サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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もっとサクッと終わる予定でしたけど伸びに伸びましたよ。
描写とか減らした方がええんかな・・・。


第41話 奮闘

時は遡る…。

サイジェントの中心にそびえ立つ城主の城、無色の派閥に占拠され彼らの本拠地となっている場所だ。

城の各所にはサモナイト石を起点とした召喚陣が仕掛けられており、そこから無数の悪魔たちが召喚される。

これにより城の守りは万全な状態だった、だがその守りを崩さなければいけない事態が起きていた。

魔王召喚に全ての魔力を回さなければならない為、悪魔の召喚を行うことが出来なかった。

だが、それを補う為に1週間の時間をかけて完全に固定化した悪魔を無数に配備していたのだ。

その為、城を取り返そうと攻め入る騎士団と蒼に金の派閥は苦戦を強いられていた。

 

「それで、ソルはどこに行った?」

 

城の中心部にある室内庭園、今はサプレスの魔王召喚の為の召喚陣が描かれた部屋にオルドレイクはいた。

その手には儀式の要の一つ、魅魔の宝玉が握られており、膨大な魔力を宿していた。

 

「わかりません、儀式には間に合わせるといい。何処かへ…」

「そうか、あやつがそう言ったのならそれに間違いはない、儀式の準備を進めろ」

「はっ、それで表の奴らは…」

「放っておけ、所詮烏合の衆、集まったところで悪魔共を破る事は出来ん」

「分かりました」

 

無色の派閥の召喚師の男はオルドレイクに一礼するとその場から離れてゆく。

 

「おぉ…」

 

儀式場に一人の少女が姿を現した、真っ白な衣だけを身に着けその手には餓竜の悪魔王の爪が握られている。

首から下げるのは宝鍵と呼ばれるセルボルト家の次期当主のみが身に着けるペンダントだ。

だが、少女が当主になる事はない、悪魔使いであるセルボルト家の血塗られた歴史ともいえる魔力が宿っているから身に着けているだけだった。

 

「よく来たな、クラレットよ」

「――はいお父様」

 

その瞳に光は宿っていない、傀儡の様に反応して声をクラレットは出していた。

ゆっくりと歩みを進めオルドレイク近づく、だがオルドレイクが何かに気づきクラレットに制止をかけた。

 

「待て、何を左手に付けている」

「…?」

 

クラレットが目線を左手に向けるとそこにはビーズが編み込まれて作られた紐の腕輪があった。

かつて千切れ飛びハヤトが直して再び渡したミサンガだった。

 

「捨てよ。そのような物など必要あるまい」

「―う――あ――」

「そうか…」

 

クラレットの影の一部が動き、ミサンガ無理やり引きちぎる。

バラバラに千切れ飛んだミサンガをクラレットはただジッと見ていた。

 

「これでいい、さあ来るのだ」

「はいお父様」

 

再びクラレットは歩みオルドレイクに近づいてゆく。

魔王召喚まで一刻の猶予もなかった、少女が生贄になる時まであと数刻……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

南スラムの孤児院に現れたソルを前にクロはどうしようもない事を悟っていた。

並みの召喚師や悪魔なら自分でもなんとかなるが、目の前の男に勝てるかと言われば勝てないと言える。

前回勝てた時もほとんどギリギリだったのだ、今戦えるのは自分とエルカの二人。戦うのは無謀だった。

 

「ムイムムイ」

「な、アンタ…!?」

「もう一度言う、何人か来てもらう」

「ソル・セルボルト…どうして」

「ミント・ジュレップか、ここの防衛に回って…いやただ震え上がっていたわけか」

「!? 私は…!」

「震えているのに反論か?説得力がないな」

「え…」

 

ミントは自分の腕を見ると震えあがっていた止めようと押さえ付けるが止まる事はない。

なんとか目線だけはソルに向けるがその姿を見るだけで恐怖が沸き上がってくる。

 

「……リプレママ?」

「リプレ母さん、大丈夫!?」

「ちょっと何が…アンタ!?」

「みんな来ちゃダメ!!」

 

子供たちが部屋から広間だった場所に出てきてしまう。

リプレが声を張り上げて子供たちを逃がそうとするがそれをソルが見逃すことはなかった。

子供たちを捕えようと電磁手錠メガ・ワッパーを召喚する、

だがクロが飛び出してメガ・ワッパーを破壊する事で子供たちは難を逃れることが出来た。

子供たちはクロに守られる形でリプレの下に辿り着く。

 

「……ムイム」

「……クロ」

「ラミ、クロはなんて言ってるの?」

「逃げろって…」

「クロを置いて逃げられる訳ないだろ!」

 

アルバがクロの判断を否定する声を上げるが、リプレは子供たちを抱えて逃げようとする。

自分が今ここにいても役立つことは無い、むしろ足手まといだった。

だが、その判断さえ、ソルにとっては予想の範囲内だった。

 

「死にたいのなら逃げるがいい、孤児院の周りには低級の悪魔を配置している。逃れられる自信があるのならな…」

「嘘…」

「ムゥ…!」

 

ギリッと歯ぎしりしながらクロは自分の考えが甘かった事を認識した。

ガレフの森の聖域にでも彼女らを避難させて置けばよかったと…。

だが、全てが後の祭りだ。今はこの状況を潜り抜ける事を考えるしかなかった。

 

「やるしかないって事ね…」

「ムイ…!」

 

エルカとクロが構える、クロは視線をミントに向けた。

ミントは蒼の派閥の召喚師だ、彼女の助力があれば大きい戦力になる。

だが、ミントは震えあがってしまい戦う力を持ってるように見えなかった、彼女に期待することは出来ない、

クロは視線をソルに向けて体中の力を振り絞り始める、こいつを倒さない限り子供たちを守ることは出来ない。

ハヤトが自分をここに残したのは子供たちを守る為もあるのだ。

 

「!!!」

 

全力でクロがソルに迫る、距離は6メートルほど、跳べばすぐにでも攻撃できる!

 

「来い。プチデビル」

 

ソルが召喚したのは霊界サプレスの悪魔プチデビル。

紫色の炎をクロに向かって撃ち放ち、手に三又の槍を構えて突っ込んでくる。

クロはその炎を拳で打ち破り迫りくる槍をその身で受け止めた。

 

「この!!」

 

プチデビルめがけてエルカがその爪を振るいその身を切り裂いた。

悲鳴を上げながらプチデビルが送還されるが二人の身に更なる攻撃が迫ってくる!

