本当はこれでミニス編完結したかったんですけど、
きりがとてもよかったので、もうエピローグを分けることにしました。
今回、新キャラが二人も登場しますのでよろしくー。
クラレットは焦っていた、ハヤトが来たことがその原因だが、
彼女は色んなものを霧の奥から感じ取っていた。
強力な召喚術の魔力、ミニスの翼竜の魔力、そして…。
一瞬だが爆発的に膨れ上がったハヤトの魔力を。
「なにが…、何が起こってるの?」
霧の中で暗殺者たちと攻防を続けるクラレットはハヤト達の戦いを予想することしか出来ない。
だが、ハヤトがこのままでは殺されると思い、無理にでも囲いを突破しようとするが。
「おい、そっちに行ったぞ!」
傷だらけのガゼルが吼えてクラレットの警告する。
クラレットに7人ほどの暗殺者が一気に襲い掛かって来た。
自分が急所を狙われることはないとわかってるので、急所の部分以外を回避し動くが。
「しまっ!?」
暗殺者の後ろから更なる暗殺者たちが姿を現す、幻か本物かはわからない、
だけど、どちらにしても別の相手の攻撃を回避したばかりの自分にそれを避けるすべはない。
ぐっと歯を噛みしめ、痛みに耐えるクラレットだったが…。
「お前ら、その女に何やってるんだァ!!」
衝撃と共に暗殺者たちが吹き飛んでゆく、幻影はそのまま通り抜けるが、
実体のある本物たちは召喚術の攻撃を食らい、吹き飛ばされそのまま霧の中に下がってゆく。
「無事見てェだな、来てやったぜ」
「キムランさん…?」
キムランは、膝をついたクラレットに手を差し伸べ、彼女を起こし上げる。
別の場所からジンガやエドスの声が聞こえ、安堵と共にクラレットはキムランの顔を見た。
「キムランさん、ジンガを助けてくれてありがとうございます」
「たまたま俺達の行く道にいただけだ。しかしよォ、ウォーデンのミラーヘイズとは余程のもんを引っ張り出してきたもんだぜ」
やれやれといった風にキムランが首を振る、彼はミラーヘイズの事を知っていた。
ウォーデンとマーンは古くから争い続けているため、ウォーデンの秘伝召喚術をマーンは把握してるのだ。
「まあ、アイツらの秘伝召喚術はモット別のもんなんだけどな、だがこいつも厄介そうだな」
「キムランさん、お願いがあるんです。あっちの方にハヤトがいるんです。道を開いてくれませんか?」
「あの野郎が来てるのか? 死にかけで無茶しやがってよォ…、おっし、一発デカいのをぶちかましてやらァ!!」
キムランの助力を受け、クラレットは霧の中を走る、
すぐにでも彼の居場所に辿り着くために、クラレットは必死に走り抜けた。
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「ハヤト!」
「お兄ちゃん!」
紅い魂殻は四散し、ハヤトはその場に崩れ落ちていた。
限界を遥かに超える技を使ったせいで、彼は既に立つ力すら失っていた。
ミニスとフィズの二人がハヤトに駆け寄り、ハヤトの体をさすった。
「お兄ちゃん、死なないでぇ!」
「こんなところで、また死んだら絶対に許さないわよ」
「……わかったから、あんまり揺らさないでくれ」
ハヤトは半分飛んでる意識で二人に声をかけた、
ちゃんとした反応が帰って来た二人は喜び合う。
「二人とも大丈夫か…? その…、怪我とかしてないよな?」
「ハヤトさぁ…、それアンタが言えることなの?」
「…(はあ」
アカネがゆっくりこっちに歩いてきた、ハヤトの言動に呆れつつ笑顔だった。
クロもエルカの様子を見ながら、こっちを見てため息交じりで呆れていた。
「大丈夫……、なわけないか。今回は流石に無茶が過ぎたよ」
「でも…でも…、よかった。本当に…」
「ミニス…」
涙を流しながらハヤトを見つめるミニス、自分のせいで死ななくてよかった。
もし死んだらもう自分は生きるのを諦めていたかもしれないと、ミニスは思っていた。
そんなミニスをハヤトは動くのも辛い体で手を伸ばし、頭をゆっくりと撫でた。
「あ…?」
「無事でよかった、本当に…」
「…ハヤト。 うん!」
こんな状態でも自分を心配してくれる、本当に優しい心を持った少年に少女は心を許す。
頬が熱くなるが、そのまま笑顔になり、ミニスはハヤトに笑顔で応えた。
自分は無事だったよ。貴方が助けてくれたから無事だったのよ。とミニスの表情には現れていた。
それを見て、ハヤトも満足そうに笑顔になり、今は休もうと体を休め始めた。
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一方その頃…、ハヤトとソルの決着がついた辺りで、
この事件の首謀者ともいえるギブンは這いずりながら逃げていた。
「僕はまだ…、負けてない…、負けてないんだ」
ザガルドもソルも自分を利用した奴らだった、自分に味方などいない。
だから負けたのは僕じゃないんだ、そうギブンは自分を偽りながら逃げていた。
「船さえ…、船にさえたどりつければ…!」
もう彼には逃げることしか出来なかった、船にさえ辿り着ければ逃げることが出来る。
あの男は無様に死んだ、もう自分の命を脅かすのはザガルドだけだ。
そのザガルドもミラーヘイズの影響でこっちの行動を読めない、逃げられるはずなんだ!
