サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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今回から1.5、つまり俗に言う番外編の始まりです。
2までにどんな話があったのかそれを書いていきたいと思います。

25のお題編はどうしたかって?まあそれはそのうち…。




サモンナイト1.5 那岐宮番外編
那岐宮怪奇談1


暗闇の中、フラッシュノズル発せられ銃声が市街地に響き渡る。

一発二発ではない、雨音の様に連続で放たれた弾丸は姿を持たない虚ろのモノたちを撃ち貫く。

彼らは危機感を抱いた、この場から逃げなければ滅せられる。

宙を舞いこの場から去ろうと動き出すが見えない壁に阻まれて動けない所を滅せられる。

弾丸から逃げおおせても煌めく月明かりのような閃光が彼らを両断する。

それは刀だった。本来刀に斬り裂かれても無傷の体を両断したのだ。

やがて戦いという名の蹂躙は終わりを迎えてその光景を生み出した三人がその場に揃った。

 

「本命か?」

「いえ先輩、外れです。ただの溜まり場だったみたいで」

「そうか、しかしここまで動きが激しいとはな、他の地方でもそうらしいが那岐宮が一番異常だ」

「一週間前の現象が原因でしょう。この街を中心に日本中、一部大陸まで広がってるようですから」

 

一週間前に起きた謎の異常気象、それが原因であることは明白だった。

だが彼らにはなぜそれが起きたのか、どうしてそれがこのような事態を引き起こしたのかは理解できない。

 

「京都じゃ妖怪も確認されてるみたいですよ?もしかしてこの街でも…」

「その時は死力を尽くして討滅するだけだ」

「はぁ…そうですよね。人材不足が苦しいです…」

「では僕は帰ります。明日は学校がありますので」

「ああ、気を付けてな、と言ってもお前に言っても仕方がないな」

 

一人の少年が帰路向かい始める、その肩に背負った竹刀袋が目立っていた。

 

「私達も帰るか、結界を浄化結界に変えておけ、先に帰るからな」

「えぇ!?先輩手伝ってくださいよ!出来ないわけじゃないんでしょ!」

「苦手だからな」

「ちょっと待ってくださいよ先輩!センパイ~~~!」

 

那岐宮、知られてはいないが最も異世界に近いこの街で異常が起き始めていた。

それは平穏に暮らす街の人々を常闇へと突き落とす凶悪さを秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ~疲れたぁ~」

 

街の路地裏を一人の少年が歩いている。

少年の名は克也。西郷克也だ。

那岐宮中学所属の一年生で、今日はバスケットボール部の帰りだったのだ。

一年生の為か補欠だが好きなバスケの為必死に練習した帰りであった。

 

「今日は春奈の奴がバスケの練習を手伝いに来て先輩たち喜んでたけど、あれはなぁ…」

 

妙に外面がいい、尊敬する先輩の新堂勇人の妹、新堂春奈。

自身も最初は好んでいたがその本性を知っていると必要以上に恋愛的に見ようとは思わなかった。

何せ気になった事には首を突っ込む、人助けをしようと周りを巻き込む、そんな少女だ。

今日も先輩たちが何人か休んでしまった為、春奈が代わりに参加していたが、なぜか帰宅部の望月命が巻き込まれていたのはご愛敬だった。

 

「それにしても春奈は元気になったよなぁ、これも一週間前に先輩たちが帰って来てくれたおかげだよな」

 

今から一週間前、行方不明だった新堂春奈の姉と兄の勇人とクラレットが帰って来たのだ。

本人たちが言うには異世界に行っていたと言っていたがあまり自分は信じられなかった。

だが先輩たちが言う事だからきっと本当の事なんだろうなと納得はしていた。

 

「しかし先輩たち帰って来てから妙に体がダルいなぁ、なんでだ」

 

体がだるい、おまけに頭まで痛かった、もしかして風邪でも引いたのではないかと克也は考えた。

そんな風に考える克也だったがダルさだけではなかった。

 

「なんか体も重いし、寒気もあるし、いったい……あれ?」

 

路地が妙に暗いのだ、それだけではない震える寒気を全身から克也は感じていた。

家に戻らないと…そう考える克也は一番近いこの道を歩むしかなかった。

暗い路地を歩き続けふと横に目をやる、建物と建物の間の空間、全く日が入らず暗闇になっていた。

 

「……へんなの」

 

