白髪の青年、バノッサをカノンが支えている。
その横にいる金の派閥の憲兵が頷くと二人はこの場から離れていく。
恐らく留置出来る場所まで移動してもらうのだろう。
「…キムラン、バノッサの奴は大丈夫なのか?」
「…ん?あァン?そりゃこんな事しでかしたんだ。見せしめに張り付けして市中引きずりに打ちく―――うおっ!?」
ゾクリとキムランの背筋に悪寒が走る。
ゆっくりと悪寒を感じた方を見ると、明らかに怒りを孕んだ目でこちらを睨むクラレットが見えた。
それを見たキムランは咳き込むと言いなおし始めた。
「まあ…ってのが普通なんだがよ。アイツは多分もうなにも出来ねぇ、それに無色の派閥に利用され続けたからな。ある意味被害者だな。だがやってた事がやってた事だ、悪いが無罪って訳には行かねぇ、多分一生労働させられるかもしれねぇな」
「そうか…そう、だな」
エドスがキムランの言葉を否定しようと考えるが、思いつく事はなかった。
バノッサの仕出かした事はそれほどなのだ。
スラムの人々を贄に捧げ、無色の派閥を使い城を襲い、挙句の果てに魔王を召喚してしまった。
利用されていたとはいえ決して庇護出来る内容ではなかった。
キムランが一生労働と言っていたが、それでも明らかに情状酌量してもらっているほどなのだ。
「エドス、大丈夫だ」
「そうですよ、エドスさん。バノッサ兄さんの顔を見てください」
「ハヤト?クラレット?」
二人の言葉に惹かれ、エドスがバノッサの方を見るとバノッサは安心している顔を浮かべている。
それはかつてバノッサが持っていたものだった、いつか見なくなってしまったバノッサの姿だった。
エドスは気づく、バノッサが本当に欲しかった居場所に今いる事を。
「生きていればきっといい事があります。なんたって私がそうですからね」
クラレットがウィンクした、自分が死ねばみんなが幸せになる、そう思った少女が辿り着いた答えだ。
「そう…だな。バノッサの奴は救われたんだな」
「ああ、俺達はバノッサを救えたんだ」
「全く、凄い奴だよお前らはな!」
「おっと!」
「きゃっ!?」
二人の肩を抱きエドスは笑う、自分がずっと気がかりだった友は家族の手で救われた。
今までにない喜びの笑みを浮かべるエドスに二人は驚きながらも笑顔で返すのだった…。
---------------------------------
「……にゅ~」
ところ変わってモナティは空を見ていた、帽子は吹き飛んだのか可愛らしい垂耳が目立っている。
まあ、それも泥だらけでズタズタの服装を着ていれば可愛さ半減だったが。
「なに阿保面してんのよレビット」
「ムイ」
「うにゅぅ!? エルカさんもクロさんもひどいですの!」
「きゅっきゅ~」
「が、ガウムまでひどいですのぉー!」
腕をぶんぶん振りぷんぷん怒っていたモナティだったが、周りはそれが微笑ましかった。
何せもうそんな光景は見られないかもしれないと諦めていたぐらいだ。
「それで、何か気になる事でもあるの?」
「えっと……ちょっとした疑問なんですが」
「ムイ?」
モナティが疑問を抱いた事を不思議に思う一行だった、
そしてモナティが口にしたことはとんでもない事だった。
「お空、割れたままなんですけど大丈夫なんですか?」
「「……………ん?」」
ハヤトとクラレットは何を言ってるんだろうと空を見上げた、
美しく光り輝く月、光の粒の様に天空を広がる星々、そしてガラスの様に割れている世界の割れ目、
世界は今だ割れていた。
「「……えぇーーーー!?」」
二人して大声をあげる、連続して色々な事があって一瞬頭から世界が崩壊してる事を忘れていた。
「ど、どういうことなんだクラレット?!」
「そ、そんなこと私に聞かれても!?私だってリィンバウムのエルゴやサプレスのエルゴが直してくれると思ってたんですよ?!」
「とにかくこのままじゃヤバいぞ!クラレット、どうにかして結界を直す事出来ないのか!?」
「さ、流石に結界を直す方法は…確か誓約者の力を使うって事は知ってるんですけど…」
「えっと…カイナ!何か知らないか!?」
「え!?私ですか!?私も流石にタウゼン様から教わっておりませんし、口伝でも伝わっては…」
「じゃあエルジン…は普通の召喚師だったな、エスガルド知らないか!?」
「スマナイ、私ノ情報ニモコレラニ対スルデータハ存在シナインダ」
「そっか…アカネ」
「アタシが知ってると思ってるの?」
「だよなぁ~」
「じゃあ……」
「(ふんす!」
「………どうすればいいんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいですの!どうしてモナティに聞いてくれないんですの!?」
「……えぇ、だってモナティだし」
「モナティですからね」
「そりゃレビットだし」
「ムイムイ」
「ひ、酷いですの!モナティは知っているんですの!」
自信満々で知っていると告げるモナティの姿を見て誰もが思う、
『本当に知ってるのかコイツ…』っと。
「まあ、知ってても不思議じゃないけど」
「そうなのかエルカ?」
「コイツ普段全然それっぽくないけど調停者って呼ばれる五大種族なのよ?レビットは私達メイトルパの中で一番世界の真実の近いとも言われる種族だし……性格に難あるけど」
ハヤトはそう言われ、モナティの爆発力の一端を知る、
だが同時にレビットがモナティっぽい性格が多い種族だと理解した。
「とにかくレビット、知ってるならさっさと言いなさいよ。侵攻が始まったら取り返しがつかないのよ?」
「そ、そうでした!コホン、じゃあモナティが言いますの!」
自信満々で腰に手を当て胸を突き出してふんすとモナティはする。
それを見て、エルカは額に青筋を立てるのをハヤトは見るが見なかったことにした。
「えっと……異界の~~5個のエルゴさんを一つにして……にゅ?召喚師さんが世界を包む結界を張って、繋がりを閉ざしたんですの。それで~えっと…」
「………」
ふわふわしていた、何というかふわふわしている。
その後も色々と語ってくれるがとにかくふわふわしている。
そして真面目に聞いてたがついにエルカが爆発した。
「アンタふざけてるの!?」
「にゅ!?うにゅぅ~~~!!?」
「ふっわふっわしすぎなのよ!1割ぐらいしか分かんないじゃない!」
「でもでも~」
「知ったか面してんじゃないわよ~!」
「うにゅぅぅぅ!!!?」
「……どうしよう」
ハヤトは頭を抱える、いやホントにどうしよう。
とにかくエルゴを一つに束ね、結界を構築したという事しか分からない、
自分一人でやるのか?それとも守護者の力でやるのか?
