サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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結構見直しても毎回誤字脱字が出る…。
直してくれる読者さん本当に毎回ありがとうございます!
私も見直しはしてるのでよろしくお願いします。


第38話 竜対龍

 

「おい、本当にこんな所に押し込んでんのか?」

「信じられないのならその時が来るまで部屋に居ろ。別に案内などしなくても俺はいいのだからな」

「ッ…うるせえ奴だ」

「ふん」

 

サイジェントの中心にある領主の城、本来はサイジェントの治政の中心となる場所だ。

しかし今現在は無色の派閥により制圧されており、街の負の感情を吸い上げる儀式場へと改造されている途中だ。

城の周りには常にサプレスの悪魔達が闊歩し人々を不安と恐怖で支配している。

その城の中心の地下に二人の男がいた。

無色の派閥の大幹部、オルドレイク・セルボルトの後継者、ソル・セルボルト。

そして同じようにオルドレイクの血を引く、元オプテュスのリーダー、バノッサ。

二人は今、城の地下深くにある監禁部屋として作られた場所に向かっていた。

 

「だがあの女をなんでこんな所に押し込んでんだ? もう逆らう気もねェだろ?」

「クラレットの体をより相応しいモノに作り替える為だ。その為に負の感情が循環する場所に押し込むのが一番だからな。時間をかければかけるほどクラレットの体は相応しい器になる…はずだ」

「なんだよ? お前にもわからねェのか?」

「魔王を降ろすなど前例がない、魅魔の宝玉で体を作り替えるわけでもないからな。どれが正しいかは俺にも判断は付かないからな」

「そういうもんか」

「そういうものだ」

 

やがて幾つもの部屋を通り過ぎ、仮面を被った派閥兵が現れた。

ソルは派閥兵に扉を開かせて二人は部屋へと入り込む。

 

「ッ。なんだここは?」

 

部屋に入ったバノッサは舌打ちをし、その部屋に充満する悪意に苛立つ。

そして部屋の中心で無色透明な液体に浸かりながら衣服を纏う事なく手錠と首輪を付けられた少女がいた。

目は開いてるがその目は光を宿すことなく、生きている者の目では決してない事を現していた。

その人物はクラレットだった。ハヤトが命を懸けて助けたいと願う少女がそこにいた。

 

「ハッ、随分と魅力的な姿してんじゃねぇか?化け物女」

「――――」

「あァ? おいソル、こいつはどうなってるんだ?」

「死んでるからな、声をかけても無駄だ」

「死んでる…だと?」

 

バノッサが再度クラレットの方を見るが、時折身を動かしたり、息を吐いたりする様子が見える。

死んでいるという意味が理解できず、バノッサはソルに怒鳴った。

 

「俺様を馬鹿にしたいのか!? どう見ても生きてんじゃねェかよ!」

「くだらん事で騒ぐな、死んでるのは心の方だ」

「心だと?」

「あの男が目の前で死んだからな、自責の念で潰れただけだ。元々不安定過ぎたからな、支えが無くなればこうなるのは必然だ」

「ふん、そうかよ」

 

ソルの言葉を聞きながらバノッサはクラレットに近づく、だがその行為をソルは制す。

 

「知識もないのにむやみやたらに近づくな、侵されるぞ」

「あァ?」

「その無色透明の液体はサプレスの悪魔王のみが生成出来る原罪と呼ばれるものを再現したものだ。心構えなしに入り込めば意識を全て食われるぞ?」

「そんなもんに付けて化け物女は大丈夫なのかよ?」

「安心しろ、ダメにするのが目的だ。それに…」

 

ソルはクラレットの方を見つめる、それは決して兄妹に見せる表情ではなかった。

無価値な道具に見せる目線だった。

 

「こうでもしないと価値が出てこないからな」

 

原罪の液につけるのはクラレットの体を作り替えるのが目的だった。

より悪意をより負の感情をその体に馴染ませ悪魔の降り易い体に仕上げる。

そうすればより確実に悪魔王を召喚できると無色の派閥は踏んでいたのだ。

 

「……ッ」

 

