サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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長い長い執筆を重ねてやっとたどり着けました。
最終話よろしくお願いします。


最終話 リィンバウム

 世界の崩壊の兆し……。

 それはリィンバウムだけに収まらなかった……。

 

 四界の欠片から生み出された世界、レゾンデウム。

 そしてリィンバウムに最も近い土地、那岐宮の町。

 その街で異変は起こっていた。

 

「今日快晴って言ってたのに…、降らなきゃいいんだけどなぁ~」

「そう…だね…」

「? 日比野さんどうしたの?」

 

 那岐宮中学校の昇降口でクラスメイトと日比野絵美が話していた。

 他愛もない世間話だったが、絵美はそうは感じなかった。

 単なる曇り空、だがどこか渦巻いているように見える、それが彼女にとって余りに不気味に感じていた。

 

「あ! 私用事があるんだった。じゃあ日比野さんまた明日!」

「う、うん。また明日」

 

 クラスメイトが手を振りながら帰ってゆく、絵美も同じように手を振っていた。

 その姿が見えなくなるまで振り続け、ゆっくりと手を下す。

 少し歩み、校庭の真ん中付近で空を見上げる、灰色の曇り空が見えるが薄く紫色に見えたりもした。

 どう見ても普通じゃない、自分だけおかしくなったのかと絵美は不安になる。

 

「今日はサボりか?」

「克也こそサボり?」

「そうだな、今日はサボりだな」

「不良じゃない」

「お前だってサボりだろ」

 

 絵美の幼馴染、西郷克也が彼女の横に立つ、同じように空を見ていた。

 それだけで絵美は気づいた、彼が自分と同じようにこの空に不安を感じている事に…。

 そして自分達が不安に感じているという事はあの二人も同じように不安に感じているという事を…。

 

「今日、春奈お休みだったね」

「うん、命の奴も休みだった」

 

 望月命と新藤春奈、少しばかりクラスから浮いている二人だが二人にとって大切な友達だった。

 特に命の所は最近訳アリの住人が増えたばかりでゴタゴタしている、その事も気になっていた。

 

「いつまで続くんだろうね。こんな事…」

「そうだな……」

 

 楽しい中学生活、そんな筈だった。

 楽しくないわけではない、新しい出会いもあるし、楽しい事だってある。

 だけどどこか穴が開いているような気がして…心の底から楽しめなかった。

 

「………」

 

 ふと絵美は空をもう一度見上げる、そして何も考えずに呟いた。

 

「明日晴れるかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 那岐宮に古くからある武家屋敷、その窓際の部屋に布団が敷かれている。

 その布団の中に彼女、樋口綾は寝ていた。

 

「もういいかな?」

 

 ゆっくりと体を起こし、脇に挟んでいた体温計を確認する。

 適温よりほんの少しだけ高いが、昨日の夜の高熱に比べれば下がっているのが確認できた。

 

「熱、下がっちゃった」

 

 綾は数日前から高熱で寝込んでいたが、今日の朝起きたときは気分が良かった。

 大事をとって学校は休み、もう一眠りした後、もう一度体温を測ったが問題はないようだった。

 

「………」

 

 気だるい体を起こし、寝間着姿で障子を開けると曇り空が広がっていた。

 どこまでも不安に感じる空、単なる天気なら気にしなくてもいいのだがそれでも気になってしまう。

 

「…………勇人君」

 

 何も考えずに彼の名前を呼んだ。

 二か月前に行方不明になった少年の名前を、

 それを知った時、頭が真っ白になった、いつも顔を合わせていた大切な……友人が消えた。

 だが詳しく話を聞くと居なくなったのは彼の兄妹であり、大切な人であったクラレットだった。

 彼はクラレットを取り戻す為にどこかに行ったと夏美は言っていた。

 

「……今、何してるんだろ」

 

 二人は何をしてるんだろう、元気にしているんだろうか。

 そんな事を考えてしまう、ただ帰ってきてほしい、その想いはドンドン膨らんでいく。

 

「風邪、引いてないといいなぁ」

 

 自分が苦しんだ症状を彼が患っていないといいなぁ…。

 そんな事を綾は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………」

 

 墓地に一人の少年がいた、学校では優等生であり普段休む事はない人物がそこにいる。

 少年の名前は深崎籐矢、彼は墓参りに来ていたのだった。

 深崎家と書かれた墓石、その下には彼の弟が眠っている、ある事故が原因で命を落としたのだ。

 籐矢にとってその事故は今もなお心を蝕むモノだった、その為どのような事情があろうと命日には必ずここに足を運んでいる。

 

「……いくか」

 

 お墓の手入れを終えた籐矢は顔を上げ、墓に向けて頭を下げると墓地から出てゆく。

 午前中に来たため午後からは学校に行けると考えて足を進めていた。

 

「…嫌な風だな」

 

 ふと上を見上げると灰色の空が目についた、薄く紫色に見える雲、

 明らかに普通ではないが原因は何となく察していた。

 

「新堂とクラレットさんは大丈夫なのか?」

 

 深崎籐矢は理解している、この現象の原因にあの二人が関わっていることを、

 そしてその結末次第ではこの世界に何かが起こってしまう事を、【こちら側】の人間としてそれは察していた。

 

「やっぱり学校に行くのは止めだな、家に戻って準備しとくか」

 

 あの二人がどういう結末に辿り着こうと結果的に何かが起こる、そう籐矢は理解する。

 出来れば何も起こってほしくない、だがそれよりも彼が望んでいるのは。

 

「帰って来いよ。二人が居なくちゃつまらないんだ…」

 

 自身の過去を埋めてくれた二人の帰還、それだけが籐矢の望みだった。

 

 

 

 

 

 

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「ウウゥゥゥーーーーアァァーーー!!?」

「デュウッ!うぐっ!!」

 

 望月命、そして彼の新しい家族になった銀髪の幼子デュウ、

 デュウが家に来て一週間ほど達、名前が分かった頃それは起こった。

 夜から高熱で眠りにつけなかったデュウ、それを看病していた命だったが彼にも異変が起こっていた。

 右手の掌が疼く、最初はそれほどでもなかったが、朝になる頃にはそれは激痛へと変わっていた。

 右手を見ると僅かに光を発しており、明らかに普通ではなかった。

 だが目の前で苦しむデュウに比べれば自分はマシだと考えていた、だがそれでも痛みは治まらない。

 

「二人共しっかりするんだ!」

「お…じさん…」

「うぅ…っ!うぅぅ!!」

 

 命の叔父、望月戒がデュウの目と命の手に手を当てると痛みが引いてくる。

 だが、それが止まる事はない、絶え間ない鈍痛が二人を苦しめるが先程よりも幾分も楽だった。

 

「戒叔父さん、何が起きてるんですか?俺達の体に何が!?」

「……すまない」

「おじさん!」

「私にはどうすることも出来ない、こうして痛みを和らげる事も根本的な解決にはならないんだ」

 

