波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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三話 反攻・鎮守府正面海域解放戦

 ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」には、「中破轟沈説」というものがあった。中破状態で進軍すると轟沈する危険性がある、というものだ。実際は中破進撃はセーフで、大破進撃をすると轟沈の危険があったのだが、運営から仕様の説明はなく、提督達が検証を繰り返して轟沈条件を特定するしかなかった。

 

 翻ってこの現実の世界では、中破轟沈も大破轟沈も無い。無傷で士気が最高に高くても、練度1未改修の駆逐が戦艦の砲撃の直撃を受ければ普通に木っ端微塵になる。ゲームより酷い。現実は非常である。

 だが轟沈に関して提督の間で真しやかに囁かれる噂は存在する。それが「提督轟沈防止説」である。

 簡単に言えば、艦娘の近くに提督がいれば轟沈しない、提督から離れるほど轟沈しやすくなる、というもので、信じている提督は多いらしい。俺もマジかよそれ、とは思うが半分ぐらいは信じている。初期艦三隻があれだけの戦いの中で轟沈しなかったのは、俺がすぐそばで一緒に戦っていたからかも知れない。提督から離れるほど艦娘が轟沈しやすくなるというのなら、さぞ強力な轟沈防止効果があった事だろう。

 

 真実は定かではない。とはいえ打てる手は打っておきたい。鎮守府正面海域制海権奪還作戦、通称反攻作戦を決行するにあたり、俺は連合艦隊に同行する事にした。

 戦いはせず、連合艦隊の後方の戦闘領域外についていくだけだが、不知火達には随分渋られた。俺が死にかけたのがトラウマになっているらしい。それでも護衛に数隻つける事で渋々了解をとれた。

 この出撃への同行も正面海域開放までだ。流石に遠洋まで遥々艦娘に同行するつもりはない。提督轟沈防止説を信じるなら、遠征艦隊に俺がついていくと、鎮守府の守りが薄くなる。俺の留守を狙って鎮守府を潰されたら目も当てられない。同行は鎮守府からほど近く、何かあればすぐに帰還できる正面海域のみにしておくのが妥当なところだ。

 

 連合艦隊第一艦隊、旗艦不知火。以下、長門、金剛、足柄、加賀、赤城。

 連合艦隊第二艦隊、神通、時雨、夕立、響、大井、北上。

 第三艦隊(提督護衛)夕張、雪風、利根、筑摩、伊8。

 第四艦隊(鎮守府待機)が那智、鳳翔、大淀、榛名、川内、明石。

 

 以上の編成となる。二期艦の練度は数値にして20程度。改へ改装している者もいれば、まだの者もいる。

 

 黎明の太陽が水平線から顔を出し、薄らと海上に漂う霧を白く浮かび上がらせる。この霧とも今日でオサラバになるといいんだが。常々思う事だが、エンヤ婆が出そうで不気味だ。

 埠頭で待機組にしばしの別れを告げ、出撃。霧の中に分け行っていく。

 

 連合艦隊の姿がギリギリ見える程度の距離を保ち、海の上を行く。利根と筑摩が観測機を飛ばしているから、はぐれる事はない。

 

「提督、本当に波紋使いなんですね。艦娘の艤装つけてるとかじゃないんですよね?」

 

 海面を走っていると、横を滑るように航行する夕張が俺の足元をマジマジと見ながら感嘆した様子で言った。足を踏み出すたび、波紋法の名の由来とも言える波紋が生まれ、広がっていく。ドヤァ……

 

「艦娘の艤装は人間には付けれん。波紋も艦娘には使えん。そこに互換性はない」

「えー、そうなんですか?」

「前に不知火と那智と鳳翔に教えようとした事があるんだが、ダメだった。艦娘は人間とは体の内部構造も血液組成も違う。植物に波紋を使わせようとするようなものらしい。たぶんな」

 

 鉄と油から生まれた艦娘は、生物に近いが生物ではない。生命エネルギーである波紋エネルギーを受け取る事はできても、生み出す事はできないのだ。そのあたりを教えると夕張は興味深そうにメモ帳を出して書き留めていた。

 

「横隔膜を刺激して一時的に軽い波紋を作れるようにもできないんですか?」

「それも無理。夕張、ジョジョ読んだのか?」

「三部まで読みました。提督ってジョセフみたいですよね」

「あんな知略はないけどな」

「雪風は一部まで読みました! 雪風、ブラフォードさんが好きです!」

「シブイとこ来るなあ」

「私は七部の途中まで。たぶん鎮守府では私が一番読んでると思います」

 