舌打ちしたバノッサはクラレットから目線を外すとそのまま部屋を出てゆく、

もし意識が残っていれば話したいことがあったがその目的も既に話せなくなった。

そしてソルはそのままクラレットを見つめていた。女性の裸を見て意識したわけではない。

女性として魅力的な体をしているクラレットに色欲を抱く派閥兵は少なくなかった。

そんな派閥兵の一人を見せしめに始末した事をソルは思い出していた。

別に助けた訳ではない、ただ生贄としての存在価値を薄ませない為だった。

性行為を行えば確かに一部の召喚師なら魔力量も大きく上昇する、だがクラレットは既に完成した固体だ。

無駄な行為を行い、それで失敗すれば目も当てられない、だからソルはクラレットを守った。

 

「それだけではないがな」

 

つい先日、サイジェントのすぐ近くで膨大な魔力をソルは感知していた。

メイトルパの適性が薄いソルでも感じられるほどの膨大な魔力だった。

すぐにその魔力は消え去ったが、普通ではありえない現象だった為、ソルは意識していたのだ。

そんなことがあった為か妙にピリピリしていた為、八つ当たり気味に兵を始末したのだ。

 

「あれは一体なんだ?」

 

地図で魔力のある方向を確認したが岩山しか存在しなかった。

そんな所であれほどの魔力を感知するものなのか? そうソルは考えざる経なかった。

魔王召喚の為に危険分子はある程度消しとかなければならない、

召喚の最中に邪魔が入れば計画をしくじってしまうと考える。

 

「――ッ!」

 

主に敵対する意思を感知した憑依悪魔がソルの体内で暴れるがそれを無理矢理抑え込む。

しばらくすると落ち着いたようでソルは汗を流していたが表情は曇る事はなかった。

 

「もどるか…」

 

クラレットから目線を外してソルは元来た道を戻ろうとするが…。

 

「!?」

 

突然、膨大な魔力を感知する。つい先日感知したメイトルパの魔力とほぼ同位の魔力量だった。

それはソルの強い適性があるシルターンの魔力だった、そのおかげかソルは場所をしっかりと感知できた。

 

「シルターンの魔力か。アルク川の上流…スピネル湖か? いや、さらに先の山脈渓谷だな」

 

隠蔽する気が全くない魔力だったお陰で完全に場所を感知したソルは足元に影の悪魔を呼び出した。

オルドレイクより直々に伝授された悪魔による影の転移ゲートを生み出したのだ。

躊躇う事無くソルは影の中へと沈んでいった。

彼の脳裏にあるのは魔王召喚の邪魔者を排除する事、ただその為に魔力の反応があったところに向かったのだった。

 

「―――」

 

再び部屋の中にいる人間は一人になる、彼女には感情は既になかった。

なぜなら彼女の心を繋ぎ止める男は、既に存在しない……そう思っていた。

 

「――ハヤ―ト―」

 

無意識にクラレットはハヤトの名前を呟く、意識も存在しないはずなのに体がそれを呟いた。

その言葉を呟いたという事は彼女にはまだ時間は残されているのだった。

ハヤトを生きていると知らないはずの少女はハヤトの存在を感じ取っていた、

彼との深い繋がりは心が死のうと決して断ち切られるモノではなかったのだ。

 

「――――」

 

だがそれでも少女の心にハヤトの存在が届くことはなかった。

再びクラレットは何も呟かなくなり彼女の心も体も漆黒の闇へと沈んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

ソルが感じ取った膨大な魔力、山脈渓谷と呼ばれる場所に二人の人物がいた。

一人は黒装束の青年、シオンと呼ばれる凄腕の忍びだった。

そしてもう一人はシオンの目の前で膨大な魔力の奔流を放ち続ける少女。

彼女の周りの水は衝撃で吹き飛び続けていた。

 

「これが…アカネだというのか。この威圧感、それに先程の紅い魂殻は…!」

 

アカネの体を治癒した膨大な魔力を宿していた魂殻は既に目視できなかった。

その存在を否定できない、アカネの失ったはずの右腕は既に再生していたのだ。

だが、その腕は人間のモノではなかった、それは鬼神が持つ腕へと変化していたのだ。

 

「オ師匠オオオォォォーーー!!!」

 

アカネが叫び声を上げながら鬼神の腕を突き出す、そこから途轍もない衝撃がシオンを襲った!

