ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜   作:プロテインチーズ

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リアルが立て込んでおり遅れました。申し訳ありません!
感想、訂正等々お待ちしております!

今回からシリカ編ですね。


悪鬼蝟集Ⅰ

 2024年の2月も終わりに差し掛かる頃、浮遊城《アインクラッド》は第五十四層まで攻略されていた。

 そんな中、俺とキースの二人もその拠点へ居たのだが。

 

「なんか、人集りが出来ているぞ」

 

 キースが言った方を見ると転移門の周りに多くのプレイヤー集まっている。デュエルでもしているのかと思ったが、違うらしい。

 

「頼む。誰か、あいつらの敵を取ってくれ! ここにいる人達なら出来るはずなんだ……」

 

 男のプレイヤーが涙ながら付近のプレイヤーに《結晶アイテム》を持って縋り付いていた。しかし、他のプレイヤーは気の毒そうにしながらそれを無慈悲に振り払っていた。

 

 その男は《シルバーフラグス》という中層ギルドのリーダーだった。しかし、十日ほど前に自分を入れて欲しいという女のプレイヤーに誘われオレンジどもにPKされてしまったらしい。

 そして、この最前線の拠点に来て自分のレベルでは出来ない敵討ちをして欲しいとの事だった。それも自分の全財産を叩いて買った、べらぼうに高い《回廊結晶》で牢獄へ突き出して欲しいと。

 それを聞いて俺はもう黙っていられなかった。善良なプレイヤーが腐ったオレンジどもの食い物にされるなんて暴挙が許されていいはずがない。

 俺が男の依頼を受けようと前に出ようとした時だった。

 

「そいつの名前を教えろ」

 

 その声はキースだった。右手を握りながらも震えており、表情は苦渋に満ちていた。そうだ。ここには俺よりもそんな事を許容出来ない奴がいる。ここは任せよう。いつも以上に頼もしく見えた。

 

「あんた……やってくれるのか?」

 

「あぁ。俺が引き受けた。その依頼引き受けた。あ、てな訳でキリト。勝手に引き受けて悪いがしばらくソロでやってくれないか?」

 

 途端に決まりが悪そうに言うが俺は全く気にしていなかった。確かにこういう場合パーティの一員である俺の意見を聞くのが常識だが俺は怒ってなどいなかった。

 

「何言ってんだ。お前が先に言わなきゃ俺が立候補してたよ。俺も手伝うさ」

 

「キリト……」

 

 この際だ。俺も引き受けるつもりだったしちょうどいい。二人の方が安全だしな。 俺は気にするなと手を振ってやった。それを確認してキースもいつもの明るい表情に戻った。

 

「あんたら、本当にありがとう……ありがとう……!」

 

 それから俺達はリーダーの男から奴らの情報を説明されてからその依頼を達成する為にその場を後にした。

 

 今回の敵は《mob》ではない。標的はオレンジギルド《タイタンズハント》。待ってろよ。報いは必ず受けてもらう。

 

 

「さてと、どうするかね。奴らを探すあてはあるかね、キリト君よ?」

 

「奴らがいた三十五層のホームをシラミつぶしに探すってぐらいだな」

 

「おい、それって……」

 

 言うな、自分でも考えなしなのは分かっているから。それぐらいしか方法がないのも事実だ。リーダーの名前が分かってもどこにいるかなんて知りようがないのだから。

 

「今日の所は一旦、休もう。本格的に探すのは明日からだ」

 

「何でだよ。一秒でも早く探した方がいいに決まってるだろ!」

 

 キースは豹変したように大声を上げた。俺もいきなりでびっくりしたぞ。

 

「焦る気持ちも分かるが、今はどうやって探すかを考えよう。安心しろ。奴らはこの世界から逃げられないさ。アルゴにも頼んでおくしな」

 

「あぁ……そうだな」

 

 俺の前にいるキースは仕方ないと言わんばかりに同意した。しかしその表情は俺からでは見えず、その心情を察する事は出来なかった。

 

 

2024年2月23日

 第35層《迷いの森》では一人のプレイヤーが今、窮地に立っていた。正確には一人と一匹だが。肩で息をしながら数体の巨体を誇る猿型の《mob》に囲まれていた。

 そのプレイヤーの名前は《Silica》。《アインクラッド》ではかなり珍しいとも言える《ビーストテイマー》だった。それも遭遇するのが珍しい《フェザーリドラ》を連れている。