 そう答える叔父の言葉に命は責めようとは考えなかった。

 普段から何か隠し事をしてはいるが、自分達を本当に想ってくれていることは理解してるからだ。

 

「そう……でも戒叔父さんは俺達を助けようとしてるんだよな…?だったら…」

 

 信じる、その一言を口に出そうとするが言葉として口から発せらなかった。

 がくりと意識が暗闇の中へと落ちてゆく、そんな命を抱きとめて戒はデュウと同じベッドに寝かせた。

 

「伝えられなくて済まない……だが答えるわけには行かないんだ。私達の都合で生まれた命を巻き込む事は…出来ない」

 

 悔いるように答えた戒は鍵の掛かった小箱を取り出してそこから無色に輝く石を取り出す。

 そこから発せられた光がデュウと命を包み込み二人の表情が安らかなモノへと変わってゆく。

 

「こうして先延ばしにしか出来ない、だがその瞬間まで君達は必ず私が守ろう。私にはその責任があるんだからな」

 

 二人の事を気遣いながら、戒のその表情は晴れることはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「な、なんなのよこれ…!」

 

 夏美は戦慄していた、どうしてもと言うから春奈に着いて学校を休んだ夏美だった。

 何時もの様にやってきた公園、しかしそこは異界と化し始めていた。

 空を渦巻く黒雲が紫色の光を降り注がせながら何かが変わってゆく、

 夏美は理解する、このまま此処にいてはいけない、すぐに離れなきゃいけないと。

 

「春奈!なんかやばいって!すぐにここから離れない―――」

「同じだよ」

 

 春奈が呟く、紫色の光が降り注ぐ中で何も変わらない少女は夏美の方を向いて答えた。

 

「どこに行ったって同じだよ夏姉」

「―――春奈?」

 

 何時もと雰囲気が違う春奈にどこか畏怖する夏美、

 そんな夏美の姿を見て春奈は悲しそうな表情を浮かべるが、視線を空へと向けた。

 

「私分かる、お兄ちゃんが戦ってる、クラ姉が頑張ってる、だから…離れない」

 

 そう呟いた春奈、兄妹だからか、もしくは家族だからか、あるいは別の要因か、

 どちらにせよ春奈は理解していた、兄と姉が戦っていると世界すら超える力のぶつかり合いの中心にいると。

 

「絶対に…離れない」

「………!」

 

 夏美が歩む、恐怖はある、素足で逃げ出したい思いはある。

 だけど夏美は勇気を振り絞り春奈の隣に立って手を握った。

 春奈の手は震えていた、恐怖心で震え上がっていた、夏美がその手を握りしめるとやがて震えが止まる。

 

「夏…姉…?」

「勇人に頼まれたからね、春奈を任せるって、逃げ出す事なんで出来ないわよ♪」

「夏姉…!」

 

 ウィンクした夏美の顔を見た春奈は笑顔を浮かべる、そして空をジッと見つめ返すと呟いた。

 

「お兄ちゃん、クラ姉。負けないで…」

「帰ってきなさいよ…、あんたを待ってる人は沢山いるんだから帰ってきなさいよ勇人、クラレット!!」

 

 二人は互いに手を取り合って帰還を願う、きっと帰ってくるという希望を信じて………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 漆黒ともいえる黒雲が渦巻く、それに包まれながら一つの都市が絶命していた。

 サイジェント、かつて緑豊かな都市だった。しかし人間の利益を求める欲に蝕まれ、水は汚れ大地は荒廃していく。

 そしてそれらを代償として生み出された建造物も今圧倒的な存在に破壊された。

 逃げ延びた民草は絶望を見る、黒紫色の光り輝く竜、サプレスのエルゴの姿を、この世界に終止符を討つであろう存在を。

 決して抗えない絶対的な存在を彼らは見るだけしか出来なかった……。

 

「…………うぅ」

 

 純白の衣は土埃と赤黒く変色した血で染まり痛々しい姿をした少女が目を覚ます。

 濃密なサプレスの魔力、リィンバウムからは決して感じる事のできない魔力が彼女を揺さぶっていた。

 そして落ちていた意識を汲み上げてクラレットは意識をはっきりさせて周りを確かめ始めた。

 

「どうして…確かにサプレスのエルゴの攻撃を受けたはずなのに」

 

 自身が生きている事に違和感を感じるクラレット。

 サプレスのエルゴの攻撃を受けた辺りまでは覚えているが意識が飛んだためそこから思い出すことは出来なかった。

 

「ハヤト…、ハヤトはどこに?」

 

 視界を回し、ハヤトの姿を探すクラレット、程なくしてハヤトの姿は見つかったが…。

 

「あ……あぁ!ハヤトォ!!」

 

 クラレットの眼下には瓦礫に押しつぶされているハヤトの姿があった、

 片手を前に突き出した姿をしている、自分を庇った事を理解した。

 すぐさまクラレットは両手で瓦礫を持ち上げようと魔力を籠めるが、激痛が走り手を放してしまう。

 

「魔力過剰症…!こんな、こんな時に!!」

 

 クラレットも人間だ、ハヤトほどではないが限界を超える魔力を放出し続け既に体はボロボロだった。

 おまけに彼女には肉体を魔力で強化する戦い方はそう得意ではない、その為今は瓦礫一つ動かせない程疲労していた。

 

「こんな!こんな瓦礫一つ!どうして動かせないの!お願い動いて!このままじゃハヤトが!動いてぇぇぇーーーッッ!!!」

 

 10メートルはあるであろう巨大な瓦礫の前にクラレットは全魔力を用いて動かそうとする、

 だが動かない、全身から血が滲み始めるがそれでも彼女は何とかしようと足掻く。

 そんな彼女に声が届く。

 

『クラレット!聞こえますかクラレット!』

『クラレット!我々を呼べ!早くしろ!』

「ガルマザリア?エルエル?でも二人はバノッサ兄さんに倒されて…」

『いいから早くしなさい!ハヤトを死なせたいんですか!?』

「は、はい!ガルマザリア!エルエル!」

 

 クラレットが召喚術でゲートを開くとそこからガルマザリアとエルエルが飛び出してくる。

 クラレットは二人を見て驚いた、二人は完全に固定化されていたからだ。

 そんなクラレットの様子を気にかけず二人はまっすぐにハヤトの瓦礫に突っ込んで粉々に粉砕する。

 そんな破砕した瓦礫をエルエルが結界で守り、ハヤトは救出された。

 

「ハヤト!」

 

 クラレットはハヤトの傍に駆け寄る、あんな瓦礫に押しつぶされていたのだ。

 骨どころか全身が潰れていてもおかしくはなかったが、ハヤトはほとんど無傷に近かった。

 

「どうしてハヤトが傷を……サモナイトソード?」

 