「船だ…、船が!」
うっすらと見える自分の船が見える、戦いの影響か船の従業員は既にいないが、
召喚船の為、召喚師の自分が指示を出せばすぐにでも出港できる。
そう信じていた……、だが…。
「おい、どこに行くつもりだ」
「…え?」
ありえない…、だってあいつは胸に穴が開いたんだ、死んだんだ。
なのになんで声が聞こえるんだ…、そんなの、そんなの。
ギブンがゆっくりと後ろを振り向く、そこには・・・・・。
「ヒャアアアァァァーーーッッ!?!?」
血だまりの中からゆっくりと体を起こす、ソルの姿があった。
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「…なんだ?」
「今のってあのギブンってやつの声よね?」
ハヤトが謎の悲鳴を聞き、同じように聞いたフィズはそのギブンの情けない悲鳴に聞き覚えがあった。
全員の視線がギブンの方を向くと、そこにあるありえないモノに驚愕した。
「そ、そんな!?」
「…ムィ」
「ねえ、アカネ。人間って胸に…」
「生きていられるわけないでしょ!あいつ人間じゃなかったの!?」
ゆっくりと体を起こし、恐怖するギブンからソルはこちらを見直した。
息は絶え絶えで、胸に穴が開いており、苦痛で苦しそうだったが彼は生きていた。
「う…ぐぅ、ここまで呪詛に感謝したことはなかったな…!」
「傷が…、治ってく…」
「嘘だろ…」
ハヤトは信じられないと心の底から思った。
莫大な魔力、尋常じゃない召喚術、そして不死身まで追加させられたら…、
もう、俺達にソルを倒すことなんてできないじゃないか…。
そう信じかけたが、ソルの様子はどこか変だった。
傷が治ってゆくが、彼の魔力が減り続けているのはハヤトは感じていた。
極限の戦いの中でハヤトは自身の魔力や他人の魔力を感じ取れるようになっていた。
その為、ソルの傷が治ってゆくのと合わせて、ソル自身の魔力も大きく下がっていることに気づいたのだった。
「自分の魔力で回復してるのか?!」
「正確には…、強制的に再生させられているのだがな…ぐっ! 父上…、あの男の道具に過ぎないからな俺は」
皮肉を口に出すソル、だが、傷はみるみる治ってゆく、血だまりは逆流しソルに戻ってゆき、
胸に空いた穴も塞がってゆく、致死性の傷しか治療されないのか、胸にはハヤトの切り傷が残っているぐらいだった。
あらかた再生されたソルは、こちらを見ると口を開いた。
「鬼神憑依…、コルトハーツ一族の秘伝だったか…。まあ関係はなさそうだな」
「??、なんのことかわからないが、ガイエンが力を貸してくれただけだ!」
無理に体を起こそうとハヤトは動くが、立つことはできず、フィズに支えられる形でソルを睨む。
そんな睨みもソルにとってはもうどうでも良くなっていた、
彼はハヤトの事を小突けば軽く死ぬような男としてみていたのだった。
「言っとくけどね、お兄ちゃんはそう簡単にやらせないんだから!」
「そうよ…、シルヴァーナ!!」
――シギャアアアアァァァァーーーッッ!!
大きく咆哮を上げつつ、ズシンと衝撃を与えながら地上に降り立ったシルヴァーナ。
ミニス達を守るように大きく翼を広げ、ソルを威嚇する。
「あの土壇場で、白銀の翼竜と誓約を結ぶとはな…、おかげでこのザマだ」
「シルヴァーナがいれば、貴方なんて怖くないんだから!」
ミニスはもう怖くなかった、シルヴァーナがいれば怖くなんてない、
ソルは確かに強いが、既に魔力が枯渇しかけており、召喚できても1回か2回が関の山だ。
それならシルヴァーナで何とかなる、私がみんなを守るんだ!そうミニスは心に誓う。
「正直な話、後悔している。こんなつまらない事をするなんてな」
「わかってるんだったら、さっさと自首でもしちゃえば楽になるんじゃないの?」
アカネがソルにからかう様に自首を進めた、だがソルの後悔してることは全く別の事だった。
「何を勘違いしてるか知らないが…、迂闊に様子見などしたことを後悔してるんだ」
「様子見…?」
「本気を出せば、一瞬で終わる。だがそこの男の召喚術の情報が欲しいために、無理に戦いを挑んだ結果がこのザマだからな…、自信過剰もいいところだ」
「…じゃあ、貴方は最初から本気を出してなかったってこと?」
「出してはいた…、ただ【切り札】を使っていなかっただけだ」
そういうと、ソルは懐から一つのサモナイト石を出した、
それはクラレットやミニスの装飾されたサモナイト石と同じように、機械に埋め込まれた黒いサモナイト石だった。
ソルが魔力を流すと、バチバチと音が聞こえ、黒いサモナイト石が光り輝いてゆく!
そしてソルは呟く、遥か遠き界より、彼の信じる最強をこの場に呼ぶ為に詠唱を始めた。
「界の意思により使命を授かりし者が望む――」
「やらせないわよ!シルヴァーナァ!!」
ミニスがシルヴァーナに指示を出し、火球をソルへとぶつけようとするが、
ソルの周りに現れた魔力がシルヴァーナの火球を弾き、ソルの詠唱は止まらない。
「機界の名工により遺された、至りし竜よ。我が呼び声に応え、今ここに現れよ!」
「な…なんのこれ!?」
「……これがソルの本気!」
今までの見たことないほどの巨大なゲートが出現する、
ガイエンの時と同じく、まるでソルでは無く別の何かが干渉しているようであった。
「セルボルトの名の下にソルが望む――!来たれ、人が至りし機械の竜、人工至竜【機竜ゼルゼノン】!!!」
巨大な鉄塊だった…、倉庫街に立ち並ぶ倉庫を踏みつぶしそれは召喚された。
シルヴァーナも大きかったがそれの数倍はある巨体だった。白い鉄の装甲を纏った…、
いや、鉄そのもので作られ、背中には砲身を背負う巨大な鉄の竜。
「これが…、ソルの本気の召喚獣!?」
「な、なんなのよこれ…」
「機界ロレイラルの名工ゼル、その男が生涯の果てに作り出した究極の生物、至竜の一角だ」
「し、至竜ですって!?」
――ガアアアアァァァァァーーーーッッッ!!!
「うっくっ!?」
機械音と生体の声が混じり合った咆哮を受けて耳を塞いでしまう。
クロはゼルゼノンを睨み付け、歯ぎしりし、ミニスは顔面蒼白だった。
至竜、俺は知らないが。とてつもない生物であることは間違いなようだ。
「今の魔力だと、これぐらいの力しか出せないか…、まあいい。ゼルゼノン!奴らを消せ!」
機械音と共に巨大な砲身をゼルゼノンはこちらに向ける。
それに対抗するようにゼルゼノンに、シルヴァーナが火球をぶつけるが、まるで苦でもないようだ。
ゼルゼノンの背中にエネルギーが収束されてゆく、
そのエネルギーが溜まるにつれ、どうしようもない気持ちが膨れ上がる。
「ちくしょう…」
結局、俺は何もできてないじゃないか…。
もう本当にどうしようも出来ない…、俺じゃみんなを…。
「バベルキャノン!!」
ソルの命令と共に光の閃光がゼルゼノンより放たれる、そのあまりに強すぎる光の前に誰も動けなかった。
「ちくしょうっ!!」
最後の時、顔を上げてソルを睨み付けよとした時、俺の目の前に誰かが出て来た。
黒紫の髪をなびかせて、杖を前に突き出す一人の少女の背中。
俺が守ろうとした、誰よりも大切な家族。クラレットの姿がそこにあったのだ。
「はああああぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!!」
強い衝撃と共に、俺達の体が何かによって守られる。
この魔力はクラレットの魔力だ、クラレットは俺達を守る為に結界を張って、ゼルゼノンの攻撃を防いでるのか!?
