波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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二話 戦場の艦娘(+提督)

 

 陽炎型二番艦不知火は、なぜか愕然としている司令に訝しんだ。身の丈優に2mを超える巨漢であった。彫りの深い顔立ちをしているが、歳の頃は二十ほどだろうか。妙な立ち方をした何かのキャラクターが描かれたTシャツの上からでも、鍛え上げられた筋肉が分かる。若い。軍服も着ていない。しかし、不知火には彼が自分を喚んだ司令である事が直感的に分かった。

 司令。不知火が従うべき、司令官である。

 

 鋼鉄の艦であった自分が人型を取り二足歩行しているというのは確かに奇妙な感覚であったが、敵と戦うべく海上で司令の指示に従い作戦行動をとるという事に違いはない。

 今も街が煙を上げ、瓦礫の山が築かれ、砲撃の音がする。そこは戦場であった。血と硝煙の臭いがする、不知火のいるべき場所であった。

 司令は固まったまま顔を手で覆ってブツブツ呟いている。何か失礼があったのかと自らの行動を思い返す。しかし、喚ばれ、挨拶をしただけだ。心当たりはない。

 

「不知火に、何か落ち度でも?」

 

 不知火が恐る恐る尋ねると、司令はハッとした様子で頭を振り、目を合わせてきた。鋭く、力強い目であった。戦場を知る者の目。しかして血に飢えてはおらず、誇り高く澄んでいる。好ましい目だった。

 司令は渋い声で言った。

 

「不知火。一応確認しておくが、君は艦娘だな?」

「はい」

「俺の指示に従うと考えていいんだな?」

「はい」

「では不知火、君に『アレ』を倒せるか?」

 

 司令が『アレ』と言ったモノを、不知火は説明されずとも正確に理解した。この霧を出しているモノ。深海に棲む艦。人類を脅かす、倒すべき敵である。

 勿論です、と口を開きかけ、不知火は口を動かすというある種奇妙な行動を改めて意識した。二本の腕、二本の足。目。口、鼻。かつてとは勝手が違う。意気軒昂なれど、慣れない体でどこまでやれるか? 一瞬の躊躇はあったが、不知火は肯定した。

 

「ご命令ならば」

「よし。不知火、ついて来い!」

 

 崩壊した街の瓦礫を避け踏み越え、走り出した司令に、不知火も一拍遅れて追従した。海へ走りながら、司令からブリーフィングを受ける。海から一隻の深海棲艦がやってきて、之を撃破。しかし三隻の援軍が現れ、戦術的撤退。戦力増強のため不知火を建造する。不知火は司令と協力し、街の正面の湾に展開している深海棲艦――――仮称、駆逐イ級三隻を撃滅する事が今回の任務となる。

 一隻は撃沈させたのだから、自分以外の艦娘がいるかと思い見回すが、姿はない。尋ねると、その一隻は司令が沈めたという。司令は艦娘ではないが、砲も魚雷も使わず素手で深海棲艦に致命打を与える事ができるらしい。信じがたい事であったが、埠頭から飛び降り海上に出た司令が平然と水面を走る様を見ては納得するしかなかった。

 

 何か質問があるか、と尋ねられ、不知火は首を横に振る。鋼鉄の体であった頃と違う事があまりにも多い。何を尋ねれば良いのかもあやふやだった。それに、支離滅裂な質問を浴びせて逐一回答を貰っているほどに時間がある訳でもない。今この瞬間も、街は攻撃されたいるのだ。

 しかし何でも良いから、と重ねて言われたため、不知火は不思議に思っていた事を尋ねた。

 

「司令。もしかして、その服装が最近の海軍の正装なのでしょうか」

「いや、これはただのJOJOプリントだ。承太郎だぜ? いいだろ」

「は、はあ」

 

 人型をとって一時間も経っていないし、口が裂けても人の流儀に詳しいとは言えなかったが、もっと普通の服を着れば格好良く見えるのに、と思った。

 

 海上を滑るように航行しながら、司令に「簡単な作戦」の説明を受けた。

 不知火が敵に砲撃を浴びせ、注意を引きつける間に、司令が背後に回って攻撃。

 簡単に言えばこれだけである。

 初陣であり、下手な連携の試みは却って逆効果であろう事を考慮した結果だった。練度初期値の不知火単艦では三隻と撃ち合いをしても数で押し負ける。司令は一撃必殺手段を持つが近接必須で、弾幕に耐えられない。

 不知火の砲撃は当たらずとも充分囮にはなる。囮があれば司令に攻撃が行かず、接近できる。単純ながらも互いの利点を生かした作戦だ。

 

「幸運と勇気を!」

 

 司令官は暖かい大きな手のひらで不知火の肩を叩き、横に逸れて霧の中に消えていった。

 司令官の航跡を示す独特の波紋も波の合間に消え、不知火は一人になった。断続的な砲撃の音は止んでいない。戦場にたった一隻取り残されたような錯覚に陥りそうになる。

 別れて三分後に砲撃を始めるように言われている。不知火は命令を遂行すべく、前方にゆっくり進み、霧の向こうに薄らと敵影が見えた所で止まり、砲を構えた。

 砲がひどく揺れ、狙いが定まらない。艦とは比較にならないほど小さな人の身では波の影響が酷い――――舌打ちして下を見たが、波は低く、静かなものだった。

 また、砲撃の音が轟く。それに合わせ、砲が揺れる。

 不知火は、砲を揺らしていたのは自分の手だと気付いた。体が震えている。

 