 僅かに光を発するサモナイトソードに視界を収めクラレットは気づく、

 おそらくサモナイトソードが微弱な結界をハヤトに纏わせ、ハヤトの致命傷を防いだのだと。

 今のハヤトは召喚術による治療は逆効果ともいえる、クラレットはサモナイトソードに感謝しハヤトの無事を喜んだ。

 

「うぅ…、ク…クラレット…?」

「ハヤト、大丈夫ですか?」

「確か、咄嗟に結界を張って、だけど瓦礫がクラレットを押しつぶそうとして…そうだ、それに潰されたんだ」

「ハヤト、ありがとう。貴方が庇ってくれなきゃ私――」

『話はそれまでにしろ。見ろ、お前たち』

「ガルマザリア?その姿は…」

 

 ハヤトはガルマザリアの姿がいつもよりもはっきりしてることに気づく、

 召喚されたばかりの悪魔や天使とはまた違う雰囲気を彼女は纏っていた。

 だが、彼女らに言われた通りに天を見上げる。そこには奴がいた。

 天を覆いつくす程の巨体で半透明でありながらその存在感は圧倒的だった。

 漆黒の体に全身から紫色のサプレスの魔力を放出し続ける存在。

 サプレスのエルゴ、それがここに存在していた。

 

「いけない…このままじゃ」

「?」

『ハヤト、クラレット、先程の問いに答えてやろう。我々がなぜ最初から完全な固定化状態なのか』

『それは単純な話なんですよ。既にこのサイジェントは霊界サプレスの一部に変質し始めているんです』

「なっ!?」

 

 二人の言葉にハヤトは驚いた、世界の事も召喚術の事も未だよく理解できていないハヤトだったが、それがどれだけ危険な事であるかは分かっている。

 世界は絵の具なのだ、他の世界を他の世界で塗りつぶしてしまえばそこにあるのは全く異なる世界、つまりサプレスのエルゴはリィンバウムを自分の世界で塗りつぶそうとしているのだ。

 

「このままじゃ!結界が持ちません!!」

 

 カイナの叫びが聞こえる、既に結界は壊れているがまだ一部分だけだ。

 だがこのままエルゴをこの世界の留めておけばやがて結界は確実に壊れ切ってしまう。

 

 ―――我が望みはこの世界を新生する事、それこそ世界を救う道だ。

 

 サプレスのエルゴは語る、世界を新生させる。

 つまり今を滅ぼし新しくすると、この世界から物質を消し去りサプレスのような世界に作り替えると。

 だが、それを受け入れるハヤトではなかった、クラレットの肩を借りて立ち上がる。

 

「新生させるだと…!ふざけるな!お前の世界じゃないんだからとっとと元の世界に帰れぇ!!」

 

 ハヤトがサモナイトソードをサプレスのエルゴに向けると光の柱が生み出される、

 サプレスのエルゴに向けて放たれた光の柱、しかしその光は余りに細かった。

 サイジェント並みの巨体を押し戻そうとハヤトは力を籠めるが押し戻すことは出来ない。

 

 ―――物があるから人は欲を求める、欲が生まれるから人は争う事を選ぶ、そしてその争う手段に欲を得る為に我らが異界の者達を利用しようとする、だから我らは決意したのだ。各々の手段を用いでこの事象を解決へと導くと。

 

「それが…!それがこの世界を滅ぼす事なのか!?話し合おうとしないでただお前たちの都合で滅ぼす事を選んだのか!」

 

 ―――既にそれは千年前に説いた、その結果がこれだ。だからこそ我らは今を滅ぼし新生させることを決意したのだ。

 

「千年前の事なんて一々覚えてる訳ないだろ!今を生きる俺達にその事を伝えてくれなきゃ分からないだろ!」

 

 ―――それはそちら側の考えだ、リィンバウムが放置したのがそもそもの原因だ。

 

「…それは」

 

 リィンバウムは絶望していた。

 ハヤトに託した後も行動を起こしてはいない、もしかしたらまだ絶望しているのかもしれない。

 その結果、自分の世界の住人が滅びようと諦めるだけなのかもしれない。

 

 ―――だが安心しろ、他の世界はともかく我はお前たちを滅ぼさない、肉体から魂を解き放ち我らが世界と同じ存在に変化させるのみ。

 

「変化…。つまり悪魔や天使の様に精神生命体に変えるという事?」

『お、お待ちください!人間達を強制的に変化させればそれこそ耐えられない者達が殆どです!リィンバウムの住人の9割は死滅します!』

 

 ―――そのような事は分かっている、だがそれが何だというのだ?

 

『な!?』

 

 ―――我が世界の住人になるのだ。多少の犠牲は仕方がないといえる、むしろ全てではないだけマシなことだ。

 

『所詮はエルゴだな。他所の命は数の様にしか考えないようだな』

 

 ガルマザリアが全身から魔力を滾らせてエルゴを睨み付ける、

 逆に呆然としてるエルエル、天使として目の前のエルゴの存在を認められなかった。

 

『エルエル!行くぞ!』

『ですが、相手はサプレスの――』

『貴様はサプレスのエルゴとクラレット、どっちが大事なんだ!私は天秤にかけることもないがな!!』

 

 飛び去るガルマザリア、エルエルは震える手をギュッと握りしめるとキッとサプレスのエルゴを睨み付ける。

 

『私は…私は…!クラレットを見捨てられません!』

 

 黒と白の閃光がサプレスのエルゴにぶつかり押し戻そうとする、

 だがハヤトと同じであまりに力の差はあり過ぎた、それでも天使と悪魔の二人は諦めようとしない。

 

「モナティ達もやりますの!うにゅぅぅぅぅーーーーッッ!!」

「エスガルド、僕に力を貸して!来て、機神ゼルガノン!!」

「行クゾ、エルジン!!」

 

 モナティがハヤトと同じようにうさき弾を光の柱の様に撃ち放つ、

 エルジンもエスガルドのサポートにつけ機神ゼルガノンを召喚してエルゴを押し戻そうとした。

 

「カイナ!」

「アカネさん、どうしてここに」

「アタシはアイツを押し戻す手段がないからさ、力を貸してほしいんだよね」

「アカネさんは…、エルゴに対抗できると思っておられるんですか?」

「いや、まったく」

「あ、アカネ殿おぬし…」

 

 あっけらかんと答えるアカネにカザミネとカイナは驚くがアカネには理由があった。

 

「だけど何もしないのが一番駄目だと思うからさ、アタシだって精一杯足掻くつまりよ?カイナはどうなの?」

「……そう、ですね。カザミネさん、下がっていてください」

「分かったでござる」

「アカネさんは私の体に魔力を」

「おっけー!」

 

 アカネがカイナの両肩に手を置き、多量の魔力を送り始める、

 カイナは鈴を鳴らしながら言霊を紡ぐ、いま彼女に出来る最大の召喚術を行使するために。

 

「皆を守る為に、お願い申し上げます。―――龍神様!!」

 

 召喚されたのは鬼龍ミカヅチ、至竜と称させる最強の竜。

 ミカヅチは自分の敵を見定めてその巨体で押し戻そうとする。

 だが、それでも足りない、世界という存在の前に至竜でも届かなかった。

 

