由比ヶ浜悠斗を含め、奉仕部員はなにかと問題を抱えている。   作:オロナイン斎藤。

8 / 21
雪ノ下雪乃はいつだって己を貫いている。

 

「うぃーっす...ってありゃ?」

 

手短に生徒会の仕事を済ませて部室へ向かうと、いつも開いているはずの扉が何故か閉まっていた。

 

不思議に思い教室の中を覗くと雪ノ下と比企谷の鞄があったのでどうやら校内にはいるようだ。

 

飲み物でも買いに行ってるのかと思ったが、あの二人がきゃっきゃうふふと仲睦まじく自動販売機に向かう姿をどうにも想像できない。

 

間違いなく雪ノ下は比企谷をパシりに使うだろうし、間違いなく比企谷は雪ノ下にパシられるだろう。この線はナシだな。

 

となると実は教室にいるけど声を押し殺して情事に及んでいたり...もっとありえん。

 

仮に比企谷が雪ノ下を襲ったとしても逆に比企谷がねじ伏せられそう。あいつ合気道できるし、しかも空気投げ使えるとかマジで雪ノ下なにもんだよ。

 

まぁ余談と冗談はさておき、どうしたものかとポケットから携帯を取り出すと何件かメールがきていた。そのうちのひとつに比企谷からのメールがあったので、それを開くと『家庭科室にいます。助けてください』という文字が。

 

...なにがあったんだ。

 

 

 

 

扉を開けるとバニラエッセンスの甘い匂いが身体中に降り注いでくる。しかし目の前にはその匂いとは対称的に恐ろしいことが起こっていた。

 

「えっ!?お兄ちゃん!?」

 

由比ヶ浜家の錬金術師にして最終兵器(そしてアホの子。だがそこがいい)の由比ヶ浜結衣が調理場に立っていたのだ。

 

その光景はもう兄の俺からすれば鳥肌チキン肌どころの騒ぎではない。戦慄である。

 

...ところで結衣ちゃん?その手元にある黒いのはなにかな?木炭かな?

 

「救世主がいらっしゃった...」

 

「いや、食わねぇから...先が見えてるし...というかもう見えたわ」

 

いつも腐っている比企谷の目が完全にトドメを刺されていた。しかも雪ノ下に至っては俺が今までに見たことのないなんとも形容しがたい表情で俯いている。

 

...なにこれどうしよう。今すぐ帰りたい。

 

「どどどどどうしてお兄ちゃんがここにいるの!?」

 

間違いなくこの状況を作りだした諸悪の根源である妹がオーバーすぎるくらい動揺していた。

 

「どうしてもなにもそこの屍からSOSがきたからな」

 

「いや生きてますけどね...てかお兄ちゃんってまさかーーー」

 

比企谷がとんでもないものを見るような目で俺を見ていた。そんなに見るなよ照れるだろ。

 

「あぁ、俺の妹だ。可愛いだろ?」

 

「...反応に困るのでその質問はやめてください」

 

「俺の妹が可愛くねえってのか!それは許せねぇ!帰らせてもらおうか!」

 

「いや、待ってくださいよ。せめてあの爆弾を処理してから帰ってください」

 

謎の勢いと逆ギレテイストで誤魔化してそのまま帰ろうとしたのだが、『お兄さんそれレジ通してないよね?ちょっとこっちまで来てくれる?』と後ろから声をかけてくる万引きGメンのごとく比企谷に肩を掴まれた。

 

つまり作戦失敗。早く鎮守府に帰投したい。

 

「...人の妹が作った木炭を爆弾とか言うなよ。失礼にも程があるだろ」

 

「これクッキー!クッキーだから!!...クッキー...だよね?」

 

なんでこの子は自分で不安になっちゃってるの...というかそれクッキーだったんか。なにかしらの食べ物だってのはわかってたんだけども。

 

「と、とりあえず味見だけでも...」

 

真っ黒な消し炭クッキーを結衣が差し出してくる。結衣ちゃん?それは味見じゃなくて毒味っていうんやで?

