由比ヶ浜悠斗を含め、奉仕部員はなにかと問題を抱えている。   作:オロナイン斎藤。

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由比ヶ浜悠斗は少なからず世間とのズレを感じている。

 

翌日。俺は諸事情によりとある邸宅前に訪れていた。

 

その諸事情というのも今日向かう店、もとい『エンジェル・ラダー天使の階』にはドレスコードが必要なのだが、あいにく俺はそんな敷居の高い物を持っていないので、とある知り合いに借りにきたのだ。

 

...なんか知り合いなんて他人行儀な言い方したら怒られそうだな。

 

一応訂正しておこう。これから会うのは優しくて綺麗でいつも頼りになるとても素敵な先輩だ。けして世紀末覇者とかそういう類ではない。ある意味それよりタチが悪い可能性はなきにしもあらずだが。

 

「いらっしゃい。今開けるわね」

 

インターホンを押してからしばらくすると応答があり、ゴゴゴゴという地鳴りのような音と共に重厚な門がゆっくりと開く。

 

いつもならここでお付きの人が出迎えてくれるのだが、今日はいないので勝手に入ってこいということなのだろう。

 

「相変わらず絶景だな...」

 

門をくぐると壮大な緑が広がっていた。この家では一流の職人を雇っていて季節に合わせて庭の景色がガラリと変わるのだ。

 

今は初夏ということで青葉若葉が生い茂っており、池の周りには色鮮やかに紫陽花が咲いていた。

 

ガチの日本庭園である。ここだけ京都かよ。

 

はてさて重厚な門やら一流の職人やら日本庭園やらのワードでお気づきの方もいるかもしれないが、ここは超がつくほどの豪邸である。

 

そしてとにかく広い。どのくらい広いのかといえば、語彙力が喪失するレベルで広い。例えを絞り出すとするならサザエさんの家が十二個分くらいあると思ってくれていい。なるほどわからん。

 

そんな豪邸に住んでいる大富豪様なんかとは縁もゆかりもなさそうな路傍の石っころでしかない一般人の俺がどうして大富豪様と知り合いなのかといえばーーー

 

 

「ひゃっはろー、悠斗」

 

「...陽乃さん、いい加減その挨拶やめません?」

 

アホみたいな挨拶をしながら現れた女性。

彼女が奉仕部の初代部長だからである。

 

 

 

雪ノ下陽乃。

 

現奉仕部部員である雪ノ下雪乃の実姉であり、俺より二つ上の先輩。

 

在学時は常に成績トップでなんでも完璧にこなすチートスペックに加えて対人能力も高く抜群の美貌だったので、学校中の男子から女神のようにもてはされていたのを今でも覚えている。

 

この手のタイプは女子に妬みを買われがちなのだが、この人の場合そんなこともなく、むしろ女子からも羨望の眼差しで見られていた。

 

一体なんなんだこの人(半ギレ)

 

当時、俺は陽乃さんにかなり振り回されていたので女神というよりは魔王か皇帝にしか見えなかったわけだが。

 

部活では無茶苦茶言ってくるし学校行事は何かと巻き込まれるし文化祭とか何故か一緒に歌わされるし。あれはマジで黒歴史レベル。

 

ていうか今でも月一のペースで連れ回されるしな。大学生ノリ超怖い。

 

「悠斗から連絡なんて珍しいと思ったらこれだもんなー」

 

「依頼なんですから仕方ないじゃないですか...」

 

少しだけ昔のことを思い出していると、俺の前を歩いている陽乃さんが拗ねたように唇を尖らせていた。

 

「それにしてもドレスコードが必要なお店なんてどこ行くの?」

 

「エンジェルラダー天使の階、ってとこです」

 

「あー、あそこかぁ」

 

「知ってるんですか?」

 

「知ってるもなにも悠斗と何回か行ったことあるわよ」

 

(どうしよう全く覚えてねぇ...)

 

いつも俺が陽乃さんと食事に行くときはドレスコードが必要だからと何十万もする背広を着させられ、あらゆるところへ連れ回されているだけなので、お店やらなんやらは全て陽乃さんにおまかせしている。

 

というより俺がプランニングしようとしても『貴様の意思など知らぬ!我に従えばよいのだ!』と言わんばかりに車にぶちこまれて雪ノ下家に送迎されるのでもうお手上げ。

 

つーか雪ノ下家の使用人のあの手際の良さなんなんだよ。誘拐犯レベルだぞマジで。

 

そんなわけでテレサテンばりに時の流れに身を任せまくっちゃってる俺が店の名前なんぞいちいち覚えているわけがない...のだがーーー

 

振り返った陽乃さんが訝しげな視線を俺に向けていた。やべぇ殺される。

 

「...もしかして覚えてないの?」

 

「や、やだなー!そんなわけないじゃないですかー!覚えてます!超覚えてますよー!むしろ覚えすぎちゃってて膝の震えが止まらないですよー!」

 

これがホントのにっこにっこニー...笑えなかった。

 

「...はぁ...今度からお店の名前くらい覚えておきなさい」

 

「...へい」

 

思いきり溜め息をつかれた。せっかく連れていってもらってるのにすいませんホント。

 

ちなみに店の名前は覚えていないが作法やらテーブルマナーは完璧に覚えている。いくら連れ回される身分だからといって陽乃さんに恥をかかせるわけにはいかないのだ。

 

...あと店の名前さえ覚えてれば本当に完璧だったな。もっと頑張れ!自分!