「ぐっ!ぐぅぅ――!」

「押し切れない…!」

「にゅぅ…!にゅぅぅーーー!!」

「僕たちの力じゃ、駄目なのかな?」

「エネルギーノ総量ガアマリニモ違イ過ギル、コレデハ…」

「うぐぐぐ!うっがーーー!!」

「龍神様…タウゼン様…!私のお力を!!」

「滅ぼさせない…この世界を…俺達の世界を…!!」

 

 ―――お前たちは勘違いをしている。世界を滅ぼす事を決断させたのは我らではない。

 

「な、なんだと!?」

 

 ―――オルドレイクと呼ばれる人間が引き金にはなったがそれまでの理由が存在する。お前たちは忘れてはいないか?この世界で犠牲になり続けた異界の者達を。

 

「!?」

「今まで犠牲になったはぐれ召喚獣!?」

 

 ―――生きたいと願い、道具の様に潰された彼らの魂は救われなかった。世界より零れ落ちた淀み、冥土と呼ばれる底で彼らは苦しんでいる。

 

「冥土…?」

 

 ―――我らエルゴには彼らの声が聞こえる、恨みを憎しみをそして切望を胸に彼らは届かぬ世界に今もなお手を伸ばしている。

 

「その冥土ってのがなんなんのよ!私達全員冥土送りとかそんなのなの!?」

 

 ―――違う、我らはこれ以上犠牲者を増やす訳にはいかないのだ。だからこそ、その根源を断ち切ることにした。リィンバウムを生命を淘汰し、これ以上の異界の犠牲者を生ませないと。

 

「でも、貴方方は最初は誓約者に協力していたではないですか!なぜ協力を諦めて滅ぼそうとするんですか!?」

 

 ―――それは誓約者が問題を先送りにし、無駄に悪化させたからだ。迫りくる異界の者達を滅ぼし、挙句の果てに我らすら破れぬ結界を張り、全てを悪化させた。そのような存在をなぜ信じなければならぬ。

 

「確かに前の誓約者は間違えたかもしれない!だけど望んでたモノは同じだったんだ!皆が分かり合えるような世界を望んで戦って来たんだ!俺達だってそうだ!それがホントに間違いだっていうのかよ!!」

 

 ―――そう、それは間違いだ。世界そのものが違うのだ。にも拘らず関わろうとするのがそもそもの間違いだったのだ。だからこそ滅ぼす、そう決めたのだ。

 

「ふざけないでください…ふざけないでくださいですの!!」

 

 モナティが泣きながら叫ぶ、モナティは信じたモノを否定されたくなかった。

 

「モナティはマスターに会えて幸せだったんですの!それなのにそれが間違いなんて絶対におかしいですの!モナティはマスターと出会えたのが本当に幸せで…きっと世界にはモナティと同じように幸せになれる召喚獣の皆さんが沢山いるはずだって。だからモナティはいっぱいいっぱい頑張ってやっとここまでたどり着いたのに、それが間違いだなんて絶対におかしいんですの!!!」

「モナティ…」

「そうよ!モナティの言う通りよ。アタシだってはぐれ召喚獣だけどハヤトやクラレットに出会う事は絶対に間違いだなんて思ってないわよ!」

「僕だって、エスガルドに出会ったことを間違えなんて思いたくない!」

「異界の繋がりがなかったら私はハヤトに出会えなかった、それが私達のエゴだっていうなら、私達はそれを貫きとして見せます!」

 

 異世界の繋がりが、召喚術がなければモナティにアカネ、カイナにカザミネ、エルジンとエスガルド、そしてクラレット。

 ハヤトにとって召喚術は可能性だ。手を取り合い希望に進む事の出来る可能性だった。

 それが今、世界にただの手段として広まっている事は悲しい事だろう。

 だが、それだけの理由で召喚術を間違いになんて出来なかった、まだ彼らは何もしていないのだから。

 そして彼らの決意を聞き入れたサプレスのエルゴも思案しながら再び答える。

 

 ―――確かにそれだけが私の予測を外れていた。

 

 エルゴは認める、守護者と誓約者の繋がりだけではない、

 誓約者であるハヤトがこの世界に来て、彼に関わった人々が大きく変わっていったことを。

 

 ―――互いに争うはずの召喚獣達と分かり合い、互いに手を取り共に歩む力。

 

 サプレスのエルゴの体が発光し始める、たださえ大きい魔力が全身から膨れ上がり続ける。

 

 ―――それらを束ね、試練を乗り越える資質。古くも新しい我らが理解できない覚醒。

 

 サプレスのエルゴは決めた、最後の試練を彼らに与えると。

 

 ―――果たして、それは再びお前達に賭けるべきなのか。我はお前達を試さなければならない。

 

 膨張した魔力が爆弾の如く周囲を吹き飛ばす、それに誰も抗う事は出来なかった。

 守護者達も誓約者も何も対抗出来ずに意識が刈り取られる。

 サプレスのエルゴが与えた最後の試練、それは自身を打ち破れというあまりにも理不尽なモノだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ぐ…ぐあぁ…」

 

 吹き飛ばされたハヤトは剣を杖に立ち上がる、全身の痛みは既に感覚がなくなるほどだった。

 視界は常にぶれ、呼吸もままならない、このまま意識を落とすのが最も楽になれるとわかる。

 だが、それでもハヤトは立ち上がる、立たねばならないと力を籠める。

 誓約者だからではない、彼が純に仲間を、家族を守らなければならないと願っているからだ。

 

「ま、まだ、終わりじゃない…!」

 

 サモナイトソードに魔力を籠める、魔力が流動する動きすらハヤトに激痛をもたらす。

 しかしそれでも彼は剣を手放さなかった、今この場で抗わなければ全てを失ってしまうからだ。

 だが、そんなハヤトに向けてエルゴは黒い塊を討ち放つ。

 

「ぐっ!」

 

 人の頭ほどの大きさのソレはハヤトに襲い掛かる、痛みで悶える体を動かしてそれらを切り裂くが、

 数がドンドンと多くなりやがてハヤトの体を貫いた。

 いや、貫いたのではない、彼の体の中に張り込んだのだ。

 

「ガアアアァァァーーーーッッ!!!?」

 

 天高くサプレスのエルゴにハヤトは引き寄せられてゆく。

 魂をすりつぶそうと黒い塊は蠢くが虹色の光がそれを拒んだ。

 だが拒んだだけだ、肉体を魂殻をそして魂を破壊しようと黒い塊は流動する。

 ハヤトは手でそれを引き抜こうとするが、触ることも出来ずに叫び声をあげる。

 だがそれでも何とかしようと我武者羅に動いていた。

 そしてそんな行動がサプレスのエルゴに疑問を抱かせる。

 

 ―――何故お前はそこまで抗う?一人で何が出来ると言うのだ。

 