 ハチも水面に顔を出して話に入ってきた。伊達に本から魚雷を撃つ訳じゃないな(?)。聞けば、自由時間はずっと食堂に入り浸って置きジョジョを読んでいるらしい。そうだろうそうだろう。入り浸りたくもなるだろう。なんなら自分で全巻揃えてもいいんだぞ。

 

 しばらく利根と筑摩も加えてジョジョ談義に花を咲かせたが、敵との交戦が予測される海域に入ったため、口を閉じる。利根と筑摩は索敵に集中し、ハチは水面下を警戒。夕張と雪風も電探に耳を澄ませる。

 

「むっ」

「どうした」

 

 唐突に利根が声を上げ、緊張が走る。利根は眉根を寄せて偵察機と繋がった通信機に耳を済ませ、顔を綻ばせた。

 

「喜べ提督! 連合艦隊が資源湧き地点を見つけたようじゃぞ!」

「グッド! 何が湧いてる? 燃料か? 鋼材か?」

「待て待て、そう急くでない。えーと、これはじゃな……」

 

 利根が目を閉じて通信に集中する。

 資源湧きスポットの発見。もうこれだけで戦果としては充分だ。どうせ今回は軽い偵察、本格的に攻略するつもりはない。一度帰るのも手。

 深海棲艦の霧の中を進むのは難しい。霧の特徴として、侵攻すると容易に方角喪失に陥るというものがあるのだ。撤退は何故かすんなりいくのだが。ちなみに艦娘ではない場合、撤退すら困難だ。

 

 利根によれば、湧いているのは弾薬と鋼材らしい。ここで回収していくか、それとも帰りがけに拾っていくか、という話になり、どうしようか考えていると、今度は筑摩が声を上げた。

 

「連合艦隊が戦闘体制に移行。敵艦隊です!」

「おいでなすったか。待ち伏せされたか?」

「……いえ、そんな様子ではないようですね。遭遇戦のようです。えっと、私はどうすれば?」

「筑摩はそのまま遠巻きに戦闘の推移を見ていてくれ。援護はしなくていい、下手な手出しは邪魔になる。利根、念のため挟撃を警戒する。背後に偵察機を飛ばしてくれ。夕張、雪風、ハチは戦闘体制を維持して待機。いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

 各員了承の返事を返し、指示に従った。その動きは淀みない。不知火達はしっかり訓練をつけてくれたようだ。後で褒めてやろう。

 筑摩によれば、敵艦隊は戦艦ル級エリート2、空母ヲ級1、重巡リ級エリート2、軽巡ヘ級1。防衛戦の一番キツかった時期に勝るとも劣らない重編成だ。あの頃と違って数の利を取っているのはこちらで、練度も新兵というほどに低くはない。それでも危なく感じる編成。恐らく、これが鎮守府正面海域の制海権を握っている敵艦隊だろう。

 

 砲撃音が遠く雷鳴のように聞こえ、空気が震える。見守る事しかできないのがもどかしい。

 だが、信じて待つのも戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Урааааа!」

 

 響が大破状態の軽巡ヘ級に主砲を浴びせると、ヘ級は煙を上げながら沈んでいった。最後の悪あがきに撃ち返してきたものの、狙いが定まっておらず、明後日の方向に飛んでいった。

 次弾を装填しながら周りを見渡す。戦況は若干の優勢。制空権は赤城と加賀が確保しているが、金剛がル級二隻の連撃で中破している。大井・北上は先制雷撃でヲ級とル級の一方を小破させた後、重巡リ級による砲撃を受け、中破。そして今、不知火、夕立、時雨の釣瓶打ちで大破した軽巡ヘ級を響が沈めた。

 

 正規空母組の戦闘機を抜けてきた敵艦載機が三機、響に急降下爆撃をしかけてきた。回避行動を取るが、肩に一撃をもらってしまう。

 

「くっ……」

 

 歯を食いしばり、急上昇していく敵艦載機に対空砲火を浴びせる。一機が煙を上げて堕ちていった。

 

「後は任せて」

 

 横に立つ加賀が弓を引き絞り、放つ。鋭く放たれた矢は艦戦に変じ、逃げていく敵艦載機の横腹に食らいつき、撃墜した。

 

「響、長門さんの援護を! 加賀さん、金剛さんの後ろへ!」

「了解しました」

「了解!」

 

