私自身は暁美さんから戦う力や鹿目さんへの想いを取り上げようとしたこの作品については正直な所結構複雑な気持ちなんですが、まあ結局想いを取り上げようとしていたのが誰だったのか知ってしまうとちょっと言葉を荒げる事はできないのです。
ともあれ魔獣編の設定を含みますがタイトルの時点でお察しの通りです。
これは没作品ですが。
お茶とお菓子を持って部屋を開けると、ほむらちゃんがベッドに頭を寄せていた。
「ほむらちゃん?」
部屋に入って声をかけても、ほむらちゃんの反応はない。床に座ったまま、ベッドにもたれて、頭を斜めに倒している。
ほむらちゃんは、わたしに気づかないままベッドに寄りかかって、近くにあったぬいぐるみを掴んで抱きしめると、「まどかぁ……」なんて寝言を口から出した。
「わたしはここに居るのになぁ」
でも、夢の中でもわたしの事をちゃんと考えてくれるのは嬉しい。大切な友達だと想われているんだって、実感できた。
トレイを置いてほむらちゃんの側に寄ってみるけど、やっぱり目を覚まさない。
「ほむらちゃん、わたしはここだよ?」
声をかけてみる。
起こしちゃうのは悪いかとも思ったけど、ちゃんとした場所で寝ないと、ほむらちゃんの髪が痛みそうだった。
「起きて?」
「……」
ゆさゆさと揺すってみても、ほむらちゃんは寝息しか返さない。
よっぽど疲れたのかもしれない。わたしの勉強を一日中ずっと見ていてくれて、わたしが休憩している間も、何度も教科書を見直して、どういう教え方がいいのか、じっくり考えているみたいだったから。
頑張ってくれたんだから、起こしちゃいけない気もする。だけど、せめてベッドの上で寝ないと起きた時に身体が痛い。
「ほむらちゃん、ベッドの上で寝よ?」
「……」
「じゃあ、ちょっとごめんね……」
ほむらちゃんの両脇をもって、持ち上げてみる。
「ん、しょ……っと…………無理かな?」
幾らほむらちゃんが軽いからって、意識のないほむらちゃんを抱き上げるのは無理だった。
諦めて床に降ろしても、ほむらちゃんの反応はない。幾ら何でも眠り方が深すぎて、このまま目を覚まさないんじゃないかって、少し不安になる。
「起きる、よね……? 心臓の病気、とかじゃ、ないよね……?」
ほむらちゃんの胸に手を当てて、鼓動を確認してみると、ちゃんと、規則正しい心臓の音が伝わってきた。
お風呂上がりの体温も、きちんと暖かいままだ。
少なくとも、ほむらちゃんは生きてる。
「よかった……」
それだけで十分だった。今までの不安が、急に見当違いな妄想みたいに思えてきた。
なんだか恥ずかしくなってきて、ほむらちゃんの姿を見る。もし起きていたなら、恥ずかしい所を見せちゃったのかもしれない。
でも、やっぱりほむらちゃんは眠っていて、その顔立ちも、いつもとは違った雰囲気に見えた。
「……ほむらちゃんの髪って、本当に綺麗だよね」
こうして見ると、ほむらちゃんはカッコいいより、かわいい子だった。
全身を足の先から見ていくと、羨ましいくらい細い脚と、手の先が目に留まった。あまり意識する事はなかったけど、爪の形がとても丁寧に整えてある。
もう少し上を見れば、ほむらちゃんの髪があった。ストレートなのに、実は癖がある髪。
いつも良い香りがして、毎日のシャンプーをどれくらい頑張ったらこんなに綺麗になるんだろうって、気になっている。
「起きないと、ほむらちゃんの綺麗な髪、三つ編みにしちゃおっかな……」
ちょっとしたイタズラがしたくなって、ほむらちゃんの髪に手を伸ばしてみる。
これくらいなら、ほむらちゃんも笑って許してくれる筈。
「まどか?」
「あっ……ご、ごめん! つい気になっちゃって! ……あれ?」