声を上げようとしたが、口が開かずに俺はクラレットの耐える姿を見るしかなかった、
だが、クラレットがこっちを振り向くと彼女は優しい顔をし、まるで自分を信じてくださいと顔に表していた。
そして爆光が俺達を包んだのだった。
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「あっ…くっ、はぁ…はぁ…」
間に合った…、もしあと少し遅かったら間に合わなかった…。
ただ、完全に防御を行うことが出来なかったせいで、かなりの魔力を消費したけど…。
「割り込んできたときはどうなるかと思ったが耐えるものだな。召喚術の腕前は相変わらずか」
「はぁ…はぁ…」
肩で息継ぎをし、杖で体を支えながら私は目の前にいる男性を見る。
10年が過ぎたが、面影が残るその人物…、私の血縁者がそこに居た。
「ソル…、兄様」
「久しぶりだな、クラレット」
衣服が血に塗れて、ソル兄様を覆う魔力がかなり下がっている。
恐らくハヤトとの戦いはかなりの激戦だったと予想できた、私の後ろには全員が無事で、
翼竜も魔力が安定してるのか、待機する形でゼルゼノンとソルを睨んでいるようだ。
「どうして…」
「……」
「どうして、こんなことをするんですか!」
「どうして…、だと?」
「あんなに優しかったソル兄様が、なんでハヤトを襲って…。みんなを襲うんですか! 私は…、私は貴方のお陰で…!」
ソル兄様の一言が私の運命を変えてくれた、ただお父様の道具だった私を逃がしてくれたのだ。
その言葉を伝えてくれた、ソル兄様がこのようなことをするなんて、私は信じられなかった…。
「…あの事か」
「そうです! あの時、貴方が私につた」
「壊れたぞ」
「……え?」
「お前がいなくなり、全てが壊れた」
壊れた…? 全部壊れるって…。
「他の兄弟たちも消え、キールはいなくなり、カシスは道具として使いつぶされた。唯一碌に動けるのは俺だけだ、わかるな。お前がいなくなり全てが壊れたんだ」
「…私のせい?」
「当然だ、魔王召喚の贄が消えたのだ。しかも干渉できない名も無き世界にな。父上の妄執は止まらなかった、魔王以外にも数多くの実験が行われ、それの弊害を受けたのがお前を除く、兄弟たちだ」
私がいなくなったせいで…、カシス姉様たちが…?
私のせいで…、私の…。
「……ごめんなさい」
「逃げ出したお前にはもう謝る相手はいないだろう、あいつらはここにはいないのだからな」
「…ごめんなさい、ごめんなさい」
私が…、私がいなくなったせいで、キール兄様もカシス姉様もみんないなくなった。
もしかしたらまだ無事なのかもしれないと思っていた私が馬鹿だった。
あの人がそんな事を甘い人ではない事なんてわかっていた、だから私がいなくなったせいで…。
「だが、お前は戻って来た」
「…あ」
ソルの血に塗れた手がクラレットに差し出される、クラレットはその手を見つめていた。
「戻ってこい、今一度、自分の居場所に戻るんだ。クラレット」
「わ、私は…」
私の居場所は…、私の…。
「お前はそこにいるほど、綺麗な人物なのか、クラレット」
「ッ!?」
私は、生まれそのものが穢れきっている、外法の儀式によって生み出され。
膨大な魔力と絶対の妄執を持って支配された存在…、私なんかがあんな……。
頭を過るのは幸せな日々、名も無き世界での家族や友達との日々。
フラットでの大変だったが笑顔が絶えない幸せな日々が彼女の頭を流れてゆく。
だが、彼女の足元は黒く淀んでいた、彼女は絶対に逃れられない…。
私みたいな存在が…、幸せになっちゃ…。
ゆっくりとクラレットは歩む、小さな子供が家族を求め縋り付くように一歩、一歩。
クラレットは歩み始めた、だが…。
「駄目だ…」
クラレットの片手をハヤトは握った、ボロボロの体で片手を動かすだけでも痛みが走る筈なのに…。
彼は手を伸ばし、クラレットの手を握った。
「行かないでくれ、クラレット」
「ハヤ…ト…」
悲痛な表情を浮かべクラレットがハヤトの手を振り払おうとする、だがハヤトは手放さない。
ギュッとその手を握り、ハヤトはクラレットを求める。
「ソルは…、クラレットの兄なんだよな?」
「…はい」
「じゃあ、俺は何なんだ?」
「え?」
ハヤトが私の……なに?
「俺は…、クラレットの家族じゃないのか?」
「…あ」
「ソルが確かに血の繋がった家族だってことはわかる、だけど、だけど! 妹を犠牲にしようとしてる奴を俺は家族だって認めるわけにはいかない!!」
「…!?」
ハヤトがゆっくりと体を起こし、クラレットの横に立つ、立てるはずがない…、だけど彼は立った。
彼がこの世界に来たのはクラレットを守る為、その為ならば彼は命すら捨てるほどの意思を持っていた。
サモナイト石を握りしめ、ソルを睨め付け、叫んだ!
「お前らに、クラレットは絶対に渡さねぇ!! クラレットは…、クラレットは俺のだぁ!!!」
「…ハヤト、…はい!」
何時だってそうだった…、迷った時も、苦しんだ時も、彼が私の目を覚まさせてくれた…。
ハヤトがいるから、私は立てる。だって…、ハヤトが私を支えててくれるから!
