戦いは書き終えてたんですけどその後が書き終わらなかったよ。
外法『龍化の術』
その術が生み出されたのは今より何百年も昔の話だ。
ある龍忍と呼ばれる忍びがシルターンにいた。
その龍忍は力に貪欲でより大きな力を求め続けていた、私欲で動く外道と呼ばれる忍びの一人だったのだ。
多くの忍びが粛清しようと龍忍に挑んだが、数百年生きる龍人である龍忍には及ばなかった。
やがて龍忍は更なる力を得るべく、自らの殻を破る秘術を生み出す。
それこそ『龍化の術』あらゆる工程を省き至竜へと至る、その為に作りだされた秘術だった。
その龍忍は強敵との戦いに龍化の術を使用する…いやしてしまった。
元々至竜とは極限まで高みに至った存在が更なる領域へと変わる存在だ。
それは単純な術として到底織り込めるはずもない。
受け皿となる魂、変化させそれを持続させる魔力、そしてそれらを導く儀式の三つが揃い始めて至竜への道が見えるのだ。
その工程を省き、我欲に塗れた魂、種族としては並みの魔力、そして不十分な儀式。
その様なもので至竜へと至れるはずもない、龍忍の肉体は溶けるように変貌し残された力の限り暴れる邪悪な存在、堕竜へと変じてしまったのだ。
やがて龍化の術は外法として納められ、口伝として伝えられる物としてシルターンの歴史へと埋もれていったのだ。
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その様な術を行使したシオンには伝承に伝わるような変化は現れていなかった。
上手くいったようですねとシオンは内心思う、そもそも龍化の術は至竜化の儀式としては理にかなってるのだ。
その為、シオンが先ほど飲み込んだのは龍神の鱗、これはシオンの体を一時的に器として変化させる。
そして魔力はそれほど高くないシオンは長く現状維持は出来ない。
魂は図れない為、半場賭けになってしまったが現状を見ると自分は一時的には至竜になれる器らしい。
「そう長くは…持ちませんね」
体の節々が激痛を走らせ、魂が割れるように軋んでいる。
そう長くは持たないと理解したシオンはエルゴに憑りつかれたアカネを見据えた。
紅い魂殻が完全に肉体を覆って表情が読めないが、その雰囲気はまるで楽しんでいるようだった。
戦乱の世界である鬼妖界シルターン、そのエルゴが戦いを好まぬはずがない。
それに顕現出来た今、アカネ以外にも器は存在するのだ。アカネはその器に対する予備のような存在だった。
――見せてみろ、我欲から生まれし竜の力をーー!!
アカネはただ真っ直ぐ突っ込むだけだった、そこに小細工は必要ない。
膨大な魔力に任せた暴力でただ敵を粉砕すればいいだけなのだ。
それを正面から受けたシオンはアカネと共に吹き飛ばされ地面を削り岩壁を割りながら吹き飛んでゆく。
――!?
だが吹き飛ばしたはずのアカネは驚いた、シオンはアカネの攻撃を完全に防いだのだ。
技術などではない、単純な力によってその攻撃を相殺していた。
そしてアカネの攻撃を防ぐシオンにも魂殻が膨れ上がりアカネに向けて攻撃を仕掛けた。
同じように力任せの攻撃、だがそれをアカネは防ぎ、先ほどのシオンと同じように吹き飛ばされて反対側の岩壁に叩き付けられた。
だが、反撃したはずのシオンは口から血を吐いて苦しんでいた。
「一度の攻撃でここまでとは…!」
自分は致命的にこの術に適性がないと理解したシオンはアカネに目をやる、そしてアカネの変化に微笑した。
アカネの左手の魂殻が消失していたのだ、そして再生することなくアカネの手は動くことはなかった。
――むぅ…魂殻のみを狙うとは
「その魔力が本体なら同じ魔力で相殺するしかありませんからね…今度は全身で行かせてもらいますよ」
シオンが体を起こし、全身に魂殻を放出しながらこちらを見据える。
対してアカネは悩んでいた、自分の目的を考えればここは引き下がるべきだ、シオンと戦うのが自身の目的ではない、誓約者を殺し、結界を修復させなくするのが自身の目的なのだ。
今ここでシオンと戦う理由などない、そうアカネは思っていたが…。
――くくく、面白いぞ。我が身を削るその力、正面から砕いてくれる!!
