ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜   作:プロテインチーズ

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かなり遅れてしまいました......申し訳ありません!
遅れた理由については活動報告をご覧ください。


悪鬼蝟集Ⅱ

 《迷いの森》にて暫定的に組まれたシリカ達三人組のパーティは無事、森を抜けて第三十五層の主街区《ミーシェ》へと辿り着いた。

 シリカを含む中層プレイヤーが多く拠点としているこの街には人通りも多い。そんな中を三人は色々あった今日の疲れを休もうと宿屋へ向かっていた。

 

「お、シリカちゃん発見!」

 

 どこからシリカの姿を目にした二人組の男が近付いてきた。どうやらシリカのファンらしい。

 

「随分遅かったね? 心配したんだよ!」

 

「今度、パーティ組もうよ。好きなところ連れてってあげるからさぁ」

 

 男達の勝手な言い分に不愉快と言わんばかりにキースの眼が細くなる。そんな豹変した様子にシリカが慌ててキースとキリトの腕を取った。

 

「ごめんなさい。誘いはありがたいんですけど......しばらくこの人達とパーティを組む事にしたので......」

 

 嫉妬混じりの視線を受けてキリトがおいおいと声を漏らすが、キースの有無を言わせない鋭い視線で黙らせてしまった。

 

「あー、何というか君のファンか? 人気者なんだな」

 

 微妙になってしまった空気を払おうと人見知りのキリトが懸命に努力するが今のシリカにそれは生憎、逆効果にしかならない。

 

「いえ、マスコット代わりに誘われているだけですよ。それなのに《竜使いシリカ》なんて呼ばれて、良い気になって」

 

 暗い顔で泣きそうになるシリカの脳裏には自分を庇ってくれた最愛の友人の死に際が映っていた。

 キースはキリトに余計な事言いやがってと言わんばかりに睨みつけたが、キリトはそれを無視して右手をシリカの頭の上に置いていた。

 

「心配ないよ。必ず間に合うから」

 

「キリトの言う通りだ。ピナは必ず生き返らえらせてみせる」

 

 二人の少年の自信溢れるその言葉にシリカは涙を拭いながら「はい」と、とびきりの笑顔で頷いた。

 

 

 

「キリト、今日は俺達もここで泊まろうぜ」

 

「それもそうだな」

 

「お二人のホームはどこにあるんですか?」

 

 二人はルームメイトではないにしろパーティを組んで戦う事はかなり多いので同じ拠点にホームを構えている。

 

「第五十層だよ。今夜はもう遅いしここに泊まるけどね」

 

 その時だった。前方から探索から帰ってきたらしい数人のパーティが三人の方へ近づいて来たのだ。彼らを見てシリカの表情が強張る。

 

「あっれぇ? そこにいるのはシリカじゃない? 何とか森から出れたんだぁ。良かったじゃない」

 

 そのパーティはシリカが森で喧嘩別れをしてしまったロザリオ達だったのだ。嫌な予感がしたキースは彼女を自分の後ろへ手を引いた。

 

「あら? あのトカゲどうしちゃったの? もしかして......」

 

 《竜使いシリカ》の象徴とも言うべきピナがいない。その事実を、ロザリオは見る人を不快にさせるニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべながら指摘した。その様子は獲物を見つけた蛇に似ていた。

 

「ピナは死にました......でも!」

 

 シリカはそこでロザリオの挑発にも堪えずそれまでの悲しげな表情から一転し強気な表情をして睨み付けた。

 

「ピナは絶対に生き返らせて見せます!」

 

 キースの前に立ちそう宣言したのだ。

 

「へぇ......って事は《思い出の丘》に行くつもりなんだぁ。でもあんたのレベルで攻略できるの?」

 

 半ば挑発が入ったその発言はシリカの心にまた影を落とすには十分だった。だが今は一人ではない。キリトが安心させるように肩を叩き着ている黒尽くめのコートの陰に隠した。一方、キースは堂々とロザリオの前に立ちまっすぐ見据えた。

 

「出来るさ。そんなに難易度の高いダンジョンじゃない」

 

「あんたもその子の誑し込まれた口? 見たとこそんなに強そうじゃないけど?」

 

 しかしそれを聞いたキースはハッと鼻で笑ったのだ。ロザリオは優男にしか見えないキースからそんな挑発が返ってくるとは思わず初めて顔を顰めた。

 

 一発触発の空気が漂う中、見かねたキリトの「そろそろ行こう」という声で三人はその場を後にした。残ったのは獲物を見繕った蛇だった。

 

 

 

 《ミーシェ》にあるNPCが経営する《風見鶏亭》という宿屋に入った。ここは一階がレストラン、二階がプレイヤーが宿となっている。SAOではよく見られる形態だ。チェックインをしてから三人とも夕食を取るため席に着いた。

 しかしシリカは食事を終えてもまだ先ほどのやり取りを気にしているのか申し訳なさそうな顔をしている。

 それを見たキースは大丈夫だと言わんばかりに、ニィと笑みを作りその小さな頭を撫で回した。その笑みは不思議と見ている方も笑いたくなるものだった。

 