漆黒の剣影、ダークブリンガ―。それが二人に向かって迫って来たのだ。

クロは手からいまだ送還されきっていないプチデビルの槍を投擲してダークブリンガ―にぶつける。

吹き飛ぶダークブリンガ―、だが一本だけではなく計5本も召喚された剣影が二人に迫って来た。

 

「うっくぅ!?」

「!!」

 

エルカが何とか避けるが二の腕が引き裂かれ、クロはそのエルカを守る為にダークブリンガ―の一本を掴み取り残りを弾き飛ばす!

そして持っているダークブリンガ―をソルに向かって投擲するが、ソルに当たる瞬間ソルは手を剣に向けて瞬時に送還させた。

 

「自分の攻撃にやられると思っているのか? 潰せ、金剛鬼!」

 

――グオオォォォォーーッッ!!

 

赤いサモナイト石が光を発し、ゲートから巨大な赤い鬼が現れる。

シルターンの鬼である金剛鬼、巨大な金棒を振りかざしそれを振り下ろす!

 

「キャアァッ!?」

 

子供たちを抱きかかえたリプレとミントがその衝撃で吹き飛ばされる、

その声にクロは反応していたが、意識を回すことは出来なかった。

更に倒壊する孤児院の木屑の粉塵の中、クロはチャージしながらのダッシュで金剛鬼の腹部に体当たりをかます!

 

――グゥッ!?

 

「ムイ!」

「分かってるわよ!ウオォォォォーーーッッ!!」

 

エルカの目が発光しその光を浴びた金剛鬼は身動きが取れなくなる。

メトラルの持つ魔眼が金剛鬼の体に異変を起こさせ麻痺させたのだ。

クロはその金剛鬼の足元からソルの攻め入ろうとするが…突如感じた殺気にクロはその場から跳びあがった。

 

「エレキメデス」

「!?」

 

バチィといった衝撃と共にクロは吹き飛ばされる、

体の一部が焼けておりもし先ほどの殺気を感じ取らなければ今目の前にいる黒こげの金剛鬼のようにやられていただろう。

 

「自分の召喚獣に…!」

「道具に愛着を持ってどうする、来いフレイムナイト!」

 

通常の赤色に塗装されているフレイムナイトとは違い紫に塗装されているフレイムナイトが現れる。

黒い炎、ブラックフレイムが放たれクロ達に迫ってくるが、二人はそれを回避しソルに接近する。

 

「コノォ!!」

 

再びエルカの目が発光しメトラルの魔眼がソルを襲うが、全身に軽く魔力を流してそれを阻害する。

だが、それはエルカたちの予想の範囲内だ。

一瞬だけ阻害された魔力の隙をぬってクロはフレイムナイトを殴りつけ粉砕する。

 

「!!」

 

クロはフレイムナイトを殴った逆の手から水流をソルに向かって撃ち放つ。

 

「ッ」

 

ソルが舌打ちをする、クロとの距離が近すぎた為、防御が間に合わず水流を回避した。

回避しながらソルが思案する、そして答えを出したのか手をリプレ達の方に向けたのだ。

 

「何人か減っても問題はないな」

「!?」

「ちょ、クロ!!」

 

ソルが召喚したのはベズソウだった。だが二体だ。

二体のベズソウは左右からリプレ達を切り裂くように接近したのだ。

それにいち早く気づいたクロがダッシュを使い全力でリプレ達に接近する!

 

「ムイ!!」

 

一体のベズソウをクロが砕くがもう一体は変わらずにリプレ達に迫ってくる。

 

「みんな!!」

「リプレママ!」

 

リプレが子供たちを庇うように覆いかぶさる、近くにいたミントも恐怖を忘れてリプレ達を助けようとするが人の身では距離があり過ぎた。

痛みに備えてリプレがグッと身構える、だがその痛みが来ることは無かった。

 

「………!!!くろぉ!!」

 

腕の中のラミが叫び声を上げた、口が上手く動かないのか拙い声だったが叫んだのだ。

ラミは見ていた、リプレの腕の間からベズソウの攻撃から庇うクロを…。

防御など考えず身を捧げ、体を切り裂かれ真っ赤な血が咲いた姿を…。

 

「ム……ゥゥ!!」

 

切り裂かれながらも拳を振り下ろし、クロがベズソウを砕く。

二体のベズソウから何とか子供を守ったクロだったが状況は悪化していた。

ドクドクと血が止まる事はなく、内臓の一部も外に飛び出ていたのだ。

 

「クロ!アンタ!」

「ムイム!!」

「目を逸らすなって…致命傷じゃない!」

 

エルカがクロに近寄ろうとするがクロはソルから目を離すなと怒声を張り上げる。

内臓を無理やり体に戻し、ギュッと腹に力を入れて止血する、痛みに耐えながらソルの方を睨んだ。

 

「戦わないと…でも…!」

 

ミントのサモナイト石が光り始めるが、すぐにその光が収まってしまう。

震えた手でなんとか戦っている二人の力になろうとするが、恐怖心の方が勝ってしまい戦う事は出来なかった。

ソルはそんなミントに視線を合わせ、ミントはその視線を見るとビクッとするがすぐに視線を外した。

どのみち戦える奴ではない、後回しにすればいいとソルは考えていたのだ。

 

「だあぁっ!!」

 

エルカが崩れた瓦礫を弾き飛ばす、飛んだ瓦礫をソルは結界を張り防ぐ。

エルカはその瞬間を狙い、亜人の脚力で一気にソルに向かって飛び出した。

 

「…!」

「つぅ!」

 

無言で剣を振るうソル、エルカはその剣を腕で止めて片方の爪で引き裂こうとする。

だが、ソルの影が動きエルカの腕を完全に抑え込んでしまった。

 

「誓約の名の下に―――来い!ギョロメ!!」

「こんのぉぉ!!!」

 

召喚されたシルターンの妖怪変化ギョロメがその目を輝かせエルカを吹き飛ばそうとする。

対するエルカも魔眼を全力で撃ち放ちそれを相殺するが、余りの威力に完全に相殺できず傷を負う。

ギョロメの能力でエルカが麻痺に陥ってしまうが、エルカの狙いは既に達せられていたのだ。

影を使っており、尚且つ召喚術を行使しているこのチャンスを狙ってたのだ。

 

「やりなさい、クロ!!」

「!!!」

「ふん」

 

ダッシュで飛び出たクロがソルに向かって突き進む!

影がクロを捕えようと動き出すが、既に表に出ている影は予想しやすかった。

それらを回避してクロはソルの額に思いっきり拳を叩き込んだ!

