波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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一話 新たな船出

 

 午前零時に夜間航海訓練から新造艦達を引率して戻ってきた不知火は、たっぷり四時間の睡眠を取り、食堂に作りおいてあった鳳翔のおにぎりを食べながら司令の部屋の前へ向かった。プレハブ鎮守府の部屋数はまだ少ないが、司令室とは別に個室を割り振るのは当然の配慮だった。敬愛すべき上官である不知火の大切な司令を雑魚寝させるなど有り得ない。

 まだ薄暗い中で、不知火は司令の部屋の前でじっと彫像のように立ち、耳をすませた。規則正しい寝息が微かに聞こえる。司令曰く、ジョジョほどの才能がないため寝ている間は波紋を使えないらしい。司令はよくジョジョを持ち上げ、自分を下に置く。不知火にとっては司令こそ素晴らしい才能と機知に富み、力と勇気を兼ね備えた最高の人なのだが、その司令が尊敬しているのなら、漫画の登場人物であったとしても評価するに足る者なのだろう。昨日司令が私物として持ち込んだ布教用ジョジョ全巻が食堂に置いてあるので、時間を見つけて読むつもりだ。

 

 太陽が登る頃、寝息が止まり、身動きする音が聞こえた。数秒待ってから、ノックする。

 

「司令、おはようございます。不知火です。お迎えに上がりました」

『おお? ああ、秘書艦だからか。別にこんな事までしなくていいぞ』

「お邪魔でしたか」

『いや、ありがとう。少し待ってくれ』

 

 扉越しに話して二分もしないうちに、司令がスッキリとした様子で出てきた。白い軍服は前が開いているし帽子も傾いているが、そういうファッションだと知っているため突っ込まない。

 

「おはよう不知火。六時間も寝ちまったが襲撃はなかったか?」

「おはようございます。襲撃はありませんでした。垣根提督の記録によると、深海棲艦による偵察は日中のみ。それも正午から夕方にかけてに集中しているようです」

「そうだった、報告書にそんな事書いてあったな。スマンまだ寝ぼけてるみたいだ」

「一応夜間も鳳翔と那智が陸からですが交代で沿岸部を警戒しています。今は那智が」

「……早く負担減らしたいな」

「そうですね。そのための新造艦訓練予定ですが」

 

 歩きながら本日の予定について話し合う。

 鎮守府の朝は早い。食堂に入ると、半数ほどの艦娘がもう席についていた。併設の厨房で鳳翔が忙しく働いている。

 

「提督、おはようございます。すみません不知火、朝食の準備を手伝っていただけますか?」

「それは――――もちろんです」

 

 鳳翔に乞われ、不知火は司令に許可をとろうとしたが、肩を軽く叩かれ無言の肯定を受けたため、頷いて厨房に入った。

 不知火が司令のそばを離れた途端、まだロクに挨拶もできていない上官に興味津々の艦娘が数隻、司令に群がった。

 

「Good morning! 提督ぅー、朝からかっこいいデース! 一緒に食べませんカ? 私、提督とtalkしたいヨ!」

 

 中でも金剛は積極的で、オープンな好意を振りまきながら司令の手を取り自分の席の方へ引っ張った。司令は勢いに押されて連れて行かれている。

 あれは「うっとおしいぞこのアマ!」と言おうか迷っている顔かな、と考えながら味噌汁の火の番をしつつ様子を見ていると、金剛が司令に見えない角度で不知火の方を向き、見せつけるようにドヤ顔をしてきた。どうやら、目下最大のライバルと判断した不知火に親密さをアピールしたいらしい。

 

「……ふ」

「!」

 

 鼻で笑うと、金剛は何やら悔しそうにしていた。

 不知火は新造艦が少しベタベタしたぐらいで自分と司令の絆がどうにかなるとは全く思っていない。積み上げてきたモノが違うのだ。

 

 厨房のヘルプに一区切りが着く頃には、司令はもう食べ終わっていた。目で合図され、席を立つ司令に付き従う。

 

「長門、おかわりは自由だ。食料と補給の在庫は気にしなくていい。それとハチ、面白すぎて止まらないのはよぉぉぉぉぉぉッくわかるが食べてから読め。それ何巻だ? 三巻か」

「提督、ジョジョが波紋使ってますけど、もしかしてジョジョのモデルって提督ですか」

「むしろ俺のモデルがジョジョ。いや知らんけど。荒木先生がD4Cの使い手なら俺が先かジョジョが先かの問題も解決するんじゃないか」

「D4C?」

「D4Cは7部の……まあ読め。ジョジョはいいぞ」

 

 司令が伊8と話している間に金剛に「負けないからネ!」と正面きって宣言され、不知火は薄く笑った。陰湿さとは程遠い、気持ちの良い敵対宣言だった。

 もちろん不知火も負けるつもりはない。

 

 朝食後、マルキュウマルマルから開始予定の射撃訓練までの短い間、司令室で提督の仕事のサポートをする。

 艦隊が充実し、ようやくこれから楽になっていく展望が見えたのは嬉しいが、反面司令との時間は減っていくだろう。それが悲しい。贅沢な悩みである。秘書艦として他の艦より接する時間は遥かに長いのだが、これまでが親密過ぎた。

 狭い司令室で司令と二人きりの幸せな時間は、大淀が本部からの電報を持ってきた事によってすぐに破られた。次の物資搬送は五日後になるため、何か要望があればその二日前までに申請するように、との連絡だ。

