由比ヶ浜悠斗を含め、奉仕部員はなにかと問題を抱えている。 作:オロナイン斎藤。
由比ヶ浜悠斗。彼は間違いなく変人である。
なにが変なのかと言えば俺と話すのが楽しいとか言っている時点で既におかしい。なに?俺のこと好きなの?
中学のときも話しかけてくる人はいたが、それは同情のようなもので...いや、あれは憐れんでいると言った方が正しいか。
ところが俺の勘違いでなければこの先輩は喜んでいるように見える。同情や憐れみではなく、単純に喜んでいるようだった。...本当におかしい。
俺なんかと話して本当に楽しいなんて言ってしまう人なんてのは、かなり奇特な奴か、よほどの聖人君子くらいのものだ。
目上の人に対して失礼だとは思うが、先輩は間違いなく前者だ。この人は聖人にも見えなければ君子にも見えない。しかしこの人からは形容し難い独特な何かを感じる。一見、人畜無害そうに見えて一癖も二癖もあるどこか掴めないタイプの人間だ。少しばかり苦手意識があるものの意外と話しやすいところもあるので、実際のところどうしたらいいのかわからん。
...思考放棄だ。これ以上考えても仕方ない。
「比企谷。部活の時間だ」
そんなことよりも今は俺の目の前で立ち塞がっている由比ヶ浜先輩からどう逃げるかを考えなければならない。というより棟もフロアも違う三年生がどうして既に二年生の教室の前にいるんだよ...早すぎるだろ...。
「行くぞ」
そう言って先輩は俺の手を取ろうとしたので、するりとかわした。やべぇ連行される。
「先輩ってそんな部活に意欲的でしたっけ?」
「いやまったく」
「ですよね」
「でも平塚先生には恩があるからな。あの人は廃れていた俺に道を示してくれたんだ...」
先輩はどこか遠くを見るような目をして急に語りだした。
先輩と平塚先生の間に一体どんな過去がーーー
「ってのは全くの嘘でお前を連れていかないと静ちゃんに殴られるんだよ。痛いとか普通に無理」
返して!俺の関心返して!
「あと静ちゃんから伝言なんだがな」
あの人からの伝言とかもう嫌な予感しかしないんですが。
「...なんですか」
「もし逃げるようなことがあれば卒業はおろか進級もできないと思え、だそうだ」
社会的にも将来的にも逃げ道が塞がれていた。職権乱用とかよくないと思うんです。
「もう諦めろ。完全にお前は平塚静にロックオンされてしまったんだ。また婚活失敗したんだろうからその腹いせかもしれんがな。これだから年増は困「由比ヶ浜?覚悟はできてるんだろうな?」...らないです。むしろ大好き。今度ラーメン食べに行きましょう。奢らせてくださいうわあああああああああ」
先輩の悲痛な叫びとともに後ろから魔神の如く現れたのは平塚先生だった。
見事に先生の指が先輩の顔にめりこんでいる。明らかに痛そうとかそういう次元の話ではない。痛そうというより逝きそうだった。
「それで比企谷、君はどこへ向かうべきかね?」
完全にグロッキーな先輩を横目に平塚先生がギロッとした視線を向けて問いかけてくる。
ふえぇ...怖いよぉ...。先輩を見せしめに脅しをかけてくるとかこの人ヤバいだろ。逆らったら確実に殺られる気しかしない。
「...部活です」
「よろしい。では行こうか」
完全に退路を断たれた瞬間だった。
「着いたぞ」
先生が立ち止まったのは昨日先輩に連れてこられた何の変哲もない教室。つまり奉仕部部室である。ちなみに由比ヶ浜先輩は...察してほしい。
先生がからりと扉が開くと昨日とは違う光景が広がっていた。なぜなら一人の少女が座っていたからだ。
それを見たとき俺は釘付けになってしまった。
ーーー不覚にも見惚れてしまったのだ。
「平塚先生。入るときはノックを、とお願いしていたはずですが」
「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」
「返事をする間もなく先生が入ってくるんですよ。...ところで、そこのぬぼーっとした人は?」
平塚先生に不満げな視線を向けたあと、彼女の瞳が俺を捉えた。
「彼は比企谷。昨日からこの部に入ったんだ」
「昨日から、ということは由比ヶ浜先輩が承諾したということですか?」
「そうだ」
「...それなら私に異論はありませんが、理由を教えていただけますか?」
「見ればわかると思うが彼はなかなか根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な憐れむべき奴だ」
見ればわかっちゃうのかよ。
「人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。彼の捻くれた孤独体質を更生してほしい......というのが理由だ」