 

「ぐっ!?」

 

予想外の衝撃に耐えることが出来ず、シオンは後方に吹き飛ばさてしまう、

だが、それだけに留まらなかった。シオンすら目視できないほどの速さでアカネが迫って来たのだ。

アカネは力任せに鬼神の腕をシオンの腹部にぶちかました!

突然の衝撃に耐え切れなかったシオンは息を吐きだして意識を繋げようと強く意思を持つ。

アカネはそのまま何度もシオンを殴りつけて力任せに蹴り飛ばす!

 

「うぐっ…なっ!?」

 

吹き飛ばされたシオンは何とか態勢整えるがアカネの姿が目の前になく気配を探り上を見た。

目の前には既にアカネの拳が迫っておりシオンはそれをまともに受けてしまい水の中に沈んでしまう。

 

「ハァ…ハァ…ウオォォォォォーーーッッ!!!」

 

息継ぎの後にアカネは咆哮をあげて魔力を解き放つ、周囲の水が爆発するがそれに紛れてシオンが水から飛び出してきた。

それを目視したアカネは魔力をミサイルの様に放出し高速でシオンに接近する。

 

「速い!!」

 

シオンに先回りしたアカネは顔面に蹴りをかましてそのまま力任せにシオンを殴り続ける。

再び殴り飛ばした後アカネは上空に跳びシオンに上から迫ってくる。

シオンはそれに対しチャンスだと認識し素早く印を組んだ、

先程とは違い高速で尚且つ本気で組まれた印は強力な忍術を呼び出す!

 

――風遁の術!!

 

生み出された暴風とかまいたちが一斉にアカネ一人に向けて迫ってゆく!

だが、アカネはそれに対して恐怖する事もなく突っ込んだ!

 

「ガァッ!!!」

 

アカネは全身から魔力を放出して風遁の術を相殺したのだ。

それにただ相殺したわけではない、あまりの魔力の重さに風は四散しそのまま重くなった魔力は湖を押しつぶしシオンを巻き込んだ!

アカネはシオンを目視してそのままシオンに向けて踏み抜くようにシオンと共に水の中に突っ込む。

本来なら水の中はシオンの方が有利に動けるはずだった。だがあくまでそれは本来だ。

水の中で魔力を放出しながら回遊魚の様にアカネは高速で泳ぎシオンに向けて何度も体当たりする。

これではマズいとシオンは素早く水から抜け出し一度距離を取ろうとするが、上空へ飛び出したシオンにアカネは接近する。

 

「ぐっ!」

「ダリャァァァ!!!」

 

頭蓋にかかと落としをかまし回転するシオンの体を握って力任せにアカネは自分ごとシオンを岩壁に叩き付ける!

岩の壁は破砕音と共に崩れ落ちそこには傷を負ったシオンとそのシオンを見下しているアカネだけがいた。

 

「オ師匠。本気ヲ出シテ下サイ」

「………アカネ」

「ジャナキャアタシハ師匠ヲ殺セナイ!」

 

懇願するようにアカネは叫んでいた、アカネは知ってるのだ。

こんな力任せの戦い方で師匠に勝てるはずがないと、だから師匠は手加減してると。

 

「……良いでしょう」

 

アカネをシオンは吹き飛ばしてシオンもアカネを追うように湖へと落ちてゆく。

互いの距離が一メートルもないくらい近づくが互いに手出しをすることはなかった。

まるで目に焼き付けるように心に刻むように互いの姿を脳裏に焼き付ける。

そして水にぶつかる寸前、二人は互いに攻撃しあい吹き飛んで距離を取った。

 

「行キマスヨ。オ師匠!」

「来なさい、アカネ。貴女の師として貴女に引導を渡してあげましょう」

 

シオンの今までの気配が変わる、そうシオンは手加減をしていたのだ。

心のどこかでアカネを見下していた、だからあのような変化が起ころうと様子見をしていた。

だがもう様子見はしない、今からシオンとアカネは対等の忍びとして殺し合う、そうシオンとアカネは決意していた。

 

「来なさい、アカネ!!」

「!!!」

 

最初に動いたのはアカネだった、水を踏み抜き大きな水柱と共にアカネはシオンに突っ込んだ。

シオンは真っすぐ突っ込んでくるアカネの動きを先読みし、アカネの拳に手を合わせてそれを受け流す。

受け流されたアカネは着地してすぐに振り向きシオンに攻撃を仕掛けるが、シオンはことごとくアカネの攻撃を捌いていた。

 

