サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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ちょびっと説明会、ここからだいたいオリ編に入ります。
前回から入ってる感しますけど。


第30話 選択

南スラムにある孤児院、彼らの本拠地であり家。

少し前までここは無法者の集まりだと言っても過言ではないだろう。

南スラムを名目上統治しているフラットのアジトなのだから。

だがそれも2ヵ月ほど前から大きく変わり始めた、二人の男女をきっかけに旅人やはぐれ召喚獣など職種種族が格差なく暮らす場所になっていった。

南スラムに住む人々は不安だっただろうが、彼らの持つ空気やある伝染病の時に率先して自分たちを助けてくれた彼らをやがて南スラムの人は信頼し始めた。

だが、そんなある種の楽園とも言えるこの場所に一つのヒビが入り始めていた。

治る事のない、大きすぎるヒビが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「みんな…無事でいて…」

 

夕ご飯の準備を終え両手を握りながらリプレは祈っていた、彼らの無事を…。

つい先ほど悪魔の群れが襲ってきたが、強くなった皆、

そして協力してくれる蒼の派閥の召喚師の力で追い払う事が出来た。

しかし城が襲われていると気づき彼らがそれを何とかしようと出ていく時に途方もない不安がリプレを襲っていた。

 

「あの時と同じ…」

 

帰ってこなかった院長先生、まだ少女だった自分でもわかるほど不安が心を襲った。

泣き虫だった自分は行かないでとせがんだが結局院長先生は行ってしまった、

そして帰ってこなかったのである。

 

「やだ…大丈夫よ、きっと大丈夫…!」

 

涙が零れ落ちてくる、少し気が緩むとすぐに泣きそうになる。

だけど子供たちにそんな姿を見せられなかった、だから必死に気丈にふるまおうとする…が。

 

「嘘ですの…、そんなの嘘ですのぉぉっっ!!!」

「モナティ!?」

 

モナティの泣き叫ぶ声を聞いてリプレがモナティたちのいる部屋へと飛び込む。

そこでは魔眼で動けなくなったモナティと息継ぎをしているエルカの姿があった。

 

「どうしたの!? 何があったの?」

「突然この馬鹿レビットが錯乱し始めたのよ…」

「嘘ですの…モナティはまた…」

「何が…何が起きてるの…?」

 

そのままモナティが気絶するように気を失ってしまい事実は分からない、

だがリプレの不安は膨れ上がる一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばらくして日が暮れ始めるころ、外が騒がしくなり窓から様子を見るとみんなが帰って来た。

 

「お帰りなさい!  あれ…?」

 

帰って来た事はとても嬉しかったがどこかみんなの様子が変だった、

表情が暗く、後ろめたさがあるような雰囲気を醸し出していた。

そして何より…。

 

「ねえ、クラレットとハヤトは?」

「…ッ」

「ねえ、ガゼル。二人はどこにいるの?」

 

思わずガゼルの方を掴みリプレはガゼルに問いかける。

その手には力が込められており、リプレの不安がどれだけ重いかをガゼルは理解した。

 

「あいつらは…」

 

ガゼルには言えなかった。言えるはずもない、ただ待つだけ。

それがどれだけ苦しいことかガゼルにだってわかっていた、だから言えない。

もし言ってしまえばリプレは…。

 

「……彼は殺された」

「…え?」

「無色の派閥に殺されたんだ。彼女を救い出そうとしてね」

「…ころされた?」

 

ギブソンのその一言でリプレの手の力は抜けてガゼルの肩から落ちてしまう。

リプレはギブソンの方を見て困惑してるようだった。

 

「どういうことなの…?」

「そいつは…」

「教えて、どういう事なの!?」

「彼は…」

「手前ェ!言うんじゃねぇ!!」

 

ガゼルがギブソンの言葉を止めようとするがギブソンはその事実をリプレに話した、

自分たちを守る為に彼ら二人だけで戦おうとしたことを、

そして敗れそうになった所を命を救う対価としてクラレットが向こうに渡ったことを、

そして……それを認めることが出来ず彼がたった一人で戦いを挑み、殺された事を…。

それを聞いたリプレは空虚な笑みを浮かべていた。

 

「なにそれ…だって必ず帰ってくるって前に約束したのよ…。どんな事があっても帰ってくるって…それなのに…殺…殺されたって…うっく…嘘よ。そんなの嘘よぉ!!」

 

膝を付いて両手で顔を抑えてリプレがわんわんと泣き始めた、帰ってこない二人。

たった二か月でも自分たちは家族だった、それを失いリプレは抑えきれずに泣いてしまった。

 

「なんで話した…!」

「………」

「なんで今リプレに話したって聞いてんだよ!!」

 

掴みかかるガゼルをギブソンは受け入れていた。

それが当然であるようにギブソンはガゼルの目を見ていた。

 

「今話さずともすぐに話すべきだと理解したからだ。覚悟しているうちに話すべきだと、そう思った」

「だからってなぁ! お前が話さなくてもいいんだよ! 俺達が話せば――!」

「君らでは話すのに時間がかかり過ぎる、私達には時間が――」

「うるせぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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蒼の派閥の人たちが集まっている部屋、ギブソンは氷のうを頬に当てていた。