「シリカが気にすることじゃない。ああいった連中はどこにでもいるもんさ」

 

「そうだな。特にこの世界じゃ、な」

 

「え......それってどういう事ですか?」

 

 MMO経験のあるキースはその言葉になるほどと理解したようだったがシリカは今一つピンとこなかったらしい。その反応を見てからキリトは語りだした。

 

「君はMMOはSAOが初めてか?」

 

「はい」

 

「どんなオンラインゲームでも人格が変わるプレイヤーは多い。中には進んで悪人を演じる奴もいる」

 

 MMOは現実の自分と切り離せて文字通りロールプレイが出来る。嫌な現実を忘れて全く違う自分を演じるのだ。それも自分が積み重ねてきた努力というべき力を使ってだ。キリト、そしてキースにもそれは痛い程わかる。

 

「シリカやキリトのカーソルは緑だろ? でも犯罪行為をするとカーソルはオレンジに変わる」

 

 それを聞いて二人のカーソルを確認するシリカ。しかしその言葉には何か違和感があった。

 

「その中にはPK,俗にいうプレイヤーキラーをした連中はレッドと呼ばれているよ。しかも質が悪ぃ事にその事を奴らは喜んでんのさ。他のゲームならまだしも生死が懸かってるこのゲームで......SAOで、だ。クソッタレが......俺だって......」

 

 キースは水の入ったコップを割れそうなくらい強く握り悪態を吐いて俯いた。先ほど会ったばかりのシリカにその心情は汲み取れない。しかしその口調はまるで自嘲するようであった。キリトが首を横に振りして「キース......もういい」と手でキースの言葉を制した。

 

「あ、ああ悪い。少し怖がらせてしまったな」

 

 気まずい沈黙が流れる。シリカはキースの人となりを詳しく知らない。オレンジに何か恨みでもあるのか。そんな彼女だったが一つだけ分かっている事もある。

 

「お、お二人はいい人です! 私を助けてくれたもん!」

 

 シリカは身を乗り出しキースの手を握った。なんでこんな事をしたのか自分でも分からない。そうする事が一番だと思ったからだ。二人の暗い顔なんて見たくない。そう思った。

 

「お、おう。なんか俺の方が慰められたな。ありがとな、シリカ」

 

 シリカの突飛な行動に唖然としていたがクスッと笑った。今にして思えばそれが彼女の見せるキースの初めての笑顔だったのだ。

 中性的ながら整っているキースのそんな顔を見せられ自分の顔が熱くなっているのがわかる。手で扇ぎたくなるくらいには。

 

「あっれぇ? チーズケーキ遅いなぁ。すいませぇん。デザートまだなんですけど!」

 

 そんなシリカの慌てた様子に首をかしげるキースと肩をすくめて苦笑するキリトなのだった。

 

 

 

 食事を終え自分の部家に向かったシリカは軽く鍛錬をしてからすぐベッドに入った。明日の攻略の事もあって無理をするよりは休んだ方が良いという判断だ。ゴロゴロしながら考えているのは二人の事だ。まだ出会ったばかりの二人組の少年。なぜか無性に気になった。男性プレイヤーのファンは大勢いたがこんな事を考えるなんて初めての経験だ。なぜこんなにあの二人の事が気になるのか。

 

 シリカが一人悶々としているとノックが掛かった。

 

「シリカ、まだ起きてるか? 明日の第47層の説明をまだしてないなと思ってさ。無理そうなら明日でもこっちは構わないぞ」

 

 キースの声だ。確かにまだその説明はされていなかった。シリカが勝手に一人混乱してそのまま解散したからだ。

 

「いいですよ! ちょうど私も聞きたいと思ってたところで......」

 

 ベッドから跳ね起きて開けようとドアノブに手を伸ばすとそこで気づく。自分があられもない姿になっている事を思い出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 すぐにメニュー画面から服を取り出した。

 

 キースがテーブルを用意するとキリトがその上に何かのアイテムを置いた。

 

「それは何ですか?」

 

「《ミラージュスフィア》っていうアイテムなんだけど」

 

 するとそこから立体映像が写し出された。それはまさしく第47層の詳細な地図にほかならない。シリカはわぁとその幻想的で綺麗な映像に魅せられていた。しかしその向かい側にいるキースの意識は映像ではなく部屋のドアへ向けられていた。キリトと説明しながら視線で会話をする。獲物が釣れたといったところだ。

 

「ここが第47層の《主街区》で《思い出の丘》に行くにはこの道を通るんだけど―――」

 

 キリトはそこで説明を止めてシッと静かにさせるジェスチャーをした。そして椅子から部屋の入口へ目まぐるしい勢いで飛び出していった。

 

「誰だっ!」

 

 廊下には誰もおらず階段をバタバタと駆け下りる音だけが響いた。

 

「な、何ですか?」

 

「聞かれていたんだよ。《聞き耳》スキルだな。それもかなり上げてる。連中がしそうな手だ」

 

「連中?」

 

「いや、なんでもない。今日はもう遅いな。続きは明日にしようぜ」

 

 その一言でこの場は解散となった。

 


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