 

「ここよ」

 

たわいもない会話をしながら歩いていくと、陽乃さんがある一室の前で立ち止まった。

 

「いくつか用意はしてあるから好きなのを選んでちょうだい」

 

「了解っす」

 

そこは見慣れた部屋でいわゆる試着室のようなところだ。いつもは登戸さんという人が着付けをしてくれるのだが今日はいないらしい。

 

というかいつもこの家にくると必ずといっていいほど他に誰かいるはずなのだが、不思議なことに今日は誰一人としてすれ違っていない。

 

「今日は登戸さんいないんですか?」

 

「あー、今日はみんな出払っちゃってて誰もいないのよ」

 

「そうなんですね」

 

「実は今日ね、親、帰ってこないんだ」

 

「なんで言い直したんすか...」

 

「だってこんな美人なお姉さんと家に二人きりなのよ?ドキドキしない?」

 

「なにを今更...。部活で依頼がない時なんかずっと二人きりだったでしょうが」

 

陽乃さんは贔屓目なしに美人なので全くドキドキしないってわけではないんだけど、三年目の付き合いにもなってくるとさすがに慣れてしまったというかなんというか。でもさすがにボディタッチとなると反応してしまうわけで。男の性である。

 

つまり『く、くやしい...!!!でも感じちゃう...!!!』ということだ。なるほどわからん。

 

「...つまんなーい」

 

「すいませんね...ってことで今日は自分でやりますよ」

 

そういって部屋に入ろうとしたのだが、袖を掴まれる。振り返ると陽乃さんが笑顔で自分を指さしていた。もう嫌な予感しかしない。

 

「私がいるじゃない」

 

「...チェンジで!」

 

 

 

時刻は午後八時。俺は待ち合わせの場所に到着すると俺以外のメンバーが既に揃っていた。

 

「あ、お兄ちゃん!こっちこっち!」

 

「悪い、遅れた...って、なんだこりゃ...」

 

集まっている面々を見ると戸塚はスポーティ、材木座くんはラーメン屋、結衣は女子大生のような格好をしており、どう見てもドレスコードを理解していないようだった。

 

結衣に至っては一番わかっていなさそうだったので一緒に連れていこうとしたのだが「大人っぽい服でしょ?私持ってるから大丈夫!」といってさっさと帰ってしまった結果がこれである。残念だった。

 

雪ノ下に関しては心配していなかったが、意外にも比企谷がキチンとした身なりをしていたので驚いた。相変わらず目は腐ってるけど。

 

「先輩、そんな高そうなの持ってたんすね」

 

「まぁ借り物だけどな」

 

俺が着ているのは生地がしっかりとした外国製のスーツだ。そして黒のカッターシャツに赤のネクタイというどこぞのマフィアのような組み合わせである。サングラスとかかけたらマジマフィア。略してママフィア。なんか可愛くなっちゃった!

 

ちなみに結局あのあとは陽乃さんが全て決めてしまい俺はなすがままだった。まるでリカちゃん人形である。初めからワイに選択権なんてなかったんや...。

 

「雪ノ下、どう思う?」

 

「女性の場合、そこまで小うるさくないので大丈夫としてもそこの二人は駄目ですね」

 

「だよなぁ...」

 

さすがにスポーティとラーメン屋はアウトだろうな。俺的に結衣ちゃんもアウトだけど。でも可愛いから許す。

 

「あと一人は不適格」

 

「いやいやいや、ジャケットジャケット」

 

比企谷がジャケットの存在感をアピールするためにエキゾチックジャパンばりにバサバサさせたが、雪ノ下は失笑した。

 

「服装は誤魔化せても目の腐り具合が危ういわ」

 

「俺の瞳はそんなにやばいのかよ...」

 

こいつらなんだかんだで仲良いよなぁ...。

 

「とりあえず入店を断られて二度手間になるのもあれだしな...雪ノ下、たしか住んでるのここらへんだよな?結衣を頼んでもいいか?」

 

雪ノ下は一人暮らしでここらへんに住んでいたはずだ。一度だけだが家にあがらせてもらったこともある。...いや、なにもなかったよ?手作りグラタンご馳走になっただけで他になにもなかったよ?超美味かった。

 

「ええ、問題ありません」

 

「助かる」

 

そういや昨日から雪ノ下に頼ってばかりだな...今度パンさんグッズでも買うか。

 

「由比ヶ浜さん、私の家で着替えましょう。すぐそこだから」

 

「えっ!?ゆきのん家行けるの?行きたい!」

 

「言っとくけど着替えるだけだからな?遊びに行くわけじゃないからな?」

 

「わ、わかってるし!」

 

絶対わかってなかったよこの子...。

 

「そんなわけで戸塚に材木座くん。せっかく来てもらったのに申し訳ないんだが...」

 

「全然いいですよ。みんなの私服姿が見れて楽しかったです」

 

戸塚が嫌な顔ひとつせずにニッコリと笑った。守りたい、この笑顔。

 

「まぁとりあえず飯でも食いに行くか。結衣、着替え終わったら連絡くれ」

 

「わかった!ゆきのん行こ!」

 

「あまり引っ張らないで欲しいのだけれど...」

 

雪ノ下の言葉をよそに二人は高級マンション街へと消えていった。

 

「して、何を食う?」

 

今の今まで黙りこくっていた材木座くんが口を開く。その言葉に四人で顔を合わせた。どうやら考えることは同じのようだ。

 

学年は違えど共通認識がある。男子高校生が友人と食べに行くところなんて決まっているのだ。

 

 

「「「ラーメン!」」」

 

「牛どn...え?」

 

 

...あれれー?おかしいぞー?

 

 

 

 

 

 





おまたせみんな。
想像以上に長くなったから無意味に分割してみたり。
連続投稿やで。


後半へ続く


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