「俺は……!一人じゃない……!」

 

 ハヤトは知っている、仲間達との繋がりが、絆があったからここまでこれたことを。

 だがサプレスのエルゴはそれを否定する。

 

 ―――絆など不確かなもの、信じるなど値しない。それは世界が証明してるではないか。

 

 どんなに繋がりを信じ続けようと千年間世界は変わることはなかった。

 僅かばかりの絆は確かに存在したが、時間と共に淘汰され今この世界に残ってはいない。

 だが…。

 

「違う…!皆が教えてくれたんだ。だから俺はここまで来られたんだ…!」

 

 リィンバウムの試練を受けた時、ハヤトは常闇に沈み全てを忘れるところだった。

 だがそこから救い上げてくれたのは仲間達だった、彼らがハヤトを救い出してくれたのだ。

 

「う…あぁ…!」

 

 ハヤトの体が粒子に変化してゆく、肉体は解けて魂殻に変質しやがて魂のみに変わってゆく。

 だがそれでもハヤトは諦めようとしなかった、最後のその瞬間まで諦めたくなかった。

 

「皆と…一緒なら!世界だって変えていけるって…!そう信じている…!」

 

 ハヤトの体はサプレスのエルゴに取り込まれてゆく、

 全身のほとんどが変質し、感覚を失おうと彼は諦めない。

 

「俺は…最後まで……あ…きらめ…な―――」

 

 そしてハヤトの意識は暗闇に落ちてゆく、力が無くなった手から落ちるように虹色の剣が落ちてゆく。

 希望はハヤトの手から落ちたのだ、そして…落ちた先には一人の少女の姿があった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「―――ハヤト?」

 

 クラレットは目を覚ます、凄まじい衝撃と共に意識を失っていたのだと理解できた。

 ゆっくりと腰を上げて天を見上げるとそこにはサプレスのエルゴの姿がある。

 

「…………」

 

 彼女は何も語らない、考えようとしない、理解したのだ。

 

『クラレット!』

『無事かクラレット!』

「ガルマザリア、エルエル」

 

 二人がクラレットの傍に降り立ちクラレットの様子を心配する。

 だが、彼女らはクラレットの目を見ると気づいたのだ。

 

「もう……無理なんですね」

『『……』』

 

 二人は何も語らない、わかっているのだ。

 二人はサプレスの召喚獣だ。目の前にいる存在がどれだけかこの中で一番理解している。

 

『クラレット…ごめんなさい』

「エルエル、謝らなくていいんです。私は…色々な事がありましたけど、ずっと望んでたモノは手に入ったんです」

『……』

「私はハヤトと……? ハヤトはどこに?」

 

 クラレットは自身がずっと望んでいたハヤトとの事で満足していた。

 確かに残念なモノはある、だが決まり切っていたそう最後に想おうと諦めていた。

 だが彼女はふと気づく、ハヤトは今どこにいるのかと、せめて最後の瞬間は彼と一緒にいたいと。

 

「ハヤト…!ハヤトどこですか!」

 

 親にすがる子供の様にクラレットはハヤトを探す。

 ふらふらと周りに目をやりながら叫んでいた。

 ガルマザリアとエルエルはそれがあまりにも痛々しかった。

 そんな時、天から虹色の光を発しながら一本の剣がクラレットの前に突き刺さった。

 サモナイトソードだ。

 

「……?ハヤトの魔剣?どうして空から…」

 

 ふらふらと体を動かし、サモナイトソードへと近づいてゆく。

 ゆっくりとクラレットはサモナイトソードに手を伸ばしつかんだ、その瞬間。

 

 ―――皆と一緒なら世界だって変えられる!俺は最後まで諦めない!!

 

「あ……アァァァ!!!」

 

 伝わる、魔剣を通してハヤトの願いが伝わってくる。

 あまりに純粋で、どこまでも暖かい想いが諦めて凍っていた彼女の心を溶かしつくす。

 そしてクラレットは視界を上にあげて天を見上げた、そこにはサプレスのエルゴの姿が見える。

 

「……ハヤト!」

 

 サプレスのエルゴに取り込まれかける愛しき人をその目に捉える。

 魔力もほぼなく、体を動かす力もない、だがこの願いはハヤトとの絆は存在する。

 クラレットはその想いを言葉に変え叫んだ。

 

「――っ!ハヤトォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

 彼女の叫びがサイジェントにいる全ての人々に心に届く、

 誰もがその声に導かれ天を見上げたその瞬間、サモナイトソードはそれに呼応するように砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 光り輝く、純白の輝きが水晶玉より発せられる。

 そしてポツポツと水晶玉に水滴が滴る。

 

「おぉ…!」

 

 それを見ていたウィゼルはその輝きに声を漏らす、

 そしてメイメイは絶え間なく涙を流しながらその水晶をしっかりと握っていた。

 落とさないように、決して手放さないように、それを包み込む。

 

「あの子達が……奇跡を……!」

 

 メイメイは分かっている、ハヤトがそしてクラレットとその仲間たちが奇跡を起こしたことを。

 それが決められた運命を覆す始まりだという事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 黒と白の光がクラレットの体を包み込む、その光はガルマザリアとエルエルが変化したものだった。

 憑依召喚とは全く異なる新しい力、クラレットは背中から天使と悪魔の四枚翼を羽ばたかせて宙へと浮く。

 

「ハヤト、今行きます」

 

 その光が、流星の様にサイジェントを照らす、彼女が手を伸ばすのは自身が最も愛する人。

 サイジェントの人々はその流星をただ見ていた、見なければいけないと思っていた。

 やがて、彼女はハヤトの下にたどり着く、すでに腕以外全てが取り込まれたハヤトの手をしっかりと握りしめた。

 

「帰ってきて……ハヤト!!」

 

 その言葉に呼応するように砕けたサモナイトソードの欠片がサプレスのエルゴの体を引き裂く。

 光と共に引き抜かれたハヤト、クラレットはそれを手放さないようにしっかりと抱きしめる。

 

 ―――貴様。

 

「ハヤトは返してもらいます!」

 

 クラレットの翼から光が迸る、白と黒の輝きは閃光となりサプレスのエルゴを退ける。

 

 ―――ムッ!?