大岩すら砕くクロの剛腕がついにソルに届いたのだった。

 

「よし!」

「……!?」

 

顔面を打ち砕いたはずのソルはこちらをにらめ付けている。

ベズソウに斬り裂かれた自分の腹部からおびただしい血が噴き出していた。

自分の命を賭けた一撃が目の前の男に届かないのかと歯ぎしりをクロはする。

 

「貴様が命を賭けるのは勝手だがな…」

 

ソルが剣を振り上げ同時に剣に魔力を通し始める。

 

「この実力の差を埋めてから挑むべきだったな」

「「「クロ!!」」」

 

子供たちが自分を呼ぶ声と共に剣が振り下ろされて更なる鮮血が吹き上がる。

体勢を整えてもう一度挑もうとするが…。

 

「ムイ…?」

 

ドサリと言った音と共にクロが地面に倒れ込む、

腹部だけではなく右目から下まで切り裂かれおりクロの意識は落ちかけていた。

地面が真っ赤に染まり始めるなかクロはただ動こうしていた。

だが意識とは別にクロの体が動くことはなかった、もう限界に達していたのだ。

クロはハヤトの護衛獣だ。

だからハヤトから常に魔力が供給されており、それを切っている今現在のクロでは全力以上の力は出せなかった。

そしてクロの拳がソルに届かなかった理由は明白だった、クロに魔力を扱う術がないのだ。

今まで届いていたのはハヤトの魔力がクロに伝わっておりクロの攻撃に魔力が乗っているのが原因だった。

そして今、クロにはその魔力がなかったのだ。

単純な召喚獣なら自身の力で何とかなるだろう、だが目の前の男を倒すにはあまりにも大きすぎる壁だったのだ。

 

「終わりだな…」

 

ソルがサモナイト石に魔力を通し、召喚術を行使する。

現れたのは【ノロイ】と呼ばれる呪いの道具に宿った妖怪変化だった。

藁人形の姿をしており、手には大きな釘と金槌が握られておりそれをクロ目掛けて振り下ろす。

エルカも何とかそれを止めようとするがあまりに距離が離れすぎていた。

 

「見ちゃダメ!!」

 

リプレは子供たちにこれから起こる惨劇を見させない為に子供たちを抱え込む。

そして召喚師ミントは……。

 

「ダメェェェッッ!!!」

 

クロとノロイの間に入り込み結界を展開したのだ。

バチバチと言った魔力と魔力のぶつかり合う衝撃が彼女の腕を焼き始めるが、

歯を噛みしめながらミントはその痛みに耐えていた。

やがてその衝撃が止み、ノロイが送還されるとミントはソルと対峙する状況になっていた。

 

「なんのつもりだ」

「はぁ…はぁ…」

 

ソルの問いかけにミントが応える事はなかった、この場で立っている事すら彼女には恐ろしい重圧がかかっているのだ。

目の前の相手は心構えが出来ていない少女の心を折るのに相応しいほどの存在なのだ。

だが、ミントは飛び出して攻撃を防いだ。もう一度目の前で仲間が死ぬのを見たくなかった一身に、

後のことなど考えていない、ただ助けたいためだけに彼女は飛び出たのだった。

 

「……!」

「!?」

 

ソルが手をミントに向けると虚空から霊界サプレスの魔力が現れ一本の槍が召喚される。

ネウロランサーと呼ばれる死臭を纏い、攻撃した物体を腐り落とす魔槍だ。

それを躊躇なくミントに向けてソルは撃ち放った。

ミントは再び結界を展開しネウロランサーを防ぐが先ほどとは違うほどの衝撃がミントを襲う。

魔力同士のぶつかる衝撃だけではなく、ネウロランサーの瘴気がミントの体を犯してゆく。

 

「うっく!くぅぅぅっっ!!」

 

肉が腐る痛みに耐えながらミントは全力で魔力を展開して攻撃を防いだ。

才能あふれると言っても新米召喚師のミントではどうあがいても勝てない。

だが、何もせずに諦めるのはもう嫌だった、視線を落とせばそこには血塗れのクロの姿が見える。

この子だってこんな小さな体であんなに頑張ったんだ、なら自分が頑張らなくてどうする!

そんな想いミントの力を更に高め始めてゆく!

 

「はぁぁぁぁーーーっっ!!!」

 

緑色の幻獣界メイトルパの魔力がミントから溢れ出てネウロランサーの魔力に対抗し始める。

やがてピシリ、ピシリとネウロランサーにヒビが入り始め、そしてついにパキィンと言った音が響き渡り砕け散る。

それを見たミントは膝を付いて大きく息継ぎをしていた。

やり遂げた、私は守れたんだ…。そう思いながら顔を再び上げると…。

 

「セルボルトの名の下にソルがその力を望む――、来い!鬼神将ゴウセツ!!」

 

完全なる詠唱、そしてシルターンの魔力と共に召喚されたのは巨大な鬼の姿だった。

山をも切り裂く鬼神将ゴウセツ、シルターンの召喚獣の中でも上位に位置する存在だった。

 

「あ…ああ…」

「貴様の事をただの新米だと思ったのは詫びとよう。だがこれで終わりだ。肉片残らず吹き飛ばしてやる!」

 

仮にもネウロランサーを防いだ少女の将来性を危惧し、そして危険視したソルはこの一撃に全力を籠める。

そして膨大な魔力がゴウセツに流れ始め、誓約に従いゴウセツはその大太刀を振り上げた!

 

「真・鬼神斬!!」

「させません!」

 

振り下ろされた一撃はミントに当たる事はなかった。

瞑っていた目をゆっくりとミントが開くと、今までここには居なかった人物が立っていたのだ。

 

「貴方は…」

「…何の真似だ。カノン」

「ソルさん…!」

 

ゴウセツの大太刀を鬼神の腕で防いでいるカノンは腕に力を入れて大太刀を弾く。

後ろに下がったゴウセツはソルが送還させ、ソルはカノンに問いかける。

 

「答えろカノン。何の真似だ」

「どうしてこんな事をするんですか。彼らは戦う力を持ってないんですよ」

「保険だ」

「保険…?」

「奴が生きている可能性がある。それに対する保険だ」

 

奴という言葉でこの場の全員がその人物の事を考える。

だが、この場でその人物を知るのは今は動けないクロだけだった。

 

「その人がどういう人かわかりませんが、それで無防備な人を襲う理由にはなりません!」

「随分と口が達者だな。それがいつも見て見ぬふりをし続けた男だとは思えんな」

「……」

「お前はオプテュスだったな。俺のやっている事と奴らのやっている事に差異はあるのか? いやあるはずがない、そして貴様はずっとそれを見て見ぬふりをし続けた。奴らの中で一番の力を持っているにもかかわらずな。それがどういう意味か分かるか?」

「……ボクがソルさんに口出す資格がないって事ですか」

「そうだ、そして俺を止めたければ分かっているな」

「…ええ、分かっていますよ。ミントさんこの首輪、外してもらえますか」

「え?」

「加減して止められる人じゃないですから」

「……」

 