平塚先生の話を聞くと彼女は少し考えてから口を開いた。
「...なるほど。それなら私ではなく由比ヶ浜先輩が適任だと思います。あの人はコミュニケーション能力に長けていますので」
「君も協力するんだよ、雪ノ下」
「それはお断りします。そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
彼女は乱れてもいない襟元を掻き合わせるようにしてこっちを睨み付ける。そもそもお前の慎ましすぎる胸元なんて見てねぇよ。...本当だよ?ハチマンウソツカナイ。
「安心したまえ。比企谷は目と根性が腐っているだけであってリスクリターンの計算と自己保身に関してはなかなかのものだ。刑事罰に問われるような真似だけはけっしてしない。彼の小悪党っぷりは信用してくれていい」
「何一つとして褒められてねぇ...。リスクリターンとかの話じゃなくて常識的な判断ができると言ってほしいんですが」
「小悪党......なるほど......」
「聞いてない上に納得しちゃったよ...」
なんにせよ強制的にこの部活に放り込まれるのだ。逆らったら殴られるし、逃げたら(将来的に)殺される。サーカスの動物達の気持ちってこんな感じなのだろうか...。どうして世の中はこんなにも俺に優しくないのでしょうか。
「まぁ、部長である由比ヶ浜先輩が承諾した以上は私に異論はありません。微力ながらお手伝いさせていただきます」
嘘つけ。異論唱えまくってたじゃねぇか。
「そうか。なら、後のことは頼んだぞ」
先生は満足げに微笑むとそのまま帰ってしまった。
ぽつんと取り残された俺。一体どうすりゃいいんだよ...。
「そんなところにいないで座ったらどうかしら?」
「え、あ、はい。すいません」
いきなり話しかけられたので思わず敬語になってしまった。少しビビりながら俺は空いている席に腰をかける。
「それで、何か質問はあるかしら?」
...由比ヶ浜先輩といい雪ノ下といいこの部活の人間は質問されたがりなのだろうか。
「といってもある程度の話は由比ヶ浜先輩から聞いているでしょうから私が話すことなんてないのでしょうけど」
「たしかにあの人から話は聞いたんだが...下請け部とか依頼がどうたらみたいな話しかされなかったぞ」
あとは放課後ティータイムってところか。まぁこれはわざわざ言う必要もないだろう。
「はぁ...あの人は...」
彼女は悩ましそうに額に指を当てていた。その仕草は意外と様になっている。
「...持つ者には持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人には救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」
彼女は彼女で先輩とは違うことを言っていたが、大方こっちの解釈の方が正しいのだろう。というより先輩の考えは極端すぎる。
いつの間にやら彼女は立ち上がり、自然に俺を見下ろす形になっていた。
「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」
雪ノ下はそう言ったが、彼女が俺を歓迎しているようには到底思えない。というよりどう見ても煙たがっていた。
美少女と教室で二人きりという素敵シチュエーションにも関わらずラブコメの波動すら感じねぇよ。むしろ苦痛でしかねぇよ。
この時ばかりは先輩が早く来るのを切に願う俺であった。
そんなわけで第6話でした。いかがだったでしょうか。
八幡サイドの話だったので早く書けたりしました。理由は...まぁお察しの通りということでご愛嬌。てへぺろ
設定に矛盾が生じないように細心の注意を払っていますが、万が一気づいた点などがございましたら指摘していただけるとありがたいです。
はてさて、ついに八幡と雪乃さんが出会ってしまったわけですが、結局こちらの世界線でもこんな感じなのだと思います。というか時間軸的にまだ1巻の序盤だということに気がついたわけでして。っべーわぁ超スローペースだわぁって感じです。
ちなみにこのあと悠斗くんは生徒会のお仕事のため部活に来なかったので八幡は雪ノ下さんと二人きりで仲良く(?)お話していたらしいです。よかったね八幡(適当)
次回の更新は2月15日を目安に書けたらと思います。
思った以上に進級製作に手こずっておりまして、現実逃避の方が捗ってしまうという事案が発生していなくもなくなくないです(ヤバい)
とりあえず気長に待っていただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。