ほむらちゃんの声だった。
けど、目の前のほむらちゃんは目を瞑ったままだ。口だって寝息を立てているだけで、ほとんど動いていない。
でも、聞こえてきたのは確かに聞き慣れたほむらちゃんの声だった。
「ほむらちゃん、起きてるの?」
もう一度、軽く揺すってみる。けど、ほむらちゃんは目を開けない。ただ寝苦しそうな息を漏らすだけで、やっぱり。
「寝てる、よね……腹話術、とか?」
そんな特技があるとは、聞いた事がなかった。
でも、ほむらちゃんだから、そういう事を秘密で練習していても不思議じゃないんじゃないか、そんな風に思ってしまう。
「違うわよ。私はそこまで器用じゃないわ」
「でも、ほむらちゃんは凄い人だから、頑張って腹話術ができる様になっちゃったりして」
「無いわ。というか、必要がないからできる様にならないわ」
「えー……え?」
わたし、誰と会話をしているんだろう。
ほむらちゃんはやっぱり寝ている。なのに、どこからかほむらちゃんの声が聞こえてきて、わたしの言葉に応えてくれた。
「まどか、もしも私の困り顔が見たいなら、起きている時の方がいいわよ。私が困るだけで済む事なら、まどかには決して怒らないから」
今度は、その声がよく聞こえた。後ろからだ。
わたしの後ろに、ほむらちゃんと同じ声をした誰かが居る。
「あなたは、誰なの?」
「振り返れば分かるわ」
ほむらちゃんの声は、わたしの耳に優しく届く。でも、決してほむらちゃんが喋っている訳じゃない。
ちょっと怖い。でも、振り返らないといけない気がする。どうしてか分からないけど、ちゃんと、見なきゃいけないと思う。
そっと、怖いと思いつつ、後ろを見た。
「……ほむらちゃん?」
「そうね、暁美ほむらよ」
そこにほむらちゃんが居た。優しい笑顔でこちらを見ていて、髪をゆっくりとかき上げていた。
思わず、寝ているほむらちゃんの顔と、後ろにいるほむらちゃんの顔を見比べる。どっちも同じくらい美人で、同じくらい穏やかな表情だ。
でも、服と、もう一つ、大きく違う所があった。
「ねえ、その胸の所……」
「これかしら? 気にしないで、そういう物なの」
そのほむらちゃんは、胸の真ん中に黒い穴が空いていた。
清潔そうな真っ白い服を着ていて、それがとても似合っているのに、その穴だけがもの凄く違和感を放っている。
ほむらちゃんの姿をしている様には見えたけど、人間には見えなかった。
「……あなたは、ほむらちゃんなんだよね?」
「そうよ。でも、細かく言えば少し違うかしら。その辺りの説明は、彼女を起こしてからにしましょうか」
そのほむらちゃんは、私の横をゆっくりと通り過ぎて、眠っているほむらちゃんの前に立った。
ほむらちゃんはひどくうなされていた。よっぽど怖い夢を見ているのかもしれない。
「待ってて、まどか」
「何をするの?」
「私を叩き起こすのよ」
そのほむらちゃんみたいな人が座り込み、ほむらちゃんの耳元へ口を近づける。
そして、何度か小さく声をあげて、どこかで聞いた覚えのある声で喋りだした。
「あ、あー、あー……ほむらちゃん? 私だよ、マドカだよ?」
びくっ、と震えて、ほむらちゃんが一段大きな呻き声をあげた。
ほむらちゃんが苦しめられている様にしか見えない。
ただ、止めようとすると手で押さえられた。
「ほむらちゃん、早く起きて? 寂しいよ……助けて、ほむらちゃん……」
「う……」
ほむらちゃんの目がゆっくりと開き、何度か目を擦って小さな欠伸をする。
あんなに起こそうとしても起きなかったのに、ほむらちゃんは言葉一つかけられただけで起きあがった。
「まどか、ごめんなさい……今、起きるから……泣かないで……」
