◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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その名前が欲しければ

 珱嗄のギフト『嘘吐天邪鬼(オーバーリヴァー)』は、あらゆる事象を霊格が勝る限り反転させる強力なギフトだ。シンプルな効果であるからこそ、最強の領域にも足を踏み入れる。

 

 これを打倒しようとしても、勝利と敗北を反転させられてしまえば例え勝利したとしても勝てない。結末は全て反転し、珱嗄の都合の良い形へと引っくり返ってしまうのだから。

 だが、珱嗄が勝敗の反転をする事がないことは、十六夜達は良く知っている。そんなつまらない行動を取るほど、珱嗄は低俗な存在ではないのだ。当たり前の様に勝利を手にし、当たり前の様に敗北を受け入れる。

 

 勝っても負けても、どちらにしても面白い。そう考えるのが珱嗄なのだ。

 

 だからこそ、十六夜達が珱嗄に勝つ最低限の条件は1つ。

 

 ―――『珱嗄の反転をどうにかすること』

 

 反転をどうにかして防がなければ、十六夜達に勝ち目はない。

 十六夜は単体であれば、ギフトを砕く力をもってしてその効果から逃れることが出来る。だが、飛鳥達はそうではない。十六夜単体で珱嗄に勝てない以上、飛鳥達の助けは必要、ならばやはりギフトを砕く力以外の突破口を切り開かなければならない。

 

 となれば、十六夜達は読まなくてはならない。珱嗄の思考を。どこで、どういう風に、何を反転させるのかを、そのタイミングを読まなくてはならない。

 

 それが出来なければ、十六夜達に勝利は無いのだ。

 

「さぁ、掛かって来い」

 

 珱嗄の言葉を皮切りに、飛鳥が前に出て、十六夜達の動き出しを止めた。

 まずは、様子見だ。珱嗄は基本的に先手必勝を取るよりも、受け手に回って後の先を取る方が多い。ならば、少しでも不得意な戦闘を強いる方が良いと考えたのだ。

 飛鳥はそれを、誰よりも知っている。珱嗄からカウンターのなんたるかを全て叩き込まれた飛鳥は、珱嗄が自分以上に変幻自在縦横無尽なカウンターを入れられることを知っている。

 

 隙だらけに見えて、隙は無い。例え背後を取ったと思っても、それは珱嗄が取らせてくれたものなのだと、飛鳥は理解している。

 だからこそ、自分から踏み込むのは最大の悪手だ。

 

「お? ……へぇ、成程色々学んでるんだな」

 

 飛鳥のその行動に、珱嗄は少しだけ驚いた様な表情を浮かべる。

 てっきり、我武者羅に個々人や連携も取らずに突っ込んでくるのかと思っていたのに、案外仲間の事を考えているじゃないか、とそう思った。

 

 そして、それならば――――と、飛鳥の目の前に踏み込む。

 

「っ!?」

「先手必勝―――ほら、行くぞ」

 

 見えなかった。踏み込んだタイミングも、駆けた速度も、何も見えなかった。でも、飛鳥は反応した。身体が無意識に反応した。珱嗄の打ち上げる様な拳に、飛鳥は条件反射の如く速度で十字剣を振るった。

 

 でも、間に合わなかった。

 

 考えて動かした訳ではない、本当に条件反射的速度で、反射速度で、脊髄反射よりも速く、動いた筈だったのに、それでも……珱嗄の速度はそれを上回ってきたのだ。

 特訓の時とは違う、最早それは手加減された速度ではない。確実に飛鳥の首を取りに来た、珱嗄の戦闘速度―――!!