 

「こんな状況を見て食べるわけがーーー」

 

ふと結衣を見ると瞳が潤んでいて今にも泣きそうだった。

 

「...お兄ちゃんにまっかせなさーい!」

 

ここで俺のお兄ちゃんスキルが発動してしまった。

 

説明しよう!お兄ちゃんスキルとは自らの心理とは裏腹に妹の頼みを断ることができず、なんでもいうことを聞いてしまうという一種の病気的な何かであり以下略。

 

「...ふぅ」

 

消し炭クッキーが入った皿を見ながら深く息を吐いた。つくづく自分のお兄ちゃんスキルが恨めしい。見栄なんて張るんじゃなかった。

 

「...雪ノ下」

 

しかしやはり得体の知れないものを口に含むのは抵抗があるので、ここは先駆者である雪ノ下に助言を求めるとしよう。

 

「...大丈夫です。毒のない劇薬だと思えばなんとか」

 

「それ大丈夫じゃないよね」

 

このあとの展開はお察しの通りでした。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうすればより良くなるか考えましょう」

 

場所は変わらず家庭科室。そして作戦会議である。ちなみに結衣の依頼というのは手作りクッキーを食べてほしい人がいるけど自信がないので手伝って欲しい、とのこと。

 

『家庭的な女の子ってどう思う?』

 

お料理スキルが国家存亡の危機レベルの妹が最近こんなことを聞いてきたのはそういうことだったのかと理解した。

 

...ちょっとまて、手作りクッキーを食べて欲しい人って誰ですか。お兄ちゃんそんなの聞いてないんですが。そこんところ詳しく説明してもらおうか。

 

とは言ったものの結衣のお料理スキルは既に壊滅しているので解決法なんてものはない。

 

もしあるとするならーーー

 

「結衣ちゃんが二度と料理をしないこと」

 

「全否定された!?」

 

「いや、実際それしかないだろ」

 

「先輩に比企谷くん、それは最後の解決方法よ」

 

「それで解決しちゃうんだ!?」

 

驚いたり落ち込んだりと表情がコロコロ変わる結衣。がっくりと肩を落として深く溜め息をつく。

 

「やっぱりあたし料理に向いてないのかも...。才能ってゆーの?そういうのないし」

 

その言葉に俺は少しムッとしてしまった。

 

たしかに人には得手不得手というものがあるが、それを才能がどうこうというのは話が違う。

 

才能を補うために努力なるものが存在する。

 

といっても「努力した者が成功するとは限らない。しかし成功する者は皆努力している」なんて偉人の言葉に感銘を受けるほど俺は純粋でなければ「努力をすれば夢は必ず叶う!」なんて思えるほど俺は熱血漢ではない。

 

努力は裏切らないという言葉は実に不明瞭で不正確だ。正しい場所で、正しい方向で、十分かつ妥当な量が為された努力は裏切らない。

 

これが俺の努力論である。

 

つまりなにが言いたいのか。それは今後の由比ヶ浜家の為にも由比ヶ浜結衣に料理をさせてはならない、ということだ。

 

「結衣、それは違「なるほど。解決方法がわかったわ」...う」

 

あのー...雪ノ下さん?被ったんですけど?今から僕がお兄ちゃんとしていいことを言おうとしたところなんですけど?それっぽく「だからお前は料理をするのは止めておけ。料理はお兄ちゃんに任せろ」的なことを言って諦めさせようとしてたのに。諦めさせちゃうのかよ。

 

「どうすんだ?」

 

「努力あるのみ」

 

比企谷の問いに雪ノ下は平然と答えた。

 

「それ解決方法か?」

 

「正しいやり方をすれば努力は立派な解決方法よ。...先輩、今回の件は私に任せてもらえないでしょうか」

 

カタリと音を立てて椅子から立ち上がった雪ノ下は俺の方を見て言った。

 

雪ノ下が依頼に対してここまで協力的になるのは珍しい。なにか心境の変化でもあったのだろうか。

 

まぁ溺愛する妹なのであまり強く言えないし、あくまで俺は料理をさせないという選択肢しか持ち合わせていないので、ここは第三者の意見という面で雪ノ下に任せた方がいいだろう。

 

「いいよ。雪ノ下のやり方に任せる」

 

「ありがとうございます」

 

雪ノ下は結衣のいる方へ向き直ると、

 

「由比ヶ浜さん。あなたさっき才能がないって言ったわね?」

 

「え。あ、うん」

 

「まずその認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間には才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功しないのよ」

 

わーお...辛辣ゥ...。人の妹に対しても容赦ねぇなこいつ...。まぁ任せたのは俺だから何も言わないけど。

 

ちらりと結衣に視線をやると言葉に詰まっていた。ここまで辛辣な言葉を直接ぶつけられた経験がないからだろう。実際うちの家族はみんな結衣ちゃんに甘々だしな。特に俺。

 