何度か眠そうな顔をしながら目をちゃんと開けると、ほむらちゃんらしき人を見て、目を丸くした。
「……え?」
「けふ……やっと起きたわね。マドカの声、なかなか似ていたでしょう?」
一度だけ咳をすると、ほむらちゃんらしき人の声は、元に戻っていた。聞き覚えがあると思ったら、わたしの声真似だったんだ。
「あ、あなた……一体」
「分からない?」
わたしが不思議な気分になっている内に、ほむらちゃんはすっかり目を覚まして、飛び上がる様に立ち上がっていた。
ほむらちゃんの表情が一気に警戒で染まっていた。
一瞬で殺気立った怖い顔になり、わたしの前に素早く立って、守ろうとしてくれる。
武器は持っていないのに、戦える準備はできている。そんな雰囲気だった。
でも、もう一人のほむらちゃんが敵には思えない。
「待ちなさい。そうそう簡単に人を始末しようとする物じゃない。第一、私は魔法少女の敵じゃないわ」
わたしが止めようとするより早く、もう一人のほむらちゃんが首を振った。
それでもほむらちゃんは信じなくて、険しい声で問いかける。
「じゃあ、あなたは何だというの」
「私は……そう、私は……アイよ」
もう一人のほむらちゃんは、そう名乗ってから考え込んだ。
その仕草も、表情もほむらちゃんとそっくりだけど、何か、どこかが違った。同じ人なのに、同じ人じゃなかった。
「そうね。私が生まれた理由を考えると……」
アイちゃんはわたしとほむらちゃんの顔を見比べると、何か思いついたのか、わたし達二人を指さした。
「端的に言えば、貴女達の愛の結晶?」
ほむらちゃんが固まった。それはもう、石になっちゃったんじゃないかってくらい、唐突に動きが止まってしまった。
その姿を見ていると、アイちゃんの言っている事の意味がわたしにも伝わってくる。飲み込める様になってくる。
「え、えええっ! ちょ、ちょっと!?」
完全に飲み込めた時、わたしは思わず叫んだ。
「そ、それって、つまり、わたしと、ほむらちゃんの?」
「娘よ」
アイちゃんは真顔でそう言った。
「……悪い冗談ね」
やっと歯車が動き出したのか、ほむらちゃんは少しぎこちない動きで髪をかき上げ、わたしに聞こえる程度の大きさで深呼吸をした。
まだ警戒は解けていない。むしろ、悪い冗談を言われてちょっと怒っている様な声をしている。
「本当は何なの? 場合によっては」
「私を始末する気? やめておいた方がいいわよ」
「……どういう事」
「私の姿を見ていれば、分かるでしょう?」
アイちゃんが腕を広げて、全身をほむらちゃんに見せつけた。
しばらく、ほむらちゃんはアイちゃんをじっと見つめた。横目で見ても難しそうな表情で、でも、その表情は少しずつ柔らかくなっていく。
ほむらちゃんはわたしの手を握って、また一つ、深く息をした。
「……そういう事」
「ど、どういう事……?」
ほむらちゃんには何が見えたんだろう。
凄く聞いてみたい。そう思っていると、アイちゃんがわたしに声をかけてくる。
「私はね、暁美ほむらの一部。大切な友達を信じて想う気持ち、そして、その気持ちから生まれた力が形を持ったもの」
アイちゃんが一歩近づいた。
その顔色はとっても理知的で、優しそうで、ほむらちゃんの素敵な表情が全部詰まっている様だった。
疑う余地もないくらい全部がほむらちゃんだけど、どこか、ほむらちゃんより余裕が感じられる顔つきだった。
「まどか。暁美ほむらを思う貴女の気持ちが、貴女を思う暁美ほむらの気持ちと繋がって、私が生まれたのよ」
そこまで言い切ると、アイちゃんが胸を張ってわたしの前に立つ。
「えっと、つまり……ほむらちゃんの心なんだよね? 分離しちゃったの?」
「そうね。貴女が暁美ほむらの心に触ったから、私が生まれたのかも」