とりあえず迂闊に力を行使すれば未だ和解してない他のエルゴに干渉されるかも知れなかった。
満身創痍であるこの身、もう一度エルゴと戦う事になれば100%の確率で敗北する自信はある。
「…どうする?」
「どうしましょう…?」
ハヤトとクラレットは互いに顔を合わせて半分諦めていた。何せ何も手立てが無いのだ。
このままではリィンバウムに異界から侵攻されてしまう、そう思っていた。しかし…。
「何も起きないな…」
「そういえば、そうですね」
エルゴが去り世界にヒビが入った状態にもかかわらず何も起きない。
ヒビが入っているのはリィンバウム側だけなのか?
だがサプレスのエルゴが来たという事はヒビは両方に入ってるはず。
そう悩み始めるハヤトとクラレットだったが、その二人に声をかける人物がいた。
「結界の事ならしばらくは大丈夫よ。エルゴ達が少しだけ持たせてくれるみたいだから」
声をかけられたハヤトとクラレットがそちらに顔を向けると、
そこに居たのはメイメイとウィゼルの二人だった。
「「メイメイさん!」」
「…ハヤト、クラレット」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
近づいて来たメイメイが二人を抱きしめる、愛おしく、そして感謝の気持ちを込めてメイメイは抱きしめた。
しばらく戸惑っていた二人だったが、メイメイの様子に気づいた二人はそれを受け入れた。
「本当にありがとう二人とも、正直サプレスのエルゴが現れた時、私は諦めていたわ。だけど…貴方達は奇跡を起こした。貴方達が今まで育んだ。私達が到底考え着かない奇跡を起こしてくれたわ。もう一度言わせて、二人とも本当にありがとう、リィンバウムを救ってくれて、彼に希望を思い出させてくれて…」
「メイメイさん……お礼を言うのはこっちも同じです。メイメイさんが居なかったら俺もクラレットもここに居なかった。メイメイさんが俺達を救ってくれたから俺達は先に進むことが出来た。だから言わせてください。メイメイさん、ありがとうございました」
「…えぇ、私は間違っていなかったのね」
「はい」
二人はメイメイが自分たちに感謝している事を受け入れた。
それが今まで自分達を影から支えて来たメイメイに対する礼だとわかったから。
目に涙腺を浮かべたメイメイが離れるとウィゼルが近づいてくる。
「ハヤト」
「ウィゼル師範…えっと、その」
「全く、お前さんまた折ったのか」
「折ったというか…粉々に…」
ハヤトはその手に握られたサモナイトソードの欠片をウィゼルに渡す。
「最短記録だな。その最短記録がワシの最高傑作とは思わなかったがな」
「な、何も言い返せない…」
「ウィゼルさん、実際私の手の中で壊れたんです。だから」
「あぁ、クラレット、別に責めとるわけじゃないんじゃ。ただこの剣は自分で折れるべきだった。恐らくそう思ったのじゃな」
「自分で折れるべき?」
「クラレット、サモナイトソードはさ、精神の剣なんだ。俺はあの時、皆と一緒なら世界を変えられるって思った。その想いを繋げてくれたのはサモナイトソードなんだ。だからクラレットは切っ掛けにすぎないんだ。悪くない」
「ハヤト…」
「その通りだ。この剣は自分から折れる事を選んだ。剣という形を失ってなお、主を救いたいとな」
ウィゼルは誇らしげに、立派なった息子を見るような目をしてサモナイトソードを見た。
例え剣の形を失おうと主の為に奇跡を起こした誇り高き魔剣を見て満足だったのだ。
「とはいえ、このままの形で良いわけでもあるまい。ワシが鍛え直してやる」
「すいません、よろしくお願いします」
「安心しろハヤト、今度は折れる事がない、本当の魔剣を打ってやる」
「…はい!」
自信の相棒をハヤトはウィゼルに渡す。
もしサモナイトソードが無ければハヤトは誓約者であってもこの戦いを勝ち抜く事は出来なかった。
相棒を手放すのを惜しみつつ、彼は魔剣に感謝の気持ちを込めて手放した。
「さてと、本題に戻るんでしょ?」
メイメイの声が聞こえる、二人はそちらの方に視線を動かすと、
ギブソン達と一緒にいる上司だと思う人と話していたであろうメイメイがこっちを見ていた。
その人物はこちらを見定める様にハヤト達を観察している。
「ん?あぁ~気にしないでねお二人さん。この人、仕事の都合上で貴方達見てるだけだから何もして来ないわよ」
「は、はぁそうですか…」
「……」
「ハヤトはともかくクラレットは流石に気にするわよね。にゃははは!まあ気にしなくて本当にいいって、ある意味こっち側だし」
そう言われてクラレットもメイメイの言葉を信じる事にした。
メイメイは二人が落ち着いたと考えると、真面目な顔をして放し始めた。
「ハヤト、クラレット。二人は本当によくやってくれたわ。本当に…」
「でもメイメイさん、俺達じゃ結界を張る事が…」
「それはそうよ、ハヤトの中にあるリィンバウムのエルゴはね。結界を張ることが出来ないのよ」
「え!?」
「じゃ、じゃあどうすれば!」
「落ち着きなさいな、別にハヤトのエルゴが紛い物って訳じゃないのは貴方自身が知ってるでしょ?これは用途が違うのよ」
用途が違う、ハヤトとクラレットはその言葉に首を傾げる。
リィンバウムのエルゴはリィンバウムのエルゴではないのかと。
「あの人が持つリィンバウムのエルゴは強い万能性があったわ。溢れ出る膨大な魔力もそしてその魔力が形作りこの世に新しい法則を生み出したり、それこそ至高の万能性を持っていたわ。だからかしらね、あの人は最後の最後まで自分で何とかしようとしてしまった。下地を作りそこから自信が望む世界を、理想郷を生み出そうとした、私達には頼ってくれたけどそれでもどこか線引きがあったと思ってるわ」