アカネ――シルターンのエルゴはシオンを正面から倒すと決意する。
自身は戦乱の世界の意思、戦いから逃げるなどあり得ないと考えているからだ。
そして互いに互いを見据えて、今最後の攻撃が始まろうとしていた。
――人相手にこれを使う日が来るとはな…
アカネの右手の魂殻が竜の口に変化して口を開ける、多くの魔力が複雑に絡み合いながら球状の砲弾を生み出した。
対してシオンは雷遁の印を組み、術を発動させる、遠距離ではなくそれを全身に流し込み全身が電流で覆われた。
互いに一撃必殺の威力を誇るのは明白だった、しかしそれでもシオンの技ではアカネには及ばない可能性が高かった。
「これで…決めます!!」
――来るがいい!正面より打ち砕いでやろう!!
地を蹴り二人は互いに跳び合った。
小細工など無用、そう語るように二人は正面からぶつかり合う。
シルターンの膨大な魔力の奔流と共に、シオンの電撃も炸裂し爆光が渓谷を飲み込んだ。
その光の中で、シオンは決して意識を落とさなかった。
全身にかかる感じた事のない衝撃の中、ただ自分のやるべき事をやり遂げる、それだけに意識を向けたのだ。
アカネの魂殻が削られる中、シオンはアカネの攻撃を退けてついにアカネの体に触れることが出来た。
そしてアカネの全身に自身の力を送り込んで魂殻を吹き飛ばすことに成功したのだった。
――見事だ我が世界の者よ。この依代は返してやろう。
シルターンのエルゴが語る、まるでアカネが居ても居なくてもどちらでも構わない、それを表すように。
――この者はリィンバウムに我を呼び込んだ。その時点で役目は終えたのだ。手放した所で問題などない。
「役目を終えた…?」
――だが依代は多い方がいい、この者には我の証を残しておこう、いずれ来るその時に備えてな…。
そう語り終えると次第にエルゴの気配が消えてゆく、それと同時に光も収まり、渓谷は静けさを取り戻すのだった。
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雨が降っている…。
山脈渓谷に雨が降り、湖は大きく波音を立てた。
周辺に岩壁は超常的な戦いが行われた跡が残っており、見るも無残なものであった。
生き物の気配は既にない、膨大な魔力の余波で逃げ出したのだ。そんな場所に二人の人がいた。
死んだように顔を青くして眠りについているアカネ、
もし胸が息を吸う動きで上下して無ければ死んでいると思われるだろう。
そしてそれを見下ろすその師であるシオン、彼の手には短刀が握られていた。
「………」
シオンには既に戦う力は残されていなかった、だがそれでも短刀を軽く振り降ろすだけで目の前の命は摘み取れる。
シオンはエルゴの言った依代の事が頭に残っていた、このままアカネを生かせばいずれ災厄をもたらすと。
静かにシオンは短刀を振り上げる、最初に決めていた事だ。こればかりは仕方がないと。
「アカネさん……お疲れ様です」
そしてシオンは短刀をアカネの心臓目掛けて振り下ろす、痛みは感じないだろう。
眠りの中でアカネが命を散らすように願いながらそれを振り下ろしたのだった。
「!」
ガキィンとシオンの短刀は地面に突き刺さり金属が弾かれる音が渓谷に響く。
シオンが外したわけではない、アカネの体が横にずれておりその腕には動物らしき者が組み付いていた。
「…」
「クロさんですか…」
目の前にはハヤトの護衛獣であるクロがいた、シオンは何も言わずに残された力でアカネの命を奪おうと動くが…。
「そこまでよ」
「!? 貴女は…」
シオンの短刀を持つ手を握ったのはシルターン風の衣服に身を包んだ女性、メイメイだった。
彼女が肩で息をしているところを見ると、大急ぎでこの場にやって来た事が見受けられる。
促すようにメイメイはシオンの手を降ろした。そしてアカネを見て全てを理解する。
「さっきの馬鹿みたいな魔力…、シルターンのエルゴがここに来てたのね?」
「…ええ」
「メイトルパもそうだったけど、まさかここまで結界が壊れかけてるなんてね…」
「…」
メイメイは結界の破損があまりに激しい事に内心戦慄した。
幸いな事にエルゴ本体は此方に来れないようだが、エルゴを通じた使徒、劣化した誓約者とも言うべき存在を作ったのだ。