「え? ……あっ」
さっきの、心臓を確認した時の事かもしれない。
わたしが声を漏らしたからか、ほむらちゃんがわたしに目を向けた。驚いた顔で、「まどか?」と戸惑った声が耳に響く。
「へ、変な事をしたわけじゃないよ。えっと、違って。そうじゃなくて……そうだ! あの、ほむらちゃんの心、何だよね。分離しちゃって大丈夫なの?」
話を逸らすと、ほむらちゃんが首を傾げている。
助けを求めてアイちゃんの顔を見ると、わたしに向かって頷いてくれた。
「ええ、そこは大丈夫よ。一度実際に分離した事があったけど、その時も暁美ほむらは精神的にかなり疲弊したのと、魔法が使い難くなる程度で済んだから」
「あれ、それはまずいんじゃ……」
「前回はね、あの時は色々と立て込んでいたから。今回はちょっと事情が違うの。暁美ほむらと私が分離していても、暁美ほむらが戦えなくなる程度の弱体化を起こす訳ではないわ」
そういう事じゃなくて、ほむらちゃんが精神的に追いつめられる方が嫌なのに。
その気持ちを分かってくれているのか、アイちゃんはわたしに笑いかけて、首を振ってくれた。
「問題ないわ。まどかが側に居さえすれば全くの無問題なの」
「……それならいいけど」
わたしの声を聞いた時、アイちゃんはとても嬉しそうに目を細めた。優しくて、暖かくて、思いやりがあって、本当に、ほむらちゃんとそっくりだった。
「よかった。じゃあ、私を認知してくれるのね」
でも、その言葉は予想の遙か斜め上を行った。
「……認知!?」
「ええ。二人の想いから生まれたのだし、やっぱり子供としては、両親に自分を認知して貰いたい物じゃないかしら」
やっぱりアイちゃんは真顔だ。冗談めかして言ってくれれば良かったのに、どう見ても本気の表情で、しかも、どこか願う様な声をしていた。
ほむらちゃんの顔を横目で見てみると、固まるのを通り越して、時間が止まっている。口を小さく開けたまま、目は見開いたまま、わたしが見ているのも気づいてない。
認知。その言葉の響きが強すぎて、頭の中で考えていた事が全部吹き飛んでしまった気がする。
「に、認知って、でも、ほむらちゃんと、その、子供を作った覚えはないし」
「まどかが知らない間にわた……暁美ほむらが出産したのよ」
「……ほむらちゃんが?」
例え話だと分かっていても、思わずほむらちゃんの顔を見つめてしまった。
固まっていたほむらちゃんも、そこでわたしの視線にきづく。
わたしは、どんな顔色をしていたんだろう。ほむらちゃんは悲しそうに目を細め、ちょっと泣きそうな顔になった。
「まどか。お願いだから信じないで……」
「でも事実よ。二人とも気づかなかっただけで」
アイちゃんの澄まし顔の言葉に、ほむらちゃんは顔を上げた。
「……まどかをこれ以上惑わすのはやめなさい」
ほむらちゃんの声はもの凄く重くて低い。
でも、アイちゃんは全く怖くないのか、ちょっと笑い混じりにほむらちゃんへ顔を近づけた。
「産んだ方だから、あなたの事は……ほむらママと呼んでいいかしら?」
「……やめなさい。それじゃまるで……」
「まどかを汚した様……かしら?」
「っ……私自身にしては、無駄口が多すぎるわね」
ほむらちゃんの声がもっと低くなる。
横に立っていても分かるくらい、本気で怒っているのが分かった。今にも爆発する寸前の危険さだ。今まで見たほむらちゃんの中で、上から数えた方が早いくらい恐ろしい雰囲気を身に纏っている。
このままじゃ大変な事になるんじゃないか。ほむらちゃんがほむらちゃんじゃなくなる様で、怖い。
思わず、ほむらちゃんの手を強く握った。
「まどか?」
「そんなに怒っちゃダメだよ」
「……」