克也は特に気にしないつもりだった、歩いて早く家に帰らないとと考えようとしていた。

だが足が動かない、体全身が動かない、何かに押さえつけられたように動かなかった。

冷たい感覚が全身から感じ取れた、特に足元からそれは感じれる。

克也が視線を下に向けると、そこには青白い半透明の人影が居た。

 

「―――――!?」

 

叫び声を上げようとした、だが声が出なかった。

自分の腕を克也が見ると同じように青白い半透明の人影、子供がそこに居た。

腕だけじゃない、背中にも肩にも胸にすら子供がしがみ付いていたのだ。

 

「―――!?――――――!?」

 

出ない声を張り上げて克也が悲鳴を上げる、助けて!助けてくれ!そう叫び続ける。

だがその声は誰にも届かない、そして克也の目の前にソレは現れた。

巨大な青白い子供だ、暗闇からそれが現れると克也に手を伸ばしてくれ。

必死に、必死に逃げ出そうとする克也、だが彼は逃げられなかった、彼は只人にすぎない。

何の特別な力を持たない、ただの一般人にすぎないのだから。

そして西郷克也は暗闇に飲み込まれ、やがて静寂が訪れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「全く克也の奴、親に迷惑かけて…!」

 

学校に登校しながら日比野絵美はぶつぶつ文句を言っていた。

その手にはお弁当が二つ握られている、実は今日の朝、克也の親から連絡があったのだ。

 

『うちの克也、昨日の夜も朝も食べないで学校行っちゃったのよ。絵美ちゃん悪いんだけど面倒見てくれる?』

 

克也の事はただの幼馴染だが親は別だ。そんな親に心配かける克也の事を絵美は苛立ってた。

おまけに弁当の量を中途半端にしか増やせなかったので、結局自分のおかずを半分に減らさなければいけなかったのだ。

ちなみに苛立つ理由は決して弁当が半分になったからではない、親に迷惑をかけたからだ。

 

「あ、いたちょっと克也!」

 

絵美が克也に近づき、ドンと克也に軽く弁当をぶつけた。

 

「克也ご飯全然食べてないんでしょ!ほら持ってきたか……ら……」

「―――――」

 

絵美が息を飲む、顔を見て別人と一瞬勘違いしてしまった。

だがその顔は間違いなく西郷克也、自分の幼馴染の姿だ。

しかし目の焦点は合って無く、口から涎を垂らしてカバンも何も持たずに歩いていたのだ。

 

「か…つや?」

「――――――?」

「ひっ」

 

此方に視線を移した克也、それは絵美の知っている克也のモノではなかった。

恐怖しカタンとお弁当を落としてしまい、封が甘かったのか弁当の一部が散乱する。

克也は弁当に視線を移すが、何も気にしないでそのまま学校の方に行ってしまった。

 

「ぁ……ぇ……?」

 

幼馴染のあまりの変貌に混乱する絵美、今のは夢ではないかと自分の頬に手をやるが、

視線の先にある散乱した弁当がそれが真実である事を現していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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教室、なぜだか誰も克也に気を留めなかった。

あんなに変なのに、あんなにおかしいのに、どうして誰も気に留めないのだろう。

もしかして自分だけがおかしいのではないかと絵美は頭を抱える。

克也が自分を騙して遊んでいるんだったらそれでいい、早く元に戻ってほしいそう思ってしまう。

あまりの恐怖で息すらまともに出来ずになり、涙を流してしまう。

周りに心配されてしまう、そう考えた絵美が必死に堪えようとしたとき。

 

「ギリギリセーフ!!」

 

バァァン!と扉が開かれ新堂春奈が飛び込んできた。

 

「お、おばあさんを運ぶのに隣町まで行く事になるなんて……!」

「まあまあおばあさん喜んでたしOKOK♪」

「補導されかかったんだぞ!?」

 

空いた扉を閉めながら望月命が姿を現した。

どうやら今日は一緒に登校して来たようだ。

 

「二人とも…おは……」

「おはよう絵美、どうしたの涙目だよ?」

「二人とも、克也が、克也がね…!」

「ん?克也?」

 

表情がクエスチョンマークが現れる顔をしながら春奈が克也を見る。

絵美は次に命の顔を見ると驚愕した。命が信じられないほど険しい表情を浮かべていたのだ。

 