ゲルニカやアカネはそういう存在だった。片方はエルゴの支配に対抗でき、もう片方はろくに力を引き出せないが。
「この手を放していただけますか?」
「店主さん、貴方はこの子を殺すつもりなのかしら?」
「貴女は分かっているはずです。アカネさんが今どれ程危険な立ち位置かという事を」
「………」
「次、シルターンのエルゴに憑りつかれれば、もう手の付けようがありません。今は安定してますが、時が来れば…」
今、アカネはシオンによって全身を覆っていた魂殻が破壊されてエルゴの支配から解放されている。
だが、アカネの中にすでに融和したシルターンのエルゴの欠片が残っているのだ。
その欠片に対抗する特別な術を持たないアカネは、時が来ればおのずとエルゴの支配下に置かれてしまうのは明白だった。
「それで、今のうちに処分しようと?」
「この結果を作ったのは私の弟子の行いです。ならば、師としてケジメをつけなければいけないのです」
「……ふぅー」
「?」
息を吐くメイメイにシオンとクロは怪訝な表情を浮かべた。
そしてメイメイはどこからか水晶を取り出してアカネの胸に置き印を結び始める。
「正直安心したわ、忍の掟とかで処罰するー、とかだったら私じゃどうやっても説得は難しかったからね。貴方がそっちの道を進まなくて良かったって思ったわ。それに、アカネも最後の一点を拒否し続けたおかげで、ギリギリ戻れる所よ」
水晶が鈍く輝き始めてアカネの体が包まれてゆく。
その虹色の輝きは誓約者たる彼が持っていた法則を跳ね除ける奇跡の輝きだった。
「これは…!?」
「始原のエルゴ。かつてあの人が持っていたあらゆる縛りから解放されるエルゴの欠片よ。アカネを縛る誓約をそれ以上の誓約で上書きする。幸い少年は既に二つのエルゴを得ているわ。了承を得ないで行うけど…、あの子だったら拒否はしないでしょ♪」
「ムイ」
メイメイの持つ、もう一つのリィンバウムのエルゴが輝き始めてアカネの刻まれていた誓約を上書きし始める。
シルターンの至竜であるメイメイは同じシルターンの存在に干渉しやすかった。
何より、アカネとハヤトにもきちんとした繋がりが存在しているのだ。
メイメイはその絆に干渉してアカネにハヤトとの誓約を行わせたのだった。
しばらくすると光は収まり始めてアカネの体は元の状態に戻る。
「ふぅ…とと、次はこれね」
メイメイはアカネの鬼神の腕と化した右腕を持ち上げまじないを込めた布で巻いてゆく。
鬼神化した腕は言わば毒だった。その場に存在し続ければやがてアカネを飲み込み鬼と化してしまう。
それを封じるためにアカネの腕に呪いを込めた布を巻いて延命を行うのだ。
無論、修行の成果によっては完全に制御下に置くことも可能とメイメイは判断していた。
やがてその作業も終了し、アカネを休ませる。
クロはその作業中、邪魔が入らない様に周囲を警戒していたが特に何も感じなかったようだった。
「終わったみたいですね…。では戻りましょうか」
「まだ終わってないわよ?」
メイメイはシオンに近づいてシオンの右腕の裾をめくり上げた。
「!?」
「こりゃまた…貴方なんでこんなものを隠してるのよ」
「……」
驚くクロとは対照的にメイメイはさも当然の様にシオンを睨んでいた。
シオンの腕は龍化の術の影響で変色――いや変異していたのだ。
その腕にメイメイは処置を施し始める、メイメイでもそう簡単には治らない傷だったがそれでも処置を続けていた。
「治しづらいのであれば無理をなさらずともいいのですよ?」
「冗談言ってるんじゃないわよ。迂闊に大きな傷跡でも残して置いたらこの娘との間に面倒事が起きるわよ」
「私はそれでもかまいませんが…」
「そう言う事を言ってるんじゃないわよ。この子は間違いなくこれからも戦い続けるはずよ。そんな時に戦う理由を履き違えたら面倒なことになるわ。こんな傷の為に戦っていい子じゃないのよ…もうね」
「……では彼女は」
「ええ、アカネの意思しだいで彼女にはシルターンのエルゴの守護者をやってもらうわ。ハヤトとなら問題ないし、それにシルターンのエルゴの欠片を内包するんだからもう無関係ではいられないはずだからね」
「………」
無言の中、シオンは覚悟した。
これからアカネはエルゴの守護者として誓約者を支えて貰わなければならないと。
