サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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タイトル延々に悩んでたけどシンプルイズベストという結論に達しました。
12日にはほとんど出来上がってましたけど、
仕事忙しくなってきて仕上げが中々出来なかったです。



第50話 告白

 

柔らかい日差しが差し込む駅のホールに彼は居た。

 

「………」

 

学生服を身に纏い電車を待っている少年はただの学生にしか見えない、

だがその表情は心ここにあらずと言った雰囲気だった。

彼は自分がなぜここにいるのか理解できていなかった、いや自分が何をしていたのかを思い出せなかったのだ。

 

なんだこの感じ、俺は何でここに立っているんだ…。

分からない、自分が何をしたかったのかが……分からない。

それに……。

 

視線を横に向けるが、そこには誰もいなかった。

ただ少年勇人の横にはいつも誰かがいたような気がする、顔も思い出せなくなった誰かが。

頭を掻きながら勇人はまたかと理解した、また大事なモノを忘れていると分かっていたのだ。

名前も姿も思い出せない、ただそこにあるべきものをハヤトは忘れる事はなかった。

 

『白線よりお下がりください~』

 

業務的な声が流れ始め駅のホームに電車が到着する。

真っ赤な車両を見ると少しばかりの懐かしさを勇人は感じていた、

だがその懐かしさを感じるのと同時に勇人は確信したのだ。

 

「戻らなきゃ…」

 

自分は戻らなければいけない、もう一度あの場所に戻って彼女を連れ戻さなければならない。

決して彼女は怪物になったわけではない、なぜなら自分がここで無事な事こそがその証明だったからだ。

勇人は後ろを向き元の場所に戻ろうとする、この電車に乗れば恐らく自分はここから出られるだろう。

だがそれは一人で進んではならない物のはずだ、元の世界に戻るのはクラレットと一緒だと彼は決めていた。

 

―――戻らせない…あの子の下に行かせない!

 

「!?」

 

首を引っ張られ力任せに電車の中にハヤトは引きずり込まれた。

そして警笛が鳴り電車が動き出し始める。

 

―――ハヤト、貴方は戻るべきです。ここにいるべき人じゃない

 

視線の先にはクラレットがいた、しかしその瞳は深紅に染まっており、

紅紫色の魔力を全身から感じ取れた、それはクラレットの精神世界に来る直前に対峙したクラレットのものだった。

 

「俺は…クラレットの所に戻る!クラレットは帰りたがっていたんだ!だから俺は」

 

―――黙りなさい!

 

「うぐっ!」

 

首を掴まれハヤトは宙に浮かされる、その身に合わない剛腕の前にハヤトはなすすべがなかった。

この世界はクラレットの心の中、彼女は事実上この世界では神に等しい存在だ。

そんな彼女相手に只人に過ぎない今のハヤトでは対抗する術はなかった。

 

―――あの子は一人で消えるつもりだった。それなのに貴方が来てしまったら何の意味もない。

 

「なんで…クラレットは消えるしかないんだ。一緒に立ち向かう事だって出来るだろ」

 

―――それこそが…彼女を苦しめてるって気づかないんですか?

 

「なに?」

 

―――貴方は各界のエルゴたちに出会ったはずです。もしクラレットが貴方と共に立ち向かえばいずれエルゴに会う。その時、貴方は絶対に彼女を悲しませないと約束できるんですか?この世界を生み出したエルゴ達を退けられるのですか?犠牲も無しに

 

「それは…」

 

ハヤトが世界を救う事を望んでいるのなら今魔王の召喚を阻止してもその次がある。

召喚獣、人間、そしてエルゴ、これから戦うべき相手に本当に犠牲無しで勝てるのか…。

きっと不可能だろう、だからこそクラレットは自身を犠牲にして世界を救済しようと覚悟を決めたのだ。

誰でもない、ハヤトの為に彼女はその選択をしたのだ。

 

―――しかしハヤト、貴方が現れた。

 

光を宿らせない瞳がハヤトを射抜く、罪を宣告するようにクラレットの声が響く。

 

―――死ぬ覚悟を、決意を決めたはずのクラレットの目の前に貴方は現れた。彼女の心を意味もなく揺れ動かし、彼女とこの世界を真の破滅に導こうとしている。

 

「ぐぅっ!」

 

―――それを許せると思っているんですか?世界を破滅させる引き金を引ける貴方と、世界を救う可能性を持つクラレット、どちらを取るかなど明白です。

 

ギリギリと首を絞められながらクラレットはハヤトに言い放った。

お前は世界を滅ぼそうとしている、邪魔をするなと。

その言葉を言われた時、ハヤトはある事を考えていた。

 

「良く同じことを言われた。ソルもバノッサも、メイメイさんすら似たような事を言われたよ。でもさ俺は世界を救う事を一番に考えてるわけじゃないんだ」

 

世界の事を出されたハヤトは微笑を浮かべた、

確かにハヤトはリィンバウムに来て沢山の出会いをして背負うものは多くなっていっただろう。

だが彼の中にある本質は…彼がこの世界に来てずっと願っているモノは一切変わってはいなかった。

 

―――なら貴方は何を望んでいるというのです?

 

「そんな事最初から決まっている。俺は…俺はクラレットを助ける為にこの世界に来たんだ!ならクラレットを殺そうとしている全ては俺の敵だ…!その全てからクラレットを守るって決めたんだ!たとえ相手が…クラレット自身であってもなぁ!!」

 

―――!?

 

突然ハヤトの全身から虹色の輝きが放たれる、エルゴの力とはまた異なる力、

その力の奔流に耐え切れずクラレットはハヤトから弾き飛ばされてしまった。

 

―――それは…それはなんなんですか!?

 

理解できない出来事が目の前で起きたクラレットは本来の口調で口を荒げた。

ハヤトは自身の胸に手をやるとそこから小さな球が自分の手にある事に気づく。

 

「これって…エルゴの試練の時の!?」

 

共界線、ハヤトがエルゴの試練の際にその身に宿す事になった絆の力。

仲間達のそして仲間達への想いが形となったハヤトの持つ願いそのものだった。

 

―――そんな…そんなもので!!うっくぅ――くぅ!?