ガゼルに殴られ他の人物にまで白い目で見られたギブソン、

その他の人物の中にはミモザを入っていた。

 

「自業自得よ。なんであんな事言ったのよ」

「……」

「何も言わなきゃわからないじゃない!!」

「許せなかったんだ…」

「…え?」

「自分が許せなかったんだ、彼らを巻き込んでしまった自分がな」

「巻き込むって…別にあなたのせいじゃ」

「それに」

 

ミモザの言葉にギブソンが静止をかける。

 

「それに私達は部外者だ。恨まれるなら……出来るなら私だけでいい」

「ギブソンあなた…」

 

ギブソンの一言でミモザは理解した、最初からフラットの憎しみを自分に押し付けるつもりであんな事を言ったのだ。

自分たちは部外者、時が経てばこの街から出ていく、せめてそれまでの間でもフラットの仲を崩させたくないのだ。

誰もが自分のせいでと考えていることをギブソンは理解できていた。

だからその考えを払う為にギブソンは自分を犠牲にしたのだ。

 

「全部自分で抱え込み過ぎよ」

「だからこうして話したじゃないか、私だって全てを抱え込むなんて出来やしないさ」

「……話は変わるけど、彼女はどうなるのかしらね」

「丁重に扱われるだろうな。なんたって奴らの悲願の結晶のような存在だ」

「命はまだ無事って事ね…」

「時間は付くだろうがな…」

「………」

 

時間、その一言で誰も何も言えなくなった。

彼女は無事ではないのだ、あくまで魔王を召喚するまでの間だけの話。

魔王が召喚される時は彼女が死ぬのと同義だった。

どれだけの時間が残されているのかわからないが、それでもそう多くないはずだ。

 

「ねえ、ミント。あなた大丈夫?」

「……私」

 

ミントは椅子に座りながら手をギュッと絞めて答えた。

 

「私、もう戦えません…」

「ミント…」

「目の前で誰かが死ぬのなんて見たくない、私みたいな役立たずじゃ助けられもしない。怖いんです。怖くて怖くて…!ごめんなさい…!」

 

ポロポロと涙を流して二人にミントは苦しみを吐いた。

目の前の二人も人の死には慣れている訳ではなかったが、それでもミントよりも経験はあった。

だが、初めての任務で出会った友人を亡くしたのだ。

それは覚悟していた予想をはるかに上回る苦しみだった。

 

「ごめんなさい…。期待に応えられなくて…」

「…いいのよ。私たちも無理に誘って悪かったわ。あなたは十分頑張った。もういいわミント」

「…ごめんなさい」

 

二人はその謝罪が自分たちに言ったのか今ここにいない誰かに言ったのか分からなかった。

それでもミントがもう戦えなくなっている事を二人は理解していた。

なぜならミントに手は彼が死んだその時から常に震えていたのだ。

おそらくこの街にいる限りその震えは止まることはないだろう。

そう、二人は思った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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不気味なほど静かな夜が過ぎ、昼頃になった頃、孤児院はいつもより静かだった。

火を消したように誰も何も言わなかった、こんな日は一日たりともなかっただろう。

その原因はいつの間にか彼らの中心にいた二人が居なくなった事だと誰もが理解した。

 

「……あの馬鹿レビット」

 

エルカはボソッとつぶやく、モナティがクロに言い放った言葉を怒っていた。

動けるようになったモナティはクロに向かって怒りを露わにして怒鳴ったのだ。

 

――どうしてマスターを助けてくれなかったんですのっ!!

 

その言葉を受けていたクロはいつもの大胆不敵なクロの姿ではなかった。

言動一つ一つに震え恐怖し自分自身に絶望していた。

「守れなかった。また自分は」としきりに呟いているのをエルカは聞いていた。

一匹のテテに何を期待してるんだあのレビットは……。それでも。

 

「あたしだって…信じたくないわよ…」

 

自分に居場所をくれた二人、元の世界に戻る目途は全然立たなかったが、

それでも短い間だったが凄く幸せだったと言えるだろう。

口が悪い自分に優しくしてくれて家族として受け入れてくれたあの二人がもう居ないことを認めたくなかった。

理解はしていたが認めたくはないのだ。

 

「………」

「失礼、少しいいかな?」

「! あんたは…召喚師!?」

 

目の前にいるローブを来た老年の男にエルカは警戒する。

召喚師事態は元々好きではないが何時敵が襲ってくるかわからないのだ。

 

「貴様! 召喚獣の分際で…!」

「お前たちは黙っていなさい。ワシはグラムス・バーネット。蒼の派閥の召喚師だ」

「蒼の…? ああ、今来てる連中の…」

「そうか、中にギブソン達はいるのだな。すまないが案内してもらえるかな?」

「……ちょっと待ってて、聞いてくるわ」

 

警戒が解けた訳ではないが周りの召喚師たちも気になる。

自分を召喚獣としてしか見ない目、あの目は嫌いだ。

だから召喚師は嫌いとエルカは改めて思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そうか…、一足遅かったというわけか…」