 

 サプレスのエルゴは驚愕した、自身から誓約者を救い出すに留まらず退けたのだ。

 ほんのわずかに体を揺らしただけだが、それでも自身が全く知らない力を用いでエルゴという超存在に対抗したのだ。

 だが、それはほんの僅かに起こった力に過ぎない、彼女一人だけで自信を打ち倒すことは出来ない、そう捉えていた。

 しかし、奇跡は彼女だけに起きたのではない、彼ら全員に起きたのだ。

 

「リプレママ!あれ!」

「姉ちゃん兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

 フィズ、アルバ、ラミが空に輝くハヤトとクラレットを指さす。

 何度も起こる衝撃でフラットの皆と離れてしまったリプレはそれを見上げていた。

 自分では何も出来ない、でも必死に頑張ってる二人を見捨てられない。

 

「ハヤト!!クラレット!!」

 

 だからリプレは叫んだ、無我夢中で叫んだ、そう叫ぶだけでいいのだ。

 強く二人を思う絆が、彼女たちに奇跡を起こす。

 光り輝く一筋の閃光がリプレと子供達を貫いた。

 

「え?」

 

 リプレ達の体が光り輝く、彼女たちの体から虹色の光と共に彼女達の姿を写した幻影が姿を現す。

 それを見たリプレ、子供達は理解した。これはハヤト達を守れる力なのだと。

 

「お願い行って!」

 

 その言葉に応える様に幻影が空高く飛び立ってゆく。

 彼女達だけではない、この奇跡はサイジェントのいたるところで起こっていた。

 

「ハヤト!」

「ハヤト!」

「ハヤト!」

「アニキ!」

 

 ガゼル達はハヤトと最初は争っていた、だがそこから手を取りあい共に戦って来たのだ。

 ジンガも同じだ、ハヤトに戦う意味を教えられ、ハヤトと共に戦って来た。

 そしてレイドに至っては取り返しのつかない間違いを止めてくれた、彼にとってハヤトは恩人だった。

 そこに損得という感情はない、ただ彼らは純粋にハヤトを助けたかった。

 

「ハヤトさん!」

「ガウゥ!!」

「ハヤトォ!」

 

 スウォンにユエル、朱のガレフが叫ぶ、

 スウォンはハヤトに出会わなければ間違いを犯すところだった。ハヤト達に出会ったおかげで今の自分がある。

 ユエルも同じだ、囚われていたのを救われ、今の生活を与えてくれた。そんな彼らを救いたい、純粋にユエルはそう想う。

 ガレフは自分の群れを救う切っ掛けを作ってくれた、ガレフにとってハヤトは群れの一員だった。

 

「ハヤト!」

「きゅぅぅーーっ!」

「ムイムー!」

 

 エルカは一年もの間、元の世界に帰る為に世界をさ迷っていた、そんな時ハヤトが手を差し伸べた彼に会わなければ今もさ迷っていただろう。

 ガウムはモナティと共に自分を受け入れてくれたハヤトに感謝していた、だから助けたい、そう純粋に想う。

 そしてクロはハヤトに生きてほしかった、犠牲になり全てを救おうときっと報われないと真に気づいている。だから叫ぶ助けたいと救いたいと彼は手を伸ばした。

 

「ハヤト!」

「坊主!」

「クラレット!」

「ハヤト!」

 

 ラムダはハヤトと最初に出会ったときいずれ会うと思った、そして予感通り出会い、ハヤトに救われた。自分の間違いを正し真の騎士の道を気づかされた。

 スタウトはハヤトの恩義は感じてはいない、だが自分の残した組織の名残を払ってくれたことに感謝はしている、だから彼には生きてほしかった。

 セシルはクラレットによって救われた、もし彼女がただレイドの命令を聞くだけだったら最悪の結末が来ていたのかもしれない、それに気づかされたからこそ、クラレットに幸せになってほしかったのだ。

 ペルゴも同じだ、自身の信じる主君を救ってくれたのだ。だからこそハヤトに生きてほしい、そう願う。

 

「ハヤト!」

 

 キムランはハヤトに恩義がある、貴族に攫われたミニスを助け、そしてそれを助けに来た自分を救ったこと、その恩を今返すべきだと思っていた。

 

「ハヤトさん!」

「ハヤト!」

「クラレット!」

 

 ミントはハヤトに何度も命を救われた、だから生きてほしい、ハヤトとクラレットに生きてほしいと願う。

 ギブソンとミモザにとってハヤトとクラレットはつらい運命が進まなければならないと思ってしまう存在だった。だからこそ幸せになってほしい、そんな運命を跳ねのけて幸せなってほしいと二人は純に願う。

 

「お兄さん!」

「ハヤト!」

「クラレット!」

「ハヤトさん!」

「ハヤト!」

「マスタァァァーーーーッッ!!」

 

 エルジンにとってハヤトは誓約者以前に兄の様な存在だった。そんな兄が必死に救おうとしているクラレットの姿を見てよかったと思ったのだ、なのにこんな結末を認めたくない、ただそれ一心だった。

 エスガルドはハヤトを信じられる主と思っていた、だがハヤトにとってはエスガルドは仲間で家族だった、エルジンと同じと思ってくれる家族を守りたいエスガルドはそう思う。

 アカネにとってクラレットは親友だった、性格も考え方もまるで違う、でも本当に大切な友達なのだ。だからこそ生きてほしい幸せになってほしいとアカネは叫んだ。

 カイナは巫女だ。そんなカイナをハヤトは女の子と言ってくれた。そしてシルターンのエルゴとの戦いでは命を賭けて救ってくれた、だから自分も命を賭けて救いたい、そうカイナは想う。

 カザミネは誓約者になったばかりのハヤトの最初の仲間だった、成り行きだったのかもしれない、だがそれでも彼と共に戦い続けると決めていた。

 モナティは叫ぶ、涙を流しながら叫ぶ、感情の爆発だった、生きてほしい幸せになってほしい救われてほしい、色々な感情がごちゃ混ぜになりながらモナティは叫んでいた。ただ敬愛するマスターに生きてほしいと。

 

 ―――こ、これは!?

 

 それぞれの願いが奇跡を起こす、空へと散らばったサモナイトソードの欠片がひとすじの閃光となって彼らを貫く。

 サモナイトソードの生み出した奇跡が、彼らの願いを形作る、生み出された幻影たちはサプレスのエルゴへと殺到し爆発する、

 本来感じるはずのない痛みをエルゴは感じていた、自身が傷つけられていると実感していた。

 二人の少年少女が育んだ確かな絆が世界に通用していたのだ。

 

「こ、これって……」

「う…うぅ」

「ハヤト!?」

「皆の…声が…」

 

 爆発して粒子に変わった幻影は光の縄に変化してサプレスのエルゴを縛ってゆく。

 身動きが取れなくなり咆哮をあげる黒き竜、そんな姿を見てクラレットはその奇跡に呆然としていた。

 ハヤトが目を覚ます、仲間たちの声を聴き彼は目を覚ました、クラレットの胸の中で意識を取り戻したのだ。

 ハヤトが手を開くとそこに光り輝く粒子が集まり始める、砕け散ったサモナイトソードの欠片が主の下へと集まり始めたのだ。

 