あの戦いを通して既にアカネはエルゴに見定められてしまっているのだ。
取り込まれるにしても逆らうにしてももう普通の生活が送れることはないであろうと…。
「…アカネさんがこれから修行を真面目にしてくれる事を願いますかね」
「前向きに考えるのね」
「その選択を突きつけられたアカネさんがどう選択するかなんてわかり切っていますから…。せいぜい師として彼女を鍛え上げる事しか私には出来ませんよ」
「そう…。じゃあ帰りましょうか」
「ええ」
「…」
シオンがアカネを抱え、クロとメイメイが先行して素早くその場を離れ始めた。
そして静かになる山脈渓谷だったが、岩壁には幾つもの割れ目が生まれており。
そこで起こった戦いは決して普通のモノではない事を現していたのだった…。
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「……ん?」
場所は変わり、サイジェント西の機械遺跡。
そこで寝ていたハヤトは目を覚まして体を起こした、その際隣で寝ていたモナティが揺れ動くが起きる気配はない。
「……?」
髪の毛をガシガシとこすりながらハヤトは感じた違和感を理解しようとしていた。
何かの夢を見ていたのだ、誰かと誰かが戦っている夢を…。
「……アカネ?」
意識を起こして一番に感じた違和感がアカネだった。
自分の中にあるアカネとの繋がりが何時もよりも強くなっていることを感じ取ったのだ。
それはモナティやついさっき共に戦う事を誓ったエルジンやエスガルドに似た感じの気配だった。
「にゅぅ…? どうしたんですのマスター?」
「ん?ああ、ちょっと変な夢を見てさ。気にしなくていいよ。お休みモナティ」
「うにゅぅ……お休みですのぉ~」
自分に抱き着き始めそのままスヤァっと言った感じでモナティが眠りについた。
それを見て苦笑しつつハヤトはとりあえず気にしないという方向で考えることにした。
もし最悪の事が起きていればメイメイさん辺りから連絡が入る可能性があると理解していたからだ。
「アカネがエルゴの守護者にでもなったのかもな……ないな」
不真面目なアカネがエルゴの守護者になるはずないかぁ…っと思いながらハヤトは否定しつつ眠りにつき始める。
その否定した事実が真実だと気づくのはもう少しばかり先の話であった。
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アタシは何がしたかったんだろう…?
アカネはただひたすら眠りの中それを考えていた、
夢の様な戦いだった、自分がエルゴに取り込まれ師匠と死闘を繰り広げる。
そんなのは夢だ、都合よくそんな事が起こるわけがない…、でも…。
「…………夢じゃなかったかぁ」
自分の右手を持ち上げてそれを実感していた。
切り落とされたはずの右腕は包帯でぐるぐる巻きにされて新たに生えていたのだ。
左手で少し包帯をめくるとそこには真っ赤に変色していた。鬼神の腕が生えていたのだ。
「はぁ~…やっちゃった…」
一時の感情に身を任せて師匠を殺すつもりで戦いを挑んでしまった。
おまけにその師匠に助けられたのだ。こんな恥ずかしいものはなかった。
両手で顔を隠してアカネは大きく溜息を吐いて後悔する。
そんなアカネに一人の人物が近づいていた。
「おや、起きたようですね。アカネさん」
「お、お師匠!?」
「いきなり大声をあげると傷に響きますよ。一応、私も殺す気で挑んだのですから」
「あ…」
殺す気で挑んだと聞いてアカネはしょんぼりしてしまう。
つまり今、自分が生きているのは、気まぐれなのか、それとも偶然なのか。
とにかくそこにシオンの意思がない事を理解出来た。
シオンは凹んでいるアカネに声をかけた。
「アカネさん、貴女は自分が何をやってしまったか覚えてますね?」
「…はい」
「貴女は自身の望みと引き換えにこの世界に界の意思を降ろしてしまった。そしてその意思がどういうモノかは…理解していますね」
「……」
こくりとアカネは頷いた、少しの間とはいえエルゴに取り込まれていたアカネにはそれがどういう物か理解できたのだ。
今はアカネの体から離れて別の場所に向かっているであろうそのエルゴ、その原因を作り出してしまった。
「改めて聞きます。貴女は取り返しのつかない事をしてしまった。それでもあなたはクラレットさんを助けたいのですか?」