クラレットはハヤトの手を握り、その想いに応えた。
ソルはクラレットの選択を行動で理解したのか、差し伸べたその手を下した。
「……そうか、それがお前の答えなのだな、クラレット」
「流されていると思ってもかまいません…、私自身まだ悩んでいますし…、間違っているのかもしれないと思っています。でも…、兄様たちの所で失ったモノと引き換えに得た大切な家族のみんなを…、私は引き換えにしたくありません!」
今だ、思い悩むクラレットだったが、彼女は答えを出した。
自分が向こうに行ってしまった事で失った家族の代わりに得た、新しい家族、友人、大切な人を彼女は捨てられなかった。
自分のかつての役目がどれだけの事か理解してしまったからこそ、あそこに戻ることはないと、彼女は決めたのだ。
「余計な知恵を付けたようだな」
ソルはゼルゼノンを送還し、サモナイト石を懐にしまう。
「ソル…兄様…?」
なぜ戦う意思を失ったのか、わからないクラレットはソルをじっと見つめていた。
ソルは懐から新しい緑のサモナイト石を取り出すと、ギブンの下へと歩んでゆく。
「クラレット。お前が家族とやらの為に我らの元に戻らないのなら、それを奪うだけだ。精々足掻くんだな」
「グギャ!? あがぁっ!!」
「な、なにをしてるんだ!」
ソルはギブンの腕にサモナイト石を無理やり埋め込む、ハヤトはその行動に驚いた。
「魔獣よ。暴れろ狂え。主の魔力を吸い尽くし、目の前の敵を全て食らい潰せ」
「うぎゃぁぁぁぁーーっ!!!」
ソルの詠唱と共にサモナイト石が発光し、ギブンから魔力が石に吸われてゆく。
そして、周囲を覆っていた、霧が次第に晴れ始めた。
「まさか…、暴走召喚!? 兄様、そんなことすれば!」
「この役立たずを引き換えに、お前を組織に戻せるのなら安いものだ……、それに止める手段は一つだけあるがな」
「……それは」
この状況を止める…、その方法をクラレットは知っていた。
だがそれをすることは、今まで踏みとどまって来た彼女に最後の一歩を歩かせることになっている。
「さあ、どうするクラレット。霧の魔獣は待つことを知らない、最後の誓約と共に周囲の者を食いつぶすまで暴れるぞ」
そう言い放つと、ソルは霧が消える前に消えていった。
クラレットはソルを呼び止めようと声をかけようとするが、霧の中に何かを見た。
「…!? あれがミラーヘイズ」
霧が晴れてゆき、巨大な影が姿を現す、それはギブンの魔力を吸い続け、肥大化し続ける脳髄だった。
人の脳に二つの目と多数の触手が生えている霧の魔獣。それがミラーヘイズの正体だった。
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「な、なんだコイツわぁぁっ!?」
キムランが大声を上げながら驚愕する、彼の目の前には巨大な脳の化け物が忽然と姿を現したように見えた。
同様に暗殺者たちも混乱の極みだった、突然、幻影が消えて代わりに巨大な召喚獣が現れたのだ。
「ユエル、これは…」
「うん…、霧と同じ匂いがする。メイトルパの魔獣だよ!」
「メイトルパの魔獣…、あのトードスと同じ」
メイトルパでも災厄を呼び込む存在の魔獣。かつての悪魔の侵攻により原罪をばら撒かれ、
幻獣たちは魔獣へと変貌してしまった成れの果て、一部は知能を持ち共存しあっているが、
ミラーヘイズは本能で暴れる魔獣であり、今は誓約により、周囲の敵を襲う怪物と化していた。
「うぎゃぁっ!?」
「うわ、うわぁぁーーっ!!」
霧を中心に戦っていた暗殺者、もっともミラーヘイズに近かった彼らから先に襲われ始める。
巨大な触手で磨り潰すように襲い、彼らだった肉を自らの腹の中に飲み込んでい行く。
それは、普通の人間では召喚獣に勝ち目がないと言われるのを体現するようだった。
暗殺者たちは敵対するキムランたちの方にも逃げられず、後方に下がろうとしても、
ミラーヘイズに襲われ、どうしようもない状況の中、襲われていく。そしてザガルドも…。
「…あぁ。ツケが回ってきちまったみたいだな」
「ッ…! おいザガルド!」
ザガルドは武器を下げ、その怪物を見上げる。
時間切れだな…っと呟いて、ザガルドはスタウトの方を見た。
「どうやら俺達の雇い主は俺達を切り捨てるみたいだな、スタウト。お前の勝ちだぜ」
「早くこっちに来な、お前さんも食い殺されるぞ!」
「自分の信念を変えちまった報いだな。子供には手を出さねぇって決めてたのによ…」
ザガルドは女子供には手を染めない、そう決めており、それは組織に所属していた時も貫いていたことだった。
だが、組織に戻れるチャンスを餌に、彼は自分のその信念を捨ててしまった。
あの少年を見殺しにし、子供たちが苦しんでいるのを見て見ぬふりをしたのだ…。
それは以前のザガルドにはきっと考えつかない事だった。
「これは選別だ。地獄で待ってるぜ、スタウトよぉ」
巨大な触手振り上げられ、ザガルドに振り下ろされる。
ザガルドは懐に入れた何かをスタウトに投げ、触手に圧殺されてしまった…。
裏の世界で名を轟かせた、暗殺者は呆気なくその命を散らせたのだ。
「………中身、空じゃねぇか」
それは煙草の入っていたと思われる、箱だった。
ミラーヘイズはスタウトにも気づき、触手を振り下ろすが、スタウトはそれを回避して下がってゆく。
「これに煙草を入れるまでは死ねねぇんだよ!」
ザガルドの言っていた事が分かった、死ぬときはこれに煙草を入れて持ってこいと言いやがったんだ。
アイツは人をなんだと思ってるんだ、とスタウトは思った、そしてミラーヘイズに攻撃を仕掛ける。
どんなに巨大であろうと、このままコイツを生かして置けば、必ず街に被害が出る。
旦那の守ろうとしてる街を失わせないと思い、スタウトは戦った。
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霧が晴れた時、ミニスは地獄絵図に近い絵を見せられた。
潰される人、そしてその血肉を食らう、脳髄の魔獣ミラーヘイズ。
ミラーヘイズを何とか止めようと、巨狼に跨り、弓を放ち続けるスウォン、
数匹のガレフと共に魔獣に食い下がるユエル、ナイフを掻き集めながら必死に投げるガゼル。
拳を触手に叩きこむジンガ、同じように斧を振り下ろし切断するエドス、そして…。
「うおぉぉぉっ! ブラックラック!!」
自分を追っていたキムランの叔父様が必死に召喚術を使い、触手を消し飛ばす。
だが、魔力をギブンから吸い上げ、瞬く間に再生し、触手を振り回し彼らを吹き飛ばしてしまう。
このままでは…、みんな、みんな。アイツにやられちゃう、そう思ったミニスは無意識に指示を飛ばしていた。
「シルヴァーナ、みんなを助けてぇ!!」
――シギャアアアァァァァーーーーッッ!!
