波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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サブタイトルに特に意味はないです


六話 運命の大車輪

 羅針盤の実装により、各鎮守府の作戦行動は劇的に楽になった。

 俺は羅針盤実装以前には鎮守府近海しか攻略経験がなかったので実感が薄いのだが、今までの敵海域攻略は不安定過ぎた。霧の中で迷い続け、何も発見できず帰投するパターンが多く、大破艦を曳航して撤退中に襲撃を受ける事もままあったという。

 対して羅針盤を使えば、針が指す方向に進めば必ず一回は敵艦隊か資源湧きに遭遇できる。しかも撤退しようと思えば、敵艦隊に遭遇しないルートを確実に示してくれる。これほどありがたい事はない。

 

 羅針盤実装から二ヶ月。我が下田鎮守府・波紋艦隊も破竹の勢いで海域攻略を進めた。制海権はみるみる広がっていき、資源湧きポイントを次々と確保。なみ居る深海棲艦をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。鳳翔、那智、不知火の教えはしっかりと二期艦に根付いていた。安定感抜群の連携。不測の事態への対処。命中精度、回避能力、状況判断。全て一流と言って問題はない。練度にして70~80ぐらいだろうか。ローテーションでひっきりなしに出撃を繰り返していればこれぐらいにはなる。

 

 驚くべきはこれだけの出撃を繰り返し、殲滅を続けていてもまるで途切れない深海棲艦の数である。海軍本部からの発表によると、日本近海で記録に残っている限りですら、開戦から先週の時点までで一万五千隻が沈んでいるという。実際はもっと多いだろう。

 もはや無限湧きといってもいい。ゲームならむしろ無限湧きじゃないと困るところだが、ここは現実。ファンタジーやメルヘンじゃあない。無限湧きなんぞ冗談ではない。

 

 そこでメケ提督考案のペイント作戦がモノを言った。

 深海棲艦との交戦後、撤退していく敵艦をわざと逃がし、ペイント弾を撃ち込む。ペイントされた敵艦と再び交戦するまでの期間、前回の交戦地との距離などにより、深海棲艦の巣の位置をあぶり出す。

 全国の鎮守府に任務として言い渡されたこの作戦を二ヶ月間続け統計をとった結果、とうとう深海棲艦の巣の場所の一つが判明した。その付近一帯の深海棲艦は、全てその海域からやってきて、その海域に戻っていく事をデータは示している。

 

 そこは神奈川県相模湾沖。横須賀と下田のおよそ中間に位置する海域だった。

 

 道理で下田と横須賀への襲撃が激しかったはずだ。俺だったら、自分の本拠地の近くにある敵基地は真っ先に潰す。深海棲艦も本拠地の目と鼻の先に敵基地があれば、そりゃアもう必死こいて潰そうとするだろうさ。言われて考えてみれば納得である。

 

 その海域にはゴジラで有名な三原山を頂く大島があるため、深海棲艦は大島を拠点化しているものと推測されている。大島とは開戦直後から音信不通になっており、住人の生存は絶望的。偵察後、生存者が確認できなければ、横須賀・下田の二鎮守府合同作戦によってこれを攻略する事が決定した。生存者がいれば救出作戦になるわけだが、残念ながらそうはならないだろう。

 アメリカは既に同様の敵拠点海域の攻略を何度か経験していて、そういった敵拠点海域を「E海域」と呼んでいる。ABC順でたまたまEになったからとか、エネミーのEだとか由来には諸説あるがどうでもいい。とにかく日本もその呼称に倣うようだ。

 

 日本最初のE海域攻略作戦が、明後日に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 E海域攻略作戦を控え、下田鎮守府の艦娘達は二週間ぶりの休日を謳歌していた。最低限の哨戒任務に就いている艦娘以外は皆思い思いに過ごしている。最近瓦礫の撤去が進み、店も開店しはじめた街へ繰り出す者。ここぞとばかりに惰眠を貪る者。部屋に籠って積み本を消化する者。軽いトレーニングをする者。色々だ。

 俺はというと、食堂で利根と将棋をしていた。傍らにはいつものように不知火が控えている。しかも二ヶ月前より距離が近い。

 

 一ヶ月前、街に人が戻り始めた頃、散歩に出ようと鎮守府を出たところで頭のおかしい奴に襲われた事があった。その男はナイフを持っていたが、もちろん即座に波紋ズームパンチ。ナイフの射程外からぶん殴って撃退した。その後の警察の調べによると、その男は初期の襲撃で家族を深海棲艦に殺されていたようで「全部提督とかいう奴のせいだ」という支離滅裂な超理論を喚き散らしているらしい。俺のムキムキなガタイを見て怯まず向かってきたその固い意思を、どうして正しい方向に向けられなかったのか……

 

 襲われた時、不知火は偶然出撃していて隣にいなかった。帰投した不知火は事の顛末を聞き、俺を襲うのが深海棲艦だけではないという事に随分衝撃を受けていたようだが、その衝撃以上に俺の危機に隣にいなかった事を悔いたらしい。以来、一切の出撃を控え、四六時中俺の警護についている。一時は風呂にまでついてこようとしたぐらいだ。

 二期艦は既に立派に育っていて、不知火が抜ける事による戦力低下も充分カバーできる。不知火の実質的な引退を受けて、鳳翔も同じように引退を決意していた。元々後遺症を負った身で無理をして実戦や教導に出ていたのだ。良い機会だったと言える。

 俺が襲われたのは得体の知れない提督や艦娘という存在への不信感が根底にあると考えた鳳翔は、鎮守府と地元の交流を進めるべく、数日前から得意な料理を活かして居酒屋を始めた。一種のイメージ戦略だ。鳳翔の気配りには本当に頭が下がる。俺なんて波紋を練って殴るしかできないからな……。