少し考えて、ほむらちゃんはわたしの腕を抱いた。
わたしの表情が気になったのかもしれない。じっとこちらを見つめると、目線を下げて落ち込んだ雰囲気になる。
「ごめんなさい。怖かったわよね」
「ううん、大丈夫だよ」
ほむらちゃんが落ち込みすぎない様に、笑いかけた。
すると、ほむらちゃんの表情が緩んで、不安そうな雰囲気が消えて無くなった。
今日のほむらちゃんは表情がとても分かりやすい。いつもは静かに緩やかに、どんな時でも何でもない事みたいに変わるのに、今日はやけにリアクションが激しい。
「ふふ」
「アイちゃん?」
「しょうがないのかしら。認知は諦めるとするわ」
自分の希望が通らなかったのに、アイちゃんがどこか嬉しそうに諦めを口にする。
「その、ごめんね」
「いいえ。まどかは気にしなくていいわ。ねえ、ほむらママ?」
「本当にやめて、気味が悪い」
気持ち悪い物でも食べた様な声。ほむらちゃんの、今まで一度だって聞いた事のない声音。
それはとても物珍しくて、こんな声も出せるんだ、と驚いてしまう。
でも確かに、自分とそっくりな人にママ、なんて言われたらビックリするかもしれない。産んだ覚えがないんだから、余計にそう思う。
「わたしも、流石にまだママは早いかな……」
「そうよね」
ほむらちゃんが頷いてくれる。
でも、そのママ、っていう響きだけは少しだけ気持ちよかった。
いつか、誰かとの間に子供ができたら、わたしもそう呼ばれる。そう考えると、ちょっと想像できない途方もない世界が広がっている気がした。
ただ、わたしにはやっぱりまだ早い。今はまだ、遠すぎる言葉にしか聞こえない。
「アイちゃんには悪いと思うけど、ちょっとね……それならまだ、お姉ちゃんの方が嬉しいかな」
「まどかには弟さんが居るものね。やっぱりママは抵抗がある様だし……そうね……」
アイちゃんはしばらく考え込み、意を決した様に声を続けた。
「まどかお姉ちゃん? ……こう呼べばいいのかしら」
その時だけはアイちゃんがわたしより少し小さい身長に縮んだ。気がした。
大人びたほむらちゃんの声でそんな風に言われると、明らかに無理をしていると思ってしまう。だけど、そんな風に言われるのも。
「……いいかも」
「まどか。それは、ちょっと」
「う、うん。分かってる。ごめんね、お姉ちゃんはやっぱり無しで」
「ええ。私が言うのも何だけれど、どう考えても無理があるのだし……」
「だ、だよね」
何より、友達にそんな呼び方をさせているのが恥ずかしい。
でも確かにいい気分だった。まるで、わたしがほむらちゃんのお姉さんになったみたいで。かなり無理があると分かっていたけど、ちょっとした優越感があった。
「それにしても、アイちゃんの呼び方は、このままアイちゃんでいいの?」
「Iでも愛でも好きに呼んでいいわ。暁美ほむら、でもいいけれど……呼びにくくて面倒よね」
「面倒じゃないけど、やっぱりどっちのほむらちゃんか分からなくなっちゃうのは困るかな。うん、今まで通り、アイちゃんって呼ぶね」
「それでいいわ。分かりやすいし……座ってもいいかしら」
「あ、どうぞ」
アイちゃんはベッドに座り込んで、わたし達が片づけた宿題とノートを楽しそうに眺めた。
それはとても自然体で、アイちゃんの不自然な胸の穴も気にならなくなるくらい、人らしい顔つきだ。
だから、かもしれない。変な状況だったけど、不思議と受け入れられた。ほむらちゃんが居て、アイちゃんが居る。それが当然の様だった。
ほむらちゃんもそう思ったのかもしれない。小さく息を吐くと、わたしの隣に座り込んで、わたしが置いたトレイの上から、カップを一つ手に取った。
「まどか、お茶を貰ってもいいかしら?」