 

ハヤトに攻撃を仕掛けるクラレットだったが虹色の光は塊となりクラレットの攻撃を防いだ。

それだけではない、クラレットの体を虹色の光は縛り上げて拘束したのだ。

 

「もうやめるんだ。俺はお前を倒したいわけじゃないんだ。クラレット」

 

―――無駄です。私は分体にすぎません、貴方がクラレットの下に戻ろうと結果は同じです。今の貴方ではクラレットを救えない、彼女の気持ちを理解しきれない貴方では――!!

 

パァン!とクラレットの体が破裂する、そしてそこには血肉が四散しているだけだった。

ハヤトはそれを見て動揺することはなかった、なぜなら明らかに死体に見えるソレはハヤトにとってクラレットに見える事はなかったからだ。

 

「分体って言ってたな…、趣味の悪い事をしやがって…」

 

自分に対する意趣返しなのだろう。

動揺はないが不快感はかなり感じていたハヤトは落ち着いていた怒りが再熱していた。

 

「よし…行くか!」

 

共界線を再び胸にやり、クラレットの下に向かいたいとハヤトは願う、

彼のその願いはハヤトとクラレットに伝わる共界線を通じてクラレットの下へと続くゲートを生み出した。

そしてハヤトは迷うことなくそのゲートに飛び込み、クラレットの下へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

『…………』

 

誰もが怪物と答えるであろう化け物が膝を付き顔を両手で包んでいた

悪魔のような巨大な腕の間から血のような涙が絶え間なく流れている。

自身を偽り続けながらもそれが正しいと彼女は信じきっていた…。

なぜなら彼女には自分の全てを任せられる存在は……。

 

「全く…お前は本当に嘘ばっかりつくんだな」

『!?』

 

ありえない、彼は私が消したはずだ。

もうこの世界にいるはずがない、彼の事を私は確かに。

 

カチャりと床に落ちていた魔剣を持ち上げる少年の姿が見える。

学生の制服ではなく、リィンバウム特有の不思議な服を着たハヤトがそこに居た。

肩に剣をかけてハヤトはクラレットを優しく見ていた。

だが、サモナイトソードを床に突き刺すとハヤトはキッと視線を強めてクラレットを睨んだ。

怒っている、ただクラレットはそう理解できた。

 

「………次はグーで殴るっていったよ―――な!!」

 

跳び出したハヤトは怪物と化したクラレット顔目掛けて拳を繰り出した。

だがその攻撃はクラレットの手で防がれてしまう、

だがその手を握りクラレットの手の上に飛び乗りハヤトはそのままクラレットの顔面に拳を打ち込んだ!

 

『!?』

 

言葉を発する事はない、だがその痛みも自分を傷つけたという事実も確実にクラレットに届いていた。

 

「自分一人で何もかも決めるんじゃ――ぐっ!?」

 

悪魔の腕と化したクラレットの剛腕がハヤトを殴り飛ばす。

吹き飛ばされ地面をバウンドするハヤトだがその勢いそのままに地面を蹴ってクラレットを蹴り飛ばす。

異形の姿をしたクラレットの表情が僅かばかり歪んだ事にハヤトは笑みを浮かべるがクラレットはハヤトを掴みその力のまま床に叩き付ける。

 

「ぐっ!」

 

何度も何度も何度も何度も叩き付け叩き付け叩き付ける。

口を切ったのか血を口から出すハヤトは何とか逃れようとするが、

クラレットはそんなハヤトを逃すまいと両手で彼を抑え込んでいた。

 

『!!!』

「お前はいつも勝手な事ばかりして…バノッサの時もアキュートの時もソルの時も気が気じゃなかったんだぞ!」

『……!』

「クラレット、お前は人の頼んでない事ばかりしてそれが正しいと思っているんだよな? 確かに正しいかも知れない。だがな、俺はお前の選択が一番嫌いな選択だったんだよ!!」

『!?』

 

縛り上げる両腕をハヤトは正面から対抗する、体を起こし両腕に力を入れて、

全力でクラレットの束縛から逃れるように力を入れたのだ。

そしてそこから抜け出たハヤトはサモナイトソードの傍に立った。

 

『……』

「もしかして警戒してるのか?兄妹喧嘩に刃物を持ち出すほど俺は落ちぶれてないぞクラレット」

『…』

「お前はいつもそうだ、悲しむように口を閉ざす。その結果がこれだろ!俺の事がそんなに信用できないのか!?お前の事をそんな事で嫌いになると本当に思ってるのか!?俺は……そんなに信用できない男なのか!!!」

 

―――当たり前です。

 

目の前のクラレットから言葉が伝わる。

 

―――苦しみよりも安息を私は求めているんです。貴方と一緒に居れば私は―

 

「お前に聞いてない!!」

 

―――……

 

「お前だってクラレットだ。それは…わかっている。だけど俺が今聞きたいのは俺達と一緒に居たクラレットなんだ。俺達と一緒に居続けた……俺の家族のクラレットの言葉を聞きたいんだ。クラレット…聞こえているなら応えてくれ、お前の本心を教えてくれ…」

 

もう一人のクラレットは辛そうに口を閉ざす、

どんな形でも彼女もクラレットなのだ、それを理解してるからこそハヤトも彼女を偽物のように扱いはしなかった。

だが今ハヤトが知りたいのは彼女が庇い続けるクラレットだった。

どうしようもないほどの怖がり屋のハヤトにとってたった一人の大切な人の本心を知りたかったのだ。

 

「……クラレット」

『……』

 

動きが止まる、クラレットもハヤトも、もう一人のクラレットも動く事はなかった。

ハヤトともう一人のクラレットはただクラレットの言葉を待っているだけだった。

どんな言葉を心に宿していようと、彼女の本心を聞くためにハヤトはただジッと待っていた。そして…。

 

『…………嫌い……私はハヤトが嫌い…………違う、嘘、嘘なんです。全部、全部嘘なんです!』

「……クラレット」

『もっと皆と一緒に居たい…リプレと料理がしたい、ガゼルさんを働かせたい、エドスさんに服を着させたい、レイドさんを騎士にしてあげたい、ジンガを真面目にしたい、アルバにお話をしたい、フィズにも話がしたい、ラミちゃんにも、他にも他にも他にもやりたい事が皆と一緒に居たい理由がある!』

 