 

 那智もまた襲撃事件からしばらくの間は自分も何かしなければと悩んでいたが、結局今まで通り教練に務めるのが自分にできる最善だと判断していた。那智はもう教導艦としても板についている。これから新造艦が来た時も教導を任せたいと伝えると何やら感激した様子だった。那智教官。良い響きだ。

 

 そんな事を考えていたせいか、迂闊に進めてしまった飛車が開けた隙間に、利根は鋭く香車で切り込んできた。

 

「うっ! ま、まった」

「待ったは一度だけという約束じゃ」

「ぐぬ」

 

 利根がニマニマしている。こいつ、強い……! 俺が弱いのも確かだが。

 

「利根お前絶対詰将棋とかやりまくってるだろ。ルール覚えて二週間の強さじゃないぞ」

「うむ。入渠の間暇なのでな、詰将棋集を持ち込んでおるのだ。どうじゃ、投了か?」

「まてまて、逆転の神の一手を今考えてる」

「神の一手とな!? それはすごそうじゃのう!」

「お、おう」

 

 目をキラキラさせているところ悪いが「うわあ義手の調子が!」と叫んで将棋盤をひっくり返そうか悩んでいただけだ。

 それから十分ほど悩んだが良い手が見つからず、苦し紛れに不知火に交代。

 将棋盤に向かう不知火にはスタンドが見えそうなぐらいの鬼気迫る迫力があったが、普通に利根が勝った。

 

 大喜びしている利根に景品(布教)として1/10DIO様フィギュアを渡し、鎮守府をブラブラする。

 プレハブハウスは増設され、最近は二隻ひと部屋のルームシェア状態だ。二区画離れた敷地では下田新鎮守府の基礎工事も始まっている。時代は移り変わるものだ。まだ一年も経っていないのに、三隻と一人で雨漏りするビルを拠点にしていた頃が懐かしい。

 

「どいてどいてーっ!」

 

 後ろから聞こえてきた声に飛び退くと、軽そうなトレーニングウェアを着た足柄がTシャツ短パンの夕立を肩車してダッシュしてきた。

 

「あははっ、すっごく速いっぽいー!」

「まだまだ行けるわよー! あっ、不知火! あなたも乗る!?」

「いえ、結構です」

「そう!? あと二周!」

 

 足柄は嵐のように去っていった。なんなんだ、と見送ると、今度はダルそうな北上を肩車した長門が走ってきた。こちらは二隻とも艤装をフル装備している。

 

「くっ、差が縮まらん! 流石にハンデが大きすぎたか……!」

「言い出したのは長門さんじゃーん。あ、提督おはよー」

「むっ、提督か! このような格好で失礼する! 勝負の最中なのでな! うおおおおお!」

 

 長門は叫び声を上げながら走り去っていった。それを生暖かく見送ると、今度は大井が来た。

 

「北上さーん! 肩車なら私がしますから! 待ってくださーい! 北上さーん!」

 

 平常運行の大井は俺達に気付かず走り去った。

 それを見送り次は誰だと後ろを見るが、今度は誰も来ない。朝っぱらからなにやってんだこいつら。

 不知火は大規模作戦前に疲労を貯めるような事をするなと怒るか、と顔色を伺うと、何やらソワソワしていた。

 ははーん。

 

「不知火も肩車するか?」

「いえ、お構いなく……司令がどうしても、と仰るなら、構いませんが」

「どうしてもッッ!!」

「え、あっ」

 

 力強く肯定して不知火をひょいと担ぎ上げる。

 ちょうどそこに一周して戻ってきたらしい足柄が突進してくる。肩の上で笑っていた夕立が不知火を見て目を丸くした。

 

「あーっ! 不知火の顔、まっかっぽいー!」

「赤くないです」

「あら本当! 不知火のそんな顔はじめて見たわ!」

「赤くないです」

 

 マジで? どんな顔をしてるんだ。

 首を捻って見上げようとすると、手で目隠しされた。

 

「不知火は照れていません」

「じゃあ見てもよくないか」

「……照れてはいませんが、司令に見せられる顔ではないので」

「そいつはますます見たくなってきたなぁ~!?」

 

 不知火の目隠しを引き剥がそうとするが、不知火は大人気なく艦娘パワーを全開にして抵抗してきた。そっちがその気ならこっちもスタンドパワーを全開……いや幽波紋は無理だ。波紋使ってやるからなぁ!

 あ、でも無理だこれ。艦娘の馬力には勝てない。

 

 と、そこに足柄とすれ違うように雪風がパタパタと走りよってきた。手に何か掲げ持っている。

 

「しれぇ! 見てください! 雪風、ポラロイドカメラ買ってきました! 一枚いかがでしょう!」

「グッドタイミング雪風! サッと一枚頼んだ!」

「了解です!」

「雪風待っ」

 

 雪風の激写が不知火を襲う。勝った! この勝負、幸運の女神が味方したのはこの俺だッ!

 しかし次の瞬間不知火が肩車から脱出して、顔を隠したまま超スピードで雪風ごとカメラを拐って逃げていった。

 逃がすか、と追いかけるも、あっという間に見失い、そして三十秒もしない内に不知火の方から戻ってきた。表情はいつもの真顔で「見せられない顔」の面影もない。

 

「不知火、写真は?」

「何の事か分かりかねます」

「不知火の恥ずかしい写真は?」

「不知火は写真など撮られていません」

 

 こいつゴリ押しやがる。

 結局不知火はシラを切り通し、雪風も「しれぇには見せないでと頼まれました!」の一点張りで、どんな顔をしていたかは迷宮入りになってしまった。

 

 大規模作戦の前とは思えない和やかさ。しかし確実にその時は近づいていた。

 




次話で二章決着予定(三章構成予定)。

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