 その容姿の愛くるしさも相まって中層プレイヤーからピナと名付けた《フェザーリドラ》のビーストテイマー《竜使いシリカ》の二つ名でアイドルのように親しまれていた。

 しかし、そんな彼女もこの状況をピナとだけで突破するのは難しい。中層域とはいえ安全マージンとは言えない彼女のレベルでは厳しい。

 そもそもどうしてソロプレイヤーでもない彼女が一人でいるのか。

 

 本来、彼女はパーティを組んでいたのだがそのメンバーの一人であるロザリアという女性プレイヤーと回復アイテムの分配で勝手な言い分をされてパーティを離脱したのだ。

 それでそのまま一人で勇敢に《迷いの森》を抜けようとしたのはいいのだが地図も持っていない彼女ではプレイヤーを迷わせる為に複雑な造りとなっているこのダンジョンの出入口にまっすぐ辿り着くというのは困難だったのだ。

 そして案の定、フラフラと彷徨うことになり、こうして《mob》に囲まれてしまうという事態に陥ってしまった。

 

 HPがイエローゾーンに到達したが相棒のピナが《フェザーリドラ》の固有能力で回復をしてくれた。

 とはいえ、それでも事態は好転しない。すぐに回復アイテムを取り出そうとポーチを漁った。

 

(回復アイテムがもう……!)

 

 その動揺は致命的だった。棍棒を持った《mob》の一体がピナを吹き飛ばしたのだ。

 この世界では痛覚こそないがその余波で持っていた《短剣》を遠くに落としてしまった。死を覚悟したシリカは本能で目を瞑っていた。しかしーーー

 

AIの一種で決められたアルゴリズムでしか動かないピナがシリカを庇い《mob》からの一撃を受けたのだ。

 

「ピナ!」

 

 シリカは懸命に呼びかけるもその努力は虚しく、一瞬HPが減りやがてレッドの域に達し、青いポリゴン片へとなり消えてしまった。後に残ったのはピナから落ちた青い羽根だけだった。

 一人になってしまった悲しみで呆然とするシリカ。背後からは《mob》が近づいてくる。

 

「ピナ……」

 

 覚悟を決めたその時だった。

 

いきなり《mob》がポリゴン片に姿を変えてやられてしまったのだ。

そしてそこにいたのは、全身真っ黒の《片手剣》使いと、胸当てをした《盾》を装備した《片手剣》使いだった。シリカよりは年上だがそれでも数歳しか変わらないだろう。

 

 死にかけの自分を助けてくれたのか。生きている事への安堵と一人になってしまった悲しみで涙が溢れてきた。羽根を拾ってピナの名前を呼ぶ事した彼女にはそれしか出来なかった。

 

「それは……?」

 

「ピナです。私の大事な……」

 

 すると驚くような反応をされた。《ビーストテイマー》は珍しいからだ。

 

「キリト。どういう事だ?」

 

 キリトと呼ばれた黒い《片手剣》使いは知っていたみたいだが《盾》装備の方はよく分かっていないらしい。

 

「《ビーストテイマー》が使役する《mob》は死んだ時に《心アイテム》を残すらしいんだ。恐らく、その羽根は……」

 

「……そうか。それは悪かった。すまん、嬢ちゃん」

 

 気まずそうに言うがシリカは首を横に振る。彼らは悪くない。むしろ助けてくれたのだから。

 

「いえ、全部私が悪いんです。馬鹿だったんです。一人で森を突破出来るなんて思い上がって……それでピナを……助けてくれてありがとうございます」

 

 《盾》装備の男は悔しげに目を閉じた。自分達がもう少し早く駆けつけていれば助ける事が出来たからだ。しかし、たらればの話は意味はない。重要なのはこれからどうするかだ。

 

「悔しがるのはまだ早い、キース。君も泣かないで。何とか君の友達を蘇生出来るかもしれない」

 

 黒い《片手剣》使いのキリトが説明するには第四十七層にあるフィールドダンジョンの《思い出の丘》という場所に使い魔用の蘇生アイテムの花が咲くとの事だった。

 

「本当ですかっ!」

 

 絶望の底から希望を見つけ顔を輝かすピリカ。悲愴感しかなかった表情から正気がある。

 しかし、すぐに気付いた。それはレベルの問題。第四十七にあるのでは彼女のレベルで行くのは自殺行為だ。

 