「な、なんだよあれ……日比野さん!西郷に何があったんだ!?」

「え!私が今日見た時、最初からあれで…」

「……アレはもう西郷じゃない」

「……え?」

 

命が語る言葉を絵美は理解できなかった、どう見てもあれは西郷克也だ。

だが命はあれを西郷克也と認めてない、なぜ認めないのか、自分達と命の違いは何なのか。

それはたった一つ、大きな一つだ、普通では見えないものを見えている、それだけだった。

 

「青白い子供みたいな霊が克也に覆い被ってる、アレはもう別物だ」

「え!?そうなの!私には克也にしか見えないけど…?」

「とにかく、アレは克也じゃないけど克也だ。春奈、先輩たちに連絡をして日比野さんはカーテンを塩水に付け込んで持ってきてくれ」

「えぇー!?学校は!?」

「克也と学校、どっちを取る!?」

「克也!!」

 

そう言い放つ春奈は携帯から先輩たちに連絡をつける、

絵美は家庭科室のカーテンを剥がしてそのまま塩水に付け込んで持ってきた。

そして幽霊が見える命が幽霊の興味を示す行動をして気を引いた瞬間、カーテンで克也を簀巻きした。

一年生の教室だった為、そのまま窓からリヤカーに克也を詰め込んで私達は学校から脱出した。

多くの生徒に見られていたがそんな事は彼らにはどうでも良かった、今は友人を助けたい、その想いでいっぱいだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ!はぁ!撒いた?」

「な、なんとかな…」

「ひぃ…ひぃ…あぁ~お母さんたちに怒られるぅ」

「私は大丈夫かなぁ、命は?」

「お、俺は放任主義だから…」

 

先生を撒いた三人は各々自分のやってしまった事を少しばかり公開するが少しだ。

目の前には簀巻きにされてビクンビクン震える克也の姿がある。

流石にこのままじゃ可哀想ではないかと思い手を差し伸べるが……。

 

「日比野さん!絶対触れるな!」

「ひぃっ!?」

「今の克也は悪霊の塊だ。迂闊に開放したら逃げられるか乗り移られるぞ」

「克也は…克也は大丈夫なの?」

「……」

「そこんとこどうなの命?」

「前にも言ったけど、俺は見えるだけなんだ。一応対処できないか自分で調べてみたけどそれだけだし」

「じゃあ克也は?」

「……ごめん」

「う、うぅぅ~~~!!」

 

ボロボロ涙を流す絵美に命は悔しそうな表情を浮かべることしか出来なかった。

実はこの一週間、命の目に危険な悪霊とも入れる存在を多々見かけるようにになったのだ。

自分の身は自分で守らなければと考えて対処してみたが結局自分しか守れなかった。

もっと自分に力があればそう思わずにはいられなかった。

 

「んーーーーーー」

 

春奈も何とかしたいと思って考えるが自分は突っ込むのが得なだけで悪霊とかは殆ど不可能だった。

天を仰ぐつもりで空を見上げると、空から何かが落ちて来た。

 

「あ、お兄ちゃん!クラ姉!」

「なんかヤバい事になったって聞いて飛んできたが何があったんだ!?」

「どうしたんです……な、なんなんですかそれ!?」

 

二人が空から落ちて来た事に春奈は驚かない、二人が既に超常的な存在になっているのは春奈も知っているからだ。

恐らく、春奈の連絡を受けて二人は学校を飛び出してきたのだろう。

そして克也を目に捉えたクラレットの表情が大きく変わる、驚愕しているが最もクラレットが発しているのは……怒りだった。

 

「………」

 

ゆっくりと克也に向かって歩むクラレット、克也に近づくと塩水につけてたカーテンを引き剥がす。

自由になった克也は目の前のクラレットに襲い掛かるがクラレットは克也の顔を掴んでその動きを制した。

 

「……死にぞこないの分際で私の友人に手を出さないでくれませんか?」

 

バチィ!とクラレットの手から紫色の電撃が発光すると克也の全身を回る、

命の目には見えた、克也を覆いつくしていた悪霊が四散してく姿を、克也から悪霊が完全に消え去ったのだ。

バタリと倒れ伏した克也にハヤトが克也を起こそうとするが克也はまるで死んでいるように動かなかった。

それに恐怖した絵美も近づいて起こそうと克也を揺さぶり始める。

 

