◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
誰も言葉を発さなかった。珱嗄が魔王っ娘アイドル化計画を口にした時から、誰一人、一切、何も言葉を発さなかった。それだけ衝撃が強かったのだ。特に、魔王の少女の配下である二人にとっては。
そして、この静寂をどうにか破ったのは、そんな妙な計画の対象にされていた魔王本人。
「……アイドル? 私を?」
「アイドル。お前を」
少女の確認に珱嗄は即答した。少女は頭痛がするのかこめかみに手を当てて唸る。配下の二人は未だに固まっている。
「貴方、自分が何を言ってるのか分かってるのかしら」
「分かってるけど?」
「……もういいわ。二人とも、いい加減元に戻って」
「「はっ……!」」
少女は珱嗄の言葉を一旦スルーすることにした。こんな妙な雰囲気を作りあげてしまった彼を少し呆れる所もあるが、珱嗄の実力は先程見たとおりかなり上位の物。下手をすれば上位の魔王よりも上かもしれない。少女としては、その部分だけ見れば十分だった。
「とりあえず、ゲームを始めるわ」
少女が両手を広げてそう言うと、空から大量の黒いギアスロールが降り注ぐ。珱嗄はその様子をただ見ていた。そして不意に近くに降って来た一枚を手にとって読んでみる。そこには、魔王らしいゲームが記されていた。
ホスト、指定ゲームマスター:白夜叉
プレイヤー:この場に居る全コミュニティ
ホスト側勝利条件:全プレイヤーの屈服、殺害
プレイヤー側勝利条件:偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ
随分とまぁ抽象的な勝利条件が記された物だと珱嗄は思う。とはいえ、このクリア条件を解く必要は珱嗄にはない。正直言って、このゲームに参加してはいるものの、勝利を目指すつもりはないからだ。珱嗄としては、どのような形であれとりあえず魔王隷属させてやろうと考えているのだ。
「ラッテン、ヴェーザー。行って」
「な……でもマスター!」
「大丈夫、コイツの目的は私を隷属させる事。なら、私を傷つける気はない筈だから」
少女の言葉に、露出女ラッテンと軍服っぽい服を着た男ヴェーザーは少し迷ったものの、自分達の目的を想い浮かべ、主が心配ではある物の、作戦通りに行動を開始した。
少女と珱嗄の下を離れ、高い塀の上から飛び降りていく二人。珱嗄はその二人を一瞥しながら少女の方へと視線を向けた。
「俺がお前を傷つける気はないってなんで思うんだ?」
「だって貴方は私をアイドルにしたいんでしょう? アイドルに傷を付けるわけにはいかないんじゃない?」
なるほどその通り。と珱嗄は思いながらもくすっと笑った。少女はそんな珱嗄の様子に首を傾げるが、珱嗄はそんな少女の様子を見て口を開いた。
「正直、俺としては怪我を元に戻せるギフトを持ってるから傷つけようと関係無いんだけどな」
「!」
「でもまぁアイドルにするなら怪我を負っちゃ駄目だよな。いいだろう。俺はお前の身体に一切傷を付けず、隷属させてやるよ」
「出来ると思ってるの?」
「出来るさ。それくらい、簡単過ぎて欠伸が出るね」
少女は珱嗄の自信満々な様子が少し不気味に思えた。傷を付けず、隷属させる。そんな方法があるのだろうか? 実際、隷属させるといってもその方法は様々。だがそのどれにしたって隷属させられた側が一切傷を負わない結果など、ある筈が無い。
「そう、素敵ね似非プロデューサー?」
少女はそう言って、黒い霧の様な物を纏った。珱嗄はそんな少女に対して視線を少女から切った。
「?」
「そうそう、その前に紹介しておかないと……」
「何を?」
珱嗄はその視線の先、こちらへやって来ている人物の下へと移動し、抱えて即座に戻ってきた。