「実費を貰うんなら俺が行ってきても良い。でも残念ながら使い魔の主人が行かないと肝心の花が咲かないんだ」

 

 無慈悲な宣告。シリカにとって今の時点では実質不可能と言われているものだ。

 

 

「いえ……情報だけでもありがたいです。本当にとても。頑張ってレベルを上げればいつかは……」

 

 

「それは駄目だ。遅すぎる」

 

「何でだよ、ってまさか……」

 

 キースと呼ばれた《盾》持ち《片手剣》使いは察したらしい。しかしシリカはもうそれしかないのだ。

 

「いつかじゃ駄目なんだ。蘇生が可能なのは死亡から3日以内。それ以降は《心》が浄化し、変化して《形見》に変わる。そうなれば現時点で復活の方法は無い」

 

「ちっ、相変わらずだな。このクソゲーは」

 

「っ……そ……そんなっ……」

 

 悪態を吐くキースと悲嘆に暮れるシリカ。一年間《レベリング》をしてこの強さまで辿り着いた。三日という短すぎる期間では何もできない。

 

「ピナ……ごめんね……!」

 

 ここまでやって来れたのはピナという相棒がいたお陰だった。そして今生きていられるのも。

 でも、会うことが出来ない。その事実が涙を流させてしまった。

 

「キリト」

 

「あぁ、分かってるさ。俺もそのつもりだ」

 

 二人の間で意味深なやり取りが行われアイテムストレージから何かを見せてきた。

 

「安心しな。お嬢ちゃん。三日もある。ここあるのを使えばレベル差は何とか埋まるし俺たちも付いていくから大丈夫さ」

 

 そこに載っていたのはシリカが見た事もないレアアイテムばかりだった。

 キリトは武器と防具を、キースはステータスをかなりアップさせる指輪やネックレスといったアクセサリーだ。

 

「え、こんなに……どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

 警戒したように尋ねるシリカ。この世界で完全な善意の行動といったものは少ない。常に何らかの打算が働くからだ。見ず知らずの自分にこうまでしてくれたのは何らかの裏があるという事だ。彼女の質問は当然と言っていい。

 

「キリトが言うなら俺は言うぜ」

 

「何だよ、それ。笑わないって約束してくれるなら言う」

 

「笑いません!」

 

 真面目にはっきりと答えるシリカを信頼したのか躊躇いながらも答えた。

 

「その……君が妹に似てるからかな」

 

「は?」

 

 予想外の答えに呆然とするキースに目元の涙を拭って笑うシリカ。やがて彼女に釣られてキースもケラケラ笑い始めた。

 それを見てキリトは言った事を後悔したのか右手で顔を覆っていた。

 

「ごめんなさい。何だか可笑しくて……」

 

「はぁ、キースはどうなんだよ。俺にだけ言わせる気じゃないだろうな?」

 

「約束したからな。言ってやるよ。俺はまぁ、なんだ。一種の自己満足だ。カッコつけたいんだよ。人助けをして自分を慰めてるだけだ」

 

 それを聞いてまたシリカはクスクス笑っていた。

 

「笑うところか、これ?」

 

「まさかそこまで直球に言われるとは思わなくて……」

 

「確かになぁ。俺も唖然としたよ」

 

「事実だからな!」

 

 二人のやり取りを見てシリカは落ち込んでいた気分が薄れているのを感じていた。少し変わってるけど悪い人達じゃない。彼らの善意は本物なのだ。

 

「こんなんじゃ全然足りないと思うんですけど」

 

貰ったアイテムのコルと自分の稼ぎでは全く釣り合いが取れないがないよりはましだろう。二人に渡すコルを決めようとするがキースがそれを止めた。

 

「別にコルはいらねぇよ、お嬢ちゃん。俺達のやらなきゃいけない野暮用とも被るしな」

 

「まぁな。コルは別にいいさ」

 

「え、あ、本当に何から何までありがとうございます! 私、シリカって言います!」

 

 そうして出された握手は女の子らしい細く小さな手だった。

 

「おう。よろしく。俺はキースだ」

 

「俺はキリトだ。しばらくの間よろしくな」

 

 こうしてピナを蘇生する為に冒険に行くパーティが生まれたのだった。


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