だから雪ノ下のような奴が結衣と向き合ってくれるのは正直言って兄として嬉しい。

 

「で、でもさ、こういうの最近みんなやんないって言うし。...やっぱりこういうのって合ってないんだよ、きっと」

 

どうにかしてへらっと笑顔を作った結衣だったが言葉が続くにつれて、無理に作ったその笑顔は風船が萎むように段々と消えていく。視線の先にいる雪ノ下がひどく冷たい眼で結衣を見据えていたからだ。

 

「...その周囲に合わせようとするのやめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

雪ノ下の表情からは結衣に対する嫌悪がこれでもかと言わんばかりに滲み出ている。これにはさすがの比企谷も「う、うわぁ」とか言ってドン引きしてるし、結衣は気圧されて黙り込んでいる上に小刻みに肩が震えていた。

 

「雪ノ下、言いたいことはわかるがさすがに「か、かっこいい...」言い過ぎ...だ?」

 

思わず立ち上がって雪ノ下を止めに入った俺だったのだが、途中で理解し難い言葉が聞こえてきたせいで思わず最後が何故か疑問系になってしまった。というか俺今日セリフ被るの多くないですかね。

 

「「は?」」

 

雪ノ下と比企谷も思わず顔を合わせている。まさに「こいつなに言ってんの?」みたいな表情だった。

 

「建前とか全然言わないんだ...。なんていうか、そういうのかっこいい...」

 

「な、何を言ってるのかしらこの子...。話聞いてた?私、これでも結構きついことを言ったつもりだったのだけれど」

 

「ううん!そんなことない!あ、いや、確かに言葉はひどかったし、ぶっちゃけ軽く引いたけど...」

 

そりゃ普通引きますよね。雪ノ下が正論をぶつけることがわかっていた俺でもさすがに少し引いたもん。

 

「でも、本音って感じがするの。ヒッキーと話してるときも、ひどいことばっかり言い合ってるけど...ちゃんと話してる。あたし、人に合わせてばっかだったから、こういうの初めてで...」

 

だが、由比ヶ浜結衣はただ引いただけで終わりではなかった。由比ヶ浜結衣は逃げなかった。雪ノ下の言葉から逃げずに受け止めたのだ。

 

「ごめん。次はちゃんとやる」

 

謝ってからまっすぐに雪ノ下を見つめ返す。

 

まさかの展開に今度は逆に雪ノ下が言葉を失っていた。

 

「...」

 

いつもならここで相手が怒るか泣くかで試合終了するのだが今回は違う。由比ヶ浜結衣がとった行動は雪ノ下雪乃にとってあまりにもイレギュラーすぎた。

 

その証拠にほら、雪ノ下さんってばどうしていいのかわからなすぎて手櫛で髪を払いながら視線を逸らしていらっしゃる。まったく雪ノ下さんは不器用な子ですよホント。

 

「...正しいやり方ってのを教えてやれよ。由比ヶ浜もちゃんと言うこと聞け」

 

それを見かねた比企谷が沈黙を壊すように言うと、雪ノ下はふっと溜め息をついてから頷いた。

 

「一度お手本を見せるから、その通りにやってみて」

 

そう言って腕まくりをする雪ノ下。こうして雪ノ下のお料理教室が再び始まるのだった。

 

 





そんなわけでおまたせしました。
第8話ヘルズキッチン回でした。いかがだったでしょうか。

俺達の真の戦いはこれからだ!的な終わり方をしましたが、最終的には比企谷八幡の少し斜め下の発想でこの依頼は無事に解決...しました。多分。

このまま解決編まで書こうとは思ったのですが、なんだかぐだぐだになりそうだったので止めました。強引にぶち切った感が否めないのは事実。

悠斗くんの努力論のお話は某今でしょ教師がベースの努力論です。

努力した者が~はオーストリアウィーン出身の交響曲の方の名言で、夢は必ず叶う的なあれはもうあれですよ、みんな大好き例の熱い人。


私事ですが、ようやく進級製作が終わりました。
これで進級できると思いますます。多分。

更新予定日よりも2日も遅れてしまって申し訳ないです。

次回更新予定は2月26日です。まぁ予定通りには進まないと思います。しかしこれもまた人生(適当)

ではまたお会いしましょう。はすはす!


...いろはすがメインヒロインのはずなのにいろはす要素が不足し過ぎている件





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。