波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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四話 酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ

 響改を含む全艦で滅多撃ちにされたル級が沈むと、海上に漂っていた霧が見る間に引いていった。太陽の暖かな光がまっすぐ海面に届き、波間に反射してきらめく。

 数ヶ月ぶりに、下田の海に光が差した。

 海は青かった。そんな事を忘れていた自分に驚く。霧に覆われた、暗く、冷たい海に慣れ過ぎていた。

 

 おお、海よ。

 母なる海よ。

 お前は美しい!

 だから!

 

 俺は夕張から恭しく差し出された拡声器を受け取り、遠く海上で響を胴上げしている連合艦隊と鎮守府まで届けと、天に向けて声を張り上げた。

 

「全艦よくやったッ! 俺達は勝った! 第二部完! 今夜は宴だァ!」

 

 ハウリングする大音声に合わせ、艦娘達が全員歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロの身体を曳航し曳航され、行きの何倍も時間をかけて鎮守府に帰投すると、留守番組が暖かい風呂と料理を用意して迎えてくれた。

 

「大淀、全員分の高速修復材を出してくれ」

「よろしいのですか?」

「今日は大盤振る舞いだ。パーッとやろうぜ、パーッとな」

 

 大淀に指示を出した後、連合艦隊を一人ずつ労い、響を5mぐらい高い高いして肩が外れてはめ直し、鎮守府裏手の一角に設けられた簡易野外シャワー設備で体を洗う。何時間も波飛沫を浴びていると体中が塩まみれだ。

 シャワーを浴びて体を拭くものを持ってくるのを忘れたのに気づいたが、良いタイミングで衝立の向こうからにゅっと手が伸びてきて、タオルを渡された。

 

「司令、どうぞ」

「お、おう。覗きは良くないぞ」

「覗いてはいません。気配を読んだだけです」

「そうか……」

「不知火に何か落ち度でも?」

「いや」

 

 服を着てシャワー設備から出ると、休めの姿勢で不知火が微動だにせず待っていた。服が新しくなっていて、髪からうっすら湯気が立っている。もう入渠を済ませてきたのか。島風よりはっやい。

 不知火をお供に食堂に向かったが誰もいない。ちょうど入ってきた夕立に聞くと、食堂に一度に全員入るとギュウギュウ詰めになるため、宴会は野外でやる事になったらしい。食器を取りに来た夕立について野外会場に向かう。

 会場と言っても、旧鎮守府の調理場だ。積み上げたブロックにドアを渡した台所も、改めてみると野性味があっていい。

 

 鳳翔がせっせと料理を作っていて、俺も手伝いたいが、片腕ではむしろ足手まといになるだろう。ううむ。

 

「これでよしっ。あとは火にかけて……あら? マッチが無いですね」

「任せろ」

 

 緋色の波紋疾走で薪に着火してやると、鳳翔に礼を言われた。夕張とハチが「波紋の無駄遣い」とでも言いたげに見ていたが、ジョセフだって散々悪用してただろうが。波紋はそんな高尚な技ではない。

 

 シートを敷き、机と食器を出す頃には暗くなってきていたので、探照灯を光源代わりに設置する。10km先で本が読めるほどの光量の探照灯をそのまま使えば失明必至なので、明石と夕張の工房チームに良い塩梅に改造をお願いした。何故か原型を留めていない提灯型になっていたが、提灯の上で星空を見上げながらおちょこを傾けている妖精さんを見て納得した。

 

 そして、宴が始まる。堅苦しい挨拶はしない。

 ジュースも酒も野菜も肉もある。飲め、食え、騒げ、だ。

 

「酒! 飲まずにはいられないッ!」

 

 不知火に酌をされ、お高い日本酒を空ける。ほんの一年前、平凡()な大学生だった頃はこんな高い酒も美女と美少女に囲まれた宴会も考えられなかった。不思議な気分だ。どちらかと言えば食屍鬼と吸血鬼に囲まれた宴会という名の殺し合いの方が簡単に想像できる。

 

 ほろ酔いで周りも見渡すと、艦娘達は思い思いに宴会を楽しんでいた。響はウォッカをチビチビやりながら榛名と談笑しているし、利根は早くも潰れ、焼酎瓶を片手に目を回して筑摩に膝枕されている。金剛が来ないなと思ったら、ブランデーと紅茶を鳳翔のところに持っていき、何やらレシピを教えているようだ。

 ちなみにウチの鎮守府では艦種を問わず艦娘に飲酒制限をつけていない。燃料を経口摂取する艦娘にアルコール制限なんて今更過ぎるだろう。

 

 どれ、少し会場を回るか。飲み二ケーションってヤツだ。

 立ち上がりかけ、ふと躊躇う。待てよ、これ気楽に飲んでるところに上司が首突っ込んできて酒が不味くなるパターンか? 俺は大人しくしてた方が良いのか?

 

「司令? 何かつまむ物を取ってきましょうか」

「いや、今日は無礼講だ。秘書官だからって俺のそばにいる事ァない。不知火も好きにしていいんだぞ」

「はい。不知火は好きにしています」

「そうか」

「はい」

「そうか……」

「はい」

 

 不知火が空になったおちょこに酒を注ぎ、俺はそれを一口飲む。

 沈黙が流れる。しかしそれは心地よい沈黙だった。一緒に星空を眺め、賑やかな宴会を眺める。言葉が無くても、会話があった。

 

 顔をほんのり赤くして酔った加賀が唐突に歌い始めたのを見ていると、子犬、もとい夕立がパタパタ寄ってきた。

 

「提督さん、提督さん! 夕立ったら、結構頑張ったっぽい! 褒めて褒めて~!」

 

 すり寄り、頭を差し出してくる。

 おっ、これはフリかな?