「克也…!ねえ起きてよ克也!」

「クラレット…やり過ぎたんじゃ…」

「た、確かに攻撃しましたけどこの程度で死ぬわけないじゃないですか。ちょっと待ってくださいね」

 

クラレットが克也に近づき胸に手をやる、目を瞑って何か集中しているようだった。

暫くすると、クラレットは何処かに視線を移し始めた。

 

「クラ姉、どうだった?」

「魂が…魂がないんです」

「魂?」

「生き物なら必ず持っている魂が無くなっているんです。たぶん悪霊の親玉に連れ去られたのかも知れません」

「そ、そんな克也…」

「もしかしてクラレット先輩、克也の体から出てる紐みたいなものって…」

「命には見えるんですね。そうです、これは西郷君のシルバーコードです。これの先に必ず西郷君がいるはずです。とりあえずみんなは帰っ――」

「わ、私も行きます!怖いけど克也を助けたいんです!」

「私も同じ気持ちかなぁ、だって克也は友達だし」

「見るだけしか出来ないけど、それでも力になれるなら行かせてください」

 

絵美、命、春奈が自分の意思をクラレットに伝える、

それを聞き届けたクラレットはため息を吐くと勇人に視線を向けた。

 

「どうします?勇人がいいなら連れて行きますけど」

「え?うぅ~ん、でもなぁ」

「先輩、お願いします!」

「………わかった、だけど無茶だけはするなよ?」

「流石お兄ちゃん!」

「それと命、春奈に無茶させないように見張っとけよ?」

「はい」

「え?それって私がいつも無茶してるみたいじゃない」

「「いやしてるだろ」」

 

命と勇人が二人で春奈にツッコミを入れる、それを受けた春奈は「またまた~」とおどけるが、

「じゃあ置いていくか」の一言で黙る事になった。

そして5人は悪霊に捉えられた克也を助けるべく、シルバーコードの先を目指すのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

5人が辿り着いたその場所は克也がいつも帰りに路地だった。

カラスがカーカーと鳴く声が聞こえる、それに絵美はヒッと驚き春奈に慰めてもらう。

二人は特に何も感じなかった、確かに少し息苦しい感じはするもののそれだけだ。

だが命は違った、彼は視線を感じていたのだ。

その身を貫くような視線、足を進めれば進めるほどその圧力は強くなってゆく。

逃げ出したい恐怖が命を襲うが、リヤカーに積まれている西郷克也を見てグッと気持ちを強く持った。

数少ない友人、西郷克也。自分は彼を友人だと思っている、だから助けたい一心でここに居た。

苦しそうな命の手が温かいもので包まれる、その手を見ると春奈が命の手を握っていた。

 

「命大丈夫?」

「な、なんとか……」

「まあ倒れたら私がおんぶしてあげるから安心して倒れてね!」

「それは流石に…」

 

相変わらずニコニコ笑う春奈の姿に命と絵美は安心する。

この異常な場所に居ながらも常に自分を失わない彼女に感謝した。

そして前を見る、命の前には勇人とクラレットの二人がいた。

克也のシルバーコードが見えない勇人は周りに何かいる事を感じ取っていた。

 

「……なんか拍子抜けだな」

「そう思うのは悪くないですけど、自身の力量を考えてくださいね?もう私も勇人も普通ではないんですから」

「ああ、そっか…」

 

自身がもう普通ではない事に勇人はため息を吐く、それが自分で選んだ道だがやはり普通がよかった。

やがてある場所に辿り着く、先頭を歩いていたクラレットの先には暗闇が広がっている。

 

「勇人、今から開きます。結界を張っておいてもらえますか?」

「ああ」

 

勇人がリヤカーに積まれていた木片を握るとそれを起点に透明の結界が張られた。

春奈達は勇人の張った結界に驚いて触り始める、恐る恐る触る絵美、ただ眺めてる命、

その中で面白がりながら結界に触れる春奈だったが触れた瞬間その部分が四散してしまった。

 

「っておい春奈、張るのもただじゃないんだから壊すな!」

「え?普通に触っただけなんだけど…」

「そうか…?まあいいや命もう一度春から春奈を見といてくれよ」

「は、はい」

「だから私普通に触っただけなんだってば!」

 