「勝手な真似をして申し訳ありませんでした。グラムス様」

「なに、どのみち動かなくとも奴らの方から来たはずだ。間に合わなかっただろう」

 

孤児院の広間にはフラットの面々が集まっていた。

誰もが本調子ではなかったがとりあえず話は聞いておかなければと思いここに集まったのだ。

 

「奴らが早々に動かない理由、ギブソン。お前はどう思う?」

「条件を満たしてはいないのでしょう、魔王を召喚するとなると大掛かりな儀式が必要となります。サプレスのエルゴを身に秘めているとはいえ、その身を魔王にするには時間がかかるのでしょう」

 

ギブソンは無色の派閥がクラレットを魔王にするのには時間がかかると予想した。

器としては申し分ないがすぐに準備できるほど完全ではないのだろう。

何せ一度失敗してるという話だ、今度こそより完全に確実に儀式をするであろうと考えた。

 

「今日の朝の事ですが、イリアス…サイジェントの騎士団長に連絡を取って調べてもらいました。城の周辺にはおびただしい数の悪魔の姿が確認できたそうです」

「時間稼ぎ、というわけか」

 

レイドの言葉にグラムスは思案する、どれが最善か。どれが一番なのかを考えた。

 

「おそらく城の周りにいる悪魔はその少女の魔力で呼び出されたものだろう。ゆえにその少女をどうにかしない限り悪魔は途切れん」

「つまり…」

「そうだ、儀式が始まるその僅かな時間。その時間だけが奴らを攻める唯一のチャンスだろう」

 

クラレットの魔力で存在する悪魔ならばクラレットの魔力が途切れる儀式中ならばチャンスはあるだろうとグラムスは考えた。

実際にその通りなのだが、つまり儀式が始まるまで彼らは城に手出しすることは出来ないということだ。

 

「つまり城に乗り込むのはその儀式って奴が始まるのを待つしかねぇって事か?」

「そういう事だろうな…、現状で悪魔たちの群れを相手に出来る手段が皆無だ」

「なんたって魔力の供給源が彼女の中にあるサプレスのエルゴなんだもの、事実上の無限の魔力供給って事よ」

「…そうかよ」

 

今すぐにでもクラレットを助けたいフラットの面々だったが現状不可能と理解する。

 

「ところでこの街の者たちは避難しないのか? 悪魔が負の感情を食らう事は知っているはずだ。すぐにでも避難させるべきだが」

「避難しないんじゃねぇよ。出来ねぇんだ」

「ワシらはこの街以外に生きていく場所を知らん、貴族や商人は別だがワシらのような市民は到底避難など出来んよ」

「そうか…」

 

サイジェントの住人は街のほかに住む場所が存在しなかった。

ほかの地方に行くという選択肢を始めから選べない連中だったのだ。

 

「グラムス様。やはり…」

「うむ…、儀式が始まり次第、城に乗り込み儀式の核になっている者を処理するそれが最善であろうな」

「しょ、処理とは…?」

 

ミントは震えながらグラムスに言葉の意味を聞いた。

 

「無論、そのクラレットという少女を殺す事だ」

「なんだとっ!?」

 

フラットの面々はグラムス達に目をやる表情には怒りを表しておりガァンとガゼルは机を叩いて大声で叫んだ。

 

「ふざけんじゃねぇ!お前らクラレットを殺すってのかよ!!」

「サプレスのエルゴと融合している彼女を始末すれば魔王召喚は先送りにされる、それが最善だ」

「それがアイツを殺していい理由にはならねェだろうが!!」

「一人の人間で世界が救われるのだ。ここは理解して貰うしかない」

「理解なんかできねぇよ! お前らのような連中は俺たちがいつも奪ってばかりじゃねぇか! 自分たちはやってないって言ったって遠回しにやってるんだよ!! クラレットは俺たちの家族だぞ、その家族を俺たちに見捨てろっていうのかよ」

「残念だが、そうだ。としか言いようがないな」

「手前ェ!!」

 

ガゼルが怒りのままにグラムスに跳びかかろうとしたとき。

 

「やめてよ!!」

 

リプレが大声を上げてそれを制止した。

 

「なんで止めるんだよ! リプレ」

「落ち着いてガゼル。私たちじゃクラレットを助けられない、そうよね?」

「……そうだけどよ」

「お願いします…」

 

リプレがグラムスに向けて頭を下げる。

 

「クラレットを助けてください、むしのいい話というのは分かってます。でもクラレットには家族がいるんです。その家族の下に帰してあげたいんです。もう一人は帰れなくなったから…せめてクラレットだけでも帰してあげたいんです! お願いします!」

 

彼から教えてもらった最後、妹の春奈は自分に行かないでと言ったらしい。

それを振り切って彼は来た、だから二人が帰ってこなければきっと彼女は何時までも待ち続ける。

決して帰ってくることのない人物を何時までも…。

それをリプレは知っていたから誰かが帰ってこなくなる辛さを知っているから。

だから一握りの可能性でもあればそれにすがりたかったのだ。

 

「……さっきは悪かった、俺からも頼む」

 