自分と同じだった…。

クラレットも俺と同じだったんだ、俺と同じでただ皆と一緒に居たい。

だけど俺と違って自分がいなくても皆がいればいいと皆が幸せならいいと思ってたんだな。

 

『私……死にたくない、もっと皆と…ハヤトと一緒に生きたい…でも…でも…』

「……なあ」

『…?』

「話を…聞いてくれないか?」

 

ハヤトがそう呟くとクラレットはジッとハヤトの方にゆっくりと顔を向けた。

二人とも覚悟を決めたかのように互いに見つめ合っていた。

片方はただの人間、もう片方は異形の怪物。

しかし二人の目にはお互い想い合う姿だけが映っていた。

 

「返事はしなくていい、ただ聞いてくれてるだけでいいんだ。俺が…この世界で思った事を…」

『思った事…』

「沢山の事があったよな?色んな人たちに出会って…楽しい事も辛い事もたくさんあった」

 

ハヤトはこの世界に来て多くの事を、そして人々と出会ってきた。

全員が全員違う、それに楽しい事も辛い事も多くを経験していた。

 

「…俺達はさ、この世界に来て何をしてきたんだろうな。俺は思うんだ、まだ答えなんて出てないんだって、まだ結論を出すには早いんだって」

『まだ…』

「俺は…お前を追って夏美や春奈を振り切ってこの世界にやって来た…。別にその事を責めるわけじゃない、ただ何も分からないままこの世界に来て俺は剣を取った。剣を取らなきゃ全てを奪われるからだ!無我夢中で剣を習い、死ぬ思いをして戦って戦った!だけど周りの連中は俺達の事を考えもせずに襲ってくる……。だけどさ…本当にそれでいいのか?」

『…え?』

「俺達は本当にそれで終わりになっていいのか?俺達の物語が終わって本当にいいのか?」

 

ハヤトは決して戦う人物ではない、彼は自分の身を仲間を守る為に剣を振るった。

才能があった訳でもない、召喚術が強いわけでもない、ただ…ただ生き意地が汚かっただけだった。

かつて彼が問題を持ち込んでくると思われるときがあった、だが彼はただ自分の目の前で人が傷つく事を認めたくなかったのだ。

言葉で分かり合えずハズなのに、彼らは言葉を聞かなかった。

だからハヤトは剣を取らざるえなかった…。

そして…もしクラレットが諦めてしまえばそこで彼らの物語は終わってしまう。

ハヤトがたった一つ守ろうとし続けたものは救えずに終わりを迎えてしまう。

 

「クラレットが居なくなって凄く寂しかった、いつも俺の横に居てくれたのに居なくなって初めて気づいたんだ。俺にはクラレットが必要だって、今までも分かっていたけど本当の意味で俺は実感できたんだ」

『……』

「だからさ…俺はお前が居なくなったら意味がなくなるんだ。誓約者て事じゃない、新堂勇人という一人の人間に意味がなくなるって思ってるんだ。ハヤトはクラレットと一緒じゃなきゃ駄目だって俺は思ってるんだ」

 

―――………

 

ハヤトもクラレットも、そしてもう一人のクラレットも分かっていたのかも知れない。

自分達が自分達であり続ける為に必要な存在を、それは魔王でも誓約者という存在ではない。

普通の少年と普通の少女の二つだけだったのだ…。

この二人は異界に居続けて変わっていまった、二人は元は何の力も持たない存在だったにもかかわらず。

ハヤトはゆっくりと俯いた、まるで何かを後悔してるようだった。

 

「あの夜の事を覚えてるか?俺は勇気が持てないって言って先延ばしにしてたよな…。本当に後悔した、あの日だけじゃない。言える機会はいくらでもあったのに俺はずっと先に延ばしてたんだ…。だから…言わせてくれ。俺が先に進む為にも…クラレットが自分自身を認める為にも…言わせてくれ」

 

ずっとハヤトは後悔してた、言っておけばきっと多くの事が変わったかもしれない。

全ては自分のせいだとすらハヤトは思っていた。だからこそハヤトは言わなければならないと思った。

もしこの機会を逃せば恐らくもう二度とハヤトに口にする機会はなくなると確信していたほどだ。

俯いた顔をゆっくりとハヤトは上げてクラレットを見つめる。

異形の姿をしているがハヤトにはただその答えに期待し同時に怯える少女の姿にしか映ってなかった。

そして…彼は口を開く。

 

「俺は――お前が――お前のことが―――」

 

ハヤトは覚悟を決める、そして強くその想いを解き放った。

 

「俺はクラレットの事が好きだ!!」

『――――!』

「クラレットが欲しいんだ!!ずっと一緒に居てほしい!ずっと傍でずっと俺の隣で生き続けてほしいだ!ずっと!ずっと!だから戻って来てくれクラレットォォォーーーッッ!!!!」

 

彼がその想いを解き放つ、ただ自分の傍に居てほしい、自分の一生を傍に居てほしいという願いをクラレットに届けた。

そして……。

 

『ぁ―――ぁぁぁああああ―――ッッ!!!』

 

クラレットが抑え付けていた想いが膨れ上がり彼女を心の殻を砕いてゆく。

ビシビシと全身にヒビが入り始めた。そして…。

 

「ハヤトォォォォーーーーッッ!!!」

「クラレット!!」

 

光と共に異形は砕け散りそこからクラレットが飛び出してくる。

ハヤトは駆け出しクラレットを抱きしめた、強くもう絶対に離さない様にしっかりと抱きしめていた。

 

「ごめんなさいハヤト、私…!私…!」

「もういいんだ。もういいんだクラレット」

「私、もう離れません。もう絶対に離れない、ずっと…ずっと…!」

「ああ、俺ももう離さない、俺達は―――」

「「ずっと…ずっと一緒だ(です)…」」

 

お互いに力の限り二人は抱きしめ合っていた。

顔を寄せて互いの存在を確認し合っていた。

もう絶対に離れない、これから一緒に居続ける、そう二人は願い合っていた。

恐らくその願いは永遠に叶え続けられるのだろう、二人の想いが消えない限り…。

 

―――………

 

異形の殻はその光景を見ていた、何も言わずにただ見続けていた。

それが彼女の望んだ光景だからだ。そう彼女が望んだ願いは…。

 