悲しそうな顔で語るメイメイ、慕っていた先代の誓約者との間に何処か溝があったのではないかと彼女は今でも思う。
「だからなのよ。ハヤト、貴方の持つエルゴの力はそれらを抜いているの。ただ膨大な魔力の支柱、それだけでも世界最強の力は振るえるけどね」
「そうだったのか…」
「リィンバウムのエルゴはそこまで考えてたんですね」
「どう、かしらね。ただ同じ間違いを犯してほしくないって思ったんじゃないかしらね」
そう言うと、メイメイは水晶をハヤトに手渡す。
ハヤトはいきなり手渡された水晶に驚くが、それを受け取ると水晶が輝き始めた。
「メイメイさん…、もしかしてこれって!?」
「リィンバウムのエルゴ、この私が守って来たあの人が持っていた最後のエルゴの力よ」
光り輝く水晶を両手で掴みながらハヤトは理解する、
これは自分には手の余る代物だと、もしあの段階でこれを受け取っていれば恐らく扱いきれなかっただろう。
他のエルゴとは明らかに異なる力を秘めた存在にハヤトは畏怖する。
「怖い?」
「……はい」
「よろしい。もし怖くないって言ってたら説教してたわ」
「はは、そこまで鈍感じゃないですよ」
メイメイが空気を和ませてハヤトの力を抜いてくれる、
ハヤトは大きく深呼吸を一度した後に、水晶から目を離してメイメイを見た。
「それでメイメイさん、俺はどうすればいいんですか?」
「貴方はただ願うだけでいいわ。あとはエルゴ達がやってくれる。貴方は結界を自由にすることが出来るわ」
「自由に…」
「そう、自由によ。結界を消す事も出来る。もう一度今まで道理に張り直すことも出来る。そして…」
メイメイが目を瞑り思考する、だがそれもすぐに終えたのか覚悟を決めてメイメイは答えた。
「もう二度と破れない全ての世界を隔絶させる結界を張る事も出来るわ」
「なっ!?」
「ま、まさかこの世から召喚術を消す事が出来るんですか!?」
「ええ、実際千年前にその案は出てたわ。ただあの人とリィンバウムのエルゴの願いからそれは為さなかったけど…」
「この世から召喚術を…」
甘い言葉がハヤトを揺さぶる、この世から召喚術を消す。
それは異界の者たちにとって救いと言えた、召喚術がハヤトとクラレットを出会わせた。
だが、召喚術があったからこそこの世界は苦しみで溢れていた。
無ければどうなったか…今でこそわからないがもしかしたら平和な世界がそこにあったのかも知れない。
「駄目だ!駄目だ駄目だ!」
「おい、兄貴…」
「ふざけるな!召喚術を無くすだと!?そんな事は許さんぞ!」
「だがよ兄貴、それを決めるのはハヤトじゃねぇか」
「キムラン貴様分かってるのか!?召喚術が無くなれば我らは立場はどうなる!?」
イムランが憤慨する、実際召喚術を用いて利益を稼ぐ金の派閥には死活問題だった。
何せ召喚術が無くなるという事は明日からの仕事がなくなるという事だからだ。
だからこそハヤトとメイメイの話を離れて聞いていたイムランはそれを止めようと乗り出してきたのだ。
「イムランさん、今回は下がっててください。これは立場とかそういう次元の話じゃないんです。世界が掛かってるんですよ?」
「世界の為なら我らの派閥がどうなってもいいという事なのか!?クラレット!」
「そういうことじゃないですけど、元々召喚術が無くても発展する事は出来ます。私達の世界やロレイラルがいい例じゃないですか!」
「ぐ、ぐぬぬ!蒼の派閥、貴様らはどうだ!?」
イムランが蒼の派閥の方に視線を移す、話を聞いていた面々は表情を変えずに答えた。
「確かに、召喚術が無くなるというのは我らにとってあまり良くない事だろう」
「ほほう!そうだろそうだろ、クラレット!つまりそういう事だ、召喚術を消すなどという妄言を――」
「だが―――、それも悪くないと思っている自分がいる事も事実だ」
「な…に…!?」
「今回の件で改めて召喚術が危険な代物だと判断出来た。我々が使っている召喚術が世界すら壊してしまうものだとな。メイメイ、一つ尋ねたい。もし魔王が召喚されてなくてもいずれ結界は壊れていたのか?」
「あと50年ほどで壊れてたんじゃないかしら、色んな所で召喚術が使われ始めてたからね」
「やはりそうか、となると召喚術はあまり良いものではないのだな」
ギブソンは視線を落とす、生粋の召喚師であるギブソンにとってそれは悲しい事実だった。
世界の真理に辿り着こうとする蒼の派閥の定義を根本から覆されたようだった。
「でも、扱い方次第でしょギブソン。私達見たじゃない、召喚術の可能性をね」
「召喚術の…可能性か…」
ハヤトとクラレットが召喚したリィンバウムのエルゴ、自分達もその召喚に力を貸していた事実をギブソンは実感している。
「ギブソン先輩、ミモザ先輩、私思うんです。召喚術ってお友達を呼ぶ為の力なんじゃないかって」
「ミント?」
「だって…あんなもの見たらそっちの方が素敵だって思うじゃないですか」
笑顔で応えるミントに唖然とする、自分達よりずっと実力の低いミントが自信たっぷりに答えたのだ。
一片の疑いもなく、ミントは答えた。あの光を、あの奇跡を、それに関わった彼女が出した答えだった。
「……そうか、それが」
「ずっと…目を背けてたのね」
理解するとスッと二人の心にその答えが入ってゆく、
蒼の派閥が長年求め続けた世界の真理、それを二人は理解したのだ。
「…少し目を離したすきに成長するものだな」
蒼の派閥の召喚師、ギブソンやミモザの師であるグラムス・バーネットは笑みを浮かべる。
僅か数日、その数日で彼らがここまで変わったのだ。