「……」
「……」
「え?」
珱嗄に抱えられていたのは、レティシアである。魔王が居る、という事でやって来たのだろうが、その姿はあくまで金髪ロリに黒い羽が生えた物で、とてもじゃないが戦場に立つような存在には見えなかった。
「その子がなんなの?」
「コイツがお前とユニットを組むメンバーの一人、金髪ロリ担当レティシアちゃんだ。愛称はくまちゃんだ」
「な、なぜ私がアイドルになる事になってるんだ! それになんだその適当な愛称は!」
「……ちなみに私の愛称は?」
「ねこちゃんだ」
「なんで?」
「なんとなくだ」
「「……」」
最早珱嗄の独壇場である。
とそこへ珱嗄の背後から火炎弾が迫ってきた。少女はそれに対して少し身構えるも、珱嗄は横を通り過ぎようとするそれを手を振って蚊を散らす様に掻き消した。
「! ……まさか……まさかとは思うけど」
「そのまさか、紹介メンバー2。まだ予定だけど、アイドルユニットメンバー候補のサンドラちゃんです」
「マスターが何を考えてるのか分からない!」
「悪いけど私も分からないわ」
「あの、なんで攻撃掻き消されたんでしょう? それと、何やら変な話が聞こえてきたんですが……」
珱嗄の独壇場その二。ここに白夜叉が居れば更にカオスな空間になっただろうが、傍から見ればこの状況は一人の男の周囲にロリっ子が三人いる光景。良い風に見れば妹と居る兄、悪い風に見れば幼女に近づく男である。少しセーフとアウトの境界線が微妙だ。
「というか自分で言うのもなんだけどなんで私達みたいな年端もいかない容姿の子ばかりなの?」
「そっちの方が、需要が有るからだ」
「マスター、聞きたいのだがその計画はいつから?」
「お前の所有権を手に入れた後だったかな」
「私の馬鹿! 何故この男とルイオスが勝負する時に止めなかったのか!」
レティシアのキャラが崩れてきた所で、魔王の少女は珱嗄とレティシアとサンドラを見ながら頬を掻きながら気まずそうに言った。
「そろそろ始めても良いかしら?」
「どうぞ」
珱嗄がそう言うと、少女は纏っていた黒い霧を動かす。そして少女の乗っている笛を大きくしたような怪物も轟音と共に風を巻き起こした。
それを見て、緩んだ空気が引き締まる。レティシアもサンドラもすぐさま臨戦態勢に入った。唯一人、珱嗄は観戦モードだ。
「うん。メンバー同士の喧嘩も時には必要、か」
「「「それは違う」」」
少女達はそう言いながら、衝突した。
◇ ◇ ◇
一方その頃、十六夜達はというと、何らかの方法で白夜叉が封印状態にされ、ラッテンとヴェーザーによる襲撃の対処に当たっていた。十六夜は単体でヴェーザーを先制攻撃し、そのまま戦闘へ。飛鳥はラッテンによって気絶させられた。ジンと耀はなんとか飛鳥の尽力で黒ウサギの下へと逃げのびた。
「おおっらぁ!!」
「ぐ……このクソ餓鬼ィ!」
十六夜とヴェーザーはかなり互角の勝負を繰り広げていた。十六夜のギフトは正体不明という名称を与えられており、どういう物なのか良く分からないが、黒ウサギ曰く、天地を砕く恩恵とのこと。
だが、十六夜はヴェーザーの恩恵を時折破壊していた。それはつまり、恩恵を砕く力を持っているということ。恩恵と恩恵を砕く力を両立させて持っているというのは、なんというか確かに正体不明に相応しかった。
「おいおいどうしたよ。随分と温い攻撃じゃねーか!」
「はっ! テメェこそ単調な攻撃ばかりで当たってねぇぞ!」
お互い、気が合うのか相手を挑発しながら戦闘を継続する。十六夜の拳とヴェーザーの笛がぶつかる度に衝撃波が辺りに撒き散らされる。お互い周囲に味方がいないことが幸いしていた。
「おおおおおお!!」
「はあああああ!!」
そして何度目になるかの衝突の直前、笛の音が鳴り響き、戦況は変化するのだった。