「…なんだ?」

 

召喚場、いや世界そのものが振動し空間そのものが崩れてゆく。

まるで終わりを告げたかの様に世界が崩壊し始めた。

 

「クラレット、何が起こってるんだ?」

「それが、私にも分からないんです」

 

―――終わるのよ、この世界が

 

「終わる…?」

 

―――そう、この世界はその子の想いから生み出された精神世界、その原因が解決した今、この世界に存在する力は残されていない

 

「ならどうやって外に戻ればいいんだ?」

 

―――…ハヤト、貴方の持つ共界線の力とクラレットの意思があれば道は作り出せます

 

「私の意思…」

「クラレット、頼めるか?」

「はい」

 

クラレットは共界線の力を宿す虹色の球を握ったハヤトの手と手を合わせた。

二人でそれを前に突き出し願う、皆の待つ外の世界に帰りたいと…。

 

「光が…!?」

 

二人の目の前に虹色に輝く外へとゲートが生み出される。

 

「行きましょう、ハヤト」

「ああ行こう、クラレット………?」

 

手をつなぎ直し歩むハヤトだったがふと後ろを向くとそこには未だ異形の殻になり果てたクラレットがいた。

 

「なあ、お前は…クラレットはどうなるんだ?」

 

―――私は…今までと変わらない、ただ溶けてその子の一部に戻るだけ

 

「……」

 

―――気にする事はない、だって私は最初からそういう存在だったんだから…

 

「……いいよな?」

「はい」

 

二人はクラレットに近づいてその手を大きな悪魔の腕を握る。

そして引っ張り上げる様に二人掛かりで抱えて光の中へと進んでいった。

 

―――なっ!? 貴方達何をしてるんですか!?私は消える訳じゃないんですよ!ただもう一度同じ場所に

 

「クラレット、前に言ってたよな?ずっと後ろで見ていたって、見てるだけなんて辛いだろ?」

 

―――そういう事は…

 

「…ねえ、クラレット。私は今まで貴女の事を勘違いしてました。私の心の闇とかそんな風に捉えていたんです。でも違う、貴女は私の闇なんかじゃない。私の中で生き続けたもう一人の私なんです」

 

―――……クラレット。

 

「だから、私達は一つに戻らなきゃいけない、このまま分かれたままじゃきっと後悔するから、全部ひっくるめて私なんだから全員で幸せにならないとね?」

「ああ、全員俺の大事な人なんだ。だから俺はクラレットも愛したい、ここまで導いてくれた全部のクラレットを…」

 

ハヤトのサモナイトソードに変化していたヒトカタのクラレットも光り輝きその形を変えた。

たとえヒトカタだろうと、彼女もハヤトを守り続けたクラレットなのだ。

 

『貴女はクラレットを守っていた。そうですよね?』

 

その言葉に何も言えなかった、クラレット本人が原罪に犯されず、こうして正気を保っていたのは彼女のお陰だ。

彼女はこの世界に来てからずっとクラレットの心を守っていた。召喚術が使えなかったのもそのためだ。

この場にいる全員が全員を守り合っていたのだ。互いの事を互いに守っていたのだった。

 

―――……もう守る必要はないんですね?

 

「うん、一緒に歩こう?」

 

―――……ありがとうクラレット

 

パキリと殻が崩れてゆく、光の粒子に変わる殻は人の形へと変化していった。

赤く紫色の魔力を迸らせるクラレットがそこにいた。

 

『もう、離さないでくださいね?』

「約束する、命を賭けて……いや生きて皆を守り通してみせるよ」

『両手に花ですね。ハヤト』

「本当に俺なんかじゃ持ちきれない程の花だよ」

「でもハヤトしか持てませんし持たせません」

 

そういうと三人のクラレットは歩みだし、ゲートの光に照らされながら三人の影が重なった。

一人の少女に変わったクラレットは優しそうな笑顔で手を差し出した。

 

「ハヤト、帰りましょう」

「ああ、帰ろう。俺達の居るべき場所へ」

 

二人は互いに手を取った。

そして改めて気づく、その手の暖かさはかつて自分達が守って来ていたモノであると。

ギュッと握り閉めた手を離さずに二人は肩をならべて歩み始めた。

自分達を待つ人達がいる場所へと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

怨霊が列となり押しかかっている。

 

「はぁはぁ…」

「グゥッ!」

 

その悪意の暴風雨の中でいまだ対抗せんと結界を張って耐えてる者たちがいた。

ハヤトを守るエルゴの守護者達、そしてクラレットの兄であるソル・セルボルトである。

だが、カイナの魔力が完全に尽きたのか膝を付いて青い顔をしている。

ソルは折れた魔剣を手に死に物狂いで結界を維持しているが既に崩壊寸前であった。

 

「クククッ、ソルよ。もう限界の様だな」

「黙れ、俺はまだ…!」

 

既にソルは限界に達していた、視線をハヤトとクラレットに向けるがいまだ変化はない。

だが、変化がないという事はまだ奴は死んでいないという事だ、ソルがまだ手を出していいわけでもなかった。

 

「…ッ」

 

もう時間がない、最悪の結末を考え二人を始末すると脳裏に過るが、肝心の二人はエルゴの守護者達が守っている。

特にアカネに至ってはオルドレイクではなくソルを睨んでいた。

私怨もあるが、アカネはソルの事を信じ切っていない証拠だった。

だが葛藤をしたところで時間は刻一刻と流れていく、そしてついにその時は訪れた。

 

ピシリ

 

「ッ!?」

 

魔剣に嫌な音が流れたのだ、一度折れた魔剣は本来の性能を大きく失っている。

もしもう一度砕ければ自身はどうなるか分からなかった。

だがその前に周りの結界が揺らぎ始めオルドレイクの砂棺の王の力が押し寄せてくる。

 

「も、もうダメですの~!!」

「ここまででござるか!」

「最後まで…最後まであきらめるんじゃないわよ!」

 

アカネが声を出すが結果は一目瞭然だった。

 

「結界が!」

 

パキィンと結果が崩れる音と共に怨霊達が彼らに襲い掛かる。

その光景を見たオルドレイクが自身の勝利を確信し歓喜の悲鳴を上げた。

 

