波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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七話 「ようこそ…『艦娘の世界』へ…」

 

 決戦E海域作戦概要ッ!

 神奈川県相模湾沖、大島に位置する深海棲艦拠点の破壊! 現地はエリート級、フラグシップ級を多数含む深海棲艦の巣と化しており、人間の生存者はなし! これに対し海軍は提督四人の艦隊から成る攻略作戦を決行する!

 

 主力部隊、赤木提督「ハードラック艦隊」! 戦力の中核を担う連合艦隊である!

 その露払い、メケ提督「ねこまんま艦隊」! 偵察と雑魚掃除を行い、予測される姫・鬼級との最終決戦へ主力部隊を安全に送り届ける! 

 沿岸防衛、薬師寺提督「後方支援艦隊」! 攻略作戦の間も深海棲艦の攻勢は続くのだ! 提督三人が抜けた穴を一時的にカバー!

 予備戦力、上城提督「波紋艦隊」! 他三艦隊の補佐を行う!

 

 前衛、後衛、補助。隙のない構えだ。俺も那智、不知火、鳳翔が戦えれば中核艦隊の一端を担う事になったのだろうが、現状では若干力不足だ。赤木提督のハードラック艦隊のメンツは、第一艦隊が雪風、時雨、大鳳、瑞鶴、扶桑、山城。全員練度99を越えた指輪持ち(カッコカリ済)で、第二艦隊もそれに準じる。ハードラックとダンスっちまうような全然そうでないような極端なメンツと言える。これもうわかんねぇな。

 ちなみにブラウザゲームならいざ知らず、この世界に「指輪=ケッコンカッコカリ」という概念はない。指輪は艦娘と提督の間に結ばれた強い絆を目に見える形に表したものであって、結婚指輪とは無関係なのだ。左手薬指に指輪を嵌める艦娘が多いのも事実だが。

 

 金剛や足柄は主力から外された事に不満そうだったが、俺はそうは思わない。現実問題として赤木提督の艦娘の方が練度が高いし、沿岸部でゲリラ戦法が通用するならとにかく、土地勘の無い海域での殴り合いとなると確実に赤木提督の方が指揮が上手い。一度演習をしたが判定はC:戦術的敗北で、まさに戦術で負けた。彼に任せれば「安心」できる。

 

 そんな訳で、決戦の日。

 物資は充分。士気は高い。作戦も練ってある。後は実行するだけだ。実行する事が最も困難なのだが、それもまた心得ている。

 あとは幸運を祈るだけ――――いや、そんな運任せではいけない。天に手を伸ばし、勝利を掴み取るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハードラック艦隊旗艦時雨は、幸運と実力、冷静な判断力を備えた自他共に認める一流の艦娘である。その時雨をして、目の前の光景には「ゾッ」とさせられた。

 

 E海域攻略は作戦通りに進んでいた。まずねこまんま艦隊が掃除した海上をハードラック艦隊が続き、大島に近づいた。大島から雲霞の如く不気味な形状の敵艦載機が飛来したが、付近に展開していた波紋艦隊・加賀と赤城の協力もあり、ハードラック艦隊は完全に温存したまま大島を射程圏に収めた。

 そこからねこまんま艦隊に背後の警戒を任せ、ハードラック艦隊は敵主力部隊に注力する事になる。

 

 大島から現れた敵主力艦隊は、目に見えるような濃密な瘴気をまとっていた。今まで出会ったどの深海棲艦をも超えている凄味を感じた。エンジン音だけ聞いてブルドーザーだと認識できるようにわかった。彼女たちが、近海に深海棲艦を送り出している元凶であると、時雨は本能で悟った。

 

 すぐに、かつてない激戦が始まった。

 敵主力艦隊は、練度はもちろん、装備そのものも通常の深海棲艦とは一線を画していた。砲声が絶え間なく轟き、海面に水柱が高々と吹き上がる。空間を砲撃、爆撃が占領し、その隙間を縫うようにしてなんとか命を繋ぐ有様だ。半端な練度の艦が紛れ込めば十秒で轟沈できるだろう。

