由比ヶ浜悠斗を含め、奉仕部員はなにかと問題を抱えている。 作:オロナイン斎藤。
「うへぇ...もう無理...帰っていいかな...」
由比ヶ浜結衣による一極集中木炭爆撃テロによって一週間も寝込んでいた俺は久方ぶりに登校するため、だらしない声を上げながら自転車のペダルを必死に漕いでいた。
生粋のテニス少年だった俺もこのザマである。
というかテニスをやってたとか関係なしに病み上がりだと道中の普通の坂でも息切れがすごい。ヤバい死にそう。
由比ヶ浜悠斗の生態その一。
心身ともに追い込まれると「ヤバい」という言葉しか出てこなくなり、語彙に欠ける。
この状態になると、ヤバいしか言えないくらいヤバくなる上にヤバいって言い過ぎて何がヤバいのかわからなくなってゲシュタルトが崩壊するまである。まぁとにかくヤバいってことが伝わればいい。
時刻は午後一時過ぎ。既に随分な重役出勤なわけで、この調子だと到着するのは六限目くらいだな。
この際いっそ帰るという選択肢を選ぶのもアリなのだが一週間も休んだ上にバックレるというのは出席日数的にもまずいし、なにより静ちゃんに殺されかねない。
というかなんであの人って担任でもないのにやたらと俺に関わってくるの?俺のこと好きなの?...って思ったけどあの人うちの部活の顧問だったわてへぺろ。
そういえば一週間休んだわけだが奉仕部のあの二人は仲良くやってるのだろうか。やってくれてるといいのだが...うーん...ないか。ないなぁ...。
疲弊しながらなんとか学校に到着した俺は教室の前に到着。
ここに来る前に職員室に行ったら立石先生にエンカウントしてしまい、わらび餅をごちそうになってしまった。とても美味であった。
退室するタイミングを完全に失った俺はいくつか雑談を交わした後、チャイムが鳴ったところで「そういえば由比ヶ浜君、授業に行かなくて大丈夫?」と言われてようやく退室。まったくもって大丈夫じゃないです先生。
そんなわけでダッシュで教室に向かい、現在に至る。
俺は乱れた息を整えてからドアを開けた。
「......」
「......」
「......」
当然ながら複数の視線が一斉に突き刺さる。1年の時はこれが嫌で早く学校に来ていたが、生徒会やらなんやらで人前に晒されることに慣れてしまったせいでなんとも思わなくなってしまった。故に遅刻が増えた。慣れって怖いわぁ。
壁に掛かっている時計を見て確認するとホームルームの時間のようだ。にも関わらず教卓には何故か担任のみっちゃん先生ではなく平塚先生が立っていた。
クラスを間違えたのかと思ったが、一つだけ空いている席の隣にめぐりが座っていたので間違ってはいないはずだ。
「随分な重役出勤だな、由比ヶ浜」
「...あれ?みっちゃん先生は?」
「櫻井先生は出張だ。その代わりに私が来ている」
「なるほど!そうなんですね~」
すっと扉を閉じて何事もなかったかのように席に向かう俺だったのだがーーー
「まて、由比ヶ浜。ホームルームが終わったら私のところまで来なさい」
「...ですよね」
俺が返事をすると教室が笑い声に包まれる。
「副会長おそよう!」
「どんまい副会長!」
「一週間も寝てるとかさすがに寝過ぎだろ副会長!」
クラスメイトが一様に笑いながら話しかけてくる。それを「うっす」やら「いつものことだ」やら「いや、さすがにそんな寝てねぇから」と適当に言葉を返して俺は席に着いた。
ていうか副会長って呼ぶな。
「静かに」
平塚先生が手を叩いて鳴らすと少ししてから喧騒が収まった。さすが独身だな。関係ないけど。
「ふむ、よろしい。それで先程の話の続きなんだがーーー」
ホームルームが再開されたものの、一週間も休んでいた弊害で先生が何の話をしているのかなるほどわからん。うむ、どうしたものか。
「悠斗くん悠斗くん」
悩んでいるといきなり隣の席の大天使めぐりんに小声で呼ばれて袖口を引かれる。なにその仕草やべぇ可愛いなオイ。
「どうした?」
内心では「めぐりん可愛いよ!めぐりん!」と悶えていたが、表情には出さず至って冷静に返事をする俺ってばまさにクール&ビューティだと思うわけで。まぁ一人前のダンディとして当然の振る舞いだな。
「...」
めぐりは何も言わずにチラリと手元に視線をやった。視線の先を見ると『一週間も休んでどうしたの?大丈夫?具合でも悪かった?』と書かれた紙が差し出されていた。なんだよめぐりん優しすぎだろ天使かよ。
俺は『少し体調を崩しただけだ。もう大丈夫』と書いて見せると彼女は安堵の表情を浮かべる。
冗談ではなく本気で心配してくれるところが彼女の美点だと思う。裏表のない笑顔が眩しい。裏がありあまるほど計算された笑顔の持ち主のダークネスいろはちゃんとは大違いですね。
めぐりさんにはいつまでも純粋のままでいてほしいものです。はい。
「連絡事項は以上だ。由比ヶ浜は私のところまでくるように。では気をつけて帰りたまえ。解散!」