自身も変わっている事をグラムスは理解する、恐らくあのエルゴによるものだろうと。
洗脳と言えば悪く感じるかもしれない、しかしあの光きっと悪いものではなかったのだろうとグラムスは思った。
「すまない、そういう訳だ。我ら蒼の派閥は同意を得られない」
「ぐぬぬ…!分かっているのか!?召喚術を…」
「兄貴、もうわかってるんじゃねぇか?」
「…キムラン、貴様」
「俺達にはその資格はねぇんだよ。召喚術を食い物にしてたツケが溜まってたって事だ。だろ?」
「………ふん!勝手にしろ!」
彼らのやり取りを見ていたハヤトは決して後悔しない選択をしようと思う。
ああすれば良かった、こうすれば良かった、そう思わない事にした。
「ハヤト、選びなさい。貴方が望む結末を、新たな誓約者の名の下に、新しい結界を紡ぐ時が来たわ」
全員の視線がハヤトに集中する、召喚獣の皆すら何も言わない。
誰もがハヤトが望む結末を否定する事はない、ハヤトはただ想った。
「俺は…俺の望むのは…」
リィンバウムのエルゴが、ハヤトの中にあるエルゴが、彼の想いに応える。
虹色の輝きが眩しく煌めく、その煌きはサイジェントを包み、そしてその輝きがリィンバウムを照らした……。
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「どうなったんだ?」
ガゼルがそう答えるが誰もその時に応えられなかった。
その中で安堵するような笑みを浮かべるハヤト、彼だけが答えを知っている。
「うにゅ?」
モナティの鼻に光の粒が落ちる、それをモナティが掴もうとするが雪の様に消えてゆく。
「これって何なの?」
「すっごい!光が降ってくる!」
「むー、触れられないのが残念ね」
「…きれい」
リプレや子供達がそれらに触れる、触れる事なく消えてゆく。
「あ!?みんな見てくださいですの!」
「うっひゃ~!何よこれ!?」
「世界が…輝いてる…」
光の粒が落ち、そして世界が光り輝いていた、この世のあらゆる場所でその輝きは起きている。
召喚師の面々はその輝きを見て気が付いた、この輝きこそ、彼が選んだ選択だという事を…。
「ハヤト、この光はまさか…」
「ああ、これは送還の光だよ」
「じゃあユエル達、もうお別れなの!?」
「ええ!?モナティまだマスター達とお別れしたくないんですの!」
「きゅーっ!」
「いや、違う。これは送還させる光だけどそうじゃないんだ。実際モナティ達は還らないだろ?」
モナティ達が自分達の姿を確認する、
送還される様子がない、これはただの送還術ではないという事だった。
「俺がこの世界で一番問題だと思ったのは、帰りたいと思うのに帰れない召喚獣の皆だった。きっとそれが無ければもっと世界はいいモノになってたはずなのにな、召喚師だってきっと召喚獣を道具の様に扱う連中だってもっと減ったと思うんだ。だから俺は望んだ、帰りたいと思う皆が帰れる世界を、そして…応えてくれたんだ。召喚獣とこの世界の住人が分かり合える結界を…」
召喚獣とリィンバウムの住人が分かり合える結界、
きっとこの結界だけで分かり合えるのは不可能だろう、だがこれは一歩だ。
この始まりの一歩があればきっと世界は変われる、ハヤトはそう信じていた。
「それが、貴方の答えなのね?」
「駄目でしたか?」
「そんな事ない、そんな事ないわ。あの頃とは情勢が違う、これが今この世界にあるべき結界だとしたら私は受け入れるわ」
「ありがとうございます、メイメイさん」
光り輝く世界をメイメイは見ていた、これは救世の光であり、争いを生む光でもある。
だが自分も、リィンバウムもそれを受け入れる、自分達がこの世界に住む命であるから…。
「ホントに…ホントに綺麗なんですのぉ…、エルカさんもそう思いますよね?」
「……ぁ」
「うにゅ?エルカさん?」
モナティがエルカの呟きに反応してエルカの方を見た。
「え、エルカさん!?どうして透けてるんですの!?」
エルカの姿が透け始めていたのだ。
それは間違いなく送還術によるものであった。
「そっか…そうよねアタシ」
「エルカ…還るんですね?」
「うん、アタシ帰るみたい」
「…そっか」
ハヤトはエルガが常々元の世界に帰りたいと呟いていた事を思い出す。
それでもハヤト達の所に留まっていたのは彼女にとって休息のようなものだったのだろう。
この事件が解決すればいずれフラットを離れ、彼女は元の世界に帰る為の探す旅を出ていただろう
「ハヤト、アンタ約束守ってくれたわね。ホントにアタシを元の世界に帰してくれるって約束、期待してなかったけど本当に叶えてくれた」
「エルカだって皆を守る為に戦ってくれただろ?そのお礼だと思ってくれ。まあ偶然みたいなものだけどな」
「ええそうね」
期待はしていなかった、だけどハヤトは約束を守ってくれた。
苛立ち元の世界に帰せと言葉を投げつけたエルカ、その願いをハヤトは叶えてくれた。
それが偶然によるものだとしてもエルカにとってハヤトは恩人だったのだ。
「エルカさぁ~ん!」
「……はぁ、ったく、お別れぐらいまともに出来ないわけアンタ」
「だってぇだってぇ~、モナティ、エルカさんとお別れなんて…」
「だったらアンタだってメイトルパに帰ればいいじゃない」
「でもでも、モナティはエルゴの守護者で…」
「あーもうっさい!」
「うにゅっ!?」
「いい!この馬鹿レビット!アンタはメイトルパのエルゴの守護者で、アタシたちの代表なの?わかってる!?」
「……にゅぅ~」
「…はぁ」
エルカがモナティに近づいてくる、それに気づいたモナティが何時ものように何かするのかとびくりと震えるがエルカはモナティをギュッと抱きしめた。