 しかし、それは敵にも言える事だった。撃たれれば撃ち返し、陣形が整いそうになれば妨害する。敵艦もまた負傷し、苦しい戦いを強いられている。

 

 特に厄介なのは、やはり敵艦隊旗艦「姫級」だった。深海棲艦特有の白い髪と肌をした成人女性型で、球形の艦載機による航空戦、大口径の砲による砲撃戦、水面下での雷撃戦と、たった一隻で全てを高練度でこなしてくる。こちらの動きを見切ったような挙動も多く、やりにくい事この上ない。

 その姫級の脇腹には、酷い火傷のような痕があった。艦娘との交戦経験があるのだろう、と時雨は推測する。

 

 霧が、深い。

 敵主力艦隊が現れてからというもの、いつにもまして濃く冷たい霧が一帯に広がっていた。

 

 そのせいもあるのだろう。経験にないほどの苛烈な長時間の連続戦闘による集中の乱れ、疲弊もあった。

 過酷な艦隊決戦の中、どの艦娘も、提督も、最善を尽くした。

 それでも――――犠牲は避けられなかった。

 

「春雨……!?」

 

 他の艦を庇うように何発も砲弾を受け、大破した扶桑が息を飲んだ。

 厄介なフラグシップ級空母ヲ級を沈めるための、ほんの僅かな隙だった。その隙に、第二艦隊が崩され、引き離され……そして今、第二艦隊旗艦春雨は姫級―――禍々しい笑みを浮かべた装甲空母姫に首を掴まれ、見せつけるように掲げられていた。両足は無残にもぎ取られ、赤い血を滴らせている。

 

 しかもそれだけではない。

 春雨の首に装甲空母鬼の指が食い込み、その指先に動脈が摘まれていたのだ。

 

「う……あ……」

 

 春雨の顔がどんどん青ざめていく。全身の血管が破裂するのではないかというほど激しく脈打つ。それに呼応し、装甲空母鬼もまた、指先から腕を通り、全身を脈打たせていた。

 それは攻撃というより、侵食だった。恐るべき事に、艦娘の生命と深海棲艦のエキス(EXTRACT)を循環交換されているのだッ!

 

 春雨の青ざめた肌は色を失くし、冷たさを帯びた白に。柔らかな薄紅色だった髪の色は抜け落ち、無機質な白に。破れた白露型の服はより禍々しく変質して再生した。

 下半身に目を移せば、二隻の駆逐イ級に似た小型深海棲艦が失われた両足の代わりを歪に勤めている。

 変化が止まり、春雨の震えも止まった。手を離され、着水した春雨は、沈まず海面に浮いた。轟沈した訳ではない。

 

 それでも最早、彼女は艦娘ではなかった。仇敵でも見るかのような敵意に満ちた白い双眸で、時雨達を見下している。

 悍ましい、新たな深海棲艦……「駆逐棲姫」とでも言うべき存在に変質したのだ。

 

「このおおおおおっ!」

 

 衝撃的な光景から我に帰った山城が、絶叫を上げて主砲を装甲空母姫に撃ち込む。

 装甲空母姫はそれを避けようともせず……代わりに、駆逐棲姫が立ちふさがり、その身で砲弾を受け止めた。

 息を呑む山城。山城の心には、まだどこか春雨は「こちら側」なのでは、という希望的観測があった。

 

「イタイジャナイ……カ……!」

 

 仲間を撃ってしまった、という罪悪感は、爆炎の中から現れた駆逐棲姫が向けた砲門の斉射により、容易く薙ぎ払われた。

 手加減はなかった。身に付いた経験から半ば反射的に回避行動をとっていなければ、間違いなく轟沈していただろう。

 

「春雨、どうしてっ!」

 

 負傷した肩を押さえ訴える山城を憎悪に染まった眼で睨み、駆逐棲姫は無言で次弾を装填する。

 呆然とする山城の頬を、時雨が叩いた。

 

「時雨?」

「立って、山城」

 

 時雨は山城の手を握って、水面に立たせた。素早く損傷具合を確認し、頷いてから、声を張り上げる。

 