「……アタシは」
少し間をあけてアカネは口を開いた。
答えなんてとっくのとうに決まっている、アカネの決意は決して変わる事はなかったのだ。
「クラレットを助けたい」
「……」
「確かにアタシは取り返しのつかない事をしたのかもしれない。それでもアタシが最初に何をしたかったのか間違えちゃいけないんだと思う。アタシはクラレットを助けたい!」
「…そうですか」
アカネの想いをシオンはそう答えた、
確かに取り返しのつかない事なのかもしれない、だがそもそもエルゴに逆らうなど不可能なのだ。
だからこそ、それが過ぎた今、アカネが何をすべきなのかキチンと聞く必要があったのだ…。
「お師匠、アタシは、やっぱりクラレットを助けたい、独りよがりかもしれないけど…せめてハヤトの代わりに…アタシ!!」
「そうでした、ハヤトさんは生きてますよ」
空気を呼んだ…いや人によっては読まないであろうシオンの一言が、その場の空気を凍らせた。
「………………ふぇ?」
なんて言えばいいのかわからないアカネの一言。
「ええええええええええぇぇぇぇぇ!!!?」
そしてそれに続く形でアカネが大声を張り上げた。
「え!?ハヤトが生きてる!? で、でもハヤトは私の目の前で死んで…え!? 生きてるの!? えぇっ!?」
「落ち着きなさい、アカネさん。気持ちは分かりますが確りと物事を聞くべきですよ?」
「は、はい…すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~…」
落ち着くためにアカネは深呼吸をして一息つけた、そして。
「そ、それでハヤトが生きてるってどういう事!? だ、だってハヤトは!? あれ!?」
アカネは全く落ち着いてなかった、それは仕方のない話だ。
なにせ目の前で爆散した人物が実は生きているなどと言われれば、嘘だと思うのが普通だ。
だが、それを言った人物は嘘など滅多に吐く人物ではなく、有言実行の塊のような方なのだ。
「傀儡人形の術ですよ。死んだのはハヤトさんの分身の方です」
「傀儡人形って…分身の術の…」
「そう、分身の術の更に上、龍神たちに仕える者たちが渡されるヒトカタの符の力を借りて発動できる秘術です。ハヤトさんはその術を使ってあの場を凌いだんですよ」
「そうなんだ…ハヤトが……!! じゃあどうしてハヤトは帰ってこないの!?」
アカネはハヤトが生きていることに安堵したが、それと同時に怒りもこみあげて来た。
生きているのならみんなを安心させて欲しい、光の無くなったフラットを再び灯してほしいと。
「みんなハヤトが死んだと思ってすっごい悲しんでるのに、どうして帰ってこないのよ!アタシだって…!アタシだってハヤトを守れなくて…!!」
「ハヤトさんは帰らないわけではないんですよ。今、ハヤトさんは帰るわけにはいかないんですよ」
「…え?」
「もし知らせたり帰ってしまえば敵に感付かれる危険があります。その為に彼は皆さんの下へと帰るわけにはいかないんですよ」
「……ハヤトは今どこにいるの?」
シオンの話を聞きながら嬉しさと悲しさがごちゃ混ぜになってしまったアカネは聞く。
なぜハヤトが帰ってこないのかを、そして今何をしているのかを。
「彼は誓約者。つまり新たなるエルゴの王となるべくエルゴの試練を受けているんですよ」
「エルゴの試練?」
「エルゴの守護者の守るエルゴの力。それを得るために今、彼は戦っているんです。誰にも告げる事無く彼は一人で戦う事を選んでのです」
「ハヤトは戦っているんだ。今もみんなを守る為に…」
エルゴの力と聞いてアカネは自身の胸に灯る強力な力を感じ取る。
恐らくハヤトが望む力は自分に宿る力よりも何倍も強い力なんだろうと考えていた。
憑りつかれた自分に匹敵するほどの強大な…。
「…お師匠、ハヤトはクラレットを守る為に戦ってるんだよね?」
「ええ、彼はその為の力を得るために戦っています」
「アタシも…戦いたい…」
「………」
「今でもその想いは変わらない、クラレットを助けたい、ハヤトを手助けしたい、今のアタシにはその力があるから…お願いしますお師匠!アタシに戦う事を許してください!」
アカネが頭を下げてシオンに頼み込む、シオンはそんなアカネを再び厳しい目をしながら口を開いた。