「え、エルカさん?」
「モナティ」
「はえっ!?エルカさん今名前…」
「一度しか、一度しか言わないわ。ねえモナティ、モナティの底抜けの明るさにアタシはね救われてたの。モナティは馬鹿でドジで間抜けだけどそれでも笑ってた。アタシに持ってないものをモナティは持っていて少し嫉妬してたけど、モナティが消えた時気づいたの、モナティは皆を笑顔にしてくれてたんだって、だからモナティが、アタシの大事な親友がメイトルパの代表になった時本当に嬉しかったんだから…」
「エルカさん…エルカさぁん」
「モナティ、アンタはアタシの一番の友達よ」
ギュッとモナティはエルカを抱きしめた、エルカもそれに応える様にモナティを抱きしめる。
二人は泣いていた、だけど悲しくて泣いているわけではなかった、二人は互いに想い合っているから泣いていたのだ。
ゆっくりとエルカがモナティの手から離れて一歩一歩と離れてゆく。
その場にいる全員が見える位置でエルカは答えた。
「メイトルパの皆はリィンバウムを憎んでる、ハヤトのお陰で沢山の亜人が元の世界に帰っても犠牲はなくならない、きっと多くの亜人が皆の事を憎んでると思う。だからアタシは伝えたいの!アンタ達みたいな人がいるっていうのはメイトルパのみんなに伝えたい、だからアタシは元の世界に帰る、そう決めてた」
「エルカ…」
「モナティだってエルゴの守護者として頑張るのよ?だったらアタシだってやってやんないとね!」
それは過酷な道だろう、恐らく味方は殆どいない否定されるだろう、拒絶されるだろう、
あるいは……殺されるかもしれない、だけどエルカは笑顔だった。
彼女は信じているのだ、フラットのような小さな世界がリィンバウムを、そして全ての世界に広がるという理想を。
信じているからこそ、彼女はその理想に向けて歩む事を決めたのだ。
「エルカ…何時でも呼んでくれ、世界なんて飛び越えて助けに行くからな!俺達は仲間で家族なんだ!」
「そうですの!エルカさんはモナティの大大大親友なんですの!」
「うっさい!馬鹿レビット!何度も言うな!」
「うにゅっ!?魔眼はやめてくださいですの~!?」
顔を真っ赤にしたエルカが魔眼を使ってモナティを痺れさせる。
痺れてばたりと倒れるモナティをハヤトは抱き起しエルカの方を見る、
ついにエルカの体の殆どが消え始めていた。
「……じゃあねお人よしのニンゲンども!アンタ達の事、メイトルパ中に伝えるからねぇ!」
エルカは満面の笑みを浮かべて送還されていった。
痺れながらモナティは笑いながら泣いていた、必死に旅立ちを見届けようとしていたのだ。
こうして一人の少女は旅立つ、理想という名の夢を胸いっぱいに詰め込んで……。
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光の雨が止む、それは彼らの物語の区切りだった。
ハヤトとクラレットの二人はこの希望の雨を降らすためにこのリィンバウムに来た。
いまならそう思える、そう信じられる、そう二人は思った。
「止んじまったな…」
「そうだな、多分ほとんどの召喚獣は元の世界に帰ったと思う」
「でもユエルはまだ帰らないよ?」
「う~ん、たぶんまだ帰ろうと思ってないんじゃないか?」
「なるほどぉ、道理でカザミネが還らないわけだ」
「まあ、いつでも戻れるのなら世界を旅してからでも遅くないでござるからな、拙者にとって後の憂いが無くなっただけで大助かりでござるよ」
「ん~?そうなのかなぁ?」
送還の光が発動しないユエルは自分がメイトルパに帰らない事をを不思議に思う。
だがこの光は帰りたいと願う召喚獣を帰らせる光なのだ。
発動しないという事はその召喚獣が、まだこの世界に居たいと思っている証拠だ。
「はぁ……」
「兄貴、何へこんでるんだよ?召喚術が無くなった訳じゃねぇんだろ?」
「キムラン、確かに最悪の事態は回避できたがな、お前まさか気付いてないのか?」
「あァん?」
「兄さん、本当に気づいてないのですか?」
「だから何だって言うんだよ?」
「全く貴様は、いいか!この送還の光がハヤトの言う通りのモノならば金の派閥の所有する召喚獣の全てが元の世界に還ったという事なんだぞ!どれだけの大損害か!?」
「私の華麗なペットは何匹残っているんでしょうね…」
「なんだそんな事かよ」
「そんな事とはなんだ!そんな事とは!」
憤慨するイムラン、諦めているカムラン、
そんな二人相手にキムランはニヤリと笑みを浮かべ自信満々に答えた。
「確かに今までの様にはいかねぇ見てぇだけどよ。どのみち限界は来てたんだ。召喚術が使えるだけまだマシだろ?クラレットの奴だって言ってたじゃねぇか。『自分達の世界には召喚術がなかったがリィンバウム以上に発展で来た』ってな!」
クラレットの講義は短い期間しか教えられなかったが一番興味津々で聞いたのはキムランだ。
年甲斐もなく未知の知識にワクワクした。語られる夢物語に興味が湧いた。
指針は既にある、ならあとは自分達が突っ切るだけだとキムランは理解していた。
「………そうか、くくくくく」
「兄上?」
「なるほど、つまり今リィンバウムで最も発展できるのは我らという事か、これはいい!まさに災い転じて福となす!この事象を利用し我らマーン家は更なる発展が約束されたという事か!ふはははは!!!」
「捉え方は自由ですね…、まあ私も諦めてやるとしましょうか」
歓喜するイムラン、華麗など投げ捨てて半場諦め始めてるカムラン、
二人の様子を見て笑っているキムラン、三人の召喚師は新たな世界で歩む事を決めた。