カノンにかけられた誓約の首輪は蒼の派閥の者なら外せる事になっている。

そしてミントは躊躇いもなくカノンの首輪に触れると魔力を通しそれを解除した。

パキィンと砕ける感触と共に首輪が砕け落ち、カノンからシルターンの魔力が膨れ上がった。

 

「ソルさん…ボクは貴方を止めます!」

「来て見ろ、カノン!!」

 

カノンは片腕を振り上げ、膨大な魔力を宿した鬼神の腕に変える。

そしてソルもサモナイト石に魔力を通し召喚術を発動させた。

 

「―――来い、冥府の大公。ツヴァイレライ!!」

「ウオオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

 

紫と赤の光が南スラムの一画を光で包む、そして凄まじい衝撃が発した。

それを遠目で見ていた南スラムの住人は恐怖し我先にとサイジェントから一時離れようとする。

それが彼らの命運を分けていた事にはこの時点では誰も気づかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「うにゅうっ!数が多すぎるですのぉ!」

 

――シギャァァァーーーーッ!!

 

サイジェントの上空では緑色の翼竜が空を舞い、火球を撃ち放つ。

同じ様に空を飛びながら竜に群がる悪魔その火球に包まれ悲鳴を上げながら落下してゆく。

 

「シャインセイバー!!」

 

翼竜の背に乗り虹色の輝きを放つ魔剣を天に掲げるハヤトの周辺に数十本の剣が出現する。

それを悪魔たちに向けると雨の様に殺到しある者は切り裂かれある者は貫かれて送還されてゆく。

 

「エスガルド!そっちはどうだ!」

「問題ハナイ、ダガコノママデハ一向ニ近ヅケナイナ」

 

翼竜の足に掴まれ銃撃を行っているエスガルドがそう答えていた。

 

「クソッ…だけどなんて数なんだ」

 

城からおびただしい悪魔たちが唯一空を飛んでいる自分達に向かって攻めてくる。

遠目ではサイジェント街中に悪魔が溢れており、サイジェントの住人が街から逃げてゆくのが見える。

だが数は少ない、おそらくあらかじめ避難している住人もいるとハヤトは考えた。

 

「マスター!一気に召喚術で倒しましょう!」

「駄目だ。遠くから強力な召喚術を放って皆に当たったらそれこそ目が当てられない」

 

ハヤトの召喚術は誓約者の名に相応しいほどの破壊力を有している。

それこそ全力で放てば街一つなど消せるほどの破壊力があるのだ。

街を見ると城中心に騎士団や派閥の兵たちが戦っており、そんな中に打ち込むのはあまりに愚策だった。

 

「でしたら一度降りていくしかないのではないでしょうか」

「カイナお姉さんの言う通りだよ。お兄さん」

「そうでござるな。それにハヤト、こう空で戦っていると拙者の剣は役には立たない、出来れば一度降りては頂けぬでござるか?」

「そうだな、切り替えが大事だな。よしワイバーン!

 

ワイバーンがこくりと頷くと急旋回しながらサイジェントに降りてゆく。

 

「邪魔なんですのぉー!!」

 

モナティの手が光り輝きうさきだんを悪魔の群れにたたきつける。

大爆発を起こしながら四散し送還されてゆく悪魔たち、それを抜けながらハヤト達はサイジェントに降り立った。

 

「な、なんだ!?」

「ドラゴン!? まさか無色の派閥か!」

 

悪魔から街を守っている兵士たちがこちらに槍を向けるが、

ハヤトはその後ろから来ている悪魔に目を向けていた。

願うは鬼神将、魔剣に魔力を通し、剣が赤く発行し始め膨大な魔力を生み出した!

 

「鬼神将ガイエン!!」

 

現れた鬼神将は兵士たちの頭上を飛び越え、その大太刀を振るい悪魔の群れを切り裂いてゆく。

それを見ていた兵士たちは唖然とし口を開いていた。

 

「みなさん、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ君たちはいったい…」

「モナティ達はキムランさんの知り合いなんですの」

「キムラン隊長の! 援軍という事ですか」

「ああ、キムランは今城に?」

「はい、イムラン様やカムラン様に蒼の派閥や騎士団を一緒です」

 

その事を聞き、ハヤトはほっと一息をついた。

無色の派閥という共通の敵のお陰か全員が一丸となって戦っていたからだ。

 

「とにかく、街から人たちを逃がしてください。このままじゃ危険です」

「しかし、悪魔の数が多すぎて避難が追い付かないんです」

「悪魔から人々を守るだけで精一杯で…」

「そうなのか…モナティ!」

「分かりましたですの。ワイバーンさん、皆さんを守ってほしいんですの」

 

――シギャァァァーーーッッ!!

 

大きく咆哮上げたワイバーンに人々は驚くが、巨大な翼竜が自分達を守ってくれることに安堵した。

ハヤトもサモナイトソードを空に掲げる、虹色の魔力がそれぞれの世界に居る彼の仲間を召喚した!

 

「皆、力を貸してくれ!」

 

召喚されたそれぞれの世界の召喚獣たちがハヤトの周りに現れる。

 

「皆は街の人たちを守ってほしいんだ。頼んだ!」

 

自分の役目を理解した召喚獣たちがそれぞれ散ってゆき、悪魔たちとの戦闘を始める。

ハヤトは兵士たちの方を向き一礼して召喚獣たちの事を頼み込んだ。

 

「彼らならある程度悪魔と戦えるはずです。街の人たちをよろしくお願いします」

「分かった、そちらも気を付けてくれ」

「よし、行こう皆!」

 

ハヤトの声に全員が傾きその場を駆けて行く。目指すは城、最後の戦いの場だった。

現れる悪魔を打ち崩しながら彼らは走ってゆくが、突然ハヤトは足を止め、南スラムの方に視線を動かす。

 

「マスター、どうしたんですの?」

「お兄さん?」

「…この魔力」

 

南スラムの方から感じられる異質な魔力、最初は蒼の派閥の召喚師だと思ったが、

気配がまるで違う事に気づく、だがハヤトは歩むべきか孤児院に足を運ぶべきか悩んでいた。

 

時間がない…嫌な予感はするけど、もしクラレットの魔王召喚が間に合わなかったら…。

どうする、行くべきか行かないべきなのか。

 

恐らくこの選択は決定的なモノになるとハヤトは考えていた。

自分の中で一番大切なモノ、それを守る為に戦ってるハヤトは決断しかねていた。

しばらく目をつむり考えるハヤトに守護者達はジッとハヤトの答えを待っていた。

 

「……よし、みんな頼みがあるんだ」

 

そしてハヤトは答えを出したのだ。

決して後悔しないと心に誓い、彼は答えを見出したのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「「はぁはぁ…!!」」

