◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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魔王系アイドル

 黒い風、死を運ぶ風、黒死病を乗せた風、不幸の塊、触れただけで死んでしまうその最悪の恩恵。それは、ペストの袖の中から放たれ街へと降り注がれた。

 人々が逃げる。黒い風が迫る。逃げ遅れた者が黒い風に触れる。黒い風が通り過ぎる。後に残るのは傷も無くただ死んでしまった人の残骸。死体が残り、悲しみが生まれる。退避を完了させた者は窓の外で死に絶えた者の死体を見て、その胸の内に不安と恐怖を抱く。そしてその中で少しだけ、自分がああならなくて良かったと安堵を抱き、そんな自分に罪悪感を抱く。

 

 そしてその負の連鎖は続き、最終的に自己嫌悪となり、纏う空気をマイナス面へと変化させる。一人一人がそうなれば、街の中はすぐに暗い雰囲気になる。

 また一人、また一人と黒い風に呑まれ、死んでいく。そしてまた自己嫌悪が生まれる。

 

 だがそんな中、希望はやってきた。

 

 地を振動させ、その赤い巨体をその二本の足で支えて黒い風を喰いとめた。その行動はその先にいる人々の退避を成功させ、多くの命を救った。

 ディーン。久遠飛鳥の従える赤い巨兵である。彼女が此処にいると言う事は、ラッテンは負けたのだ。その笛が奏でる演奏は、久遠飛鳥を魅了したが、ディーンを従える事は出来なかったのだ。

 そして敗北したラッテンは自分の身を保つ事が出来ずに消えて行った。故に、飛鳥は此処にいる。赤い巨兵は此処にいるのだ。

 

 だが、それだけでは駄目だ。この黒い風の原因である黒死斑の魔王(ブラックパーチャー)はまだ存在している。盥で幾ら打たれようと、デコピンで幾ら打たれようと、まだ存在しているのだ。

 故に、この黒い風はまだ放たれる可能性がある。根源を断たない限り、その脅威は過ぎ去らないのだ。

 流石の赤い巨兵もずっとその死の脅威を押し留めていられるわけではない。久遠飛鳥もそれは理解している。だから飛鳥は期待するしかないのだ。あの人外が魔王を打倒してくれるのを。空に浮かぶ魔王を倒すには地上戦専用とも言えるディーンでは力不足なのだ。

 飛鳥は空を見上げる。そこには空に浮かぶ魔王ペストと屋根の上に立って見上げている珱嗄がいる。他の面々は観戦しているのか参戦しているのか周囲にいるが、対峙している二人は最早一対一。誰にも手出しが出来なかった。

 

「頼んだわよ……珱嗄」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そしてそんな期待を余所に、やってきたディーンに視線を向けて面白そうにゆらゆらと笑う珱嗄。黒い風によって死んでしまった者にはもう興味が無い様だ。その様子にペストは怪訝な顔をするが、考えてみれば珱嗄と死んだサラマンドラの人材は赤の他人。悲しむ訳もない。

 

「どう? 貴方がもたもたと遊んでいるせいで多くの人が死んだわけだけど」

「だからなんだ。俺はこのゲーム中は盥のギフトしか使えないけど終わったら蘇生のギフトでもなんでも使えるんだから関係無いぜ」

「………蘇生のギフト?」

「Yes、蘇生のギフト。死者を生者に変える恩恵、どうだ驚いたか」

「……それはもう神の領域よ? そんな事が出来るとでも思っているの?」

「出来るさ。俺は出来ない事は言わないさ」

 

 珱嗄の言葉は、説得力と真実味を帯びていて、『命の蘇生』なんて馬鹿げた幻想を、現実に変えてしまえると思えてしまう。

 

 目の前にいるのはなんだ、目の前にいるこの男はなんだ、魔王以上に魔王らしく、人間以上に人間らしい。化け物以上に化け物染みていて、弱者以上に弱者の心を知り得ている。そんな人間が、存在しても良いのか? 余りにも存在の次元が違う。神の領域を軽く超えてしまっているじゃないか。

 

「貴方は……何?」

 