 

 二人きりではなくなってしまったが、仕事は仕事だ。不知火は大淀も交え、訓練開始直前まで、何を要望すべきか真面目に話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと厳しい訓練を想像していたのだが。普通だな」

 

 遠く、海上に浮かべた的に砲撃し、三回目でようやく当てて上半分を消し飛ばした後で、長門が呟いた。周りでは那智担当の七隻が横一列に並び、それぞれ自分のペースで的に砲撃を繰り返している。

 長門は鎮守府への移動中トレーラーの助手席に座り、あきつ丸から初期艦三隻の戦歴について聞いていた。常軌を逸した激しい訓練が待ち受けているものと覚悟していたのだが、蓋を開けてみればなんの事はない。無茶を要求される事はなく、もたついていれば丁寧に助言を貰える。

 

 長門の呟きを拾った那智は肩をすくめた。

 

「厳しい訓練もできるが、それにはリスクを伴う。綱渡りをしないために綱渡りをさせたのでは本末転倒というものだろう」

「戦艦長門の名は伊達ではないぞ。どんな訓練も耐え抜いてみせよう」

「ほう。では一定時間鳳翔の爆撃と不知火の魚雷と私の砲撃を同時に回避する訓練をするか? 直撃すれば轟沈するが、訓練効果は保証しよう」

 

 そう言って那智は無造作に20.3cm連装砲から七回の砲撃を放った。七発の砲弾は吸い込まれるように七つの的のド真ん中に突き刺さり、木っ端微塵に粉砕する。

 あまりの速射性と精密性に長門は絶句した。

 

「もちろん訓練は実弾だ。ペイント弾では緊張感がなく、効果が薄い。手心も緊張感を削ぐ。可能な限り火力の低い装備を使いはするが、お互い本気で沈め合う実戦訓練だ。当然、貴様に僚艦はなし。戦力比三対一はよくある事だからな」

「それは訓練ではなく処刑というのではないか……?」

「私達はその処刑を生き残ってきたのだ。それで、どうする。やるか?」

 

 長門の表情を見て那智は答えを聞かずに察した。脅してそう思わせただけで、もし長門が是と答えても本当に本気で沈めに行くつもりはなかったのだが。

 誉れあるビッグ7がまさか怖気づいたわけでもあるまい。実戦の前に訓練で沈んでいたら世話はない、という事だろう。

 

「ならばこの訓練を続ける事だ。何、厳しくするつもりはないが、甘くするつもりもない。この那智に任せておけ」

「あ、ああ。不満があるわけではない、教官に従おう」

「うむ。では小休止だ。私が補給をして的を設置しなおすまで自由時間とする」

 

 穏やかな訓練は初期艦の総意である。戦況に余裕があればこうしたかった、ああしたかった、という願望だ。いつ沈むかも分からない無茶な戦いも、常に気を張り詰めた暮らしもさせたくない。

 那智が陸に引き揚げると、埠頭で鳳翔が赤城と加賀に指導をしていた。埠頭は崩れていたはずだが、と首をかしげ、パイプ椅子に腰掛けてぐったりしている明石を見て納得する。

 疲れているようだったのでそっとしておいた。

 

 鳳翔が近くにテーブルを出して並べていた燃料を飲みながら、空母組の訓練を眺める。加賀が釈然としない様子で首を傾げている。

 

「こんなに礼を崩して良いのでしょうか」

「艦載機の発艦は弓道ではなく弓術ですから。思い通りに射れるのであれば、型に拘る必要もありません」

「では逆立ちして足で弓を引いたりだとか」

「ふふっ、加賀さんはお茶目さんですね。それも面白いかも知れませんが、やっぱり正しい姿勢、美しい姿勢の方が安定しますから。どこを崩し、どこを引き締めるか。難しい問題です」

「鳳翔さん、もう一度お手本を見せてもらっても良いですか?」

「もちろんです。今度はゆっくりやってみましょうか」

 

 赤城に乞われ、鳳翔はやさしく頷いた。頼られるのが嬉しくて仕方がないといった様子だ。

 鳳翔の射は非常に滑らかで、自然だった。所作の一つ一つが柔らかくしなやかで、目が吸い寄せられるような不思議な魅力がある。そしてその美しさに見とれていると、気づけば全機発艦が終わっているのだ。艦載機に詳しくない那智ですら極致という言葉を連想させるのだから、空母二人には特に感じ入るものがあったらしい。二隻に挟まれて盛んに褒めそやされ、鳳翔は照れていた。

 

「私、鳳翔さんのようになりたいです!」

「あら、嬉しい事を言ってくれますね。でも私はどちらかといえば曲芸ばかり身につけた歪な軽空母ですから、そっくりになられても困ってしまいます。貴女達には私から良いところだけ学んで、王道の強さを身につけて欲しいですね」

 

 鳳翔は片腕が使えない時に歯で弓を引いたり、艦攻射撃で砲弾を撃ち落としたり、発炎筒を使って夜間発艦・着艦をしたりしていた。凄いのは間違いないが、やはり曲芸。不安定で、限定的な状況下でしか役に立たない。安定感のある王道を征く事ができればそれに越したことはないのだ。

 那智は空母達から目を離し、飲み終わった燃料缶をゴミ箱に捨て、未来の主力艦を育てるために海上へ戻った。

 実戦は、すぐにやってくるのだ。

 


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