彼らが本当に正しい道を進めるのか、それはまだ誰も知らない……。
「楽観的というかなんというか、あの三人はともかく金の派閥は大変そうねぇ」
瓦礫に座り、膝に肘を付けながら顎に手をやっているミモザは呟いた。
「召喚術自体はちゃんと使えるみたいですね。二人ともありがとう」
ミントはセイレーンとドライアドを召喚して今起こってる現象の確認を行っていた。
召喚してもすぐには還る事はない様だ。だがこちらが指示を出さずとも自分から送還される様子を確認できた。
それを見ていたグラムスはこの現象に対して好意的に捉えていた。
「恐らくこの現象ではぐれ召喚獣や外道召喚師の被害は激減するはずだ。ギブソンお前はどう思う?」
「確かにそれらの事態は解決できるでしょう。しかし派閥の研究は大きく滞るかと…」
「まあ、それについては仕方がないだろう。元々全く見当違いの研究をしていたようだしな」
「グラムス様は我らの考えを認めるのですか?」
「ふ、私は元々そっちよりだ。ただこの地位になるとそう口に出来るものではないだけだ」
「そうですか」
微笑するグラムスの姿にギブソンは安堵する、敬愛する師範が自分と同じ考えを持っていたのだ。
それを見ていたミモザやミントも笑っていた彼らは好意的にこの事象を捉えていた。
「まあ、しばらくは派閥の混乱に対処するしかあるまい。忙しくなるぞ、最悪の事態を避けねばならんからな」
「ええ、リィンバウムのエルゴ……あの黄金の竜を見てない者たちは我々の考えには至りませんからね」
「ミモザ、それにミントよ。お前たちにも働いてもらうぞ」
「ええ、あの子たちの為にもなるなら頑張らせてもらいます」
「私も自分に出来る限りの事は頑張ります!」
恐らく心無い者たちは召喚獣に非道な事をして研究を続行しようと考えるかもしれない。
だが、リィンバウムのエルゴを見た彼らはそれを決して黙って見ていることなど出来ないだろう。
自分達に出来る事をやって見せる、ハヤトの理想を理解できる者たちが蒼の派閥にも生まれていた。
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「それで、二人はこれからどうするの?」
何時の間にか手を繋いでいたハヤトとクラレット、
二人のもう少し二人の幸せそうな姿を見ていたかったがリプレは二人に問いかけた。
二人は同時にリプレの方を向く、ハヤトとは少し考えながら答えた。
「そうだな、まあまずはサイジェントの復興だな」
「そうですね。もうほとんど廃墟になっちゃってますけどね」
見た限りの廃墟、ほとんどの人は避難したようだが犠牲も多い、
それでも多くの所で人々の姿が確認出来る、呆然とはしてるが絶望はしていない。
リィンバウムのエルゴによるものだとハヤトは理解できた。
ならあとは同じだ、バノッサの時と同じで生きていればきっと何とかなる。
「そっか、良かった二人とも世界を何とかするんだぁって感じで旅立ちかと思っちゃったわ」
「もうリプレ、そこまで酷くないですよ!」
「あはは♪」
「……ふふ」
リプレが笑いクラレットも笑う、いつか無くなったモノは取り戻せた。
そしてその中で得た物も多い、それをハヤトは実感していた。
「よーし!まずは瓦礫を片づけるか!」
「いや待てよ!お前ボロボロじゃねぇか!休めよ!」
「え?―――うぐぅ!?意識したら滅茶苦茶けだるい…しかも全身痛ぇ」
「流石アニキだな!疲れと痛みを忘れられるなんてすげぇぜ!」
「いや、あれ単純に痛みも疲れも普通とか思ってただけだからね。相当重傷でやばいわよアレ」
「うにゅぅ~!全身痛いんですのぉ!!」
「アンタもか!!ってエルカいないとツッコミ追いつかないわよ!!」
「あはは…」
ある意味常識人よりのアカネの困惑っぷりに笑うしかないカイナ。
ぶっちゃけ今のフラットにツッコミ役が不在気味なのは致命的だった。
「まあ、とりあえず休んだら復興かな…?」
「――悪いけど、まだ二人には決断してもらう事があるわ」
全員の話を聞いていたメイメイがまじめな顔をして答える。
「決断…ですか…?」
「そうよ。そしてこの決断は多分結界を張るよりももっと大事なモノになるわ、貴方たちにとってはね」
「大事な事…」
ハヤトからリィンバウムのエルゴの宿った水晶を受け取りメイメイは答える。
その口から伝えられた言葉、それはハヤトとクラレットを驚愕させる言葉だった。
「今、リィンバウムの結界が再構築されている最中なの、つまり結界が不安定って事…………今なら二人を元の世界に、レゾンデウムに戻してあげられるわ」
「「!?」」
二人の目が大きく開く、二人だけではない、フラットの面々もその言葉に驚いた。
元の世界に帰る、それは二人がこの世界に来て望んできた願いそのものだった。
「元の世界に……地球に帰れるですか?」
「ええ、ただ結界の狭間を作れるのは明日の朝まで、それを過ぎれば膨大なエルゴの力を宿す二人を送ってあげる事は出来ないわ」
「明日の朝!?」
「もう夜中であと数時間もすれば朝になるんですよ!?」
「それは…ごめんなさい、私にはこれが精一杯なの」
「……明日の朝、戻れる?」
実感が湧かない、二か月少しこの世界に居たが元の世界に帰りたいとは毎日のように思っていた。
だが、新たな目標が出来た今、その想いは揺らいでいた。しかしその願いは達成されようとしている。
「ちょっと待てよ!まさか、これでお別れだって言うのかよ!?」
「ガゼル…」
「ガゼルさん…」
「これからだろ!?これからなのにお前たち居なくなっちまうのかよ!?」
「やめてガゼル」
「リプレ……だけどよぉ」
「一番つらいのは……二人なのよ」