「クククククッハーッハハハハハ!!!ついに!ついに我が野望を邪魔をする者たちを始末した。5つのエルゴを得た今、我が望みは真に達成する!この呪われし世界を新生する時が来たのだぁ!!!」

 

誓約者たるハヤトを倒した事により五つのエルゴを得たと確信したオルドレイク。

だが、彼は忘れていた。自分よりも先にそのエルゴの力を手に入れている可能性がある者を。

 

「な、なにっ!?」

 

突如、彼らを包み込んでいた怨霊達が虹色の輝きの下、消し飛ばされてゆく。

その光景を見たオルドレイクは驚愕していた、その魔力からは全ての属性の魔力を感じ取れたからだ。

そして、驚いたのはオルドレイクだけではない、怨霊に包まれていたエルゴの守護者達もまた驚いていた。

 

「なんなんですの?」

「強力ナエネルギー反応ダ。ソレニ途絶エテイタ魔力供給ガ復活シテイル」

「エスガルド、それじゃもしかして…!!」

 

彼らの前に男女が二人立っている、全身から虹色の輝きを放ち互いに手を握り合って片手を前にあげていた。

男の手には同じように光り輝く魔剣が握られていた。

女の衣服に付着していた赤黒い血液は虹色の粒子に変わってゆくその服は純白の輝きを取り戻す。

 

「本当に…本当に成功するなんて…!」

「当ったり前でしょ!あの二人なら…あの二人なら出来るってアタシは…!」

 

驚愕するカイナと笑顔になりながら涙を流すアカネ、

そしてそれとは別に深いため息を吐きながら二人を見るソルがいた。

 

「遅い、時間がかかり過ぎだ」

「…元はといえば誰のせいだと思ってるんだよ」

「……ソル兄さま、ご迷惑をおかけしました」

「いや、無事でなによりだ。クラレット」

「――!?はい!」

 

微笑を浮かべて安心した顔を浮かべたソルにクラレットはうっすらと涙を流しながら笑顔で応えた。

ソルのその表情こそ、かつてクラレットが見た敬愛した兄の姿だったからだ。

 

「マ…マスタァー!!本当に本当に良かったですのぉ~~!!」

「モナティ…、ごめんな心配かけたな」

「クラレット!アタシ、アタシあの時…!!」

「アカネ、大丈夫ですよ。私はここに居ますから」

「クラレットさん!クラレットさんも無事で!本当に!本当に!うにゅぅぅ~~!!」

 

モナティは二人がついに一緒になった事の嬉しさで涙を流しながら二人に抱き着いた。

モナティは戦えなかった、それでも必死になって戦ってきたのは二人を一緒にする為だった。

自分に居場所を与え、そして自分を守って来てくれた二人を助けられたのだと。

アカネも同じだった、あの日自分に実力が足りなかったからこそ二人を失ったと責め続けて来た。

二人が一緒になってくれた事、そして二人とも無事だった事でアカネはついにその責から解放されたのだ。

 

「詳しい事はヒトカタの私の記憶で知っています。皆さんも私を助ける為に戦ってくれてありがとうございました」

「無事でなによりでござるよ。これで目的が一つ達成したでござるな」

「はい、本当に無事で良かったです」

「うん、あとは…」

「アノ男ヲ止メルダケダ 」

 

ハヤトとクラレットの視線がオルドレイクに向かう、

オルドレイクはいまだ混乱の極みだった、完璧だった計画はその根底が崩されて跡形もない。

既に魔王の贄たるクラレットは強い意志を持ち魔王を拒絶している事が理解出来た。

そんな男にクラレットは声をかけた…それは彼女の慈悲であった。

 

「お父様…もうお父様の計画は破綻しました。これ以上戦うのをやめてください」

「完全に上からの言葉だなクラレットよ?」

「はい、その通りです」

「!?」

 

クラレットの目が少女の目から絶対者のそれに目つきが変わる。

まるで全てを見透かすような、悟っているような目つきだった。

そして何よりオルドレイクはその目に見覚えがあったのだ。

 

「サプレスのエルゴは私の手中にあります。そしてこちらにはハヤトと守護者の皆さんにソル兄様もいます。どう足掻こうとお父様に勝ち目はありません、これは絶対の結論です!」

「……ただ目が覚めただけではないようだな。その目はあの女の目だ…。全てを打算的に思考し、人の命を数字として考えていたあの女と同じ目よ…」

「否定する気はありません、私は…お父様の娘です。この考えも感情も全部私だったんです。もう目を背けたりしない、私はクラレット・セルボルトであり、新堂の娘なんですから」

 

自分の中の意思と完全な統一を果たしたクラレットの心は揺れ動かない、

彼女一人では無理だろう、だが彼女には既に全てを受け入れる人がいるからこそ彼女は否定する事をやめた。

この考えも力も全ては自分のモノだから、自分を受け入れてくれる人がいるから、クラレットはセルボルトの名を名乗れるのだと。

オルドレイクはその意思と目を見て失ったモノを思い出す、自身の野望の糧となった愛する存在を、だからこそこの計画を破綻させるわけにはいかないのだと!

 

「―――砂棺の王よ!!!」

「お父様…!?」

「我に退路はない!その意思を貫くのなら我を撃ち破って見せろクラレットと守護者どもよ!!」

 

砂棺の王に魔力が集まってゆく、この召喚場に溢れる程溜まっていた魔力が全て注がれてゆく。

砂棺の王は魔王ではない、だが怨霊を操る力に特化した最上級召喚獣だ。

怨霊達が巨大な力そのモノに変化してゆくそれがハヤト達に向けられる、その力は正しくエルゴに匹敵する力だった。

 

「すっごい、すっごい力なんですの!?」

「今までの力とは比較になりません!それにあれは怨霊、物理的な障壁では…!」

「………ふ」

「なんでアンタはそんなに余裕なのよ!何か策でもあるっていうの!?」

「違う、お前たちはそんな事も気づかないのか?完成したからこそ俺は確信があるだけだ」

「完成とは…どういう事でござるか?」

 

ソルの言葉に疑問を抱く守護者達、それに溜息交じりでソルは答え始めた。

 

「誓約者の奴は今まで4つのエルゴで戦って来た。だがな誓約者と呼ばれる者は5つのエルゴの力で真の力を発揮する、単純に一つ増えた訳ではない、5つ揃えた事に意味を持つんだ」