「………」

 

大きく息継ぎをしながら一人の男に対峙している二人の人物がいた。

隻腕の鬼人の少年カノンと蒼の派閥の召喚師のミントだ。

カノンはその鬼神の力をコントロールし恐ろしいほどの力を誇る攻撃を繰り出せる。

そしてミントも恐怖という壁を乗り越えて召喚師として凄まじい成長を遂げていた。

だが届かない…あまりにも大きすぎる壁が二人の前に立っていたのだ。

 

「うぐ…ぅ」

「カノンさん!」

 

余りのダメージの大きさについに膝をついたカノン、

ミントはそんなカノンに気をかけるが、視線はソルだけに向いていた。

目を離せばそこをつかれる事を理解していたのだ。

 

「さっさとそいつ等を渡せ。こっちは急いでるんだ」

「だったら殺して無理やり奪えばいいじゃないですか。どうして手加減なんかしてるんですか」

「ッ…」

 

手加減する理由は二つあった、一つが人質が多い方が利用価値があるからだ。

そしてもう一つはカノンだった。むやみに人質にカノンを殺したところを知られるとバノッサに土壇場で離反される可能性があったからだ。

カノンを派閥から逃がしたのはバノッサの要望が大きい、なのでカノンを殺すとバノッサが裏切る可能性が高いのだ。

魅魔の宝玉の適合者は現在バノッサしかいなかった。

必要ないのならないと割り切れるがそれでも一番の不安要素は排除しておきたかったのだ。

 

「むやみに殺せないのなら…負けません!」

 

ミントがサモナイト石に魔力を通し召喚術を発動させる。

 

「――古き木々に宿りし精霊よ。ジュレップの名の下、ミントが貴女の力を望む!」

 

緑色の魔力がサモナイト石に送り込まれ異界のゲートが発生する。

それは誓約を用いて召喚獣を縛るモノではなかった。

願いと想いを乗せて召喚獣の力を借りる、古の召喚術。友誼召喚だった。

 

「貴様もそれか…!」

 

内心舌打ちしながらソルはミントの召喚術に悪態をつく。

ミントは異界の植物を調べる学者系の召喚師だ。

彼女はその為に召喚獣の知識と信頼が大事だと考える異端者でもあった。

だからこそ、この大事な場面で本当に頼るべき存在なのだと理解していたのだ。

 

「力を貸して…!【ドライアード】!!」

 

召喚された妖精ドライアードは明らかにソルに敵意を抱き、そしてミントに慈愛の視線を向けていた。

古木と蔓草が形を変え、弓に変化すると魔力が宿った木の矢がいくつもソルに撃ち込まれる。

ソルはその攻撃を影の悪魔を使い全て防いで召喚術を発動させる。

 

「切り裂け!ブレイドガンナー!!」

 

現れた3つの機械砲身から刃状のエネルギー派が連続で撃ち込まれる。

ドライアードがそれを防ごうとするが、ミントがドライアードの前に飛び出していた。

 

「落ち着いて…落ち着いて…!!」

 

杖に魔力を宿す、マジックエンチャントと呼ばれる召喚師の基本技能だ。

迫りくる刃を接触の瞬間のみ魔力を開放させそれを相殺してゆく。

クラレットの使っていた幻実防御と同じモノだった。

だが、その精密性をミントが完全に再現することは出来ない、縫い針に糸を通す感覚でそれを相殺するが。

何本か防御をすり抜け、ミントに当たりそうになる。

 

『!!』

 

それをドライアードが防いでくれた、ミントはそれに感謝しつつ攻撃が終了すると同時に召喚術を発動させる。

 

「バラライカバインド!!」

「ふん」

 

ドライアードが地面に伝わせていた蔓草が、ソルに絡みつこうと襲ってくる。

クラレットがよく召喚していた束縛系の召喚術バラライカバインドだった。

麻痺性を宿す蔓草に捕まれば対処する事が難しいとミントは予測していたのだ。

そしてドライアードと魔力の波長を合わすことにより通常よりも速いスピードで行使が可能だったのだ。

 

「――誓約の名の下に…来い、狐火の巫女!」

 

召喚された狐火の巫女が浄火の炎をまき散らしながらミントに襲ってくる。

対するミントはサモナイト石を取り出してドライアードに叫んだ。

 

「ドライアード!少しだけ持って! ――歌と音を奏でし水の戦士よ。ジュレップの名の下、ミントが貴女の助力を願う!【セイレーヌ】!!」

 

召喚されたのは水棲亜人のセイレーヌだった。

竪琴を奏でながら姿を現したセイレーヌは狐火の巫女の炎を竪琴の音と共に現れた水の奔流で弾き飛ばす!

 

「二人とも力を合わせて――!!」

『『!!』』

 

ドライアードが蔓草生み出し、その手に弓矢を構える。

セイレーヌも蔓草に自らの魔力を送り、水流も同時に生み出して攻撃に備えた。

 

「お願い!!」

 

同時に放たれた攻撃は炎の障壁を易々と打ち破りソルに向かって突き進む!

 

「来い、アーマーチャンプ!!」

 

ソルが黒のサモナイト石に魔力を通し、盾の鉄巨人を召喚する。

アーマーチャンプはその盾を分解させて電磁障壁を発動させる、アーマーチャンプ最大の防御技のアストラルバリアだった。

ミントの攻撃がアストラルバリアに直撃するが、その攻撃は貫通することなるそのまま四散してしまった。そして…。

 

「はぁ…くぅぅっ!?」

「ミント!」

 

膝をついたミントにリプレが声を上げる、ドライアードとセイレーヌもミントを心配するが、

ミントの魔力が尽き始めてしまった為、送還されてしまった。

 

「魔力切れか…」

「こ、こんな…ことで…」

 

ミントは新米召喚師の中では才能あふれる方だ、だがあくまで新米なのだ。

精神に多大な消耗を必要とされる召喚術の行使は常に冷静になることが重要となる。

その点に言えばミントは合格だった、ただ余裕がなさ過ぎたのだ。全てにおいて全力で取り組まなければ死ぬほどだったのだから。

幻実防御も同時召喚も理論に基づいたものではない、見様見真似で突発的に使用した術なのだ。

そのせいもありミントの魔力はほぼ枯渇しかけていた。

 

「ふぅ…!ふぅ…!」

 

歯を噛みながら息継ぎをしミントが何とか立ち上がろうとするが体が動かなかった。

それを見ていたソルは紫色のサモナイト石を取り出す、

それに魔力を通すと召喚術が発動し霊界から影より這いよる妖霊を呼び出した。

 

「静謐の闇に呑まれるがいい…。アフル・マズル」

「キャァァァァーーーーッッッ!!!?」

「ミント!!」

 