「うん、もちろん」
マミさんから教えて貰った作り方で淹れた紅茶。
お休みの日に一日中探して見つけたマカロンも付けて、マミさんの家でする様なティータイムを作ろうと、頑張ったつもりだ。
ほむらちゃんは喜んでくれるかな。ちょっと期待しながら、わたしもカップを手に取った。
「……あっ、冷めちゃってる……」
触ってみると、紅茶がすっかりぬるくなっているのが伝わった。
温かい内に飲んで貰おうと気合いを入れていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
ほむらちゃんは気にしていないけど、少しカップを触っていると、どうしても気になってくる。
「ごめんね、ちょっとお茶を入れ直してくる」
「そんなに気遣わなくていいのよ」
「ううん。アイちゃんのも作るから、ついでに温かいのと取り替えるだけだよ」
せっかくマミさんから教えて貰ったんだから、最初の一回目でぬるいのを出すのは嫌だ。
それに、カップは二つしかない。アイちゃんの分も作らなきゃいけなかった。
「私にも作ってくれるのね。ありがとう」
「アイちゃんは好きな物とか、あるのかな」
「私と暁美ほむらは同じだから、味覚も同じよ。まどかの好きにして」
「よかった。じゃあ、ほむらちゃんのと同じ物を持ってくるね」
「まどか、私も手伝うわ」
ほむらちゃんが腰を浮かせた。
でも、わたしが手を軽く振って止める。
「大丈夫だよ。ほむらちゃんはアイちゃんと二人で待っていてね」
わたしがそう言うと、二人はお互いの顔をおずおずと見つめ合った。同じ様に固い表情をしていて、そっくり過ぎた。
やっぱり、お互いに何か抵抗があるのかもしれない。
二人は仲良くできるのかな。ちょっと心配だったけど、わたしはそのまま、部屋を出た。
+
二人が紅茶を口につける所を、わたしはしっかり見届けた。
ちゃんと飲んでくれている。味は確かめたつもりだけど、不安は不安だった。
「……どうかな?」
「美味しいわ。まどかは私の事をよく分かってくれているのね」
「良かった。アイちゃんは?」
「もちろん同じ意見よ。まどかって、紅茶も美味しく淹れられるのね、素敵よ」
「い、いやぁ、マミさんから教わっただけだし……えへへ」
ちょっと照れくさくなっていると、ほむらちゃん達はごく自然に紅茶をもう一度飲んで、同時に「本当に美味しいわ」と言ってくれた。
本当、絵になる二人だと思う。紅茶を飲んでいる所だって、わたしが同じ事をしても子供が背伸びしているみたいに思われちゃうけど、ほむらちゃん達がすると、本当に似合う。
でも、ほむらちゃんとアイちゃんの間には、ちょっと距離があった。というより、ほむらちゃんがアイちゃんを避けていた。
少し気になったけど、今は二人とも嬉しそうな顔をしているし、触れない方がいいのかと思う。
「マカロンもどうかな。結構選んだつもりなんだけど……」
選び抜いたマカロンは、わたしが食べる分には凄く良かった。紅茶とも合っていた。
ほむらちゃん達も喜んでくれるかな。そんな期待をしながら見ていると、ほむらちゃんがゆっくりとマカロンを手に取った。
そのまま、半分だけ小さく口を開いて食べてみると、一瞬だけ凄く驚いた表情になって、すぐにわたしへ笑いかけた。
「とっても美味しいわ……これ、高かったんじゃないかしら」
「そうでもないよ?」
これはちょっとだけ嘘だった。
一番合う味の物を買おうとしたら、結構な値段の物になってしまった。
でも、気にせず食べて欲しいから、それは秘密にする。
「そうなのね。でも、こんなに美味しいのを見つけてくるなんて、まどかは凄いわね」
「そこまで褒められる事じゃないよー」