「5つのエルゴ…」

 

全員の視界がハヤトとクラレットに注がれる、そして二人は互いに手を握り合っていた。

クラレットは片方空いてる手で自身の胸に手をやる、そして胸の中心が光り出すと紫色の光球を取り出した。

それこそ最後のエルゴ、この事態を引き起こし全ての戦いの元凶となったサプレスのエルゴだった。

 

「ハヤト、今あなたに返します」

「ああ、頼む」

 

サプレスのエルゴはハヤトへと移される、その瞬間彼の体から発する魔力は変質した。

途轍もない力を放ちつつ、魂が休まるような安心感を与え、敵となる者を畏怖する力に変わる。

呼応する様にサモナイトソードもその輝きを高めた、ハヤトの視線は目の前のオルドレイクに向けられる。

 

「グゥッ!?」

「オルドレイク、もう一度言う。もうやめるんだ、今の俺にはお前じゃ勝てない」

「クククッ、完成した誓約者か…いいだろう、その身を砕き、その力を我が物にしてくれよう!!」

 

ハヤトの最後の言葉を拒絶したオルドレイクは砂棺の王に命じて怨霊を解き放つ。

その光景にハヤトは恐怖しなかったわけではない、だかあの時とは違う、

隣には自分を支え自分が守るべき人がいる、それだけでこんなにも変わるのだ。

だからこそ彼は恐怖しない、強い覚悟を持ってそれを撃ち破ると決めていた!

 

「来て、パルメキアワンド」

 

クラレットの手に母が持っていた魔杖が手に取られた。

そして二人が視線を合わせ二人で傾くと互いに魔力を開放させた、

ハヤトの持つ膨大すぎる魔力はクラレットが制御して指向性を持たせた。

ただ道を作るだけでその力は尋常じゃない程のモノへと変化してゆく。

他の召喚師では守護者達ではソルでは不可能だろう、誰よりもハヤトを知るクラレットだからこそこの力を降ろせたのだ。

 

「至源の時より生じて 悠久へと響き渡るこの声を聞け! 誓約者たるハヤトが汝の力を望む…」

「誓約者と共に生きその責を果たす者、セルボルトの名の下、サプレスのエルゴの守護者たるクラレットが願う…」

 

虹色の輝きを放つサプレスの魔力がゲートを生み出す。

通常の召喚術とは大きく異なる召喚術、召喚獣を呼び出し純粋にその力を借り受ける秘術。

服従ではなく友誼、友として力を望む原初の召喚術。

 

「「大いなる悪意に立ち向かい、竜へと至りし神竜よ。今こそいでよ!!!」」

 

生み出されたゲートから現れたのは巨大な竜の姿だった。

白銀に輝く鱗を煌めかせ、誓約者の魔力の影響で虹色の輝きを放つ光の竜。

 

「「【神竜レヴァティーン】!!!」」                     

 

―――シュオオオオォォォォーーーーッッッ!!!!

 

オルドレイクは魂が響き割れる威圧感を放つ方向の前に畏怖する。

目の前の竜はそれほどの存在なのだ、霊界サプレスの召喚術を操る者なら誰もが耳にしたことがある伝説の至竜。

それこそ、目の前に姿を現した神竜レヴァティーンなのだ。

 

「なんなんですの…?あの竜さんなんなんですの!?」

「あれがハヤトとクラレットの召喚術なの…?」

 

アカネとモナティは二人が召喚した召喚獣が今までとは大きく異なる力を持っている事を察した。

 

「この感じ…龍神様と同じ…?」

「龍神様?あの時の竜と同じでござるか?」

 

カイナが感じ取ったのは鬼龍ミカヅチと近い魔力を放っている事だった。

だがあの時よりもその力は大きく異なる事にカイナは違和感を感じている。

そしてその疑問を知るソルが口を開いた。

 

「神竜レヴァティーン。戒の神竜。ホリィドラグーンとしても語られる至竜の一角だ」

「至竜って事はゲルニカさんと同じなんですの?」

「そうだ、レヴァティーンはかつてサプレスの悪魔王を打ち倒す為に至竜へと至った伝説に語られる天使だ」

「天使って事はあのエルエルみたいな召喚獣って事?ソルさん」

「天使はその不死性の関係上、至竜へと至る事はほぼない、奴らは不死であり本能ではなく統率で動く連中だからな。だがその中でより高みを目指し続けた異端の天使がいた。その果てに辿り付いたのがあの至竜の姿と言われている。現状霊界サプレスで至竜は二体しか存在が確認されていない、奴はその一体であり単体においてサプレス最強の召喚獣だろうな」

「サプレス最強の召喚獣…」

 

ソルが語った話を聞いた面々はそれを召喚した二人に視線を移す。

それほどの召喚獣を召喚しようと二人に疲労の色は見えない、むしろその力はドンドンと増大する一方だった。

 

「でも、ゲルニカさんと同じ至竜なのにどうしてあんなに違うんですの?」

「容姿の事を言っているのか魔力の質を言ってるのかは理解できないが、魔力の方なら完全な形で召喚したからだ」

「完全な形ですの?」

「貴様もゲルニカと戦った事なら分かるだろうが至竜の真の力は一国をも軽く滅ぼすほどだ。下位の召喚術と違い最上級召喚獣は本来の力で降ろすことは出来ない、その為に依代となる贄を用意したりするのだが…、誓約者は本当に規格外だと認識できるな」

 

溜息を吐きながらソルがそう呟くと自分が倒すべき敵、オルドレイクに意識を向ける。

あまりに強大過ぎる力を持つレヴァティーンの前に膝を付きそうになるが全ての力を乗せて砂棺の王に命じた。

 

「砂棺の王よ!!!」

 

野望を挫こうとする怨敵を滅ぼすために砂棺の王は怨霊を全て目の前の二人に撃ち放つ。

触れればそれだけで魂が砕かれるであろう一撃がハヤト達を襲うが彼らは決しておくさなかった。

理解していたのだ、今の自分達ならばかつての恐怖を撃ち破れることを…!