漆黒の炎がミントに襲い掛かり彼女の体を燃やし始める。

それに熱はない、しかしその炎はミントに途方もない激痛を強制し枯渇しかけた魔力を根こそぎ奪い始めたのだ。

まるで魂が直接燃やされる感覚に陥ったミントはたちまちパニックに陥り体を地面に擦り付けて火を消そうとする。

だが、その炎が消えることは無い、実際は炎などではなく炎のように見える攻撃なのだから。

 

「召喚獣の炎がその程度で消えるはずもないだろう、消す方法は貴様が魔力を全身から放出するだけだが……無理だな」

「あぁ!!うぐぅぅぅあぁぁッッ!!?」

 

殆どの魔力が残ってないミントにかつてハヤトが行ったような炎を消す方法は行えなかった。

ただ、魂が燃え尽きるまで彼女は燃やされる激痛にもがき苦しむしか残ってはいなかったのだ。

だが、どんなに力が無くても助けようとする人物がまだこの場所にいるのも事実だった。

 

「ロックマテリアル!」

「!?」

 

召喚された小さな岩石が達かな魔力を持ってアフル・マズルに直撃する。

殆ど無防備にそれを受けたアフル・マズルは送還されてしまい、ソルはその視線を召喚術を撃った人物へと向けた。

 

「お前か」

「はぁ…はぁ…」

 

息継ぎをしながらこちらに無色のサモナイト石を向けて立っていたのはリプレだった。

後ろでは子供たちが寄り添うようにリプレについている。

 

「やめてよ…これ以上私たちから奪わないでよ!」

「……」

 

ソルがリプレの方に向き歩み始める、リプレは恐怖しながらもサモナイト石に拙い魔力を通し召喚術を発動させる。

 

「ロックマテリアル!」

 

生み出された岩石がソルへと襲い掛かるが、軽く片手で弾くだけで四散する。

まるで気にすることなく、ソルはこちらに近づいてきた。

 

「ロックマテリアル!ロックマテリアル!!」

 

何度も召喚術を発動させてソルへと攻撃をリプレはし続けるがその全てが届くことは無かった。

元より、戦う力を持っていないリプレの付け焼刃の召喚術でどうこう出来る相手ではないのだ。

そしてリプレも召喚術を扱うものとしての限界がすぐさま訪れてしまう。

 

「ロック…っ!」

「リプレママ!?」

「……!!」

「リプレ母さん!!」

 

がくりと膝をついてリプレは倒れかける、リプレの魔力が枯渇してしまったのだ。

倦怠感が全身を襲い、何とか立ち上がろうとするが体が思うように動かなかった。

そしてリプレの視線に足が写り込んだ。

 

「!?」

「……」

 

リプレが視線を上にあげるとそこにはソルがいた。

まるで自身に興味がないように見えるがその目に怒りが籠っているようにリプレは感じ取る。

だが、リプレの後ろにはいまだ震えている子供たちがいた。

逃がす事は出来ない、自分が助けるしかない。‫

勝ち目がない事など理解しているだが…!

 

「!」

 

めん棒を取り出したリプレはそれをソルに振り下ろす。

めん棒が相手にぶつかる感覚をリプレは感じたがソルは微動だにしなかった。

 

「弱者の分際でつけ上がるな」

 

ソルが懐に手を入れ黒光りした物体を取り出す、そして発砲音が響いた。

 

「え―――ッッ!?」

 

一瞬呆けたがすぐに激痛がリプレの手首に走り痛みでめん棒を落としてしまう。

そして再び発砲音が響くと次はリプレの太ももが撃ち抜かれて膝を付いてしまう。

 

「「「リプレママ(母さん)」」」

「貴方達来ちゃダメ!!」

 

近づこうとする子供たちを静止してリプレはサモナイト石を取り出した。

リプレの魔力がある程度戻っていたのだ、魔力をサモナイト石に通し始めるが――。

 

「貴様は…!」

「あぐっ!?」

 

今度は左肩を撃ち抜かれる。再び発した痛みがリプレに走りサモナイト石を落としてしまう。

サモナイト石がソルの足元に転がり落ちソルはそれを踏み砕いた。

これでリプレに戦う術はない、ソルは再びリプレに視線を戻すと驚くべき行動にリプレは出た。

 

「ッ!?」

 

リプレがソルにしがみ付いたのだ。

腕も肩も足も撃たれているにも関わらずソルに立ち向かってきたのだ。

 

「みんな、子供たちを逃がして!!」

 

ここに居ても殺される、もしくは連れていかれて最悪の結末が待っている。

リプレは自分を犠牲にしても大切な子供たちを逃がそうとする。

自分がソルを押さえれば守る人は少なくなる、きっと子供たちを逃がしてくれる。

そう希望を持ったのだ。だが、ソル相手にそんな考えは意味を持たなかった。

 

「邪魔だ!」

「あぐっ!」

 

リプレの腹に拳を打ち込み、さらにソルは蹴り飛ばして吹き飛ばす。

吹き飛ばされたリプレは瓦礫に突っ込み、さらに傷を負って傷み苦しんでいた。

 

「母さんに手を出すな!!」

「ッ!!」

 

瓦礫に手を掴みソルに向かってくるアルバをソルは蹴り飛ばしてラミとフィズに方に吹き飛ばす。

そして子供たちに向かって召喚術を放とうとすると、割れた陶器がソルの眉を斬り裂き傷を負わせた。

 

「………」

「子供たちに…手を…出させない…わよ!」

「弱者の分際で…戦う力を持とうとしない女が…!!」

 

ソルの表情が怒りで露わになる、そして躊躇することなく銃口をリプレに向ける。

 

「なぜ守ろうとする、自分の命を犠牲にしてもなぜ守ろうとする!」

「当たり前でしょ!私の子供たちなのよ!家族なのよ!守るのは当たり前なんだから!!」

「……ッ!!」

 

真撃なリプレの想いを直視出来なかったソルはリプレの口を黙らせようと銃を何度も撃つ。

それがリプレの腕を、腹部を、足を襲い、激痛でリプレの表情は痛み一色に染まる。

だが、ソルがリプレの急所を撃つことはなかった、ソルにも理解できなかった。

頭を首を心臓を撃てばそれで終わるはずなのだ。だがどうしてもソルは撃てなかった。

 

「はぁっ!はぁっ!」

 

押さえ付けている何かが暴れ出す感覚にソルは襲われていた。

片手で頭を抱え理解できない感情と痛みがソルを襲うがソルは震える銃口をリプレに向けて問いかけた。

 

「子供どもを差し出せ、そうすれば――」

「渡す訳無いでしょ!絶対に渡さない!」

「そうか、なら―――」

 