 

「飛鳥ァ!!」

「ぐッ!?」

 

 だが、それを十六夜が助けた。飛鳥の真後ろに居た事もあって、十六夜は飛鳥の襟首を掴んで後ろへ引っ張ったのだ。珱嗄が動き出すのを読んで、珱嗄が動き出すよりも早く飛鳥に近づいていた。第三宇宙速度で飛鳥の真後ろまで踏み込んで、彼女の身体を引っ張っていた。

 珱嗄との差は、フライングのおかげで珱嗄よりも速かったが、ほんの数コンマ。引っ張られた飛鳥だが、珱嗄の拳は飛鳥の顎を若干掠めた。

 

 そして、それだけで十分。顎に掠っただけで十分な威力が飛鳥の身体に伝わった。脳震盪が起き、意識ははっきりしているものの、身体が動かない。

 

「なっ……これ、は……!」

「軽い脳震盪だ、少し休めば元に戻るぜ。一旦後ろに下がっとけ」

「え、ええ……そうさせて貰うわ」

 

 舌打ちする十六夜。飛鳥が珱嗄の攻撃で行動不能に陥ったからではない、珱嗄によって早々に戦力を削られてしまったこと、そしてそれを防げなかった自分に対する舌打ちだ。

 

「やってくれんじゃねーか、珱嗄……!」

「え? まだ俺何もしてないけど? 何かされたの? それは残念だったね」

「チッ……!」

 

 そして、戦力を削ったことでさえもまだ何もした覚えは無いという珱嗄の言動に、再度舌打ちする。この男を打倒する為に、どうすれば良い。今の1度の攻撃で、1人が行動不能に追いやられたのだ。再起不能ではないが、飛鳥は今格好の的になる。それを護りながら行動するとなれば、そこから十六夜や耀も次々に落とされてしまう。

 

 どうする……!

 

「十六夜さん」

「っ! 黒ウサギ……」

「私が珱嗄さんの気を引きます……その隙に耀さんとなんとか攻撃を入れて下さい」

「なんとかってなんだよ……」

「なんとかはなんとかですよ……その辺は自分で考えて下さい」

「随分と行き当たりばったりな作戦で」

「いけませんか?」

「いや、上等だ! 行くぞ、春日部!」

「何処に?」

「作戦位伝えとけ黒ウサギィ!!」

 

 黒ウサギが駆け出し、珱嗄に迫る。ギフトカードを取りだして、その中から『叙事詩・マハーラーバタの紙片』を取りだす。

 そして、そこから『インドラの槍』、そして『黄金の鎧』を召喚した。この2つのギフトを使えば副作用がある、が……それでも黒ウサギ的には良かった。ここで自分が倒れたとしても、ノーネームの旗を取り戻せるのなら、それで良いと思った。

 十六夜も、耀も、飛鳥も、まだ完全に覚醒した訳ではないが将来必ずノーネームを牽引する存在になると確信している。

 

 ならば、月の兎として―――彼らに全力を捧げよう。

 

 

「はぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

 そして、珱嗄へと放たれたそのインドラの槍――――それは、

 

 

「ほいっ」

 

 

 珱嗄のそんな声と共に空を切った。珱嗄と黒ウサギの位置関係が反転したのだ。結果、珱嗄の居た場所に移動した黒ウサギは槍で空を切り、黒ウサギの居た場所に移動した珱嗄は動くことなく槍をやりすごした。槍だけに。

 身体の向きまでは反転していない以上、そうなるのは必然だった。

 

「なっ……!?」

「残念だったなウサギちゃん……でもその意気は買うぜ?」

 

 ぱりん、と割れる様に鎧と槍が消える。珱嗄が発動したことを反転して発動していなかったことにしたのだ。これで、黒ウサギには副作用が襲い掛からない。

 

「そんで―――」

 

 そして、黒ウサギに向けていた視線を切って前を向く。そこには、十六夜と耀が近づいていた。それぞれの拳と蹴りをその手で受け止め、黒ウサギの方へと投げ飛ばす。

 

「きゃっ……!」

「くっ……!」

 

 珱嗄という存在に、月の兎の力も、人類史上最強のギフト保有者達も、まるで歯が立たない。どうやって一撃を入れるか……彼らには全くイメージが湧かなかった。

 

 

 


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