「「「ありがとうございましたー!」」」
どうやらホームルームが終わったようだ。
さて、このあと静ちゃんのところに行くわけだが、めぐりと違って絶対に心配なんてしてくれてないだろう。むしろ「まず一週間も学校をサボった理由を説明してもらおうか」という言葉から始まって「言い訳はいい。覚悟はできてるな?」といって鉄拳制裁されるところまでがワンセットだ。行きたくねぇ...。
「悠斗くん、今日生徒会あるから先に向かってるね」
「おう」
俺は短く答えるとめぐりは胸元で小さく控えめに手を振って教室を後にした。
めぐりんパワーで癒されたことだし未婚教師と軽くバトってくるか。
「よっ!待たせたな!独身!」
「ふんっ!」
殴られた。
「なぁ由比ヶ浜。どうして私は結婚できないのだろうか」
「は?」
場所は変わって生徒指導室。毎度のことお説教かと思いきや全くもって見当違いだった。
どうやらこの教師、また婚活に失敗したらしい。
「婚活パーティに行ったら会場の役員さんに『平塚さんまた来たんですか!?いい加減誰かとくっついてくださいよ~!』って笑いながら言われた...」
「うわぁ...」
役員さんは冗談混じりに言ったんだろうけど、こっちは常に本気だからなぁ。主に目が。なんか、こう、血走り過ぎていろいろとヤバい。
「男は寄ってくるんだが話しだすと私が止まらなくてな」
「先生はいちいちがっつき過ぎなんですよ。もう少し穏やかにいきましょうって前も言ったじゃないですか」
「いやぁ、そうなんだがな。酒が入るとどうも話が止まらなくてな」
「...あんた素面でもそんな感じだろうが」
「なにか言ったかね?」
「いえなんでもないです」
平塚先生がギロリと睨みを効かせてきた。こっわ!独身こっわ!
「まぁいい。それでこれから私はどうすればいいと思う?」
「生徒に婚活の相談ってそれは教師としていろいろとアウトな気がするんですが」
ついでにいえば人としてもアウトである。
「ぐっ...と、とりあえずなんでもいいから言ってみてくれ!」
うわぁ、必死だなぁこの人...。
「うーん...そうだなぁ...」
とりあえずこの妖怪イキオクレのために考えてあげよう。
この人、見て呉れは良いから男は寄ってくるんだけど性格で損するタイプだからな。
いつもとは違った部分を見せるやり方、ギャップを見せるという方法が一番手っ取り早いのかもしれない。
例えばいつも無表情で笑わない女の子を笑わせたくて試行錯誤を繰り返してようやく彼女が見せてくれたあの笑顔が忘れられない、とか。
例えばスポーツなどで普段は無気力でなにもしてないように見えて実は裏で物凄い努力を重ねて頑張っている姿を見てグッときたり、とか。
男というのは普段周りに見せない部分を自分と二人きりの時に見せられると弱かったりするのだ。ホント男って単純ですわぁ(棒)
実は前回も似たようなアドバイスをしたのだ。しかしながらこの人のギャップの見せ方はパンチが効きすぎている。
前に男性に送ったメールを見せてもらった時にそれを見て俺は絶句した。どうしたらそんな長文が書けるのかってくらい文字がびっしりと詰まっており、内容がクソ重い。どうしてお礼のメールだったのに途中から欲しい子供の数の話になったのか説明してほしいレベル。
まぁ長文はさすが国語教師というべきか、そう考えると国語教師って女子力超高い。品格は欠けまくってるけどな。
この教師、とにかく重い。想いが重いのだ。
結婚に対する執念というか、見せてはいけない部分まで見せてしまっている。
それでは逆効果だ。ギャップ萌えを通り越してドン引きである。
結婚願望なるものはさりげなくアピールするべきである。たとえばほら、同棲してる彼氏と共用の机の上にゼクシィ置いてみるとか。
「先生は男らし...じゃなくて少しかっこよさげなところがあるので少し可愛らしいところをアピールしてみたらどうですか?例えば本当は甘いものが好きなんです、とか」
「なるほど。前にも言ってたギャップってやつだな」
「まぁそんな感じです。これはプランAで短期決戦で勝負するプランです」
「ふむ」
「次にプランB。基本は大人の女性だけど子供のような無邪気な姿を時折ちらつかせよう大作戦です」
ほう、我ながらネーミングセンスの欠片もないな。
「なるほど。続けてくれたまえ」
マジかよツッコミなしかよ...どんだけ本気なんだこの人。逆にこっちが恥ずかしいわ。しかもよく見たら目がたぎってやがる。やだいつも以上にすげぇマジじゃないですかぁ。
「...これはプランAの応用というか長期的なスパンを要した版みたいな感じなんですが」
「ふむ」
「最初は当然ながらガッツリいっては駄目です。落ち着いてください。そして『あ、この人は大人の女性なんだなぁ』という印象を与えましょう」
やだぁ目の前の年増ったらついにメモとりだしたんですけど!すげぇ真剣にこの俺のふざけたプラン聞いてるんですけど!