全身血塗れのリプレは強い意志でソルの言葉を否定する。

そしてソルは理解した、この感情も頭の痛みもあの男と同じものだと。

だからこそ、対処する方法を知っていた。ソルは銃口をリプレの額に押し付け、そして…。

 

「死ね」

「!!!」

 

死ぬ痛みがどういうものかリプレは分からない、だが死んでも子供たちを渡したくなかった。

ここで自分があの子たちの目の前で居なくなる事が何よりも怖かったが、それでも渡したくなかった。

心の中で「ゴメンね」と謝りリプレがグッと目を閉じる、そしてカチリという音が響いた。

その後もまるで認めたくない様に何度もカチリカチリという音が響いた。

 

「なんだと…!」

 

リプレには良く分からなかったが自分はほんの少し命を繋いだことを理解した。

そしてミシリと言う音を自分の背後から聞こえたのだ。

 

「ムイィィィィーーーッッ!!」

 

動けないクロが叫び声をあげる、ハヤトを除けばメイトルパの住人しかその言葉を理解できないだろう。

だが、誰もがその言葉の意味を理解していた。彼は「戦え」と叫び声をあげたのだ。

そしてリプレの後ろから液体状の物体が飛び出しリプレに向けられている銃ごと腕に絡みつく。

 

「――ディングだと!?」

「ガウム!?」

 

リプレもソルも驚愕した、特にソルは驚いていた。

ディングとは個体が定まっていない種族なのだ。

魔力を食らい姿を自在に変える幻獣、それがディングだ。

そして幸運だったのはガウムの容姿が犬に酷似しており尚且つソルの目の届くところで個体変化を行わなかったことだ。

だからこそソルは魔力を食らうという厄介な性質を持つディングの存在を認識できていなかった。

頭痛と不可解な感情に襲われていたソルはガウムの不意打ちに対処できなかったのだ。

 

「ウオオオォォォォォォーーッッ!!!」

「うぅっ!」

「ぐうっ!?」

 

倒れているエルカの角と目が光、全力の魔眼がソルを襲う。

リプレやガウムを巻き込んでいたが、リプレは元々動けず、ガウムに至っては半場意地でソルに汲みついていた。

 

「クソッ!」

 

悪態の言葉を上げたソル、彼の体は動かなかった。

ガウムによってその魔力を食われていたのだ。そのおかげでエルカの魔眼をソルは防ぐことが出来なかった。

そして碌に動けないソルは視線に先に膨大なシルターンの魔力を滾らせている隻腕の少年を見た。

 

「やっちゃいなさい!!」

「ソルさん――!!」

 

カノンはその拳をソルに叩き込もうとする、だがソルはガウムをカノンの前に何とか差し出して盾にした。

しかしカノンはすぐさま視界をソルの足元に向けて拳を振り下ろす。

かつてハヤトがバノッサとの戦いで行った技だった。地面を撃ち砕きその衝撃で対象を吹き飛ばす!

吹き飛ばされたソルの手からガウムがずるりと抜け落ちて何処かに跳ねて行った、ソルは自由になる。

仰向けに倒れ込んだソル、すぐさま魔力を回復させ彼らに反撃しようとするが…。

 

「――ドライアード!!!」

「!?」

 

ソルが声の在る方に顔を向けるとガウムを抱きかかえ召喚術を発動させているミントの姿があった。

ガウムの食らいに食らったソルの魔力を用いたサモンアシストだった。

その魔力全てを一体の召喚獣に集中に膨大な魔力を宿した蔓草の矢がソルに向かって撃ち放たれる。

それを見ていたソルにはどうしようも出来なかった、今は麻痺は取れず、魔力は回復しきれていないソルには回避できなかったのだ。

 

『!!!』

「がはっ!?」

 

心臓を穿かれる激痛がソルを襲ったそれだけではない、心臓を起点に木が生えるように全身から枝が突き出てきたのだ。

余りの極悪な行為にミントは視線を逸しかけるが、それでも終わるその瞬間までジッとソルを睨み付けていた。

 

「――――――」

 

だらりと体に力が入っておらず、心臓が動いてるようにも息をしてるようにも見えないソルの姿に安堵する。

同時にミントに人の命を奪った罪悪感が襲い始めるが、それ以上にやり遂げた達成感がミントの心を震わせた。

 

「やった…私…やったんだ…!!」

 

自分の大切な仲間を奪った相手、たとえ本気ではなかったとしてもその油断を突いたとしてもミントが勝てたことは事実だった。

その達成感に涙すら出始めるが、すぐにハッとして視線をリプレに向ける。

全身のいたるところを銃で撃たれ、血まみれのリプレがそこにいた。

意識ははっきりしているが出血が激しい、このまま放っておけば命にかかわるかもしれない。

そう考えたミントがローレライのサモナイト石を取り出してリプレに近づいた。

 

「リプレ!今治しますね」

「―――!?」

 

ふらつく足でリプレに近づくミントだったが、リプレの表情が大きく変わる。

驚愕と恐怖を表す表情をしていた。

そして離れていたフィズが突然大声を張り上げる。

 

「ミント!そいつ不死身なのよ!避けてぇぇ!!」

「―――え?」

 

振り向こうとした瞬間、突然ガクンっと体に力が入らなくなる。

そしてサモナイト石を握っていた腕の感触が無くなり理解が追い付かなかった。

 

「ミントォ!!」

 

リプレの叫び声に意識をハッと取り戻したミントが自分の腕を見ると肩から先まで腐り飛ばされていたのだ。

左足も同じように飛ばされている事に気づく、霊界サプレスの召喚術、イビルバンカーだった。

この召喚術を行使できる召喚師はこの場ではたった一人しかいない。

 

「うあぁぁ……ッッ!! アアアアアアァァァァーー―ーッッッ!!!?」

 

傷口から血が噴き出し始めてミントは完全に理解する、自分が戦っている相手がどれ程の存在かを。

パキリパキリと視線の先で枝を引きちぎりながら体を動かす男がいた。

噴き出していた血は逆流し男に戻っていく、そして致命傷であった心臓部の傷のみが治っていくのだ。

召喚師であるミントはその正体を看破した外法と派閥では言われる召喚術、憑依召喚の一種だと。

 

「憑依…うぐっ!召喚…!!」

「流石に召喚師だな、理解するとはな」

 

片手で傷口を押さえながらミントがソルに視線を合わせる。

だが、血を一気に失い過ぎてミントの意識は飛ばされそうだった。

 

「ただの新米と見下してはいたが、土壇場でこれほどの事を仕出かすとはな、貴様は殺さん。先ほどの召喚術を調べさせてもらう」

「さっきの…?」

 