「通ラナイ!?」

「その様な真っ直ぐな攻撃では当たる事はありませんよ。アカネ」

 

シオンは跳び上がって岩壁に着地した。絶壁でありながら落ちる事無く立っていられるのも勿論忍術だ。

遠距離の攻撃を行えないアカネはこちらを迎え撃つ構えを取るシオンに直接攻撃を仕掛けるしかなかった。

アカネが跳び上がり力任せに岩壁を踏み抜きながらシオンに突っ込む!

 

「ガァッ!!」

「無駄です」

 

跳び上がり蹴りを食らわせようとするが捌かれ、拳で攻撃するが受け流され、

そこに生まれた隙を狙われてアカネはシオンに吹っ飛ばされる。

吹っ飛ばされたアカネは鬼神の腕で岩壁に手をぶち込んで落下を防ぎながらシオンをにらめ付けた。

さっきまでとまるで動きが違うシオンに対しアカネはやはり手を抜いていたと確信した。

このまま戦っても勝てるかわからない、だがアカネに残された道は一つだった。

 

「負ケル訳ニハ行カナイ!!ウオオオォォォーーッッ!!」

 

アカネは先程よりもスピードをさらに上げて辺りはアカネの通った粉塵しか見えないほどの速さになる。

その速さの前では流石のシオンもアカネの姿を確認できなかった。

 

「おぼろげにしか見えませんね…。ですが私は貴女の師匠なのですよ。アカネ」

 

シオンはアカネを観察しつつ分かった事がある。超常的な力を宿しているが、それを操作するのはアカネなのだ。

つまりアカネならこの限定的な場面でどう攻撃に出るか予測が出来る。

その予測通りアカネはシオンの目の前からスピードに任せて攻撃を仕掛けるがやはりことごとく反撃を食らって引き下がる。

 

「武器も無く、水の上でもない。アカネ。貴女の手は限られいるんですよ」

「ウグゥ……ウウウゥゥゥーーーッッ!!!」

 

アカネが無謀にも全力で正面から突っ込むが、シオンはアカネの拳に合わせてカウンターで顔面に拳を叩き込み吹っ飛ばした。

吹っ飛んだアカネはそのまま湖の中に着水し沈んでいった。

沈んでゆく中、アカネはこう思っていた。

 

――遠くから狙えれば…もっと手数があれば…。

 

そう思いながら水の中にアカネは沈んでゆき、やがて静寂が訪れた。

 

「………」

 

シオンは岩壁から降りて水の上に立った。

理由はこのままアカネを逃がす訳には行かなかったからだ。

アカネの目的はクラレットを助け出す事、自分を倒すことは二の次でしかないはず。

ならばもしあのまま岩壁に立っていれば諦めてしまう可能性があったからだ。

だからこそシオンは自身を囮にしてアカネを呼び出そうとしていた。

水の上に立ったシオンはジッとアカネの気配を探っていた、

やがてコポコポと水から何かが浮上してくる気配を感じ取ると水柱と共にアカネが6人ほど姿を現した!

 

「分身…? いや全てに実体がある!?」

 

数任せに突っ込んでくる分身のアカネのうち一体の胸を貫くと煙と共に消滅した。

その瞬間シオンは分身の秘密を把握する。

実体のある分身は傀儡人形の術を用いた分身しか方法はない。

だがアカネは龍神に匹敵する魔力で無理矢理分身を固定化させたのだ。

しかし問題もある、分身は風船のように脆いせいで一発でも攻撃を食らえばたちどころに消失してしまうのだ。

だがアカネは膨大な魔力を湯水の如く使い大量の分身を生み出していた。

 

「「「「「ウワアァァァーーーッッ!!!」」」」」

 

最初に現れた分身を全て倒しても弾丸の様に湖から飛び出してシオンにアカネはその身で体当たりを繰り出す。

真っ直ぐな攻撃のお陰でシオンはその攻撃を捌くことが出来るがそれでも少しずつ追い詰められ始めていた。

捌き回避し打倒しシオンは分身のアカネが出てこなくなるまで攻めてゆく。

本体は水の中にいるのだ、時間が経てば必ず息をするために外に出てくるのは分かっていた。

そしてシオンはアカネの分身を全て打倒して一息をつく、だがアカネの本体が現れることはなくシオンはまさかと考えてしまった。

しかし…。

 

