ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜 作:プロテインチーズ
茅場晶彦の最悪なチュートリアルの後、俺はすぐに《はじまりの街》を飛び出し《ホルンカの村》へ向かった。
元々《キークエスト》を放り出して強制転移してしまったのだから。
《リトルネペントの胚珠》を手に入れなければならない。この世界がデスゲームとなった今、《レベリング》は必須事項となった。
俺の刃物を収集するという趣味の前に《レベリング》をしなければならなくなった。
既に俺と同じように《はじまりの街》を飛び出しているプレイヤーもいる。間違いなくあいつらは元《βテスター》だろう。このゲームは《mob》のリソースの奪い合い。つまり早い者勝ちなのだ。情報をかなり溜め込んでいる彼らは勝ち組だろう。生き残る為なら手段を選んではいられない。
そして、それは俺もだ。たかがゲームだと。遊びだと思っていた。
ある意味、半分は正解で半分は間違いだったが。
ならば、俺はこの眼を使おう。この仮想世界でも現実と同じく■が普遍的なものだというのなら、この力を使ってやる。
俺は眼の奥に意識を持っていく。すくに脳に熱が溜まる。
そして、世界に■が溢れていた。
《リトルネペント》の身体にも下手な落書きのような黒い線が纏わり付いている。俺はただそれに《短剣》を通した。
ただそれだけの事で《リトルネペント》は分割された。この間、僅か数秒。チュートリアル前ならば倒すのに一分程だったな。
考えている暇はない。すぐに次の獲物を見つけた。
そしてそいつは普通とは違った。俺が探していた《花つき》ではない。
それは《実つき》と呼ばれていた。
(確か、実を壊すと仲間を呼ぶとかなんとか? まぁ、いい。なら乗せられてやる)
俺は躊躇いもなく実を破壊した。薄緑の煙が現れ、変な臭いがする。
すぐに周りの《リトルネペント》がこっちに向かっていた。
俺は《短剣》を構える。
(あぁ、どいつもこいつも■にたがりでうんざりする)
俺は《短剣》の刃を黒い線に入れた。これがこいつらの、データ上の■。
そこは万物が最も壊れやすい場所にして何者も逃れることが出来ない普遍的な■。俺の眼は■が視える。そこに刃を通すだけであらゆるモノが■せる。
ーーーこれがモノを■すって事だーーー
周囲の《リトルネペント》を全滅させた後、いつの間にやら《リトルネペントの胚珠》を手に入れていた。《レベリング》もかなり出来るというおまけ付きでだ。
俺は《ホルンカの村》で《キークエスト》を完了させ、無事に《アニールブレード》を手に入れる事が出来た。
そして、俺はすぐに次の拠点へ走っていた。
俺が視たくもない■が嫌でも視えてしまうようになったのは二年前の十一歳の頃だった。
俺は九歳の頃、ある事故で意識を失い、二年間、昏睡状態だったらしい。
らしいというのはその時の記憶がなく、事故自体も自分の身に起きた実感がなかったからだ。
その昏睡状態から目覚めた後、堪らず両手で眼球を押しつぶしてしまった。理解を放棄したかった。
でも、段々と理解していた。あれは■の線なんだと。
■の線が視れるなんて吐き気がする。うんざりだ。気持ちが悪い。何で俺はこんなにも■が理解出来る? ■がこんなに身近にあるという事実を突きつけられた。
ーーーこんなあやふやで脆い世界ーーー
ーーー地面なんてないに等しいし空は今にも落ちてきそうーーー
歩く事さえ億劫だった。
そうまでなってしても俺は■ねなかった。■が視えるという事はその■の意味を理解してしまったからだ。■が怖かった。
ーーー世界にはこんなにも『死』が溢れているーーー
死が視える眼を『直死の魔眼』と俺は呼んでいる。
この事実を知った時、全てから逃げ出したかった。
生も死も誰も俺を助けてくれない。この仮想世界に来たのも、その死に溢れた世界から、もしかしたら逃れられるという淡い期待かがあるのも事実だった。最もその期待はログインした時点で裏切られたが。
俺をこの魔眼から、この死が溢れたこの世界から救ったのは俺がいた病院の屋上での、とある少女との出会いだった。あいつがいなかったら俺は今頃、世界に絶望していた。
生死があいまいなこの世界で俺は生きる。そして、あいつの元へ帰ってくる、絶対に。