ガゼルの気持ちは分かる、あれほどの戦いが終わりやっと平和になったのにいきなり別れるのだ。
だが、一番つらいのはハヤトとクラレットの二人だ。
一番大変な時期に二人は帰る事を選ばなければならない事がリプレには悲しかった。
「メイメイさん、帰ってこれるのは何時頃になるんですか?一度来られたんだからもう一度戻る事だって…」
「ごめんなさい、私にはわからないわ。一年後か…十年後が…明日かも知れないし、もしかしたら百年後かも知れない、それぐらい世界は歪んでるの」
「そんな…」
クラレットが悲しむ、あれだけ迷惑をかけてしまった。
皆と一緒にこのサイジェントは復興したい、だけど同じぐらいに元の世界に帰りたい。
クラレットは悩む、そして悩んだあと彼女は答えを出した。
「ハヤト、貴方が決めてください」
「俺が…?」
「貴方が決めてくれるなら私は賛成できます」
「………わかった」
ハヤトは目を瞑り今までの事を思い出す、本当居に色々な事があった。
最初は無我夢中だった、クラレットを守る為に剣を振るい続け、この世界の闇を見た。
そして何時の間にか世界を救う事になった、だがその根底にあったモノは……変わらなかった。
覚悟を決めたハヤトはフラットの面々を見る。
最初から仲が良かった訳ではない、色々な出来事の中で家族と言えるぐらい大切な仲間になっていた。
惜しむように彼らを見続けてハヤトは答えた。
「みんなと一緒に居れて、俺は本当に楽しかった…。前にメイメイさんが言っていたことがあるんだ。こことは違うよく似た世界の俺は元の世界に馴染めなくてリィンバウムに誘われたんだって言われた時、実感できた。この世界は俺が本来いるべき世界だって言えるほど楽しい世界だった。ずっと、ずっとこの世界で楽しく生きていたい、そう思ってる」
そう答えて誰も笑みを浮かべなかった、子供たちは泣いていた。
ガゼルやエドスは手をギュッと握りしめていた。
誰もが真面目に聞いていた、そして理解していたハヤトの答えを…。
「でもその中で思い出すんだ。俺がこの世界に来た理由を……」
ハヤトはクラレットの手を強く握る、
クラレットもまた、ハヤトの手を強く握り返した。
「俺はクラレットを連れ戻す為にこの世界に来た、だから俺は帰る。それが俺の始まりだから」
ハヤトの宣言に誰も喜ばず困惑せず否定もしなかった。
唯々ずっと彼の口から語られ続けた言葉を改めて受け入れていた。
二か月にも渡るハヤトとクラレットの物語は今、終わりを告げようとしていた……。
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翌朝、アルク川にフラットの面々は集まっていた。
風に揺られ、アルサックの花びらが宙を舞っている。
ハヤトとクラレットの服はかつてこの世界に来た時のモノ、
大事に保管されていた学生服に変わっていた。
メイメイさん曰く、元の世界のモノを身に着けていれば元の世界に還りやすいそうだ。
「準備で来たわよ」
ハヤトとクラレットの後ろに空間が歪み光り輝くゲートが生み出された。
「ッ、もう時間見てぇだな」
もう少し長くなってくれればいい、そう思いながら舌打ちしてしまうガゼル。
そんなガゼルを見てハヤトとクラレットは少しだけ決意が鈍ってしまう。
「うにゅ…う、にゅぅ~~!」
「ムイムー」
「だってぇだってぇ~」
「きゅー」
「でもガウム~」
「……なんて言ってるんだ?」
「泣くの早過ぎだって、それに昨日いっぱい泣いただろだってさ」
エドスの問いにユエルが答える、昨日あれだけ泣いたのにモナティはまだ泣いてた。
それほどまでに自分達と離れたくないのかと理解してしまう。
「なあやっぱり…」
「駄目よ、クラレットだけでも不安定なのよ?ゲルニカの力を受け入れてるモナティなんて連れてこうとしたら途中で界の狭間に落っこちるわよ」
「……」
泣きわめくモナティだけでも連れてこうと考えた、
だがモナティの中にある魔力があまりにでかすぎてメイメイさんの力では制御できないのだ。
無理に連れて行けば界の狭間に落ちて永遠にさまよう事になってしまうかもしれない。
そう考えるとモナティを連れていくことは出来なかった。
「モナティ、泣かないで?」
「ユエルさぁ~ん」
「よしよし」
ユエルがモナティをあやしている、狼は子育て力が高いって聞くが、
どうやらオルフルでも同じの様だとどうでもいい事をハヤトは考えていた。
「うぅ…!(ギュ」
「ラミ…」
ラミがハヤトにしがみ付く、ボロボロと涙を流してハヤトを引き留めようとしていた。
「いかないで…おにいちゃん、いかないで…!!」
「ラミ…わかってくれ俺は」
「ラミ…ラミね?おにいちゃんとけっこんするから、そうすればずっといっしょ、だよね…?」
「……けっこん?」
「(こくり」
「おいフィズ、いやアカネだな!」
「うわっ!?なんでバレた…べ、別に間違いじゃないでしょ!?」
「全く余計な事言うなって…」
ハヤトの肩に手が乗る、その手の先の人物をハヤトは見た、クラレットだ。
「ハヤトは色んな人に好かれますねぇ。―――言っときますけど許しませんからね?」
「痛った!?マジで痛い!わかったわかったから!?」
「ならいいですけど…」
「あはは、相変わらずね二人とも」
二人の何時ものやり取りにリプレは笑っていた。
ハヤトは肩を擦りながら目線をラミと合わせた。
「なあラミ覚えてるか?」
「?」
「前にさ、俺が寂しいって言った時、ラミは言ってくれたよな?ここを自分の家にすればいいってリプレの子供になれば寂しくないって、アレさ本当に救われたんだ。ラミがそう言ってくれたから俺は家族になれたんだって思うんだ」