「………なっ!?」

 

シオンの足を誰かが掴んでいた。そうアカネだ。

分身を倒せば倒すほど分身を構築していた魔力は辺りに広がる、そうなるとアカネの気配までそれに隠れてしまったのだ。

アカネは水の中で大量の分身を生み出しており、人間ばしごになったアカネがシオンを思いっきり振り回した。

鬼神の腕でがっしりと掴まれあまりの遠心力の強さにシオンは動きが取れなかった。

 

「ぐうぅ!!」

「オ師匠オオオオォォォォォッッ!!!」

 

そのまま力の限り岩壁にアカネはシオンを叩き付ける!

途轍もない衝撃と粉塵が巻き起こり勝負は決まったと思われたが…。

 

――火遁の術!!!

 

シオンの起こした爆炎がはしご状態のアカネを全て焼き尽くす、分身たちは炎に耐え切る事は出来ず全て消滅してしまった。

そして残されたのは本体のアカネただ一人だった。

 

「ウゥ…アァ…」

「アカネ…」

 

シオンに足を掴んでいるのが本体のアカネだった。

分身に任せたくない、自分の手で師匠を倒したい。

そうアカネは思っていたのだ。だがアカネのとっておきの技でもシオンを倒すには至らなかったのだ。

火遁の熱で色が変化した岩にアカネは倒れている、肉が焼ける音が聞こえるがアカネはそれもさしたる痛みは感じていなかった。

鬼神の腕でその岩を掴み体をアカネは起そうとする。無理矢理でもアカネは戦おうとしていた。

 

「オ…シショウ…」

「アカネ……終わりです」

 

シオンはアカネを掴みあげて跳び上がった、そして地面のある場所に向けて一直線に落下する。

頭を固定し全体重を乗せてアカネの頭蓋を大岩に叩き付けた!

 

「ウッグゥ…!」

 

大岩が砕けてアカネはその場に倒れ込んだ。

その目から血が流れ鼻からも口からも顔のあらゆる所から体液が吹き出ていた、頭蓋も叩き付けた部分が陥没しておりどう見ても助からない傷だった。

アカネは滑るように重力に身を任せて湖の中へと落ちてゆく。だが全身の力が入っていないせいか、アカネは沈まずに浮いていた。

 

「………」

 

シオンはアカネをジッと見つめている、アカネの周りの水に赤い液体が広がっているのをシオンは見ていた。

惜しむように悲しむようにシオンはただアカネを見つめていた。

その場にシオンは膝を付いた、緊張を吐き出すように息継ぎをしシオンは体を休める。

既にシオンの精神も体力も限界だった。何よりも…自身の愛弟子に手をかけたことが辛かったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

アタシ……どうなったの?

 

――お前は弱いな女

 

そっか…アタシはお師匠に負けたんだ…

 

――そうだ、お前は負けた

 

ゴメンクラレット…アタシ…。

 

――安心しろ、我が代わりにあの男を消してやろう

 

え…?

 

――もとよりお前の体は我が貰う予定だ。これ以上傷つけられる訳には行かんのでな

 

ちょ、ちょっと待って!アタシの体を貰うって…!

 

――何も考えることなどない、我が世界の住人なのだ。我に従うのは必然

 

我が世界の住人って…。

 

――この世界を滅ぼす、その為に依代を欲していた。

 

依代…

 

――お前は選ばれたのだ女、身を差し出し我に従え!

 

うっ! うぅぅぅーーーっっ!!

 

――この世界を…リィンバウムを滅ぼすのだ!!

 

うわあああああああぁぁぁぁーーーっっ!!!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

少しの静寂の中、シオンはその異変に気が付いた。

 

「あれは…一体…」

 

漂うアカネからコポコポと紅い魂殻が膨れ上がり始めたのだ。

シオンはアカネに近づいてその状態を調べようとする。アカネの様子は変化することがなかったが、シオンが近づき始めると……突然動き始めた!