ガゼルもリプレの気持ちを理解して頭を下げた。

リプレとガゼル、二人の懇願を受けてグラムスが再び考え始める。

おそらく儀式の発動まで一週間もないだろう、王都からの派閥兵の救援も間に合わないはずだ。

このような頼みを聞く余裕が彼らにはなかった。

 

「私からもお願いします」

「ミモザ。お主もか」

「彼女は……召喚獣に愛されてました。、天使と悪魔、それがエルゴを宿しているからという訳ではないんです。彼女は生きるべき人間なんです」

「うむ…」

「恐れ多いですけど…私からもお願いします。クラレットは、友達なんです」

 

自分達の陣営の二人に頼まれグラムスは迷う。

そのクラレットという少女に会ったことはないがこの二人が言うならそれは素晴らしい人物なのだろう。

そしてそれをさらに後押しする人がいた。

 

「私からもお願いします。グラムス様」

「ギブソン、お主もか」

「はい」

「ギブソン、貴方…」

「ほんの短い間でしたが彼女は我々とは異なる召喚師です。その召喚師としての在り方は我らとは異なりますが、召喚獣との信頼は素晴らしいものでした。彼女は死ぬべき人間ではないそう思うんです」

「それが世界を天秤にかける事につながるとしてもか?」

「私はそう思います」

 

ギブソンの迷いのない一言でグラムスはさらに悩む。

ギブソンはグラムスが最も信頼する弟子であった、その彼が迷いなく答えを出したのだ。

葛藤はあったがグラムスはすぐに答えを出すことにした。

 

「分かった、信じることにしよう。お前たちの信じる道というのを」

「グラムス様!」

「生贄の少女クラレットの保護……最悪の場合は殺害も決意することを忘れるでないぞ、ギブソンよ」

「はい、ありがとうございます!」

 

対面上一応釘をさしてグラムスは少しだけ喜んでいた。

自分たちで見て行動し、それを信じたのだ。

弟子たちの成長に師としの喜びが勝ったのだろう。

 

「ギブソン、ありがとう」

「さっきは殴っちまって悪かったな…」

「いや…、どこか割り切ろうとしていた自分が悪かったよ。私も協力させてほしい、せめて彼女を元の世界とやらに帰す為にな」

 

少しだけすれ違いがあったが再び手を取りあった彼らだった。

だが、中心にいるべき人物を欠けた今の彼らに目的を達成できるかは難しい所だった。

それでもこの街と彼が最後まで助けようとした女性を助ける為に戦うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そんなやり取りがあった頃、クロは一人街を歩いていた。

殆どの店は営業してはいない、当然である城が占拠されているこの状況で営業などすればどのようなことになるか考えたくもないだろう。

 

「…」

 

落ち込んでいる、いやそういう訳ではなかった。

失望したのだ自分自身に…。

 

「ムゥ…」

 

助けられなかった、守ってやれなかった。

そんな事を考えながら、クロは昔の事を思い出していた。ずっと昔の事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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クロは特異個体。分類をそう割れば簡単だったが実際は他とは違う忌子だった。

メイトルパに存在するテテの里の一つ、おとぎ話に出てくる黒色のテテが守った里で彼は生まれた。

テテノワールとして生まれるべきクロの体だは他とは大きく異なっていた。

まだら模様の体毛、テテは色が統一してこそテテだった。そこから迫害が始まったのだ。

里を追い出される事はなかったが、体は弱く、そしてノワールの持つ水操作能力も扱えない。

そんなどうしようもないテテだった。だがそれでも諦めずに必死に強くなろうと努力していた。

そしてテテとして一人前になる試練に挑み………失敗したのだ。

試練は難しいモノではなかった。図られたのだ。

そうクロは叫ぶが誰もその言葉を受けれなかった、親であってもだ。

やがて里を追い出され、里に近づく事も出来なくなった。そこから彼の旅が始まった。

 

 

長い長い旅だった。他のテテの里から受け入れられず、他の生き物からも襲われた。

騙されることもあった、他の生物に迫害される事も勿論あった、

それでもただ生きるという目的の為にクロは歩き続けた。歩いて歩いてそして……。

 

メイトルパ辺境の岩石地帯、旅を続けて辺境にまでやって来たのだ。

だが気が付くと魔獣ジルコーダの群れに襲われた。

群れで襲ってくるジルコーダ相手にクロはなすすべなく倒されてしまう、

「自分はここで終わりか…」と全身斬り刻まれた体で覚悟したがどこかに連れてかれてしまう。

そこに待っていたのは一匹の女王。ジルコーダ達の長でより栄養のある食事をさせる為に連れてこられたのを理解した。

「結局自分は何の為に生まれたのか」そう思いながらクロはゆっくりと目を閉じてその瞬間を待った。

そして浮遊感と共に意識がとんだのだった。

 

気が付くとクロは森の中に倒れていた。先ほどのジルコーダの姿はない、自分は助かったのだろうか?