「マスター!やっちゃえですのー!」

「ハヤト!クラレット殿!今でござる!」

「ハヤトさん、決めてください!」

「二人とも最後の一撃頼んだわよ!」

「エネルギーノ総量ハ互角ダ、行ケ!」

「お兄さん!お姉さん!やっちゃって!」

「二人とも決めちゃいなさい!」

「ハヤト!クラレット!頼んだぞ!」

「ハヤトさん!クラレットさん!決めてください!」

「ガツンと一発決めちまえ!ハヤト!」

「お二人とも後は任せます」

「あと少しよ二人とも!やっちゃいなさい!」

「坊主!嬢ちゃん!もう一息だ決めちまいな!」

「ハヤト!やってみせろ!」

「ムイムイムー!!」

「きゅー!きゅー!」

「二人とも決めちゃいなってさ!あたしも同じ気持ちよ!」

「二人とも頑張れー!」

「ガウゥ!」

「行ってください二人とも!」

「アニキ!やっちまえーーー!!」

「ハヤト、クラレット、あと一歩だ!」

「お前さんらの最後の仕事だ!決めちまえ!」

「ハヤト!クラレット!俺達に出来るのはここまでだ、だから…やっちまえーーー!!」

「任せたわよ。ハヤト!クラレット!」

「「「いっけぇぇ~~~!!!」」」

 

 皆の声が聞こえる、俺の心に響いてくる。

 

「クラレット」

「はい」

 

 ハヤトとクラレットが手を取り合う、虹色の輝きを全身から放ちながらサイジェントの中心で空を飛んでいた。

 サイジェントの民はそれを見ていた、これから起こる奇跡を、無意識に決して目をそらさないと理解していた。

 そして奇跡は起こる、仲間たちの粒子がハヤトの周りに集まり魔力とはまた違う力を発する。

 クリプスと呼ばれる繋がりが生み出され、それは始まりの場所へとつながり始める。

 

「エルゴの力を…!」

 

 ハヤトの体から全てのエルゴが外へと放たれる。

 リィンバウムのエルゴを中心に十字で生み出された召喚陣。

 そこに向かってクリプスの力が集約してゆく。

 ギュッとクラレットの手を握りしめる、クラレットもハヤトの手を握りしめた。

 互いに虚空に手を伸ばし何かを掴もうとする。

 

「力を貸してくれ…」

「この世界を、皆のいる世界を守りたいんです…」

「だから、応えてくれ。俺達の今生きる世界を守る為に…!」

 

 彼らは呼び出す、サプレスのエルゴを認めさせる為に、

 世界にまだ希望が残っていることを証明するために、

 彼らはそれを呼び出した。

 

「「召喚――【リィンバウム】!!!」」

 

 ハヤトとクラレットが確かなモノを握る。そして召喚陣は採光を発した。

 金色の採光と共に姿を現したのは巨大な黄金の竜の姿、虹色の輝きを全身から放つ竜。

 その姿に絶望はない、それこそ真に世界を思いやる事を願った存在がそこにいた。

 このリィンバウム、いや世界の全ての始まりと言えるエルゴ、リィンバウムのエルゴが召喚されたのだ。

 

 ―――リィンバウム!

 

 縛りを無理矢理引きはがしサプレスのエルゴはその咢を開く。

 怒りのままに、放たれた黒き闇光はリィンバウムが手を前にやると光の障壁と共に跳ね返り直撃する。

 

 ―――な、にぃ!?

 

 自身の攻撃が通じない、だがそれは当然のことだ。

 ここはサプレスではなくリィンバウムなのだ、自身の世界の置いて絶対を誇るエルゴたち、

 それは他のエルゴといえど例外ではない、ここがリィンバウムである限りサプレスのエルゴでは太刀打ちできないのだ。

 リィンバウムのエルゴが動く、光の弾をサプレスのエルゴに撃ち込んだ。

 それが撃ち込まれるとサプレスのエルゴの肉体が崩壊してゆく。

 

 ―――う、おおおおおおおお!?

 

 リィンバウムは開く手をグッと握りしめる、その瞬間サプレスのエルゴは光と共に輝き爆散する。

 その光は黒雲を吹き飛ばし天から月の光が下りてくる、月の光に照らされてサプレスのエルゴの粒子が美しく光り輝く。

 それを見た誰もが理解した、あれほどの絶望が消え去り残されたのは光り輝く救世の竜の姿、そう戦いは終わったのだと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 リィンバウムのエルゴが送還される。送還されるのではなく実際は世界に還ってゆく。

 消えてゆくリィンバウムの中から虹色の光と共にハヤトとクラレットは大地へと足を付けた。

 お互いボロボロでハヤトはクラレットに支えられる形で何とか立っていた。

 

「終わった…のか?」

 

 そうハヤトは呟き空を見上げた、そこには光り輝き月と共に紫の光が浮いていた。サプレスのエルゴだ。

 

「まだ…!」

 

 まだサプレスのエルゴは生きている、そう理解したクラレットが何とか対抗しようとするがハヤトが押しとどめた。

 ハヤトはクラレットの顔を見た後、サプレスのエルゴへと視界を移す、それに合わせてクラレットもサプレスのエルゴを見た。

 

 ―――絆という不確かな存在、だがその可能性をお前達は示した。

 

 先程とは違い、とても安らかな声で語るサプレスのエルゴ。

 まるでそこには迷いがないようだった。

 

 ―――新たなる誓約者よ。今生の時までその願いを手助けすると約束しよう。

 

 サプレスのエルゴから光がクラレットに降り注ぐ、

 クラレットはそれに驚くがすぐに自分が何をされたかに気づいた。

 

「これは…サプレスのエルゴ!?」

 

 ―――我が守護者よ。誓約者を支え、その願いの果てを見届けるがいい。

 

 サプレスのエルゴはクラレットを正式にエルゴの守護者として認めた。

 自身の中にある以前とはまるで違うエルゴの力に驚くがクラレットは気持ちを入れ替えサプレスのエルゴに顔を向けると強くうなずいた。

 

 ―――我も今は信じよう、かつて我らが主が望みし世界を、さらばだ理想郷の子らよ……。

 

 そう伝えるとサプレスのエルゴの光は消えてゆく、やがてその光は途絶えた。

 残ったのは月明かりに照らされたハヤトとクラレットの姿だ。

 

「……終わったんだよな」

「……だと思います」

 

 クラレットは最後の力を振り絞りハヤトに抱き着く、弱弱しくも決して離れようとはしなかった。

 ハヤトもクラレットを抱きしめ返す、二度と手放さないように強く、強く抱きしめていた。

 

「やっと…!やっと…!」

「あぁ、やっと終わったんだ全部!」

「ハヤト…生きていてくれてありがとう!」

「クラレット、君が無事で本当に良かった…!」

 

 今度こそ、今度こそ二人は互いの無事を祝う。

 数多くの困難を乗り越え、エルゴすら退かせた。

 恐らくここまでの試練を乗り越えた者はいないだろう、だからこそ二人はこの奇跡の感謝する。

 お互いが生きてこうして肌を重なり合わせる奇跡を…。

 

「……?」

 

 クラレットの耳に声が届く、遠くから声が届けられる。

 そしてそちらに視線を向けると沢山の人々が見えた、その先頭を走るのは赤髪の少女、リプレの姿だ。

 

