◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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託し、託され

 十六夜の作戦は、少しづつ進行していた。これは、完全に珱嗄の裏を掻いた作戦である。

 十六夜も珱嗄も、簡単に言えば頭が良いといえる。戦略、策謀、知略、あらゆる面において、この2人はずば抜けて頭が良いと言えるだろう。

 だからこその作戦だった。十六夜の、1回限りで通用する頭の悪い作戦だった。頭の良い珱嗄なら、頭の良い十六夜の戦略を高く買っていることは明白。普通の評価だ。だからこそ、十六夜は頭の悪い作戦を敢えて考えた。頭の良い十六夜が、頭の悪い作戦を頭の良い方向で使えるように組み立てたのだ。

 

 十六夜が拳を躱す。反撃に蹴りを繰り出した。だが、受け流されてしまう。

 

 珱嗄が拳を繰り出す。紙一重で躱す。手加減されているのが見え見えな一撃だった。思わず歯噛みする。

 

 飛鳥が耀に投げられて剣を振るう。同時に黒ウサギとディーンも珱嗄に攻撃を入れるべく動いていた。しかし、珱嗄は三方向からの攻撃に対処してみせる。飛鳥の身体を投げ飛ばして黒ウサギに当て、ディーンの拳は己の拳で圧倒する。

 

「フッ……!」

「口数が減ったな―――十六夜ちゃん?」

「うるせッ……!」

 

 問題は、十六夜達のスタミナは無限大ではないということだ。戦闘が始まってから、ずっと絶えず動き続けている。珱嗄相手ではかなりスタミナを消費してしまうのだ。呼吸も乱れ、動きにも大分鈍さが混じってきていた。

 しかも、珱嗄からの攻撃によるダメージで更にスタミナが消費されるのだ。痛みはそのまま、身体の動きを鈍らせる。

 

 恐るべきは珱嗄の体力。無限大に続くのではないかと思う程のスタミナ量、いい加減嫌になるほどだった。

 

 しかし、十六夜はそれでもこの作戦に掛けた。今までの珱嗄の言葉にこの作戦での勝機を見出したからだ。成功すれば、勝てる……ソレが分かったから、この足は止めない。

 

「お、おおぉぉおおおおおおおおおおお!!!」

「っ……?」

 

 突然、十六夜が叫んだ。攻撃して来るわけでもなく、その場で地面に向かって叫んだのだ。

 そして、叫び終えた十六夜は顔を上げる。その表情に、疲れはなかった。

 

「気合、入れ直したぜ……行くぞ珱嗄……これがラストアタックだ!!」

 

 十六夜の言葉に、飛鳥達はふっと笑った。十六夜はこの作戦において、ジンと同列に扱って良いほど重要な役目を背負っている。しかも、ジンと違って彼は自分の力でそれをやってのけなければならない。珱嗄相手だ、そのプレッシャーは凄まじいだろう。

 しかし、今十六夜は心の準備を終えた。プレッシャーを撥ね退け、やってやると不敵に笑った。

 

 

 そして――――その時はやってくる。

 

 

「隙有り……よ!!」

「! ……残念、俺に隙はない」

「ッ……いいえ、大きな隙よ」

 

 背後から、十六夜に気を取られていた珱嗄に迫ったペスト。黒い風で珱嗄を攻撃するも、珱嗄はそれを躱してペストの細腕を掴んで地面にたたき付けた。

 しかし、ペストの表情はまだ攻撃は終わっていないとばかりに笑みを浮かべていた。

 

 そう、まだ終わっていないのだ。

 

「―――ッ!?」

「はぁぁぁ!!」

 

 ペストを叩きつけた瞬間、黒い風に隠れて…………ジンが現れたのだ。彼は上空から耀によって全力で投げ飛ばされていた。故に、速度は凄まじく速い……珱嗄も、まさか非戦闘員のジンを投入してくるとは思わなかった。だから、反応が一瞬遅れた。

 しかし対応出来ない速さではない。だがこのまま珱嗄が避ければ、ジンは地面に叩き付けられて大怪我を負うだろう。

 

 だから、珱嗄はジンの体当たりを躱し、流れる様にジンの小さな身体を受け止め、地面に転がした。意表を付いた作戦ではあったが、ジンは珱嗄の足下に転がっている。

 

 

 しかし―――それが十六夜の作戦だった。

 

 

「おおおおおおおお!!!!」

「なっ……!?」

 

 珱嗄の真上から、黒ウサギによって真下に投げ飛ばされた十六夜がその右拳に再度光の柱を生み出して迫っていた。しかも、ジンに気を取られていた故に反応が遅れている。

 だが、珱嗄は敢えてその攻撃を無視した。何故なら、珱嗄の真下にはジンやペストがいるのだ。こんな状況下で光の柱を打ち込めば、確実にジンは重傷ではすまないだろう。

 

 だから、他方向から攻撃が来るのだと思った。

 

「―――?」

 

 でも、飛鳥も耀も黒ウサギもディーンも動かない。

 

「まさか…………本当にやる気か!?」

「これで終わりだぁぁあああああ!!!」

 

 目の前まで迫って来ていた十六夜が、光の柱を振り下ろす。ジンやペストの身を鑑みず、本気で拳を振り落としてきた。

 珱嗄は、嘘だろうと目を見開く。このままならばジンとペストが死ぬ―――ならば十六夜はどうやってこの二人を救うつもりだ?