だが血を流し過ぎた自分の体が動かなくなっていくのをクロは感じ取る。

「野垂れ死にか…」そう呟きながら再び目を閉じようとすると誰かが自分を抱き上げるのを感じた。

そこにいたのは赤い人間、自分に語り掛けながら何か言っているがよく聞き取れなかった。

結局自分はそこで意識を失った。

 

次に目を覚ました時、自分の体は治療が施されていた、何日も眠り続けていたそうだ。

人間のような人形がジルコーダと一緒に自分が召喚されたと教えてくれた。

そして赤い人間が自分に会いに来てくれたがそれを拒否した。

一緒に来た小さい人間はどこか怒ってる様子だったがそんなこと知らない。

そのまま不貞寝するように眠りについた。

 

しばらく経つと、病院という場所を追い出された。

何故かと聞くと「治りましたので」と返された当然だと思う。

そして病院の入り口に行くと赤い人間がいた、面倒なので逃げた。

メイトルパの気配を感じる方に向かうと大きな木を見つける、メイトルパの世界樹の一つのユクロスの樹だ。

それを見てると赤い人間に捕まってしまい自分は虎みたい亜人、フーバスの下へと連れてかれた。

どうやら自分を新しい住人として迎え入れてあげたいとお願いするようだ。無駄だと思うけど。

 

やっぱり無駄だった。理由はこの肌の模様、そして同胞として認められるはずの帽子だ。

「仲間として迎え入れてやりたいが他の連中がな」そう言いやんわりと断られた。

はぐれ召喚獣の集まるこの島でもはぐれ扱い、滑稽だなと自分を笑った。

しばらく赤い人とフーバスが話すが結局赤い人が折れて帰ることになった。

なんで自分を連れて行くのだろう。

 

よく分からないうちに護衛獣にされていた。

ここは海賊船らしい、ちなみにこの赤い人は先生だそうだ。

小さい人は生徒らしい、護衛獣もいるがそこら辺を歩いてるだけだからに気にしない。

先生に護衛獣は何をすればいいと聞くと、「えっと…」と促された。

まあ自分は弱いからな、不貞腐れてると子供たちと遊んでやってほしいと頼まれる。

正直な話面倒で仕方がない。

 

鬼と犬と虫が蓮の葉渡りをして楽しんでいる。

自分は体重が軽いから蓮の葉などに沈む要素はないが、鬼と犬は良く沈む。

虫は微妙に空浮いてるから反則だ、余裕ぶっこいてたので池に沈めてやった。

先生と生徒もなぜか来て蓮の葉渡りに挑戦するがものの見事に池に沈んでいった。

なんか「b」とかやってカッコつけてたけど結局沈んだな。

 

こんな風に遊んだことがあっただろうか、いや自分にはない。

皮肉な物だと思う、里から追い出されて死にかけてはぐれ召喚獣にされてその果てにこれだ。

順番が逆ではないかと思った。でも…悪い気分ではない。

先生はお人よしだ、助けることを生きがいにしていると言ってもいい。

こんな人を見たことはない、だから先生の護衛獣になれたことを満足していた。

でもこんな幸せは簡単に壊れるものだとわかっていなかった。

 

どうやら先生は帝国と戦ってるらしい、先生が言うには話し合いで解決したいらしいが、

実に下らないと自分は思う。奪い奪われる、それが世界の成り立ちだ。

向こうが拒否してるのだから話し合いで解決なんてできるはずがないのだ。

伝わるかわからないがその事を伝えると、「それでも嫌なんだよ」と言われた。

人間は分からない、そんな当たり前の事を理解しようとしないんだから。

 

帝国との戦いに自分も参戦することにした、意外に自分は強かったらしい、

あくまでテテ基準らしいが、それでも役立てるのならいい方だ。

どうやら帝国との最終決戦が近づいてるそうだ。

先生は自分に隠して何かをしてるらしい、何を隠してると聞くと。

「後のお楽しみ」と言われてはぐらかされた。気になる…。

 

帝国との決戦は自分たちの勝利だった、話し合いをしようと先生が手を差し伸べると、

帝国の女も本当は戦いたくなかったようでそれに同意した。

じゃあ最初から話し合いで解決しろと思ったが複雑な事情があったそうだ。

それで全部終わると思ったが……どうやらそうはいかないようだ。

突然、わけのわからない連中が襲ってきた。そいつらは戦えない帝国の連中をドンドン殺してく。

自分たちも戦う力が残されて無かった。そして帝国の女がやられそうになった時、

自分は走ってた、先生が何とかして分かり合おうとしてその手を止めたかったから。

そして敵のリーダーに攻撃を仕掛けると自分の意識は消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと全部終わっていた、どうやら自分は半月近く寝てたらしい。

帝国の女は死んだらしい、訳の分からない連中は引き上げたらしい、

自分の知らないところで全部終わってしまっていた。

島を見て回るとみんな笑顔だった、幸せが戻って来たそんな感じだった。

だけどどこか硬い…まるで笑顔にならなきゃいけないような感じだった。

そして胡散臭い女にあった、メイメイという名前らしい、そんなこと知らない。

メイメイは自分に何かを渡したそれは未完成の帽子だった。

ゴーグルのレンズも片方しか取り付けられてなくおまけに割れてしかもほつれている帽子、

そしてメイメイは自分に先生の言葉を告げてくれた。

 