 

「「【ギルティブリッツ】!!!」」

 

ハヤトとクラレットの声が響く、するとレヴァティーンの咢から煌めく光弾が撃ち放たれた。

それは漆黒に染まる怨霊達の塊を吹き飛ばし、そして砂棺の王をも巻き込み消し飛ばす。

光弾はそのまま城の城壁を吹き飛ばし、天高く上ると天空を焼き尽くした。

ハヤト達の目を焼くほどの光が収まると砂棺の王の姿じゃなく、そこには月明かりが差し込む大穴のみが存在していた。

 

「ぐっ…ここまでとは…やはり勝てぬか…」

 

パラパラとオルドレイクの怨王の錫杖に取り付けられたサモナイト石が砕け散っていた。

砂棺の王を通してハヤト達の魔力が逆流しオルドレイクを襲ったのだ。

サモナイト石はその負荷に耐える事が出来ずに砕け散り、そしてオルドレイクも同じだった。

全ての魔力と意思を貫かれ膝を付き、そして前のめりに倒れたのだった。

 

「ありがとう、レヴァティーン」

 

クラレットがそうつぶやくとレヴァティーンは傾き元の世界に送還される。

ハヤトはその光景を見て大きく息を吸って吐くとクラレットの方に視線を移した。

 

「終わったな」

「…はい」

 

ハヤトとクラレットが見つめ合う、そして互い笑顔だった。

やっと終わったのだ、今まで彼女を苦しめて来た元凶をついに止める事が出来たのだ。

 

「マスター!クラレットさん!」

「おっと!モナティどうした?」

「終わったんですよね?全部終わったんですよね?」

「そうだな…まあ全部じゃないけど大体は終わったな」

「本当に…本当によかったですぉ~!」

 

純粋に喜ぶモナティの姿に緊張が解けてゆく、視線を上げると皆が見えた。

皆この瞬間の為に武器を取り力を貸してくれたのだ。

ほんの数日前に出会っただけにも拘らず彼らは命を賭けてくれた。

 

「皆、本当にありがとな。お陰でクラレットを救う事が出来た」

「構わんでござるよ。良い機会でござった」

「そうそう、僕たちはエルゴの守護者なんだし、個人的にもお兄さんに力を貸したいって思ってたからね」

「我ラハ仲間ダ。ナラバ力ヲ貸スノハ当然ダ」

「そうですよ。お役目もありましたけど、貴方に力を貸したいという思いは偽りではございません」

「アタシはなんか気づいたら守護者になってただけだけど、まあなってなくても力は貸してたし気にしなくていいわよ」

 

そう言ってくれる皆の優しさが嬉しかった。

すると手を繋いでいたクラレットの手がするりと抜け出るのを感じた。

 

「クラレット?」

 

クラレットの方を向くとそこには二人の姿があった。

互いに顔を険しくして睨みあうソルとクラレットの姿がそこにあったのだ。

 

「何を…するつもりだったんですか?」

「…邪魔だ退け」

「ソル兄様、何をするつもりだったんですか!?」

 

クラレットの後ろにはオルドレイクの姿が見える。

そうだ、ソルが俺達と一緒に戦ったのはオルドレイクを殺す事が目的だった。

きっとクラレットは違う、クラレットの目的はオルドレイクを止める事なんだろう。

戦いが終わった今、敵対するのは当然の事なんだろう。

 

「決まっている、オルドレイクを殺す」

「何も殺す必要はないじゃないですか!」

「この男の仕出かした事を考えてみろ、殺されるのは明白だぞ。それにこの男の知識からろくでもない事が派閥に漏れればどれ程の被害が生まれるか考えているのか」

「それでも、殺すなんて間違ってます」

「クラレット、貴様は生贄にしようとした奴をなぜ庇う、自分の娘を殺す事を選んだ男だぞ」

「………」

 

クラレットは黙り込み俯くがすぐに顔を上げる。

 

「…それでも私の父親です」

「………」

「私の血の繋がったたった一人の父親なんです。例え敵でも私は…」

 

オルドレイクはクラレットにとって血の繋がった父親だ。

例え悪だとしても敵として戦う事になってしまったとしても、クラレットは殺したくはなかった。

どんな形であれ、クラレットにとってオルドレイクは父親なのだ。

 

「もう一度言う、そこを退け」

「っ…」

 

だがソルにそんな感情論は意味をなさない。

クラレットがソルの目を見るとそこにあったのは殺意だけだった。

かつて魔剣ににじみ出ていた狂気、殺意の塊がその目に宿っていたのだ。

クラレットの足が一歩後ろに下がる、

ここでソルがクラレットに攻撃を仕掛けないのはソルが彼女の事を大切に思っているからだ。

自身を抑えるモノはすでにない、だが目の前の妹は別だった。

 

「クラレット、お前が事故でいなくなった事が事の始まりだろうがなかろうかはどうでもいい。オルドレイクは俺以外の兄弟を全て殺しつくした。もう俺とお前以外に残っていない。それを許せと言うのか?もう一度言う、そこを退け。お前に俺を止める権利などない」

「わ、私は…」

 

クラレットの目線が下がる、ギュッと常を握る手に力が入る。

クラレットは理解した、自分にソルを止める権利などないと、

全てを忘れ平和を謳歌していた自分に元から権利など存在していない事を。

 

「クラレット……退いてくれ」

 

そう言われ下がった視線をもう一度上げるとクラレットは気づく、

ソルの表情がとても悲しいモノだったからだ。

腹違いの兄妹とはいえソルにとって残された大切な家族なのだ。

正気に戻ったソルにとってクラレットを苦しませる選択をしている事はとても辛かった。

 

「………」

 

クラレットは理解する、ソルのやろうとしてる事は彼が前に進むために必要な事だと。

オルドレイクが生きている限り復讐の妄執にいつまでも囚われてしまう事を。

クラレットがゆっくりと動き始める、それは彼女が見捨てるという事を選択したという事だった。

ソルの視線がクラレットからオルドレイクに移すとソルの表情が変わる。

それに気づきクラレットも後ろに視線を移した。

 

「ククク……まさか我が野望が砕かれるとはな」

 

全員息を飲んだ、オルドレイクが再び立ち上がったのだ。

あれだけの攻撃を受け、魔力が逆流して倒れたというにもかかわらず男は立ち上がった。

 

「クラレット!」

 

 

ハヤトがサモナイトソードを抜きクラレットを庇うように躍り出る。

同じようにソルも折れた覇王の剣を握り前に出た。

 

「まさか意識があるとはな、だがちょうどいい苦痛を与えながら殺すことが出来る」

「ふ、恐ろしい事を抜かすものよ。だが確かに今の私に貴様と戦う力は残っておらん」

 

その言葉に嘘偽りがない事をハヤトは理解できた、しかし強烈な違和感を感じる。

本当にあのオルドレイクがここで諦めるのか?そうハヤトは考え油断することがない様に身構えた。

そんなハヤトの様子に気づいたクラレットも同じように杖を握りしめて構えた。

 

「確かに私は既に戦う力を失った。我が野望は潰えた言っておこう。だが我にはまだこれがある」

「!?」

「そ、それは!」

「ッ!くそ!まだそれがあったか!!