 ペストの問いに、珱嗄はゆらりと笑う。その吊り上がって弧を描く口元は、背筋を凍らせる。圧倒的な存在を前に、震えが止まらない。

 

「俺の名前は泉ヶ仙珱嗄、面白い事が大好きな――――唯の人外だよ」

 

 珱嗄の言葉だけが、静寂の中珱嗄の言葉だけが響いた。

 

「さて、なんだかシリアスな雰囲気になったね……それじゃあとりあえず、ほい」

「ほぎゅ!?」

 

 このゲームが始まってからは馴染み深い、盥の音。ペストは降ってきた盥に頭を打たれ、目をチカチカさせながらふらふらとした挙動で頭を押さえた。

 

「な、な、なな……!」

「さて、そろそろギャラリーも増えてきた事だし……真面目にやろうか―――な!」

「っ――――がふっ……!?」

 

 珱嗄は屋根を蹴って一瞬の内にペストに肉薄した。ペストはそれに対し、揺れる頭で反応し、なんとか防御をと身構えるが、珱嗄はそんなのお構いなしにペストの細い腹にその拳を叩き付けた。

 だが、彼女が後方へ吹き飛ぶ事はない。珱嗄の拳による衝撃は正確に腹を貫き背中から抜けて行った。

 衝撃と言う物は基本的に分散する。空中であろうが、拳で殴られた場合後方へ吹き飛ぶ事で身体は多少衝撃を分散させるのだ。だが今回は違う。珱嗄は衝撃によって後方へ吹き飛ばすのではなく、体内で正確に爆発させたのだ。故に吹き飛ばず、その場で100%のダメージを受けたのだ。

 

「げほっ……げほっ……!」

「もう一丁!」

「ガッ!」

 

 珱嗄は咳き込むペストの頭上へその足を上げ、前屈みになったぺストの後頭部に踵落としを決めた。今度は地面へと叩き落され、地面に小さなクレーターを作った。

 

「ぐ……うゥ……がはっ……!」

 

 ペストはそのクレーターの中心で蹲りながら血を吐く。その身体には今までにない程の激痛と立ち上がれない程のダメージが通っていた。

 足に力は入らず、ただ這い蹲るのみ。ペストはたったの二撃で完全に満身創痍になってしまった。

 

「さーて、どうするかな?」

「ぅぐっ……!」

 

 そんなペストの前に、珱嗄が下りてきた。最早ペストにとって珱嗄のゆらりと笑う表情は恐怖の対象でしかない。盥でふざけてくれた方がまだマシだ。

 

「あ……ぁ………ひ……!」

「おやおや、どうしたんだペストちゃーん……そんなに怯えた顔をして。ああ、そうか盥を落とされないか不安なんだね? 大丈夫、俺はもう盥は落とさないよ?」

「………や、やめ……こ、こないで……!」

「おいおい、言っただろう。俺はお前をアイドルにするって」

「なる、なるから……アイドルでも何でもなるから……殺さないで……許して……!」

 

 ペストはまだ死ぬわけにはいかない。太陽に復讐もしていないのに死ぬわけにはいかないのだ。だが、この状況は下手を打てば珱嗄の気まぐれで死んでしまうだろう。生殺与奪を完全に珱嗄が握っている。

 

「そうかそうか! なってくれるか、いやー良かった」

「………っ」

 

 珱嗄の裏表のない純粋な笑みにペストは殺されないで済む、と口元を少しだけ緩ませた。これでゲームは完全に敗北だろう。だが先程の珱嗄の言葉を顧みてみれば、白夜叉への復讐の機会はあるだろう。ならば、此処は負けを認めて生き延びよう。生きていれば幾らでも取り返しは付くのだ。

 

「でも、許さない」

「ふぎゅ!?」

 

 ペストは頭上からの衝撃に悲鳴を上げる。その原因は最早見なれた金属の物体、盥。彼女はその衝撃に意識が闇に沈んで行く。薄れゆく意識の中、聞こえてきたのは

 

「魔王系アイドル、ゲットだぜ(笑)」

 

 そんな珱嗄の言葉だった。

 

 


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