「みんな! 春雨は……春雨は、もう『沈んだ』! ここでやらないと僕たちが沈むんだ! 動いて!」

 

 感情を押し殺した時雨の声で、全員が歯を食いしばり、再び戦闘態勢をとった。

 

 艦隊の被害状況は、第二艦隊が軒並み大破。扶桑・山城が大破。大鳳が中破。雪風・時雨・瑞鶴が小破。

 対するは、無傷の装甲空母姫と小破の駆逐棲姫。

 二回戦が幕を開けた。

 

 夕刻に始まった決戦だったが、既に日は沈み、夜になっていた。戦いはまだ終わらない。

 

 赤木提督が念を入れて第二艦隊に持たせていた探照灯と照明弾が功を奏し、戦えないわけではないが、空母がほぼ置物と化しているのが痛かった。実質、時雨・雪風と姫級二隻の苦しい戦いになっている。

 メケ提督と波紋提督の艦隊は助けに入れない。第一から第四艦隊までをローテーションでフル稼働させ、大島に吸い寄せられるように群がる深海棲艦をひたすら排除し続けているのだ。増援は望めないが、代わりに決戦開始からここまで一切敵艦の横槍が入っていなかった。それ以上を望むのは酷だろう。薬師寺提督も前線を支えるために今度こそ過労死するのではないかという勢いで高速修復材を緊急増産していて、とても援軍に力は割けない。

 

 かといって撤退もできない。撤退を助ける戦力が足りていないのだ。退けば、背後からの攻撃で全滅する。一度だけ砲火を縫って波紋艦隊を護衛につけた間宮が補給に来たが、激しい攻勢に晒され、迅速な補給を終えるや否や命からがら逃げる事になった。もう二度とできないだろう。

 

 やるしかない! 今! ここでッ!

 

「雪風! 合わせて!」

「はい!」

 

 敵もダメージを重ねているが、その勢いに衰える様子はない。無尽蔵なのではと思えるほど、惜しみなく弾薬をバラ巻いてくる。

 敵の底が見えない。大破した味方も牽制と陽動を入れてくれているが、最早ほとんど効果は見込めず、逆に攻撃されればいつ沈んでもおかしくない。

 時雨は雪風と合わせ、賭けに出る事にした。当たれば大勝ち。外れればもう打つ手はない。乗るか、反るかの大勝負。

 

『倍プッシュだ……!』

 

 無線でその旨を伝えると、赤木提督から不敵な返答が返った。

 砲撃音に混ざって微かに聞こえた独特のエンジン音に視線をチラリと頭上に移すと、照明弾が照らす霧に霞んだ夜空を、一瞬機影が過ぎった。

 

『大鳳に航空支援をさせる……! 十中八九、当たらん……! 発艦はしたが、着艦は不可能……! 決死隊……これは戻れぬ艦載機……! それでも……当てる……! 今だけは……!』

 

 時雨はこの苦境の中、笑った。獰猛で、力強い笑みだった。

 提督は自分達を信じてくれている。それだけで、無限の力が湧いてくるようだった。

 

「三、二、一、今ッ!」

 

 ありったけの魚雷を発射し、続けて二門の主砲を雪風と交互に途切れなく撃ち込む。神業に近い装弾速度と、一心同体とすら呼べる連携が可能とする技だった。

 味方の牽制で一箇所に寄せられた二隻の姫級が、砲火の中で魚雷接近を感知し、回避行動をとろうとする。

 そこへ、大鳳の艦載機の爆撃が降り注いだ。

 祈るような一瞬。爆撃は見事に姫級の上に落ちた。大鳳は、この土壇場で信頼に応えてみせた。

 

「やりました! 提督、どう? これが大鳳の、そして私たち機動部隊の本当の力なんです!」

 

 背後で上がった歓声に、時雨は微笑んだ。

 不運艦と揶揄される大鳳だからこそ、提督は重用し、経験を積ませてきた。提督の指揮と、本人の練度、集中力、精神力、技術力……即ち運を凌駕する実力が、結果を引き寄せたのだ。