「いいえ、ちゃんと考えてくれたのが分かるもの。紅茶もお菓子も、今まで食べてきた中で一番美味しいかもしれない」
ほむらちゃんが喜んでくれて、わたしも嬉しかった。
作って本当に良かった。この紅茶も、この嬉しさと一緒に飲み込めば、いつもより何倍も美味しく感じられそう。
「……うーん」
「まどか?」
「あっ、えっと……」
それでも、まだまだマミさんの作る紅茶には遠いと思う。
ほむらちゃんは心から嬉しそうに飲んでくれたし、それが嘘だとは思えないけど、やっぱり自分だとまだちゃんと納得はできない。
「実を言うとね、紅茶はマミさんから教わったばっかりだから、まだまだ始めたばっかりなんだ」
「そうとは思えないくらい上手よ」
「ううん、まだまだだよ。マミさんと比べちゃうと全然だし……だから、ちょっと考えたんだけど」
「ええ」
「ほむらちゃんも、次は一緒に作ってほしいな。二人なら上達も早くなりそうだし……どう?」
「そうね……家ではコーヒーが多いから、紅茶を作れる様になるいい機会だわ」
紅茶をじっと眺めてから、ほむらちゃんは快くそう答えてくれた。
嬉しくて、思わずほむらちゃんの両手を握る。
「やった! じゃあ、次にマミさんの家に行く時は、ほむらちゃんも一緒に来てくれる?」
「巴さんの……」
それまでは明るかったのに、少しだけほむらちゃんの表情が曇った気がする。
マミさんと一緒に作るのが嫌なのかな。マミさんの事、嫌いなのかな。わたしの友達が、わたしの大好きな先輩を嫌っているとしたら、それはとても悲しい事だった。
そんなわたしの不安をほむらちゃんは分かってくれて、首を振って答えてくれた。
「いいえ。確かに教わる相手としてはちょうど良いでしょうね。でも、私が行っても大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。マミさんならきっと優しく教えてくれるよ」
「……そういう意味ではないのだけれど」
ほむらちゃんは複雑そうな顔をしていたけど、すぐに「でも、まどかが私とやりたいのなら、頑張るわ」と笑いかけてくれる。
「ありがとう、ほむらちゃん」
「いいえ。むしろ、私を誘ってくれてありがとう」
「ふふ、一緒だね」
握った手を離さず、じっと顔を見つめていると、ほむらちゃんは恥ずかしそうに目を逸らした。でも、しばらくすると、ゆっくりとこっちを見てくれる。
二人で一緒に笑うと、ほむらちゃんと友達になれて本当に良かったと思えた。
「ふふっ」
機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。それはほむらちゃんの物とそっくりで、でも、やっぱりどこか違う。
アイちゃんの笑い声は本当にほむらちゃんとそっくりなのに、どうしてか、別の人の様に聞こえてくる。
「アイちゃん?」
「あら、私はお邪魔だったかしら」
「そ、そんな事ないよ!」
アイちゃんは本当に穏やかな笑顔でこちらを見ていた。
わたし達の事を見ながら紅茶を飲んで、マカロンを食べていて、機嫌よくカップをトレイに戻している。
「まどかが幸せそうで本当に良かったわ」
その言葉は少し恥ずかしい響きだったけど、そう言われたのはとても幸せな事だと思える。
だって、アイちゃんはほむらちゃんなんだ。ほむらちゃんが、そう考えてくれている。大切な友達にそう考えてもらえて、凄く嬉しい。
「うん、わたしは幸せだよ」
「そう……まどかは、かわいいわね」
「えへへ、アイちゃんだって、かわいいよ」
真っ白の服と綺麗な肌が抜群に似合っているし、その胸の穴だって、慣れれば不思議な魅力がある。
いつものほむらちゃんとは少しだけ違って、でも、そこが大切だと思えた。