「クラレットー!」

「リプレ!」

「クラレット!本当にクラレットなのよね!?」

「はい、リプレ。私ですよ」

「良かった!うん、良かった!」

 

 リプレはクラレットに抱き着く、

 お互いボロボロの衣服だが互いに生きている、

 リプレはずっとクラレットの身を案じていた。

 こうしてまた会える奇跡に感謝していた。

 ハヤトはそんな二人を見て笑っていた、自分の望んだ未来、それが今目の前にあったからだ。

 

「兄ちゃん!」

「「お兄ちゃん!」」

「おっと!」

 

 子供たちがハヤトに抱き着く、ふらりと体勢を崩しそうになったが何とか持ち直して子供たちを見た。

 全員が泣いてるがそれは喜びからくるものだと理解して子供たちの頭をハヤトは優しくなでた。

 

「マズダァァァーーーーッッ!!!」

「だぁーーーっ!?」

 

 土煙と共に特攻してきたモナティが自分に跳びかかる、子供たちと共に吹き飛ばされたハヤトは尻餅をついた。

「モナディ!ぼんどうにぶじでぼがっだで!バズダーガ!」と言ってるが混乱してるのか何言ってるのか分からない。

 挙句の果てにハヤトの胸で「にゅーにゅー!」と泣き始めるのでハヤトはただ頭をなでていた。

 

「おうハヤト、ボロボロじゃねぇか」

「ガゼル」

「立てるか?」

「ああ」

 

 手を差し伸べられたガゼルの手を握りハヤトが立ち上がる、

 因みにモナティはクロとエルカに引っ張られて離れていった。

 

「しかしすげぇなハヤト、お前世界を救ったんだぞ」

「……なあガゼル」

「んあ?」

「助けてくれたありがとな。皆が居なかったらきっと駄目だった。皆が居てくれたから俺はエルゴに打ち勝てた。皆のお陰だ」

「……おう!」

 

 この戦い、恐らく誰か一人欠けていたら勝つことは出来なかったかも知れない。

 皆が居たからハヤトは勝てた、そしてそれを全員が実感していた。

 あの竜を、リィンバウムのエルゴを呼び出せたのはハヤトと彼らの絆だったのだから。

 ガゼルだけではない、リプレもジンガもエドスも――全員が笑っている。

 この未来をつかみ取ったのはハヤトではない。ここにいる全員だ。

 それだけは違いない事実だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 ハヤト達から少しばかり離れた場所に一人だけ笑っていない少年が居た。

 彼らの中でただ一人失い続けた少年、カノンの姿だ。

 

「バノッサさん…」

 

 自分は一人ぼっちになってしまった。

 自分を守ってくれていた義兄弟はもう居なくなってしまった。

 その事実を感じ取ってカノンはただ足元を見続けてしまう。

 もう前を向く事は出来ないのだと、そう理解してしまう。

 

「え?」

 

 カノンの視線に紫色の粒子が通り過ぎた、

 その粒子を目で追ったカノンの前に信じられない光景が映る。

 月明かりに照らされて一人の青年が瓦礫に背を預けていた。

 そう、サプレスのエルゴの依代になっていた青年、バノッサの姿がそこにあったのだ。

 

「バノッサさん!」

 

 無我夢中になってバノッサの下にカノンは駆け寄った。

 

「バノッサさん!目を覚ましてくださいバノッサさん!」

「う、うぅ」

「良かった、バノッサさんが無事で本当に良かった」

 

 カノンがバノッサの名前を叫んでいる事に気づいたハヤト達が近寄ってくる。

 ハヤトとクラレットはバノッサが無事な事に驚くがそれとは別にある事に気づく。

 

「クラレット、バノッサは…」

「はい、バノッサ兄さんはもう…」

 

 クラレットとハヤトはバノッサの体から魔力をほとんどク感じ取れなかった。

 恐らく魔王に、もしくはサプレスのエルゴに全て奪われたのだと理解する。

 バノッサはもう召喚師でも何でもない、只人へと変わっていた。

 ハヤト達が近づいたことに気づいたのかバノッサは目をゆっくりと開けて二人を見る。

 今までの様に怒りも恐怖も無かった、ただ諦めがそこにあった。

 

「殺せよ…。もう俺様には何も残っちゃいねぇんだ。憎しみも恨みも、何もかも取られちまった」

「な、なに言ってるんですかバノッサさん!」

「カノン止めるんじゃねぇ、どのみち俺はこの街を滅茶苦茶にしちまったんだ。生きていられる訳ねぇだろ」

「バノッサさん…」

 

 オルドレイクに利用されていたとはいえこの街を壊滅させた片棒を担いだのはバノッサだ。

 それは覆しようもない事実だった。

 だがハヤトが一歩前に出るとバノッサに向けて言葉を紡ぐ。

 

「死んで楽になろうとなんて考えるなよ」

「…あァ?」

「お前がこの街を滅茶苦茶にしたんだ。だったら生きてこの街を復興させろよ」

「なっ!?」

「その通りですの!これからもっともっと大変なんですから少しでも人手が欲しいんですの!」

「このたぬきも理解してるんだぞ?おいバノッサ、死んで逃げようとするんじゃねぇ」

「もうガゼルさんたぬきってなんなんですかぁ!」

 

 自分を死なせてはくれない、こんな事をしでかしてしまった自分を彼らは許そうとしている。

 理解できなかった、理解は出来なかったが…、どこかそれに納得している自分がいた。

 

「………」

 

 無言でクラレットが歩いてくる、月の光が逆光になってよく顔が見えなかった。

 だけどその姿にバノッサはどこか覚えがある、あの日、夕焼け空の下自分を迎えに来た…。

 スッと手が差し伸べたクラレットはバノッサに微笑み答えた。

 

「帰りましょう?バノッサ兄さん」

 

 ―――帰りましょう?バノッサ

 

 バノッサの目が大きく開かれる、そこに居たのはバノッサが失いそして得ようとしていたものだった。

 ゆっくりと、ゆっくりとバノッサの手が差し出される手に触れようとする。

 バノッサがその脆くも温かい手に触れた瞬間彼は実感した。

 

 

 自分は本当に望んだ居場所を手に入れられたのだと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 「晴れたねー」

 

 あれほど那岐宮を覆っていた黒雲は何処かへ消えていった。

 まるで空気に溶けてくように、初めからそこになかったかのようだった。

 いま彼女らの目の前にあるのは遥か彼方まで続く雲一つない青空だ。

 

 「しかしさ、あんなに雲あったのにもう一つも―――」

 「夏姉」

 「ん?」

 「帰ってくるよ」

 

 春奈が夏美の方へと振り向く、その声にもう恐れはなかった。

 

 「お兄ちゃんとクラ姉、帰ってくるよ!」

 

 そこにあったのは誰もが振り向くであろう満面の笑みを浮かべた春奈の姿だった。

 

 




次回はエピローグです。
もう少しだけ続くんじゃよ

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