「それでですね、次の機会もそのキャラを通してください。そして三度目の機会でようやく違う一面を見せてください。例えばさっき言った『実は甘いものが好きなんですぅ』みたいな感じで目をキラキラさせながらスイーツを見たり、とか」
「そうすれば『この人、大人の女性かと思ってたけどこういう一面もあるのか!魅力的な女性だ!ますます好きになりそうだぜ!』ってなるわけですよ」
途中から話が適当になりだしたのは内緒だ。なんかもう面倒くさくなってしまった。
「それでその次の機会ではなく、その次の機会でゴーってわけです。これで100%いけます。むしろ男の方から言ってくるまでありますね」
「...由比ヶ浜...お前...」
静ちゃんが俺を見て肩を震わせていた。さすがに適当になったのがバレてーーー
「天才か」
「知ってた」
なかった。独身チョロすぎる。チョロすぎて結婚詐欺とかに引っかかりそうで割とマジで怖い。
「まぁ結論を端的に言えば甘え上手になってくださいって話です」
「私が甘え上手、か...」
そう、例えばーーー
『せんぱい!私、甘いものが食べたいです!』
『せんぱぁ~い、これ可愛くないですかぁ?』
『せんぱい!せんぱい!なんでもないです!』
「...ないわー」
「まて、今なにを想像した」
やはりあれは彼女ありきの物だった。というか、いろはを例えで使ってしまってるあたり、あいつに毒されてる感ある。
そもそも平塚先生で脳内再生したら年齢的にもいろいろとアウトだった。
後日談。というか今回のオチ。
「今回は上手くいくと思ったんだが...」
「それ毎回言ってますよね」
またも妖怪イキオクレは婚活に失敗したらしい。
というか毎度毎度ここに呼び出さないでほしい。ここ生徒指導室なのにどうして結婚相談所みたいになってんの?おかしくない?
「...で、今回はどうしてそうなったんですか」
一応話を聞いてあげる俺の優しさ、プライスレス。
「由比ヶ浜が言った通りに実行して第二段階までいって第三段階に差し掛かったんだがな」
言った通りにやったのか...しかも二段階目まで成功したって相当頑張ったんだなこの人。
「そこで甘いものがどうとか言ってただろ?だから食事の帰りにケーキ屋の前を通って『私、実はケーキとか甘いものが好きなんですよね』って言ったら『実は僕も甘いもの好きなんですよ!平塚さん大人っぽかったからそういう店は嫌かなと思ってたんですけど、それなら今度スイーツバイキングとか行きませんか?』って言われていい感じになったわけだ」
「なかなか気遣いのできる男性じゃないですか」
「だろ?でもそのケーキ屋で事件は起きたんだ」
「続けてどうぞ」
「ケーキ屋に入ったら酔っ払いの客がいたんだがな...」
「その酔っ払いにケツでも触られてぶん殴ったんですね、わかります」
「...オチを先に言うんじゃない。まぁそうなんだがな」
「マジかよ」
「その時いろいろと我慢してたし、本気でタバコも控えてたからイラッとしてしまってな...ついやってしまった...」
「い、いや、でも私は悪くないんだぞ?その酔っ払いは常連の迷惑客だったらしくてな、店も困っていたところに私が見事に制裁を下してやったってわけだ。むしろ店員に感謝されたぞ」
「その代償として男を逃したわけですか」
「...あぁ。暴力的な女性は苦手だみたいな内容のメールか送られてきてそれ以来連絡がつかないんだ。まぁ帰り道はドン引きを通り越して畏怖の目で見られてたからある程度覚悟はしていたんだがな...」
「やっぱり...傷つくよなぁ...ふぅ...」
失敗の反動からか灰皿には大量の煙草が盛られていた。
そんなわけで平塚事変は閉幕。早く誰か結婚してあげてください。マジで。
おまたせしました10話です。
今回はオロナイン節(?)が炸裂した回でしたね。オロナイン節ってなんだ。
戸塚とテニプリはしませんでした!残念だったな小松!
書き綴っていたらとんでもない分量になってしまった。
ついでに毎度ながら予定日よりも遅れてしまった。
いつも申し訳ないですホント(棒)
『後日談。というか今回のオチ』というフレーズは物語シリーズから引用させてもらいました。
あのフレーズってば意外と便利なんだよね。汎用性高いのは斎藤的にポイント高いよ。
暦物語はまだこよみウォーターまでしか見てないけども。ラストシーンの神原おっぱいの話はクソ笑った。
話が大幅に逸れたわけですがこの小説に
「いろはすかわいい
ただそれだけ
だからがんばってください」
という感想を頂きました。
文章になんの脈絡もない感じ、私は嫌いじゃないよ(超適当)
でも今回もいろはす出てきませんでした。なんかすいませんねホント。
そろそろパッケージ詐欺で訴えられるんじゃねぇかなとか思い始めてます。怖いわぁ。
次回更新予定は3月17日(木)です。
あくまで目安なのできっとまた遅れます。よろしくです