「アカネ。貴女はハヤトを自分の主とするのですね」
「アタシにはやっぱりまだそういうのは分からないけど…でもハヤトがクラレットを助けた後でも苦労するなら助けてあげたいって思う…。前にフィズたちを助けに行ったときに助けてもらったし、アタシだってハヤトの力になりたいって思う、それがハヤトの忍びになるって事ならアタシはそれでもいい……? そっかそういう事だったんだ」
アカネは顔を上げてシオンに笑顔で応え始めた。
「アタシはハヤトとクラレットの忍びになりたい、二人を助けていきたい!」
「……そうですか」
ずっと答えが出なかった、引っかかっていた答えを出したアカネはそれをシオンに伝えた。
シオンは少しの沈黙の後、アカネの問いに笑顔で応えたのだった。
「アカネ、貴女は自分の主を見定めました。次にやる事は分かっていますね?」
「主を…クラレットとハヤトを助ける事、ですよね!」
「ええ、ですが。流石にあの悪魔の軍勢に気づかれずに抜け、彼女を助けるのは不可能でしょう。今貴女に出来るのは自分の新しい力を理解し、そして彼が帰って来た時、万全の状態で力を貸す事です」
シオンの指針にコクリとアカネは頷くと、緊張が崩れ始めたのか眠気が一気に襲い始めた。
それを察したシオンは今は休みなさいと声をかけるとアカネはゆっくりと眠りにつき始めた。
「うまく誘導したじゃない?」
「…」
「どこかの白黒とは大違…ッ!? ちょ、ちょっと足踏まないでよ痛いじゃない!」
「ムイ」
部屋の扉にはメイメイとクロがいた、メイメイがクロをからかい、
それに怒ったクロがメイメイの足を踏みつけるなどの何時ものやり取りが行われていた。
それをやる人物はハヤトからメイメイに変わってはいたが…。
「それで、貴方は力を貸すつもりなのかしら?」
「私はそこまで力を貸すつもりはありませんよ。あくまでアカネの調整と今回は避難する人を助けるぐらいですね」
「…」
「クロさん、今回は不肖の弟子が自分の意思と力で飛ぼうとしているのを後押しするだけなんですよ。これからの事を考えれば私がおいそれと力を貸す訳には行きませんから」
「次があればいいんだけどねぇ~」
メイメイがその言葉を口にするとその場の全員が何も言わなくなる。
本当にギリギリなのだ、だがシオンは力を貸さない、
なぜならもし力を貸してしまえは次がなくなってしまうからだ。
だからこそ次を信じて、シオンは絶対に力を貸さないつもりだ。
「ここを乗り越えられなければ、そこまでですからね」
「まあ……確かにね…」
「…ムゥ」
クロはそれを聞きながら当事者の気持ちを考えろと思っていた、
客観的にはその答えに同意していた為に何も言わなかったが…。
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誰もいなくなったスピネル湖の先にある山脈渓谷、
今そこに強大な魔力が渦を巻きながら球状のサモナイト石に吸い込まれていった。
鈍い色だが高純度で研磨されたサモナイト石は魔力を吸い込みながら真紅色に染まってゆく。
「…………!!」
それを行う男、ソル・セルボルトは覇王の剣を構えて魔力を制御していった。
そして一時間近くかかった作業はやがて終わり、
周辺に魔力を漏らさないように張った結界を解除してソルは魔力を内包したサモナイト石に近づきそれを拾う。
「偶然だったが、これで3つ目か」
ソルが手に持つのはシルターンのエルゴの欠片を内包したサモナイト石だ。
アカネとシオンの戦いにより四散したシルターンのエルゴの力を集めたモノだった。
分け与えられた物に比べれば劣化品とはいえ数ある触媒の中では最高級のものだろう。
シルターンの召喚術に使えば恐らく誓約に対する負担はかなり軽減されることは間違いない、
ロレイラルのエルゴから授かったゼルゼノンのサモナイト石に宿る力もそうだったのだから間違いないだろう。
「鬼妖界の鬼は悪魔たちに近い性質があるからな、実用性はありそうだ。……だがなぜエルゴが動く?」
ソルは疑問に思う、なぜ今更エルゴが動くのかと。
先日感じたメイトルパの魔力は恐らくエルゴのものだったのだろう、
ならここ数日で二つのエルゴが活動していることになる。