「完成しなくてゴメン」

 

ボロボロと涙が溢れて来た、泣いたのなんていつ以来だっただろう。

自分はあの人の力になれなかった、弱かったから何も守れなかった。

この帽子は完成することはない、自分はずっとはぐれという事だ。

悔しくて悔しくて大声で泣きわめいた、それをメイメイはじっと見つめていてくれた。

その時やっと気づいたのだ。先生はもういない、自分を救ってくれた先生に会えないと。

 

それからの島は平和だった、それぞれの里の繋がりは以前のままだがそれは島だけだった。

時折海賊がこの島に来てくれるがそれだけだ。

自分は体を鍛えることにした、強くなりたいから、もう二度と失いたくないから。

必死に体を鍛え続けた、訓練の一環で素手で畑を耕したり物を運ぶ手伝いをしたり、

体に重しを乗せて島中を走り回ったりした。

すると島に住むほかの召喚獣たちが自分に技を教えてくれた。

憑依召喚無効、チャージ、ダッシュなど戦える技を数々教えてくれたのだ。

自分は一人じゃなくなった、これも自分を助けてくれた先生のおかげだ。

だから次に先生のような人にあったら絶対守ってみると心に決めた。

 

そして何年か過ぎた時、いつもの様に大岩をたたき割って訓練をしてると体に異変が起きた。

浮遊感に近い物を感じて体が光り始めたのだ、恐らく召喚されていると理解した。

「白黒さん行っちゃダメなのですよ!!」と虫が自分の体に飛びつくがそれを弾いて動くなと命じる。

この瞬間を待ち続けたのだ、出来れば先生に似た人物ならいい。そう思いながら光に包まれてゆく。

虫の声が聞こえるが自分が望んだんだ。あんまり悲しまれても困る。

そして自分は召喚された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今までの事を思い出しながらクロは北スラムの墓場を歩いていた。

やがて一つの墓石らしき場所の前に立つ。

 

「…」

 

それはかつてクロの戦友の墓だった。

色々と個性的な男だったがそれでも悪い人物ではなかった、

ローカスに話を聞くと昔世話になったそうだがすぐに死んでしまったそうだ。

その墓石を見ながら自分はまた守れなかった事を伝える。、

あの男の顔を見た瞬間、頭に血が上ってしまった。

もしもう少し落ち着いていれば何か変わったかも知れないとそう思わずにはいられなかった。

 

「…ムイ」

 

似てるんだと呟いた、ハヤトと先生はよく似ていた。

決定的な違いはあるものの本質はよく似ているのだ。

誰かを守る為に自身を犠牲にする、そんな事が出来る人なんてほとんどいない。

先生やハヤトはそれが出来る人だった、だから壊れてしまったのだ。

周りの人の気持ちを理解しきれず、ただ救うために自身を殺す。

そんなのは偽善なのにどうしてそれを選択してしまうのだろう。

 

「……」

 

ゴロゴロとそれの天気が変わり初めてやがて雨が降り始めた。

クロは墓石を見ながら後悔し続ける、自分では何も救えないと、救えないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「くぅ……?」

 

一面に広がる血だまりの中、俺は立ち上がった。

あの時、俺は確かに殺されたはずだ。ならここはどこだ…?

 

――ハヤト…

 

「クラレット…?」

 

声が聞こえる、見えない暗闇の中に彼女の声が…。

 

――助けて…ハヤト

 

「クラレット!!」

 

俺は走り始めた、周りの血だまりの中で肉片などを踏むがそれを気にせず走り続ける。

やがて俺の目の前に、クラレットを担いだオルドレイクとソルが姿を表した。

 

「また来たのか召喚獣よ。ソル、相手にしてやれ」

「…ふん」

 

ソルが手を向けると再び死霊達の王が召喚されて俺に杖を振るう。

その瞬間、俺の体に激痛が走り、そのまま破裂してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「俺は…」

 

再び血だまりの中で目覚めた俺は気づく。

この血の匂い、そして今起きたこと、つまりこの血は…」

 

「俺の血なのか…」

 

辺り一面に広がる俺の肉片が見える、何人何十人と殺され続けた俺の姿が…。

 

「それでも…」

 

それでも助けなきゃいけない、助けないと俺はいけないんだ。

そう決めたから、そう約束したから、だから俺は…!