喚く春奈に気を向けずに勇人が再び結界を展開する。

対するクラレットは春奈が結界を無効化したことを気にしているが今は克也を助けるのが先だと意識を切り替えた。

クラレットは再び暗闇に目を向ける、暗闇はまるで巨大な人の口のように感じた。

だがこの程度の相手、クラレットは怯む事はない。バチバチとサプレスの電撃を発動させて周囲へと拡散させた。

その瞬間、周囲の景色が変わっていく、暗闇は剥がれてそこに隠れていた化生共が現れる。

春奈は驚く、絵美は恐怖する、命は怒る、そして勇人とクラレットはそれを見つけた。

 

「克也か?よく見えないんだけど…」

「はい………食べられてます」

「西郷…!」

 

青白く巨大な子供にまるで啜られるように克也は食われていた。

それを見たクラレットは一歩また一歩と近づいていく。

 

「覚悟は出来ていますか?いえ、覚悟する知恵なんて持っていないんですよね?なら……」

 

勇人以外の全員がクラレットから発せられる殺気に威圧されて恐怖する。

クラレットは怒っていた、何の力も持たず平穏な日々を受理していた友人を常闇に連れ込んだのだから。

彼らは触れてしまったのだ。誰よりも平穏の愛しさを知っている魔女の逆鱗に。

 

――――!!!

 

一斉に殺到する悪霊たち、しかしクラレットの両手から電撃が放たれた瞬間、彼らの意識は永遠に失われたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

カラカラとリヤカーの車輪が回る音が響く。

そのリヤカーには二人の人物が乗っていた、クラレットと西郷克也だ。

クラレットは克也の体に触れて何かをしているようだ。ただ妙に近くて克也は赤面していたが。

「そ、その先輩、まだ終わらないんですか?」

「魂を引き抜かれていたんです。もう少し調整しないと何かの拍子で抜けるかもしれませんし」

「たとえば?」

「頭にボールが当たった衝撃で、こうスポーンって」

「ヒィ」

 

克也は息を飲む、まさかボールが当たっただけでそんな事態になるとは思わなかった。

だが克也は体を乗っ取られていて魂を啜られていたのだ。

暫くけだるい日々が続くだろうがかつての勇人の様に魂が破損したわけではないので寿命が減るという事はない。

 

「だからもう少ししっかりと調整しとかないと…」

「だ、だから近いんですけど…」

「ちょっと克也!クラレット先輩にあんまりデレデレしないでよ!助けて貰ったんでしょ!」

「え?克也デレデレしてるの?お兄ちゃん怒っちゃうよ?」

「せ、先輩!?そういうのじゃないですから!?」

「いや分かってるから、お前らもからかうなって」

 

暫くしてクラレットが克也から離れると紫色の石、サプレスのサモナイト石を克也に手渡す。

 

「これを一週間は必ず携帯してください。あと無くさないでくださいね?希少なモノなんで」

「先輩、本当にありがとうございます」

「いいんですよ。大切な妹の友人なんですから」

 

笑顔のクラレットの姿を見た克也は赤面するが、近くで静観していた命を顔をしかめた。

悪霊を討つときのクラレットの雰囲気はあまりに恐ろしいものだった。

それなのに今のクラレットは自分の知る彼女のものだと、どちらが正しいか命は悩んでいた。

 

「気になるのか?クラレットの豹変っぷりに」

「え?いえあの…」

「あんまり気にするなって、記憶が戻っただけじゃなくてあれが今の普通なんだ」

「普通ですか?」

「敵対者にはとことん厳しく、身内はホントに優しい、それが今のクラレットなんだよ」

「……でも行き過ぎてませんか?」

「まあ、確かにそう感じるけど…、敵に甘いところ見せられたらどうなるかよくわかってるんだろうな」

 

リィンバウムでの出来事は大体聞いているが、詳しくは聞いていない。

きっと向こうで色々な事を経験したから今のクラレットがここにいるんだろうと命は考えた。

 

「怖いか?」

「確かに怖いですけど、きっとそのうち慣れる、うん頼もしくなると思います」

「そっか、それならいい」

「新堂先輩は…」

「ん?」

「今のクラレット先輩は怖くないんですか?」

「そうだなぁ……もっと好きになったかな」

「そうですか」

 

勇人の表情はとても愛おしい者を見る目だった。

家族を友人を恋人を、それらが混ざり合ったような優しい顔を、

きっと今のクラレットの為ならなんだってするような雰囲気があった。

 