シルヴァーナは再び天空に舞い上がり、ミラーヘイズに襲い掛かる。
その大口を開き、紅蓮の炎をミラーヘイズに撃ち放ち続ける。
――ズヌゥゥゥゥゥーーーーーッッン!!
振動の様な咆哮を上げたミラーヘイズは焼け溶けた触手を再生させながら、
シルヴァーナに襲い掛かる、それを回避しようと舞い上がるが、
遅かったせいでシルヴァーナがその触手に絡み取られてしまった!
「シルヴァーナ!? うっくぅぅあああぁぁぁ!?」
「ミニスッ!」
シルヴァーナを守ろうと、魔力で防護幕を展開したミニスだったが、
それは彼女に苦痛をもたらす結果につながる、シルヴァーナのギリギリと締め付けられるが、
ミニスが魔力でそれを必死に守る、だがその分ミニスの負担が激しすぎた。
シルヴァーナ本人も、この状況を奪回しようと火球を放つ続けるが、
当れどミラーヘイズは再生し、ジリ貧となってしまう。
フィズに支えられながらミニスは必死に魔力を送り続けた、
既にフィズの補助は切ってしまって、介入もままならず、顔面蒼白で苦痛に苦しむミニスを、
フィズは支えながら見てあげる事しかできなかった。
「このままじゃ、ミニスが、みんなが!」
「……私が」
クラレットはゆっくりとギブンの方に歩いてゆく。
「あ…あぁ…」
ギブンは痙攣して、ただ魔力を吐き出し続けていた。
ソルによる暴走召喚術で無理矢理魔力タンクにされていたのだ。
こうなってしまえば、気を失わせたところでミラーヘイズは消えることはない。
方法は、ギブンの魔力が尽きることだが、仮にも強い血筋を持つウォーデン、消えるのに時間がかかる。
「はぁ…!はぁ…!」
クラレットが息を乱し、目を大きく開く。
杖をギブンの心臓に向けて、召喚術を使おうとしていた。
このまま時間が経てば…、みんなが…、ミニスが…。
ミラーヘイズをはぐれにすれば再生する魔力がなくなる筈、そのためには…。
ギブンを殺す。
それがクラレットの出した答えだった、ソルはそのこと告げその場から去ったのだ。
クラレットが恐怖し、何もしなければ誰かが死ぬ。
そして決断し、ギブンをその手にかければ、彼女の手は血に染まる、
どちらに落ちても自分の手の内に来るのはわかっていた。だから留まらず去ったのだ。
「ごめんなさい…、ごめんなさい!!」
悲痛な声を張り上げて、彼女は召喚術を行使する、
光将の武具が出現し、ギブンに落とされる、そう思われた瞬間…。
ハヤトがクラレットを後ろから抱きしめたのだ。
「ハヤ…ト…」
「…違うだろ」
ハヤトはクラレットを抱きしめながら、言葉を紡いだ。
「クラレットの…召喚術は人の命を奪うものじゃないだろ」
「でも…、私がしないと…、私がしないとみんなが!」
「大丈夫だ、みんな俺が守る」
無茶を言う、そうクラレットは思った。
ソル兄様と戦い、死にかけ、再び戦い今度は勝利したものの死にかけだった。
こんな無茶ばかりする、ハヤトが今度あれに向かえばきっと…。
「やめて!ハヤトが今度戦ったら…、今度こそ…」
「だったら! だったら逃げるなよ!!」
「…え?」
言われた意味が解らなかった…、逃げる? だれから?
「どうして楽な道を進もうとするんだ、どうしてみんなが傷つかない道を進もうとしないんだ…。どうして…、自分ばっかり苦しむ道を進むんだ…。クラレット」
「私は…ただ、みんなにこれ以上」
「俺がいる…、俺がずっとそばにいる、だから! だから一緒に立ち向かわせてくれ! クラレット!!!」
ハヤトの声が私の中の何かに染み込んでくる……。
あたたかいくて…、心地よくて…、とても勇気が湧いてくる…。
ゆっくりと私の手がペンダントに収まる、少しずつ…、少しずつ、ペンダントに魔力がたまってゆく。
「手を………、手を握ってくれますか?」
「…もちろん」
ハヤトが私から離れ横に立ち、手を握る、しっかりと握ってくれるハヤトの手。
決して離さないと心に思うハヤトの想いが私に伝わって来た。
「…私は、逃げません。自分の宿命も…、これからの困難も…、ハヤトと一緒なら…、超えて行ける。きっと!」
ハヤトは頷き、私は自分の中の膨大な魔力を解き放つ、暴れまわるその魔力だが、
ハヤトは優しく、私を抱きしめるようにその魔力を撫でる様になだめてゆく。
膨大な魔力の奔流は一つの大きな球体になってゆく、そうクラレットは自分の中で感じ取った。
「………宿命を乗り越える決意と共に、愛しき者と歩むために我が声に応えよ―――」
自分の足元にあった汚泥は今もある、だが横に彼がいるから…、きっと乗り越えられる。
そう信じ、言葉が自然とクラレットの口から出てくる。
「シンドウの名の下、クラレットがあなたの力を望む―――」
自分のもう一つの名前、心に流れる家族の絆。
そして、それら全てを想いに乗せて、クラレットは召喚術を発動させる!!
「魔を統べし魔臣が一人!地の悪族。現れ出でよ!【魔臣ガルマザリア】!!!」
猛き決意の声と共に彼女のペンダントから光が放たれ、ゲートが出現する。
そこから現れたのは圧倒的な魔力と威圧感を持つ大悪魔の一角。
かつて召喚した時とは違い、漆黒の鎧と凶悪な槍を装備した、完全武装の大悪魔がそこに居た。
『ついに呼んでくれたのか、クラレット』
「ガルマザリア…、ごめん。遅くなって…」
『全くだ。10年も待たせおって…』
旧友と話すようにクラレットはガルマザリアに語り掛ける。
ハヤトはそんなガルマザリアに圧倒され口を開きっぱなしだった。
『ハヤトと言ったか?』
「あ、はい!」
『今までクラレットをよく守ってくれた、礼を言う、本来ならしっかりと礼を尽くしたいところだが…』
ガルマザリアの視線がミラーヘイズに向かう、
仲間たちの多くは負傷し、死んでしまってもおかしくない状況だった。
「ガルマザリア…、みんなを守って!」
『それはエルエルの仕事だろう…、まあ私にできるのは』
巨悪の羽を広げ、大空に羽ばたき、ガルマザリアは一直線にミラーヘイズに突き進む!