 加賀に礼を言う前に、爆音が轟く中でもよく通る不知火の声が指示を飛ばした。気づけば響と加賀は他の艦から孤立しかけていた。不知火は視野が広い。よく見ている。提督の薫陶だろうか。

 響は砲撃をくぐり抜け、長門の元へ向かう。響の視線の先で、神通を庇った長門が爆炎に飲まれた。ひゅ、と息を呑む。直撃だ。

 神通は悲鳴を上げた。

 

「長門さん!?」

 

 しかし、爆炎の中から現れた長門は、煤けて軽い傷を負っただけでピンピンしていた。波に煽られた神通の手を取り、力強く引き起こす。

 響はほっと息を吐き、合流した。

 

「長門型の装甲は伊達ではないよ。まだいけるな?」

「はい。次発、装填済みです!」

「響、到着した。援護する」

「よし! 合わせろ神通、響! 目標ル級小破個体! 全主砲、斉射! て――ッ!!」

 

 不知火の的確な指示の下、各員上手く立ち回った。

 もちろん、ミスは多々あったし、全員が不知火ほどの働きはできない。それでも熟練の艦の下で積んだ訓練と、実戦を経て磨かれた連携は嘘をつかない。半数以上の大破艦を出しながら、ついに敵艦を残り中破のル級のみに追い込んだ。

 

 響も大破している。だが、大破と引き換えに空母ヲ級を沈めた。トドメだけ攫う形になってしまったが、二隻の撃沈である。大戦果だ。

 今日は調子が良い。しかし砲は破損して使い物にならず、魚雷発射管は脱落して沈んでしまった。帽子は吹き飛び、肩が痛む。機関部も怪しい音を立てている。

 もう無理はできない。後ろに下がろうとした響に、ル級が悍ましい、言葉にならない妄執の雄叫びを上げながら砲撃を放ってきた。中破状態でも流石はエリート個体と言うべきか、その狙いは正確だった。まっすぐに響へ向かって砲弾が飛んでくる。

 

 響は大破して動きの鈍った体を動かし、砲弾の軌道上から外れる。

 その避けた先に、砲弾が迫っていた。

 連撃だった。

 

 頭が真っ白になった。

 腰に凄まじい衝撃が走る。

 

 小さな体が空を舞う。血飛沫が飛び、例えようのない、しかしどこかで経験したような喪失感に襲われた。

 響は無様に水面に落ちた。立ち上がろうとするが、足が動かない。

 見れば、腰から下が丸々無くなっていた。

 

「あ」

 

 心に染み入ってくる冷たい感覚の正体を思い出す。響はこの感覚を知っている。

 鋼鉄の軍艦であった頃の、最後の感覚。

 水底に呼ばれる感覚。

 轟沈の感覚。

 

 運命を悟り、目を閉じる。涙は出なかった。響は役目を果たしたのだ。

 昔、響は姉妹の中で一隻だけ生き残った。見送り、失うばかりだった。

 今度は誰にも先立たれなかった、という事に、奇妙な安堵すら覚えていた。

 響は水中に没し、暗く慈悲深い海に身を任せ……

 

 ――――響! 受け取れ! お前はまだ沈まないッ!

 

 その時、提督の声と共に、沈みゆく響に何かが流れ込んだ。

 

 それは身を包む冷たい海の水と相反するように内から湧き上がる、熱いモノだった。

 提督の声には希望があった。命の輝きがあった。

 まだこの声を聞いていたい。この人の隣に立ち続けたい。そう思わせられる熱があった。

 

 そうだね。提督。

 私はまだ、沈まない。沈めない。

 

 渡されたチカラを受け取る。響は目を開き、ぼやけ、遠のいた海面を見上げた。

 

 思い出せ。

 私の名を。

 その二つ名を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が沈んだ場所から、眩い光の柱が立ち上った。

 敵も味方も、その神秘的な光に目を奪われる。

 

 辺りに漂っていた弾薬と鋼材が、光の柱に吸い込まれ、溶けて消えていく。

 海面が波打ち、光の柱の中に小さな人型が形作られる。その声を、戦場の全ての者が耳にした。

 

「不死鳥の名は――――」

 

 光が消える。

 その両足が水面に降り立ち。

 その蒼い双眸が、愕然とする敵を射抜く。

 

「――――伊達じゃない!」

 

 蘇った駆逐艦の声が、高らかに響き渡った。

 




ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」では、負傷した艦を「改造」した時、完全修復され、新規装備に更新され、燃料弾薬も最大まで補給される。

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