「さて勇人、帰りましょうか?」

「もう昼か…午後の授業があるんだよなぁ…」

 

突然の連絡、二人は早朝から抜け出してここまで来たのだ。

ただでさえ出席日数が足りないのにそんな事をしたら本気で停学になってしまう。

流石にそれはマズかったため勇人とクラレットは学校に戻らなければならなかった。

 

「西郷君はそのまま家に帰ってしばらく休んでくださいね?それと絵美は西郷君だけだと不安ですから今日は送ってあげてください」

「うん、分かりました。まっすぐ帰るわよ」

「はいはい、先輩たち今日は本当にありがとうございます」

「じゃあ私も帰るかな!」

「いや、春奈達は学校に戻れよ。リヤカー帰さなきゃ駄目だろ」

「そ、それは明日でいいかな?」

「命、春奈から目を逸らすなよ」

「はい」

「え!?ちょっとなんで簀巻きにされ始めてるの!?しょっぱ!このカーテンしょっぱ!」

 

塩漬けにされたカーテンで簀巻きにされた春奈がリヤカーに積まれて命にカラカラ運ばれていく。

勇人とクラレットはその光景を見届けた後、二人に挨拶をして空に跳び上がって学校に急いで戻り始めた。

 

「………あのさ」

「ん?」

「今日は本当にありがとな」

「私何もしてないんだけどね…お礼は望月君に言ってあげて、気づいたの望月君だし」

「そっか…あんな友人がいてくれてよかったよ」

「そうだね、じゃあ帰ろっか」

 

絵美が克也の手をギュッと握る、それに対して克也は焦り始めた。

 

「お、おい何手を握ってるんだよ!?」

「え?だってこけたら魂が飛び出るかもしれないって先輩が…」

「だからってその…」

 

女の子特有の手の柔らかさに混乱する克也だが、

絵美はそんな克也を気にせずに手を引っ張り始める。

 

「ほらほら、克也のおばさんたちだって心配してたんだから早く帰ろうよ」

「う、うん…」

 

ほんの少し歯車が狂えば決してたどり着けなかった平穏な一幕、

その温かさに二人は気づいていない、だけどいつかは気づくだろう。

日常の温かさ、その愛しさを尊く思う気持ちを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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路地裏の悪霊、あえて名をつけるならそう付けるだろう。

彼らは人だけの霊ではない、この世に生まれなかった水子、幼いうちに死んだ動植物、

それらが混ざりに混ざった複合悪霊体ともいえる凶悪な悪霊だった。

通常の払い屋が挑もうと逆に食われてしまうそんな化け物だ。

余程の時間と場所が重ならなければ生まれないである悪霊が短時間で生まれてしまった、

それが今回の事件の真相だった

 

「なのだがな」

 

この街の払い屋、退魔師と呼ばれるモノたちがその現場に来ていた。

強いモノでは入り込めない臆病者の結界を張られていた為、気づくのが遅くなってしまった。

もし、望月命が気づかなければ多くの犠牲者が出てたであろう今回の事件、女性は一息ついた。

 

「だがどうやってあの悪霊を…、大宮頼めるか?」

「はい先輩」

 

大宮と呼ばれた女性、彼女は背中に背負っていた大きめの鉄扇を取り出して広げる。

すると蒼い炎が鉄扇から浮かび上がり周囲を照らし始めた。

 

「せ、先輩これって!?」

「……なんなんだこれは」

 

そこに映されてたのは壁一面に焼き付けられていた悪霊の跡だった。

見ているだけでも断末魔が耳に届くような光景がそこに描かれていた。

どうすればこんな事が出来るのか、どんな手段があればここまで行えるのか、それは分からない。

 

「これ悪霊の跡ですよね?浄化とか成仏とかそういうのじゃないですよね?」

「ああ、純粋な力技で消した様だな。壁が焼け焦げているな、まるで伝承に聞く神雷に様だ」

「こんな事が出来る人がいるなんて…」

「危険極まりないな」

 

第三者の目線で女性は答えた。

危険極まりない、人を脅かす悪霊をほぼ一方的に滅殺出来るのだ。

味方にすれば心強いが話したこともない人物を味方として捉える事は出来ない。

 

「先輩どうします? こんな事出来る人を野放しには…」

「そうだな…」

 

事情を話し保護するべきか、だがそれは保護という名の監禁だ。

だが野放しにするには危険すぎる力だ、もしそれを街の住人に向けられれば…。

 