 

 答えは簡単、珱嗄に救わせるのだ。

 

「面白い―――……!」

 

 珱嗄はその思惑に気が付いて、ペストとジンを持ち上げ遠くへと投げ飛ばした。そして、次は自分……しかし、もう光の柱は躱せない所まで迫っている。

 だが、珱嗄にはこれに対応出来る手段がまだ残っていた。

 

「ゴッ……!?」

「ソレが効いたのは、さっきまでだよ」

 

 十六夜の顔面を殴った。光の柱を止められないのなら、それを出している本人をどうにかすればいい。先程は攻撃ではなく、防御をしたのだが、今は珱嗄も反撃を宣言している。十六夜を殴り飛ばし、光の柱ごと勢いを止めてしまえばいいのだ。

 殴られた十六夜は、それでもなお光の柱を叩き付けた。

 

 当たれ―――――!!!!

 

 全身全霊、脳を揺らす一撃を気力で耐えて、霞む視界に微かに映る珱嗄に当たれと、全力を振り絞った。そして光の柱を放った後、十六夜は意識を失う。

 

「残念だったね十六夜ちゃん―――外れだ」

 

 だが、十六夜の全力でも珱嗄に光の柱は当たらなかった。見当違いの方向へと当たり、地面を吹っ飛ばすだけで終わってしまった。

 珱嗄は気を失って地面に倒れる十六夜を見下ろして、ふぅと溜め息を吐く。光の柱のまばゆい光のせいで、少し視界チカチカと白くなっているが、これも直ぐに収まるだろう。

 

 

 ―――それが、珱嗄の最大の油断だった。

 

 

 十六夜を倒して、これで終わりだと思った訳ではない。

 しかし、十六夜という最大の武器が消えたことで、もうノーネーム側に勝機はなくなったと判断したのだ。

 

 そして、光の柱で視界が眩んでいるほんの数秒とその油断が組み合わさって、十六夜の本当の一撃に気が付かなかった。

 

 

「―――アルマテイア!!!」

 

 

 瞬間、珱嗄を眩い雷が襲った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ―――まさか、此処までやるとは思わなかった。

 

 珱嗄は、雷による攻撃を受けて、内心そう思った。視線を落とせば、着物の右袖が吹っ飛び、右腕が雷によって焼け爛れている。

 

 決定的な、敗北の証拠だった。

 

 舞い上がった粉塵の中で、珱嗄はゆらりと笑う。まさか、十六夜がこんな作戦を取るとは思わなかったからだ。自分自身を決定打に置かなかった作戦。

 今までの十六夜を見ていれば、絶対に取らないであろう作戦だ。何故なら、結果を見れば十六夜は途中で意識を失っている。つまり……その後は完全に仲間頼り、完全に仲間を信頼していないと出来ない戦法だ。

 

 珱嗄は、十六夜はそれほど仲間を信頼していないと認識していた故に、その作戦に気が付かなかった。

 十六夜が気を失った時点で、十六夜の作戦は終わったのだと思ってしまった。だからその瞬間を狙った、雷の攻撃……人間の動体速度を遥かに上回る雷の攻撃だ、こればかりは見て対応する事は出来なかった。更に言えば、見ることも出来なかった。光の柱の光で目が眩んでいたのだ、雷を視界で捉えることが出来なかった。それも躱せなかった理由の一つだろう。

 

 粉塵が晴れる。飛鳥達の前に、右腕を負傷した珱嗄の姿が現れた。

 

「……や……った?」

 

 飛鳥が、そう漏らす。静かな空間の中で、やけに響く呟きだった。

 

 だが、珱嗄の返答はその呟きに籠った期待に、見事に応える。

 

「ああ、そうだよ。飛鳥ちゃん達の勝ちだ」

 

 その言葉は、その場に居た誰もが望んでいた答え。気を失った十六夜が、仲間に託した想い。

 

 

 ―――勝ったのだ、十六夜達は……珱嗄に……!

 

 

「おめでとう、この旗はお前らの物だ」

 

 そして、ノーネームが全てを引き換えにしてでも取り返したいと思っていた旗が、最高の形で返ってきたのだった。

 

 


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