エルゴなど早々動くことなどありえなかった、ましてここはリィンバウム、他の世界のエルゴならなおさらだ。
「………ふん」
ソルはゼルゼノンのサモナイト石、ロレイラルのエルゴを取り出した。
ソルがこれを手に入れたのは何年か前の事だ、彼は自分の父を倒すべく更なる力を求め数多くの機械遺跡を探っていた。
そして偶然が偶然を呼び、旧王国領でついにロレイラルのゲートの名残というべき地を見つけたのだった。
その時にソルはロレイラルのエルゴと出会った、エルゴは言う『リィンバウムの結界を破壊しこの世界を滅ぼせ』と、
リィンバウムの結界の事はオルドレイクから聞いていた。ソルはそれに了承する見返りとして対価を求めた。
それがロレイラルのエルゴであり機竜ゼルゼノンだったのだ。
少ない魔力にも拘らず召喚が出来る機竜ゼルゼノンはソルにとっての切り札になっていた。
「結界…か」
過去の事を思い出しながら結界の事を考えている。
詳しくは知らないが、リィンバウムの結界はエルゴの欠片によって維持されているはずだ。
そのうちの一つが役目を果たさない現状、結界は時と共に砕け散るはずだった。
「ならなぜエルゴが動く…? こちらの世界に干渉するだけでも力を大きく使うはずだ」
他の世界に干渉は大きく力を使う、幻獣達なら自慢の能力が出せなかったり、
鬼神などならその胆力が十全に発揮できない、機械ならエネルギーが足りなかったり、
悪魔や天使は消滅の危険性が生まれる、エルゴとは言え他世界なら力を大きく使うのは分かっていた。
その様な危険と消耗を覚悟してまでエルゴ達はこの世界に干渉する、その理由をソルは気になっていたのだ。
「まてよ…。シルターンのエルゴは誓約者との前哨戦と言っていたな。誓約者か…」
誓約者、エルゴ達に認められた全ての召喚術を使う事の出来るという最強の召喚師。
その膨大な魔力と与えられた魔剣から放たれる剣影はあらゆるモノ撃ち滅ぼしたと伝えられている。
そして聖王国を建国したのち崩御されたと伝わっている1000年前の人物だった。
「だが千年も昔の人物だ。それに聖王がわざわざ動くこともない……となると新たなる誓約者が生まれたという事か?」
伝説の血筋など、元を辿れば悪魔に与えられた、世界に選ばれたなど、そういったものだ。
つまり奴らエルゴが言う誓約者というのは、他の誰も知らない新たなる人間という事になる。
そこからソルは考えた、全ての召喚術が使える可能性を持ち誓約者に選ばれる可能性のある人間を…そして。
「………奴か」
その可能性はあくまで予測に過ぎなかったが、余りに信憑性があり過ぎた。
何せエルゴが動いているのだ、あり得ないことが起こっているとソルは考え着いていた。
「生きていたのか、あの男は」
そしてソルは辿り着いてしまった、今まさに試練を受けているハヤトが生きていることに、
気になる現象は幾つかある、エルゴ達の活動、サイジェントを包み込んだ大霧、普段見慣れないワイバーンの報告。
どうやったかは検討が付かなかったが、あの場を凌ぎ、新たなる誓約者として力を付け始めている。
ただそれだけで、ソルの危機感は最高に跳ね上がった、誓約者とはそういうものなのだ。
滅ぼされるギリギリのリィンバウムを立て直し、歪んでいるとはいえ世界を救ったのだから。
「今からでも仕留めに行くべきか…いや、やめておくべきだな」
先日のメイトルパのエルゴの力を鎮めたのは誓約者の力だ、
ならその力を持つハヤトに正面から挑むのはソルは危険だと考える。
「……都合のいい駒はいる、上手くいけば誓約者そのものを手に入れることも出来るな」
オルドレイクに対する最高の切り札となる、そう考えながらソルは影の中に沈んでいった。
いまだ憶測の領域を抜け出ないが確信は持っていた、どのみち行動に移しても不都合はない。
あと2,3日も経たずに魔王召喚は始まる、それを考えれば誓約者など二の次だった。
そして影が完全に消えてなくなると山脈渓谷を流れる波の音だけが聞こえる静かな地に変わったのだった…。
色々とオリジナルの展開でしたけど次回から本編に戻ります。
まあこれも本編なんですけどね?
自分の小説最初から見直してたけど最初らへんすっごい恥ずかしいわ。
書き方がー表現がー色々とあるけどまあ最初はそんなものですね!
ではまた次回会いましょう、 サモナイ小説増えろ!