「放っておくのが一番だと思う」

「……お前か」

 

彼女らの後ろから一人の少年が姿を現した。

 

「なぜそう思う」

「彼女は平穏を望んでいる、むやみに藪を突けば蛇どころか雷が落ちる」

「まさに雷だな、だが放っておくのは本当に大丈夫なのか?」

「確かに彼女は行方不明になる前と性格がまるで変っている、その本質は大きく変化したと言ってもいい」

「本質?」

「彼女は悪だ。目的の為なら一般市民すら犠牲にするのを戸惑わない冷徹な意思を保持している」

「それで…放っておけと?」

「ああ、手綱が握られてるからな。新堂の事だ。クラレットは新堂に依存している、前以上に依存しきっている、このどっちかが欠けてしまえばそれこそ彼女を止める術はなくなという事だ」

「だがその新堂という少年が敵対する可能性もあるだろう」

「それはない、新堂は底抜けのお人好しだ。敵対する意思を見せなければ街を守るこちらに対して必ず好意的になる。無理に手を出してどちらかを傷つければ取り返しがつかなくなる」

 

勇人とクラレットは一対だ。

もし二人のうちどちらかが欠ければ恐ろしい事になるのは明白だった。

 

「じゃあ協力関係を取るべきじゃないの?」

「それはそれで問題が出る。新堂なら問題はないが問題はクラレットだ。こちらに貸しを与えればどんなことにその貸しを使うか予想が出来ないからな」

「なるほどな…」

 

クラレットは普段は隠しているが冷徹で基本他人をすぐに信用しない人物だ。

もし組織として協力関係を気づこうとすれば貸しを作る前提で話さなければいけない。

一組織のエージェントである自分にはそんな権限はなかった。

 

「現状維持か…」

「それが理想的だと」

「あ、あのもし仕事中に鉢合わせになったらどうすれば…」

 

大宮が顔を青ざめて答える、仕事中に鉢合わせになれば問答無用に倒される危険性があった。

それについて女性は腕を組み考えている、そして一つの解決策を思いついた。

 

「大宮、お前医師免許持ってたな」

「え?ええはい一応」

「顔を会わせないから問題ならば、顔を強制的に毎日会わせればいいだけの事だ」

「せ、先輩それってもしかして…」

「そうだ、明日組織に連絡して潜入させてもらうぞ、籐矢」

「……真面目に授業してくださいよ」

 

月明かりが路地に入り込み、照らされた顔は深崎籐矢の姿だった。

普段の顔とは違い、心底面倒な表情を浮かべた少年剣士がそこにいたのだった…。

 

 




実は那岐宮は人外魔境の地だったんだよ!!!
 (; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)

という話は冗談で異常が起きているのが今回の話の真相です。
以上の原因はもちろん最終話で書かれたサプレスのエルゴの影響です。
僅かに開いていたレゾンデウムとリィンバウムを結ぶゲートの影響ですね。
UX見る限りリィンバウムに最も近い地は那岐宮だと自分は思ってます、
なんか大量に行方不明者が出ているようなので恐らく間違いはないでしょう。
一応↓に今回出た情報を記載しておきます。それでは次回からもよろしくお願いします。



※路地裏の悪霊
元々は雑多な地縛霊の一種だったのだがサプレスのエルゴの影響で活性化、悪霊と化す。
周辺の霊たちを取り込んで路地裏周囲を魔境と化そうとしたが感づかれたクラレット達に討滅された。
大半が子供の霊の集合体だった為か、強者に対して非常に憶病で隠れてしまう性質を保持してしまう為、発見が遅れて強大な悪霊になってしまった。
しかし普段力を隠し抑えているクラレットから隠れきれずに(西郷を捕まえてた事も理由)そのまま討滅される。

※サプレスの電撃
ファミィからガルマザリア経由で習得したクラレットの術の一つ。
サプレスの魔力を電撃状に変化させて敵を穿つそれなりの術なのだがサプレスのエルゴを保持するクラレットは必殺の威力に跳ね上がっている。
ちなみに霊のような剥き出しの霊質に限り一撃必殺の威力に跳ね上がっている。
組織が語る「神が起こす雷のようだ」とは殆ど同質のものでもある。

※蒼い炎
ルミノール反応調べる薬品見たいなもの、霊が居た霊跡を調べたりする術。


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