「だ、そうよ」
「まどか……その……ありがとう」
アイちゃんは平然として、ほむらちゃんが代わりに照れた。
どうしてほむらちゃんが照れるんだろう。そう考えると、すぐに答えは思い浮かぶ。
「あ、そ、そっか。そうだよね。二人とも同じほむらちゃんなんだもんね」
「そうよ。私への言葉は暁美ほむらへ、暁美ほむらへの言葉は私へ届くの」
アイちゃんはほむらちゃんを指さし、ほむらちゃんはアイちゃんを指す。
二人は息が合っていた。同じ人と言うだけあって、仕草だってほとんど同じで、わたしに優しい目を向けてくるその気持ちも、ちゃんと伝わってくる。
ほむらちゃんの中にアイちゃんが居る。
その事実は、とても不思議で、まったく現実的じゃない。普通の人は、自分の心の一部が形になったりはしない。
でも、こうして見ると受け入れられる。事実がちゃんと伝わってくる。そう考えると、アイちゃんの事が今までよりずっと気になってきた。
「……ね、こうしてアイちゃんが表に出てくるのって、これが最初なの?」
「ある意味では二度目よ。ただし、私はその事を覚えていないわ」
ほむらちゃんが首を傾げた。
「……記憶にないわね」
「あなたは忘れているでしょうね」
でも、とアイちゃんは続ける。
「あの時は本当に色々と大変だったのよ。私が動かざるを得ない状況だったし、かなりの無茶もしたわ」
「どんな事だったの?」
何があったんだろう。過去を思い返すアイちゃんの表情は、喜びとも、悲しみとも言えない物だった。
だから、どうしても気になって尋ねてみたけど、アイちゃんは首を振る。
「秘密よ」
「……そう言われると気になっちゃうかも」
「なら、一つだけ。あえて言うなら暁美ほむらの人生でも五本の指に入るほど精神的に危ない目に遭わせた、かしら」
「本当に大変だったわ」という独り言が印象的で、余計に気になってしまう。
わたしでも気になるんだから、ほむらちゃんはもっと気になるんだろう。何とか思い出そうとしている様だけど、結局は何も出て来ないみたいで、諦めの息を吐いていた。
「やっぱり、思い出せないわ」
「そうでしょうね。でも私は覚えている。あの時のあなたの言葉も決意も、ちゃんとね」
自分の知らない自分の話に、ほむらちゃんは無表情で答えた。
でも、それはいつものカッコいい表情とは違う。何も答える言葉が出てこないから、言葉の代わりに浮かべている表情に見えた。
「……なら」
ほむらちゃんの雰囲気が少しだけ変わった。無表情から、少し険しい笑顔に、穏やかな空気は、少しだけ引き締まっていく。
「なら、私の……その、アレも、あなたが協力したの?」
「……ええ。あなたも知っての通り、とんでもない奇跡を起こしてしまったわね。後悔は?」
アイちゃんが聞けば、ほむらちゃんは一瞬だけブルリと震えた。
そして、わたしの顔を見ると、手を握って小さく笑う。
「そんな物は最初から無いわ」
「そう」
二人はお互いに頷き合って、一緒に口を閉じた。
「二人とも、秘密の話?」
「ああ、まどかは」
アイちゃんがわたしの後ろに素早く回り込んで、肩を優しく、でもしっかりと掴んだ。
遅れて、ほむらちゃんが後ろから抱きついてくる。
「まどかは、気にしなくていい事よ。ねえ」
「ええ、まどか。私達の個人的な話だもの」
同じ顔をした二人が掛け合いを続けながら、わたしの肩や腕をぎゅっと抱きしめる。
まるで、ほむらちゃんに包み込まれている気分だった。暖かくて、ちょっと気持ちが良かった。
没理由としましては、これを書いてる時点で、鹿目さんの思考を文章にするのが物凄く困難になっていた事です。
ところでアイ(暁美ほむら)ですよ。アイ(暁美ほむら)。美人ですよね。