 自分が震えている事に、自分で驚いた。初陣といえば初陣だが、そうでないといえばそうでない。まさか戦いを前にして震えるなど。

 これが、恐怖。

 不知火は本能的に知っている。深海棲艦は通常火器では傷つかない。しかし、艦娘の攻撃は通る。逆もまた然りだ。

 

 アレは自分を沈める事のできるモノである。

 そうはっきりと認識した途端、砲のブレが大きくなった。朧げな沈没の記憶が、恐怖が、絶望が、無念が、フラッシュバックする。

 手袋をしていなければ砲を取り落としてしまっていたのではと思うほど、手がじっとりと気持ち悪い汗で湿った。

 

 数を数える。あと三十秒で、自分は囮射撃を始める。

 本当に自分に囮が果たせるのか。安請け合いではなかったか。このザマでは前に砲弾が飛ぶかも怪しい。

 今からでも作戦変更を具申するべきではないのか? しかし賽は投げられた。今からでは止められない。

 自分が失敗して、自分だけが沈むなら良いが、今回不知火がしくじっては司令が危ない。

 不知火は司令の姿を思い出し……そして言葉も思い出した。

 

「幸運と、勇気を」

 

 人間には感情がある。恐怖はその名の通り恐ろしいものだ。小破すらしていない艦娘を行動不能にし得る。

 しかしその恐怖を乗り越えるのもまた感情である。

 勇気だ。

 

 不知火と違い、装備も無い人の身でありながら、徒手空拳で敵に肉薄する人がいる。遠くから撃つだけの簡単な援護に怖気付くほど、陽炎型二番艦は情けないのか?

 為すべき事がある。成したい事がある。ここでやらなければ、この二度目の生に意味などない。

 

 司令が触れた肩から腕へ、指先へ。胸へ足へ、頭へ。暖かさが広がった気がした。

 震えが止まった。

 

「司令。不知火は、期待に応えてみせます」

 

 ゼロ。

 心の中でカウントを刻むと同時に、不知火の12.7cm連装砲が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は上手く決まった。震えが無くなったからといって霧の向こうに霞んだ敵に砲撃を当てられるほど、不知火の練度は高くない。

 しかし砲弾は前に飛んだし、敵の意識を引く程度には近くに着弾した。

 そして、それで充分だった。

 

「銀色の波紋疾走ッ!」

 

 司令のよく通る声が不知火の場所まで聞こえた。霧を破ってイ級の背後から現れた司令が一隻を拳で殴り飛ばし、続いてもう一隻も叩き潰す。

 誤射を防ぐために砲撃を止めた途端の、驚くべき早業であった。素人目に見てもかなりの鍛錬を積んだ事が見て取れた。本当に、深海棲艦を拳一つで倒してしまった。不知火の中で司令への敬意がまた増した。

 

 三隻目のイ級へ躍りかかる司令だったが、最後の一隻は他の二隻と少し離れた位置にいた。

 それを薄ら寒い緑色の目で見たイ級は動いた。その動きは司令とは逆方向で、つまり、逃げていた。

 司令はそれを追いかけるが、距離が縮まらない。

 

 不知火の見たところ、司令の航行速度は目算で20ノット(時速37km)前後であった。人間としては素晴らしく速いが、イ級はそれよりも速い。引き撃ちをされれば追いつけず滅多撃ちにされる。

 

「司令! 引いてください!」

 

 再び牽制の砲撃をしながら叫んだ。声が届いたのか、司令は不知火をまっすぐ見た。かなりの距離があったが、心の奥底まで貫かれるような、不思議な強さを持った目線だった。

 不知火はありったけの気持ちを込めてその目をまっすぐ見返した。

 司令はもう、二隻撃沈という充分過ぎるほどの成果を出した。後は自分の仕事だ。不知火は誇り高き陽炎型なのだ。艦がいながら人に、それも司令に戦の趨勢を任せるなど、あってはならない。

 

 司令は小さく頷き、反転して撤退を始めた。イ級も引き撃ちを止め、速度を落として後退から前進に入ろうとする。そこに不知火はありったけの弾薬を浴びせた。イ級の航路が変わった。砲が自分に向けられる。

 不知火は度重なる砲撃で焼け付くように熱くなった自分の得物を構え直し、イ級に向かって全速前進した。当たらないなら、当たるまで近づくまでだ。

 

「沈め……」

 

 最初は祈るように。

 砲撃は情けないほどに命中精度が低く、至近弾は少なく、命中弾は輪をかけて少ない。

 

「沈め」

 

 二度目は戦意を込めて。

 互いの砲撃が交差する。至近弾が海面を叩き、水柱が上がって不知火の体を濡らした。

 

「沈めッ!」

 

 最後は決定事項を告げる一喝だった。

 お互い外すのが難しい距離まで接近していた。

 不知火が最後の一撃を撃つ。

 イ級も最後の一撃を撃とうとしたが、海面を伝った波紋に触れた途端に一瞬痙攣し、狙いが大きく逸れた。

 体勢を崩したイ級に砲弾が突き刺さる。

 

 一瞬の間、そして爆発。一面の水の世界に束の間現れる赤の色を一瞥した後、不知火は背後に向き直り、誇りと自信をもって敬礼した。

 

「司令。作戦が終了しました」

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:3
装備:12.7cm連装砲
眼光:駆逐艦並

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