 

「!!」

「なっ!?」

 

魂殻に押し上げられるように体を起こしたアカネがシオンに殴りかかって来たのだ。

突然の事でシオンの防御が遅れるが、何とか致命傷にならずに済み、後方に吹き飛ばされるだけだった。

だが吹き飛ばされたシオンは受け身を取る事も出来ずに湖を超えて地面に倒れ込んでしまう、

アカネはそのまま追撃すると思いきやアカネの様子は明らかに変だった。

 

「あっ…アぁ…っ!!うぐぅぅっ!!?」

 

アカネの体から溢れ出る魂殻は留まる気配を見せずに膨れ上がり続ける。

その形は大きく変化してゆき、紅い魂殻は完全にアカネを飲み込みその姿は見えなくなる。

 

「うガあアァぁぁぁぁーーーーッッ!!?」

 

その姿はまるで小さな龍だった、人の姿を形作ってはいるが魂殻には竜の尾が確認でき。

既にアカネの姿は認識することは出来なかった。

 

――礼を言うぞシオンよ。おかげでやっと表に出れたぞ。

 

「貴方は…一体…」

 

――あの女に対する義理だ。せめてこの依代のまま殺してやろう。

 

アカネは両手を思いっきり突き出すと周辺の水が全て弾き飛ばされシオンに襲い掛かる。

それに吹き飛ばされまいとシオンは耐え抜くが、僅かな隙をついてアカネは紅い魂殻を宿した爪を振るいシオンに攻撃を仕掛ける!

 

「ッ! なにっ!?」

 

爪をかわしたとはずのシオンだったがアカネの魂殻だけが意思を持つように動きシオンを吹き飛ばしてしまった。

しかし今度は受け身を整えたシオンは湖の上に立ちアカネから目を逸らさぬように睨み付けた。

 

――ほう、中々楽しめそうだ。

 

「アカネの動きを見極めても、あの魔力が別の動きをする…まるで意思を持ってい様ですが…やはりあの魔力は…」

 

シオンはかつて聞いた話を思い出していた。

古の時代、怒れる界の意思。自らの親すら滅ぼす意思を示す。守護者それを鎮めるべく世界を導く。

それはかつて龍人の知り合いから聞いた話だった。シルターンのエルゴは怒り狂い自らを生み出したエルゴすら滅ぼそうとしたという話だ。

そして目の前のアカネから発する鬼神でも龍神でもない根源的な魔力、そしてそこから放たれる確かな怒気。

つまり今まで推論でしかなかったシオンの予想は確かなものに変わったのだった。

 

「あれがシルターンのエルゴならアカネに憑りついた理由が説明できる。アカネを使いエルゴはこのリィンバウムを滅ぼそうと画策しているというのなら今のこの場でその依代を壊すしかない…アカネ、この私が命に懸けても止めましょう!」

 

シオンはこの世界と愛弟子を天秤に懸けてすぐさま世界を取る、それが正しいのか正しくないのかは関係がなかった。

少なくともアカネの目的、クラレットを助けるという理由を考えれば世界を取るしかないとシオンは考えた。

そしてシオンが動く、先ほどまで使わなかった苦無を取り出して無数に投擲した。

空を斬り裂く音と共にアカネに殺到するがそのほとんどがかわされ当たったとしても傷を負う事はなかった。

まともな攻撃では傷を負わせることはできないと判断したシオンは印を組み忍術を発動させる。

素早く確実に組み終えシオンの両手がバチバチと音を立てて迫り来るアカネに突き立てられた!

 

――雷遁の術!!

 

生み出された雷撃はクラレットのゲレゲレサンダーに匹敵するほどの電撃だった。

それらは途中で枝分かれするが追尾するようにアカネただ一人に向けて殺到する!

空気が振動するような衝撃を肌で感じたシオンは確かな手ごたえを感じるが…。

 

――流石は我が世界の者よ。すぐさま割り切り殺しにかかるとはな

 

「あの魔力が守っているのか…!?」

 

シオンの持つ最大の攻撃でも紅い魂殻を貫くことは出来なかった。

シオンはそれを魔力を用いた攻撃のせいだと考える、強力な魔力の衣に魔力で対抗しても効果は薄いと…。

すぐさまシオンは距離を取り遠距離から攻撃しつつ隙を見つけて一撃で仕留めようと考えるが…。

 

「なっ!?」

 

突然アカネの腕の魔力が伸びてシオンを捕えようとする、シオンは不意打ちだったがそれを回避して上空え逃げた。

アカネはもう一つの手も使いシオンを捕えようとするがシオンは魔力を手に流してアカネの手を受け流しながら回避した。

水の上に立ちながらアカネから距離を取ろうとシオンは後方に逃げるがそれを逃がすアカネではなかった。

 

――二度目はどうだ?