『敵を殲滅することだけだ!!』
久々の旧友の呼び出しに応えられたことをうれしく思い、ガルマザリアはその槍を振った。
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「ちっっくしょおお!! おわぁぁぁっ!?」
召喚術が間に合わず、振り下ろされた触手に潰されかけたのを救ったのはガルマザリアだった。
彼女は槍を横に一閃し巨大な触手を切り捨ててしまう。
『厳つい顔だと思ったが…、キムランの小僧か』
「な、なんでお前が…、まさか!?」
挙動不審に為りながらキムランが周りを確認する、
なぜここまで混乱するのかは、ガルマザリアがかつてファミィの護衛獣を務めていたからだ。
なぜファミィの召喚獣のガルマザリアがクラレットのペンダントと二つの誓約を交わしてるのかは、
今は気にしなくてもいいだろう、少なくとも彼女はファミィの召喚獣でもあるという事で、キムランとは面識だったのだ。
『ファミィならいないぞ、私を召喚したのはクラレットだからな』
「な、なんだと!?」
『それより、手を止めれば。わかってるな?』
「う…っく、ちくしょう、わあったよ!!」
半場自暴自棄になりながらキムランが召喚術でミラーヘイズに攻撃を仕掛ける。
ガルマザリアはファミィと繋がっている、もし頼ってだらけたと報告されればそれこそ後が怖い。
そう思い、彼は必死に召喚術を撃ち放ち続けた。
『さて…、何をやってる!ワイバーン!!』
触手に絡み取られた、シルヴァーナをガルマザリアは高速で接近し、
触手を切り裂き、彼を縛りから解放する。
『至竜の眷属なら意地を見せろ!』
――シギャァァァァーーーッッ!!!
悪魔に負けてられないと咆哮を放ち答え、シルヴァーナはフレアキャノンを撃ち放つ。
その大火球はミラーヘイズに直撃し、焼け溶けて、その場で悶えた。
『よし、このまま一気に…!』
――オーロランジュ
突然、虹のオーロラが天を光で包む、その光に包まれた、全ての生物が傷を癒されてゆく。
「すげぇ…、傷がドンドン治っていきやがる」
「すげぇぜ!姐さん!」
「背中の傷が…、これでもう大丈夫!」
各々がそれぞれの傷が癒えて歓喜の声を上げているとき。
その声を聴き、笑顔になりながら虹のオーロラの中で一人の天使が癒しの奇跡を行使していた。
クラレットが更に召喚した、光の賢者エルエル。それを確認するとガルマザリアの機嫌が明らかに悪くなっていた。
切り裂いたミラーヘイズの触手を持ち上げながら大きく振りかぶる。
『傷つき者たちに平等の癒しを…それこそ、天使の役…ッ!?』
『何が平等だ、敵まで癒しおって。この無差別治療駄天使』
ミラーヘイズの触手をエルエルの頭にガルマザリアは叩きつける。
頭を抱えた、エルエルは先ほどの高貴な気配を四散させ、ガルマザリアに怒った。
『黙りなさい!この悪食悪魔!!さっさと霊界に帰って別の主の所に行きなさい!ここは私一人で十分です!』
『駄天使の分際で煩いな、第一お前は癒しと防御の二つしか使えないくせに何言ってるんだ? 流石、駄天使だな。悪魔では計り知れん』
『なんどもなんども、駄天使などと…、良いでしょう。まずは貴女から叩き潰してあげましょう』
『やるのか…、まあいい。お前と戦うのは10年ぶりだ、駄天使。ガタガタにしてやる』
『言いましたね…、この悪食悪魔!!』
どうしてこうなったのか、互いに武器を構えたガルマザリアとエルエル。
『食らえ!ドゥーム…』
『消えなさい!バニッシュ…』
「二人ともいい加減にしてください!」
クラレットの怒声が聞こえ、二人は武器を構えたままクラレットの方を見る。
怒るクラレットとその隣には困惑の表情を浮かべているハヤトの姿があった。
「戦うならサプレスでやってください! 今はあの魔獣を倒すために協力してください!」
『『…ッ』』
互いに舌打ちをしつつ、二人はミラーヘイズに突っ込んでゆく!
エルエルのオーロランジュで回復したせいで完全に傷が癒えている魔獣は巨大な触手を天使と悪魔に振り下ろした!
『元わといえば貴様のせいだな!』
槍を振り回し、触手をガルマザリアが切り裂いてゆく、
エルエルはその様子を見てながら剣に魔力を通した。極光を放ち光速の斬撃がミラーヘイズに襲い掛かる!
『天の兵より、受け継ぎし秘剣。受けよ!バニッシュレイド!!』
剣が二つに分かれ、それを両手に持ったエルエルが剣を交差しミラーヘイズを切り裂く!
あまりの威力に血飛沫が飛び散り、ミラーヘイズは地面に落ちる。
それを確認すると、ガルマザリアが膨大な魔力を槍に籠め、大きく振りかぶった!
『役立たずの剣をある程度、使えるようになってるとはな。だが攻撃で貴様に負けるつもりはないぞ!』
「みなさん、逃げてください!ガルマザリアの必殺技が出ます!」
クラレットの声に反応し、ミラーヘイズから彼らは離れてゆく。
それを見て、微笑を浮かべると、槍を力の限りミラーヘイズのいる付近の地面へと振り投げた!