ミントが無意識に行った友誼召喚の事を調べる為にも派閥に連れ帰ると宣言したソル。

そのソルの周りにエルカやカノン、そしてガウムが立ち塞がるがもうソルに慢心も手加減も存在しなかった。

 

「邪魔だ、今度は殺す」

 

無言で生み出されたダークブリンガ―がエルカに放たれる。

エルカはそれを回避しようとするが、ダークブリンガ―がエルカに当たることなく彼女の目の前に突き刺さる。

黒い靄がエルカの視線を全て包み込み、魔眼を封じる作戦だと理解するが突然足元の影が動き出しエルカを串刺しにした。

 

「ぎゅぅっ!?」

「エルカさん!!」

「―――誓約の名の下にソルが汝の力を望む。来い!鬼神将ゴウセツ!!」

 

召喚された鬼神将が真っすぐカノンに迫ってくる。

カノンは鬼神の力を開放してそれに対抗しようとするが、鬼神将の力がさらに膨れ上がっている事に気づいた。

 

「力は力で押しつぶすだけだ!鬼神烈破斬!!」

 

振り下ろされる鬼神将ゴウセツの最上の奥義がカノンを襲う。

残された力全てを開放してカノンはその一撃に対抗するが、その時間は一瞬だった。

余りの地力の違いに叩き潰されクレーターが生じた、その中心でカノンは力尽きてしまった。

 

「バノッサの件があるからな、貴様には追い打ちはかけないでおいてやる。それと貴様は邪魔だ」

「きゅぅっ!?」

 

放たれたダークブリンガ―がガウムを吹き飛ばす、魔力を食らう、姿を変えるといったこと以外特別な強さを持たないガウムにそれを回避する術はなかった。

吹き飛ばされたガウムが瓦礫にぶつかりそのまま意識を落としていく。

 

「………」

 

ソルは歩み始める、その視線の先にはリプレもミントもいない、血だまりの中に沈むクロが居たのだ。

クロを足元に見据えるとソルは足を上げてクロを踏みつけた。

 

「ムウゥッ!?」

「貴様が…!ただのテテの分際で頭に乗ったことを――!!」

 

何度も何度もクロをソルは踏みつける、そのたびに血飛沫が舞いクロの命が消えていく。

 

「中途半端な力で何かを守れるなどと思っているのか貴様は――!!」

「……!!」

 

ごろりと体を動かして何とかその場から回避するが次にソルはクロを蹴り飛ばす。

ぼてっと落ちたクロは息をするのも苦しそうにソルを見ていた。

その顔と瞳は怒りを宿していた。その目を見てクロは類似感を感じていたのだ。

 

自分と同じなのかこいつ…。

自分の様に全てを失った。だから他者を襲い自分の恨みを晴らそうとしている。

あの時自分が感傷的になりオルドレイクに跳びついたのと同じようにこの男も…。

 

一瞬ソルの目的に感傷深くなったクロ、死にかけの状況だからなのかもしれない。

諦めているのかもしれない、だが意識はある。体は動かないが意思は残っている。

 

「ム…イィッッ!!」

「もういい…死ね」

 

ソルの隣に現れたダークブリンガ―がクロに向けて放たれる。

クロは最後の瞬間まで決して諦めなかった、体を動かそうとするがクロの体は動かない。

だが突然の浮遊感と共に視界が動き始める、誰かに抱きかかえられたのだ。

 

「ラミ!!」

「……うぅ!!」

 

クロを抱きかかえたラミが跳び出すようにその場をかける。

ダークブリンガ―の衝撃が少女を跳ね飛ばすがそれでもクロを抱きしめ手放しはしなかった。

 

「…はあ、どうしてお前たちはそう諦めが悪いんだ。おいそのテテを手放せ」

「…(ふるふる」

「死にたいのか…!」

 

途方もない殺気がラミを襲う、ハヤトすらたじろいでしまうほどの殺意がラミを包み込んだ。

恐怖で全身も命が擦り切れそうになるが腕の中で力なく自分から抜け出そうとするクロを見て踏みとどまった。

 

「……助けてくれるから」

「なに?」

「…おにいちゃんが助けてくれるから」

「ラミ、あなた…」

「ラミ…!」

「うぅぅ…!!」

 

最後の瞬間までラミは疑わない、きっと兄が助けてくれると信じている。

だから唯一動ける自分が家族を守るのは当然なのだ。助ければ兄はきっと喜んでくれるから。

そんなラミの行動に誰もが心を動かす、あのラミがここまで変わることが出来たのだから。

命を懸けて他者を守りたい、そして守る為に行動したのだから。

 

「―――ッ! 本当に手放さないつもりか」

 

再び頭痛が襲い始めたソルは頭を片手で抱えながら召喚術を発動させる。

霊界サプレスから召喚される蛇矛イビルバンカーが召喚されたのだ。

 

「――おにいちゃんが…ハヤトおにいちゃんが助けてくれるからラミは諦めない」

 

ラミがその場から離れようと走りは始める。

だが幼子であったラミはソルから逃れることなど不可能だった。

誰もが動けない中、ソルは冷酷に下したのだった。

 

「そうか、なら死ね」

 

放たれたイビルバンカ―が幼子を腐らせようと迫りくる。

圧倒的な速さにラミは決して逃れる事は出来なかった。

 

「…おにいちゃん!!」

 

クロをギュッと抱きしめたラミは目をつむり来るべき痛みに身構えた。

衝撃と粉塵がラミを襲うが誰かの手がそっとラミの体を支える。

怖いという感情を押し込みながらゆっくりと目を開けるとそこには見知った顔があったのだ。

 

「大丈夫かラミ」

「―――」

 

息を呑んだ、誰もが息を呑んでしまった。

それほど目の前の少年の存在は衝撃的過ぎたのだ。

 

「・・・・・・・」

 

少年はラミを抱き上げながら周りを見る、気絶したカノン、串刺しになったエルカ、手足を失ったミント、崩れて液体になっているガウム、そして血まみれのリプレ。

誰もが生きている、だがそれでも傷を負い死にかけていた。

少年から膨大な魔力が溢れ始めた、だが暴力的な魔力だが間近で感じているラミは恐怖しない。

これは正しい怒りなのだ。正しく彼は怒っていた、仲間を家族を傷つけられて彼は本気で怒っていたのだ。

 

「絶対許さない…!絶対に許さないぞ!ソル!!」

「……」

 

ソルは口角を吊り上げながら目の前の少年と対峙する。

多くの試練を乗り越え、誓約者へと至った少年ハヤトとの最後の戦いが始まったのだ。

 




※誤字修正ありがとうございます。自分が直さないといけないよねぇ…。

ご感想お待ちしております。

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