 

 俺が厳粛に夕立ちの頭に手のひらを乗せると、近くでチューハイを舐めていたハチが察した顔になった。

 

「良ぉお~~~~~~~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「えへへー!」

 

 満面の笑みでご満悦の夕立。 

 

「提督、その、僕も頑張ったよ?」

「よし来い時雨!」

「しれぇ! 雪風も頑張りました!」

「よし! 飛び込んでこい!」

 

 わらわら寄ってきた駆逐をまとめて撫で回す。お前ら全員MVPだァァア!

 満足した夕立が時雨に連れられてジュースを取りに行き、雪風は木の下で眠ってしまう。鎮守府の屋根の端に登り満月を背にポーズを決めている川内と、その下でハラハラしている神通を眺める。誰も彼もが楽しんでいる。俺と目が合えば誰も彼もが笑顔を向けてくれる。それが例外なくベッピン=サンなのだから言うことはない。

 

 ベロベロに酔った足柄が呂律の回っていない言葉を俺に叫んできたので半笑いで手を振っていると、突然横から顔を掴まれた。ほんのり頬を赤くした不知火の顔、酒臭い息。

 思わぬ奇襲にビビッていると、不知火はグィィッ、と自分の顔を近づけてきた。視界にはもう不知火しか映っていない。

 

「司令、誰が見えますか」

「し、不知火が見える」

「他に誰か見えますか」

「不知火しか見えない」

「もう一度」

「不知火しか見えない」

 

 不知火が満足そうに顔を離し、俺の膝の間にぽすんと座って缶ビールのプルタブを開けた。そのままゴキゲンで鼻歌を歌い出す始末。

 スゲー酔ってる。

 だがそれがいい。可愛いぞ不知火! 好きだ!

 

 膝の間に収まった不知火の小さな体。俺を見上げる、普段の鋭さがなりを潜めた潤んだ目。

 俺の心が震えるぞハート! こんなのズキュゥゥゥン! するしかないだろ!

 

 あ、でもその後泥水で口を洗われたら死ねるな……

 やめとこ。

 

 俺は不知火を持ち上げて横に下ろし、酔い醒ましに水を貰いに行った。

 その後も金剛がアタックをかけてきたり、北上を剥こうとしている大井の口に酒瓶を突っ込んで潰したり、宴会芸としてワインで波紋カッターを披露したり。

 宴会は天井知らずに盛り上がり、真夜中過ぎまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から、鎮守府は通常営業に戻る。

 鎮守府正面海域を攻略した事により、陸地と沿岸部の霧は祓われた。どこからどこまで霧が晴れたかの確認、それを踏まえた哨戒体制の組み直し、本部への報告、今後の作戦計画など。数日は戦闘は控え、事務的な処理が多くなる。

 

 正面海域を開放したという報告から数日後、早速崩壊した街への最初の移住者がやってきた。漁業を営んでいる方で、自動車で小型船を牽引してやってきた。

 菓子折りを持って挨拶を持ってきたその壮年の男性に話を聞くと、内陸では魚介類の値段が天井知らずに上がっているという。

 

「どいつもこいつも深海棲艦を怖がってね、霧が晴れた後も沿岸部には誰も住みたがらないんですわ。いえね、私もマア怖いですがね、秋刀魚一尾980円と来れば勇気出すしかないでしょう。もちろんジョジョ提督と艦娘サン達が奴らに負けないと信じてますしね」

「期待には応えさせてもらいますよ。後ほどどこまで霧が晴れているかを書き込んだ海図を渡しますので、あまり霧に近づき過ぎないように漁をしていただくとして。このあたりに住める家はないですが、内地から通勤されるおつもりで?」

「車にテント積んで来たんで、とりあえずはそのへんの空き地にでも住まわせてもらおうかと思ってますよ。獲った魚を出荷しなきゃあならないんでどの道毎日内地と往復はするんですがね」

「あー、すみません、部屋を貸せたら良いんですが、ウチも空きがないもので」

「いえいえとんでもない」

 

 男性は頭を下げて去っていった。

 鎮守府から海までの間は明石が時間をみつけてチマチマ撤去しているが、街はまだまだ瓦礫の山。物理的にも、心理的にも、この街に元の活気が戻るまでまだまだかかるだろう。

 それでも人は戻ってきた。

 俺達が頑張れば、もっと戻るだろう。

 

 他の鎮守府も頑張っているらしい。既に日本の沿岸部の四分の一は開放され、残りも押している。九州戦線も大詰めだという。

 深海棲艦との戦争は人類に形勢有利なようでいて、危うい。何しろ海上輸送が封鎖されているのだから、このまま一気に押しきれなければ、資源の枯渇で死ねる。

 じっくり腰を据えて、という戦法は取れない。多少無理でも無茶でも、逆境をぶち抜いて進まなければならない。

 

 だから、まだ日本沿岸の全開放が済んでいないにも関わらず、海軍では海上輸送開通のための作戦が立てられていて。

 俺はその要となる「羅針盤計画」のために、本部に呼び出しを受けていた。


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