『デヴィルクェイク!!』
地面に突きたてられた槍は魔力を解き放ち、地面を隆起させ、地脈の魔力も同時に開放し、
その衝撃でミラーヘイズはズタズタにされてゆく。天まで上る魔力の奔流は周囲の人々が恐怖するほどであった。
『相変わらずの威力…、これだけは認めなければなりませんね』
『そうだ、お前の無差別回復とは大違いの技だ。駄天使』
『クッ』
エルエルがガルマザリアを睨み付けるが、当のガルマザリアはミラーヘイズを見ていた。
サプレスの戦天使と大悪魔の二体の攻撃を受けながら、再生してゆくミラーヘイズを確認し苛立つ。
このまま戦っていればじり貧になるだけ、ならば奴の核を潰す必要があると。
召喚獣は魂殻と呼ばれる器が召喚され、それの情報から肉体がこちらに転送される。
それが召喚の法則である。つまりその魂殻を壊せば、法則が乱れ、ミラーヘイズは送還されるはずだと。
となると、自分たちの力では倒しきれないと思い、ガルマザリアは周りを見る。
自分たちを受け入れる器に相応しき者を見定め、一人の少年を目にした。
『やはりか、おい駄天使』
『何かしら?悪食悪魔』
『ハヤトに憑依しろ、一時的にでも回復すれば十分だ』
『なっ、彼は今まで戦い続けてボロボロなんですよ!?』
『少しだけでいい、それだけで十分だ』
この程度、平気だとガルマザリアは決めつけ、エルエルに指示を飛ばす。
出来なければそれだけ死亡率が上がるだけだと、脅され、エルエルも聞かざるえなかった。
『無茶はさせないでくださいよ!我が力を受け、その傷を癒せ!リカバアンジュ!!』
光の粒子に変わったエルエルがハヤトの体に憑りつく、ハヤトはその行為に驚くが、
それ以上に自分の体の変化に更に驚愕していた。
「痛みが…、傷も治っている!」
『一時的に傷を治しただけにすぎません。ここからが本番ですよ?』
「本番?」
『アレを止められるのは、貴方しかいないという事です。その覚悟はありますか?』
「覚悟は…、最初から持ってるよ!」
「ハヤト…、エルエル。ハヤトをお願いします」
そう言い放ち、ハヤトはミラーヘイズへと足を進める。
クラレットもエルエルを信じて、それを見届けた。
『受け取れ、ハヤト!!』
ガルマザリアもキムランから奪った、ドスと呼ばれる刀、カルヴァドスをハヤトに渡すと、その体が光の粒子に変換されてゆく。
「ガルマザリアもなのか!?」
『そうだ、精々我らの力を盛大に使うのだな!デヴィルスナッチ!!』
キムランの刀に憑依するのを確認するとハヤトは剣と体に流れる魔力を感じ取る。
暖かく、優しい輝きを持つエルエル、力強く、落ち着かなければ飲み込まれるほどの力を秘めるガルマザリア。
二つの力を一心に受けてハヤトは大きく駆け出した!
またエルエルもいきなり自分たちを部分的に分かれてるとはいえ、同時憑依を成功させていることに驚く。
少し前にガイエンを憑依していたのが影響で、かなり憑依に対するキャパシティをハヤトは上げていたのだ。
「行くぞっ!」
ハヤト、エルエルの魔力を体に張り巡らせ、高速で暴れるミラーヘイズに突っ込んでゆく。
ミラーヘイズは膨大な魔力を纏ったハヤトに気づき、触手で薙ぎ払おうと大量の触手を仕掛けた!
「うおおぉぉーーッッ!!」
迫り来る触手を切り裂き、回避し、ハヤトは縦横無尽に飛び回る。
エルエルの憑依能力は身体機能の上昇。生命能力の上昇だけではなく、身体機能全般を高める効果を持つ。
その光景を見ていたフラットの面々は驚愕していた。
「アニキ…、スゲェ!!」
「こりゃ…、ホントにハヤトなのか!?」
「天使と悪魔の同時憑依かよ…、規格外すぎるぜ」
束ねた触手を振り下ろすミラーヘイズだが、魔力を纏った刀で横薙ぎし、それを吹き飛ばす!
ガルマザリアの憑依能力は魔力強化、生き物の持つ魔力を高め、威力と速さを高める効果を持っていた、
二つの憑依召喚を使いこなし、ハヤトはミラーヘイズを追い詰めてゆく。
それだけじゃない…、クラレットが、クラレットが俺を導いてくれる。
ハヤトはクラレットが自分を導いてくれている事に気が付いていた。
魔力に伝わって、敵の動きもそしてどこを攻撃すればいいかも、彼女が教えてくれる。
だから…。
「クラレットが教えてくれる…、恐れる必要なんてない!」
束ねた、触手を再び避け、それらを踏み台にハヤトが大きく跳躍する。
導かれるように跳び上がった彼の目に映ったのは紅蓮の焔を口から漏れさせるシルヴァーナの姿だ。
シルヴァーナがハヤトに目で合図すると、その大火球をミラーヘイズに撃ち放った!!
シルヴァーナの放った爆炎に襲われ、ミラーヘイズは大きく怯むことになる。
「シルヴァーナ!ハヤトに!!」
ミニスがそう叫ぶとシルヴァーナの魔力が消え、ハヤトに送られるのを彼は感じ取った。
送還されるシルヴァーナの想いを剣に宿し、紫色の炎が剣に現れる、それは巨大な炎剣と化した。
空中を魔力で蹴り上げ、一気にハヤトはミラーヘイズへと突っ込む!
「いっけぇぇぇぇーーっ!!!」
ハヤトの叫びと共にその巨大な炎剣はミラーヘイズへと突き立てられる!
――グオオオォォォォォーーーッッ!?!?