「………」
「俺には家族が二つあるんだ、だから戻らないといけない、でもいつか必ず帰ってくる、約束する、だから行かせてほしいんだ。向こうで待っている家族の為にも」
「…(スッ」
ラミがハヤトを抱きしめていた手を離す、そしてリプレに駆け寄り抱き着いた。
リプレはそんなラミを優しくなでそして優しそうな目でハヤトとクラレットを見る。
「フラットを立て直したら貴方達の部屋を絶対に用意しておくわ。だって私は貴方達のお母さんだからね」
「リプレ…」
リプレの言葉にクラレットの瞳から滴が零れる。
それを見ていたハヤトは改めて仲間たちを見始めた、
一人一人がハヤトにとってかけがえのない仲間達、
彼らとの出会いを自分は決して忘れる事はないと実感していた。
「マスター、モナティ、エルゴの守護者としては全然未熟ですけど、マスターが帰ってくる時には立派なエルゴの守護者になるって決めてるんですの!だからモナティは頑張ります!」
「ああ、頑張れモナティ!」
「うにゅぅ♪」
「ハヤト、ここにはいないラムダ達の分まで言わせてくれ、私達の街を守ってくれてありがとう」
「レイド…」
「なあ兄貴、俺っちはまだまだだけど、兄貴のみたいに大切な仲間を守れるぐらい強くなって見せるからな!」
「ああ、期待してるぞジンガ!」
仲間達がそれぞれの想いを最後にハヤト達に伝えてゆく、
もう残された時間はあと僅か、その僅かな時間を何とか繋ごうとしていた。
「時間よ」
二人が後ろを向くと安定しているゲートが、その門の向こうに自分達の世界がある。
ハヤトとクラレットの二人は互いに離れないようにしっかりと手を握り歩んだ。
やがてゲートが目の前に差し掛かった時、もう一度フラットの方を見て二人は答えた。
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃい」
リプレだけがそう答えた、フラットの皆は答えない。
だがリプレが言えればみんなは満足だった、なぜならリプレは自分達の母だからだ。
そして二人は笑顔のままもう一度ゲートの方へと歩み始める。
やがて二人はゲートの中で光に包まれて消えてゆく、
そして光で全員の目が眩んだ後、そこには何も残っていなかった。
「行っちまったな…」
「うん、でも悲しくはないわ。だって…」
リプレが何歩か前に進みクリルとフラットの面々に顔を合わせる。
満面の笑みで彼女は答えた。
「見送り、出来たんだから」
行ってらっしゃいが言えた。
ならいつかきっと彼らは帰ってくる、そうリプレは信じていた。
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光の道を通り抜けてゆく、万色に彩られた道をハヤト達は抜けてゆく。
二人は互いに抱き合いながらこの道を進んでいた。なぜならクラレットはリィンバウムの住人だからだ。
前に前に進むにつれてクラレットが引っ張られる力が上がってゆく、だが恐怖はなかった。
この先にあるモノ、自分達が望み続けた世界が待っているからだ。
やがてクラレットを引っ張る力は千切れ二人の勢いが増して道を進んでゆく。
そして白き光が自分達の前に現れ、ハヤトとクラレットは迷いなくその中へと飛び込んだ。
「――――――あぁ」
クラレットのから声が零れる、その目には涙腺が浮かんでいた。
ハヤトも同じだった、感傷深く目の前の景色に心奪われていた。
「帰って来たんだな」
「はい、帰って来たんです」
二人は見下ろしていた、立ち並ぶ住宅地、動いている自動車、人々が生きている音。
それらが全て懐かしい、自分達が望み続けていた平穏な光景がそこにあった。
それらを見ていてハヤトは思った。帰ろう家へ、と。
だがそんな思いも予想していない出来事に阻まれる。
「あー!ホントに!?ホントに春奈の言った通りセンパイたちだ!」
大きな声が後ろから聞こえる。
ハヤト―――いや勇人とクラレットは後ろを向いた。
そこに居たのは自分が心の中で気にかけ続けた人たちだった。
深崎籐矢、樋口綾、橋本夏美、日比野絵美、西郷克也、望月命、そして……。
「センパ―、ちょっと克也放してよ!」
「落ち着けって最初は決まってるだろ!」
「あ、そうだったね」
二人のやり取りを見ながら二人の後ろから一人の少女が歩いてくる。
とても小さく、サイドテールを揺らしながら、顔を下に下げながら歩いてくる。
俺達は動かなかった、ただその子が…俺達の大切な妹が自分達の下に来るのを待っていた。
「お兄ちゃん、クラ姉」
新堂春奈は顔を上げる、涙を流しながら笑顔で俺達の事を迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
そして春奈は俺達に抱き着いた、俺達は二人で春奈を抱きしめた。
泣きじゃくるように、甘えるように、春奈は俺達に抱き着く。
俺達は力いっぱい春奈を抱きしめた、苦しいと思わせてしまうかもしれないが放したくなかったんだ。
「春ちゃん」
クラレットは優しい表情で春奈を見る。
「春奈」
勇人は安心させるように意識して春奈に目を合わせた。
紡ぐ言葉はたった一つだ、この物語の終わりを占める言葉だ。
誰もがそうであろう帰って来た者が言う一言、この言葉を言うまで本当に長い長い物語だった。
いつかまた俺達は家を出るだろう、だがそのたびに言葉を紡ぎ、そしてこの言葉で占めるだろう。
俺達の新しい物語はきっと続く、だからいまだけは家族の下で休みたい、そう二人は思った。
この平穏な日々を、やがてリィンバウムに広げる為に………。
「「ただいま」」