 

「下らんな」

「ッ!?」

 

立ち上がろうとする俺の目の前にソルがいた。

手には魔剣を握っており、俺を見下ろしている。

 

「貴様一人で何が出来る、クラレットがいなければろくに我らに対抗できない分際で」

「な、なんだとっ!」

「なら今お前は俺たちに敵うのか? たった一人で俺を倒せるのか?」

「………」

 

何も言えない、俺の実力じゃソルを倒す事なんてできない、

ソルは溜息を吐きながら剣を振り上げる。

 

「どの道、お前は死んだ。この死霊達の中で永遠に悪夢を見続けるがいい」

「あ…」

 

剣が振り下ろされて激痛が走る、痛みで目を閉じてしまう、

ドンドンと刃は俺の体に深く入っていき、再び目を開けると…。

 

「な、なんで…」

「どうして……どうして助けてくれなかったの?」

 

そこにはソルなんていなかった、そこにいたのは俺の助けたい人物だった。

 

「ごめん…ごめん…!」

「ううん、いい。だってハヤトは頑張ったんだから、だから…」

 

 

――もう、休んでいいよ。

 

 

そして刃は心臓まで達し、俺は再び息絶えた。

俺は永遠に見続けるのだろう、この死霊達の悪夢を、彼女を助けられなかった悪夢を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はっ!?」

 

目が覚める、先ほどまでの暗い場所ではなく、中華風の建物の中。

そのベットの中で俺は目覚めた。

 

「……夢?」

 

今まで見たことは全部夢だったのか、いまいち理解しきれなかった。

どこまでが夢でどこからが夢なのかもわからない、今ももしかしたら夢なのかもしれないと思う。

 

「夢なんかじゃないわよ」

「貴女は…」

 

横に目を向けるとそこにはお酒を飲む一人の女性、メイメイさんがいた。

ただ何時ものように酔っている訳でもなく、まるで近寄りがたい神秘的な雰囲気を纏っている。

 

「これは夢じゃないわ、れっきとした現実よ。それは理解しなさい」

「メイメイさんが俺を…?」

「私じゃないわ」

 

メイメイさんは俺に向かって袋のようなモノを手渡した。

人身御供と書かれている袋、開けなさいと促されてそれを開けると、

そこから出たのは黒く塗りつぶされている一枚の紙だった。

 

「これって…?」

「ヒトカタの符。一定の魔力を込めることで臨んだモノの人形を作りだす札よ」

「人形…? もしかして!」

「そうよ、あなたが死ぬ寸前、ヒトカタと入れ替わったのよ。ただ魂まで引っ張ることが遅れたせいで多少悪夢を見てたみたいだけど、軽度みたいね」

「俺は……生きてるのか?」

 

体が震える、死を覚悟したあの戦いから生き延びることが出来た、

だけど自分はこんな札を持っていた記憶はない、いったい誰が…?

 

「この札はね、元々クラレットに渡したものだったのよ。だけど気づいたら貴方の服の中に縫い付けられていたようね」

「え?」

「私なりに何とかしようと思ってね。彼女にこのヒトカタの符を渡しておいたのよ。不幸中の幸いだったわ、死ぬのは彼女じゃなくて貴方だったんだもの」

 

クラレットが俺を助けるためにこの札を服に縫い付けたのか…。

俺はクラレットを助けられなかったのに…、クラレットに助けられて…!

 

「!!」

 

重い体を起こして出口に向かおうと俺は体を動かした。

だが、それをメイメイさんは阻むように俺の前にたった。

 

「そこを…どいてくださいメイメイさん!」

「どうして?」

「どうしてって…、クラレットを助ける為に俺はいかなきゃいけないんです!」

「……ねえ」

 

メイメイさんは俺をじっと見つめている。

心を読まれているような感じがして嫌な気分になる、だけ俺もメイメイさんから目線を外すことが出来なかった。

 

「少年。 貴方が行ったところで何が出来るのかしら?」

 

冷徹に冷淡にメイメイはハヤトに告げた。

お前が行ったところで何も変わらない、いてもいなくても変わりはしないと。

 

「それでも俺は…!」

「貴方は勝てるの? あの悪魔の軍勢に、魔剣を持ったソルに、サプレスのエルゴを支配下に収めたオルドレイクに、貴方は対抗できるの?」

「そんなの…やってみなければ!」

「やって見る見ないの話じゃないの、それほどの次元の差なのよ。付け焼刃の力でもう対抗できるわけじゃないの、それに…」

 

メイメイはハヤトの胸に指をさす、そして告げた。

 

「少年はもう戦えない、召喚術も魔力も引き出せないわ」

「…え?」

 

静かに告げたその言葉をハヤトは理解できなかった。

戦えない? 召喚術も魔力も使えないって…?

 

「確信が持てなきゃ使ってみなさい」

「……ッ。ぐぅぅ!?」

 

魔力を召喚石に籠めようとすると痛みが胸の奥から生まれる、

あまりの痛みに、膝をついてその痛みに苦しんでしまう。

 

「なん…で…」

「鬼神を降ろし、天使と悪魔を宿し、死霊達の王の一撃を受ける。そんなのに魂が耐えられるはずがないわ。私には見えるのよ。ヒビの入った少年の魂がね。今までもそういう経験がなかった?慣れたなんて言葉じゃ片付かないわよ。慣れたんじゃないのよ、壊れる部分がもうなかっただけの事、これ以上力を使えば死ぬことになるわ」

「………」

 

限界を超えてまた超えて超え続けて……、そんなの普通の生活をしていた人間が耐えられるはずがない。

やがて限界は来る、死という形で訪れる、そんなのは当たり前なことだった。

 

「それでも…俺は…!」

 

メイメイの眉がピクリと動きハヤトを見据える。

 