 

オルドレイクが懐から出したのはかつての色を失い、黒紫色の魔力を放ち続ける魅魔の宝玉があった。

ソルはそれを視認するとすぐさま影の悪魔を操りオルドレイクを攻撃しようとするが、

魅魔の宝玉の力の前に召喚術を無力化されてしまいそれも出来なかった。

 

「ちょ、ちょっと!もしかしてアレを使って魔王を召喚する気じゃないの!?」

「いえ…それは不可能です。魅魔の宝玉がいくら強力な召喚呪具とはいえ、召喚できても下位の魔王が限度のはずです。それも不完全な」

「ハハハッ、その通りよ。試しに召喚してみたが魔王の殻のみしか召喚出来んかったわ、それも騎士崩れの連中に負ける始末の出来損ないだったからな」

「ラムダたちの事か…」

 

騎士崩れって事はレイドやラムダたちの事だろう。

皆がいた空間が妙にサプレスの魔力が濃すぎるって思ってたが魔王と戦ってたのか。

 

「いや…奴の狙いはそれではない。そもそもアレは保険だ」

「保険?」

「魅魔の宝玉は元々サプレスのエルゴの保険という事だ」

「サプレスのエルゴの保険?」

「…忘れたのか、一度魔王召喚の儀式が行われたことを」

「……私がこの世界に来た時の!?」

 

クラレットがこの世界に来た時の…。

そうか、確か魔王召喚の儀式は失敗したんだ。

その時にクラレットの中にサプレスのエルゴが入り込んだんだったな。

 

「あの時、サプレスのエルゴを捜索したがついにその所在は不明だった。その際に代わりに用意されたのが魅魔の宝玉だ」

「クラレット、貴様が魔力を開放しサプレスのエルゴを取り込んでる事が判明しなければサプレスの代替品(だいたいひん)として使う予定だったのだ。つまり我が手にはもう一つのエルゴが握られているという事よ」

「で、でも不可能です!魅魔の宝玉じゃ魔王は完全な形で召喚できません!私もお父様に協力する気はないです!」

「クククッ、戯けたことを…。知っておろう?魅魔の宝玉の逸話を、そして魅魔の宝玉を生み出したものの最後を…!」

 

魅魔の宝玉の所持者の最後…、確かエルゴの王に追い詰められて…、それから…。

 

「そ…そんな…」

「ッ…!」

 

クラレットはまるで信じられない顔をし、ソルは舌打ちをした。

そしてハヤトも気付いたのだ、オルドレイクがやろうとしている事を。

そしてこれから何が起ころうとしているのかを…。

 

「まさかお前は自分に魔王を降ろす気なのか!!」

「その通りよ!世界の新生する時を見れんのは残念だがここで我が始祖の願いが潰えるのであるならばこの命など捧げてくれるわぁ!!」

 

魅魔の宝玉から膨大な魔力が放出される、

それと同時にオルドレイクの体に異変が起こり始めた、

肌の色は紫に変化し始め頬に文様が浮かび始める、そして全身から放たれる魔力も変質し始めた。

 

「止めるぞ誓約者!」

「オルドレイク!!」

「無駄ダァ!!」

 

ハヤトとソルがオルドレイクを止めようと駆けるがそれを阻害するように低級の悪魔の群れが召喚された。

すぐさま悪魔を蹴散らしオルドレイクを攻撃しようとするが二人はオルドレイクに届く事はない。

 

「お父様!やめてください!!」

「クラレットヨ!見ルガイイ、オ前ガ選バナカッタ先ノモノヲ!今コソ真ナル魔王ガ召喚サレルノダ!!クククククッハーッハハハハハ!!!」

「くそ!!」

「ダメだ間に合わない!!」

 

恐ろしい何かがオルドレイクの体に入り込み始める。

ハヤトはそれを感じ取りどうあがいても間に合わないと理解していた。

ここで止めなければどれ程の魔王は召喚される、もし召喚されればリィンバウムの結界がどうなるか分からない。

だがハヤトには止める事が出来なかった、全力で悪魔を蹴散らすがすんでの差で間に合わないと悟っていた。

 

『サア!来ルガイイ!餓竜ノ悪魔王スタルヴェイグ!誓約ノ名ノ下ニコノ世界ニ終焉ヲモタラスノダ――――ッ!?』

「なっ!?」

「えっ!?」

「……貴様か」

 

驚愕する俺とクラレット、だがソルはその光景に驚きはしたがそれだけだった。

 

「お…お父様ぁぁぁぁーー!!!」

 

クラレットの悲鳴が聞こえる、クラレットが悲鳴を上げるのも当然だろう。

オルドレイクの胸、心臓の辺りから折れた剣が突き出ているのだから。

そしてその後ろで真っ白な肌と髪を持つ男がオルドレイクに剣を突き刺していた。

 

「この瞬間を…この瞬間を待っていたぜ!クソ親父がぁぁぁーーー!!!」

 

歪んだ笑顔をした男、あらゆる居場所を奪われ続けた復讐鬼。

バノッサがそこに居たのだった……。

 

 




幼馴染、ロリ、ツンデレ(難)と三拍子揃いましたけど融合しました。
これにより物凄く独占欲が強く嫉妬深いクラレットが爆誕したという事で。
まあ、でも基本いい子なんでよろしくお願いします。

この小説もあと少しですけど出来れば来年までには終わらせたいと願いたいです。
多分終わらない…。

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