 今度は時雨と雪風が信頼に応える番だった。

 

 精密な砲撃は最後まで姫級の回避を妨害し続け、遂に魚雷が着弾。戦闘開始から最大の、雲まで届くのではというほどの水柱が上がった。衝撃波が戦場を駆け抜け、水面を波打たせ全身を叩く。

 舞い上がった海水が驟雨のように降り注いだ。

 全員、固唾を飲んで結果を見守る。残弾は誰も無かった。これで駄目なら、本当に打つ手はない。

 

 水煙が収まると、そこには力なく海面に漂い、沈み掛けている駆逐棲姫の姿があった。

 装甲空母姫は……背を向け、逃走していた。

 

 感情を抑え、努めて冷静に提督に報告すると、追い打ちはしない旨を通達された。トドメを刺しておきたいのは山々だが、全員本当に余力がない。撤退する装甲空母鬼を守るように、一帯の深海棲艦が集まっていくのも追撃を控える決断を手伝った。

 

『やる事をやった後、帰投しろ』

「……うん。ありがとう、提督」

 

 時雨は提督との無線を切り、海上を静かに滑った。自然に、仲間達も時雨に続く。

 霧は闇に紛れて消えていった装甲空母姫に引かれるように消えていた。雲ひとつない澄み渡った夜空に、またたく星が見える。

 

 時雨はエンジンの駆動を抑え、その場に停泊し、海面に膝をついた。戦う力も、浮く力も失った駆逐棲姫の上半身をそっと抱き起こす。腰の下に取り付いていたイ級モドキは粉々になっていた。

 

 膝に頭を乗せられた駆逐棲姫は、濁った眼でぼんやりと上を見上げた。時雨もその視線の先へ目を移す。二人は今、同じ美しい星空を見ていた。

 不意に、時雨の膝に熱いものが落ちる。

 駆逐棲姫は泣いていた。艦娘と何も変わらない、熱く、悲しく、感情の篭った涙だった。

 

 駆逐棲姫は空を仰ぎ、消え入るように小さく呟いた。

 

「ああ……」

 

 幻想的な光を帯びた月が、深海棲姫の瞳に大きく写っている。

 

「月が……きれい……」

 

 駆逐棲姫は――――春雨だった艦は、その言葉を最後に、二度と動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大島から、深海棲艦が駆逐された。以降周辺海域一帯に出没する深海棲艦は激減し、大島には急遽鎮守府が建設され、二度と占領される事がないよう、新しい提督が着任する事になる。日本政府はこの着任を以て、近海の緊急事態体制の解除を発表した。

 平和は勝ち取られたのだ。

 

 逃走した装甲空母姫の行方はようとして知れない。深海棲艦が現れなくなった訳でもない。外洋に出ればまだまだ頻繁に出没する。残りのE海域が幾つあるとも知れない。

 深海棲艦を完全に滅ぼすのは無理だ、和平を考えるべきだ、という声もある。

 

 しかし開戦からというもの、深海棲艦との戦いは無理なことばかりしてきた戦いだった。提督も艦娘も、無理だとか無駄だとかいった言葉は聞きあきたし、彼らには関係ない。

 いつか平和な海を取り戻すまで、艦娘と、提督と、深海棲艦の戦いが終わる事はないだろう。

 

 

 

 

 第二部 完

 




 第二部冒頭をプロローグにしたけど、エピローグ的を挿入するのが面倒になってしまった。
 そんなわけで第二部にエピローグはないです。書く気が起こらないエピローグを無理に書いてただでさえ低下気味の執筆ペースを更に落とす事はない(強弁)
 あと今回はE作戦主力部隊で波紋艦隊の活躍がほとんど無かったですが、波紋艦隊と装甲空母姫(本編で明言はしていませんが、装甲空母「鬼」が敗北から学んで「姫」になっています。装甲空母は反省すると強いぜ)が接触したらジョジョ的に考えて因縁の決着を付けざるを得ないのでこのような形になりました。シーザー死亡回的なアレだと思って下さい。
「第三部 スターダストワルキューレ」に続きます。

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