今の所没にしたSSの供養場   作:曇天紫苑

2 / 5
◆完全に原作信者向けの内容です◆


悪魔の独白(魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語)

 暇だった。

 

 一言で表現するなら、そんな所だろう。私は、丘の上に置かれた椅子へ座り込んだまま、退屈に任せて鼻歌を奏でていた。何処かで聞いた様な、それでいて聞き覚えの無い音色を紡いでいる。

 音と一緒に踊ろうかとも思ったが、気乗りしなかった。そもそも私が一人で踊って何になるのだろう。ダンスを趣味にしている訳でもないのに。そんな事をしたって暇潰しにはならない。虚しくなって止めてしまう未来が簡単に想像出来る所が更に痛々しい。あるいは巴マミなら振り付けの練習だけで時間を潰せるかな、と私は頭の中だけで冗談を飛ばして、一人で笑う。

 今日も見滝原は平穏無事に、まどかは普通に楽しくやっていた。まったく、満足感と充実感の溢れる世界だ。少しだけ胸が痛む事を加味しなければ、完璧と言っても良い。完璧過ぎて時間の流れがゆっくりと感じられるのが残念な所だが、そこは仕方が有るまい。

 思索に耽る事以外、何もする事が無かった。今までの私がずっと遮二無二走っていた為か、現状はとても退屈だった。こんな時、遊び相手も居ないのは厄介だ。友人の居ない我が身を嘲笑すると同時に、溜息を吐いた。退屈な自嘲など、虚しい限りだ。

 草むらが風に揺れる。今日はインキュベーターすらも現れない。こんな時くらい居ても良いと思うが、よく考えると邪魔なだけなので、別に要らないかとも思う。

 悪魔になった時は酷く忙しくなると覚悟していたのだが、蓋を開けてみると、暇な物だ。魔獣は魔法少女が倒しているし、まどかは安定しているし、美樹さやかも記憶を取り戻していない。その上、インキュベーターは監視済み。勉強は繰り返しの中で大学生くらいまでは予習を済ませてあるし、宿題は五分で終わってしまった。つまり、何もする事が無い。

 つくづく、自分はまどか一辺倒の人間なのだと実感させられた。まどか以外には趣味も特技も好きな物も無いので、まどかが平穏無事に過ごせる世界を手に入れると、一気にやる事が無くなってしまう。朝起きて学校へ行ってお弁当を食べて家に帰って寝る、という文面そのままの生活だ。クラスメイトとは滅多に会話を行っていないし、まどかなど言うまでもない。

 正直、これは覚悟していなかった。まどかと敵対する所までは考えていたのだが、まさか、それより先に退屈の方が襲いかかってくるとは。

 どうせ暇なら自動車の免許でも取ってみようかしら、なんて思ったけど、まだ自分は中学二年生だった。魔法でタンクローリーの運転だって出来たんだから、簡単に出来るんじゃないかと思ったけれど、甘い見通しだろうか。

 そういえば、退屈しのぎに書いて三日で飽きた日記が有った。取り出して、読んでみる。たった三日分、合計で三行にも届かなかった。まどかが楽しそうだった。まどかに友達が出来たらしい。まどかが授業中に寝ていた。言葉にしてしまえば、ただそれだけだった。

 これでは単なるまどか観察日記だ。私の記憶がきちんとまどかの存在を刻み込んでくれるので、余計に書く事が無かった。

 小さく溜息を吐き、伸びをした。じっとしていたので、血行が悪くなった気がする。こんなにダラダラと一日を過ごすなんて、昔の自分は夢にも思っていなかった。というか、悪魔になってから数日間までは想像もしていなかった。

 本当に、今までの自分は走り続けていたのだと思い知らされる。最初の、魔法少女となる前から、私はまどかだけを見て、まどかの背中に追い付こうと必死に走っていたんだ。それが今や追い付いてしまったので、後は逃げ切るだけである。良い事かもしれないが、私にとっては最悪だ。人間、燃え尽きるとこんな風になるんだろうと思うくらい、今の私は率先して動くべき理由を失っていた。

 そうだ。私の全存在はまどかに集中している。今までもそうだったし、これからも変わらない。では、私にとって、まどかとは何なのか。今更な思考だったが、時間だけは腐る程に有ったので、何となく考えてみる。

 恋愛対象。友愛対象。親愛対象。形容すべき言葉は沢山有るが、何もかもを入れて、愛だ。ただ、今の自分が何を考えているのかは、自分自身でもよく分からない。私はまどかをどうしたいのだろう。人間として生きて欲しいのは当然として、そこから先だ。無論、まどかは普通の生き方をするべきだとは思ってるけど、その普通の生き方とはどんな物だろう。自分はお世辞にも普通とは言えない人生を送ってきた。魔法少女になってからの私は、特にそうだ。だから、私自身の感覚は多分、かなりズレている。これでは、まどかの人生を見誤ってしまう危険性が有るだろう。気をつけないと。

 それにしても座り心地の良い椅子だ。普通の、ありふれた木製の椅子なんだけれど、お尻が痛くなる感じはしない。何処で買った物だったかな。思い出せない。悪魔になったって家具はお店で買わなきゃいけないし、お弁当は自作しなきゃいけないんだから、お店の名前はちゃんと覚えておかないと。

 暖かな風が頬を通る。もう夜だし、寝た方が良いだろうか。悪魔が夜に寝る、というのも不思議な話だ。しかし魔獣と戦う使命も持たない私にとって、特に起きている理由は無い。

