ちゃん」

 

 

 バッと顔を上げる。その声は、聞き覚えのある声だった。視線の先には窓枠に腰掛けた珱嗄が、ゆらりと笑って居た。

 

「珱嗄、さん」

「そんなに手柄が欲しいか?」

「……」

「そんなにしてまで関係を維持したいのか?」

「……うん」

「へぇ~、君の中の友達ってお互いに得が無いと関係が維持できないんだね。わはは、随分とユニークな友達を作ろうとしてるじゃないか。ふぅ、それじゃあホラ」

 

 珱嗄は耀に封筒を差し出した。耀は首を傾げながらそれを受け取る。

 

「っ!? これ、お金……しかもこんな大金……!?」

 

 耀は封筒を開けて中身を出す。それはグッズ販売で手に入れた売り上げの一部。日本円で、約500万円。珱嗄にどういうつもりだと眼を向ける、が……そこから言葉は出なかった。珱嗄の表情が笑っているのに冷たかったからだ。

 

「ぁ……」

「これやるよ」

「………な、なんで……」

「これやるからさ――――」

 

 珱嗄はにたりと寒気がする程の笑みを浮かべて、言った。

 

 

 

「俺と『お友達』になってくれよ」

 

 

 

 怖かった。珱嗄の言葉は、耀の心にグサグサと刃を突き立てる。

 

「お前の言う友達ってつまりこういう事だろ?」

 

 それは違う

 

「これから定期的に同額の金を渡すからさ」

 

 そんなのいらない

 

「俺とずっと仲の良い友達で居続けてくれよ」

 

 耀はその言葉に、目を見開く。先程までの自分の言っていたことを思い出した。三毛猫に向かって大層な事をペラペラと喋って、最後の最後には何と言った?

 

『偶然素敵な友達が出来ただけで、私にはその関係を維持するだけの力が……無い』

 

 なんともまぁ友達という言葉を履きちがえた傲慢な言葉だ。そんな損得勘定でしか続かない関係を友達と呼ぶ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 珱嗄が言ってるのはそういうこと。一緒なのだ。金を渡すから友達でいてくれ、コミュニティに利益を持ってくるから友達でいてくれ、そんな関係などクソ喰らえだ。

 

「……ごめん、珱嗄さん」

「え、なにが?」

 

 何時の間にか、手元からお金の入った封筒は消えていた。見れば珱嗄の手に握られている。金の無刀取り、スリに使えそうだ。

 

「私、少し思い違いをしてたかも」

「ふーん、まぁ知らないけど。正せたなら良かったね。じゃ、頑張って」

 

 珱嗄はそう言って窓から飛び降り、姿を消した。何をしに来たのか、と考えれば答えは三毛猫でも分かる。

 

「……はぁ……ねぇ三毛猫」

『なんやお嬢』

「珱嗄さんって……自由奔放で唯我独尊な人だけどさ」

『……おう』

「きっと誰よりも……大人だよね」

『……せやな。なんせ3兆年も生きとる爺さんやからな』

 

 三毛猫の言葉に耀はクスッと笑う。あれだけ若いのに年だけは爺さん以上。中々笑いを誘う矛盾だ。

 

「私も、あんな風な事が出来る大人になりたいな」

 

 耀は珱嗄のいた窓に近寄って空を見上げ、そう言った。それに対し、三毛猫はただ同じ様に空を見ながら、短く

 

『頑張りや、お嬢』

 

 そう言ったのだった。


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