 

空中を跳ぶようにアカネがシオンに向けて一直線に突っ込んでくる!

そしてアカネが右腕を前に出すと魔力の腕が突っ込んでくるがそれはシオンの目の前の水に直撃して津波が生まれる!

その津波に隠れるようにアカネの手がシオンを鷲掴みにしてそのまま吹き飛ばされ岩壁にシオンは叩き付けられ破砕した岩と共に崩れ落ちる。

アカネの手から離されて落下したシオンは地面に伏した、そして顔を上げると目の前にはアカネが生み出したと思われる巨大な竜の大口がシオンに襲い掛かって来ていたのだ。

それを間一髪で回避したシオンだったが、こちらの攻撃がまるで聞かず、そして理不尽する攻撃の前に膝を付いてしまった。

 

「はぁ…はぁ…ここまでとは…!凌ぐのがやっとなんて、いつ振りでしょうかね…?」

 

軽口を叩くシオンだったが再び立ち上がろうと体を起こす。

だが、突然シオンの足元が割れ、出てきたアカネの紅い魂殻で出来た腕がシオンを捉えた!

 

「しまった!?」

 

――捕えたぞ、さあどう耐える!

 

アカネはそのままシオンを自分の方へと引き寄せられる!

そして右腕を振りかぶり膨大な魔力を殴りつける形でシオンに叩き付けた!

吹き飛ばされたシオンはそのまま岩壁に叩き付けられクレーターが出来るほどの衝撃が彼を襲っているがそれだけにとどまらなかった。

 

「う…ぐぅ…っ」

 

防御したシオンの左手が完全に潰れてしまい、見るも無残な状況に陥っていた。

このままでは倒す所が自分の身すら危ないと考えたシオンは覚悟して懐の中に手を入れた。

 

「こちらも…覚悟を決めなければなりませんね」

 

取り出したのは魚の鱗のような黒ずんだ物体、それをシオンは砕いて口の中へと放り込み飲み込んだ。

ごくりと言う音と共にシオンは親指を心臓のある部分に突き刺して魔力を送り込む。

そしてアカネを睨むように自身に覚悟と決意を叩き込みながら最後の印を結んだ!

 

――外法 龍化の術!!

 

その術が発動した瞬間、シオンの体からアカネと同じように魂殻が噴出し始めて変貌し始める。

その姿はシルターンの龍人その者だった、角のようなものが左右に生えているがそれだけにとどまらず顔つきも人のそれとは大きく異なり始めていた。

 

――墜ちし竜に自らなるか、中々の覚悟だ

 

「そう長くは持ちませんがね。ですが利用されている愛弟子を放っておくわけにはいかないんですよ。例えこの身が滅びようとあなただけは絶対に封じてあげましょう」

 

――誓約者の前哨戦には相応しい、行くぞ我が世界の者よ!

 

ここは最初、師と弟子の対決だった、だが今は二つの竜が戦う超常の場へと変貌していた。

そして、シオンとシルターンのエルゴに憑りつかれたアカネの戦いは最終局面を迎えようとしている。

どちらが勝利しようと決して無事では終わらない戦いが、終わろうとしていたのだ。




今回ってか前回から戦闘シーンが今までと感じが違うせいで違和感あり過ぎる。
召喚術使わない戦いって書くの結構難しいのね。

なんかアカネが滅茶強い様に見えますけど、お師匠が手加減してるだけです。
でもエルゴに憑りつかれたアカネはそれを超えてます。
大体ゲルニカと同格かな…うん、そのぐらい強いはず。

あとシオンさんは本当に強いです。
だけどゲームシステム上、仕方がないんですよ…。
もしかしたらシオンさんの戦闘描写ってここだけになるかもしれない…(強すぎ問題)

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