 いや、と。考える。そもそも、私は悪魔なのだろうか。確かにあの時、私は自分の事を悪魔だと思ったし、自称した。美樹さやかも、私の事を悪魔だと言った。しかし、本当にそうだろうか。まどかは真に神にも等しいのだろうか。聖なるものだったか。いいや、そんな事は無かった。確かにあの子は優しく、素晴らしい性格をした子だが、だからって神にも等しいのだろうか。違う。

 まどかが神などと、戯言を抜かしてはいけない。あの子は人間だ。人間だからこそ、人間としての幸せを受ける権利が有る。その人間を貶めて蝕むのは、やはり人間ではないだろうか。自己弁護なんて無様な真似はしないけれど、ふと、そんな取り留めもない事を考えてしまう。

 何となく、学校の鞄に手を入れて、『悪魔』の項目を調べてみる。が、最初の一文を読んだ所で止めた。これは参考にならないだろう。多分、あの白い宇宙生物の事が頭に思い浮かぶ様な事が書いてあるだろうから。

 悪魔といえば契約だけど、この場合、まどかと契約する事になるんだろうか。それは冗談じゃない。なら佐倉杏子か美樹さやか辺りでも誘惑すれば良いのか。まどかの周辺でトラブルを起こすのは望む所ではないから、却下だ。幾ら暇だからって、そんな事をする意味はまるで無い。

 やる事がまるで無い生活というのは、充実している様で虚無感も強い。いや、今の結果を満足はしている。誰が何と言おうと、私は遠くからまどかの姿を見ていられるだけで十分に幸せだ。まどかが居ない世界で散々苦しんだ自分にとって、まどかの実在は何より歓迎すべき事実だ。例えまどかの幸せの中に私が居なかったとしても、それは贅沢な程に幸せだった。ただ、やる事が無くて暇なだけだ。

 リボンを巻いた私が居たら、羨むだろうか。何もしない私を蔑むだろうか。繰り返しの中の私が居たら、羨むだろうか、まどかに干渉した私を怒るだろうか、それとも賞賛するだろうか。メガネを掛けていた頃の私ならどうだろう。想像も出来ない。あの頃の自分は、すっかり失われてしまったのか。とはいえ、昔から今に至るまで、私の気持ちは一貫してまどかへの愛情に注がれている。性根が変わらないのだから、どのほむらも最後には私と同じ結論に至るだろう。

 余裕が有る為か、色々とどうでも良い事を考えてしまう。何か趣味でも見つけた方が良いかもしれない。と言っても、何か良いアイデアを思いつく訳でもないので、今、こうやって誰も居ない丘の上で座っているのだが。まあ、それは良い。

 何だったら、まどかの観察でも趣味にしようか。あんまり退屈だったので、そんな事まで頭に浮かび上がってくる。しかし、折角現世にまどかが居るんだからそれも有りだ。今の私は曲がりなりにも悪魔を自称しているのだし、それくらいやっても不思議ではない。昔なら遠慮が前に出たと思うけど、魔なる者なんて名乗っている自分には、そんな謙虚さは要らないだろう。

 ただ、傍に居て監視した方が良いのか、遠くから眺めていた方が良いのか。それは分からない。まだ、自分は行動を完全には決めかねている。

 まどかは楽しく日常を過ごせているだろうか。友達は沢山出来ただろうか。美樹さやかとも改めて友好を結べたのか。いや、結べているのは確認したが、昔の様な親友関係になっているのか。ご飯はちゃんと食べているか。久しぶりの日本で戸惑う所も多いだろうけど、もう慣れてくれただろうか。考えてみれば、まどかに関して注意しておくべき事は数多く有る。しかし、いざとなれば私だって助けになれるかもしれないし、御家族や美樹さやかが一緒なのだから、きっと大丈夫だろう。

 不安は有っても、危機感は余り無かった。この世界は安定しているし、私が動くべき事もそうそう起こるまい。あの子は強いし、良い子だ。普通の困難なら、周囲の手を借りて何とかするだろう。まどかから相談を受けるであろう美樹さやかが、羨ましい様な気もする。

 これからの私は、こうやって暇だ、退屈だと言いながら、ゆっくりとまどかの人生を眺めていく事になるだろう。その後の事は考えない様にしているが、まあ、まどかの子孫やその血縁を追いかけるのも悪くは無い。その頃には、私の中に有る葛藤も迷いも、ちゃんと解決出来ている事を願う。

 でも、まどかはきっといつか、記憶を取り戻すだろう。弱気な事は言いたくないけど、私がまどかに勝てるとは思えないし、何かの拍子で戻ってくる日が訪れるに違いない。

 もし、その日が来たら。まどかは、私を殺すのだろうか。きっと、無理だろう。あの子は優しいから。有り得るのは美樹さやか辺りだが、彼女だって人殺しには向かない。だとすれば杏子か、マミか、ベベだろうか。それとも見知らぬ魔法少女であろうか。殺されるなら、出来ればまどかの腕の中で死にたいな、と思う。勿論、殺されたってまどかを犠牲にする世界に戻す気はないけど。

 私がどうなろうと、その点を曲げる訳には行かない。まどかの犠牲で成り立つ世界など、在ってはならない物だ。別段、決意を新たにしているつもりは無い。前から考えている事を、今も考えているだけだ。私はまどかを愛しているのだから。

 

 気が済んだ。退屈凌ぎの思索だって、それなりに時間は使える物だ。そろそろ、家に帰って寝よう。

 まどかはもう眠っただろうか。寝顔の一つでも見に行こうか。どうせ変わらない日常だ。少しくらい本当に悪魔らしく、悪戯の一つでもしたって構わないだろう。




『没理由』
 終始暁美ほむらの独白だけで進むと言うストーリー構成が難し過ぎてエターナル。人目に出す作品はほぼ完結させるが、その裏には沢山の没作品があったりするのが私である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。