鳴動する苦痛の雄叫びを上げながら、ミラーヘイズの体の至る所から炎が巻き上がり火達磨と化した。
潰れるように暴れまわり、やがて朽ち果てるようにその動かなくなる。
『ふっ、一撃で核を打ち抜くとはな、流石だぞ』
ガルマザリアの声が聞こえると、ミラーヘイズは光の粒子に変換されてゆく。
核を潰された影響で、こっちで体を維持できず、メイトルパへ送還されていくようだ。
クラレットは横目でギブンを確認すると痙攣が収まり、魔力が落ち着いたことを確認した。
そしてクラレットは一目散にハヤトの下へと駆け寄り、ハヤトを抱きしめた。
「ハヤト…!」
「クラレット…、終わったよ」
「はい、お疲れ様です」
二人が互いに無事であることを純粋に喜んでいた。
互いに言いたいことはある、怒りたい事だってあったはずだ。
だけど、今はただ、お互いが無事でこうして向かい合えることを喜び合っていた。
そしてハヤトの剣と体から魔力が出てきて再構築される、ガルマザリアとエルエルだ。
『ハヤト、お見事でしたよ。初めて私達を憑依したというのにも関わらず、それを完全に扱うとは』
「俺はただ、二人に合わせただけだよ。二人が俺を使ってくれたおかげだ」
『…そうか、それがお前の憑依召喚なのだな』
ハヤトは自分に力を貸してくれる存在を受け入れる。
憑依召喚とは異物を体におろし、それを扱う術だ。その為、憑依者には必ず違和感という抵抗力が出る。
だが、ハヤトは違う。彼は自身が弱い人間だと思っている。
だから憑依召喚に力を貸してくれる召喚獣のみんなを在るがままに受け入れることが出来た。
抵抗されず、その力を十全に引き出してくれる存在。それがハヤトだったのだ。
『貴方は…、かつての理想の体現者なのかもしれませんね』
「え…?」
『いえ、こっちの話です。クラレット、それでは私とこの悪食悪魔はそろそろ還りますね』
「うん…、二人とも本当にありがとう」
『礼など要らん。私とこの駄天使はただ呼び出されただけなのだからな』
二人が互いを罵り合いを見ながらクラレットはくすくすと笑う。
旧友と話すように彼女は二人を見ていた、たぶん昔から二人の事を知っているのだろう。
『ハヤト、これからも彼女の事を守ってあげてくださいね…、どうしようもなく弱い方ですから』
『頼んだぞ、我らも出来る限り協力は惜しまない』
「ああ、任せてくれ。クラレットは…、俺が守るよ」
そう伝えると安心したのか、二人はサプレスへと還っていった。
膨大な魔力を持つ、戦天使と大悪魔。その二人が俺達の味方になってくれるのを実感するとすごく頼もしく思えた。
ふと、目に光が入る。戦いで気づかなかったが、朝日が現れ始めたようだ。それぐらい長く戦っていたんだな。
「二人は…、昔なじみなのか?」
「はい、私の大切な家族です」
「そっか…、家族か」
家族…、そういえばソルの奴はクラレットの兄って言ってたな。
そう思いながら俺は自身の妹を生贄に捧げようとする、ソルを信じられなかった。
俺にだって妹がいる。それと引き換えに目的を達成しようとするなんて考えたくなかった。
分かり合う事なんか出来ないと確信している、だからクラレットは絶対にあいつ等に渡さない。
決意を胸に刻み、俺はクラレットの方を見ようとすると…。
「あ、あれ…」
「ハヤト?」
体から力が抜けてゆく…、体が言う事を聞いてくれない。
必死に体を動かそうとするが、クラレットの胸に倒れ込んでしまった。
クラレットはそんな俺を抱き留めて、膝をついて俺をゆっくりと寝かせてくれる。
「もういいんですよ。ゆっくり休んでください」
「そう…だな…、じゃあ、あとは…」
「…ハヤト」
疲れから意識がドンドン沈んでゆく、クラレットは俺の顔を自分の方に向けてくれる。
とても優しい表情をしている、守れたんだな…、この顔を、大切な人を…。
「ありがとう」
少し涙を流しながらクラレットは笑顔で、そう答えてくれた。
そして仲間たちの声が聞こえてくる中、俺の意識はふつりと途切れたのだった…。
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孤児院の玄関前で二人の少女が座っていた。
一人は指先を見ながら何度か表の方に顔を向け、再び指先を見る。
そして、そんな少女の横で泣き疲れて寝ている幼い少女もいた。
モナティにリプレ、ただ信じて待つことしか出来ない二人は、家族の無事を信じてじっと待つ。
「さっき…、凄い雄叫びが聞こえたけど…」
リプレが聞いたのはソルのゼルゼノンの咆哮だった。
その時、モナティは恐怖のあまり、頭を抱えてリプレに泣きついたほどだった。
大丈夫、きっと平気。そう何度も言い聞かせ、リプレはモナティをギュッと抱きしめる。
「にゅ…、うにゅ?」
モナティがゆっくりと起きる、そして表の方から微かに感じる匂いを感じ取った。
「マスター…、マスタァーーッ!」
「帰って、帰って来たのね!」
二人が孤児院から出て波止場への道を見ると、全員ボロボロだったが、確かに無事だった。
そして、その中には…。
「リプレママー!」
「フィズ!」
リプレは走ってくるフィズに自分からも駆け寄り、抱きしめ上げた。
失うかもしれない、とても怖かったそんな気持ちが溶けてゆく。フィズを力いっぱい抱きしめてリプレは安心したかった。
「リプレママ、苦しい…」
「良かった、本当に、本当に!!」
「我慢しなフィズ、こんなに心配させたんだからよ」
「…うん」
抱きしめるリプレの力が強く、フィズは苦しかったが、
リプレの想いを汲み取り、自分からも力いっぱい抱きしめた。
「マスタぁぁ~!良かったですの、無事で、無事で本当に…ううぅっ!うにえぇぇ~んっ!!」
ボロボロと大粒の涙を流して、モナティが大泣きした。
そんなモナティをエルカが小突いた。エルカも肩はある程度治療されてるが、それでもまだ痛みがあるようだ。
「あんまり泣くんじゃないわよ、馬鹿レビット! 疲れてるんだから静かにさせてあげなさい」
「にゅっく…、はいぃ~、エルカさんもホントに…ぅぅ!!」
「はいはい」
ゴシゴシと頭を乱暴にエルカは撫でる、感情をモナティほど出さないが、
エルカも自分の事を心配してて、内心とっても嬉しかった、コイツを自分なりに守れて良かったと思っていた。
「ハヤト…」
リプレがフィズと手を繋ぎ、眠っているハヤトの下に歩いてくる。
力が抜けた、ハヤトの手を握り、リプレは笑顔でハヤトに向けて感謝の言葉を贈った。
「お帰りなさい、帰ってくるって信じてた。貴方が約束を守ってくれるって…きっと」
「そうですね、ハヤトは約束を守ってくれました。家族の為に…」
眠るハヤトに付き添うクラレットが、ハヤトの代わりにリプレにそう伝える。
こうして、長い長い戦いの夜は終わりを告げたのだった。
ガルマザリアとエルエルの二人組、明らかに絵でも意識して書かれてる、
個人的に対になる存在なのかなと思ってます。
まあ、この二人。後にロティエルとコバルティアに居場所取られるんですけど。
というか、ガルマザリアはファミィの新米時代のパートナーだったらしいのに、
エルエルにはそれらしい、過去が一切ないのって…。