「貴方が行ったところで犠牲が増えるって言ってるのよ! 気づきなさいよそんな事ぐらい!!」

 

そしてハヤトの胸倉をメイメイは掴み上げた、

怒声を受けてハヤトは困惑しながらメイメイを見ていた。

 

「貴方がみんなの所に帰ればあの子たちは喜ぶでしょうね。でもあなたは戦えなくなった事を伝えるのかしら?いいえ、貴方は無理に戦うわ。そして戦いの途中で死ぬ、そうでしょ?」

「そんな事やって見なくちゃ…」

「やって見なくてもわかるわ。少年はクラレットの為なら命を捨てれるんだから。そんなずっと少年を見てれば分かる事よ!」

「ずっと見てた…?」

「ええ、ずっと見てたわ。魔獣の時もオプテュスの決戦もゼルゼノンが召喚された時も見てきた。貴方達ならともしかしたらという考えを浮かばさてくれたわ。でも無理だった、もう無理なのよ」

「無理って…」

 

メイメイはハヤトをゆっくりと降ろして視線を外す。

 

「少年には関係のない事よ。私の一人よがりだったんだから…」

「……」

 

ハヤトはゆっくりとメイメイの横を通り過ぎて表に出ようとする。

 

「それでも、行くの?」

「俺には帰る場所はあそこしかありませんから…」

 

メイメイは目を瞑りながらハヤトに告げた。

 

「………帰れるわよ。元の世界に」

「……え?」

 

メイメイさんは何を言ってるんだ?

帰れるって…? 元の世界に帰れるって事なのか?

 

「それって…」

「帰れるのよ。少年たちの世界に、今の結界の具合なら元の世界に導くことが出来るわ」

「だったら…だったらどうしてその事を最初に!」

「帰すわけには行かなかったのよ。彼女の中にサプレスのエルゴがある限りね」

「!!」

「無理に引きはがしてもよかったけど…もしかしたらってね…。結局ダメだったけど」

「……本当に帰れるんですか?」

「ええ、帰れるわ」

 

目の前に帰れる手段を用意されてハヤトの心に迷いが生まれる。

自分は一度死んだ人間だ。ここで生きているのは奇跡なんだ、もう戦えないんだから帰るべきだと声が頭に響いた。

だが、彼にはどうしても帰れない理由があったのだ。

 

「俺は……帰りません」

「…一応聞くけど、なぜかしら?」

「クラレットを助けるって決めたんです。だから、だから俺は…!」

「……いればいいのよね?」

 

メイメイはヒトカタの符を投げると煙と共にその符が変化する。

煙の中から人影が見えてくる、その姿にハヤトは絶句した。

 

「……嘘だろ?」

「これでいいのよね?」

 

そこに現れたのはハヤトが助けようとしている少女、クラレットだった。

その目は虚ろだが彼の知るクラレットそのものであるのは間違いなかった。

 

「俺は…偽物なんかと…」

「偽物じゃないわ。これはれっきとしたクラレット自身なのよ」

「え?」

「ヒトカタの符から生み出す傀儡人形の術は単純な分身とは違う。魔力がある限りそれは人と変わりない存在なの。今でこそ意識を持たないけど時が経ては自我を目覚めさせ本体と同じ心を得るのよ」

「じゃあ…」

「そう、彼女はクラレットなのよ。少年が死なない限り彼女は永遠に存在し続ける。新たな魂さえ作り出せないけど同じように生き、老い、そして死ぬことが出来る。どうするのハヤト少年? 勝てるはずのない戦いに仲間を巻き込んで身を投じるか、それともこのクラレットと共に家族との約束を果たすのか。選びなさい」

 

ヒトカタのクラレットはハヤトに手を差し出す。

その手を見ながら突き付けられた選択にハヤトは悩む、自分に戦う力はない。

だけどクラレットを見捨てる事なんて……でもこのクラレットもクラレットなら…と。

そして悩むハヤトにメイメイは更なる誘惑をハヤトに突き付けた。

 

「だったら夢にすればいいのよ」

「夢…?」

「そう夢にね。このリィンバウムでの出来事は全部夢になるの、貴方が目を覚ました時、全ては夢の中になるの」

 

夢……そうだ。これは夢だ。

俺は一度死んだんだ。だったら夢を選んだっていいじゃないか。

やり直せるんだ。あの日のあのベンチから…帰って家族に囲まれて誕生日をして、

次の日にはまた学校に行ってみんなと一緒にくだらなくて楽しい毎日が…。

 

弱り切った心、傷ついた体、そして突き付けられた誘惑。

その誘惑にハヤトは抗えなかった、いや抗うことすら考えてなかった。

目の前にいるクラレットの手を握るだけで全部が終わる、約束を守って平和な未来が待っていると、

彼はそう信じることしか出来なかった、なぜならハヤトは元々、【クラレット】を助ける為にこの世界に来たのだから。

 

 

そして差し出されたクラレットの手を見つめながらハヤトも手を伸ばした……。

 

 





最後の部分、ちょっと急ぎ書き過ぎたかも修正あるかも
メイメイさんとかグラムスとか口調がちょっと安定しないな。
次回は最終回。(え

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